東方月紅夜~Guardian of sorrow spirit~   作:酔歌

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視点:古明地さとり
個人的に大好きな話です。地の文会話文共に気に入ってます。
Google+で連載していた「東方月紅夜 第九話」の内容をほぼそのまま投稿しています。


九話 紅い怖色

 鳴り響くのは局地的に降る豪雪の爆音。辺りの村町では決して起こらないであろうこれは、異変? まさか。

 

 以前からここは気温が著しく低い場所として有名だった。地下住民の私でも知っているくらいに。

 一瞥しただけでもそれの範囲は凄まじいものだ。湖を取り囲む雪原の高さは、私の足首を軽々と咥える。一歩ずつ足を抜き差しするだけで私のブーツは水浸しになり、それとともに間接的に足首を凍えさせる。降るそれを悴む手で触れると柔らかいどころか、ごつごつと流星のごとく。

 首を上げれば、見受けられるのは白い流星群と、月紅。パッと見るだけでも、湖には紅い偽物が存在していた。

 

 歩みを、いや踏みを進める中、私は半年前のことを思い出した。忽然と姿を現した、八雲紫を。どこからともなくスキマから現れる彼女は、その晩もふと気が付けば思考が近くへ寄ってくる。まあ、滅多に地霊殿には近づかないが。

 確かその時、私は紅茶を飲んでいた。まだ私が地上にいた頃趣味としていた紅茶葉集めの際手に入れた、祁門という紅茶。これを勝手ではあるけれど、栽培し「深」祁門として流通を謀っている。

 そしてその「深」祁門をちょうど好んでドリンク中に、彼女は現れたのだ。

 

「燻製でもしているのかしら」

 祁門独特のピーエムツー・ポイント・ファイブ臭を嗅ぐ彼女は、そっと私の机に腰かけた。

 ちなみに彼女の心はこうだ。

 

 すっげえくせえ。

 

 スキマを人差し指でつーと閉じると、足を組んだ。目を右に寄せていると、彼女は上目遣いで人差し指を咥えると、吐息を発しながら手袋を外していった。

 

「厭らし事の練習をしに来たわけ?」

 

 啜り笑うと手袋を机に置いた。かと思えばすっと立ち上がって、両手を広げた。

 

「こういう人が来るわ。名前はヒナギ。よろしく」

 

 分からないわけでは無いけれど、彼女の心だけは妙に見難い。取りあえず、私はめんどくさいことになると捉えた。

 

 手袋を着け、またスリットを開いた。片足突っ込んだところで、一言加えた。

 

「次からはちゃんとケニアを生育すること」

 

 あっという間にスキマは消え、地下特有の洞窟音がある世界へ転移した。「深」祁門をまた飲んだ。

 

「……おいしいのに」

 

 ケニア。それ即ち地上へ、か。タイミングを計ることは容易でないけれど…ほら来た。「ヒナギ」さん。ゆっくり。確かにゆっくりではあるが高雪壁を踏み越え、湖を沿い私の方へ。

 いや、紅魔館へ向かって来る。

 袖が靡く中細目で見れば、剣を持っている。猫背だ。髪を縛っている。若干の相違が見受けられる。立ち止まると、段々と魂が近づく。私は恐怖心を感じずにはいられなかった。

 これだけ雪が降り積もっているのに、冷や汗が出る。唾が出る。そうして私からわずか五メートルもない距離まで近づいてから、話し始めた。

 

「やっぱり」

 

 私の呟きを聞いた途端、彼女は歩みを止めた。冷酷な瞳は、月紅よりも紅く鋭く、そして不気味に光る。そこに意思は無い。あるのはただ肉体とそれに憑る無垢なる魂。だけれどそれは無垢というより、無意識だ。こいしとは違う、仕向けられた思考。

 

 しばらく「縣」のようにぐにゃと曲がり呆然としていると、傍に一つの思考が寄ってきた。この湖周辺を収集した寒度よりも冷気を帯びた魂が、ゆらゆら揺れながら近づく。発心を簡単に言えば、面白だ。

 

 私の身体に近づくと、ようやく着地して膝を抱えた。心だけでは体格や容姿を判断できないから目視すると、濃水色のパーマが掛かった少女だ。何故か背中には氷も浮いている。

 言葉を失っている私の頬を、彼女が突いた。もう一回。一突きされるたびに思考のインストールと冷気のダウンロードで顔だけが凍りそうで、頭無し幽人になりそうだった。

 

「おい。大丈夫かい」

 

 至って冷静に、だけれどどこかおちょくっているような表情。こっちはとうの昔に心が読めているっていうのに。雪壁に手を突っ込んで、彼女に手を借りながらおもむろに足で踏み上がった。足は震えていた。

 

「ええ、いつから見てたのかしら」

 

 豪雪のせいだろうか。初めから彼女の魂を確認できずにいたから、付近に来たときは驚いた。気温と魂の寒冷差が大体プラスマイナスゼロなのか、ただ紛れていただけなのか。

 

「あいつの知り合いかい」

 

 頷くということは、私がただ単純に倒れていたから手を差し伸べたわけではないのか。何時からだ。少なくとも彼が私を押しのける情景を、直で見ていたのだろう。何所でストークしていたか、質問した。

 

「あそこだよ」

 

 そういうと彼女は湖を指した。まさか、水中で?なら分からないはずだ。真冬の水中温度は大豪雪の雪崩をも凌駕する。自然の中に紛れることができるなんて、初めて見た。若干の感動がある。

 

「見ていたら分かるわね。状況」

 

「うん、まあ」

 

 流れる雪が、彼女の十度くらい曲がった首に積もる。心にあるのはクエスチョンマーク。解っていないのか。ならば、ここで大きく公言しておく必要があるな。

 

「彼を追っては駄目よ。いくら友人だからと言って、今の彼に近づくのはあまりにも危険だわ。貴女にはそれを守る権利があるし、私にはそれを制止する使命がある」

 

 彼女はもう四十度くらい曲げて言った。

 

「うーん。別に友達じゃないんだよなー」

 

 彼女の心にはもう一個それが追加されたが、私の心にもそれが生まれた。雪による体温の低下と疲労からくる眠気で、私は考えることをやめた。

 


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