東方月紅夜~Guardian of sorrow spirit~ 作:酔歌
Google+で連載していた「東方月紅夜 第八話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
「重いぜ…」
樽を運ぶ魔理沙の呟きに、反応はしない。私をさんざん舐めた刑だ。
「元の場所に戻すこと」
「悪かったって…」
廊下を降り倉に急ぐ魔理沙をぼんやり眺め、さらに廊下を進んだ。木造のそれを歩く音は心地よく、黒空によく似合っていた。ちょうど縦に二畳ほど進んだ頃だろうか、そこはヒナギの部屋だったのだが、そこが開いた。中を覗いてみると、明かりが点いていない。体を全て出し舐めるように見たが、ヒナギはいなかった。
おかしいと思いながら細目でいると、嫌な雰囲気が漂う。明かりを点けると、その全容が明らかになった。布団の散らかり様、物の移動など不安要素が点々としていたが、私にとって最大のそれは、髪留めのリボンと長剣の行方が見当たらない事だった。
するとつい数秒前まで私が発していた音が聞こえ、慌てて廊下に顔を戻してみると、ヒナギが廊下を進んでいく姿がほんの少しだけ見えた。
「ヒナギ?」
嫌なイメージが浮かび、私は神社前まで走った。全力で。息を荒くしながら向かうと、そこにはもうヒナギの姿は無かった。冷や汗が垂れる中、肩に手が触れたかと思うと魔理沙だった。
「凄い汗だ」
だんだんと白に染まる空の中、ヒナギがと呟いた声を、魔理沙は聞いてくれた。何故か涙が現れ、魔理沙の服に押し付けずにはいられなかった。
「散歩」
魔理沙の口から発した三文字が、私を苛立たせたのは言うまでもないだろう。炬燵に潜りながら猫のように体を丸め、温もりの虜になっている。散歩なわけがない。夜も更けきって、もはや明けようとしている空の下へ出る必要が無い。異様な不自然さも、魔理沙は「散歩」の三文字で片付ける。
「向かう必要がある場所なんて、ヒナギにはないだろ」
「だから散歩っていうのは、少々欠伸が出そうだわ」
「だからって、何処へ足を運んでいるかなんてわからないだろ」
今すぐ箒の柄を折ってやろうかとも思ったが、それは止めた。魔理沙は大きな欠伸を掻いて、時計を指差した。時刻はちょうど、四時頃か。時計音が鳴り、メロディが溢れだす。
「ほら、ちょうど四時」
まるで他人事のように佇む魔理沙に、初めてディストラクションを抱いた。
「やっぱり、私は探しに行くわ」
「……霊夢さあ、ヒナギのことがそんなに心配か」
またヒナギを他人のように見下す、何が言いたいんだ貴女は。襖から日差しが差し込み、魔理沙の金髪が輝く中、彼女はこう言った。
「霊夢はさ、きっとヒナギのことが好きなんだよな」
「なっ」
何を言っているのかよく分からないような分かるような微妙な心理の境遇に押し込められたこの感覚は、羞恥心というやつか。いやいや、私は決してヒナギを恋うているわけではないわけだからこれはきっと違うはずだそうに違いない。ヒナギという未知の土地出身者に興味など沸くわけがあるもんか、ヒナギなんていう男女を好きになんてなるもんか。ヒナギを好いていないのだから…じゃあこの気持ちは何?
なんというか、魂の中枢から言葉が溢れ出す。ヒナギのことは好きじゃない、って。だからそうだ。これは私の感情ではない。
「顔、真っ赤だぜ」
「じゃあ、聞くけど」
「まずは私の質問に答えるのが道理ってもんだぜ」
何が「道理ってもんだぜ」だ、それは魔理沙も同じだ。
「本心を言えよ」
心臓が揺れる。真紅の心臓が、燃えて、火照る。ええい、忌まわしい感情よ……出すしかないか。
「……好きよ」
本心…を出した後は、妙にスッキリとした感情があるばかりだった。
「……そうか。納得したぜ」
そう言うとすかさず魔法使いの帽をかぶり、炬燵から出たスカートを伸ばした。
「行くぜ、霊夢」
私の心に今感情があるとすれば…友情か。
勢い良く襖を開けて、飛び込んだのは朝の世界。眠気は当の昔に吹っ飛び、体は心地よさであふれている。
「ヒナギ、今探しに行くわ」
「お暑いねえ」
「余計なお世話」
「と言うことは、目星は付いてるんだろうな」
当たり前だ。
「ヒナギが、夏の宴前最後に訪れた場所」
魔理沙は、私の家かと言ったがそうではない。魔理沙以外、そう。
「紅魔館」
魔理沙は納得のいかない顔をしたが、すぐに説明をした。説明と言っても、推測だが。
「確かに、ここ半年でヒナギはいろいろなとこへ行っただろうけれど、紫の誘拐以外の中で特に内容が無いのよ。本人に尋ねたら、ただの世間話だとか」
「ほー。それで言ったら私の家を訪ねたことが一番夏炉冬扇だと思うけれどな」
そう話しているわけにもいかないので、簡潔に片付けることにした。
「魔理沙も、噂程度に聞いたでしょ。紅魔館の連中の事」
「噂っていうか、そもそも直で聞いたけどな。門番に」
「門番?」
どうやら「お嬢様と咲夜さんが随分前から話し合っていたようだった」と門番が呟いたそうだ。この一言で、私の予想は確信に変わり、道を真っ直ぐに見据えることができた。
「決まりか?」
「そうね」
朝日の眩しさったらありゃしない。景気付けに一言呟いた。
「面倒くさい朝になりそうね」
「白昼な朝になりそうだな」