C.E.61年 1月18日
年初の休日も明け、世界経済が静けさから動き出していたこの日、世界を震撼させる大きな事件が起こった。
フロリダ原発暴走・臨界事故。
高性能、30年間無事故・無トラブルの実績を誇ってきた原子力発電所の核融合炉が突如暴走。一切の制御を受け付けぬようになり、臨海爆発と言う最悪の展開にまで至ってしまった。
幸いなことに科学技術の進歩によって、放射能汚染に対する対応は迅速だったものの、それでも救急搬送者2万7千人。死者689名という大きな被害をもたらした。
更に同日、翌日、翌々日には同じ形でN,カロライナ原発、チュニジア原発、ライン原発、四川原発が暴走・臨界爆発。
あまりの現象にテロが疑われる。
全世界で生じたこの事故に対して、IAEAのみならずインターポールも捜査を開始した。
C.E.61年9月23日
IAEA、インターポールは共同で国際連合通常総会の場で事件の調査報告を行った。
「先の5事故においては多くの共通点が発見されており…<中略>…また外部からの不正なアクセス痕も認められ、…<中略>…よって外部の、特にコーディネーターのような情報工学等に特に秀でた者たちによる犯罪事件であると推測されます。」
その報告に市民は驚き、恐怖し、憎んだ。
核融合炉という危険なものに対して政府がどれだけ厳重な防御策を講じているかは、細かくは知らなくとも誰もが予想できることである。
その厳重な防御を易々と突破するコーディネーター。
彼らが自分たちに牙を剥いた時、果たして自分たちは身を守れるのか?
その機運が高まり、世論ではより一層のコーディネーター排斥運動が展開されていった。
そんな中、大西洋連邦議会で1つの党派が作られる。
その名も「ブルーコスモス」。
大西洋連邦の巨大財閥、アズラエル財閥の呼びかけに応え集まった議員が作った党派で、コーディネーターに対する監視を強め、ナチュラルの結束を更に高めることを目的としていた。
「C.E.16年、私たちは国連の場においてコーディネーターを産み出すことを禁止しました。なぜか!?
それは彼らが社会に、世界に与える影響が大きすぎるからです。
自然摂理において、近親種が共存共栄できてきたことはありません。1千万年前に、私たちの先祖がそれまでの旧人類をどのように駆逐していったか、そして、先のバイオテロによって私たちナチュラルがどのように死んでいったか…
それを考えれば、コーディネーターがいかにわれわれナチュラルにとって危険であるかは明確でしょう!
既に産業界、労働界様々な分野においてコーディネーターによる我々ナチュラルの駆逐は始まっています。今こそ!私たちナチュラルは結束し、その生存を確保しなければならないのです!」
アズラエルによる演説は世論、政界に大きな波紋を呼び、各国で「ブルーコスモス派」と呼ばれる政治会派、結社が作られるようになる。
更にアズラエル財閥は同じ年に新型宇宙戦艦「アガメムノン級」、新型MA「メビウス」、MA運用大型母艦「ユグドラシル級」を開発。同財閥が何を仮想的としているかを明確に表明した。
…ところが。
「…どういうことですか、国防長官?」
「アズラエル総帥、君がコーディネーター、更にはその根拠地と化しているプラントを警戒しているのはよく知っている。
だが、今我々大西洋連邦軍が真に警戒すべきはユーラシア連邦なのだ。
確かに、プラントにいるコーディネーターにはお灸をすえるべきだろう。だが、いったい彼らにどんな兵器がある?
プラントからは既に兵員を撤収させている。宇宙には「世界樹」と月面両基地に存在する国連加盟国の軍事力しか存在しない。…であるならば、優先すべきは第4次世界大戦。ユーラシア連邦や東アジア共和国を仮想的にするのが当然だろう。」
「しかし、彼らの技術力には…」
「君が奴らを警戒する気持ちは分かる。だが、既にプラントで暴動が発生した際のマニュアルも完成している。
…何のために我々がプラントでの食糧生産を禁止しているか知っているだろう。
……今回の新型宇宙兵器は世論への対応、旧式化しつつあった宇宙軍の刷新ということである程度は発注する。だが、今後は国防産業連合で決定したとおりの生産を頼むぞ。」
そういったのを最後に、卓上にあったモニターは何も映さなくなった。
大々的に公表され、世論にも好意的に受け止められたアズラエル財閥による軍事方針への介入は失敗したのだ。
「アズラエル様、大西洋連邦軍参謀官、サザーランド中佐より映像通信が入っておりますが…」
「繋いでください。」
「かしこまりました。」
力なく俯いていると、そう間をおかずにサザーランドからの通信が入る。
現状分析も兼ね、すぐに通信をつなぐ。
「アズラエル様、申し訳ありません。参謀府内でも対コーディネーター戦略班の拡大は上手くいきませんでした。」
通信が繋がると直ぐ、まずはサザーランドが計画の進行に失敗したことについて謝罪した。
「そうですか…。やはり、上層部は第4次世界大戦の優先を?」
「その通りです。北米総合開発プロジェクトに合わせてユーラシア連邦内でも軍備拡大が行われているようでして…。現在は大西洋艦隊の強化、及びブリテン島防衛のためのロンドン要塞の強化が推進されようとしています。
加えて、私の階級が低く参謀府内での発言力がそこまで大きくないのも原因の一端かと…」
敗因をつらつらと挙げていくサザーランドに対し、アズラエルも特に怒ることなく頷く。
「アルスター議員からの接触はありましたか?政界との繋がりで発言力の向上を狙っていたのですが。」
「残念ながら上層部が政界による軍部への干渉を嫌っているようでして…。尉官、佐官クラスの支持者は増えましたが、将官クラスにはそれほど影響は無いようです。」
「なるほど…」
ここに来て、アズラエルらブルーコスモス派の弱点が浮き彫りになっていた。
世論や政界に多くの支持者を抱えるブルーコスモス派であったが、軍部にはその影響力が限られた範囲でしか発揮されていない。
しかもアズラエルが理事を務める国防産業連合では、急速に成長するアズラエル財閥の勢いを嫌った他の理事による反対が強く、軍需産業界から軍部へと圧力をかけることもできなかった。
「…ですが、アルザッヘル基地の拡大、要塞化は承認されました。巨大発電所を利用して新型戦艦の工廠をすべて月面基地でまかなう目的のようです。」
「それはそうでしょう。…まだ発注数こそ少ないとはいえ、500メートル級のユグドラシル宇宙母艦をいちいちマスドライバーで上げていたらコストが馬鹿にできませんよ。」
「はい。ですので、今後はアルザッヘル基地のユーラシア連邦艦隊からの防衛を目的とした内容で戦略研究班の活動を行い、ブルーコスモス派の拠点としていきたいと思います。」
「よろしくお願いします。こちらからも何か要望があれば可能な限り配慮はしますよ。」
そう言ってアズラエルは通信を切った。
思い通りには動かない。
焦燥ばかり募る。
それでも、アズラエルは一歩ずつ動いていくしかできなかった。
プラントが何歩ずつ歩いていて、連邦のアドバンテージが何歩ずつ減っているのか、神ならぬアズラエルには全く分からなかった。
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12/08/17 矛盾点解消の為改稿。