ボアズ攻防戦大敗北。
この報を受け、地球連合軍首脳部は皆机に突っ伏したという。
それほどまでの大敗北。許容量を遥かに超える損耗。想定外の敵兵力数。
そのどれもが、彼らにとって聞きたくのなかったものだった。
だが事実は事実。故に彼らは今後の協議のために集まり、計画の再考に向けて動き出した。
11月15日 アラスカ JOSH-A
「…損害は甚大であり、艦艇69隻、MA5000、MS330機を喪失しております。艦隊能力としてみれば、正規艦隊6、非正規艦隊4は完全に戦力外です。」
「ザフト側の被害も大きいようですが、戦力、特にMSの回復は順調なようです。」
「逆に艦艇は再建に手間取っているようですな。…やはり人的資源を多く要する船は数を揃えづらいのでしょう。」
地球連合軍総司令部であるJOSH-Aに集まった連合軍の高官達は次々と報告をし、現状の確認をしていた。命からがらプトレマイオス基地に逃げ帰ってきた今回の作戦に参加した艦隊の総司令官、ハルバートン中将がアルザッヘルに戻ったのが1週間前。そこから艦隊の状況やザフト側の情勢を収集し、纏められたものが現在報告されている。
再建されたJOSH-Aにてこれから再建しなければならない艦隊の報告をするのも皮肉な話である。
「…ですが、幸いなことに我が方の艦艇被害は無人艦に集中しています。」
「撤退の決断が早かったためでしょうな。あそこでズルズルと戦い続けていたら生き残りが存在したかどうか…。」
「そういう意味では、せっかく各艦隊に配備したアークエンジェル級の出番も少なかったですな…。」
報告すべき現状戦力の報告が終わると、今回の作戦の総括へと移る。会議室に多く設置されているモニターにはハルバートンを始めとする宇宙軍の高官、激務ゆえ任地から離れられない兵站・軍産部門の高官らが映るようになっている。
何とかして次からの作戦を考えるぞ、という気概が表情には浮かんでいた。
と、そのモニターの1つに映っていた男、アズラエルが口を開く。
「あそこまで機動兵器の数が揃えられるようであれば、今まで以上の防空能力を艦隊に備えなければいけませんね。」
「ですが、すでに無人MAの運用数は限界です。消耗物資についてもそうですが、既に限られた空間に展開できる限界数が艦隊には与えられています。」
「…それについては私も把握しています。」
アズラエル主導の下地球連合宇宙軍が構築した宇宙戦モデル。すなわち無人機動兵器の圧倒的数量運用は、これまで対ザフト戦で大きな成果を上げてきたといっていい。
戦争初期の大敗北を考えればこの短時間での戦況改善は驚異的と言えたし、コストパフォーマンスにしてもMAの低価格性によってそこまで問題になっていなかった。何といっても戦艦1隻の資源で無人MAが1000機作れるとも言われているのだ。人的資源が失われないことまで考えれば、まさにベストに非常に近いベターな戦術と言えるだろう。
だが、先の作戦はその戦術の限界を地球連合軍に突きつけた。
ボアズ宙域周辺という狭い空間に5000機のMAを数時間乱舞させる。それは第8艦隊を始めとする各艦隊の航空参謀が考えに考えて作り出した芸術的とも奇跡的とも言える部隊運用によって作り出された、まさに限界への挑戦の成果であった。
ただ飛ばすのではなく、戦闘行動を取らせるのだ。
ただ発砲するのではなく、敵にのみ発砲するのだ。
数が多くなればなるほど難しくなるということは、素人にでもわかる。そしてその限界が、ボアズ攻防戦であった。
結果は敗北。
どんなに弁明をしたところで、戦術的構造に限界があることは明らかであった。
故に、地球連合軍はこれからの宙間戦闘戦術について議論せねばならなかった。…それも短時間に、だ。
「無人MAの質的向上は暫く難しいでしょう。無人巡洋艦の数を増やすことで対応するしかないのではないでしょうか?」
「しかしアズラエル閣下、通商破壊作戦にも従事させている無人巡洋艦を全ての艦隊に配備するとなると、かなりの時間が必要ですぞ。」
「いっそ補給専門艦を艦隊に配備し、無人MAを今以上に配備してはどうか?一気に運用することはできなくとも、順次戦線に補充していけばよかろう。」
「バカな!戦力の逐次投入以外の何者でもない!」
だが、そう簡単に新戦術が考案できるのであればアズラエルも地球連合軍も苦労はしない。妙案も浮かばず、既存の戦術の塗り直しでお茶を濁すしかないのでは、と皆が考え出していたとき、その男が口を開いた。
「核を使うべきでしょう。」
と。
ユーラシア連邦の代表の一員として参加していたジブリールの発言であった。
「奴らが数を用意するのであれば、僕たちはそれ以上の力で迎え撃てばいいだけです。あるじゃないですか。あのクソ鼠どもを浄化するのに最適なものが…。」
「それが核、かね?もっともな言だがな、それが使えんから我々は開戦初期から苦労しているのではないか…!」
「だーかーら、その忌々しい制約を無くすべく研究しろって僕は言ってるんですよ!だいたい今まで使えなかったからって何でこれからも使えないこと前提なんですか、皆さんは!挙げ句の果てに負けた戦術の二番煎じで対応なんて、皆さんはアレですか?青き清浄なる空を蝕むクソ鼠どもの、スパイか何かですか!?」
ジブリールの暴言とも言える発言に、室内の面々の何人かは顔に憤怒と言っていい表情を浮かべた。だが、確かに正論。それ故に誰も面と向かって反論できない。
それに気を良くしたジブリールは一気に自論を展開する。
「いいですか、半年です!半年!それまでは僕がクソ鼠どもを宇宙に留めておいてあげます。その間に、皆さんにはNジャマーキャンセラーを開発してもらいますからね。そうすれば幾らでもクソ鼠を殺せますからね!」
「は、半年もどうやって時間を稼ぐつもりだ!だいたい、その作戦であれば今までの戦術での時間稼ぎでもいいではないか!」
「はッ!バカですか、あなたは!今いる艦隊で半年も時間を稼げるわけがないじゃないですか。無人MA?無人巡洋艦?…たかだか半年で作れる量で、本気でクソ鼠どもを止められると思ってるんですか?だいたい、作った分全部消費してたらキャンセラーの開発ができても護衛がいないじゃないですか!」
ジブリールは反論する大西洋連邦出身の参謀を一蹴すると、その挑戦的な目をアズラエルへと向けた。目には野心の炎が灯っており、ジブリールの考えは明らかであるがアズラエルとしては止める気になれない。アズラエルとしては戦争に勝てるのであれば正直今の地位は幾らか彼に押し付けたいぐらいだからだ。
だからと言って勝算が確定しないうちから認める気も、当然ない。
「ジブリール殿の仰ることは大変結構です。ですが、Nジャマーキャンセラーが半年で完成するという保証はあるのですか?。私の財閥でも未だに開発目処は立っていませんよ?それに半年もザフトを抑えられる手段はあるのですか。あなたご自慢の強化人間を使ったところで、あの物量を止められるとは思えないのですが…。」
「勿論!僕がその程度のことを考えなかった訳がないでしょう!」
アズラエルの疑問に対し周囲の軍高官らが、そうだそうだとばかりに頷く。一方でジブリールはそれに対しても余裕の笑みを崩すことはない。それどころかよく訊いてくれた、とばかりに更に声をヒートアップさせる。
「まずキャンセラーについてですが、僕はあれを一から作る気はありませんよ。糞忌々しい小道具ですが、それを作ったのはあのクソ鼠どもなんですからね。奴らが作ったものを奪えばいいんですよ…!」
「だが、Nジャマーキャンセラーはザフト共ですら開発できていないそうではないか!無いものを奪うことはできん!」
「だいたい、あったとして奴らがそれを簡単に漏洩させるものか!」
「そこが僕とあなた方の違いということです!あなた達は本当にあのクソ鼠どもがキャンセラーを開発できていなかったと思っているんですか?そんなわけがないでしょう!あの小汚い鼠どもは核を復活させることを恐れて開発しなかったに過ぎません。逆に言えば、状況が変われば開発するに決まっているんですよ!」
開戦以来地球各国が躍起になって開発しているNジャマーキャンセラーだが、未だに完成の目処は立っていない。しかし当然のことではあるが、開発側であればキャンセラーの開発は容易なはずである。
今までザフトがキャンセラーを開発しなかったのはなぜか?
それは開発するだけのメリットがなかったからだ。エネルギー十分のプラントでは、核の使用用途などMSのバッテリーや戦術兵器ぐらいしかない。そして、前線でそのようなものを使用すれば、いつの日かその兵器を鹵獲するであろう地球連合もキャンセラーを使用できるようになってしまう。それはザフト側にとって非常によろしくない未来といえよう。
「あのクソ鼠は禁断の兵器によって有利に立ったと思っているからこそ、キャンセラーを開発していないに過ぎません。だったら、そう思えなくすればいいんです!」
「無茶を言うな!アレを相手に互角な戦闘などできるものか!」
「だから、何度も言わせないでくださいよ。あなたの頭は帽子掛けなんですか?状況を変えると何度も言っているでしょう?」
ジブリールに嫌味っぽく言われ、反論した武官が顔を真っ赤にする。それを隣の初老の武官がいなすと、目線で続きを促した。
「今クソ鼠どもが有利なのは、禁断の兵器が相当量量産できることが前提になっていますよね?それを覆せば、…状況は変わりませんか?」
ジブリールの言葉に何人かが目の色を変える。
「…生産施設か。」
「そうです!僕の財閥はもともと生物・薬学系がメインでしたからね、分かるんですよ。クローンの大量生産にはそれ相応の施設が必要なんです。それも、他にはなかなか使えないような特殊な施設がね。そんな訳の分からない施設、プラントには開戦前に無かったじゃないですか。ってことはです!あるはずなんですよ、その施設が、プラント以外のどこかに!」
「ど、どこにあるんだ!?」
ジブリールの勿体ぶった口調をも無視して、ある事務官が問いただす。会議室の面々は程度の差こそあれ、ジブリールに話しの続きを促していた。
その注目を受け、満足そうに頷いたジブリールは室内の使われていなかったモニターを操作した。それまで待機していたのであろう、ある人物がすぐに映される。
「では、彼に説明してもらいましょう。…元ザフト軍人である、ラウ・ル・クルーゼ氏に。」
画面には仮面の男が映し出されていた。
クルーゼが会議室の面々に簡単な交渉を提案した。
クルーゼはザフトのクローン兵生産施設がある場所の心当たりを言う代わりに、会議室の面々は南アメリカ合衆国の正統政府としてラウ・ル・クルーゼ率いる勢力を認めること。そして新生南アメリカ合衆国の地球連合加盟を認めること。
両者はこれを認め、密約を結んだ。勿論、この場には国家元首が不在のために実行力はない。クルーゼはその点を指摘し、実際に密約が実行された後に情報を提供することを提案し、これもまた認められた。クルーゼが後に密約を履行しなければ武力制裁すればいいだけなのだから、地球連合側にしてみれば何の問題もない。
現在南アメリカ合衆国の正統政府を主張している大統領派の最大支援者であるジブリールが仲介した段階で、この交渉は決まったも同然であった。
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13/04/11 誤字修正。知ったか豆腐様、ありがとうございました。