それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても苦い決断で

C.E.71年 6月28日

オーブ オロファト市

 

南太平洋に存在する国家、オーブ。

現在この国は建国以来最大のざわめきに包まれていた。地球連合によるオーブの弾劾、現オーブ代表首長の1人娘カガリ・ユラ・アスハの大西洋連邦亡命の公表、そしてその娘による亡命政権国家建国…。

地球連合軍広報部はあの日以来ザフト新兵器の情報を次々と公開しており、グロテスク且つ生理的嫌悪を催すような映像、専門家によるこの『新兵器』の非人道性の解説が連日報道されている。これら報道に国民は戸惑う。

 

中立とは何か?

中立は正義足りうるのか?

悪の存在を前に中立は許されるのか?

 

テレビに登場するアズラエルは言う。「正義の不作為は悪であり、悪を前にした不作為もまた悪である」と。

これに対してオーブ行政府は国民に訴え続ける。争いが起こったとき、中立機関がなければ争いは終われない。皆が戦争に参加したら、誰が戦争を止めるのだ?誰が戦争の被害者を救うのだ?誰が戦争下の真実を探るのだ?

 

国民よ、あなた方が世界の裁判官となるのだ、と。

 

 

一方でオーブ行政府はもっと切実な問題にも直面していた。…地球連合軍による最後通牒が届けられたのだ。

 

 

 

 

 

 

「ウズミ様、地球連合軍オーブ派遣軍なる組織より届いた文章によりますと、地球連合は我が国に武装解除と現政権の解体を求めているようです。」

 

「返答期限は72時間後…7月1日のこの時間までですな。拒否、又は無回答の場合はそれをもって武力制裁を行うと…。」

 

「既に公海上に地球連合軍の姿は確認されております。どうやら新たに地球連合に加わった各国の軍も存在するようで、数はかなりのものかと…。」

 

「…。」

 

 

オーブの各有力氏族長が集まって開催されているこの会議には次々と行政府から情報が寄せられている。その報告からは武力による抵抗が不可能であること、外交的にもオーブは完全に孤立していることが明らかである。

 

 

「事態は2ヶ月前より更に悪いです。カガリ様はかつてと違い国際社会上の立場を手に入れられており、地球連合の地球上での勢力はかつてと全く異なっております。」

 

「ではどうするというのだ!今この段になって地球連合に所属するというか!奴らは国家解体を条件としているのだぞ!」

 

「そも、国是を外圧で変えるなど許されようか!オーブは商人ではないのだぞ!」

 

「戦って最も被害を受けるのは国民なのですよ!民を守らずして何が国是か!」

 

「次の代に伝えるのだ!」

 

「犠牲の上の理念をですか!?」

 

 

若手、老齢、派閥、男女…その垣根を越えた議論が珍しく交わされており、常にない緊迫感が場に漂っている。誰もが国を率いるものとしての最善の道を模索していた。

その一方で全員がまた現実も見据えていた。

 

 

「…戦うのであれば、ここで議論に決着をつけねば。……動員体制を整えるのにも時間はかかろう。」

 

 

ウナトの発言に抗戦派は頷く。一方で降伏派は苦り切った顔をする。動員体制などをとれば地球連合はこちらが交渉を拒否するものと見るだろう。そうなれば72時間の期限など守られるかどうか甚だ怪しくなる。

つまり、期限があるとは言っても、交戦か服従かの二択については今この場で決めなければならないのだ。

 

 

「…アスハ様。」

 

 

ウナトの視線がウズミに向けられ、他の族長もそちらを向く。

常と同じく、最終的にこの議論を取り纏めるのは代表首長たるウズミだ。議会とは異なり賛成多数だろうがなんだろうが結論は最大首長が決める。宰相、及び他の族長は所詮は輔弼しかできない。

 

室内全員の視線が集まったことを見たウズミは、口を開く。その視線に自身を非難するものが含まれていることには気づいていたし、どのような弁明をしようと自らの娘が民に害を被らせていることは変わらないことも分かっている。それでも、自らの役職の責任として口を開いた。

 

 

「…オーブの国家理念は、『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』だ。これを曲げることはできない。…当然、多国間の争いの尖兵になることなどは以ての外だ。」

 

「ウズミッ!!」

 

 

思わず名前で呼んでしまうほど激昂したウナトには目もくれず、ウズミは他の族長に対して睨みを効かせる。それを受け、族長らは頭をたれた。代表主張の決定には、逆らえない。それが決まりだ。決まりを守らぬものには民を率いる資格はない。

 

 

「会議は終いだ。それぞれ持ち場に戻り、開戦のための支度をせよ。宰相府の機能は今後国防本部へと移す。…想定された通りの事態だ。マニュアルに沿って行動せよ。」

 

 

ウズミの声を合図に、族長たちは部屋から次々と出ていく。中には駆け足で出ていくものも見られる。

 

…部屋にはウズミとウナトのみが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議室内の人数が2人になりしばらく経つと、唐突にウナトは席から立ち上がり、ウズミへと近づく。

 

 

バキッ!!

 

 

 

初老と言える年になり、日々の激務でだいぶ痩せこけたとはいえ、ウナトの全力の殴打はなかなかの威力があったらしく、ウズミは大きくのけぞる。

が、大人しく受けたとはいえそれなりに備えていたらしく椅子から転がり落ちるようなことはない。

 

興奮気味に大きく呼吸をするウナト。

それをウズミはじっと見る。

 

 

 

「…なぜだ。」

 

 

呼吸が落ち着いた頃、ようやくウナトは口を開く。

ウズミは何も言わない。

 

 

「なぜ民を戦いに巻き込んだ!?貴様は代表首長だろう!民を守り、導く義務があるのだろう!なぜ、民を戦場に導く!?」

 

 

一気に捲し立てるウナト。

それにも何も言わないウズミに対し、ウナトは更に拳を振り上げる。

 

 

バキッッ!!!

 

 

先ほどよりさらに強い一撃だったらしく、ウズミは椅子から転げ落ちた。なおも拳を振り上げるウナトに対し、そこでようやくウズミは口を開く。

 

 

「…私とて、民を巻き込みたいわけではない。」

 

「ではなぜ戦う!?理念か?国是か?」

 

「そうではない!!」

 

 

立ち上がり、捲し立てるウナトより更に大声でウズミは否定する。

その顔に苦悩が浮かんでいることに気づき、ウナトは黙る。

 

 

「他国の争いに介入しない。結構だ!大層な理想だとも。だがそのような理念に民の命を捧げるほど耄碌はしておらぬ!…ウナト、分からぬか?地球連合に与し、プラントと戦う。コーディネーターと戦う。結構だ、私は結構だとも。この場にいる者も賛成するだろう。だが民は納得しないだろう。忘れたか、ウナト!この国には数多くのコーディネーターが暮らしていることを!!」

 

「…。」

 

「他国の争いに介入しないのではない、介入できぬのだ!オーブ建国の理念はそのことを婉曲に示しておるのだ。オーブは全てを受け入れる。人種、宗教、性別全てを受け止める。故に、オーブを害す国に対し民は立ち上がるであろう。だが、だからこそ外には干渉できぬのだ!コーディネーターを排斥する国に従う国に、コーディネーターはついてくるか?それではどうする?コーディネーターを我が国から追い出すか?…分からぬか、ウナト。オーブは理念を捨てた瞬間に、文字通り国家を維持できなくなるのだ。」

 

 

産業、労働、家庭構成…。この国ではその全てに平等にあらゆる民族が溶け込んでいる。例外は族長ぐらいであろう。そのような状態で特定の民族だけを取り除くことはもはや不可能と言っても良い。コーディネーターをオーブから取り除こうとした瞬間、国内の産業、労働、家庭は崩壊するだろう。

 

その事実に、ウナトは俯くしかなかった。この国は理想郷ではなかった。戦いか、無関心か。それしかできない、制約された国家だったのだ。その事実がウナトの心に重くのしかかる。

そんなウナトに、ウズミの声は続いた。

 

 

「…カガリの、あのバカ娘がやっていることはある意味では正しいのかもしれぬ。この国に民を守ることはもはやできぬ。新たな体制の下、新たな国家を作るべきなのやもしれぬ。…だが、」

 

 

そこで声を区切り、ウズミはウナトに笑いかける。

 

 

「だがその新しい国家で今のような楽園を作れると思っているから馬鹿なのだ。…ふん、気づく頃には結局どうにもならなくなっておるのだ。今の我らのようにな…。」

 

 

苦り切った、乾いたような笑みを浮かべるウズミに、ウナトは何も声をかけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

C.E.71年 7月1日

オーブ近海 地球連合軍オーブ派遣軍総旗艦メルカトール 

 

「時間です。攻撃を開始します。」

 

「分かりました。」

 

 

総旗艦内に急遽設けられた豪奢な部屋で、アズラエルらは室内の武官から攻撃の開始を告げられた。

室内には今回の作戦参加国、要は地球連合加盟国の首脳級が集まっている。それぞれくつろいだ格好をしており、この3日間随分とゆったりしていたことが伺える。

今回の作戦は地球連合軍が初めて行う構成国全ての共同作戦ということで、常にはない体制が取られている。軍人も一作戦に参加する以上の階級のものが備えとして待機しており、本来であればいないはずの政治家まで待機している。…パフォーマンスという意味合いも多大にあるが。

アズラエルやジブリールもそのため参加しており、この部屋では3日前から地球連合の通常総会以上の勢いで様々な取り決めがなされている。一国の元首がこれだけ集まる以上、話し合うことはそれこそ無人MAの数ほどあった。とはいえ、3日も経つとさすがに話し合うことがらもだいぶ減り、雑談も多くなりつつあった。

ちなみにカガリは現在艦長席近くにいる。自らの国の最後を見たかったらしい。

 

「ほほう、ようやく『十字軍』が動きましたか。」

 

「アズラエル殿肝いりの作戦ですからな。」

 

「第1回十字軍ですから成功は間違いありませんな。」

 

「止めてくださいよ。私だって好きで言ったわけではないんですから。…まあさすがにオーブ相手に負けるとは思いませんけどね。」

 

 

2日ほど前からオーブ軍は動きを活発にしており、オーブ側が交渉拒否をすることは十分に分かっていた。一応「正義の軍隊」として期日は守ったが、2日前の時点でオーブの未来は決まったようなものと言える。

 

 

「まあザフトが動かないかが唯一の懸念事項ではありましたが…。」

 

「ふ、僕たち地球連邦軍の攻勢に手一杯なんでしょうよ。」

 

「ああ、カーペンタリアの方も順調らしいですね。」

 

「1週間後にはあるべき姿を取り戻していますとも。なんたって僕自ら育て上げた部隊を投入していますからね。」

 

 

オーブ攻略に向けて最大の懸案事項であったカーペンタリアからのザフトによる支援も、ユーラシア連合を中心とした部隊によって阻止されている。ジブリールの言葉を信じるのであれば、阻止どころか陥落すらも間近らしい。

 

 

「何にせよ、これで地球市民の団結した闘争が可能となるわけです。」

 

 

その言葉に、室内の全てが頷く。

開戦当初、このようなことになるとは誰も考えていなかった。今でも疑問はいろいろとある。それでも、団結は必要であると全員が考えていた。

 

 

 

 

  

 

 

 

 




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13/02/16 誤字修正 左東様、報告ありがとうございました。

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