それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとてもちっぽけな空で

結局あれから分かったことは

 

 

・私はムルタ・アズラエルなる人物である

 

・アズラエル家は大財閥を所有しており、自分はその総帥である

 

・第三次世界大戦の結果、世界はかなり大まかに再編された

 

 

といったところである。

 

 

財閥総帥としての仕事ができるかは心配だったものの、先代の会長が整理し直した組織構造はまだ正常に機能しており、陣頭指揮をする必要が無い。

よって、報告書を確認し、様々な組織と交流をし、財閥の方針を決めるだけですんでいた。

その報告書でさえもアズラエルのもとへ来るまでに三重四重のチェックがなされており、つまらない報告書などアズラエルのもとへは来ない。

 

無駄の無い、理想的な状態を現在のアズラエル財閥は維持していた。

 

 

 

 

 

 

 

「総帥、例の件の試算報告書が2つとも完成しました。来週の取締役会にて決定して欲しいとの事です。」

 

「…分かりました。そこに置いておいてください。」

 

 

 

現在アズラエル財閥は、大西洋連邦主導の「北米総合開発プロジェクト」における目玉となっている新エネルギー実用化を進めている。

技術革新の代償として高エネルギー、大エネルギーが多くの産業で必要となったことは、現在国際社会で主流の原子力発電に代わる大規模な発電システムを必要とすることになった。

 

北米総合開発プロジェクトは、全世界に先駆けてその問題に挑戦することから国際社会の注目を集めている。この問題を解決すればアズラエル財閥のエネルギー市場におけるシェアが大幅に増加することは明らかであった。

 

 

 

「それから、大西洋連邦事務次官、及びよりサザーランド海軍参謀官より面会の予約が入れられております。

映像通信で構わないそうです。」

 

「……2時間空けられる日はありますか?」

 

「…4日後の13時からでしたら16時まで問題ありません。」

 

「ではその日に入れておいてください。…それから、その後の予定をキャンセルして軍需部門の担当者との会議をいれて下さい。」

 

「かしこまりました。」

 

 

 

 

大西洋連邦による北米総合開発プロジェクトは、軍需のみならず全産業の生産力を底上げし、国力を増強することを目的としている。

来たるべくユーラシア連邦との決戦に備えているとの見方が大勢を占めており、実際に政府も大半がそれを目的としていたが、アズラエル含め一部の高官は別のことに関しても考えていた。

 

宇宙に存在する遺伝子改良人間の楽園、プラントへの警戒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョージ・グレンの演説以来急激に増えたコーディネーターは、その卓越した身体能力をもってそれまでの人間、「ナチュラル」の生活圏を奪っていった。

 

職場、恋愛、家庭、富の配分……それらのバランスを破壊したコーディネーターに対する憎悪、嫌悪は恐ろしい勢いで高まった。

 

加えて若すぎるコーディネーターが傲慢になったことで両者の溝は修復不可能なまでに深まる。

 

 

その結果地球各地ではコーディネーター排斥運動、過激な地域ではテロ活動が頻発。

コーディネーターは逃れるようにして新天地「プラント」へと移住していった。

 

プラントでは豊富なエネルギー、資源惑星からの資源、高い人材の質を背景に経済・工業力が拡大。

今では大西洋連邦とも張り合えるほどの工業力を持っていた。

 

…そして、それを背景に独立運動も盛んになりつつあった。

 

 

 

 

C.E.50年に結党された黄道同盟は、プラントにおける自治政治組織としてパトリック・ザラによって結党された。

コーディネーターという社会不穏分子が宇宙という辺境に集まることを当時の国際社会は歓迎し、彼らに一定の自治権をも与えた。

 

だが、当然のことながらそれは完全なものではない。

 

プラントという建設に天文学的な費用をかけた施設をタダで明け渡すほど地球の各国は甘い国々ではなかった。

 

黄道同盟、及びプラントの自治議会には多数の監査、監視員が地球から送り込まれ、議事録は微細にいたるまで国連に報告するよう義務付けられていた。

 

地球に反抗的であるとされた議決、例えばプラントの食料自給率を飛躍的に向上させるための提案など、は採決で賛成多数となった後で国連から議案撤回させられたりもした。

 

こうなってくると、プラントにいるコーディネーターとしては不満も募ってくる。

彼らの中には地球側の意識や態度を変えさせようと住み慣れたプラントではなく、地球へと舞い戻る者たちもいた。

 

ただ、黄道同盟トップのザラの考えは異なった。

ザラは、そしてその盟友たるシーゲル・クラインは地球がプラントに大幅な自治権、ないしは独立権を与えるとは考えていなかった。

彼らは表立っては地球に従順となり、裏では独立するための力を蓄え続けた。

彼らの行動は周到に隠されており、地球にはほとんどその情報は入ってこなかった。だからこそ、プラントに対する警戒は表立って、大々的には採る事ができなかった。

 

 

 

 

 

ふと、アズラエルは自らの執務室に貼られている世界地図の隣を見た。

そこには立体地図が表示されており、この広い銀河系の中のちっぽけな領域が再現されている。

 

地球、月、そしてそこからしばらく離れた位置に存在する砂時計形のコロニー群、プラント。

 

その距離感は、物理的な意味合いだけでなく今後の関係性をも表しているようにも思われた。




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