イザーク・ジュールの日常は充実していた。
結局あの後、することも無いので大検を受験して合格。調子に乗って大学受験に挑戦したものの、第1志望のT大には不合格であった。現在は滑り止めとして受けたS大の法学部政治学科に在籍し、母エザリア・ジュールの仕事を受け継げるよう努めている。開戦前後から軍幼年・士官学校に当たるアカデミーに入学し、卒業後はすぐに部隊に配属されたイザークは一般教養に致命的な偏りがあり、大学受験でもそれが響いていた。それを自覚したからこそ、プラントと比べて進度の遅い日本の大学でも、まじめに通っているのだ。
4月25日
その日、いつものように大学へ向かおうとしていたイザークのもとに、首相官邸からの連絡が入った。
「…珍しいな、役所ではなく官邸からなど…」
そう呟き、イザークは今日のスケジュールを変更する。指定時間はA.M.10:00どう頑張っても講義にはいけそうもない。
官邸では、以前会ったときと同じような表情をしているマキシマ首相と、この数ヶ月で何度か画面越しに見ることがあったシミズ外相、そしてその補佐官と見られる人物がいた。
「首相、何か私に伝えたいことがあるということでしたが…。」
「うむ、まあ少し待って欲しい。もう1人ここに来る予定なので…。」
15分ほど待つと、濃い緑色をした制服に身を包んだ壮年の男性が現れた。
「遅くなって申し訳ありません、首相。」
「なに、構わんよ。…さて、では話を始めるとしましょうか。ジュール君、君も知っているかとは思うが、わが国は地球連合に加盟することとなった。そして、その結果としてプラントを交戦団体として認め、宣戦布告をしている。」
「ええ、私もそのことについてはテレビで見ました。…それで私は、どうなるのですか?」
今回の話し合いの内容に見当が付いたイザークは、それが自らに密接に関係することだということもあり、積極的に質問をする。
「うむ、こちらとしてはいくつか案がある。
1つ目は、君を終戦まで拘留し、講和条約で捕虜に関する規約がまとまるまで現状維持とする案。
2つ目は、君が現在のプラント政府に反発する声明を出し、日本にプラント革命政府を樹立する案。
3つ目は、君が日本に帰化し、日本国籍を取得して日本人として生活する案。
…どれがいい?」
悩もうとし、ふとおかしな点に気づくイザーク。
「あの、私が本国に戻れる案が無いような気がするのですが…。」
「当然です。あなたをそのまま帰してもこちらにメリットはないですからね。」
「外務省としては2つ目をお勧めします。」
「防衛省としては3つ目をお勧めします。」
…結局帰れないのか。そう思うと、ともに戦った部隊の面々の顔が脳裏に浮かび………最後に、クリミナル・ドールのヒロイン、キャロルの顔が思い浮かんだ。
(まあしょうがないよな、最終回まで後4回だし。)
CE71年5月1日
その日、アズラエルはJOSH-Aにて地球連合軍の会合に参加していた。今日の午後には到着するであろう南米方面に派遣される日本軍に関する最終調整や、大洋州連合やオーブへの軍事活動計画、さらには地球連合全加盟国の軍が結集することになるであろう、スカンディナビア解放作戦など、解決しなければならない問題は無数にあるからだ。
「大洋州連合を攻めるにせよ、オーブを攻めるにせよ、太平洋の制海権を完全なものとしなければ話になりません。海軍は今すぐにでも行動に移るべきだと思いますよ。」
「しかしアズラエル様、現在ハワイとサンフランシスコにある艦船だけでは、とてもではないですが太平洋の維持などできません。せめて南米に派遣している艦船だけでも廻させていただかなければ…。」
「クルーゼの脱出を阻むには海軍の助力は不可欠です!陸軍では海の上には行けんのですよ!」
「空軍がいるだろう!」
「勝手に便利屋扱いされては困る!空軍の大部分は都市部のエアカバーで手一杯なんだ!」
いつもどおり怒号が飛び交う会議なのだが、そこはアズラエルもいい加減慣れてきたもので調整と提案に入る。
「日本と赤道連合を巻き込んでしまえば何とかなるでしょう。…ハルバートン提督の話では、半年以内にプラント本国への攻勢が可能となるそうです。それまでにザフトの戦力をできる限り地上にへばり付けとかなければなりません。戦争を1年で終わらせると日本と約束した以上、この流れを止めるわけにはいきません!戦時経済に移行させ、軍事予算は計画以上に増えるはずなのですから、しっかり働きなさい!」
「「「はっ!!」」」
同日 A.M.10:00
プラント アプリリウス市 国防司令部
「指定時刻だ!各員、開封時刻指定命令を開封せよ!」
パトリックのその言葉と共に、司令部要員が一斉に持っていた封筒を開封する。その光景は国防司令部のみならず、ザフトに存在する全宇宙艦隊、全司令部、全指揮官室で見られた。その中には、クルーゼ隊解散後に構成された評議会議員子息のみで構成された組織、フェイスの面々もある。
パトリックは、吼える。
「オペレーション・スピットブレイク、始動!!!」
A.M.10:15
アズラエルらが一度会議を中断し、休憩を取っていた。もちろん休憩を取れるのはアズラエルと各軍の司令官クラスだけであり、参謀や補佐官クラスの人間は資料を集めたり、休憩前までに決定したことに関する書類の作成などの追われ、忙しそうに働いている。
そんな時間。
突然、けたたましいサイレンと共にその放送はされた。
『緊急警報!!未確認高速飛行体が無数接近中。マニュアルC-3に従って迎撃態勢に移行してください。直撃まで40秒。対ショック姿勢をとってください!』
1瞬、全ての時が止まる。が、すぐに基地要員が動き出す。
「総員、マニュアルC-3!!」
「マニュアルC-3!!直撃まで37秒!!」
会議室まで走ってきた連絡員は叫ぶ。
「対ショック姿勢をとって下さい!!第1派を凌いだら、地下施設までご案内します!!」
「何事ですか!?」
「不明です!大気圏外からのミサイル攻撃と推測されます!!」
「馬鹿な!宇宙艦隊は何をしておるのだ!?」
慌てるアズラエルと司令官たち。ただ、想定外以外の何ものでもない事態が起こっているのだった。
月面 アルザッヘル基地 A.M.10:05
JOSH-Aにミサイル攻撃がなされる少し前。アルザッヘル基地では異変が起こっていた。
「おかしいな…。」
しきりに首を捻っているレーダー員。それに気付いた基地副司令官が尋ねる。
「どうした?」
「いえ、さっきからなぜか受容基地との通信が取れないんですよ…。前の定期点検では問題がなかったのですが・・・。」
時計を見る副司令官。受容基地へ赤外線を発するまではまだまだ時間がある。
「うーん…。まあまだ時間が有るからな。とりあえず、簡易点検の8番まで試してみろ。それで駄目だったら司令官と発電所の所長と相談だな。…レーダーに敵影はないんだろう?」
「ああ、それは全く。工作艦も輸送艦隊も近くにはいません。」
「なら特に問題はないな。」
この判断が、直後の運命を決定付けていた。
アルザッヘル基地 第八艦隊旗艦メネラオス 司令官室
突如知らされた敵襲の知らせに艦隊のクルーが恐慌状態に陥る中、ハルバートンは冷静さを失っていなかった。
「提督!基地外に無数の高エネルギー反応、敵襲です!」
「そんなことは分かっておる!MSは確認できんのか!?」
「そ、それはまだ…。あ、今確認されました!…数は、およそ100です!」
「と、なると15隻か…。なるほど、ザフトの主力部隊が来たようだな・・・。」
「し、しかし艦影が確認されません!い、一体どこから…。」
「ふん!どうせミラージュコロイドを使っているのだろう…とりあえず基地司令官に出撃許可を出させろ!アルザッヘルには5個艦隊いるのだ!奇襲程度では落ちん!!」
ハルバートンの一喝に冷静さを取り戻すクルー達。そこに、新たな情報が舞い込む。
「JOSH-Aより緊急伝!!『地上各地にザフト現る。宇宙第八艦隊は何処にありや?全世界は知らんと欲す。』地上各地が攻撃されているようです!!」
その報告はハルバートンの想定を超えていた。
「バカな…やつらは一体どのくらいおるのだ!?」
オペレーション・スピットブレイクは4つの独立した作戦の集合体である。
1.地球連合全体の司令部能力を喪失させる目的の、JOSH-A強襲作戦。
2.大西洋連邦の士気低下、政治的・軍事的混乱を狙った、ワシントンD.C.強襲作戦。
3.ユーラシア連邦の政治的・軍事的混乱を狙った、ブリュッセル強襲作戦。
4.上記作戦を成功させ、地球連合のエネルギー事情を悪化させるための、アルザッヘル奇襲作戦。
更にこれらに付随し、地球連合軍の混乱に乗じたジブラルタル、スエズ、南米各方面軍の侵攻も予定されていた。
動員兵力およそ200万(後方支援兵を含む)
まさに今時大戦の趨勢を決定させようという、パトリックの意志を如実に表していた。
200万という数字は、当時の連合軍の誰もが考えてすらいなかった数字である。開戦前のデータではプラントの国民は1200万人。そこからかなり強引に戦力をかき集めたとしても、兵士は240万人程度にしかならないだろう。本国の防衛や輸送船の護衛、占領地の治安維持などを考えれば、200万もの兵力を作戦に投入できるわけがないのだ。だからこそ、ここまで大規模かつ大胆な作戦など、誰しも予想できなかった。
アルザッヘル宙域周辺
かつてクルーゼ隊に所属していたアスラン、ディアッカ、ニコルの3人は揃って評議員子息のみで結成された特殊部隊、フェイスに配属されていた。パトリックが評議会内の反乱分子を押さえ込むために人質的に結成させた部隊であったが、思いのほか優秀な人材が揃ったので作戦に投入したのであった。というのも、評議会議員は所謂上流階級や資産家の人間が多く、息子や娘のコーディネートにもかなりの金額をかけているために才能豊か、かつ人間性に偏りの見られる人間が多いのだ。
現在、アスランらが見るイージスのレーダーモニターにはアルザッヘル基地から地球連合軍の戦艦やらMAやらが、さながら蜂の巣を突いたかのようにして飛び出している様子が映っていた。
「…まるで、巣を突かれた蜂のようだな。」
思わず内心を吐露してしまうアスラン。それに応えるのはやはり、ディアッカやニコルだ。
「へっ、ま、ナチュラルも羽虫も似た様なもんだからな。」
「もう、アスランもディアッカも戦闘前なんですからもっと集中してください!」
「へいへい、ニコルは固いねー。」「お、俺もか…。」
大部分の議員子息と違い、この3人はかなり緊張感が薄い。それが赤服であったことの自信からくるのか、生来の性格からくるものなのかは謎だが、部隊の緊張を緩めるには役立っている。
「…おしゃべりはここまでだな。ディアッカは右手を、ニコルは左手を頼む。」
「任しとけって。…行くぜ!!」「任せてください。」
アルザッヘルの戦いは、今まさに行われようとしていた。
アラスカ JOSH-A A.M.10:30
突然の大気圏外からのミサイル攻撃に対応が遅れた司令部であったが、2派、3派目からは重厚な対空火器が作動し始め、迎撃が可能となった。とはいえ、依然として敵の位置はつかめておらず、主導権は全く握れていない。前任者の更迭に伴いこのJOSH-Aの基地司令となったサザーランドは、この一方的な展開に苛立ちを隠せないでいた。
「また敵が分からんのか!?敵がミラージュコロイドを使用しているのは明白だろう!あんなもの三角測量でどうとでもなるのだぞ!?」
常の冷静さをかなぐり捨て、吼えるサザーランド。
「し、しかし、ザフトもそれを恐れてか、基地外のレーダーから優先的に破壊しており、なかなか判明しません!」
「クソッ!おい、B-2に沿った迎撃配置は完了しているか!?」
「はっ!すでに各部隊は展開を終了しており「司令!敵強襲降下カプセル多数確認!!並びに、海上早期警戒システムより、沖合いからの多数の水上母艦接近を確認しました!」
「数は!?」
「はっ、概算ですがMSおよそ500!艦船は不明です!」
「ご、500だと!?」
「バカな…多すぎる…!」
JOSH-Aは地球連合軍の最高司令部が置かれていることもあり、その常備守備部隊数もかなりの数となっている。
具体的には、
・2個戦車師団
・1個歩兵師団
・2個対空連隊
・防衛艦隊(15隻)
・1個航空旅団
となる。
この他にも、基地には基地付属の対空システムやら対艦システムやらが付いており、かなり大規模な攻撃にでも合わない限り、各地からの増援部隊到着まで十分に防衛可能とされていた。ただ、MS500機というのは、「かなり大規模な攻撃」に含まれるというのは誰に訊いても同意を得ることができるだろう。だからこそ、サザーランドはすぐに怒鳴っていた。
「今すぐ近隣部隊をかき集めろ!予備役、州軍、山岳警備隊、何でも良い!とにかく集めろ!!」
A.M.12:00
「リューベク、シアトル沈没!!」
「B15空域制空不可能!C15まで後退!!」
「第114戦車大隊沈黙!1133戦車中隊を充てます!!」
「防衛ラインを死守しろ!砲爆撃を海岸線に集中させ続けろ!!」
戦闘開始から1.5時間。
サザーランド指揮のもと、地球連合軍はかなり粘り強く抵抗を続けていたが、それでも戦線の後退を食い止めることはできないでいた。ゲートへと繋がっている湾上にいた防衛艦隊はほとんど沈黙しており、ゲート付近では戦車部隊が砲爆撃の支援のもと激闘を続けている。空中では数少ない航空部隊がディンと互角に戦いつつ地上支援を必死に行ってはいたが、その数は当初から比べると大分減らしていた。
「アラスカ州軍、カナダ準州軍到着!ゲート2守備に回します!」
「州軍にはカンフルと鎮静剤を投与しろ!」
「しかし鎮静剤は副作用が…「どうせこのままではいくらも生き残れん!副作用は死んでから気にするようなものではないだろう!」は、はっ!」
「ゲート1、ダメージ率40パーセント突破!もちません!!」
「80を超えたら中性子爆薬を設置してゲート2まで後退しろ!ゲートの1つが崩壊するぐらいで混乱なんぞするな!」
混乱する部下らを鼓舞し、威圧し、とにかく冷静に的確に指示を出すサザーランドはまさに守将の鏡といえるだろう。時間との戦いに苛立ちつつも、彼はひたすらに『耐えて』いた。
時は少しさかのぼる。
A.M.10:45
ベーリング海峡 日本軍南米派遣軍
日本の派遣部隊は出港間際に起こった混乱のために計画より遅れていた。今回派遣される部隊は日本の今回の戦争に対する本気を表している。そのために国内各地、防衛協定加盟各国に配されていた部隊はかき集められ、国防ガイドライン担当者の有給を返上させたのだ。自然とそれを護衛する艦隊にも力が入れられ、空母2隻を含む正規艦隊とも勝るとも劣らない艦隊が護衛に当たっていた。
また、航海ルートも入念に考えられており、今だ大洋州、ザフト、地球連合のどの勢力も制海権を明確には握れていない中部太平洋ルートを避け、日本と地球連合によって安全の確保されている北太平洋ルートが選択されていた。
「カナギ陸将補!JOSH-Aからの救援要請は敵の欺瞞工作ではありません!」
現在その派遣軍の下にはアラスカからの必死のSOSが絶え間なく舞い込んできていた。その必死さたるや壮絶なものがあったが、万が一にもザフトによる欺瞞工作ということが無いよう確認を取ることは怠らない。
「なるほど…。戦況は?」
「情報が錯綜しているようでして…。アラスカ州軍本部によりますと、JOSH-Aに現れたザフトはかなり大規模なようです。」
「外務省でも混乱しているようです。未確認情報ですが、ワシントンやブリュッセルにも敵が現れたとか…。」
「そうか…。だがしかし、今からではニューヨークにもブリュッセルにも間に合わんだろう。……これより、作戦目標をJOSH-A救出作戦に変更する!!進路変更、JOSH-A!!」
「了解!進路変更、目標、JOSH-A!」
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