アラスカ ジブリール邸
ブルーコスモス諜報班の報告を元に専門家と協議した結果、ザフトのクローン兵士投入時期はおよそ4ヵ月後ということが判明した。当然のことながら、パトリック・ザラは前々からデュランダルという学者と接触し、極秘にクローン体を量産化し始めていたらしい。
まずは1万。
その3ヵ月後から毎月5千ずつ量産されるらしく、ペースは速まることはあっても遅くなることは無いそうだ。
大西洋連邦は3ヶ月以内に南米戦を収束させると正式決定し、陸・海・空の3軍が合同で作戦を行うことになった。内乱鎮圧とは言えないほどの規模であった。
4月7日 南アメリカ ブラジリア
「クルーゼ総司令!アーデラ隊から後退要請が出ています。」
「彼には戦車中隊と歩兵大隊を預けていたが?」
「損害大で戦闘不能だそうです!」
総司令官に就任し、戦地でまさかの恋人を手に入れたクルーゼは、プラントから派遣された非常に少ない部隊に加えて、現地軍を独断で指揮下に収めることで勝利を重ねていた。当初こそナチュラルということで反発していたコーディネーターも、南アメリカ方面軍の8割以上が現地軍で占められ、連携が欠かせなくなると不満を口に出さなくなった。
3月中旬にはブラジル州の大半を勢力化に収め、コロンビア州に篭る地球連合軍と南アメリカ軍大統領派との戦いに向けて部隊配置を再編しだしていたのだ。
ところが、4月1日。
戦略方針を決定し、戦闘地域の限定化を行った地球連合は南アメリカ戦線の本格的な制圧のため、大西洋連邦軍に派兵要請を出した。
大西洋連邦が出した兵力は
陸軍8個師団、空軍2個飛行師団、海軍3個艦隊
という膨大な戦力であり、ブラジル州北部に展開していた部隊を鎧袖一触とばかりに撃破すると、圧倒的な戦力をもってして南下を始めたのだ。前線司令部をブラジリアに移していたクルーゼにも当然その情報は伝わっており、彼とその幕僚はその対策にてんてこ舞いといった有様であった。
「…密林地帯を中心に現地軍歩兵部隊を展開せよ。」
「ゲリラ戦ですか?」
「それしかあるまい。ジャングルと都市部でゲリラ戦を続け、出血を敵に強いつつ時間を稼ぐ。」
「…援軍は、来るのでしょうか?」
副官から不安そうな顔を向けられる。もともと派遣された部隊自体恐ろしく少数であり、クルーゼの独断と采配がなければ緒戦の勝利すら怪しかったはずだ。本国がこちらのことを本気で考えてくれているのかは甚だ怪しい。
「どこもかしこも兵士は足りていないはずだろう。…オーブが鍵となるのだろうな。」
「オーブ、ですか…」
こうしてオーブは自身の知らぬところで注目を集めつつあった。
オーブ連合首長国
それは南太平洋に存在する小さな国。
四方を海に囲まれ、最も近い隣国は大洋州連合というこれまた小さな国。豊富なエネルギーを背景にした高い技術力は国を潤わせ、国土あたりのGDPは日本に次いで世界第2位である。建国間もないこの国には希望が満ち溢れており、それは世界が大戦に突き進んでいっても変わることはない、と国民は考えていた。国家理念である中立外交さえ保持していれば、と…。
オーブ首都オロファト 宰相府
その日、オーブ連合首長国の宰相ウナト・エマ・セイランはいつも通り宰相府に出勤し、いつも通り執務室に積まれている書類に出迎えられた。その量は一般社員が見たら気分を悪くするほどの量であるが、3月に財務決算のために連日徹夜していた頃と比べれば何ともない量だ、とウナトは考えていた。
大戦勃発以来オーブの財政はかなり厳しい状況にあり、細かく財政策を捏ね回すことで何とか収支を合わせなければならなかった。そのしわ寄せは当然のことながら財務局と行政のトップたる宰相府へ押し寄せることとなり、財務局と宰相府は連日徹夜となっている。オロファトの市民には「オロファトには不夜城が3箇所ある。1つ
はハウリン街(オロファト最大の歓楽街)。そして残りは財務局ビルと宰相府だ。」と言われていた。
それはともかく。
ウナトは今日も平和に過ごせるだろうと、束の間の平穏を楽しもうとしていたのだ。
A.M.10:00
ウナトが本日8枚目の書類にサインをしようとしていたその時、あわただしい駆け足の音と共に1人の官僚が部屋に飛び込んできた。驚き、その礼を失する態度に一喝しようとしたウナトであったが、彼のあまりの慌てように考えを改める。
「どうした、国債の格付けが下がったか?」
もしそうだったらかなり困ったことになるぞ、と思いつつ尋ねるウナト。返事は彼の予想の範疇を超え、かつひっ迫性の高いものであった。
「ウナト様!ち、地球連合が、オーブ連合首長国の参戦表明を喜びをもって受け入れる、と表明しました!」
「我々は、人道を顧みない非道なるテロリスト集団と共に戦うことを決意した勇敢なるパートナーとして、オーブに最大級の敬意を表したい。正義をなす剣を持ち、共に悪と戦えるよう今後一層の協力をしていく所存である。」
ウナトが慌ててつけたモニターには、朗々と語る大西洋連邦大統領と満面の笑みを浮かべるユーラシア連邦大統領、南アフリカ統一機構首相。そして、相互防衛協定加盟各国の外務大臣達もその隣に立っていた。
「彼らは一体?」
隣に立つ補佐官に尋ねるウナト。
「今回の発表を機に、彼らも中立宣言を破棄してプラント側に宣戦布告するようです。また、地球連合を国際連合の後継機関として正式に認めたようです。ですが…」
「分かっている、一番重要なのは我々に関してだ。なぜ中立宣言を出している我々を勝手にあちら側に仕立て上げているのだ…。」
「それは…。」
補佐官、いや、下手をすると1人の例外を除いて政府全体が事情を飲み込めていない現在、一介の補佐官に尋ねるのは酷というものだ。
「ウズミ様に聞かねばならないようだな…。」
誰とはなくそう告げると、ウナトは内閣府に向かい駆け出した。
代表首長の執務室を訪れたウナトは、そこにいたウズミに問いただした。
「ウズミ様、あれは一体どういうことですか!オーブは中立外交をもっとうとするのではないのですか!?」
怒鳴られたウズミは静かに、しかし何とも言い知れない感情を見せつつ一つの映像を見せた。そこには彼の1人娘であるカガリと現地人がザフトと交戦(と言ってもお世辞に言ってもレジスタンス活動程度にしか見えないが)している映像と、負けそうになっている彼らをどこからか駆けつけた地球連合軍が援護している様子。そして、生き残ったカガリ達が連合軍兵士に礼を言っている(ように見える)映像が写されていた。
「こ、これは一体…!」
思わずそう叫んでしまうウナト。これはマズイ。こんなものが流出してしまったら、プラントとの関係悪化はもちろん、王族の面子にも大きなヒビを入れてしまう。そういう思いがこもった、ウナトの叫びであった。
「今朝、地球連合とユーラシア連邦からの連名で届けられた。24時間以内に地球連合加盟と、プラントに対する宣戦布告を行わなければこの映像を公開するそうだ。」
一見すると冷静そうに聞こえるウズミの声。しかしその心の内に大きな怒りがあるのは、誰が考えても明らかであった。
「あんの、バカ娘がッ!!」
吼えるウズミ。甘く見ていた隙にとんでもないことをされてしまったのだから、それも仕方のないことだ。
「ウズミ様、それでカガリ様は今どちらに?」
怒れるウズミを見て、逆に少し落ち着いたウナトはそう尋ねた。もし今こちらの手元にいるのであれば、他人の空似とでも何とでも言って否定してしまえばよい。苦しい言い訳ではあるが、もともとこの情勢で中立国をやっていること自体が苦しいのだからしょうがないだろう。
「…こちらには居らぬ。」
「今、何と…?」
だが、その考えも甘かったようだ。
「地球連合軍本部、JOSH-Aに保護されているそうだ…!!」
八方塞。
そんな言葉がウナトの脳裏を掠めた。
「では、カガリ様のことは…」
見捨てるのか?
そう、尋ねようとした。国家と1人の人間。常識を考えれば、前者を取るのが当たり前だからだ。しかし、ウズミはそう考えなかったらしい。
「いや……。わが国は如何なる時にも『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』。プラントに事情を説明しつつ、中立の維持と引き換えに極秘裏にカガリ救出を依頼する。表立ってはどちらにも立たぬ。ウナト、プラント本国のザラ議長に繋いでくれ。」
「…分かりました。」
二つを得る。
それが吉と出るか、凶と出るか。ウナトには危険な賭けにしか思えなかった。
ユーラシア連邦首都 ブリュッセル
「ああ、もう!一体どこまで物分りが悪いんですか!?」
ジブリールは癇癪を起こしていた。結局のところ、オーブは地球連合加盟を全く表明せず、プラントの対しても宣戦布告を行わなかったのだ。カガリによる戦闘映像も公開されたのだが、プラントは気にも留めていないようであった。
「しかしジブリール様、他の中立国は連合へと参加しました。今さらオーブ単独では何もできないでしょう。」
そばにいた側近がそう嗜めるが、ジブリールの怒りは収まらなかった。
「そういう問題ではないでしょう!?あの汚らわしいコーディネーターは、小賢しくも悪魔の禁術を用いてその数を増やそうとしているのですよ!全人類が結束すべき事態だというのに、なぜオーブは我々に協力しないのだと思います!?」
興奮収まらぬ様子で一気にしゃべりまくるジブリール。側近は完全にのまれている。
「それは…。オーブが中立を国是としているからでは…?」
「違うに決まっているでしょう!頭が着いているのなら、もう少し考えなさい!!いいですか、あの国は汚らわしいネズミ共に媚を売ることで富を得ようと考えているだけなんですよ!私たちの持つ清浄なる空を売り、善良なる無辜の民を売り飛ばすことで、あの国は富を得ているのです!!これは人類に対する裏切りですよ!!」
そこまで一気に捲くし立てると、ジブリールは少し息を整えた。
「で、ではなぜジブリール様はオーブを味方につけようとなさったので?」
「ふん!今までの行いを恥じ、反省する機会を与えたに過ぎません。これではっきりとしました。かの国は敵でしかありません。ですが…」
そこで言葉を切るジブリール。その顔には黒い笑みが広がっていた。
「せいぜい利用させてもらおうじゃありませんか。オーブの軍事力、アズラエルの力を削ぐには十分でしょう!」
何台もの黒塗りの高級車と、それ以上の数のパトカー、白バイが首相官邸へと至る道を走っていた。高級車には小さな地球連合の旗が翻っており、その車に超VIPが乗っていることを示している。首相官邸前には日本国陸軍の儀仗隊が整列しており、その待遇は最上級のものであった。官邸前で止まり、ドアマンの開けたドアから降りる人物。
それはムルタ・アズラエルであった。
日本国 東京 首相官邸
「ようこそお越しくださいました、アズラエル閣下。」
「ご丁寧にどうも、マキシマ首相。こうしてお会いできること、嬉しい限りです。」
相互防衛協定加盟各国を地球連合に加盟させるに当たり、地球連合側は日本国に切り札たるアズラエルを送り込んでいた。アズラエルは彼の財閥独自の伝手からも日本と繋がりを持っており、また彼のネームバリューは地球連合内でも非常に高かったからだ。アズラエルとしても日本との交渉は望むところであり、戦後の地球連合内でのパワーバランスを考えれば日本との接点は多いに越したことは無かった。
ひと通り日本の地球連合加盟とプラントに対する宣戦布告協議がなされると、マキシマはアズラエルに対して思い切った質問をした。
「アズラエル閣下、単刀直入に訊きますが戦争はどの程度で終結できますか?」
「3年以内には片付きますが?」
3年。
短いようであるが、もし戦時経済に移行しなければならないのだとしたら、それは日本にとって非常に大きな負担であった。
「わが国としては、もう少し早く終わらせたいのですが。」
「もちろんそれは地球連合内のどの加盟国も願っていることです。ですが、だからといってそうそう簡単に早まるわけではありません。」
ただ、この数字はアズラエルが本当に掛かると思っている時間ではない。この数字は日本などが積極的に戦争に協力しない場合を想定して導き出した数字であるからだ。
マキシマもそのことには気づいている。
故に、問う。
「わが国は、1年で片付けようと思っているのですが?」
と。
自分たちはその気で戦争に参加する。お前たちも本気でヤレ、と。
「紳士は急がず、汗をかかず…とは言いますが、可愛いレディーの頼みごとであれば引き受けないわけにはいきませんね。」
「レディーですか。…確かヴァルキュリアは地球連合軍の主力機でしたね。かつての極東の憲兵の名、まだ捨ててはい無いことをお見せしましょう。」
「期待しております。」
その後は細々と取り決めをし、まずは日本軍が粘るクルーゼを砕く援軍として派遣されることが決まった。
パナマ到着は5月1日。戦禍は収まりを見せそうに無い。
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