地球軌道上 戦艦ヴェサリウス
「イザークさん、大丈夫でしょうか…。」
イザークが地上でマキシマ首相と会談を行っている頃、低軌道会戦終了後に補給を受け、現状維持の命令を受けたクルーゼ隊は地球上空にて暇を持て余していた。
「あいつがそう簡単に死ぬわけ無いだろ。それに落ちたって言っても中立国だぜ?大丈夫だって。」
艦長以下そこそこの地位にいるものは、まさに敵地のど真ん中とも言える場所にとどまることになったことに緊張しているが、クルーゼ隊の若きエース達はそのような感情とは無縁であった。
とはいえ、先の戦いで地球へと落ちていった戦友の存在があるため、全く気楽にしているわけでもなかった。
「ディアッカ、イザークが落ちたのは中立国の中でもプラントの独立を認めていない日本だ。身の安全は保障されているかもしれないが、無事に戻ってこれるかは分からないんだぞ。お前も少しぐらい心配したらどうなんだ。」
「だけどよ、俺たちが心配したって何にもならないだろ?本国のお偉方ですら日本の外務省には見向きもされないらしいじゃん。それよりも、日本の女の子は可愛いって有名だし、イザーク、案外いい思いしてるかもだぜ?」
「…はあ。お前は他に考えられないのか?それに日本人はナチュラルなんだからそんなに可愛いわけないだろ。」
「ええ.そうか.?…ニコル、お前はどう思う?」
「ぼ、僕にそんなこと聞かないでくださいよ。…ただ、女のこのことは良く分からないですけど、日本にいるってことはイザークさんの好きな『クリミナルドール』の最新版を見れるんですよね…。」
「ああ.!そうじゃん、イザークだけアニメ見放題かよ!?やっぱあいつのことなんか心配してやんねー。心配して欲しかったら艦に新しい映像を持ち帰れ!」
「イザーク…。(エレカル・まどか見放題か…)」
「ディ、ディアッカもアスランも、戻ってきてください!」
…いや、気楽であった。
シュンッ
「ここにいたか、アスラン、ニコル、ディアッカ、隊長が呼んでいたぞ。至急、ミーティングルームに集まるように。」
「「「はっ。」」」
しばらくそうして騒いでいたところに兵士がやってきて、パイロットたちは伝えられたことに従うため、動き出した。
「ようやく本国からの命令が来たってか?」
「恐らくはそうだろうな…。月方面にせよ輸送路の確保にせよ、本国もそう遊ばせていられるほどの戦力は無いはずだ。」
「イザークさんについて何かあればいいですけど…。」
ミーティングルームにはクルーゼやアデスといった独立艦隊の主要人物たちがすでに集まっていた。
「遅くなって申し訳ありません。」
「なに、構わんよ。」
そうアスランに告げたクルーゼは、今後について話し出した。
「さて、分かっているとは思うだろうが先ほど本国から通達が来た。明日来る予定の輸送艦と共にわれわれはカーペンタリアに降下することとなる。その後、私は現地部隊を指揮して南米へ派遣されることとなる。当然、君たちにも今回の作戦には参加してもらう。」
予想外の言葉に誰もが一瞬固まった。
「し、しかし我々の艦は地上へ降下することなどできませんが…。」
まず再起動したのはアデスであった。
「そうだ。故に今回の作戦ではパイロット、つまりアスラン、ディアッカ、ニコル、そして私だけが地上に降りることとなる。恐らく残った艦は輸送艦と共に本国の方へ一旦撤収することとなるだろう。今回の作戦でガモフとヴェサリウスはクルーゼ隊から一時的に除かれ、別の独立艦隊となると聞いている。隊長はアデス、君だそうだ。」
「は、はっ。それならば…。」
「パイロットたちに問題は無いかね?降下は明日だ。急がねばならんから質問は今しかできない。」
「そ、それではなぜ我々が南米に?我々は宇宙が専門だったはずです。」
次に復活したアスランも質問に加わる。
地球での作戦など、今まで経験したことも無ければ想定したことも無い。
「なに、それだけ余裕が無いということだろう。地上とてその大半は前線だ。あまり引き抜けないのだろう。」
「そうですか…。」
「あ、あのイザークさんについては…。」
「残念ながらイザークについて本国からは何も告げられなかった。恐らく向こうも何も把握していないのだろう。私としてもイザークのことは残念に思っている。分かり次第君たちにも伝えよう。」
「ありがとうございます…。」
「…ふむ、質問は以上のようだな。では、明日に備えて準備を急ぎたまえ。」
「各自、解散!」
結局、イザークについては不明としか伝えられないままミーティングは解散となった。それどころかクルーゼ隊自体がほぼ解散という形だ。隊長からの命令ということで従いはするものの、胸中に不安の立ちこめるミーティングになったのであった。
カーペンタリア基地にて編成されたザフト南米派遣軍はあまり大きな規模ではない。
水中母艦3隻
大洋州連合籍の輸送艦5隻
同護衛艦3隻
バクゥ5機
ザウート10機
ジン改(地上戦特化型)20機
ディン改20機
グーン10機
ゾノ5機
地上各地の戦線と本国からの補充部隊で編成された部隊であったが、クライン議長の決断とは裏腹に軍部では派兵そのものに懐疑的であった。
ナチュラルの国家である南米の支援をなぜ行わなければならないのか?
これ以上いたずらに戦線を増やす意味があるのか?
今回の作戦でプラント側に実質的メリットがあるのか?
このような質問に対し、クライン議長は言った。
戦後の外交のためにも、ナチュラルとの信頼関係を築かなければならない、と。
この瞬間、シーゲルとパトリックの溝は決定的となった。
ザフトの南米介入。
その報が知らされたとき、地球連合軍上層部は頭を捻らせた。
(南米に何か重要な拠点などあっただろうか?)
南アメリカ合衆国の国際社会における発言力は低くは無い。とはいえ、それが国力の大きさや国際社会における重要度の絶対的高さを表しているわけでないことは現在政治に少しでもアンテナを伸ばしている人間であれば当然のことであった。
WWⅢが終結し、世界のブロック化に一応の終止符が打たれると、世界地図に存在する国家は非常に少なくなっていた。だがそれでも、南米は国力において上位にいるとはいえなかった。現在の国際地位があるのは、単純に戦禍を直接被らなかったおかげで、戦前の国力を維持できている非常に珍しい国家となれたからであった。つまり、今回の内乱の規模が大きくなればなるほど南米の国力は低下するわけであり、戦前のレベルを維持できなくなった南米など、もはや重要拠点を持っているアフリカ共同体以下の存在と言ってもよくなるのである。
アラスカ アズラエル邸
「ザフトはいったい何を考えているんでしょうねえ?」
ちっとも理解できない。あいつらはいったい何を考えているんだか。
「サザーランド君、参謀本部の意見としてはどうなんだい?」
「は、実はこちらでもまだ決着は着いておりませんが、有力な見解としては反乱軍と協力して首都を奪回、その後マスドライバー施設を有するパナマまで攻勢に出る、という見方があります。」
「パナマはそんなに簡単に落ちるような軍事拠点なのですか?」
「いえ、とんでもありません。どちらかといえば南米方面には湿地やジャングルといった天然の要害を有する連合でも屈指の防衛拠点です。ジブラルタル要塞陥落の反省も生かし、パナマ周辺に築かれている要塞には大型のリニアキャノンによる要塞砲も3ヶ月前に設置されました。現在確認されている戦力だけでパナマを攻略できるとは到底思えません。」
「ですよねえ…。…軌道上から強襲降下部隊でも降ろすんですかねえ…。フム…。君、ハルバートン提督につないで下さい。」
「分かりました。」
さっぱり分からない現状に、アズラエルは首を捻りつつ秘書にハルバートンとの通信を繋がせる。
さほど間をおかず、ハルバートンは通信に応えた。
「私だ。アズラエル、唐突にいったい何のようだ?まさかプラント攻略命令かね?」
「やれといったらできる状態ですか、提督?」
画面に出てからいきなり用件を尋ねてくるハルバートン。アズラエルはそれに驚く様子も見せず、逆に問い返す。
「無理だ。数は揃っているが中の人間はまだ揃いきっておらん。今強引に出したら…まあコロニー群まで行くことはできるだろうが、ヤキンで全滅だな。」
「そうですか。まあそちらはまだです。こちらにしてもあなた方に遠征をしてもらうほどの物資は生産していませんからね。それより、プラントからの大型輸送艦は確認されていませんか?どうも地上で彼らは攻勢に出るようなのですが、確認されている兵力が少なすぎるようなのですよ。」
「そういうことか…。いや、そのような兆候は見られていない。定期的な物資輸送の輸送艦しか見られないな。」
アズラエルの用件が地球での出来事だと分かると、ハルバートンは露骨に安心した顔を見せた。どうやら宇宙軍の再建が不十分であるというのは冗談を全く含んでいないらしい。
「そうですか…。わかりました、ありがとうございます。」
「なに、わしらとしても殴りこみを仕掛ける前に家が落ちてもらわれると困る。地上は任せているからな。」
それっきり通信は切れ、アズラエルはまた考え込むこととなった。こうなってくるとザフトの狙いが全く分からない。
となると残るは…
「政治的混乱でも起こっているのか…?」
プラント アプリリウス市
「シーゲル、この期に及んでナチュラルとの講和だと…?」
パトリック・ザラは今回の南米への派遣に反対し続けていた。十分とは言えない戦時体制で戦い続けてきたプラントには余分な継戦能力など無いことは、国防委員長であるパトリックが一番知っていたからである。
今回の戦争、地球連合を屈服させるには全てのマスドライバーを制圧し、アルザッヘルにある巨大発電所を破壊するぐらいをしなければいけないことを考えると、南米に派兵するなど愚の骨頂といっても良かったのである。
「お前はいつも理想ばかり語っていたからな…。」
シーゲルの言っていることは理想でしかなかった。地球連邦の国々と友好を深め、地球連合とは程ほどのところでお互いに矛を収め、国際社会の一員としてコーディネーターを認められるようにする。
それはかつて、血のヴァレンタイン事件が起こる前までによくシーゲルと共に語り合った夢であった。
だがしかし、
「そう、だがすでに理想ばかり見ていられる時は終わったのだ。」
開戦し、かの事件で国民のナチュラルへの憎悪は最高潮となり、五分というには厳しい戦いを強いられるようになった現状、程ほどの戦いなどというものにはできなくなっていた。
「国民の29パーセントを兵士にしているのだ。なぜお前はこのまま戦いを終わらせられると思っているのだ?」
シーゲルの娘、ラクス・クラインは反戦活動を始めているらしい。現状の戦時体制ですら維持が難しくなりつつある現在、いたずらに戦争を引き伸ばそうと考えているシーゲルに国政を任せていていいのか?
最近のパトリックは決断の時期が近づきつつあることを悟っていた。
「…仕方あるまい。時代が変わったのだ、シーゲル…。」
そう呟くとパトリックはアプリリウス市に存在する子飼いの部隊と、ある人物へ連絡を取った。
「…私だ。…ああ、そうだ、動かねばならんようだ。…分かっている。…分かった、では計画通りに動いてくれ…デュランダル。」
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12/10/01 誤字修正 黄金拍車様、ありがとうございました。