アラスカ 地球連合軍総司令部JOSH-A
低軌道会戦での戦況を見守っていたJOSH-Aは若干慌しい雰囲気に包まれていた。
「デュエル、大気圏降下中!!降下地点予測…これは、日本!降下予測地点は日本です!!」
「アークエンジェル、なおも高度を下げています!」
「第八艦隊、ハルバートン中将及びアークエンジェル副艦長ラミアス大尉よりJOSH-Aへの降下許可が申請されています!」
「司令!!」
そんな慌しい雰囲気の中、政治的采配によってのみ選ばれた基地司令のホアン・ウォーラック中将は、適切な決断を取れる自信が全く無かった。
(くそっ。何でジブリール様のいない時に限ってこんなことが起こるんだ!…どうする?下手なことをすれば責任問題だ…)
「司令!」
「えーい、クソ!副指令!君に全て一任する。適切に対処したまえ。」
「は?…分かりました。」
このときすでにホアンの頭の中はジブリールに判断を仰ぐことでいっぱいになっていた。
故にホアンは気づかない。
司令部内の空気がしらけたことも。
副指令であるサザーランド大佐の顔が笑みを作っていたことも。
そして、ラミアス大尉が副艦長でしかなく、アークエンジェルの艦長が誰なのかが分かっていないことにも。
「艦長、JOSH-A副司令のサザーランド大佐より入港許可が下りました。」
「副指令から?司令はどうしたんですか?」
「それが…司令より全権委任を副司令が受けたようでして…。」
「バカな!それでは有事の際にその司令はいったい何をするつもりなのだ?」
思わず通信員に対して怒鳴ってしまうナタル。怒鳴られた通信員は竦みあがってしまう。それに気付いたナタルは冷静さを取り戻し、「いや、すまない。」と謝った。
「バジルール少尉、…恐らくジブリール派によって政治的理由で抜擢されたのでしょう。ユーラシア方面での戦線は順調だと聞きます。派閥内の優秀な軍人をそちらに優先的に置いた結果…。」
「JOSH-Aみたいな後方基地にはアンポンタンを置くことになったわけね。しかしどうすんのかねー?ザフトが奇襲攻撃でも仕掛けてきたら。」
「まあ可能性は低いですからあまり考えていないのでしょう。…それより、サザーランド大佐が副司令にいるということは、JOSH-Aと大西洋連邦の掌握は思ったより早く済みそうですね。皆さんにも手伝っていただきますよ。」
「おいおい、俺たちは一介の連合軍人だぜ。そんな政治的な世界には縁もゆかりもないし、巻き込まれたくもない…な、副艦長?」
心底嫌そうな表情をし、マリューに振る。突然振られたマリューは驚いている。
「わ、私に振らないでくださいよ…。ただ、確かに私たちでは手伝えることは無いかと…。」
「ああ、別に特に政治的抗争で手伝ってもらおうとは思ってはいませんよ。しかし私がアークエンジェルの艦長をやっていたと知られれば、あなた方は今までどおりの政治的に中立な立場には立てなくなるということです。最近は第八艦隊自体もハルバートン提督がG計画を推奨しているだけあってブルーコスモス派に近いといわれていますからね。
…恐らくこの艦のクルーは皆人事異動されるはずです。次期主力艦として十二分な性能でしたから、そのクルーはかなり貴重ですから。それに振り回されるだけでも迷惑だとは思いますが…。その点だけはご了承を。」
「異動か…。大体どんな感じに振り分けられんだ?予想はついてんだろ?」
「ええ、まあ。恐らくフラガ大尉はパイロットの教導官に、ラミアス大尉は技術工廠に、バジルール少尉は昇進後に士官学校の教官、他のクルーもそれぞれ昇進して2番、3番艦で要職に着くと思います。」
「子供たちはどうなるんですか?彼らは野戦任官したとはいえ民間人です。」
「彼らはキラ君と約束したとおりアズラエル財閥に就職できるよう手配します。オーブへの帰国も、逆にオーブから家族を呼び寄せることも可能だと思います。」
「そうですか。よかった…」
その言葉にマリューは安堵の息をつく。強制に近い形で兵役を負わせていたことが気になり続けていたのだろう。やはり軍人というよりは学者だな、と思う。
「で、われらが艦長殿はまた雲の上に逆戻りってことか。」
「全くです。ここの艦長職の方が仕事が少なくて楽ではあるんですが、仕方がありません。」
「ま、せいぜい頑張って俺たちを楽にしてください。」
「フラガ大尉!先ほどから上官に対して…。」「高度2万フィート切りました!艦長!」
ナタルの声が響くのを遮り、高度計を注視していたクルーから報告が入る。
「無駄話はここまでですね。各員、配置についてください。」
「「「了解」」」
アークエンジェルは無事、JOSH-Aへと逃げのびることができたのであった。
無事JOSH-Aへと降下し、ドックに入港したアークエンジェルであったが、副司令からは上陸許可のみが許され、今後の任務については保留とされた。
臨時艦長であったアズラエルのもとには地球連合事務局から直々に専用車がまわされ、艦長としての業務をラミアス大尉に引き継ぐ命令のみを出すと、そのまま連合本部へと連れ去られていく。
地球連合本部 事務局ビル
「……これは本当のことですか?」
「はい、全くの事実です。」
久々に見た事務局に存在する自らの執務室。かつて自らと秘書15名が詰めていて、それでも仕事量をこなせるかと緊張感が漂っていたこの部屋からは一切の書類が消え去っており、一見するとまるで全ての懸案が片付いているかのように見えた。
しかし、どうやら事情は違ったらしい。
「この部屋にあったすべの書類は収納仕切れなかったため、全て電子化してこれらのメモリーディスクに保存されております。」
ロゴスの臨時盟主にして地球連合経済社会理事代理。そんな肩書きを持つジブリールは、当然のことながらそれに見合った仕事をこなさなければならなかった。ところが、意気揚々とアズラエルに代わって権力を手に入れたジブリールが見た寄せられてくる仕事量は、殺人的なものであった。しかもユーラシア連邦でも要職についてしまったジブリールには更に加えての仕事が廻された。故に、彼は彼から見てあまり重要そうに見えない仕事を切り捨てることにした。その結果が未処理の懸案事項が詰め込まれたメモリーディスクとして眼前に存在したのであった。
「…まあ良いです。1本に纏められているのがまだ救いなんでしょうね。これは何百ギガバイトですか?」
「…1テラバイトです。」
「………。」
「だ、大丈夫です。まだすべては埋まっていません。」
(これは…相当まずいですね…)
ひと通り溜まっていた懸案事項に目を通したアズラエルは、地球連合の経済事情が予想以上に悪化していることに気づいていた。
(ユーラシアのほうはまだ少しは手をかけているようですが、南米と大西洋連邦の事業はほとんど進捗していませんね…。全体的に企業倒産率が5ポイント上がっていますし、民間人の購買力が低下しています。軍需産業以外での資本投資額も低下していますし…ジブリール、あなたはまさに内憂といってふさわしいですよ…!)
特に追い詰められているわけでもないのになぜか経済が国家総動員体制に移行しつつある状態になっている地球連合。このままでは長期間の継戦能力が失われしまうため、アズラエルは急遽ロゴス主要メンバーと映像会談をすることにした。
「おお、アズラエル盟主!ご無事でしたか。」
「はい、まあ何とか生き残りましたよ。それにしても私がいない間にずいぶんとまあ国内情勢が悪化しましたねえ。」
「うむ、どうやらジブリールは戦果を挙げることに目を向けすぎて経済のことを忘れているようでしての。膝元のユーラシアですら経済の好転は軍需産業のみによって支えられている状況じゃ。」
「分かっているのなら何で止めてくださらないんですか。」
はあ、と溜息を吐く。それを見ても他の連中は特に何も思わないようだ。皆、よかったよかったと繰り返している。どうやらアズラエルの苦労より自分たちの苦労が無くなった事のほうが嬉しいらしい。
「…とりあえず、大都市部での戦争報道を規制しましょう。今みたいに四六時中戦争報道をされていたら購買意欲だってわきません。」
「まあ節約節制ばかりされていたら困りますからな。」
「アズラエル盟主、連合内での結束も高めてもらえませんと我々ロゴスメンバーとしても柔軟な経済活動が取れません。特に南米地域では反地球連合の感情が高まっているため、下手をすればプラントの策源地とされてしまう恐れもあります。」
「ジブリールの報告書には南米にはすでに手を打ってあるというようなことが書いてありましたが?」
「トップを入れ替えて、国民を恐怖政治で押さえ込んでいるだけじゃ。いずれ限界が来るじゃろう。その前に何とかして欲しいというわけじゃ。わが社も南米にはかなりの工場設備を置いているからの。」
聞いていて頭が痛くなる。なぜ対策会議で更なる問題が浮上するのか…。
「…分かりました。…それと、宇宙戦艦の新型艦を次期主力艦として建造してもらいたいのですが、レーンはどれくらい余っていますか?」
「どのくらいの数作ろうとしているんですか?まさかアガメムノン級を全て廃艦にしようとしている訳ではないでしょう?」
「今のところ一個艦隊あたり2.3隻配備しようと考えています。」
「それでしたら5、いや10はいけますかね?」
「ふむ、私もそれぐらいでしたら。」
「わしも今月からアルザッヘルのほうに工廠ができるからそのぐらいなら何とでもなるぞ。」
「決まりですね。ふむ…では一月あたり1隻のペースも不可能ではないですね。」
「ほう、アズラエル盟主はその新型艦にずいぶん期待しているようですな。」
その言葉に、ようやくアズラエルの表情に笑顔が戻る。彼は自信を持って頷いた。
「ええ、あれは戦艦としては初のMSに対抗できるものですからね。…それに、私はあれに乗って最新型MS4機と追いかけっこしてきたのですよ。」
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