それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても大きな惑星で

アスランがキラの説得に失敗したその頃、アークエンジェル付近での戦闘は収束しつつあった。

 

「バリアント照準C4宙域!ブリッツをB4宙域に追い込め、撃て!!」

 

「ブリッツ、フラガ機及び子機4機より被弾!後退していきます!」

 

「ふむ、エネルギー残量に不安が出てきたのでしょう…。フラガ大尉、深追いせずヤマト少尉の援護に向かってください。」

 

「了、解。…援護助かったぜ。」

 

ブリッツを退け、キラの元へと向かうフラガ機。ラミアスは一安心する一方で、連絡の来ないキラに対して不安を覚えた。

 

「トノムラ伍長、ヤマト少尉の戦闘はどうなってるの?」

 

「それが…。」

 

言葉を切るレーダー員。その反応に不安の大きくなるラミアス。

しかし…

 

「…戦闘らしい戦闘を確認できません。どちらかというと、イージスがデュエルを羽交い絞めにしているような…。」

 

「え?」

 

予想外の言葉に一瞬思考停止状態となるラミアス。報告したトノムラも微妙な表情だ。

 

「え?え?」

 

「ラミアス副長、落ち着いてください。…ではヤマト少尉は何をしているんです。」

 

「そればかりは何とも分かりませんが…。ただ、激しい戦闘をしているというわけではなさそうです。」

 

「ふむ…。(仲間割れ、というわけではないでしょうし。どういうことですかね。…まあ考えても分からないことを悩んでも仕方ありません。後でキラ君に訊けば済むことです。)…ザフトの母艦の方はどうなっています?あちらが参戦しては有利とは言えなくなります。」

 

「レーダーの索敵範囲内にはいます。戦闘宙域まで20分といったとこでしょうか…。あ、信号弾を確認!敵、後退して行きます。」

 

作戦の失敗を悟ったのか、一時撤退を始めるザフト軍。アークエンジェル側としてもこれに付き合う必要は無いため、逃走に全力を挙げることとなる。

 

「ラミアス副長!いつまでも呆けてないでくださいよ。一応私と違ってあなたは正規の軍人なんですよ。」

 

「…はっ!す、すみません。フラガ大尉、ヤマト少尉の搬入を急いでください!機関最大!」

 

こうして、アルテミス宙域沖での戦闘はあまり締まらない形で終わりを告げたのであった。

 

 

 

 

 

アルテミス宙域沖戦から1週間。

アークエンジェルはその速力を生かし、何とかザフト軍の追撃から逃げていた。アルテミスで補給物資と共に受け取っていたセラミックス爆雷やデコイを時にはばら撒き、クルーゼ隊を慎重に行動させてきたのだ。

とはいえ、もともとクルーゼ隊はその任務の性質から速力に自信のある艦艇を用意していたのであり、懸命な努力むなしくまたも追いつかれそうになっていた。

 

「通信員、まだ連合軍宇宙艦隊から連絡はありませんか?」

 

「は、はい。まだ、通信ありません。…すみません。」

 

「バスカーク二等兵、艦長はあなたを叱っているわけではありません。そんなにおびえなくて良いんですよ。」

 

「はい…。」

 

(ヘリオポリスの陥落からすでに2週間以上が経過し、いい加減連合軍の艦隊は動き出しているはず。特にG計画を特に推進していたハルバートン提督はすぐにでも飛び出すと思うのだが…。)

 

ラミアス副長とバスカーク二等兵のやり取りを耳から聞き流し、アズラエルは考える。

 

自らの地球連合軍内における地位。

地球連合軍におけるG計画の重要性。

ハルバートン提督の発言力。

ブルーコスモス派議員の議会での勢力。

 

自らの考えている通りならば当の昔に捜索部隊を出しているはず。

しかし…

 

(ガルシア中佐の言う通り、ジブリールが暴走しているとしたら…。

まずい、かもしれませんね。)

 

そう、アズラエルの考える元となっている情報は古かった。ガルシアの言っていた情報が正しいのなら、ジブリールにとってアズラエルは何が何でも潰しておきたい人間のはず。

 

(ジブリールといえど私がまさか生きて、アークエンジェルの艦長をしているとは思いもしないでしょうが、ハルバートン提督を左遷させている可能性はある。)

 

情報が必要であった。的確な判断ができる程度の情報が。

 

(月に、寄るべきか?)

 

聞いた限りではジブリールは地盤固めにかかりっきりらしい。そのような状態ではとてもではないが月まで手が廻せていないだろう。そこで、一度自らの態勢を立て直すべきかもしれない。

 

「ふむ…。ラミアス副長、進路をアルザッヘルに変えてください。」

 

「え?ア、アルザッヘルですか?」

 

「ええ、月のアルザッヘル基地ですよ。」

 

 

アルザッヘルとは月の地球側に作られた基地であり、最も早く建設された月面コロニー施設でもある。

技術力の進歩と共に国際宇宙ステーションを経由せずとも直接月面まで資材を運べるようになると、老朽化した国際宇宙ステーションの代わりをも担うようになった。

人類の活動圏が月から更に延びると、経由施設としてのアルザッヘルはいささか不便となり、新たにL1宙域に世界樹が建設され、新たな宇宙経済の中心となったが、アズラエル財閥によってNSSCの発電所等施設が集中して作られ、その電力を求めて大量の工場群が建設されると、アルザッヘルは地球連合宇宙軍にとっての心臓となった。

更に、世界樹がザフト軍の攻撃によって文字通り粉砕されてしまったことで宇宙経済の中心も自然とアルザッヘルへと戻り、今やアルザッヘルは地球連合軍の重要拠点トップ3に入っている。

 

アルザッヘルの拡張に関わってきたアズラエル財閥は、当然のことながらその地へしっかりと権益、拠点を作っている。ジブリールがいかに地盤固めを急いでいるとはいえ、アルザッヘルがアズラエルの敵となる可能性はまずないのだ。万が一地上へ降りて拘束されてはたまらない、と考えた彼は、アルザッヘルへの上陸を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

アルザッヘル基地総司令部 司令長官室

 

コンコン

 

「入りたまえ。」

 

「失礼します。プトレマイオス基地よりヘリオポリス調査艦隊から送られたレーザー通信が転送されてきました。」

 

「ご苦労、そこに置いておいてくれ。」

 

「はっ。」

 

報告書を置き、退室する兵士。部屋には現在司令長官、ビラードしかいなかった。グリマルディ戦線ではムウ・ラ・フラガやガルシアといったメビウス・ゼロ部隊を率いた男で、戦闘勝利後はその功績から少将へと昇進。アルザッヘルの基地周辺一帯の総司令部長官へ任命された。そこにはアズラエルやハルバートンと言った能力主義の人間の意図しか介在しておらず、故に今まで下らない政治闘争とはあまり縁の無い生活できていた。

ビラードにしてみても今までしたことも無かった政治を自分ができるとは思えもせず、これから先しないですんで欲しいと思ってもいる。

しかし、そんな平穏は今まさに打ち破られようとしていた。

 

ビーッ

ガチャッ

 

「ビラードだ、どうした。」

 

「ビラードか、私だ、第八艦隊のハルバートンだ。」

 

通信に出た相手は地球連合軍宇宙第八艦隊提督のハルバートンであった。アルザッヘル基地司令官であるビラードは一応ある程度の駐留艦隊指揮権を持っているものの、だからといってそれを笠に着るような真似はしていない。相手もそれを知っている故に、互いに敬意をもって接し、且つあまり軍規から外れるような接触のし方もしない。

 

「どうしました、急に。秘匿回線を使うということはただの敵襲というわけではないのでしょう。」

 

「うむ…。第八艦隊の無人偵察艦が味方信号のみを出した艦籍不明の戦艦を発見した。」

 

「艦籍不明だと?敵の罠ではないのか?」

 

「いや、私も気になって無人MAを出したのだ。…あれはアークエンジェル級戦艦だ。」

 

その単語に息を呑む。ヘリオポリスでの秘密計画を知っていたビラードとしては、アークエンジェルだけでも生きているという知らせは非常に嬉しい。

 

「アークエンジェル級だと!?ではまさか!?」

 

「ああ、G計画の生き残りだ。」

 

「…それで、アークエンジェルはこちらに向かっているということだな?」

 

「そうだ。だがどうやらザフトの追っ手に追われているらしいのだ。これをどうにか援護しようと思うのだが、艦隊の出撃許可を出してはくれないか。」

 

「それぐらい構わないが…。なぜその程度のことで秘匿回線を使う?一般回線でも構わないだろう。」

 

お互い、こういった接触の仕方をあまり好んでいなかったため、そのことについて疑問を述べる。

 

「…あまりお前にこういうことを話す気は無いのだが、ジブリールがG計画、というよりアズラエル盟主の関わっていた計画に対して批判的なのだ。まだ明確に態度に表しているわけではないが、排除しようともしているらしい…。」

 

「…なるほど、政治の話というわけか。まあ私としても拾い上げてくれた盟主と中将には感謝しているし、どちらかというとジブリールのことはあまり気に入ってもいない。その程度のことだったらいくらでも協力しよう。」

 

「すまない、助かる。」

 

「提督、あなたの方が階級は上なのだから謝らないでください。…ではハルバートン提督、貴官及び傘下の第八艦隊にアークエンジェル級戦艦の救援命令を出す。これは極秘任務であるからして、2階級以上の上級憲兵及び命令者であるビラード少将以外に対して守秘義務が発生する。心して懸かるように。」

 

「はっ。命令承りました。…通信終わります。」

 

「うむ。」

 

ブツッ

 

通信が途絶えると、再び室内に静寂が訪れた。

 

「…アルザッヘル及び周辺宙域での戦闘は原則として禁止されている。と、いうことは…。」

 

宙域地図を眺めるビラード。そこには圧倒的質量を誇る惑星

 

「低軌道での戦いとなるだろうな…。」

 

地球が映っていた。

 

 




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12/09/20 誤字訂正 黄金拍車様、ありがとうございました。

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