それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても魅力的な誘惑で

「いなくなった!?」

 

アルテミスでの我慢比べを創めてから3日目。アズラエル達は信じられない言葉を耳にした。

 

「はい。と、言いましてもレーダーの圏内から逃れたと言うだけで、もしかしたらアークエンジェルがのこのこと出てくるのを圏外で待っているのかもしれませんがな。」

 

副司令官の言葉に考え込むアズラエル達。

 

「撤退した、と言うことでしょうか?」

 

「ありえません。いくら艦数が少ないとはいえ特殊作戦を追行するために万全の準備をしていたはずです。たかだか3日たった程度で引き下がるはずがありません。」

 

「けど実際に奴らはいなくなってるぜ。理由は分からんが本国に呼び戻された可能性もあるだろ?」

 

「そ、それはそうですが…。」

 

「ま、何にせよこっちの動きを決定するのは艦長さんの仕事だ。…艦長、どうでる?」

 

フラガが決断を促す。出るにせよ出ないにせよ、艦長が決断を下さねば実効できないのだ。

 

「…待ち伏せの可能性もありますが、私たちもいつまでもここに閉じこもっていれば良いというわけではありません。最大限の警戒をしつつ、急ぎ地球へ向かいましょう。ガルシア中佐、申し訳ありませんが無人MAで途中までの直掩を頼みたいのですが。」

 

「そうしたほうがいいでしょうな。…副長、ハルピュイア50機の発進準備をしろ!」

 

「分かりました!」

 

「ありがとうございます。ラミアス副長、バジルール中尉、出港準備を整えてください。フラガ大尉はヤマト少尉にこのことを伝えてください。」

 

「「了解」」「分かった」

 

「機関始動。アルテミス出発後は全速で地球へ向かいます。」

 

「分かりました。機関始動!」

 

「ハッチ及び隔壁開放されました!司令部より通信!『貴艦の航海に幸運あれ』」

 

「係留アンカー解除。艦長、いつでも行けます。」

 

「分かりました。アークエンジェル発進!」

 

アルテミスから出たアークエンジェルは進路を地球へと向け全速航行をしようとしていた。ザフトの奇妙な動きに対する懸念はあったものの、アルテミスから直掩として出されているMA50機の存在がクルーの気を緩めさせていた。

 

「ようやく出れましたね、艦長。」

 

「そうですね、ザフトの動きも気になりますが…。まあいない部隊に対して警戒し続けるのも難しいですから仕方ありません。」

 

「しかし艦長。Gシリーズには特殊兵装を搭載していた物も存在します。ザフトがその利用に気づけば、厄介なことになるかもしれません。」

 

「ミラージュコロイドですか…。」

 

確かにレーダーなどの警戒網を完全にすり抜けてしまうことが可能なミラージュコロイドはこの状況下では無視できない存在である。

しかし…。

 

「いかにミラージュコロイドがあるといってもブリッツ1機程度でしたらどうとでも対応できますよ。一見使い勝手がよさそうですが、そのまま使ってしまえば戦力分散の愚を犯すだけとなります。」

 

「そうですね…。」

 

だが、それは甘すぎる見通しだったのかもしれない。なぜクルーゼ隊が精鋭と呼ばれているのか。その事をアズラエルは忘れていた。

 

「直掩機、帰投していきます。」

 

「そうですか、ガルシア司令官には世話になりましたね。」

 

直掩機の帰投からわずかに30分後、突然事態は急変した。

 

「左舷後方に高エネルギー反応!敵襲です!!」

 

「レーダー員、何をやっていた!?」

 

「敵、見当たりません!」

 

「ミラージュコロイド…ですか。バジルール少尉、慌てずマニュアル通り対応してください。フラガ大尉、ヤマト少尉は出撃態勢を整えてください。」

 

「はっ!イーゲルシュテルン起動!CIWS、左舷を中心に弾幕を張れ!」

 

「敵MS発見!ミラージュコロイドを解いた模様!」

 

バジルール少尉による的確な対応により、PS装甲を使用せざるを得なくなったブリッツはその姿を現していた。ミラージュコロイドさえなければブリッツはそこまで恐れるほどの機体ではない。敵も攻撃をあきらめ、退くだろうと誰もが考えた。

しかし…。

 

「レーダーに反応!ザフト軍艦2隻発見!敵艦、MSを射出しています!」

 

「ちっ、思ったより早かったですね…。フラガ大尉、早急にブリッツを撃墜してください。ヤマト少尉は増援の敵MSの足止めをお願いします。」

 

「そんな無茶です、艦長!1対4ですよ!」

 

「ええ、だから時間稼ぎでも構いません。…頼みましたよ、ヤマト少尉。」

 

「わかりました。…アズラエルさん、これは貸し1にしていいでしょうか?」

 

「いえ、これも軍人としての義務の一つですから。とは言え、大変な任務ですから後で相応の報酬は約束しますよ。」

 

「分かりました。…キラ・ヤマト、ストライク出ます!!」

 

「ちょっと艦長、何の話ですか!?」

 

「ヤマト少尉も大人になったということですよ、ラミアス副長。」

 

「?」

 

アズラエルの言葉に首を傾げるも、アズラエルはそれ以上は何も言わない。釈然としない思いは残ったものの、マリューはキラ君本人の意思なら、と思うことにして業務に戻った。

 

 

 

 

 

ヴェサリウス艦内―アスラン―

 

「…では、彼とは仲が良かったのかね?」

 

「はい、キラはきっと連合の軍人たちに騙されているんです!俺が説得してみせます!!」

 

ザフト所属、クルーゼ隊旗艦ヴェサリウスの艦長室ではアスランがクルーゼに訴えているところであった。敵に友人がいることを打ち明け、更にそれが同胞であることを話す。説得が可能であると、クルーゼに訴えていた。

 

「ふむ…だが説得できなかった場合はどうするのかね?彼が銃を向けてきた場合は?」

 

「…その時は、その時は俺がこの手で討ち取ります…!」

 

「分かった、結構だ。そのパイロットのことは君に一任しよう。」

 

「ありがとうございます!」

 

彼、アスラン・ザラは焦燥の中に囚われていた。

物心付いた頃からの友であり、今頃はオーブのどこかで元気にやっているだろうと思っていた生涯の(といっても未だに人生の半分も生きてはいないが)親友であるキラ・ヤマトとヘリオポリスで偶然の再開をし、しかも次の瞬間から敵同士となってしまったのだ。

彼にとって、いつもぽやんとしていてどこかお人よしなように見えるキラは弟のようなものであり、だからこそ彼には、自分の親友が愚かにして狡猾なナチュラルに騙されて戦わされているように見えていた。

 

(…キラ、お前なら分かってくれるはずだ。今こそコーディネーターは団結して戦わねばならないのだということを)

 

アスランは自分にとって弟であるキラが、兄である自分の言葉に反するなどとは考えられなかった。忌々しいアルテミス要塞からこちらの思惑通りのこのこと出てきたアークエンジェルであったが、ザフト軍の追跡部隊であるクルーゼ隊の考えとは異なり多くのMAによる護衛部隊が随伴していた。

 

 

 

「隊長!あれくらいの羽虫共なんて敵ではありません!すぐにでも強襲しましょう!」

 

「賛成!やっぱナチュラルなんだから数だけだって!」

 

イザークとディアッカの発言に思案顔となるクルーゼ。

 

「アスラン、君はどう思う?」

 

「俺は、もう少し待った方が良いかと…」

 

「アスラン、貴様怖気付いたな!そんなに怖いならお前だけ船に残ってろ!」

 

「違う!…今強襲を仕掛けたら、俺たちがたどり着くまでにアークエンジェルに加えて護衛のMA50機までニコルに襲い掛かるだろう。最悪、ニコルが落とされるかもしれない。」

 

「はっ!コーディネイターであるニコルがたかだかナチュラルの作っMAごときに…。」

「アークエンジェルには凄腕のMAとMSもいるんだぞ。そいつらを一度に相手して勝てるとでも言うのか?」

 

「ぐッ…。」

 

アスランの言葉に詰まってしまったイザーク。どうやらあまり敵の戦力分析ができていなかったらしい。そこでクルーゼは結論を下す。若き隊員たちの意見は出揃い、それにて結論は固まったと考えたからだ。

 

「…アスランの言うことももっともだ。では、敵の無人MAがいなくなってから攻撃を仕掛けるとしよう。…ミーティングは以上だ。各自解散したまえ。」

 

と、そこでレーダーを睨んでいた策敵要員からの報告が入る。

 

「レーダーに感!!敵MA50機です。アルテミスに向かっている模様!」

 

「ふむ、どうやらアークエンジェルの護衛はいなくなったようだな。機関全速、パイロットは出撃態勢をとりたまえ。」

 

「「「了解!」」」

 

その号令に各自パイロットルームへと走り出す。アスランもキラの説得方法を考えつつ走り出した。

 

 

 

 

「パイロット、発進どうぞ!」

 

「アスラン・ザラ、イージス出撃する!!」

 

出撃命令が下り、発進したザフト軍MS部隊であったが、中でもイージスは最大速度で出撃し、後続部隊から離れていった。

 

(イザークやディアッカが来る前に説得しなければ…)

 

アスランが考えていたことはいかに早くキラを説得できるかであり、キラが説得に応じず攻撃してくるなどとは考えてもいなかった。だからこそ、連携などは二の次にして普段の彼からしてみればらしくない突出をしていたのだ。

 

「レーダーに反応…、こちらに向かってくるのはMS1機…キラか!」

 

アークエンジェルから増援MS部隊に廻されたのはストライクのみ。後続のイザークが到達するまでまだ5分あり、アスランは弟分の説得が成功することを確信していた。

 

「キラ、聞こえるか!?馬鹿なことは止めてこっちに来い!」

 

その一言で終わる。

そう、信じていた。

 

しかし…

 

「その声は…アスラン!?やっぱりあの時あそこにいたのはアスランだったんだね!」

 

「そうだ!キラ、なぜ連合にいる!?お前はナチュラルに騙されているんだ!早くこっちに来い!」

 

「騙されてるって…。アスラン、僕が連合のパイロットとして戦っているのは人に言われたからじゃない!自分で決めたことなんだ。」

 

「何を言っているんだ。だったらなぜコーディネイターとして共に戦わないんだ?キラ、お前も知っているだろう。ナチュラルによって俺たちが迫害されていることを!俺たちはまとまって、ナチュラルと戦わなければならないんだ!」

 

「アスラン…。僕は、コーディネイターに優遇されたことも、ナチュラルに差別されたことも無いよ。それに、アズラエルさんは僕を1人の対等な人として僕と交渉したんだ。コーディネイターだからとか、ナチュラルだからとかは関係ないよ。」

 

それはアスランが考えていたキラとは思えないような返事だった。

コーディネイターならば団結して戦うべきだし、キラなんだからアスランの言うことを聞くのは当たり前。そんなアスランにとっての前提が崩れ去った瞬間であった。

 

「なら…ならキラはどういえばこちらに来るんだ?そのアズラエルとかいうやつはキラにどんな条件を言ったんだ?」

 

混乱した中で、交渉という単語に反応できたアスランは当初は考えもしない形でキラを説得することとなった。

 

「えーと、まずは僕と僕の友達のアズラエル財閥での終身雇用の約束と、地球での衣食住を始めとした生活の保障、それからゼミで研究しようとしていたことの支援の約束と、連合軍兵士として戦ったときの特別危険手当。」

 

唖然とするアスラン。

 

「…それから条件とは違うけど、ヘリオポリスとは違って食糧事情なんかはずっと良いらしいし、毎日お湯をたくさん使ったお風呂にも入れるらしいし、重力がコロニーより強いらしいから運動をそんなにしなくても太りにくいらしいし、料理も地域によって千差万別なのが僕が暮らすことになるだろう場所ではほとんど食べられるらしいよ。」

 

キラの発言は、アスランに深い衝撃を与えていた。

あんなにも優しかったキラが、同胞の命よりも豊かな生活を送ることを選んだことが許せなかったからだ。

 

「ふざける「あ、後Nジャマーの影響で地球と月以外では見れなくなった『アニメ』も見れるって。」…何?」

 

しかしそのアスランの激情もアニメの前では無力だった。

 

「『魔電少女エレカル・このか』とか『機工兵士ドズダム』とか『クリミナル・ドール』とか見放題だって」

 

「そんな、そんな…。当選以来支持率90パーセント超だったクライン議長の人気が30パーセントも下がって、議長が変わりの娯楽として急遽自分の娘をアイドルにさせなきゃいけなくなる原因となった『アニメ』が!?コーディネイターの技術力を結集して、戦費の調達も忙しい時期に国家予算の5パーセントをも投入してプラントオリジナルのものを作ろうとして、「パクリ同然」と言われてしまったあの『アニメ』が、見れるだと!?」

 

「うん、毎日ね。」

 

その時、アスランは負けを悟った。

正義は自分たちにあったが、連合の人間はキラの胃袋と脳を握っていたのだ。

 

「アスラン、もしかしたら君の言っている事は正しいのかもしれない。だけど、正論だけで人の動きが決められたら、世の中の夫婦喧嘩はもうちょっと夫の勝率が高いはずだよ。」

 

「そうか…そうなのかもしれないな…。」

 

アスランは、説得をあきらめなければならなかった。

 

「ちょっと待てアスラン!『クリミナル・ドール』が何だって!?」

 

「いや、気のせいだイザーク。何でもない。」

 

今のアスランがやるべきことはキラの説得ではなく、同じ犠牲者が生まれないようにすることだった。

 




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12/09/19 誤字修正 黄金拍車様、ありがとうございました。

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