それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても異様な変化で

「…ふむ、では3日以内に何らかの形で補給を受けなければならないと言うことですか。」

 

「はい…。なにぶん急な出港だったので物資をほとんど積み込めませんでした。」

 

「まあ仕方ないでしょう。予定通りであったならばそもそも私はこの席に座っていませんよ。」

 

 

ヘリオポリスからクルーゼ隊の追撃を振り切り、サーモレーダーや重力波探知機に映らないよう低速で航行していたアークエンジェルであったが、消耗物資の量が心もとないと言うことが現状の一番のネックであった。

 

「バジルール少尉、ここから一番近い補給拠点はどこです?多少月まで回り道となっても構いません。」

 

「…アルテミスではないかと。ただ、あそこはユーラシア連邦の基地ですので地球連合船籍を得ていない我々が入港するのは難しいかもしれません。」

 

 

アルテミス。ユーラシア連邦が数年前に作った最新鋭技術の塊でもあるこの要塞は鉄壁と謳われているが、残念なことに主要航路からは外れたところに存在するため、大規模な戦闘の舞台になったことは無いと言う。

ラミアス副長が画面に出した宇宙図を見ていたアズラエルだったが、ため息とともに答えを出した。

 

「…まあここに行くしかないでしょうね。どうも近くに他の拠点はなさそうですし…。ラミアス大尉、進路をアルテミスに変更してください。それから…、バジルール少尉、デコイを月方面に射出してください。こちらの内情を知らなければ、敵はそれを追ってくれるはずです。」

 

「「了解!」」

 

…さて、私の知っている司令官だと言いのですが…。

 

 

 

 

アルテミス コントロールルーム

 

「ガルシア司令官!レーダーに敵味方不明の戦艦が!!」

 

「なに?…確かに不明だな…。通信可能圏内に入ったら誰何しろ。『傘』の用意もしておけ。」

 

「はっ!」

 

開戦以来どちらの陣営からも無視され続けてきた要塞。平時と変わらぬ監視体制だったとはいえ、さすがに所属不明間の接近に気付かぬほど愚かではない。レーダー担当官からの報告はマニュアル通りまず副官に伝えられ、ついでガルシアにも伝わる。

 

(敵味方不明の戦艦が1隻…。ザフトの罠か?いや、それにしても不自然だ。本国も最近きな臭くなってきたようなのだから、厄介ごとではないといいが…。)

 

部下に指示を出しつつ、久々に脳をフル回転させて事態の予測を図る。最前線で自らの命をベットして肩の線を増やすことは御免だが、先の読めない司令官になることはもっと御免であった。

 

 

 

 

「アルテミスより通信!所属と艦名を誰何しております!」

 

「応答しろ。」

 

「はっ、…こちらは地球連合軍……」

 

アークエンジェルではアルテミスからの通信も入り、入港許可を得る手続き段階に入っていた。事前の打ち合わせどおり、オペレーターがアルテミスとの交渉を開始する。

 

「ふむ…。ラミアス副長、アルテミスの指揮官はご存知ですか?」

 

「いえ、私も知りません。…1年ほど前に交代したような気がしますが…。」

 

「そうですか。」

 

オペレーターにはマニュアルや軍規に強いナタルが補佐についているため、アズラエルとマリューは雑談を交わしている。勿論完全な雑談ではなく、今後について考えつつの雑談だ。長らく無視され続けてきた要塞の情報など、さすがのアズラエルもあまり知らない。

だが、オペレーター間の交渉は長引くこともなく終わったようでアズラエルに報告が入る。

 

「入港許可がおりました!艦長!」

 

「分かりました。オペレーターの指示に従い入港するように。他は別命あるまで待機!」

 

 

 

 

 

 

アルテミス内ドック アークエンジェル ブリッジ

 

「艦長、武装解除してブリッジクルーのみ出てくるようにと通信が…。艦も包囲されているようです。」

 

「そんな!?」

 

「まあ当然の処置でしょう。こちらは艦籍も無い所属不明艦なんですから。とりあえず、外に出ましょう、話はそれからです。…一応フラガ大尉も来て下さい。」

 

「俺?艦長たちだけじゃダメなの?」

 

「ヤマト少尉はともかく、あなたは大尉なんですから仕方ないでしょう。…私と違って正規軍人なんですから文句を言わないでください。」

 

艦から出てきたアズラエルらに対し、ドックに来ていた副司令官は司令官室に来るよう伝えた。

これには包囲されている現状と待遇とのギャップに困惑するしかない。

 

「…警戒してたんじゃないのか?」

 

「私に聞かないでくださいよ。…バジルール少尉、分からないですか?」

 

「いえ…。」

 

司令官室では、まだ30ぐらいであろう司令官が大仰に出迎えていた。

 

「よく来てくれた、アークエンジェルの諸君。私はこのアルテミスの司令官を勤めているジェラード・ガルシアだ。聞けばあのヘリオポリスから逃げ切ったそうではないか。本国も驚くだろう!」

 

「ありがとうございます。怪しい艦であった我々を受け入れてくれたことには感謝しています。」

 

「ん?君はいったい誰だね?…軍服でないところから民間人だとは思うが…。私はブリッジクルーを招待するよう言ったぞ、副官。」

 

「はっ。しかしその…彼が艦長のようでして…。ムルタ・アズラエルだと名乗っております。」

 

「何!?…おお、どこかで見たことがあったかと思えば!!エンデュミオン戦では盟主のよこして下さったヴァルキュリアに救われました!それにそこにいるのはフラガ大尉ではないか!?覚えていないか、私だ、同じゼロのパイロットであったユーラシアのガルシアだ!」

 

「へ?いや確かにガルシアは戦友だったが、こんなに老けてはなかったような…。」

 

フラガの歯に衣着せぬ言い方にガルシアは豪快に笑う。その笑い方は元パイロットという言葉に相応しい、司令官というよりも一人の戦士としての笑い方であった。

 

「ハッハッハ!そうか、老けたか!あの後下らん政治闘争に巻き込まれたのだ…。中佐に昇進して司令官になったとはいえ、ここは僻地だ。左遷と変わらんよ…。どうも最近の本国の…というより地球連合の様子からするに巻き込まれないこの地に来れたのはある意味救いだったのかもしれんが…。」

 

「どういうことです?地上ではいったい何が?」

 

と、さすがにアズラエルに対して今までの口調ではまずいと感じたのか元の話し方に戻す。

 

「ああ、アズラエル盟主は地上と連絡が取れないのだったな。…閣下がいない間にかなりまずい状態になっているようです。」

 

 

 

 

 

 

 

スエズ運河奪回戦の敗北はジブリールに後が無いことを表していた。アズラエルから代替わりして以来、援助や権益といった甘い蜜をあげ忘れていた南アメリカがまずは反感を示しだし、次に無理矢理意見を抑えられていた大西洋連邦系の軍人や政治家たちが不穏な動きをはじめていたのだ。

ユーラシア連邦内でも一時的に大西洋連邦に主導権を握られることを嫌っていた議員の中から、良識派が現れだし、ジブリールの支持基盤は早くも崩れ始めていた。

 

焦ったジブリールはそれまでの計画を変更し、強引な手段を取り出す。

南アメリカでは大統領が謎の死を遂げ、ジブリールの傀儡となりつ

つあった国防長官が臨時大統領に就任した。彼は南米各地で起こっていたデモ活動の規制を強化し、場合によっては軍を投入することもためらわずに行った。

一方でジブリールはそれまでに掌握していた『ブルーコスモス過激派』を『清浄なる空』という新たに作った組織に編入し、横流しなどで手に入れた兵器を装備させることで私兵化した。『清浄なる空』にはジブリール財閥研究班が研究していた「強化人間」の採用されなかったパターンの「人間」も配属しており、その戦闘力は一般歩兵の比ではない。

ジブリールはそれらの私兵を強引に非常事態宣言地域での治安維持部隊として駐留させ、それ以外の地域でも「テロリストから政府関係者を守る」という名目で政敵の屋敷などに配属させ、不穏分子を監視させた。

 

大西洋連邦の大統領以下政府閣僚やアズラエル派の政治家及び軍人はこれらのジブリールの動きを警戒したが、ユーラシアとの協調なくしてこの大戦を乗り切ることはできないと言う事実に頭を悩ませていた。アズラエルの不在も彼らの動きを鈍らせる一因となっている。大西洋連邦大統領は決して無能ではなかったが、それまで堅密に協調してきたパートナーが急に消えたとなってはどうしようもなかった。

 

スエズ奪回戦から1週間たった頃、ジブリールはユーラシア連邦議会で『清浄なる空』を主力としたユーラシア連邦軍単独での、硬直した北部戦線を突破する作戦を強引に成立させ、翌週には開始させた。

ユーラシア連邦所属の軍が突然前進を始めるという事態に、現地を共同で守備していた大西洋連邦軍は驚き、作戦内容を知って失敗するであろうことを予想していた。

 

ところが作戦はジブリールの読みとは若干違う形で成功してしまう。

スカンディナビアでの戦いによって地球連邦軍は予想以上に弱体化しており、防御拠点としていた大小さまざまな都市では強化人間もどきが恐ろしい強さを発揮したのだ。

彼らは肉体的な限界をさまざまな薬や外科的改造によって破壊されており、知能や理性を著しく退化させることと引き換えにコーディネイター以上の戦闘力を持っていた。

勝利を重ね続けるユーラシア連邦軍の姿は大々的に宣伝され、ジブリールのユーラシア連邦内での地位は向上し、ついにはユーラシア連邦国防長官の地位をも手中に収めていた。

 

 

 

 

 

と、ガルシア中佐は地上の現状として語った。

 

「華々しい戦果を挙げ、議会の支持を集めたように聞こえるが裏では結構な反対派が暗殺されているらしい。私はたまたま前政権時に政争に巻き込まれてこのような辺境に赴任させられたから知らなかったが、どうも軍内でもかなりゴタゴタしているようだ。…噂では第1戦車師団よりも『清浄なる空』の方が威張っているらしい。」

 

「ウソだろ!?ユーラシアの第1、それも戦車師団と言えばエリート中のエリートじゃねえか!」

 

「確証は無い噂だが…な。…アズラエル盟主、あなたが居られないうちにかなり地上は混乱しているようです。ユーラシアや南米の勢力圏はへたをしたらザフト勢力圏よりも危険かもしれません。…お気を付けて。」

 

「ありがとうございます、ガルシア中佐。本国に無事戻れましたら何とか昇進と中央への復帰を掛け合ってみましょう。…ところで、ザフトの追っ手についてなのですが…。」

 

地上のあまりにあまりな情報に思わずそれまでの考えを払拭してしまっていたが、ようやくアズラエルは現状を思い出してガルシアに質問をした。地上で何が起こっていようと、今現在できることはない。それより現在の問題に対処することのほうが重要であった。

 

「ん?ああ、やつらか…。どうやら居場所を嗅ぎ付けたようでして、傘の外縁に居座っているようです。…これをどうぞ。」

 

「確かに…。厄介ですね。」

 

「ん.。しつこいね.。こっちから攻撃はできないのか?」

 

「ああ、傘は絶対的な防御力を誇るが、反面こちらから攻撃する手段もなくなるのだ。こちらからは要塞砲どころかMAもアークエンジェルも出せん。」

 

「…失礼ですが、それは防衛兵器として重大な欠陥では?」

 

ガルシアの明け透けな要塞設備の説明に、思わずナタルは質問をしてしまう。

 

「全くだ。だが今回に限っていえば敵は少数。しかも目標がこちらの中なのだから無視もできん。補給物資が尽きれば撤退するだろう。」

 

「なるほど…。急ぎ地上に降りたいところですが、仕方ありません。マリュー副長、クルーに3交代で休憩するよう伝えてください。」

 

「はっ。」

 

ガルシアの説明を聞き、焦りは禁物であると考えたアズラエルはマリューに指示を出す。今までの突然の出港、戦闘とクルーは疲れ切っている

。これから先地球までどこで休息が取れるか分からないのだ。ひとまず休息としようと考えるアズラエルに反対する者はいなかった。

 

 




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