アズラエルらを乗せたアークエンジェルが無事ヘリオポリスから脱出し、最大船速で逃げ出していたその頃、地球連合軍にオーブ連合首長国経由でヘリオポリスの崩壊が伝わり、混乱状態に陥っていた。何せアズラエルが担っていた役職や権限は膨大すぎるものであり、しかもアズラエル本人が仕事の効率化のためにそれらの仕事を細かに連携させてしまっていたため、複数人での分担化さえも難しくなっていたのだ。連合軍上層部の人間はそのことをよく知っていたため、次なる生け贄をなかなか決められないでいた。だが、連絡の入って3日たったある日、欲にとらわれた英雄が現れた。
地球連合アラスカ本部 総会
「アズラエル氏の生死が不明な今、トップの不在は大規模な混乱を引き起こすのは確実じゃありませんか!僕たちは今こそ、憎きコーディネイター共から青き清浄なる空を取り戻さなければいけないんです!ロゴスの次期盟主は僕がやるべきです。」
「…。」
「ジブリール様万歳!」
「青き清浄なる空のためにっ!」
「…。」
「…。」
地球連合全加盟国が参加しているこの総会では、ロード・ジブリールが熱弁を振るい、それに対して事前に手を回しておいた議員からの反応もちらほらと見られた。しかしその数は決して多いとはいえず、されど対抗馬となろうとする酔狂な人物も見られなかった。
「…では皆さん、ジブリール財閥のロード・ジブリール総帥がロゴスの臨時盟主でよろしいでしょうか。」
「…。」
「…。」
「…特に反対意見も無いようなので、臨時盟主はロード・ジブリール氏とします。次に、今年度の戦略目標ですが、特に問題が無ければ戦力の拡充に注力し戦線を広げないようにするという前年度に決めた方針を遵守しようと思いますが。」
「東ロシアのベーリング方面への軍配備が増えつつあります。参謀本部としてはアラスカ防衛以外にも連邦の日本侵攻が気がかりです。」
「サザーランド大佐の言うとおりです。もし連邦が我々のG計画に感づいたら焦って技術を得るために日本へ攻撃を仕掛けるでしょう。…勝てるかどうかは別問題ですが。」
「…では海峡付近の艦隊とシベリア方面軍を増やしましょう。以上でよろしいでしょうか。」
「本気でそんなこと言っちゃってるんですか?」
会議が終わろうとしたとき、ジブリールは悠然と馬鹿にしたように各国の政府及び軍関係者に対して言い放った。
「…どういうことだね、ジブリール臨時盟主。」
「発言はできれば許可を得てからしていただきたいのですが。」
当然、周囲の彼に対する視線は厳しいものとなる。だが彼はその視線を無視して言った。
「私たちは一刻も早くこの清浄なる大地から害虫どもを駆逐しなければいけないんですよ。何を悠長なことを言っているんですか。攻勢に出るべきじゃありませんか。」
「攻勢に出るにしてもまとまった戦力がいるのだ。やつらを甘く見た結果が現状なのだ。無理な攻勢は取れん。大体、我々は宗教家ではないのだ。人種的偏見を公の場で言わないでくれ。」
ジブリールのあまりに浅はかと言える発言を一笑し、大西洋連邦の軍人が不愉快そうに彼の差別的発言の撤回を求めた。
「それはただ臆病なだけですね。私は考えも無く言っているわけではありません。今こそ、スエズを奪回し、あの空のバケモノどもを海に蹴落とすときなんです!!」
そう言って計画案をモニターに映し出していくジブリール。彼は名声を得て、その役職から「臨時」の字を取るためにも軍事的な成功を必要としていたのだ。
ジブリールが画面に映し出した地図。そこにはアラビア半島から南アフリカにかけての軍事拠点と駐在部隊をあらわした図が示されている。
「皆さんが無理だ無理だと言っているのはココ、スエズ運河の対岸からしか攻勢をかけないことを前提としているからです。僕は皆さんが何でそんなことを考えるのか全く理解できません。兵隊がいないんなら他の場所からも集めればいいじゃないですか。この、たくさん兵隊さんがいるビクトリアから!」
そう言ってジブリールは地図で表示される範囲でもっとも多くの防衛部隊を有している拠点、ビクトリア宇宙港を指した。
「バカな!ビクトリア宇宙港はアフリカで最も重要な拠点ではないか!その防御を疎かにするなんぞありえん!!」
「攻撃は最大の防御、ですよ。戦場で遊兵を作るなんて愚の骨頂じゃあないですか。攻めるのに防御なんていりません。要は勝てばいいんです。」
「どこに勝てる確証なんぞあると言うんだ!勝てると決まってもいないのに後に備えないのはおろかだぞ。!」
「フフフ、ハーハッハッハ!」
「何がおかしい!気でも狂ったか!?」
議場での反論に対し、突如笑い出すジブリール。当然周囲には不穏な目線を向けられる。だが、ジブリールはそのことを気に素振りも見せず、逆に彼らを弾劾し始めた。
「あなた達はいつから敗北主義者となったのですか!?ビクトリアの守備隊は最新鋭のリニアガンタンクを装備し、しかもそれと同時にスエズ運河を渡るんです。どこに負ける要素があるっていうんですか!…アズラエル盟主はあなた達大西洋連邦軍をずいぶん弱体化させたようですね。既にユーラシアさんはこの案に賛成のしているのですよ。」
「な、何?。」
「さあ、薄汚いコーディネイター共に地球の所有者が誰であるかをわからせてやりましょう!青き清浄なる空のために!!」
ジブリールの叫びは議場に木霊し、彼の強気な発言は多くのメディアでも取り上げられた。早期に大々的な勝利を得ることを国民が臨んでいることを知っていた大西洋連邦としては彼の作戦を拒否しづらく、後日行われた会議によって実行は可決された。
CE71年1月29日 アフリカ ザフト軍スエズ基地所属戦艦「レセップス」艦内
「バルトフェルド隊長!連合軍に動きが見られます。先日動き出したビクトリア駐留軍に加えて、対岸の部隊にも動きが見られます。ご命令を!」
気温50度を超える外部とは大違いの、26度で固定された艦内。そこでアフリカ方面の司令官であるバルトフェルドは副官から報告を受けた。
数日前から連合軍の動きは活発化しており、進行は予想されていたので驚きはない。
「思ったとおりだったね、ダコスタ君。……挟み撃ちは悪かないんだけど、敵に丸分かりじゃ意味無いんだよ。ふむ…、ダコスタ君、君部隊の指揮をやってみる気はない?」
「自分がですか?まあできなくはないですけど…。」
「よし、じゃあダコスタ君にザウートとディンの部隊半分をあげるから、対岸の敵を足止めしといてくれ。僕がもう半分のディンとバクゥの部隊をレセップスと一緒に連れてって南の敵を撃破するから、それまでは耐えてね。」
「は、了解いたしました。では早速準備の方を…」
「うん、それは頼んだから。…いこうか、アイシャ。」
「ええ、そうね。ふふ、浅はかな計略だけで虎に歯向かうとどうなるかを教えてあげましょ。」
「そうだな。」
それからの戦闘で特筆できるようなことはあまり無かった。ビクトリアから移動した部隊は、航空戦においてはディンと何とか互角の戦いをできたが、機動力が大きく損なわれる砂漠戦を強いられたリニアガンタンクの部隊はバクゥにいいようにあしらわれ、そこに更に出現したレセップスの艦砲射撃まで加えられては、地球連合軍に勝てるはずが無かった。
そして、ビクトリアからの援軍を失ったスエズ方面からの地球連合軍もあまり戦局を好転させられず、南方の戦闘から戻ってきたバルトフェルド率いる本隊の援軍を受けたザフト軍相手に敗北を喫することとなった。
「敗北ですな、ジブリール殿。…全部隊に連絡。後退せよ!」
「そんな…。バカな…。こんなはずでは!」
「ジブリール殿!そろそろここも危険です!お下がりください!」
「ありえない!なぜこんなことに!」
「ジブリール殿!!…チッ、しょうがない。失礼しますよ!」
ゴッ!!
「ガッ!!」
護衛の兵士によって気絶させられたジブリールは後方へと運ばれていく。すでに崩壊しつつある前線は司令部から5キロほどにまで迫っており、司令部要員は大慌てで撤退準備を進めていた。
地球連合軍による攻勢転移は完全に失敗することになった。
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12/09/17 誤字修正 黄金拍車様、ありがとうございました。