それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても暗い澱みで

破竹の進撃で中央アジアを併呑していく地球連合軍。

その勢いはとどまることを知らず、すでにいくつもの都市とレアメタル鉱山を制圧していた。その膨大な利権を何とか得ようとロゴス内外の企業が蠢いており、いつの間にか地球連合最大の企業に急速成長していた

アズラエル財閥もその例にもれず活発に動きまわっていた。今日の競売で勝とうが負けようが明日もまたいずれかの利権が競りだされるわけであり…。

で、何が言いたいかと言うと…

 

 

「…何であれだけ秘書を増員したのに以前より仕事があるんでしょうね…。」

 

「仕方ありません。今回の利権分けに関しては、ロゴス盟主として競売の管理をし、アズラエル財閥総帥として競売で勝ち取った利権を管理しなければいけませんから。」

 

「どうりで似たような書類を複数回見ていると思いました。しかしあれですね。このムルタ・アズラエル邸、新しく改築しなおしたらついに地球連合事務局ビルより高くなりましたね。おかしいですよ、個人の邸宅が地球最大の公機関の建物より大きいっていうのは。」

 

「アズラエル財閥総帥とロゴス盟主、さらにブルーコスモス盟主の権力を足したらたぶん宇宙最大の権力者といえるかもしれませんよ。ロゴス盟主以外の役職に任期はありませんし。この邸宅だって、アズラエル様のプライベートの部屋より圧倒的に執務室と倉庫のほうが大きいじゃないですか。引っ越したときに招いたサザーランド大佐やアルスター議員の顔も引きつってましたよ。」

 

「あれは見ものでしたね。その後の『アズラエル様の仕事中毒はついにここまで…』とか『やはりフレイと結婚させて家庭の楽しみを教えなくては』とかは余分でしたが。仕事増えてるの私のせいではありませんし。

…ん?」

 

 

秘書と雑談をしつつ、高速で書類を片付けていくアズラエル。

そんな彼の執務机に置かれている通信端末が呼び出し音が鳴り、アズラエルはいったん作業を中断することにする。

 

 

「アズラエル様、サザーランド大佐より至急の通信です。」

 

「つなげてください。…どうしました、サザーランド大佐。まさかカザフステップにサイクロプスが仕掛けられていたとかじゃないですよね。」

 

「…そんな恐ろしいことを想像させないでください。アズラエル様、先ほど手に入れた情報なのですが、日本軍のMSが地球連邦のジンを半分の戦力で撃破したそうです。」

 

「そうですか。しかしその技術に関しては恐らく生半可なことじゃ手に入れられませんよ。日本が独立を維持できているのはその技術力によるものが大きいですからね。…しかし、地球連邦、特に東アジア共和国の動きが心配ですね。」

 

「技術力奪取のために日本に牙を向ける、と?しかしアズラエル様、地球連邦軍は全体的にこれ以上の戦線の拡大を行う余力は残っていないと思うのですが…。」

 

「地球連邦のみなら、ですよ。ザフトの戦略はアルザッヘルにある発電所の制圧だけではありません。彼らは地球連合内のマスドライバー施設全てを制圧ないしは破壊し、月を干すことも考えています。いつ地球連合よりになってしまうか分からない中立国のマスドライバーを残しておくとも考えにくいです。日本のマツヤマ宇宙センターにあるマスドライバー施設破壊を名目に、地球連邦の侵攻を援助する可能性もあります。」

 

「なるほど…。参謀本部でも提言してみます。ですがザフト地上軍の最初の目標は…。」

 

 

サザーランドの問いかけに対し、アズラエルは力強く答える。現状の情報を総合すれば、ザフトの次の作戦ぐらい誰にでも想像できるのだ。

 

 

「決まっています。ヴィクトリアです。」

 

 

 

 

 

 

 

地球連合軍と地球連邦軍がユーラシア大陸の覇権をかけて激闘し、アフリカではザフト地上軍と地球連邦軍が連携して地球連合軍からサハラ砂漠からナイル川沿岸にかけての支配権を奪わんと激戦を繰り返していたその頃、プラントにてザフト宇宙艦隊は順調にかつての戦力を取り戻しつつあった。

…訳ではなかった。

 

開戦当初に農業用プラントが失われ、食糧事情が悪化したプラントであったが、地球連邦と同盟を結び、地球連合軍の宇宙艦隊を撃滅一歩手前まで追い込んだことで地球から食料などの民生品を輸入可能になり、ここしばらくは市民の生活レベルも戦前の8割ほどに回復しつつあった。

しかし地球連合軍宇宙艦隊はプラントには無いその高い生産力を生かすことで戦力を急速に回復し、通商破壊作戦を行うことでここ1ヶ月の間プラントの食糧事情を悪化させ続けていた。食料を始めとして嗜好品や民生品の多くが配給制となり、好調な戦局と市民生活レベルのギャップに多くの国民は疑問を抱き始める。

そんなある日、プラント大手の報道企業に匿名でザフト地上軍が地上で食べきれないほどの食事を摂取しているという情報が寄せられ、プラント内で大きな反響を呼んだ。

政府がひた隠しにしてきたザフトの護送能力の低さが露呈してしまったのだ。しかも間が悪いことに評議会議員の1人が地球からたどり着いた数少ない輸送船に積まれていた嗜好品を横領していたことまで暴かれてしまった。

最高評議会は国民の信頼を取り戻すために再編途中の宇宙艦隊を護送任務に就かせなければならなかった。

 

 

 

「…本気で言っているのか、シーゲル。」

 

 

急遽シーゲルに呼び出されたパトリックは、友人から切り出された要請に苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

「本気だ。パトリック、直ちにザフト宇宙艦隊の全力をもってして輸送艦隊の護衛をしてくれ。これは最高評議会の決定でもあり、国民の意思でもある。」

 

「まだ再編成中なのは知っているだろう。パイロットやクルーの大半も兵学校を繰り上げ卒業させたばかりのひよっこだ。…あと2ヶ月、いや、1ヶ月待ってくれ。」

 

「それは無理だ。国民の不満はだいぶ高まっている。すぐにでも行動を示さないとまずい。…地球連邦から輸入し始めたときに配給制度をやめていなければ1ヶ月我慢できたかもしれんが、1度生活が良くなってしまうと水準を下げることはできんのだ。頼む、分かってくれ。」

 

 

シーゲルの言葉に拒否権がないことを知ると、パトリックは眉間に深いしわを浮かべながら戦力を計算し始める。

 

「…1度や2度なら可能だが、継続しての護送などできんぞ。総力を上げるのも無理だ。せいぜい精鋭部隊をまわすぐらいだろう。それならばできないことは無いが…。」

 

「すまない、頼んだぞ。」

 

「ウロボロスを早く完了させて宇宙からナチュラルどもを早く追い出さねばいかん。ヴィクトリアの作戦を急がせるぞ。」

 

「仕方が無い…か。分かった、議員にはこちらから説得しておく。」

 

 

ブルーコスモス諜報部隊の暗躍は意外な形で成果を現そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

光あるところに闇があり、秩序の裏に混沌があるように、アズラエルの権勢が増せば増すほど徐々にだが、それに反発する者の蠢動も大きくなっていった。

 

そもそもブルーコスモスはもともと一財閥が設立した慈善団体でしかなく、その恩を受けてアズラエルに憧憬の念を抱いている人物を含めてもあまり人数は多くない。政界や軍にいるブルーコスモス派も、アズラエルの持つ権力に危機感を全く持っていない人物は少数派であった。ロード・ジブリールを始めとする反アズラエル派は迷いを持ちだしたブルーコスモス派に接近し、少しずつ、少しずつ組織の規模拡大を図っていた。

 

そんなある日、ザフトにて情報提供を行っていたラウ・ル・クルーゼ自らが輸送船護衛任務に就くという情報をジブリールは手に入れた。

 

 

「これはチャンスですよ、皆さん。是非とも盟主様にご出陣していただき、とっとと退場してもらいましょう。」

 

 

ジブリールの声に、多くの老人たちは半信半疑の顔つきを浮かべる。

 

 

「馬鹿なことを言うでない。あれだけの力を持っているやつがそうそう前線に何ぞ出れるわけが無いではないか。だいたい、チャンスも何も今やつが死んで、スムーズにわしらに椅子が廻ってこれるとは思えん。根回しも終わっていないし、味方する議員も少なすぎじゃ。」

 

「そんなこと言っているからいつまでもアズラエルなんかに負けているんです。いいですか、勝負には潮時というものがあるんです。ここでやらなきゃいつまたこんなチャンスが来るか分かったもんじゃありません。根回しだって彼の派閥の議員だって核となっているアズラエルが死ねば烏合の衆でしかありません。いくらでもこちらに取り込めます。

…ああもう、そんなくだらないこと聞いてる暇があったら皆さん早く議会やら軍やらに働きかけてくださいよ。とろとろしてはいられないんですから。」

 

「…分かった。ではおぬしの言うとおりにしてみよう。…やれるのだな?」

 

「やれるかじゃなくって、やるんですよ。まあ実際に殺すのはクルーゼですが。彼だって伊達に勲章を持ってるわけじゃないでしょう。」

 

 

ジブリールの言葉に集まった人々はようやく動き出した。必ず勝てると踏んだわけではない。ただ、失敗してもデメリットが無いと計算されたからに過ぎない。彼らはアズラエルへの反感でこそ集まれど、自分たちのデメリットについては自己犠牲的精神を持ってはいないのだ。

 

 

 

 

月 地球連合軍プトレマイオス基地

 

「………なぜこうなった。」

 

地上の各戦線が膠着し、舞い込んで来る書類の数が減って仕事の合間にお茶をしたりたまの休日にたまたまJOSH-Aに現在勤めている人(基地司令部所属、女性)とお忍びでお茶をしたりと、ようやく自分の時間というものを持てるようになったと思ったら、いつの間にか新たな仕事が用意されていた。

 

曰く、

 

「地球連合軍名誉少将として第8艦隊と特殊教導部隊を率いてザフト輸送船団を撃滅せよ。」

 

何で私がただの通商破壊任務なんてしなきゃいけないんだ、そもそも私は軍人じゃあない、と文句を言ったのだがハルバートン提督は

 

「地上任務だけではなく宇宙戦でも箔付けをしてもらおうと思ってな。それに…ザフトも最近の輸送船の被害にそろそろ重い腰を上げざるを得ないはずだ。」

 

などとほざいた。箔付けをしたがる上層部の思惑は分かる。膠着した状況の中で国民に戦意高揚となる情報を与えたいのだろう。しかし、私の仕事を代わりに引き受けてくれるやつがいないのに勝手に仕事を増やさないでほしい。

 

 




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12/09/03 誤字修正 黄金拍車様、ありがとうございます。

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