それはとてもきれいな空で   作:ルシアン(通説)

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それはとても緩やかな後退で

CE70年7月1日 地球連合軍ウラル要塞総司令部

 

「おはよう、何か異常はあったかね?」

 

「おはようございますクロイツェフ中将。現在戦線に重大な異常は発生しておりません。…ただ、最近連邦軍の航空攻撃が激しくなっている気がしますが。」

 

「北極海の航空戦力をだいぶこっちに回しているらしいからな。対空陣地にはあまり無理をしないように言っておけ。どうせこの辺りの守らなきゃならん戦車はほとんど隠蔽し終わっている。X線レーダーが使えるならともかく、Nジャマーの影響下で見つけることなどできんよ。」

 

「そうですね。…通信手、各対空陣地に通信、『こちらの…』」

 

「こちら司令部前警戒班!司令官!突然やつらが司令部まえに!!」

 

「どうした!?奴らじゃわからん、落ち着いて正確に報告しろ!」

 

「それが、大量のジンが突然!うわっ、く、来るな!」

  ザザザザザザ、プツッ

 

「おいどうした、応答しろ!……くそっ。」

 

「長官、ゲートに侵入されました!抑えられません!」

 

 

 この日、ウラル戦線総司令部が地球連邦軍の奇襲攻撃により壊滅。戦線にいた地球連合軍は混乱状態に陥り、3日にはウラル要塞線の放棄が決定される。

 同時に地球連邦加盟国の協力で北アフリカを横断することに成功したザフトは、新型MSのバクゥとザウート、ディンを駆使し、待ち受けていた地球連合軍スエズ運河防衛部隊と戦闘を開始した。

当初、機動力に優れつつも火力と鉄量で圧倒的に不利であったザフトは押されていたが、バルトフェルド司令官による機動力を生かした巧妙な罠に連合軍のリニアガンタンク部隊ははまってしまい、スエズ防衛に失敗してしまうこととなる。

 また宇宙では地球連合軍よりは損害が少なかったとはいえ、いまだ再建途中であったザフト宇宙艦隊が、国民の戦意高揚を求めた評議会議員たちの要請を受けて地球連合所有の資源惑星「新星」攻略を開始した。しかし、こちらは以前から「新星」の防衛を絶望視していた地球連合上層部によって駐留部隊をすでに全て撤退させていた。また、アズラエル氏の提案で無数のブービートラップまでも仕掛けていた。これにより強襲降下上陸を行ったザフトMS部隊は少なくない損害を受ける。

 

ザフトに少なくない損害を与えつつも、地球連合軍は緩やかに戦線を後退させ続けていた。

 

 

 

地球連合軍総司令部、JOSH-Aは荒れていた。

7月1日に狙って行われたとしか思えないザフト、地球連邦の各地での攻勢に対して全ての戦線で敗北を喫したことがその原因である。地球連合軍の宇宙軍、地上軍、海軍の各司令官たちは大ホールに集まり今後の戦略方針について丁々発止議論していた。

 

 

「宇宙に関してはしばらくザフトは動けないはずだ。こちらもそう余力はないのだから無理な攻勢を仕掛けるべきではないだろう。」

 

「海軍としては早急にスエズもしくはジブラルタルを地上軍に攻略してもらいたい。地中海の制海権を奪われたままではユーラシア連邦のドックの半数が使えないに等しい。」

 

「それは難しいだろう。ジブラルタルもスエズも渡河しなければ攻略できんのだ。砂漠で機動力の圧倒的に上回るザウートやバクゥを撃破できるほどのリニアガンタンクを渡河させようものなら無防備なところを一方的に攻撃されてしまう。せめて制空権が完全にこちらの物なら何とかなるが…」

 

「空軍は何とかできんのか?重力圏内ならばMSよりも戦闘機の方が圧倒的に有利だと豪語していたではないか。」

 

「それはそうですが…。盟主アズラエル、何かいい案はないでしょうか?」

 

「…なんで軍事の専門家が私に聞くんですか。無理なんだったらしょうがないでしょう。さいわいシナイ半島にもスペインにも対空火器を大量に配備しているんですから、しばらくは守勢でいいじゃないですか。ドックが使えないのは痛いですが無茶な作戦立てて負けるよりはましです。

…サザーランド大佐、ハルバートン中将、なに笑ってるんですか。分かってたんなら言ってくださいよ。まったく…。

それよりも東部戦線です。ウラル要塞線が敗れたとはいえ、地球連邦のジンは動きは悪いし、数も多くはないし、コーディネイターのOSとCPUをそのまま使っていますからナチュラルで操縦適性のある兵士なんてそんなにいませんよ。山岳戦でなければ絶対に負けません。いっそ中央アジア平原から攻勢を仕掛けたらどうです。リニアガンタンクなら平原で負けません。」

 

「だが、数が揃わん。スエズ攻防戦でかなりの数のリニアガンタンクを失ってしまったからな。グーンのせいで大西洋連邦からの輸送もままならんし。」

 

「シーレーンの防衛はどうなっているんです、海軍さん。もう駆逐艦に関しては新型艦も完成していると思ったのですが…。」

 

「大西洋に集中して頑張ってはいるのだが、やはりジブラルタルがとられたのが大きくてな。なかなか効果が上がらん。だがようやく最近ブリテン島経由での輸送に目途が立ちそうだ。たしか1週間もすれば大陸にかなりの物資が届く。」

 

「では今後1か月以内に中央アジア戦線で大攻勢に転じるということで。盟主アズラエルから何か要望はありますか。」

 

「できれば中央アジアのレアメタルを採掘したいので、そのあたりをよろしく頼みます。それから、これは極秘のことですが、モルゲンレーテ社がG計画に協力してくれることが決まりました。」

 

「おお!ではようやくわれわれもMSの生産に目途が立つということだな?」

 

「ええ。OSやCPUでは我々ロゴスが勝っているのですが、装甲や機関系統ではオーブが上ですからね。新型宇宙戦艦も共同開発する予定です。」

 

「どのくらいかかりそうなのだ?」

 

「来年までかかると思いますよ。私もできるだけ視察しようとは思っていますが。」

 

「そうか、一時はどうなるかと思ったが、この戦争の終末もようやく見えてきたな。」

 

 

作戦の大枠さえ決まれば後はそれは部下たちの仕事となる。将官らは一区切りついたとばかりに愚痴をこぼしだした。

何と言ってもこの戦争が予想外に大規模化してしまい、彼らもそれまで考えていた第4次世界大戦シナリオを泣く泣く破棄する羽目になったのだ。作りかけのレポートを燃やされた感覚に近いのだろう。…ただ、彼らはこのとき勝てることを確信していたからこそこのような会話ができていただけであった。

 

 

 

 

 

 

 

「最近の地球連合はなんじゃ!本当にプラントと戦う気はあるのか。」

 

「まったく、コーディネイター共と戦って負けたかと思えば、地球連邦にも負けるとは…」

 

「嘆かわしいことこの上ない!連合上層部はあの空のネズミどもにやられた被害を本当に理解しておるのか?」

 

「連邦も連邦だ。欲にまみれてよりにもよって地球共通の敵と組もうなどとは、何を考えておるのだ!」

 

 

ユーラシア大陸某所。そこにそびえ立つ立派な館の一室で、かつては経済界の一翼を担っていた老人達が盛んに愚痴を言っていた。彼らはコーディネイターによるNジャマー散布や地球連合軍のザフトとのたび重なる敗北に適応することができず、権勢を失いつつある老人達である。

影響力の低下を単純にコーディネイターによる弊害であると考え、少し前までは自称「ブルーコスモス」の過激派としてテロをも辞さない行動をとることで彼らは有名であった。しかしアズラエルによる「世界ブルーコスモス連盟」の設立と組織の意思統一によって彼ら過激派は政界から勢力を駆逐され、今では同志を集めての愚痴のいいあいしかできなくなっていた。

 

 

「だめですねー、皆さん。そんなんではいつまでも私たちの『青き清浄なる世界』は取り戻せませんよ。」

 

 

ひとしきり老人達の愚痴が話し終わったとき、まるでそれを見計らったかのようにそれまでわれ関せずとばかりに少し離れた席で黒猫をなでつつワインを飲んでいた若い青年がまるで小ばかにするかのような物言いで老人達に言った。

 

 

「…どういうことだね、ジブリール」

 

「僕たちナチュラルの共通の敵はコーディネイター共なんですよ。ちょっと負けたからといって本来の敵を見失っちゃっているんじゃあダメダメです。」

 

 

ロード・ジブリール。直訳すると「ガブリエル導師」になってしまうどう聞いても名前負けしていそうな人物だが、かつてユーラシアにおいて生命工学系統の企業では最高峰の財閥であった「ジブリール財閥」も総帥であり、その政治的手腕には世界中から一目置かれていた人物である。

しかしジョージ・グレンを始めとするコーディネイターの出現により生命工学部門での最高峰という地位を維持できなくなり、かつてのような権勢を誇れなくなってしまった人物の一人となった。ブルーコスモス内ではそこそこの地位に入るが、コーディネイターの絶滅をせんとする彼の考えは盟主であるアズラエルの方針に反しており、盟主の座を奪わんと考えてもいた。

 

 

「ですが最近のブルーコスモスの活動が甘いというのも事実ですしねえ。盟主は本当にコーディネイターを罰そうと考えているのでしょうか。」

 

「…あまり盟主のことは批判せん方がいいのではないかね?今や彼は地球連合の英雄だ。連合内最大の影響力を持っているといってもよい。それに彼子飼いのブルーコスモス諜報部門はプラント以外の諜報も行っていると聞く。」

 

「…そうですね。ですがここの防諜対策は現在万全です。皆様にお話しておきたいことがあるのでね。」

 

「ほう、わざわざわれら全員を集めたということはそうとうな事なんでしょうな。」

 

「ええ。実はザフト内部の、それも隊長格の人物から我々に対して接触してきた人物がいましてねえ。」

 

「何!?…罠ではないのか?それにコーディネイターの助力など受けるわけには…」

 

「ええ、それは分かっています。ですが罠だとは私は思えませんでした。どうも彼はコーディネイターではないようでしてねえ。それにありきたりな恨みがどうのとかではなく、純粋に利害関係を求めているようなんですね。」

 

「ナチュラルでザフトの隊長格だと?…それは本当なのか?」

 

「ええ、皆さんもご存知の方だと思いますよ。」

 

 

 

「名前はラウ・ル・クルーゼ。ネビュラ勲章持ちの英雄様だそうです。」

 

 

 




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