この世界、おばさんにはちょっとキツイです。   作:angle

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事件出てきません。


FILE.7 着信履歴は放置したい ~月いちプレゼント脅迫事件~

4月25日(月)

 

この日、私が深い眠りから目覚めたのは、家の呼び鈴が何度か鳴らされたのが原因だった。

一瞬「なんでお母さん出てくれないんだ?」と思って、次の瞬間に「そういえば今はいないんだっけ」ってなことに気付いて思わず泣きそうになる。

きっとこれからもずっと、こんなことを何度となく繰り返していくことになるんだろうな。

なんとか重い身体を起こして、部屋を出て台所脇のインターフォンを手に取ると、聞こえてきたのは阿笠博士の声だった。

 

 

「はい」

『愛夏君、阿笠じゃが、部屋にいるのかね?』

「はい、すみません寝てました」

『いるのならいいんじゃ。電話が通じんのでな、ちょっと来てみただけなんじゃよ。起こしてすまなかったの』

「いえ」

 

 

この時はまだ寝ぼけていて、満足な受け答えもできなかったんだけど。

やがてだんだん目が覚めてきて、阿笠さんが私を心配してわざわざ足を運んでくれたんだってことに思い至った。

あとでちゃんと謝りに行こう。

 

それよりケータイの着信の方が問題だった。

昨日、疲れて帰ってきた私は、ケータイをカバンの中から充電器に戻すのを忘れていて。

さいわい電池は切れておらず、深い眠りについてた私は、カバンの中から響く目覚ましの音にも着信音にも全く気付かなかったんだろう、けど。

なんと朝から数件、蘭さんと阿笠さんとなぜか工藤新一からの着信が履歴に残ってたんだ!

 

 

……蘭さんは、まだいい。

折り返し電話をかけて、謝って、用件を聞くのは自分でもなんとかできると思う。

でも……なんで工藤新一から電話がかかってくるんだ!?

工藤新一に折り返し電話をかけるなんて高度なミッション、この内気な私にクリアできる訳ないじゃないか!!

 

 

身体が重いのは、たぶん昨日からの熱がまだちゃんと下がってないからなんだろう。

パソコンの画面で時刻を確認すれば午後1時過ぎで。

阿笠さんに謝りに行くにしても、まずはお風呂に入って身支度をしなきゃならないよね。

そう思ってお風呂にお湯を溜め始め、その待ち時間を使ってとりあえずまずは蘭さんに電話を掛けた。

 

 

『はい、愛夏ちゃん?』

「そうです。すみません電話に出られなくて」

『ううん、気にしないで。さっき阿笠博士にも電話をもらって、ずいぶん疲れてる様子だったって聞いてるから、無理しないで』

「心配かけてごめんなさい。それで、なにか用事だったの?」

 

『うん。ちょっと警察の人に頼まれただけなの。事件のことでね、いちおう愛夏ちゃんが豪蔵さんが生きてることを最後に確認した人になるから、調書を取りたいみたいで。今日か明日にでも警視庁に出頭してほしいんだって』

 

 

警視庁? 今回の事件、あの観光島はいちおう都内になるから警視庁の管轄になる、ってことなのかな?

まあ、船がついた港も都内だから、いずれにしても警視庁で間違いないのか。

 

 

「判った。今日はちょっと都合が悪いから、明日にでも行くことにする」

『うん、それで大丈夫だと思う。じゃあ、目暮警部の連絡先を言うね』

 

 

そうして警察の署内の番号らしきものを教えてもらってメモを取る。

明日の午前中にでも電話して予定を合わせて出頭しよう。

 

 

『じゃ、そろそろ予鈴が鳴るから』

「うん、忙しいところありがとう」

『ううん、それじゃまたね』

 

 

蘭さん、学校で電話してたのか。

確かに今日は平日の月曜日だけど。

昨日の今日で普通に登校できるとか、彼女はほんと化け物なんじゃないだろうか??

 

 

 

お風呂がいっぱいになるまでもう少し時間があったので、熱を測ってみたところ38度6分。

こんなに高熱になるのも40過ぎてからはなかったから、ほんと久しぶりの感覚だ。

(年寄りは風邪ひかない、っていうし?)

 

若い頃、朝熱があってでもどうしても出勤しなければいけないときは、朝風呂に浸かってムリヤリ熱を下げてたんだよね。

そんなことを思い出しつつ、お風呂で「熱よ下がれー」と祈りながら身体を温めたあと、再び測るとどうにか37度8分にまで戻すことができていた。

(コレ、よい子はマネしないように。確実にお医者様に怒られます)

 

 

まあ、平熱とはいいがたいけど、さっきよりはマシになったから、身支度をして阿笠さんのお宅を訪ねたところ。

笑顔で寝起きのときのことを謝ったり旗本島のお土産を渡したりふつうに受け答えもできてたと思うんだけど、やっぱり阿笠さんには熱があるのがバレてしまって、問答無用で車に乗せられて近くの総合病院まで連れていかれてしまいました。

 

 

「愛夏君、あまり無茶をするでない。愛夏君が無理をすれば、周りは心配するんじゃぞ?」

「はい、すみませんでした」

「帰りも迎えに来るからの、必ず電話しなさい。判ったな」

「はい、ありがとうございました」

 

 

阿笠さんが連れてきてくれたのは米花総合病院で、受付後診察の順番を待ちながら、そういえば原作の次の話は何だっただろうかと考えていて。

確か籏本家の事件から1か月後に夏江さんから毛利探偵のところに手紙が来るのがオープニングで、そのあとたくさんのおもちゃを抱えた依頼主が事務所を訪ねてくるのが事件の発端だったと思う。

と、そこまで考えたところで、私は不意に思い出したんだ!

その事件の依頼主が勤めている職場が、確か米花総合病院じゃなかったか……?

 

 

その時、視界の隅に毛利探偵と蘭さん、コナン君とあと一人の男性が連れ立って奥に入っていくのが見えて。

私は、さきほどせっかく下がった熱が再びぶり返すのを感じていた。

 

 

 

 

熱の方は、診察後に点滴(地味に初体験だったりする)を受けたらすぐに下がってくれて。

とくに何か病気という訳ではなくて、お医者様が言うには疲れが出たのだろうという話だ。

まあ、この1週間は船で移動する以外は休みなく働いていて、しかも初めての殺人事件で著しく消耗したのは間違いないからね。

肉体的疲労もだけど、たぶんそれより精神的疲労の方が蓄積しての発熱だったんだろうと思う。

 

 

歩いて帰れない距離ではなかったけれど、阿笠さんにまた怒られそうな気配がビンビンだったから、おとなしく言われた通りに電話をして迎えに来てもらった。

帰宅したらちゃんと布団で寝るようにと念を押されて、すでに熱は下がってたのだけど、私は言いつけどおりパジャマに着替えて布団に入る。

 

そうして何もできない状況に追い込まれると、私の目の前にはまたあのエベレスト並みの高度なミッションが浮かんできて。

この世界に来る前の私なら、「もし用事があるならまたかけてくるだろ」ってな感じで放置がデフォだったのだけど、相手があの工藤新一だと思うと、「放置したら見限られるかも」ってな焦りがむくむくと湧き上がってきて絶望一直線だったりするんだよ!

 

 

にしても、なんで工藤新一が私に電話をかけてきたりなんかしたんだ?

家の掃除はまだしたばかりで、きれい好きな人ならそろそろホコリが気になりそうな日数ではあるけれど、今までほかの部屋をあれだけホコリまみれにしてきた工藤新一にそれは当てはまりそうにない。

となると、私には彼が電話をかけてきた理由に、思い当たるものがまったくないんだ。

もしかしたら私が来る前にいた“高久喜愛夏”が原作前の工藤新一と関わった可能性もあるけれど、それにしてはこの部屋のパソコンやケータイに工藤新一の影がかけらもないのは不自然だと思う。

 

 

“高久喜愛夏”は孤独で内気でうしろ向きな女の子だった。

彼女の周りには私が来るまでの1年、彼女に関わろうとする人間は一人もいなかった。

そんな人間がたった一人でもいたら、彼女はあんな手記だけを残して消えたりしなかっただろう。

もしも工藤新一が“高久喜愛夏”に関わる人間だったとしても、彼女の孤独を払拭できるほどの深い関わりじゃなかったのは間違いないんだ。

 

 

もちろん、そういう状況を作ったのは彼女で、周りの人はぜんぜん悪くないよ。

私が今、今日みたいに阿笠さんに心配してもらえているのは、私が(不器用ながらも)阿笠さんと大人の関係を築こうと努力しているからだ。

そういう努力なしにただ心配してもらえるなんてことは、それこそ両親や家族でなければありえないんだから。

 

 

 

考えているうちに私は眠ってしまったみたいで。

目が覚めたのは、今度こそ充電器に戻したケータイが着信を告げた時だった。

 

ケータイの液晶画面に映っていたのは、私自身が以前登録した“工藤新一”という名前で ――

 

 

一気に目が覚めた!!

 

 

「はい」

『あ、高久喜愛夏か?』

「はい」

『今、電話平気か?』

「はい」

 

 

はいしか言ってないぞ自分!

そう自分で自分にツッコミを入れつつ、なんとか落ち着こうと最大限の平常心を努力する。

 

 

『あの、さ、コナンのヤツに聞いたんだけど。……殺人事件に巻き込まれた、って』

 

 

あ、はい、そういう設定ってヤツですね、判ってます。

で? 事件の話でも聞きたいんでしょうか。

それならぜひコナン君に聞いてください。

私はあなたからの電話だってだけで心臓バクバクで今にも意識を失いそうなんです。

 

 

『オメー、大丈夫だったか?』

 

 

…………。

……………………。

 

……心配、してくれてるように聞こえます先生。

 

 

「あ、はい」

 

 

ぜんぜん大丈夫じゃなかったですがなにか?

ああ、なにをどう考えていいのか自分でもまるっきり判りませんよ先生!

 

 

『ほんとか? 阿笠博士に聞いたぜ、オメーが熱出したって。ああいうのは慣れが必要なんだから、あんま無理すんなよ』

 

 

いや、正直慣れるほど殺人事件に遭遇したくなんかないです。

ていうか、用事ってそれですか?

にしてはちょっと時間軸がおかしくないですか?

 

阿笠博士が私の発熱を知ったのは、最初に工藤新一からの着信があったあとだ。

だとしたら本来の用事はこれじゃなくて、別にあったってことで。

 

 

「……それで、用事は」

 

 

思い切ってこちらから尋ねると、電話の向こうでなにやらごそごそと音がする。

受話器になにかが当たってるのか?

気にはなったけれど、音の方はすぐに止んだので意識の外に放り出した。

 

 

『あー、なんだ、つまりその……オメーがセクハラされたって、コナンのヤツに聞いたから』

 

 

ん? もしかしなくてもこれって祥二様の件だよな。

工藤新一ってセクハラに関心があるような描写、原作にあったっけ?

それとも犯罪はたとえどんな小さなことでも見逃さないとか、探偵のサガみたいなものでもあったりするのか??

 

 

「たいしたことじゃないですけど ―― 」

『ヤローに抱き着かれたって聞いたぞ!? たとえ雇い主だからって、仕事中にそんなことされたらふつう許せねえだろ!』

 

「あ、えーと、……あのくらいなら給料のうちかなと」

『バーロー!! オメーはもっと危機感を持て! あのくらいって……そういうのは放置してるとすぐにエスカレートすんだぞ! もっとひどいことされたらどうすんだバーロー!!』

 

 

あ、はい、おっしゃる通りです。

失言でした認めます今の発言はある種の女性団体に知られたらたぶん袋叩きにあいます許してください。

 

でも知りませんでした、工藤新一が女性団体の回し者だったなんて。

 

 

『あ……悪ィ、怒鳴ったりして』

「……いえ。私の方こそすみませんでした」

『だからつまり、その、……オレが言いたいのは、オメーはもっと自分を大切にするべきだ、ってことで』

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

心配、してくれたんだな、コナン君。

私が事件にショックを受けたことも、世間知らずの16歳の女の子が40代のオヤジにセクハラされたことも。

……でも、それを工藤新一の口を借りて言わせるのはちょっと違うよ。

まあ、小学1年生を装った語彙じゃ、これをうまく伝えるのは難しかったのかもしれないけど。

 

 

私が原作を知らない“高久喜愛夏”だったら勘違いしてたかもしれないよ。

もしかしたら、工藤新一が自分に気があるんじゃないか、って。

 

 

「コナン君に心配させちゃったんですね。彼にもよろしく伝えてください」

 

 

私がそう言うと、またさっきのごそごそという音が聞こえて。

 

 

『あー、まあ、次からは気をつけろよ』

「はい」

 

『それとさ、話は違うんだけど』

 

 

ふと調子が変わった工藤新一の声。

って、まだ何かあるのか!?

こっちはそろそろ心臓が限界なんですけどっ!!

 

 

『29日の祝日、空いてるか?』

 

 

……デートの誘い、じゃないことは確かだ。

だって、工藤新一は誰にも会えない存在なんだし。

だいたい工藤新一が私なんかにそういう感情を抱くとか、妄想以外のなにものでもないって。

 

ともあれ私に仕事を探す以外の用事なんてものはそもそもない。

 

 

「はい」

『実はオレのところにガーデンパーティーの招待状が届いてるんだけど、今は事件から手が離せなくて行けねえんだ。バイト代は出すから、オレの代わりに行ってくれねえか?』

 

 

ガーデンパーティー?

そんなの原作にあったっけ?

 

思わず返事をしかけたんだけど、私にはそもそも着ていく服がないってことに気が付いた。

Gパン以外の服といえば、仕事で着ていたスーツくらいで。

 

 

「あの、それって、着ていく服はスーツでも大丈夫ですか?」

『スーツって……。男なら問題ねえだろうけど。……ほら、なんかねーのか? その、ス……スカートとか』

 

「すみません。せっかくのお話なんですが、今回は ―― 」

『あー判った! それも用意してやるから、必要経費で! あとで届けるから予定空けとけ!』

 

「でもさすがにそれは」

『当日は蘭たちも一緒に行く予定だから、あとであいつに連絡させる。じゃ、よろしくな!』

 

 

そう、一方的な別れの声のあと、通話が切れる音が聞こえてきて。

 

 

ケータイを戻した瞬間、私は大きく息をついてしまった。

 

 

 

煙草がないので水を飲みつつなんとか気持ちを落ち着けて。

さっきまでの工藤新一との会話を思い出せるだけ思い出したんだけど(実はけっこう意識が飛んでてぜんぶは思い出せなかった)、肝心の仕事の内容がよく判らないってことに気が付きました。

私は蘭さんたちとガーデンパーティーに行って、けっきょく何をすればいいんだ?

おそらく工藤新一の名代で行くってことだろうから、パーティーの様子をレポートにして提出でもすればいいんだろうか??

 

 

まあ、私は元の仕事が事務職だったから、報告書みたいな文書作成とかはそう苦手じゃないからいいんだけど。

この世界の著名人をほとんど知らないから、パーティー参加者の名前や経歴なんかはパーティーのあとで蘭さんに確認すればいいかな。

(毛利蘭って何気に芸能人とか有名人に詳しいし)

 

 

とりあえず、もう一度工藤新一と話をして、仕事内容をちゃんと確認するという、さらなるミッション追加が決定したってことで。

 

 

 

―― この世界、思ってた以上に過酷です。

 

 

 


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