「穂乃果」
「なに?」
「ちょっと、聞きたいことがあるのですが……」
「穂乃果ちゃん。お菓子用意できたよ」
「うん。今、お茶を入れるね。・・・・・・」
「おう、サンキュー。やっぱり、ここに来たら穂むらの和菓子だよな」
ことりは、穂乃果が持ってきたお菓子を机に並べ、穂乃花は持ってきた急須でお茶を入れていた。
その場は、さすが和菓子屋「穂むら」の娘の部屋で行われるお茶会。
お菓子は、穂むらで販売されている串に刺したお餅であり、お茶は和菓子によく合う日本茶だ。
穂乃果とことりは、そのお餅を頬張るとお茶をずずずとすする。
そして、ほっと息を漏らす。
その姿は、これから大事なことを話し合おうとしているものの様子ではなく、なぜ、こんなくつろぐ気満々なのですか? などと聞きたかったのだが、そうは問わず、そんな二人をじとっとした目で見ていた。
「今日という今日は、しっかり何かを決めますと言ったはずですが」
「もちろんそのつもりだよ」
「決めることは、アイドルとしてなにをするか。それを実行するためにどうすればいいかと言うことですが」
「大丈夫、わかってるって」
「なら・・・・・・」
海未の頬がわずかに赤らむ。
よく見れば、少し肩や腕が震えている。
そこに現れていたのは、緊張と羞恥。本来、穂乃果たちしかいない部屋であれば、緊張も恥ずかしがることも無いはずである。
にもかかわらず、なぜ体を震わせているのか。
海未は、同様に震える指をその緊張の原因へと向けた。
「なぜ、この人がここにいるんですか?」
「最近会ってなかったけど、この人とは傷つくな」
「そうだよ、海未ちゃん。幼なじみの顔を忘れちゃったの?」
「忘れたわけではありません。そうではなくて、なぜ、穂乃果の部屋に、私たちのアイドルの会議に、さも当たり前のように平然とレンジさんがいるんですか?」
海未の指した先にいた人物。それは、海未たち三人の幼なじみであり、穂乃果からはレンと呼ばれている少年。憐次《レンジ》であった。
「なんでって言われても、穂乃果に突然呼び出されてよ。バイトもなかったから来たんだけど・・・・・・」
「そうだよ。穂乃果が呼んだんだよ」
「だから、何で関係のないレンジさんを呼んだんですか」
「関係なくないよ」
「いったい、何の関係が・・・・・・」
いまいち穂乃果が憐次を呼んだ理由がわからない海未が聞き返す。
そんな彼女に、穂乃果はさも当たり前のように、海未へ返事を返した。
「だって、私がスクールアイドルを知ったのだって、レンくんがいたからなんだよ」
「え。そんなこと聞いていませんが・・・・・・」
「言ってなかったっけ? まあ、それは別にいいの」
「まあ、いいですけど・・・・・・。それって、二人で出かけていたってことですよね」
「え、何て言ったの?」
「い、いえ。何も・・・・・・」
海未のつぶやきが聞こえない穂乃果は、海未に聞き返した。
海未は、口では何もないと答えたが、納得のいっていなさそうな顔をして憐次へ説明を求めるような視線を送っていた。
が、そんな海未に気付かない穂乃果は、二人のやりとりなどお構いなしに話を進めた。
「それに、アイドルっていろんな人に見てもらわなきゃでしょ? 女の人の気持ちならわかるかもだけど、男の人がどう思うかってわからないじゃない?」
「まあ、それはそうですが・・・・・・」
「だから、これから決めることが、男の人から見て合っているかどうか教えてもらうために呼んだんだよ。穂乃果冴えてる!」
海未は、完全に納得はしていないものの、一理ある意見には同意を示した。
海未はもう一度憐次を見た。
すると、彼がすでに海未の方を見ていたことに気づいてたじろいだ。
「どうしたんですか、レンジさん」
「それにしても、海未もことりも、変わったな」
「えぇ?」
予想外の言葉に、海未は思わず声が裏返ってしまった。
咳払いをして平静を装って返す。
「なっ。変わったってなにが、ですか?」
「いや、あの人見知りだった海未が、まさかアイドルをやろうだなんてな。あのころからしたら信じられないことだろ。ことりにしたって、自分が目立つところに立つの、苦手だっただろ?」
「わ、悪いですか? 私がアイドルをやっては。どうせ、私にアイドルなんて似合いませんよ」
「おいおい。アイドルが似合わないとかそういう意味で言ったんじゃない。むしろ、アイドルするなら結構いい線行くかもって思うぜ」
「な、なぜですか?」
「だって、海未もことりも、少し見ないうちにこんな綺麗になっちゃってたからさ」
ぼんっと、同時に赤くなることりと海未。
「もう、レンジ君ったら。ありがとう」
「な、ななな、な。綺麗って、なに言っているんですか!!」
しかし、落ち着いて返すことりに対し、海未大きくうろたえていた。
そんな二人を、穂乃果は少し不機嫌そうに見つめていた。
憐次が彼女に気づくと、彼女は憐次に迫った。
それを聞いていた穂乃果は、
「ちょっと、海未ちゃんとことりちゃんはって。穂乃果は。穂乃果はどうなの?」
「ん? 穂乃果は、・・・・・・ふつうっていうか、昔と変わらない感じ?」
レンジは、顔を逸らしてつぶやいた。
それをみて、穂乃果は、さらに追求しようとする。
「えー、なにそれ。どうして穂乃果だけふつうなの? 変わらないってどういうこと?」
「ふ、ふつうなものはふつうだし、変わらないものは変わらないんだよ。そそ、それよりも、アイドルの話、しなくていいのか?」
「なんか、話逸らされた。・・・・・・まあ、いいけど」
一瞬ふてくされた顔を見せたものの、すぐに輝きを取り戻すと脇に置いてあったものを机の中央においた。
「じゃじゃーん」
穂乃果が出してきたのは、ピンク色のノートPC。
「このサイト、いっぱいスクールアイドルのステージの動画とか公開されててすごいんだよ」
すでに画面が開かれ、動画サイトのページが開かれていた。
それは、スクールアイドルが自分たちのライブやPVを公開し、一般人から評価を受けるために設立された専用サイトである。
このサイトは以前、ダンスの美しさ、完成度を競い合う「ビートライダーズ」と呼ばれるストリートダンサーたちの争いを取り仕切っていた「DJサガラ」によって立ち上げられたものだ。
DJサガラは、曲のビートに乗る者たち(ビートライダーズ)の間ではカリスマ的存在であり、そのダンスの美しさ、完成度をネットで集計しランキング付けしていた。
近年、ビートライダーズは、いがみ合うのをやめてチームの隔てなくダンスを楽しむようになったため、ランキング自体は存続しているもののDJサガラの手を離れた。
面白いことをより面白くすることを信条とするサガラ。
そんな彼が次に目をつけたのが、アイドル戦国時代と呼ばれるほどに競争が激化しているスクールアイドルであったのだ。
穂乃果が、黒い四角い画面に浮かんだ再生ボタンをクリックする。
すると、テンションの高い男が画面に現れた。
「Hello! 全国のスクールアイドルを愛するevery bady! 今日紹介するのは、現在人気No.1のスクールアイドル。A-RISEの新曲だぜ。Hey!!」
そんな感じでテンション高く始まったその動画は、サガラのちょっとした説明の後、A-RISEのミュージックビデオに切り変わった。
すると、穂乃果とことりは、すぐに目を輝かせ、さっきまでくつろぎモードの二人を怒っていた海未ですら言葉を忘れて見入っていた。
歌声は透き通るように綺麗で、ダンスは一つ一つの動きが指先までぴしっとそろっており、いっさいの乱れもない。
が、そういった技術はさることながら、穂乃果たちには、彼女たちが輝いて見えた。
「すごいですね」
「うん。何てったってA-RISEだもん」
「でも穂乃果ちゃん。A-RISEの人たちがすごいのはわかったけど、これからどうするの?」
ことりが聞くと、穂乃果は胸を張って答えた。
「まずはやっぱり、先人から学ぶべきだと思うんだ。穂乃果たちに今、なにが足りていないのか。それがわかれば、やるべきことは自ずとわかると思うよ」
「穂乃果が、いつにもましてまともなことを言っている」
「って、レン君が教えてくれたんだ」
「ああ、・・・・・・あなたでしたか」
「あ、なんかがっかりされた」
「俺もなんだか傷ついたんだけど・・・・・・」
がくっと肩を落とす穂乃果と憐次を見て、海未は慌てて補足を入れた。
「別に、悪いと言っているわけではありません。ですが・・・・・・」
「足りないところっていっても、全部足りてない気がしちゃうよね・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
憐次は、ため息を付く。
穂乃果に、アイドルの動画を見ることを勧めたのは、間違いなく彼だったが、なにもスクールアイドルのトップを参考にしろとは言っていない。
あくまで、そこまで差を感じない程度の親近感あるものを参考にしろと言ったのだ。
わりと近い場所にあるとか、そういう親近感ではないのだ。
穂乃果がA-RISEのライブなんて流したおかげで、穂乃果は天を仰ぎ、海未は床に手を突き、ことりはPCの前で足を抱えていた。
見かねた憐次は、口を開いた。
「まずは、歌とダンス、そして衣装だな」
「え?」
「足らないものだよ。アイドルやる上で絶対に必要になってくるもの」
「・・・・・・そうですね。確かに必要ではありますね」
「このほかにもいろいろ技術だとか必要かもしれないけど、全てこの三つの後だ。この三つがなければ、後のものもまず無理だぜ」
憐次も、アイドルに関して詳しいわけではない。
しかし、そんな憐次でさえ気付くことがなかなか話に持ち上がってこないことに彼は気になっていた。
憐次から見て、三人とも早くから高いところを見過ぎている気がした。
穂乃果のスクールアイドルを目指すきっかけであり、スクールアイドルと検索をかければ真っ先に名前が挙がるA-RISE。
いやでも、目に入ってしまう彼女たちは、全スクールアイドルのあこがれだ。スクールアイドルを始めるとなれば、真っ先にA-RISEのようにと思ってしまうのもうなずける。
高い目標を見るのはいいかもしれないが、それで大事な基礎が見えなくなるのはだめだろう。
だから、憐次はあえて口に出したのだ。
そのかいあってか、穂乃果は、スクールアイドルと書かれたノートのページに「歌」「ダンス」「衣装」とうなずきながら書いていた。
「まずは歌。これは、歌詞と曲の二つに分けて作ったほうがいいだろうな。プロやそこそこなれた人なら同時に出来るかもしれないけど、初心者のお前たちには無理だろう。ダンスは歌が出来てからとして。・・・・・・衣装は、ことり」
「はい。なに?」
「お前、スケッチブックに何か書いてたよな?」
「み、見てたの?」
「いや、同じ部屋にいたんだし見えるよ」
見せろと合図する憐次を見て、ことりはためらいがちにスケッチブックを開いた。
「ええと。アイドルやるって聞いたときから書いてて、今さっきちょうど書き終わったんだけど、どうかな?」
「え。もしかして衣装?」
「そうだよ。それなりに可愛くできたと思うんだけど、どうかな?」
「どれどれ・・・・・・」
穂乃果と海未が、ことりのスケッチブックをのぞき込んだ。
スケッチブックに描かれていたのは、茶髪に大きな瞳をもつ少女と、ピンクを基調としたステージドレスだった。茶髪の少女は、穂乃果をイメージしたもののようだった。
実際の人物が目の前にいるため、スケッチブックをのぞく三人は、容易にその衣装をイメージすることができた。
ことりが描いた衣装のスケッチを映した二人の瞳は、大きく見開かれた。
「す、すごい。すっごく可愛いよ」
スケッチを見た瞬間、穂乃果はことりに急接近すると、その手を取った。
「そう? 本当?」
「本当だよ。穂乃果には見えたよ。三人でこの衣装を着て、歌って踊って、きらきらに輝いている姿が」
「まだ、歌もダンスも出来てないけどな」
「ちょっと、レン君。そんな夢のないこと言わないでよ。レン君は、この衣装いいと思わないの?」
「それは・・・・・・。まあ、いいと思うよ」
「ふふ、ありがとう。穂乃果ちゃん、レンジ君」
穂乃果は、衣装を見るなり大絶賛。憐次も頬をかきながら、称賛を送った。
それを聞いたことりは、少し恥ずかしかったのか顔が赤いが、はにかんだ笑顔を見せた。
が、ひとつ違和感があった。
穂乃果と同じく目を見開いて驚いていた海未が、未だなにも発さず黙っていたのだ。
三人が、そろって彼女の顔をのぞくと、彼女はようやく口を開いた。
「そ、そそそ、それは何ですか?」
「海未ちゃんどうしたの? ・・・・・・どこか変なところでもあった?」
信じられないものを見たかのように、ふるえる海未。
そんな彼女の口から出たのは、それは何かという問い。
いつもと違う彼女の挙動に、不安を覚えることりが海未に聞き返す。
すると、海未は慌てた様子で返した。
「いえ、変というわけではありませんが・・・・・・。このスカートらしきものからスーっと伸びているのは、何でしょうか?」
海未が指したには、ピンク色のドレスのやや短めのスカートから伸びる肌色だった。
三人にとって一目承前だったため、意味のわからない質問に一瞬言葉が止まった。しかし、すぐにほぼ同時に彼女の問いに答えた。
「え、それは足だよ」
「足だね」
「足だな」
「素足に、この短いスカートということですか・・・・・・」
「うん。だって、アイドルだもん!」
「アイドルだもんね!」
「アイドルだからな」
口をそろえて言う三人に、海未は一拍おいて言い放った。
「ないです。あり得ません。こんなスカートが短いなんて」
「えぇ、なんで? 大丈夫だよ。海未ちゃんそんなに足、太くないよ」
「そういうこと、も少しありますが問題はそこではありません。破廉恥にも程があると言っているんです」
ただでさえ人見知りな海未だ。彼女がアイドルをやるってだけで驚くほどなのに、いつもの制服よりももう一段階くらい短いスカートはハードルが高すぎたのだろう。
男の憐次から見たら、制服のスカート丈とそう変わらないように見えるが、彼女からしたら、その数センチが大きな違いなのだろう。
短いスカートを断固拒否する海未。
そこに、声をあげたのはことりだった。
どうやら、衣装をどうしても海未に着させたい様子。自分だけでは説得できないと感じた彼女は、憐次に助けを求めた。
「で、でも、短いほうが可愛いと思うんだけどな。レンジくんはどう思う?」
「そうだな。短いイコール可愛いとは言わないけど、似合うと思うぜ」
「・・・・・・本当、です、か?」
ことりの問いに憐次が答えると、海未は小声でつぶやいた。
「ん? なにが?」
「に、似合うっていうのは、・・・・・・本当なのかと聞いているんです!」
「お、おう。本当だけど・・・・・・、あくまで思うだけどな」
「そ、そうですか。・・・・・・そ、そこまで言うなら、着ないことも・・・・・・」
「あれれ?」
「な、何ですか!?」
顔を赤らめ、うつむき加減で着ることに納得を示した海未は、いつの間にか横にあった、穂乃果の今にも笑い出しそうな顔を見て驚きの声を上げた。
穂乃果は、笑いを押し殺すように手で口元を隠しながら不適な笑みを浮かべている。
「海未ちゃん。どうして急に乗り気になったのかな?」
「な、何ですか穂乃果」
「えー? だって、ねえことりちゃん」
「ねー。穂乃果ちゃん」
「なにをにやにやしているんですか二人とも。私はただ、殿方の代表としての意見を聞いただけです」
「おいおい、代表だなんて大層な役目は、俺には無理だよ。さっきのは、俺の個人的意見を言っただけだ」
「な、なぜ、今そんなことを言うのですか!!」
「後で、俺の意見ぜんぜん参考にならなかったなんて言われてもこまるからだよ」
海未は、顔を真っ赤にし、今にもビンタでもしそうな勢いだった。
憐次は、何か怒られることでも言ったかと自問し、しかし結局わからず首を傾げた。
「ともあれ、衣装については解決だね」
「うん。仕上げをやってくれるお店もあるみたいだし、このカーブの部分とか難しいところもあるけど、がんばってみるよ」
「ちょっと待ってください。まだスカートの件が解決してまーー」
「――はい、かいけーつ!」
海未は、まだ諦めていなかったようだが、穂乃果が問答無用でノートに書かれた衣装の欄に「解決!」とでかでかと書いているのを見てついには諦めた。
「あとで、いろいろ調整《・・》が必要ですが、ひとまずおいておきましょう。で、次は歌ですが・・・・・・」
「それならもう決まってるよ」
「穂乃果、ずいぶん用意がいいですね。それも憐次さんの助言ですか?」
「いいや。俺は何も言ってないけど」
「では、ことりが衣装と兼任を?」
「ええ? 私は同時になんて無理だよ」
「そうですよね。でしたらまさか、穂乃果が」
「もうやだな。穂乃果にそんなこと出来るわけないでしょ」
「まあ、そうですよね」
「海未ちゃんが冷たい」
「では、いったい誰が?」
海未は、頭の中で整理する。
穂乃果は、無理。出来るはずがない。
ことりは、衣装と兼任は無理。
憐次が? いや、想像も付かない。
ではいったい誰がいったい作るのか。残っているのはあと・・・・・・。
「誰がって、海未ちゃんだよ」
「はい?」
「海未ちゃん、小学生くらいのとき、詩の授業でほめられてたし。そのああにも中学生くらいのときにポエムを読ませてくれたことあったでしょ?やっぱり歌詞を作るなら経験者の方が・・・・・・」
「忘れなさい」
「へ?」
「いますぐ忘れなさい」
「ちょっと、海未ちゃん?」
急に声を低くする海未。
羞恥が行くところまで行ってしまったのか、今の海未には、恥ずかしがるような仕草はなくなっていた。
「確かに、経験者がやることに越したことはないな。たしかに、あのポエムはなかなか・・・・・・。ぷぷっ」
「・・・・・・レンジさん」
憐次は、海未の態度の急激な変化に気づいたが、追撃をしてしまった。
久々の親友とのじゃれ合いを、憐次は楽しんでいた。しかし、久しぶりと言うこともあり、調子に乗ったのがいけなかった。
むくりと立ち上がったい海未の暗くにごった瞳を見て気づいてしまったのだ。
やりすぎたと。
「あの、海未さん。どうなされたのですか?」
「ああ、このノートPC。すこし持ちにくいですが、ちょうどいい重さで
すね」
さっきまで、A-RISEの動画を見ていたノートPCがパタンと閉じられると、海未によって持ち上げられた。
憐次たちは、机から上へ上がっていくPCを目で追っていると、急速に進む方向を変えたPCが憐次の目の前を通り過ぎた。
恐る恐る見上げると、うつろな目をした海未が、再びPCを振り上げていた。
「ええと、海未さん? 俺の記憶が正しかったらなんだけど、ノートPCはそうやって振って使うものじゃ無かった気がするんですが」
「いえいえ、大丈夫ですよ。このくらいの重さがあれば、記憶の一つや二つ、簡単に忘れることが出来ますよ」
「待って。そのPCには、他人の記憶を自由にデリート出来る機能はない!」
「問答無用です!」
さすがに、本気で身の危険を感じた憐次は、立ち上がった。
それを合図に追いかけっこが始まった。
さほど広くはない穂乃果の部屋の中は、地獄絵図と化す。
「待ってくれ。よかった、よかったよあのポエム。感動した!!」
「忘れなさい忘れなさい忘れなさい忘れなさい忘れなさい忘れなさい・・・・・・」
「それ、穂乃果のパソコン、・・・・・なんだけど」
「海未ちゃん。もうみんな言わないから、許して!」
うつろな目をした海未には一切の声も聞こえておらず、穂乃果の悲痛な訴えもことりの懺悔も届かない。
憐次は、追いかけてくる海未から逃げていたが、すぐに逃げるのをやめて海未と対峙した。
逃げるのみの憐次だが、なにぶん狭いので捕まるのも時間の問題だ。
それになにより、何の罪もない穂乃果のPCがスクラップの危機に晒されているのだ。
話を始めたのは穂乃果だが、PCには罪はない。
「一か八かだ!!」
意を決した憐次は、振り上げられた海未の腕をつかんだ。
一度つかんでしまえば、力で勝る憐次が有利だ。
「おい、いい加減に・・・・・・。あ・・・・・・」
完全に勝敗が決したと思った瞬間、憐次は足を滑らせた。
暴れているときに落ちた、穂乃果のノートを踏んでしまったのだ。
憐次がまず体勢を崩し、捕まれていた海未も道連れになってしまった。
「痛ってぇ。海未、悪い大丈夫・・・・・・か?」
「・・・・・・」
憐次は、反射で閉じた目を開くと、海未の瞳がやけに近いところにあるのを見て固まった。
憐次は、いままさに床に倒れる海未に覆い被るような体勢になっていることを理解した。
海未の瞳は、さっきまでのうつろで暗いものではなくなっていた。しかし、その代わりに顔をリンゴのように紅潮させており、目は今にも泣き出してしまうのではと思うほど潤んでいた。
憐次は、固まったまま動けなかった。いや、うごかなかったのか。
それは恐怖からか、罪悪感からか、それとも単に見惚れていただけか。
ともかく、憐次は動くことが出来なかったのだ。
「・・・・・・は」
「・・・・・・は?」
ゆえに、先に動いたのは海未だった。
「は、ははは・・・・・・」
手を振り上げ、唇を震わせる海未を憐次は黙って見ていた。
あれ、俺ってここになにしに来たんだっけ?
憐次は、ただ黙って自問していた。
作戦会議と穂乃果に聞いて来たはいいものの、結局ほとんどなにも決まってない。
俺は、いったいなにをしに来たんだ?
憐次は、自問するものの答えは返ってこない。そのかわり、
「破廉恥な!!」
海未の強烈なビンタが彼の頬に炸裂した。
「えー。では、話を再開したいと思います」
「レン君、ほっぺに紅葉が出来てるー!」
「うるさい。穂乃果は茶化すな」
穂乃果の言う通り。憐次の頬には、大きな紅葉型が赤く浮かび上がっていた。
熱を持った頬を擦る憐次へ、その紅葉を作った張本人である海未は、深々と頭を下げていた。
「申し訳ありません。つい気が動転してしまいまして」
「わかってるよ、気にしてない。だから、頭を上げてくれ」
「でも、急に飛びかかってくるなんて、少しは考えてください。私が本当に他人のもので人を殴るわけがないじゃないですか」
「いや、目が結構マジだったし」
憐次がそういうと、他二人も首を大きく縦に振った。
「ほんとだよ。実際、穂乃果がダイビングキャッチしてなかったら、パソコンがどうなっていたか」
倒れたとき、海未は、持っていたPCを投げ出してしまっていたのだ。
最近のノートパソコンは頑丈に出来ているが、壊れていたら責任問題だ。
言い合っていた憐次と海未は、しゅんと小さくなってしまった。
「っと、言うことで、歌詞は海未ちゃんにおまかせします」
「そうですね、わかりま・・・・・・。それとこれとは話は別です」
「・・・・・・ちっ、ばれたか」
わざわざ口で舌打ちの音をいいながら悔しがる穂乃果。でも、実際海未以外に歌詞を作れそうな人はいない。
穂乃果は、諦めずに食い下がった。
「海未ちゃんしか、できる人がいないんだよ」
「では、穂乃果はどうなんですか? 穂乃果だって今のところやることが決まっていないでしょう」
「海未ちゃん。思い出してみて」
「ことり?」
痛いところをつく海未に対し、ことりが穂乃果を横目で見ながら言いづらそうな顔で口を開いた。
自分の小学生のときの話が上がっていたせいか、自然にそのときのことが思い出された。
それは国語の授業で、自分で作った詩を発表する時間だった。海未と同じように名前を呼ばれた穂乃果は、その場で起立し、原稿用紙を大きく広げて読み上げたのだ。
「おまんじゅう、うぐいすだんご、もうあきた!」
海未の表情を見て、彼女が同じ結論に達したことに気づいたことりは、苦笑しながら言った。
「ね。無理だと思わない」
「そ、そうですね」
海未は、思わず納得してしまった。
穂乃果に歌詞は無理だと。
「ほら、穂乃果には無理だって」
「なぜ、穂乃果が自信満々にそんなことを言っているんですか」
「諦めろ。俺から見ても、もう海未が作詞するしか方法は残ってない。作詞するかしないかで、スクールアイドルになれるかどうか大きく変わってくると言ってもいい」
「そんなことを言うのであれば、レンジさんが作詞すればいいじゃないですか」
「俺は、アイドルアニメをはじめ、数々の歌の作詞を手がけるどこかの超人たちとは違って、作詞なんてこれっぽっちもできん」
「あなたもなぜ、自信満々に・・・・・・」
「ともかく、頼みの綱は海未ちゃんだけなんだよ」
「お願い。海未ちゃんしかいないの」
「全部が無理でも、穂乃果たちも手伝うから。せめて元になるものだけでも」
さんざん渋っていた海未だったが、さすがに心が揺れてきていた。
親友三人に絶賛されたのだ。それを快く思わない訳がない。
しかも、ことりは衣装係に決定し、穂乃果には任せられないことを自ら納得してしまったのだ。海未しか作詞できるものはいないと、状況が示していたのだ。
「海未ちゃん・・・・・・」
後一押しというタイミング。
ことりは、さっきまでの畳みかけるような勢いとは打って変わって、静かに海未を呼んだ。
急な態度の変わりように、海未はことりの様子をうかがう。その瞬間息を呑んだ。
海未の視界に入ったことりは、苦しそうに自らの胸元をつかみ、目を潤ませていたのだ。
そして、彼女は、言った。
「お願い!!」
「うっ――」
「がはっ――」
ことりの『お願い』を真正面から受けてしまった海未は、まるで胸を打ち抜かれたように後ろへ倒れ込んだ。
絞り出すように放たれた悲痛な叫びが、海未の中でリフレインする。
お願いであったはずのその言葉だが、海未にただならぬ罪悪感を感じさせ、いつの間にか命令以上の強制力をもっていた。
「ずるいですよ。ことり・・・・・・」
それにより、ついに海未は白旗を上げたのだった。
「わかりましたよ……」
「よかったぁ」
「そういってくれると思ったんだ」
海未の敗北宣言を聞き、最初からわかっていたかのように笑っていた。
それを見て、ことりの甘い声にやられた海未はため息を付いた。
もしかしたら、これから一生ことりには逆らえないのかもしれないと未来を案じていた。
それほどことりのお願いの威力はすさまじく、被害者をもう一人生んでいた。
屍となって倒れている憐次を、穂乃果がちらりと見た。
「そういえば、レン君はなんで倒れてるの?」
「あ、あれは散弾だ」
「へ?」
「ことり!」
「え、なに? レンジ君」
「もしまたそれを使うときは、周りをよく確認して、ターゲット以外に被害が及ばないよう、細心の注意を払って使うんだ。これ以上俺のような被害者を生み出さないために。ガクッ」
「う、うん。わかったよ?」
「この人、いったいなにをしているのでしょう?」
「さあ?」
三人は呆れた表情で憐次を見ていた。
しかし、同姓である海未すら撃沈させる程の力を持った言葉だったのだ。
異性である憐次には、不可避かつ一撃必殺の威力を持っていたのは言わずもがななのである。
結局作詞は、海未が押し切られる形で担当することとなった。
海未は、せめてもの抵抗と、交換条件として練習メニュー作成の権利を要求していた。穂乃果は、考えないといけないことが減ると思ったのか二つ返事で承諾していたが、次に飛び出した、明日から朝練だという発言に穂乃果は絶叫していた。
それをみてここぞとばかりに茶化していた憐次だったが、なぜか彼も参加させられることになり、絶叫がもう一つ増えた。
そこからも話はしたのだが、曲は今いるメンバーでは無理だという結論となり、友達に音楽をやっていた人がいないか聞くと言うことで保留。続いてユニット名を決めようとお互い案を出し合うも迷走し始めたところで解散となった。
ユニット名については、穂乃果になにか打開策があるようで一度彼女に任せることとなった。
「今日は、楽しかったけどなにかと散々だったな」
「そのことは、すみませんと言っているではないですか」
「いや。その後も妙に疲れたし・・・・・・」
文句を言いながらも、しかし憐次は笑っていた。
「しかし、久々にあったのに、あんまり変わんなかったな」
「なにがですか?」
「いや、もしかしたらまた避けられると思ってたりもしてさ」
「そんな、避けるだなんて」
「いや、ごめん。過ぎたことだな」
「ごめんなさい」
俺が悪いんだ。
憐次は、過去を思い出して自分に言い聞かせる。
考えなしに動いて、結局海未を傷つけたのだ。
互いに思うところがあったようで、しばしの沈黙が流れた。
「あの・・・・・・」
「・・・・・・」
「この話はヤメにしましょう。それより・・・・・・」
「どうした? ああ、さっきのだったら気にすんな。傷は男の勲章だからな」
「いえ、そんなものを勲章にされても困るのですが」
そう言って、憐次は自身の頬を指した。
最初よりはだいぶ赤み引いているが、いまだくっきりとわかるほどの後が付いていた。
「そうではなくてですね。・・・・・・さっきの私は、どうでしたか?」
憐次は一瞬、さっきの押し倒した形になったときの海未の赤く染まった顔を思いだし、とっさに頭を振るとともに、振り払った。
「どうでしたかって?」
「ええと。・・・・・・変、ではありませんでしたか?」
「ん? そうだな。いつもの海未では、無かったな」
「そ、そうですよね。変でしたよね」
「いや、べつに変とは言ってな――」
「――ごめんなさい。突然変なことを言って。それでは、さようなら」
海未は、それだけ言い残すとそそくさと走って行ってしまった。
最後のやりとりが引っかかる憐次だったが、追うことはしなかった。
昔のことを思い出したからだろうか。追うことは出来なかった。
早朝、神田明神に集められた穂乃果と憐次は、階段の往復をさせられていた。
「もうむりー!!」
「だから、なんで俺までー!!」
ちょうど階段を上りきって穂乃果と憐次は倒れ込んだ。
そんな二人が見上げる先には、仁王立ちの海未がいた。
さすが運動部と言ったところか。
二人と同じメニューこなしていたにもかかわらず、もう息が整いつつある。しかも、
「なに休んでいるんですか? まだラストが残っていますよ」
「海未ちゃんの鬼!」
「だいたい、アイドルとは関係ない俺が、なんで、こんなことさせられてるんだ!」
「なにを言っているんですか。私に作詞係を押しつけ・・・・・・、その場に立ち会ったものとして、参加することは当然です」
なにげに根に持つタイプの海未。
海未が適任だと言ったの俺だけじゃない。憐次はそう訴えるも海未は、聞く耳を持たない。
「・・・・・・」
「なんですか。そんなに見てきても、これは決定事項です。メニューは、減らしませんよ」
「・・・・・・いや、なんでもない。わかったよ。体を動かすのは嫌いじゃないし、つき合うぜ」
憐次は、少しだだをこねたおかげで、少しだけ体力を回復させることが出来た。ほぼ絡むことが目的だった憐次は、むくりと起きあがるとラスト一往復を終わらせるために階段へと向かった。
「ちょっと、レン君。回復早すぎだよ」
「穂乃果、あなたも早く立ちなさい」
穂乃果は、少しだけ体を起こすと裏切り者を言及するように叫んだ。
叫んだものの、そんなことを言ったところで変わらないし、そもそもアイドルになるための特訓なのだ。
海未に催促され、彼女はよろよろと立ち上がった。
「穂乃果ちゃん、がんばってー!」
とぼとぼと足を引きずる穂乃果の背中でことりが声援を送った。
怪我をしてまだ二日しか経っていないため、ことりは見学中だ。
本当だったら衣装のこともあるため、参加しなくてもよかったのだが、ことり自身の要望により、木陰でデザインを練りながら、見学という形で参加をしているのだ。
穂乃果は、ことりに手を振ってこたえた。
穂乃果は、ふらつく足で階段を下ろうとした。
「あっ――」
あまり運動という運動を積極的に行ってきてはいなかった穂乃果には、突然の運動は堪えたのだろう。
彼女は、急にがくりと足の力が抜け、よろけてしまった。
なす術なく倒れる穂乃果だったが、彼女の体は倒れきることはなかった。
「危ねえな。しっかりしろよ」
彼女を受けとめたのは、先に行ったはずの憐次だった。
「ことりもああ言ってることだし、早くラスト終わらせるぞ」
「あれ、レン君。待っててくれたの?」
憐次は、穂乃果に問われると頬をかきながら彼女を立たせた。
「こんな危なっかしいのを、一人走らせられるかって」
「レン君……」
「……ほら、早くしろよ。」
「うん、ありがと。……じゃあ、お先に!」
急に顔をニヤつかせた穂乃果は、自分を助けた憐次をおいて階段を駆け下り始めた。
「おい、ざけんな。待て!」
そう言って憐次は、穂乃果の後を追いかける。
二人の姿が見えなくなった階段の下から、楽しげな笑い声が聞こえた。
海未は、そんな声を聞きながら、二人が階段から顔を現すのを待っていた。
久しぶり親友との再会、そしてこうしていっしょに笑えている今を海未は喜んでいた。
しかし、それと同時に素直に喜べていない自分がいることも感じていた。
穂乃果たちは、今日はランニングとその後の階段ダッシュを終えると憐次と分かれた。
行ったのは、ランニングとその後の階段ダッシュ、腕立て伏せ、上体起こしだけだった。
なぜかと言えば、急遽全校集会が行われることになったからだ。
ことりがまだ練習に参加できない上、遅刻するわけにも行かないので、早々に切り上げたというわけだ。
「全校集会って、いったいなにを話すんだろうね」
「さぁ。私、また何も言われてなかったよ」
「よくないことでなければいいのですが・・・・・・」
体育館で集会が始まるのを待つ穂乃果たちは、これから話されることについて話していた。
全校集会と言えば、廃校になるかもしれないと言う報告が記憶に新しい。
廃校と言うことには、気を失うほどショックを受けた穂乃果。今度は何を告げられるのか、恐ろしく思うのも無理はなかった。
しばらくして、カツカツとなる足音に生徒たちは静まり始めた。
理事長がステージに現れたのだ。
「みなさん。おはようございます」
理事長の挨拶に、全校生徒は声をそろえて返した。
いつもの恒例を終えると、理事長は咳払いを一つして壇上のマイクへ向かった。
「今日、急な集会にお集まりいただき、ありがとうございます。今日集会を行うことにしたのは、ロックシード及びインベスを管理しているユグドラシルコーポレーションからある通達が来たからです」
「ユグドラシル!?」
最近図らずも関係を出来てしまった会社の名前が出て、穂乃果たちは飛び上がりそうになるほど驚いた。
もしかしたら、自分たちがヘルヘイムに入ったことを言われるのではないかと思ったからだ。
「最近、インベスを使った犯罪が増えているそうです・・・・・・」
幸い、話は、インベス犯罪に来おつけましょうと言うことのようだ。
内容は、インベスは、頼めば手伝ってくれるし、基本おとなしい。しかし、頼めば何でもしてしまうという習性を利用して、インベスに犯罪を行わせる人が存在している。インベス生き物であって道具ではない。だから、生き物として敬意を以て接するようにとのことだった。
話が進んでいくうちに、穂乃果たちは徐々に安心していった。
が、話の本題はここからだった。
「この犯罪は、インベスに犯罪を命令して行わせるものですが、本来ユグドラシルコーポレーションから販売されているロックシードは、一部の命令を無効にする機能が備わっています。そのため、正規のロックシードではこう言った犯罪は起こり得ません。問題は錠前ディーラーという、違法にロックシードを売買する人たちが売っているロックシードです」
錠前ディーラー。
それはニュースでもよく目にする名前だ。
かつて、ユグドラの試作機、戦極ドライバーの実験を行っていた沢芽市にはびこっていた人たちで、ロックシードが全国展開されるのを機に各地へ広がってしまったようだ。
ユグドラシルコーポレーションは、この錠前ディーラーを摘発することも業務としており、たびたび地域の管理している施設や人々に注意を呼びかけているのだ。
どうやら、今回の集会は、錠前ディーラーに対する注意と言うことのようだった。
海未は、そう思ってほっと肩をなで下ろした。
「最近彼らは、学生をメインターゲットとしている傾向にあるようで、ユグドラシルコーポレーションからも注意するようにとの通達がきました。みなさんには、錠前ディーラーには近づかないよう気をつけていただきたいですが、ディーラーのなかには、無理矢理高額で売りつけるというより悪質なディーラーもいるらしく大変危険です。そのため、ユグドラシルコーポレーションから、錠前ディーラーの取り締まりをしていらっしゃる方が来てくださいました」
安心していたのもつかの間。ユグドラシルからに使者と聞き、海未たち三人には、一人の人物の顔が思い浮かんでいた。
「これから、教師として授業にも参加していただく予定ですので、自己紹介をしていただきましょう。駆紋先生、どうぞ」
「く、駆紋・・・・・・」
海未は、その名字を聞いた瞬間に顔をひきつらせた。
三人の予想は的中し、思い出したとおりの仏頂面の青年が姿を現した。
「ふん。駆紋戒斗だ」
「・・・・・・」
「最初に言っておく。貴様等とよろしくするつもりはない。ディーラーから不正にロックシードを入手しようとする輩は、女だろうが容赦なく摘発する。以上だ」
戒斗は、見事に無愛想で、それどころか敵意丸出しの自己紹介をしていた。
それを全校生徒は、押し黙って聞いていた。
海未は、そんな彼を睨みつけ、穂乃果とことりは苦笑いしていた。
初対面で、これほどひどい自己紹介を聞いたことが無かった。いや、自己紹介ですらなかった。
これで、教師をするとは、ユグドラシルと言い音の木坂と言い、どうにかしているのではないかと思うほどだった。
これならば、皆で文句の一つでも言えば追い返せるのではないかと海未は思った。
しかし、周りの反応は彼女の予想に反していた。
「きゃー!!」
戒斗が言い終わると、とたんに悲鳴が上がった。
彼を拒絶する悲鳴なら、海未も納得がいっただろう。
しかし、それは海未の期待に反し、拒絶とは正反対の黄色い歓声だった。
「い、イケメンよ!」
「しかも俺様系だわ!!」
「はあん。私、戒斗先生に厳しく指導してもらいたい!!」
あちこちから聞こえる歓迎の声。
それを聞いて、海未は正気かと周りを見回した。
きっと彼女たちは、彼の本性を知らないからそんなことを言っているのだ。
そう思わなければ、今のこの状況を到底受け入れることなどできなかった。
「まさか、音の木坂に教師としてくるなんて・・・・・・。理事長たちはいったい何を考えているのでしょう」
「まあまあ、海未ちゃん。落ち着いて!!」
「落ち着いてなどいられますか。穂乃果にあんなことをした人なのですよ? 穂乃果だって納得行かないでしょう?」
目の前で戒斗の行いを目の前で見ていた海未は、いまだ彼に行いを許せないでいた。
しかし、当の本人は、さほど感じていないかのように首を傾げた。
「え? べつに気にしてないけど」
「まさか、穂乃果もああいう人が好みだったのですか!?」
「まさか、違うよ。ただ・・・・・・」
穂乃果は、違うと手を振った。
「どこか必死に何かを探してるみたいだったから」
「必死?」
「あの時穂乃果、「がいむか?」っていうのを聞かれたんだよ。あの人にとって、大切な何かだったんだよ。きっと平静じゃいられないくらい大事なね」
「なんですかそれは……。まあ、本人がそういうなら私もこれ以上は何も言いませんが・・・・・・」
海未自身は全く納得はしていなかった。突然女の子を強引に引き寄せるなんて、軽く立件ぐらい出来そうなものだ。が、あくまでも被害者は穂乃果だ。その本人に訴えるなどの意志が無い以上、自分が出しゃばることではないとわかっていた。
全く納得はできなかったが。
海未が、何とか怒りを抑えているとき、ことりはふと声を上げた。
「あ、ごめんね。私、今日は用事があるから、さきに帰ってていいよ」
「え、そうなの?」
「あ、しまった」
ことりがそういったことで我に返った海未は、時計を確認した。
「ごめんなさい。私も今日は弓道部の練習があったのでした。私はもう行きますね」
「えぇ? それじゃあ、穂乃果一人ってこと? 待ってるよ」
「では穂乃果は、曲のことについて考えておいてください。・・・・・・たとえ詩が出来たとしても、曲がなかったらただのポエムですから・・・・・・。うふふふ」
「海未ちゃん、まだ根に持ってる」
とたんに海未の瞳は光を失う。暗い目で笑う海未に、穂乃果とことりは苦笑いするしかなかった。
「曲か……。誰かに相談できればいいんだけど」
一人廊下を歩く穂乃果は、頭を悩ませていた。
穂乃果が自分で曲を作ることは不可能だが、そもそも曲を作れる人と言うのもまるで心当たりが無かった。
穂乃果の友達は、良くも悪くもごくごく普通の女子高生だ。作曲はおろか、楽器にすら授業以外で触れたことが無いという子がほとんどだ。
「曲と言ったら音楽。音楽と言ったら、まずは音楽の先生に聞いてみる方がいいかな?」
穂乃果は、思いつきで音楽室へと向かった。
先生は、各教科の準備室にいることが多い。音楽準備室は音楽室の隣だ。
放課後になると、音楽室からピアノの音が聞こえることがあった。
穂乃果は、直接見たことは無いが、きっと先生が弾いているんだろうと思っていた。
最初は思いつきだったが、考えてみるとなかなかいい案のような気がした。音楽室から流れてくる曲は、ほとんどどこかで聞いたことのあるような曲のコピーだったが、時々聞いたことのない曲が流れることを思い出したからだ。
穂乃果が単にその曲を知らなかっただけと言うこともあり得る。でも、もしそれが作曲されたものだとしたら、その作曲者に作曲を依頼できるかもしれない。
穂乃果は、期待に胸を高鳴らせていた。
音楽室に近づくにつれ、ピアノの音が響いてきた。
誰かが引いていることを確認すると、自然と音楽室へ向かう穂乃果の足取りは速くなっていった。
「――愛してるバンザイ。負けない勇気……」
そして、音楽室付近まで行くと、歌声も一緒に聞こえてきた。
たまらずこっそりと扉のガラスから、音楽室の中をのぞき込んだ。
そこでピアノで弾き語っていたのは、先生ではなく生徒だった。
音の木坂の制服は、学年によって胸のリボンの色が異なっている。
二年生である穂乃果は、赤と紺のストライプ柄のリボンをしている。一方、今ピアノを弾いている生徒は、水色と紺のストライプ柄のリボンをしている。その色のリボンは、穂乃果より一学年下の一年生が付けるものだった。
「きれいな声・・・・・・」
穂乃果は、すっかり聞きほれてしまっていた。
ドアを隔てて見える彼女は、肩口ほどの長さの赤毛を揺らしながら、実に気持ちよさそうに弾き語っていた。
彼女は、とても澄んだ歌声をしていた。とても整った顔立ちをしていた。しかし、穂乃果を引きつけたのは、そんな外面的なものではなかった。ピアノを弾きこと好きで、歌うことが好きだと言うことが、彼女の奏でる曲を聴くほどに伝わってきたのだ。
穂乃果は、そんな彼女が表現する「好き」に惹かれたのだ。
時間が経つのも忘れて彼女の曲を聞いていた穂乃果は、曲が終わると無意識に拍手を送っていた。
あんまり窓に顔を近づけすぎていたからだろうか。
ほぼ目をつむったまま弾いていた赤毛の少女は、弾き終えて目を開けた瞬間、後ろへのけぞった。
こっそり見ていたはずの穂乃果だったが、気づかれたことはむしろ好都合だった。
赤毛の少女が自分に気づいたことを確認すると、興奮したそのままの勢いで音楽室のドアを開いた。
「すごいね。ピアノ上手だね。歌も上手だね。……それに、アイドルみたいにかわいい」
「……いきなり、なんですか?」
赤毛の少女は、一瞬顔を赤くするが、突然現れた穂乃果へ訝しげな視線を送った。
しかし、穂乃果はそんな視線などものともせずに距離を詰めていった。
「それでなんだけどね。……きみ、アイドルやってみたくない?」
「……。意味わかんない!」
無言で硬直する少女を見て、これが目が点になるということだと穂乃果は思った。
目をぱちくりとしばたたかせる彼女は、動き出したかと思うと怒ったように一言だけ残すと穂乃果の横を通り過ぎて行ってしまった。
少女が音楽室の扉をがたんと閉める音を聞き、穂乃果はがくりと肩を落とした。
「だよねー」
作曲を頼みに来たにもか変わらず、気が付くとアイドルに勧誘してしまっていた。当の穂乃果が驚いていたのだから、突然そんなことを言われた彼女が驚くのは当然だ。
彼女の瞳には、穂乃花はさぞかし胡散臭く写っていたことだろう。
穂乃果は、一人残された音楽室でため息をついた。
がっかりしていたが、作曲を頼めなかったことに対してとは少し違っていた。
穂乃果は、彼女の歌声を聞いた瞬間、自分の好きを素直に表現することが出来る彼女とアイドルができたら楽しいだろうと思ったのだ。
だから、作曲を頼むよりも先にアイドルに勧誘をしていたのだ。
だから、作曲を断られるよりも落胆が大きかった。
しかしだからこそ穂乃果は、また誘いにこようと意気込んだのだった。
どうも、幸村です。
台風が連続で通り、憂鬱な日々が続きますが、今回も頑張って書きました。
今回は、スクールアイドルになるために何をするべきかという話を中心に書いていきました。
とてつもなく大きな目標を目の前にすると、簡単で単純なことも見えなくなってしまうことがあります。そういうことというのは、他人から言われると、どうして気づかなかったのだろうと思うほど単純なことばかりです。
それを気づかせたのが、『鎧武』『ラブライブ』にも登場しないキャラクターである憐次君です。
この憐次くんは、第一話で穂乃果がスクールアイドルになるきっかけを作ったレン君と同一人物です。
今のところは、穂乃果たち三人の幼馴染の少年というだけですが徐々に絡ませていく予定です。
そしてついに、ほんの少しではありましたが、真姫嬢が降臨なされました。
名台詞も挟み込むことができましたので、今回は私的には満足です。
この流れに乗って、りんぱなあたりも早く出していきたいです。
まだこのサイトの使い方を完璧には理解していないため最近見たのですが、お気に入り登録をしていただけていることを知り、感激していました。
誰かが読んでくださっていることを数字で知ることができるのはうれしい限りです
ところで、もっと多くの人の目に触れるようにするためには、どうすればいいのでしょうか?
頭を悩ませている幸村です。
とりあえずは、地道に面白くなるよう話を進めていこうと決意し、キーボードをたたく私でございます
ではでは