ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第二話 『変身! オレンジのドレス‼』

「オレンジドレス!! 花道、オンステージ!!」

 

 

 

 

 

 穂乃果が、自分を包むオレンジ色の光を振り払うとともに、白いフリルの入ったオレンジ色のスカートが揺れた。

 

 

 手には、オレンジ色の手袋。足にはオレンジ色のヒール。

 

 

 そして、腰のベルトがなくなった代わりに、頭にはオレンジの断面を象った髪飾りが輝いていた。

 

 

 日常で着るには派手だが、華やかで人の視線を引きつける。

 

 

 女の子を輝かせる為だけに存在するようなその衣装はまるで、アイドルのステージ衣装のようだった。

 

 

 

 

 

 いつもならば、可愛い服を目の前にすれば、鏡の前で似合っているか確かめていただろう。しかし、今の穂乃果は、まっすぐ一ヶ所を見据えていた。

 

 

 光の球を払ってから、止まっていた時間が動き出していた。

 

 

 ビデオの再生ボタンを押したかのように、インベスが活動を再開する。

 

 

 インベス達は、腕を振り上げたところで止まっていたため、動き出すとともに振り上げた腕を振り下ろそうとする。

 

 

「海未ちゃん、ことりちゃん!!」

 

 

 穂乃果は、手を伸ばして全力で踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 スローモーションで振り下ろされるインベスの腕が、無情にもあと数センチで彼女たちの体を引き裂こうとする。

 

 

「だめぇぇぇえええ!!」

 

 

 穂乃果は、絶叫しながら足を踏みきる。そして次の足を前に出す。

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 一瞬、体の感覚に合わない景色に困惑する。

 

 

 穂乃果は、走ろうとしていたのだ。スローモーションで流れる時間の中、最初に踏み出した足を踏みきり、次の足を前に出したところだ。

 

 

 だというのに、数メートルは離れていたはずの距離は詰まっており、目の前には海未とことりに襲いかかろうとしている虎のようなインベスの顔があった。

 

 

 ちょっと待って、という間もなく、穂乃果の額がインベスの顔部分の衝突した。

 

 

「痛っっったい!! って、痛くない。どうなってるのこれ」

 

 

 痛いっと思って額を押さえようとしたが、一拍おいて痛くないことに気がついた。

 

 

 額に触られることを確かめる。

 

 

 額には確かに指で触れた感覚がある。別になにもかぶっているわけでない。

 

 

 一瞬で距離を殺した跳躍も説明出来なかったが、数メートルを一秒にも満たない早さで詰めたということは、それほどのスピードでインベスに頭突きをしたことになる。

 

 

 しかも相手は堅い殻に覆われたインベスだ。そんなスピードで頭突きをかましたのであれば、彼女の額に赤い花が咲き誇ることになるのは想像に難くない。

 

 

 にもかかわらず、無傷どころか当たったぐらいにしか感じていなかった。

 

 

 まるで見えないヘルメットでもかぶっているかのように。

 

 

「あ、あなたは・・・・・・、いったい・・・・・・」

 

 

「穂乃果ちゃんは・・・・・・、海未ちゃん、後ろ!!」

 

 

「海未ちゃん危ない」

 

 

 穂乃果は、咄嗟に海未を後ろから襲おうとしていたインベスの前に入って止めようとした。

 

 

 止めようとした、だけのはずだったのだが、

 

 

「す、すごい・・・・・・」

 

 

「あのインベスを、突き飛ばしてしまうなんて・・・・・・」

 

 

 彼女の思う動作にはとどまらず、インベス達が出てきた少し離れた茂みに押し戻してしまった。

 

 

「この力。この衣装のおかげ?」

 

 

 先ほどの跳躍といい、頭突きをしても痛みをほとんど感じず、そしてこの怪力。

 

 

 全てが、ロックシードによって呼び出されたこの衣装をまとってから起きた変化だった。

 

 

 姿といい、人を超えた力といい、まさしくそれは「変身」と呼べるほどの変化だった。

 

 

 穂乃果には、どうしてこのような力を得たのか理解できていなかったし、考える余裕も無かったが、やるべきことはしっかりと理解していた。

 

 

「あなたたちも、早く二人から離れて!!」

 

 

 彼女は、インベスに向かって怒声を浴びせながら、二人との間に割ってはいる。そして、尚も襲いかかろうとするインベスを突き飛ばしていった。

 

 

 数秒もたたぬうちに取り囲んでいたインベスを二人から離した。

 

 

 ことごとく押し飛ばされたインベス達は、そそくさと茂みへ逃げ帰って行った。

 

 

 それを確認した穂乃果は胸をなで下ろした。

 

 

 二人の様子を見て、つい涙が出そうになる。

 

 

 まだ怯えているようだったが、奇跡的に二人ともインベスによる外傷はなし。

 

 

 インベスに囲まれるという絶望的な状況から、二人を救い出すことに成功したのだ。

 

 

 

 

 

 親友を助けられたことにほっとした穂乃果だったが、未だヘルへイム内にいることは変わらない。

 

 

 穂乃果は、座り込んでいる二人に手を差し伸べた。

 

 

「海未ちゃん、ことりちゃん。早くここから逃げよう」

 

 

「は、はい。助けていただきありがとうございます。ですが・・・・・・」

 

 

 海未は、急速な状況の変化に気持ちが追いつかないようで惚けていたが、差し伸べられた穂乃果の手を取った。

 

 

 でも、

 

 

「あなたは誰ですか?」

 

 

「え?」

 

 

 彼女の顔には、今まで何回か見たことのある初対面の人に向けるような表情が浮かんでいた。

 

 

「もうやだな、海未ちゃん。穂乃果だよ、穂乃果。ねえ、何とか言ってあげてよ」

 

 

「ええと、本当に・・・・・・穂乃果ちゃん、なの?」

 

 

「もう、ことりちゃんまで」

 

 

「そうは言いますが、あなたの顔に見覚えが・・・・・・。でも、確かに口調は・・・・・・」

 

 

 その様子は、穂乃果を穂乃果として認識はしていないが、所々引っかかっているところがあるといったみたいだった。

 

 

 少し沈黙して考えている海未をみて、穂乃果は自分の姿を確認した。

 

 

 顔をぺたぺたさわってみるが何かついている感じはしない。服装は音の木坂学院の制服とは大きく異なった衣装となっていたが、それだけで見間違いをしてしまうとは到底思えなかった。

 

 

 原因が分からず穂乃果が首を傾げていると、海未が何かに気付いた用に顔を上げた

 

 

「穂乃果。帰ったら助けていただいたお礼に、和菓子屋の娘である穂乃果の大好きなあんこたっぷりのお饅頭をごちそうさせてください」

 

 

 その言葉に、穂乃果はバッと顔を上げた。

 

 

「ちょっと、お礼はいいけどあんこはイヤだよ。ほんとにもう飽きたんだってば」

 

 

「はい。・・・・・・どうやら、本物みたいですね」

 

 

「ちょっと。確かめるにしても、もっと他に無かったの? 小さい頃の思い出とか、秘密の合い言葉とか」

 

 

 海未には浪漫とか言うものが無いのかと抗議する穂乃果をよそに、海未は顎に手をやって穂乃果を見つめていた。

 

 

「不思議ですね。さっきまで靄が掛かったかのように穂乃果と一致しなかったのに、いまははっきりと穂乃果だとわかります」

 

 

「うん。ことりもさっきの話を聞いてて、今初めて穂乃果ちゃんだって気づけたよ」

 

 

 やっと気付いてくれたようで、二人の堅かった表情は、ほんの少し柔らかくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果、後ろ!!」

 

 

「きゃっ」

 

 

 

 

 

 穂乃果は、突如死角からの衝撃に襲われた。

 

 

 はねとばされた勢いで穂乃果は、体が浮いてしまう。

 

 

 しかし、穂乃果は器用に普段出来るはずもない宙返りすると、華麗に着地を決めた。

 

 

「何で戻ってくるの?」

 

 

 衝撃の正体は、虎のようなインベス。

 

 

 どこか中国を思わせる文様を身に刻んだそれは、ビャッコインベスとでも呼べばいいだろうか。

 

 

 鋭い牙と爪。そして二つの瞳は、獲物をねらう狩人のような眼光を放っていた。

 

 

「二人とも。ここは穂乃果が何とかするから早く行って!!」

 

 

 穂乃果はすぐさまビャッコインベスに飛びかかると、先ほどの戦いと同じように突き飛ばした。

 

 

 しかし、今度はビャッコインベスの方も空中で体勢を立て直すと、着地と同時に穂乃果に飛びかかった。

 

 

 再び接近した両者は、腕と腕で組み合った。

 

 

「で、ですが・・・・・・」

 

 

「お願い。早く出口を!」

 

 

「・・・・・・わかりました。ことり、行きますよ」

 

 

「うん。・・・・・・穂乃果ちゃん、絶対見つけてくるから」

 

 

 ことりはインベスに襲われたときに転んで足を痛めてしまっている。海未は、ことりに肩を貸すと穂乃果の無事を確認しながら一歩踏み出した。

 

 

「ねえ、何でこんなことをするの? インベスだってほとんどの子は私たちと仲良く暮らしてるのに」

 

 

 物言わぬインベスに、穂乃果は答えなど返ってこないとわかりつつも聞かずにはいられなかった。

 

 

 今、世界はインベスとの共存の道を歩き始めている。今はまだ、ペットという認識から出ないが、いずれはペットが家族同然に扱われるのと同様にインベスも家族として迎えられる日がくるはずなのだ。

 

 

 それを妨げているのは、一部の悪いインベス。

 

 

 人を襲い、ものを壊す。そんな一部のインベスがいるが為に、どうしてもインベスは危険だという認識が抜けないのだ。

 

 

「ねえ、どうして!!」

 

 

 穂乃果は、問いとともに思いを乗せて力任せに突き飛ばす。

 

 

 しかし、穂乃果の思いは届かない。

 

 

 初級インベスを浮かせるほどの威力の突き飛ばしであったが、上級インベスに分類されるビャッコインベスにはよろけさせる程度にしか効かなかった。

 

 

 ビャッコインベスは、よろけるとともに腕を高く振り上げていた。そして、体を戻すとともに腕に備えられた爪を穂乃果に向かって突き立てた。

 

 

 当たる。

 

 

 そう穂乃果が覚悟したとき、頭に聞き慣れないワードとイメージが浮かび上がった。見たままを言えば、柄のついたオレンジの切り身。

 

 

「大橙丸!!」

 

 

 一瞬現れたそれの用途がわからなかったが、次の瞬間には意識せずに口からそのワードが出ていた。

 

 

 すると、頭につけたオレンジの髪飾りが輝いた。そして言霊から現実になったかのように、イメージ通りのものが穂乃果の手に収まっていた。

 

 

 オレンジの切り身部分は刃のように鋭く、それはまるでオレンジの形をした刀だった。

 

 

 穂乃果が柄の握ったのと同時に間一髪、自分とインベスの腕との間に大橙丸の刃を挟み込んだ。刃と爪がぶつかり火花を散らす。

 

 

「たぁ!!」

 

 

 つばぜり合いの末、穂乃果は自ら後方へ飛んでビャッコインベスから距離を取った。

 

 

「こんなことしたくない。ぜんぜん楽しくない。痛いしつらいだけなのにどうして戦おうとーー」

 

 

 ガゥゥゥウウウ!!

 

 

 なぜそのようなことをするのか、問おうとする穂乃果をビャッコインベスは咆哮で遮った。

 

 

 そして、穂乃果が空けた距離を、たった一歩で詰めると両腕による連撃をあびせた。

 

 

「おねがい、もう・・・・・・。きゃあ」

 

 

 穂乃果は、大橙丸で応戦するも後退しながらの防戦一方となっていた。

 

 

 ビャッコインベスの繰り出す凶刃は、早さもさることながら一撃一撃が相当の重さを持っており、一瞬でも気を抜けば刀をはね飛ばされてしまうほどだ。生身で受ければ、挽き肉決定。

 

 

 ロックシードから生まれた衣装を着ているとはいえ、どの程度の耐久度を持つのかわからない今、一発でも受けることは彼女に死を予感させた。

 

 

 

 

 

 穂乃果は。ビャッコインベスの攻撃を受ける度に、刀を取りこぼしそうになるほどのしびれを感じていた。

 

 

 一撃を受ける度に、死の衝撃をその身に受ける。

 

 

 息があがり、手足は重くなる。

 

 

 死の重圧と体験したこともない戦闘によって着実の疲労がたまり、動きが鈍くなっていた。

 

 

 戦闘はおろか、殴り合いの喧嘩だってしたことがない。そんな彼女が、インベスの攻撃スピードに追いつき受け続けていられるのは、ひとえにオレンジ色のステージドレスのおかげだ。

 

 

 疲労はすでにピークに達し、動けていること事態が不思議なくらいだ。

 

 

 しかも、経験のない戦いがゆえに、彼女の動きを鈍らせる要因がもう一つあった。

 

 

 今までの戦いで、彼女がしたことと言えば、押す、ただそれだけだった。

 

 

 唯一取り出した相手を傷つけうる大橙丸ですら、ビャッコインンベスの爪を受けることにしか使っていない。

 

 

 彼女は、能動的に相手を傷つける行為を極力避けていたのだ。

 

 

 彼女の目的は、あくまでヘルへイム(いせかい)からの脱出。インベス達を傷つける気が無いどころか、殺されかかったというにも関わらず、インベスをまだ共存相手として認識していた。

 

 

 勝手に縄張りに入ってきたから怒っているのか、それともほかに怒らせることでもしてしまったのかなど、インベスが襲いかかってくる理由を考えてすらいた。

 

 

 実はすでに、先の大橙丸のように状況の打開策はイメージとして見ていたのだ。インベスの死を持って戦いを終わらせる方法を・・・・・・。

 

 

 穂乃果がその行動をとれば戦いを終わらせられるとわかっていながら、それを実行することをためらわずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 ためらいは、戦闘にとって致命的だ。一瞬の決断が求められる戦いにおいて、ためらいはその決断を妨げる要因にしかならない。

 

 

 

 

 

「ーーっきゃ」

 

 

 疲労から、一瞬体がふらつく。体勢を立て直そうと踏ん張るが、意識がそがれたことで次の攻撃を受けるのが一瞬遅れた。

 

 

 しっかりと身構えて受けられなかった。掬い上げるようなビャッコインベスの攻撃に、大橙丸をはね飛ばされてしまう。武器を失ってしまった穂乃果は、続く攻撃をもろにその身で受けてしまった。

 

 

 

 

 

「かはっーー」

 

 

 穂乃果は、周りに立ち並ぶ大木に叩きつけられるが、それでも止まらずさらに後ろへ転がった。

 

 

 これが欲張った結果か。

 

 

「おねがい、来ないで」

 

 

 穂乃果は、よろよろと立ち上がると、髪飾りに手を伸ばした。

 

 

 その髪飾りは、ドライバーが変化したものだ。

 

 

 大橙丸などの武装は、どの髪飾り内のデータをもとに生成される。

 

 

 この髪飾りは、武器の貯蔵庫。そして、イメージで見た戦いを終結させる方法を実行するためのスイッチでもあった。

 

 

「穂乃果にこんなことさせないで!!」

 

 

 

 

 

「カモン! バナナスカッシュ!!」

 

 

 

 

 

 インベスが尚も動き出し、穂乃果が髪飾りにふれようとしたそのときだった。

 

 

 響きわたる電子音とともに、ビャッコインベスの動きが止まった。

 

 

 痙攣するように体を振るわせるビャッコインベスの腹部には、バナナを象った光の槍が深々と突き刺さっていた。

 

 

 沈黙する穂乃果。

 

 

 音にならないうなり声をあげ、穂乃果へ腕を向けるビャッコインベス。

 

 

 腹部を貫かれて尚、目の前の敵を襲おうとするビャッコインベスだったが、腹部の槍を九十度回されるとついに沈黙した。

 

 

 槍が横薙に振られ、インベスは光となって消失する。代わりに、背後に立っていた槍の持ち主が姿を現した。

 

 

「何だこれは。ほとんど片づいている。とんだ無駄足だったな」

 

 

 赤いライディングウェアのようなものの上に、銀色の鎧をつけていた。

 

 

 右手には、先ほどビャッコインベスを貫いた白い突くことに特化した槍が握られていた。

 

 

 鎧と槍。その姿は、騎士を連想させるものだった。

 

 

 危ないところを助けられた形の穂乃果。しかし、穂乃果は礼もいうことなく、恩人であるはずの赤い騎士を睨んでいた。

 

 

「貴様、怪我はないか」

 

 

「どう、して・・・・・・」

 

 

「ん?」

 

 

「どうして、殺したりしたんですか‼」

 

 

 赤い騎士に無事かと問われた穂乃果は、その騎士にとびかかっていた。

 

 

「確かに、あの子は襲いかかってきました。でも、きっと何かわけがあったんです。ここがあの子の縄張りだったとか、入ってきてほしくない理由があったとか。何かあったかもしれないんです。話をすれば、きっとわかってくれるはずなんです。……だってみんな、インベスと一緒に暮らして……」

 

 

 自分でも、なぜ自分の命を救ってくれた人に向かってそんなことを言っているのかはっきりわからなかった。

 

 

 ただ、一緒に生きることが当たり前のインベスが、あっさり目の前で殺されてしまったことが受け入れられなかったのだ。

 

 

 インベスを殺した本人である目の前の人物が、平然としていることが信じられなかったのだ。

 

 

 しかしそれよりなによりも、最後の最後で、自分自身があのインベスに手を下そうとしてしまった事実を受け入れることができなかったのだ。

 

 

「ああ?」

 

 

 穂乃果に掴み掛られた赤い騎士。

 

 

 インベスを殺しても落ち着き払った様子だったが、彼女につかまれた瞬間、ドスの効いた声を放った。

 

 

「襲われて尚平和ボケしていられるとはな。脳をヘルへイム(ここ)の毒に侵されたか」

 

 

「ちょっと。質問に答え――」

 

 

「――弱者が喚くな」

 

 

 騎士は、穂乃果を振り払った。

 

 

 大した力ではなかったが、穂乃果はその場でしりもちをついてしまう。

 

 

「人がどう勝手な解釈をしようと、世界は何も変わらない。弱いものは淘汰され、強いものだけが生き残る。貴様は弱いから何もできず、あのインベスも弱いから俺に殺された。貴様も、このままなら死ぬぞ」

 

 

 見上げる穂乃果を見下ろす騎士。仮面で目は見えないが、穂乃果は騎士から冷たく射貫くような視線を感じていた。

 

 

「一度、脳外科か精神科に行くことを勧める。もっとも、最近じゃどいつもこいつも似たようなものだがな。……来い」

 

 

「な、なんですか」

 

 

「早くここから出るぞ。ここは貴様のような弱者がいていい場所ではない」

 

 

 そう言って、騎士は、拒もうとする穂乃果の手を取ると引き上げた。

 

 

「ここから、出る?」

 

 

 インベスを平然と殺す騎士に反感を持っていた穂乃果だったが、この異世界から抜け出すことができると聞いて心が揺れる。

 

 

 本当であったら決してついていきたくなどないのだが、早く帰りたいという衝動がどうしても勝ってしまうのだ。

 

 

 穂乃果は、騎士に手をひかれるまま、うつろな目で後をついていこうとした。

 

 

 

 

 

「あれは……」

 

 

 突然、騎士の動きが止まった。

 

 

 前をしっかり見ていなかった穂乃果は、騎士の背中に鼻を打ち付けてしまった。

 

 

 ドレスのおかげで痛みはほとんどなかったが、反射的に鼻を抑えた穂乃果は、騎士の様子をうかがった。

 

 

 騎士は、ある一点を見つめている様子だった。穂乃果も、その方向へ視線を向けると、そこにはインベスに跳ね飛ばされ地面に突き刺さった大橙丸があった。

 

 

 騎士は、何か驚愕している様子で、一向に動かない。

 

 

 穂乃果は、自分の腕をつかむ騎士の手が緩んでいることに気が付き、無意識に距離を取った。

 

 

 だが、それがいけなかったのだろう。

 

 

 穂乃果の行動によって我に返った騎士は、穂乃果の方をゆっくりと向いて問う。

 

 

「それは、貴様のものか」

 

 

「え、・・・・・・はい。そうです、・・・・・・けど」

 

 

 予想外の問いに、穂乃果はしどろもどろで答えた。

 

 

 実際、使ったのは今日このとき一度だけだ。穂乃果のものと主張できるほどそれを使っていたわけではない。

 

 

 が、穂乃果のロックシードが変化したオレンジロックシードから出てきたものなので、やはり彼女のものといった方が妥当だろうと思い、そう答えたのだ。

 

 

 穂乃果の答えを聞き、騎士はまた動かなくなってしまう。何か考えているのか、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。

 

 

 だから、騎士が突然動き出したとき、穂乃果はその動きに対応することができなかった。

 

 

「貴様も、アーマードライダーなのか・・・・・・。だが、それよりも」

 

 

「アーマードライダーって、いったい? きゃっ――」

 

 

「なぜ貴様か大橙丸を持っている!!」

 

 

「な、何なんですかいきなり――」

 

 

「――いいから答えろ。貴様は何者だ!!」

 

 

 赤い騎士が、穂乃果に詰め寄る。

 

 

 仮面に隠されて表情は見えないが、その声は怒気をはらんでおり、とてつもない迫力を持っていた。

 

 

 辛うじてではあるがインベスに立ち向かうことが出来ていた穂乃果だったが、その怒声に竦んでしまった。へたり込む彼女に、騎士はあろう事かその手にもつ槍を突きつけた。

 

 

 インベスは、少数ではあるが暴走して人を襲うことがニュースでも報道されている。が、インベスを殺したことはともかくとして、自分を助けてくれたであろうその人が自分に獲物を突きつけているその事実は、インベスに襲われるよりもショックが大きかったのだ。

 

 

 尻餅をついたまま後ろに下がる穂乃果を騎士は、槍を突きつけたままジリジリと詰め寄る。そして、ついに背中に大木が当たり、追いつめられてしまった。

 

 

「さあ、早く答えろ。貴様はいった――」

 

 

「――穂乃果!!」

 

 

 槍が穂乃果の芽と鼻の先にまで近づいたそのとき、彼女を呼ぶ声が上がるとともに、騎士は槍を引いた。

 

 

 原因は、騎士の仮面にこびりつく白濁の塊だった。その白濁は、穂乃果も先ほど一度見たものに似ていた。

 

 

 穂乃果の予想を裏打ちするかのように、丸い実が宙を舞った。

 

 

 それは赤いナイトの顔に当たり、中のジェル状の果実を飛び散ちらせた。

 

 

「穂乃果!! あっちにクラックがありました。早く来てください!!」

 

 

「ちっ。逃がすかーー」

 

 

「ーー穂乃果から、離れてください!!」

 

 

 海未が投擲した実が再び赤い騎士の視界を汚した。

 

 

 赤い騎士が眼前にこびりつくジェルを取り除こうとしている隙に、穂乃果は海未の元へ走った。

 

 

 疑問も気になることもたくさんあったが、クラックはそんな穂乃果の気持ちなど待ってはくれない。

 

 

 またいつ消えるともわからないクラックを前に悠長なことは言っていられない。また、クラックが閉じてしまったなんてことになったら目も当てられない。

 

 

「海未ちゃん。ことりちゃんは?」

 

 

 穂乃果は、海未に追いつくと彼女と一緒に先に行ったはずの少女がいないことに気付いた。

 

 

「ことりなら、先にクラックの先へ行かせました。ですから、私たちも」

 

 

「うん、わかった」

 

 

「って、もう閉まり掛かって。このままじゃ間に合わ――」

 

 

「――大丈夫。ちゃんと捕まって!!」

 

 

「いったいなにを言って・・・・・・。って、ちょっと穂乃果」

 

 

「絶対、間に合わせるよ」

 

 

 徐々に鞄のチャックを閉めるように、クラックが閉じ始めていた。

 

 

 海未がふつうに走ったのでは、たどり着く前にしまってしまう。

 

 

 そう考えた穂乃果は、海未の背中と膝の裏に腕を回すと、いわゆるお姫様だっこをしたのだ。

 

 

 海未は顔を真っ赤にして喚いているが、かまっていては衣装によって身体能力が向上している穂乃果でも、間に合うか怪しい。

 

 

 ひたすらに前を見て走り、飛び込む形でクラックをくぐり抜けた。

 

 

 穂乃果のつま先が出たのとほぼ同時にクラックは閉じ、跡形もなくなっていた。

 

 

 飛び込んだために、海未は投げ出され、穂乃果は勢い余って二転三転転がった。

 

 

「海未ちゃん、穂乃果ちゃん!!」

 

 

 二人がおのおの打ち付けたところをさすっていると、痛めた足を引きず利ながら歩いてきたことりが、二人に倒れ込むように抱きついた。

 

 

「よかった、無事で。・・・・・・本当によかったよ」

 

 

「はい。本当に助かったのですね」

 

 

「うん、よかった。・・・・・・あきらめなくて、本当によかった」

 

 

 三人は、互いの体温を、存在を確かめ合うように抱きしめあった。

 

 

 

 

 

 二人を、親友を守りきることが出来た。

 

 

 

 

 

 異なる二つの体温を感じて、穂乃果はそのことを実感した。

 

 

 そのせいだろうか。穂乃果の頬に、一筋の涙が伝った。

 

 

 戦いが始まってからは、一回も泣くことの無かった穂乃果。泣く暇など無かったこともあるが、非日常などこか現実味を欠いていた状況に、現実だと理解し切れていなかったことが原因だった。

 

 

 それが、戦いを終え親友と互いの無事を確かめ合うことでようやく日常に帰ってきたことを実感したことで、戦いのさなかに渦巻いていた様々な勘定がこぼれ落ちたのだった。

 

 

 日常に帰ってきた。

 

 

 穂乃果は、泣きながらそのことをかみしめていた。

 

 

 穂乃果、海未、ことりは、クラックをくぐり抜け、ついにヘルへイムからの脱出を果たしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ。逃がすか――」

 

 

『――待ってください』

 

 

「なっ。・・・・・・くそっ」

 

 

 通信機越しに届いた制止の声に動きを止めた瞬間、黒髪の少女が投げたヘルへイムの果実が仮面の当たったのだ。

 

 

『彼女たちは、このまま逃がしてください』

 

 

「なにを言っている。奴らは何か知っているはずだ」

 

 

 赤い騎士は、視界を汚染する飛び散った果肉を拭いながらいう。しかし、視界クリアになったときにはすでに姿はなく、彼が引っかかっていた大橙丸も彼女たちが消えるとともに光の粒子と消えた。

 

 

 手がかりを失った赤い騎士は、地面を踏みつけ怒りをぶつけた。

 

 

「貴様。覗き見とは、ずいぶんいい趣味だな」

 

 

『そんなまさか。仕事だから仕方なくですよ。それより僕は、まさかあなたに女の子のお尻をギラついた目つきで追いかけ回すような趣味があったことに驚きましたよ』

 

 

「ああ?」

 

 

『怒らないでくださいよ。ちょっとしたジョークですよ』

 

 

 飄々とした態度の相手に、騎士は舌打ちをした。

 

 

『珍しく取り乱していましたね』

 

 

「ちっ。俺としてことが、弱者相手にムキになってしまったな」

 

 

 悪態をつきながら、赤い騎士バロンは、戦極ドライバーに取り付けられたバナナの意匠を称えるロックシードのキャストパッドを閉じた。

 

 

 すると、彼の身を包んでいた鎧とその下の赤いライドウェア崩れ、鎧を装着していた人物が姿を現した。

 

 

 中にいたのは、スーツ姿の男だった。

 

 

 ヘルへイムの森の中でなければ、辛うじてサラリーマンにも見えなくない姿だったが、整った顔のなかに存在感を主張する切れ長の瞳が、ただの一般人では無いと語っていた。

 

 

 彼は、ドライバーから取り外すとポケットに納めるとともに、両手を定位置につっこんだ。

 

 

 苛立ちを見せていたが、それも一瞬。彼は落ち着いた様子で通信機越しに話す。

 

 

「だが、なぜ止めた。貴様とて、気になっていないわけでは無かろう?」

 

 

『ええ、そうですね。あの状況・・・・・・、その瞬間を目撃できたわけではありませんが、あの少女が戦っていたと考えることが妥当でしょう。しかも無傷な上にどんなカメラでも、彼女の正体がわからない。確かに彼女は顔を隠していなかったにも関わらずです』

 

 

 通信機越しの声は、彼が機材を通して観測した状況を述べた。

 

 

 ヘルへイムの管理、監視のためにユグドラシルが設置している定点カメラを始め、自立飛行型カメラ、さらには、赤い騎士の視界に同調するように取り付けられたカメラ。それら多様な監視システムを用いて、穂乃果を観測していた。彼女は、バロンのように、仮面で素顔を隠してなどいなかった。それどころか、彼女のこれから歌い踊ろうとしているかのような出で立ちはむしろ、自分のことを見てほしいと主張しているようにも思えた。

 

 

 しかし、彼女を確実に捉えていたはずのカメラの映像の中に、彼女の素顔を確認できるものは一つとして残ってはいなかった。

 

 

 いや、正確には、彼女の素顔は映っていた。映ってはいたのだが、その顔を個人情報を扱うデータベースと照会しても一致しない。それどころか、目で見比べようとしてもまるで靄でもかかったかのように、その顔を認識することが出来ず照らし合わせることも出来なかった。

 

 

 いや、それも正確ではない。

 

 

 そのものが同一であるという認識事態を操作されているような、世界のような絶対的で大きな力が、彼女の存在をひた隠しにしているようにも思えた。

 

 

『確かに興味深いです、しかし、我々の目的は別にあることをお忘れ無く』

 

 

「ああ、わかっている」

 

 

『それに、カメラでは正体はわかりませんでしたが、追う必要はありません。二時の方角です』

 

 

「何かあるなら、はっきりと言ったらどうだ? ・・・・・・ふん。こういうことか」

 

 

 バロンの鎧を装着していた男は、どうやら命令されるということが嫌いのようだ。忌々しげに舌打ちをしながら、声の示す方向をにらみつけた。

 

 

 が、そこにあったものを見て、男はすぐさま歩みを進めると道ばたに落ちている手帳を拾い上げた。

 

 

 表紙には、小さく描かれた校章と生徒手帳の文字。どうやら、先ほど逃げた三人のうちの一人が落としたもののようだ。学校のことなど興味はなかったが、男はその校章を見て近辺にある学校だったことを思い出した。

 

 

 男は、中身のページをめくることなく手帳を裏返す。

 

 

 皮のような手触りの表紙に対し、裏表紙はビニールの指につく感覚があった。

 

 

 すると予想通り、そこには顔写真と学校名、学年。ご丁寧に家の住所まで書かれていた。

 

 

「音の木坂学院高校二年、高坂穂乃果か」

 

 

 確認すると、男は無造作に手帳をポケットへつっこみ、その場を後にした。

 

 

『え? 行ってしまうんですか? まだやってほしいことが・・・・・・』

 

 

「黙れ。・・・・・・どうも、おまえのもったえぶった物言いは好かん」

 

 

 それだけ言い残すと、男は耳についていた通信機をその場に放り捨てた。

 

 

 自立カメラが捉えている彼の姿は、孤高。縛られることを嫌い、指図されることを嫌う彼を表す言葉として、これほど的確な言葉はない。

 

 

 弱者は強者に蹂躙される。強者であることこそが生きるためにもっとも必要なこと。その信念とともに生きる彼は、駆紋戒斗。

 

 

 かつて、沢芽市にてインベスを蹂躙した騎士である。

 

 

 

 

 

「全く困ったものですよ」

 

 

 通信機を捨てられ、話す手段を失ったディスプレイの前に座る男は、自らもマイク付きヘッドホンを投げ捨てると部屋を後にした。

 

 

「僕のことが好かないって? ははっ。僕もですよ、戒斗さん」

 

 

 ディスプレイの光のみが照らしていた暗い部屋とは対照的に、白く清潔感の有る廊下がまぶしく見える。急激な暗明の差になれない目をしばたたかせていると、スーツ姿の職員が通り過ぎる彼に頭を下げる。

 

 

「社長。お勤めお疲れさまです」

 

 

「社長。この間の件ですが・・・・・・」

 

 

「社長・・・・・・」

 

 

 続けざまに声をかけてくる社員たちにため息をつきながら、呉島光実は、社員の一人が扉を開けた部屋へ躊躇無く入ると、レザーシートに腰を沈めた。

 

 

 彼は現在、人とインベスの共存のために動く大企業、ユグドラシル・コーポレーションの社長。そして、かつて戒斗とともに沢芽市、ひいては世界を救ったアーマードライダーの一人だった男だ。

 

 

 

 

 

「まさかこんなところで見ることになるとは思いませんでした。オレンジアームズ。そして・・・・・・」

 

 

 通信機の先にいる満実は、ディスプレイを眺めていた。

 

 

 そこに流れているのは、先ほどの戦闘を納めた映像だ。

 

 

 そして、地面に突き刺さっている大橙丸がフレームに入ったところで映像を止める。

 

 

 が、問題は大橙丸ではなくその向こう。木と木の間に見えたぼやけた人型だった。

 

 

 目の前に煌々と光を放つディスプレイには、映像とは別に、ソナーのような一定周期の波とアーマードライダーの反応を現すアイコンが立っていた。

 

 

 今そこに反応を示しているのは、通信相手であり、赤いライドウェアと銀色の鎧の騎士、『バロン』のもののみ。

 

 

 しかし、さっきまでもう一つの反応を確認していた。

 

 

 それは、かつて存在していた戦極ドライバー試作機。認証設定を済ませた者にしか扱えないようロックされた6機のうちのひとつ。なぜか最初から認証済み扱いとなっており、ロストナンバー(廃番)扱いだった失われたドライバーの反応だった。

 

 

「・・・・・・アーマードライダー、鎧武」

 

 

 彼は、誰に言うでもなくぼそっとつぶやいた。

 

 

 それは、アイコンにつけられたコードネーム。

 

 

 本来、特に意味のないただの識別番号だ。が、光実は、そのアイコンをまるで亡霊でも見るかのように睨んでいた。




どうも、幸村です。

前回で、変身した穂乃果ちゃんでしたが、戦闘までは入ることができませんでした。

この生殺し感は何? と私自身が思い、期間を開けず投稿することにしました。

あれが戦闘といえるのかと問われれば、微妙なところだとは思いますが……。
まあ、あれくらいですよね。
いままで戦ったこともなく、さらにはインベスをペット、あるいは友達として接していた少女が突然それを殺せるかといえば否でしょう。
ということで、許していただければ何よりです。

代わりと言っては何ですが、バナナの騎士様がとどめを刺してくださいました。
出ました。バナナの貴公子。どうやって話に絡ませていくか、今から悩みどころですが、頑張っていきたいと思います。
しっかり彼のキャラが出せていればよろしいのですが。

そういえば、穂乃果ちゃんたちは、まだアイドルやるよって決めただけで、実際何もしてませんでしたね。話が全然進みません。
私も早く、μ'sの面々に会いたいのです。早く登場させられるように頑張ります。

ではでは




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