「穂乃果、それはいったいなんですか?」
「知らないの、海未ちゃん? スクールアイドルだよ。アイドル」
「いいえ、そうではなくて・・・・・・」
今朝はいつもよりも早く出て話したい。
そんな穂乃果の要求に応えて学校につくとこの状況だった。
「穂乃果ちゃん。そういうことを聞きたいんじゃないと思うよ?」
でかでかと『スクールアイドル』と書かれたノートを海未の眼前に突きつけるようにして見せる穂乃果を見て、ことりは苦笑いした。
見れば、本来教科書が入っているべき鞄の中には、何かの雑誌がぎゅうぎゅう積めにされていた。
いつもより登校時間を早くしたいなどと聞いたときには驚いた。登校中も、どこか浮ついたような穂乃果の様子の見て何かいいことでもあったのかと薄々気付いていたが、まさかスクールアイドルなんて単語が出て来るとはさすがの二人にも想像できなかった。
「スクールアイドルのことでしたら、私も当然知ってます。穂乃果の知っている常識で、私がしらないわけないじゃないですか」
「あー。もしかして、穂乃果のことバカにしてる?」
「そんなことより、そのスクールアイドルがどうしたのですか? まさかとは思いますが、スクールアイドルって知ってる? って聞きたいがためにわざわざ登校時間を早めさせた訳では無いでしょうね」
海未が目を細めると、穂乃果は心外だと頬を膨らませた。
「そ、そんなことないよ! 穂乃果、見つけちゃったんだ。音の木坂を廃校から救う方法」
「ほ、本当?」
「うん。やっぱりことりちゃんは理解が早くて助かるよ」
「いえ、ことり? あまり期待しない方がいいと思うのですが」
今ある証拠を統合した海未は、穂乃花が言いたいことを理解していた。そのため心なしか表情がげんなりしていた。
「もう、そんなこと言うなら穂乃果がスクールアイドルになるってこと教えてあげないからね」
「・・・・・・穂乃果ちゃん。言っちゃってるよ?」
「しまった!!」
「・・・・・・」
つい口を滑らせた穂乃果が頭を抱えているのを見ながら、海未はやっぱりかとため息をついた。
長年つきあってきた中で海未は、穂乃果が唐突に突拍子のないことを言うのには慣れたと思っていた。が、どうやら勘違いだったらしいと肩を落とす。
「ばれたからには仕方がない。そう、なにを隠そう高坂穂乃果。スクールアイドルになって音の木坂を廃校の危機から救っちゃうんだよ」
「そうですか。がんばってください。では、私たちは行きますね。ことり、行きますよ?」
「ちょっと海未ちゃん!! 少しは驚いてくれたりしてくれてもいいじゃない」
「穂乃果。私は十分驚いています。人は、驚きがある程度までに達すると無心になるんです」
「うう。海未ちゃんがいつになく冷たい」
「穂乃果が突拍子のないことを言い出すのはいつものことですが、そもそも、スクールアイドルになったからって、どうやって廃校の阻止につながるんですか?」
「ふふふ・・・・・・。」
「な、何なんですか。その不適な笑みは?」
「・・・・・・不勉強だね、海未ちゃん。」
「なっーー」
海未の問いに、いつもならばあたふたするはずの穂乃果。しかし今回は、予想していたと言わんばかりの余裕の表情を浮かべていた。自信満々な顔でエアめがねをクイッと持ち上げると、さっき海未達に見せたスクールアイドルノートのページをめくって読み上げ始めた。
「少子高齢化に伴い、いくつもの学校で入学者人数の減少が問題視される中、一部の学校は周りに反して年々入学者数を伸ばしているんだよ。その中で特にすごい伸び率の学校の例としてあげたいのがUTX学院。この学校がなぜ入学者数を年々伸ばしているのか。それはこの学校にはスクールアイドルがいるから。この学校に在籍するスクールアイドル、A-RISEが人気を集めた結果、彼女たちにあこがれた中学生達が続々と入学しているのです」
穂乃果は、鞄から雑誌を一冊取り出すと、あるページを開いて海未に突きつけた。
「これがA-RISEだよ。すごくかわいいくて、かっこよくてね。でも、かわいいだけじゃないんだよダンスも歌もすごくて・・・・・・」
「ああ、そのA-RISEのライブを見て私もやってみたいーって思ったわけですね」
「・・・・・・と、とにかくね。音の木坂にもスクールアイドルがいれば、アイドルにあこがれた子達がいっぱい入学してきてくれて、そしたら廃校だって取り消されるよ。3人でがんばれば、きっと廃校をくい止められるよ」
「いつの間にか、私たちまで勘定に含まれてるのですか・・・・・・」
本当に信じて疑っていないんだろう。
話す穂乃果の目がいつになく輝いているのに海未は気づいていた。
でも、
「確かにそうですね。廃校は、入学希望者が定員を下回った場合の処置ですので定員を下回らなければ、つまり入学者数を増やすことができれば回避することができるでしょう」
「そうでしょ、そうでしょ? だから」
「だから、スクールアイドル?」
「そうそう。そうだよ、海未ちゃん。だから――」
「――確かに廃校はくい止められるでしょう。人気が出ればですが」
「うぐっ」
だからこそ海未は、穂乃果の見落としている部分を指摘せずにはいられなかった。
「仮に、スクールアイドルになったとしても、人気が出なければ何の意味もありません。スクールアイドル。学校で活動しているアイドルといえど、それなりに人気を集めているからには、血のにじむような努力と厳しい訓練をこなし、必死にがんばってきたのでしょう。そんな中に、思いつきだけで始めたところで、到底かなうはずわあリません」
「そうだね。確かに思いつきだよ」
「そうでしょう。何か行動を起こすにももっと考え・・・・・・」
うつむいてしまう穂乃花を見て、海未は罪悪感に胸を痛めた。
彼女も、頭ごなしに否定したくない。でも、穂乃果の手放しで応援することはできなかった。
うつむいたままの穂乃果を見て、海未は諦めてくれるとほっとしていた。
なにも、この件でなくてもいい。
やりたいことも本気になれることも、きっとほかの何かで見つけられるだろう。そのときは、今度こそ全力で応援したい。
海未は、そう考えていた。が・・・・・・。
「・・・・・でも」
「穂乃果・・・・・・?」
「音の木坂が好きだって気持ちはポッと出たようなものじゃないよ。だから穂乃果は、なにもしないまま諦めたくない。」
「穂乃果!」
もういいと言い残して、穂乃果は教室を出てしまった。
いつも海未の本気の制止には、渋々ではあるが反論してこなかった穂乃果。そんな彼女が初めて自分の意見を曲げなかったのだ。
「穂乃果・・・・・・。私だって、諦めたくはありません。でも・・・・・・」
教室に残された海未は、すでに姿のない親友に向かって思いをこぼす。
「でも、アイドルなんて・・・・・・」
「海未ちゃんの言いたいことは分かるよ?」
「ことり・・・・・・」
ことりだって知っている。一番近くで見てきたのだからだから。
穂乃果のことも、そして海未のことも。
「でも、穂乃果ちゃん。本気だったよ。それは海未ちゃんもわかてるんでしょ?」
「でも、それと同時に、それがただの思いつきだってことも分かりました」
「海未ちゃんって、過保護だよね」
「たいがいあなたもそうですよ。ことり」
穂乃果にきついことを言ってしまい落ち込んでいた海未は、自分を慰めようとすることりに向かってつぶやいた。
「はあ、確かに思いつきだけど、あんなに言われるなんてな」
穂乃果は、親友の海未に廃校阻止の案を否定され、彼女が思った以上に落ち込んでいた。
何かやらなくちゃと言う思いはあったのだが、なにを始めればいいか分からず、それでも帰る気分にはならなくてぼーっとしていたのだ。
何か言われることは覚悟していた。何しろ海未は、親友三人のなかで一番現実思考なのだ。
思いつきでできるわけがない。
言われると分かってた。でも、言われると分かっていても堪えるものは堪える。
自分になんか廃校を止める事なんてできるはずがないと言われているように感じて、予想以上に悲しくなってしまった。
蛍光灯が切れているのか、暗い階段に腰掛ける。
穂乃果は、座り込んだまま動けなかった。
そんな穂乃果の元に小さな手が伸びて、彼女の手を突っついた。
「え?」
驚いて手を引っ込めたが、自分の手を突っついたものの正体に気づくと、今度は自分から手を差し出した。
現れたのは手のひらサイズのインベス。穂乃果がもっとも親しんだ、彼女のロックシードから召還されたインベスだった。
「どうして、ほむまんが?」
穂乃果は、自分のインベスをそう呼ぶとポケットの中に入れていたロックシードを取り出した。
シルバーの一般的なタイプのロックシードは、穂乃果によってシールでデコレーションされている。そのままの形では可愛くないと、ことりと海未と一緒に張り付けたものだった。
錠前の形をしたアイテムであるロックシードは、掛け金部分を引き上げることで解錠し、インベスを呼び出すことができる。
インベスを呼び出すことは、本来持ち主が自ら行わなければならない。
しかし、稀に勝手にロックシードを解錠して出てくるインベスもいる。
穂乃果のロックシードは、彼女があけたわけではないにも関わらず解錠されていた。
穂乃果は、勝手に出てきてなにをしているのかと問おうとした。するとほむまんは、横に移動して背中に隠していたものを差し出した。
それは、缶ジュースだった。
穂乃果に限らず多くの人が自動販売機で飲み物を買うなど簡単な作業をインベスに頼むことがある。そのため、インベスに小銭を事前に持たしておくことがある。
穂乃果のインベスも、彼女が事前に持たせていた小銭を使って買ってきたのだろう。
「もしかして励ましてくれるの?」
穂乃果が手を差し出すと、インベスは彼女の手のひらに乗ると何かをすり合わせたような音で鳴いた。
見た目は決してかわいいとはいえないインベスだが、長年一緒にいれば愛着もわいてくる。ほむまんと呼ばれたインベスの腕には、穂乃果がプレゼントしたオレンジ色のリボンが輝いている。
穂乃果には、黒くて丸い瞳で見つめてくるそのインベスが諦めないでと言っているように感じられた。
「そうだよね。諦めないって決めたんだもんね」
勢いよく立ち上がって、気合いを入れる。
そんなに何度もくよくよしていられない。海未が言っていたように思いつきで始めるのだから、いろんな困難が待っていることは当たり前だ。
その困難に当たる度にくよくよしていたらきりがない。
穂乃果は、ほむまんが持ってきたオレンジジュースの缶を開け一気に飲み干した。
そして、穂乃果は誰にともなく笑顔を作る。
「よし、行こう。ちゃんと、手伝ってもらうからね」
穂乃果は、手のひらのインベスに語りかけた。すると、インベスはキュイっと小さく鳴いた。任せてと言ってくれたように感じた穂乃果は、小走りで暗い階段のから明るい外へと飛び出した。
「キツく言い過ぎたでしょうか・・・・・・」
弓道部の部員である海未は、袴姿で一つの的と対峙していた。
弓の弦に矢を掛け、弦を引き絞る。
無心にしていたからだろうか。
空いた部分に、一番気がかりな事が入り込んできたのだろう。
そのとき海未は、今朝の穂乃果とのやりとりを思いしていた。
海未も、廃校はなんとしてもくい止めたいと思っている一人だ。できることがあるなら、手伝いたいとも思っている。それでも、
「私には、あなたのようにただ突っ走ることなんてできません」
そもそも、小さいころほど引っ込み思案とは言わないものの、海未は人の前に立つことがいまだに得意ではないのだ。仮に自分がアイドルをやったとしても、人前で上がってしまい足を引っ張ることにしかならない。
自分には無理だ。このことに関して、自分にできることは
なにもない。
ーーこのアイドル戦国時代、いまこそ名乗りを上げましょう。あなたのハートを打ち抜きます!!
「ぶふっ」
突然視界に挟み込まれた映像に、海未は指を滑らせた。
その映像に登場したのは、海未本人。しかし、本人のはずなのだが、本人ではあり得ない格好であり得ない文言を口走っていた。
衣装は、戦国時代と言うだけあって着物のようなドレス。裾は、短く切り詰められたスカートのようになっている。対照的に長い袖は二の腕のところで分離しており、肩が大きく露出するようになっていた。
「ま、まさか・・・・・・。この私が、こんな破廉恥な格好を?」
望んでいるのだろうか? そう思って顔を左右に振る。いいや、自分に限ってそんなことはない。そう言い聞かせて2射目を放とうとするも、
ーーラブアローシュート!!
「かはっ」
またしても彼女曰く破廉恥な格好をした自分の映像が流れて手が滑った。
これで、射た矢の数2本に対し、はずした矢も2本。
いつもど真ん中とまではいかないまでも、的にかすりもしなかったことなど無かった海未は、さすがに自覚せざるを得なくなってしまった。
そんなはずはないと、海未は矢を放つ、放つ、放つ。
が、はずれて、はずれて、はずれ続ける。
「まさか、私はアイドルなどに興味が・・・・・・」
つぶやいてしまってから、はっと我に返るととたんに恥ずかしくなってその場に倒れ込んだ。
「まさか、まさかそんなことあるはずが・・・・・・」
いや、海未だって女の子だ。輝くアイドルに夢見る時期もあったのだ。
それどころか、今でも時々夢想することがある。
ひらひらのかわいい服に身を包み、歌って踊るアイドル。
たくさんの人たちから賞賛を受ける中、
ーー海未、かわいくなったな
成長した幼なじみが海未の元にやってきて、そう呟いた。
――海未ちゃん。やっぱり、海未ちゃんを誘った穂乃果の目に狂いはなかったよ。
――そうだよ。ことりたちのなかで一番似合ってるよ。
続いて、穂乃果とことりも海未の姿を見て賞賛の声を上げる。
降り注ぐスポットライトは、自分を中心に三人を照らし、お客さんでひしめき合う客席が一斉にわく。
海未はそんなファンの人たちに向かって・・・・・・。
「ふふ、ふふふ・・・・・・」
「海未ちゃん、大丈夫?」
「きゃぁぁぁあああ!!」
倒れたまま、顔をゆがませて笑っていた海未は、自分を呼ぶ声が聞こえた瞬間に飛び跳ねるようにたった。
「ことりですか。いつから見ていたのですか?」
「ん? さっき来て倒れてるところを見つけたんだけど」
「そうですか。それはよかった・・・・・・」
端から見れば、彼女が倒れた理由など分からないだろう。
が、そんなことは関係なく、海未は自分の夢の中に幼なじみが出てきたことが恥ずかしかったのだ。そして、つきあいの長いことりならもしかしたら分かってしまうかもしれないという根拠のない恐怖に駆られての行動だった。
「で、部活中だというの何のために呼ばれたのですか?」
「ちょっと見せたいものがあるの」
「また適当なことだったら怒りますよ」
「それにしても海未ちゃん。海未ちゃんって、やっぱりアイドルに興味があったんだね」
「ぶふっ。」
まるでさっきまでの妄想を全て知っているような発言に、ボディブローでも受けたかのように息を吐き出した。
海未は、危惧していたことが現実になったことに観念した。
親友に隠し事などできない、とため息をついた。
「どうして、そんなことを・・・・・・」
「あ、やっぱり当たってたんだ」
「まさか、かま掛けられるなんて・・・・・・。でも、どうして・・・・・・」
「だって。いつもは的にはかならずといっていいほどなのに、あんなに外してるの滅多に見ないないもん。それに、そういう時って決まって考え事してるときだしね」
「さっきは、倒れていたところからだと・・・・・・まあいいです。それでなにが言いたいんですか?」
「・・・・・・穂乃果ちゃんのこと、気になってるんでしょ?」
「まあ、・・・・・・少し言い過ぎたかなとは思っていました」
海未はばつが悪そうに顔を背けた。
海未には、穂乃果がいつになく本気であることは分かっていた。
海未も、穂乃花が一つのことに熱中できる何かを見つけられていないことを心配していた一人だ。
だから、本来なら応援したい。手伝える事があるなら手伝いたい。
もし失敗してしまったとしてもそれが次の糧となることは、体育会系部活に所属している海未は経験してすでに知っていることだ。
でも、今回だけは無責任に勧めることはできない。
穂乃果が本気で臨もうとしているのは、廃校の阻止。理事長ですらどうすることもできなかった、きわめて望みの薄い案件だ。
せっかく本気になったのだ。できれば、大成功とはいかなくてもなにかしらの成果を残させてあげたい。
ついつい出てしまったキツい言葉は、とても無理だと分かっていることさせる事はできないという海未の穂乃果への思いから出たものだった。
「気持ち、分かるよ。でも、ことりは応援したいって思ってる」
「ことり。もし、今回のことで穂乃果が何かに挑戦する事を恐れるようになってもですか?」
「違うよ」
「なにが違うのですか」
「それは、これを見れば分かるんじゃないかな」
海未は、ことりの要領を得ない答えにだんだんと苛立ち始めていた。
そのせいもあったのだろうか。
ことりに促されて曲がった先。
そこには、照りつける日をスポットライトのように一身に浴びて輝く、一人のアイドルがいた。
「ああ、もう動かないで」
パートナーのインベスにスマートフォンを支えてもらっていたが、どうも落ち着きのないインベスなのか、画面が揺れてしまっていた。
そんな状態で文句を言いながらも、目を凝らして画面の中で舞うアイドル達の動きをまねる少女は、海未達のよく知る人物。
「見えにくいってっ、――痛ったい」
つたないステップを踏み、ターンをしようとするが、回りきれずに尻餅とつくその少女は、穂乃果だった。
「覚えてる? 穂乃果ちゃんは、いつも私たちを引っ張ってくれていた。たまに、無謀なこともするけど・・・・・・」
ことりの言葉に思い出す。
引っ込み思案の海未を強引に連れ出してくれたのは、いつも穂乃果だった。突然木登りをし出したり、知らない場所まで冒険に連れて行かれたりもした。
でも、
「後悔した事なんて、一度もなかった。海未ちゃんもそうでしょ?」
穂乃果ならなんとかしてしまえるのではないか、と思ってしまえるのだ。
「痛たた。やっぱり難しいな・・・・・・。よし、もう1回」
「穂乃果!」
「・・・・・・え、海未ちゃん」
よほど集中していたのだろう。穂乃果は、いつの間にかすぐそばまで来ていた海未に声を掛けられて初めて気がついた。
一瞬、今朝海未に言われた言葉が脳裏によぎった。無駄なことはやめなさい、などと言われると思った穂乃果は、顔を背けようとした。
背けようとして、
「海未ちゃん?」
差し出された手を見て、海未を見上げた。
「まったく、一人でなにをやってるんですか? 闇雲にやったって、成果は出ませんよ」
「分かってるよ。・・・・・・でも、どうやったらいいか分からないし」
うつむく穂乃果をみて、思わず笑ってしまう。突っ走るのは早いが、後先をまるで考えてない。昔となにも変わっていない。
「まったく、仕方ないですね。・・・・・・私も一緒にやります」
「・・・・・・。え、本当?」
「はい。・・・・・・本気でかなえたい夢だと言うことは伝わってきましたから」
「うん。いつもなにをやるにも三人だったんだもん。穂乃果ちゃんの本気の夢。三人でなら、きっとかなえられるよ」
「う、海未ちゃん・・・・・・。ことりちゃん・・・・・・」
「放っておいては、一人でどんな無茶をしでかすか分かりませんから。誰かがしっかり手綱をつかんでいないと・・・・・・」
「・・・・・・ちょっと、誰が暴れ馬?」
「そうだね。じゃあ、ことりはリードを握ってるね?」
「今度は、犬呼ばわりされたぁ」
膨れっ面を見せる穂乃果だったが、最後は3人そろって笑っていた。
海未は、穂乃果を見て思う。
彼女は昔からちっとも変わっていない。
でも、
「いいですか。やるからには本気。妥協など許しません」
「は、はい。鬼教官!」
「誰が鬼ですか!」
彼女なら、何でも成し遂げてしまうのではないかと思わせるところも、昔から変わってはいなかった。
「それでは、早速作戦会議をしたいのですが」
「えー。それなら、スクールアイドルの動画見て研究しようよ」
「やるなら・・・・・・?」
「・・・・・・本気。もちろんでございます」
帰り道。
とことん考えることが苦手な穂乃果が安易な方向へ逃げようとするのを、海未がしたためる。
心境は、遊びに逃げようとする子供に、勉強しなさいとしかる親のそれだ。
「たしかに他のアイドルの研究も必要かもしれませんが、それは今後の活動方針を決めた後です。方針も決めずに闇雲にやったって、成功などしません」
「仰る通りでございます」
「穂乃果ちゃん・・・・・・」
ことりは、しかられてシュンとなる穂乃果を見て苦笑いした。
たしかに、スクールアイドルをやると決めたからには、決めることがたくさんある。そもそも知っていたとはいっても、今までニュースなどで知識として記憶していただけだ。
スクールアイドルについていろんな事を知らなすぎた。
「でも、スクールアイドルっていっても、なにが必要なんだろう?」
「え、何だろう?」
「そこも考えてなかったのですか・・・・・・」
海未は、穂乃果のあっけらかんとした表情にため息をもらした
案の定そこまで考えていなかった穂乃果に落胆するも、当の海未も余りよく知らない。だからこそ提案した作戦会議だ。
「思いつくのは、歌と振り。あとは・・・・・・」
「衣装だよね!!」
「そ、そうですね」
海未は、突然声を大きくすることりに驚いた。
普段、ことりが自分から話すことは少ない。ましてや、突然声を大にすることはごくまれだ。
衣装に食いついたところは、実にかわいい洋服に目がないことりらしい。
かわいい服がきたい。そんな小さな事だが、ことりのように、いつもと違う自分に変わるきっかけになる。
やりたいと思ったことを大切にしたい。そのためにも、今からがんばらなければならない。
「では、早速穂乃果の家で作戦会議をしましょう」
「うん。もうね、いい衣装のアイデアがあるんだ。見てもらってもいい?」
「もちろんです。歌やダンスのこともありますし、みんなで意見を出し合いましょう」
「歌に、ダンス・・・・・・。どうやって作るんだろう」
「それは、すでにいるスクールアイドルの歌を参考にして作っていくしかありませんね。何しろ、私たちは素人ですから」
「え。歌聴いてもいいの? どれにしよっかな。海未ちゃんたちに紹介したい歌、たくさんあるんだよね。・・・・・・あれでしょ。あれもいいな」
「聞くばかりではなく、考えてくださいよ」
「わ、わかってるよ。・・・・・・あれ?」
ふと、穂乃果が立ち止まり、それに海未とことりも足を止めた。
「・・・・・・どうしましたか?」
「あ、あれって・・・・・・」
立ち尽くす穂乃果は、空《くう》を指さした。
気になって海未達は、彼女の指す方向を見る。
「べつに、なにもありませんが・・・・・・」
海未達には、特段珍しいものも面白そうなものも見あたらなかった。
そこに広がっているのは、いつもと変わらない帰路だ。唯一、新しい建物を建てるため、振るい建物が半壊した状態で残された工事現場があったが、後は何の変哲のないいつもの帰り道だった。
いつもなら、なにもないじゃないですかと海未が問い、見間違いかなと穂乃果が笑い、しょうがないなあとことりが微笑む。
そんな何気ない日常の一幕になるはずだった。
だが、そのときは海未もことりも、間単に流すことができなかった。
元気がトレードマークの穂乃果が、まるで幽霊でも見たように顔を真っ青にしていたからだ。心なしか、指し示す指先も小刻みに震えているように見える。
ただ事ではないと思った海未は、もう一度目をこらす。
「あそこ・・・・・・、誰かが・・・・・・」
穂乃果がいまいちよく分からないことをつぶやく。
誰かと言われて人の姿を探すが、誰も見つからない。だれもいないのだ。
「・・・・・・もしかして、あれですか? 何でこんなところに・・・・・・」
穂乃果が指しているであろうものを発見した。
それは、ちょうど海未達が持っているスクールバックにもついているチャックを開いた時のようなぽっかりと空いた穴。
世間で「クラック」と呼ばれている、異世界へとつながる穴だ。
クラックの先に続く世界は、現在解明がほとんどされていない未知の世界だ。
「ヘルヘイム」と呼ばれるこの世界は、現在、ユグドラシルが解明に力を入れているものの一つだ。
世に言う神隠しや、UFOによる誘拐などの失踪事件は、ほとんどがこのクラックから異世界に迷い込んだ結果というのが現在の通説とされており、普段から注意が呼びかけられているのだ。
「とりあえず、まずはユグドラを付けましょう」
海未は、鞄から黒い湾曲したプレートのようなものを取り出した。
これは、通称「ユグドラ」と呼ばれている毒素中和用携帯端末だ。これは、沢芽市という企業都市で開発され、現在対インベス部隊「黒陰部隊」が使用している戦極ドライバーという機器を元に開発されたものだ。
戦闘用装備は排除し、毒素中和と防護服としての機能を持たせたもので、戦極ドライバーよりコンパクトになっている。
また、ユグドラにも戦極ドライバーのドライブベイが存在しており、ロックシードによる食事もする事ができる。
ロックシードを装着するだけで必要な栄養をとることができ、味などは感じないものの、忙しい大人には、重宝されている。
本当は、英語表記の長ったらしい正式名称があるのだが、ユグドラシルが配布しているドライバーということから「ユグドラ」と呼ばれている。
海未は、取り出したユグドラを自分の二の腕辺りに当てる。穂乃果とことりも海未にならって自分のユグドラの腕に当てた。とすると、本体からベルトが伸び、自然に腕に固定された。
戦極ドライバーからの大幅な小型化と軽量化から、腰にしか装着できない戦極ドライバーに比べ、腕や足など
「離れましょう。近くにいたらなにがあるかわからな――」
「――っ」
「ちょっと穂乃果!!」
その場から離れようと穂乃果の手を引こうとした海未の手は、しかし空を切った。
あろう事か、穂乃果はまっすぐクラックの方へと掛けだしていたのだ。
すぐさま海未は、穂乃果を追いかけ彼女の手を取った。
「なにをやっているのですか、穂乃果!! さっきの話、聞いていたのですか?」
「待って。・・・・・・だってあそこに、誰かが」
「誰のことを言っているのですか? そんなことより、あのクラックが見えないのですか?」
「え。・・・・・・本当にクラックだ」
穂乃果はきょとんとした顔でクラックを見て、何かに納得したように頷いた。
「じゃあ、早く離れなきゃ・・・・・・」
「今気付いて。・・・・・・っていったいなにを見ていたのですか」
「ええと、何だろう。見間違いかな・・・・・・」
「いまさら・・・・・・。本当に人騒がせなのですから」
穂乃果が落ち着いたことで、海未も安心したのだろう。
だから、海未達は、穂乃果の異変に気付かない。
穂乃果も、いまだ見つめる先に見える者について言うのをやめる。
冷静になり、海未達の態度を見て、自分に見えている者が二人には見えていないことを悟ったからだ。
穂乃果は、無言で未だ見つめる先。そこにいたのは、おそらく少女だ。
背丈は、彼女と同じくらいか少し大きい程度。
おそらくなどと曖昧な表現なのは、彼女の顔がまるでノイズのようなベールで覆われ、はっきりとその表情を読みとることができなかったからだ。
肩の高さまで延びるオレンジ色の髪で、女性であると考えた。
そんな表情の読めない彼女は、じっと穂乃果の方を見て、指さしているのだ。
なにを言うでもなく、ただじっと何かを伝えたいができないでいるみたいに。
「ごめんね。行こっか」
穂乃果は、彼女がなにを伝えようとしているのか確かめたかったが、見えていない海未やことりを心配させるわけにも行かない。
海未の手を握り返すと、不思議な少女に背を向けた。
「・・・・・・ちょっと待って。あれって、生徒会長じゃ・・・・・・?」
戻ろうとした穂乃果達に、ことりが制止する。
振り返ると、確かに音の木坂学院生徒会長である絢瀬絵理の姿が見受けられた。
辺りを確認しているのか、左右をきょろきょろと見回しどうも共同不振な様子だ。
「・・・・・・本当に。いったいなにをしているのでしょう。クラックが近くにあるというのに」
「何か捜し物かな?」
そんなことを言っていると、意を決した表情になった絵理は、クラックの中へと飛び込んだ。
「え? いったいなにを」
「そんな、どうして・・・・・・」
突然の出来事に声を掛けることもできず、絵理の姿はそのままクラックの奥へと消えてしまった。
「いったいどうして、生徒会長である彼女が、クラックが危ないことを知らないわけがないのに」
「飼ってるペットが迷い込んで、追いかけていったとか・・・・・・」
海未は、すぐさまスマートフォンを取り出した。
ユグドラシルは、クラックを見つけた際に逃げるよう呼びかけると同時に、ユグドラシルに知らせるよう専用回線を用意している。
その回線の番号を入力すれば、直接ユグドラシルにつなぐことができ、早ければものの10分で対策部隊が到着するのだ。
「とにかく、ここはユグドラシルに連絡しましょう」
「・・・・・・行こう」
海未がユグドラシルへ連絡しようとしていると、穂乃果は、クラックへ踵を返そうとしていた。
「穂乃果。なにを言っているのですか。行っても私たちも迷ってしまうだけです」
「でも、今から呼べば聞こえるかもしれないし、連れ戻せるかも。それに、ユグドラシルの人がどのくらいで来るか分からないけど、待っている間に分からないくらい奥に行っちゃうかもしれないよ」
「確かにそうかもしれませんが・・・・・・」
「海未ちゃん達は、連絡しておいて。穂乃果、少し様子を見てくるよ」
「待って、穂乃果!!」
海未は、手を伸ばしたが彼女の手は空を切る。
「まったく、穂乃果はいつもいつも!!」
文句を言う前に穂乃果はクラックの中へ消えてしまう、残された海未は、憤りをぶつける相手を失い空に向かって叫ぶ。
「海未ちゃん。早く連絡して追いかけないと」
「分かってます。ことりは、見失わないように見ていてください」
海未は、すぐさまユグドラシルへの専用緊急回線へつなぎ、出てきたオペレーターに今の現状を伝えた。
「分かりました。すぐに救助部隊を派遣しますので、そこを動かないようにお願いします」
「はい、分かりました」
通話を切ると、
「あれ、さっき電話の人にここを動かないって行ってなかった?」
「救助がくる前に穂乃果をつれてくれば何の問題もありません。早く行きますよ」
「そう、・・・・・・だね。早く追いつかないと見失っちゃう」
ことりは思う。
絵理を追いかけていった穂乃果も、穂乃果を追いかけようとする海未。どちらも危険なことをしようとしているのは分かっているはずだ。
なのに、彼女らは走り出してしまう。
海未は、穂乃果のことを糾弾しておいてだ。
二人とも、たいがい似たもの同士なのだ。
困っている人がいたら手伝うし、危険な目に会っている人がいたら助けずに入られない。
そんな彼女たちだから、自分はついて行ってしまうのだと。あこがれてしまうのだと思うのだ。
たとえそれが間違った道だったとしても・・・・・・。
どうも、幸村です
いつの間にか三部構成となってしまっていた第一章の中です
ここでは、インベスと穂乃果たちの関係、三人でアイドルを目指すきっかけ、そしてヘルヘイムの存在について書かせていただきました。
次の下で、ようやく変身まで書けると思います
戦うかどうかは別問題ですか……。
遅い更新になってしまいましたが、少しでも興味を持っていただけましたら、読んでみてください。感想、評価、待っています