ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第十七話 『いつか、必ず――』

「なに、・・・・・・これ?」

 

 何かの植物が生え始めている傷口を見て、ことりは息をのんだ。

 それは、ただ単に傷口に葉が付いただけというわけではない。緑色の小さな粒から成長し、まさに生えてきていたのだ。

 ことりには、それがなんなのか、どういうことなのかわからない。

 しかし、突如体から植物が生え始めるという異常を前に、本能でそれが憐次にとってよくない何かだということを直感した。

 

「……ぐっ。無事か?」

 

「憐次くん!?」

 

 自分を心配する声に、ことりは憐次を見た。

 彼が目を覚ましたようだ。

 彼の声を聞いて、このままその声を聞けなくなるという一番最悪な状況ではないことに安堵した。

 しかし、気が付いたのはよかったが、状況はよくはなっていない。いや、むしろ悪化していた。

 彼の傷口は、すでに一面が緑色に発光している状態だった。

 

「ことりは大丈夫だけど、レンジくん。背中が」

 

「俺はいい。それより、・・・・・・早く逃、げろ」

 

 憐次は、ことりを払いのけた。

 彼は、実際に傷口を目にしたわけではなかったが、自分の体の異変には気付いていった。

 体がひどく痛んで動けない。また、痛みと共に何か別の物が傷口を起点に広がっていくのを感じていた。

 自分の体を侵食し、別の何かへ変えていこうとするような、そんなものを感じていたのだ。

 だから彼は、自分をおいて行けという。まるで、自分はもう手遅れだというかのように。

 

「いやだ!」

 

 しかし、ことりは憐次の言うことに従わなかった。

 それどころか、ことりはインベスの腕に飛びついた。

 

「ことり、なにしてんだよ。はやくにげ――」

 

「――いやだよ。それ以上言わないで」

 

 ことりからは聞いたことのない強い口調に憐次は押し黙った。

 

「レンジ君を置いてなんていけない。こんな私のこと、友達だって言ってくれたんだもん。大切な友達をおいていける訳ない。それに、約束したでしょ? いっぱい練習して、早くライブを見せるって!」

 

 背中の痛みから動けない憐次をしとめるために近づこうとするインベスに、ことりは必死でしがみついて妨害する。

 インベスは女子高生に押さえられる存在ではない。インベスが腕を振り上げると、いとも簡単にことりの体は持ち上がってしまった。

 しかし、ことりはしがみついた腕を放さない。

 もはや、ぶら下がっているだけで妨害にすらなっていない。それでも、ことりは放さない。

 自分に大切なことを気づかせてくれた。すぐに弱気になりそうな自分の背中を押してくれた。

 そんな彼を見捨てて逃げるなんてことは出来はずがなかった。

 

「だから、ことりは、いっしょににげ、ーーきゃぁ!」

 

 しかし、無情にもインベスは、ことりが掴まっている腕を振った。ことりは、耐えきれずに振り払われ、その体は地面に叩きつけられた。

 邪魔者を追い払い、インベスは一番弱った獲物へ標的を戻した。

 

「だめ!」

 

 一歩ずつ、うなり声を上げながら、倒れたままの憐次へと近づいていく。

 

「やめてぇぇぇえええ!!」

 

「はっ」

 

 シカインベスが腕を振り上げ、ことりが絶叫したそのとき、打撃音とともにシカインベスは後ろへとはね飛ばされた。

 

「どうして・・・・・・。あなたは」

 

 シカインベスの腕が憐次へ振り下ろされると思い、目をつぶったことりは、インベスの苦悶の声に目を開けた。

 インベスは、憐次から数メートル離れたところで倒れていた。そして、憐次とインベスの間には、立ちはだかるように黒いスーツの男がいた。

 まとわりつくジャケットの裾を払い、インベスのいる方向を向く男。

 その男をことりは知っていた。

 

「駆紋、先生・・・・・・」

 

 

 彼女の前に現れたのは、音の木坂高校の教師にして、ユグドラシルのインベス対策班のリーダー。

 駆紋戒斗だ。

 インベスを蹴り飛ばしてすぐ、ことりと憐次を見る。

 インベスを止めるためしがみ付いたものの振り払われて地面に突っ伏すことりと背中を血に染めて倒れている憐次を見て、状況を確認した戒斗は、耳に付けたインカムに手を当てた。

 

「救護班、大至急急行しろ」

 

 通信で部下へ指示をとばす。

 戒斗は、憐次の背中の傷を一瞥した。

 彼がひどい怪我を負っているにも関わらずことりがほぼ無傷であることから、彼がとった行動を理解する。

 そして、ことりのとった行動は、実際に見ていた。

 戒斗は、呆れた目でことりたちを見下ろした。

 

「まったく貴様らは、力もないくせに無茶ばかりする」

 

「すみません……」

 

 戒斗の言うとおりであり、ことりは返す言葉もない。

 が、今のことりは、店で戒斗に一蹴されたときの彼女ではない。

 まだ弱くてなんの力も無い自分でも、強くなることをあきらめないと。誰かを見て自分との差に絶望しても、何度だって立ち上がって見せると。ことりは、戒斗から視線を逸らさずまっすぐ彼を見据えた。

 

「だが、なかなか骨がある」

 

「え?」

 

 話したことは数えるほどしかないが、ことりは戒斗を人を気遣うことなどしない冷たい人間だと認識していた。

 それだけに、全く予想外の台詞に素っ頓狂な声と共に顔を上げた。

 いつものごとく冷たい視線を向ける戒斗の表情は変わらない。

 しかし、なぜかことりは、こちらを睨む瞳の中に暖かな何かを感じた。

 

「お前は圧倒的な力を前にし、しかし屈しなかった」

 

 戒斗は、ジャケットの内ポケットから錠前を一つ取り出した。

 それをことりに投げてよこす。

 ことりは、突然のことに反応が遅れるが、何とか落とさずにそれを受け取った。

 

「それを持っておけ」

 

「でもこれ、……ロックシード」

 

「当たり前だ。それで身を守れ」

 

 戒斗は、言い終わるとインベスの方へ視線を向ける。

 彼に蹴り飛ばされたシカインベスは、すでに起きあがり彼をにらんでうなり声を上げていた。彼に攻撃されたことで相当腹が立っているようだ。

 シカインベスは、頭から伸びる自慢の二本の角を戒斗へ向けて走り出した。

 それに対し戒斗は、向かってくるシカインベスを注意深くうかがっていた。

 彼とシカインベスが肉薄する。その瞬間、シカインベスの頭を横から押して角の攻撃を避けるとともに足を引っ掛けて体勢を崩させた。

 

「ことり、これは使えません」

 

 バロンに一方的にロックシードを渡されたことりは、自分の手の中にあるロックシードを見つめる。

 それは、力を得たいと望み手を出したものと同種のものだ。

 でも、今のことりは、以前のことりのように何のためらいもなくそれを手にすることはできなかった。

 

「これは、ことりの力じゃありません。これは、借り物の力です。戒斗さんも言ってたじゃないですか。ほかのものに頼った力じゃダメだって」

 

 ついさっきまで、ことりの強くなりたいという気持ちを否定するものだと想っていた言葉も、今のことりにはその本当の意味が分かった。

 努力もせず、安易に力を手に入れたところで、強くなれるはずがない。努力し、自分自身を高めて得た力でこそ真に強くなれるのだと。

 だから、今のことりにとって、ロックシードは安易に手に入れられてしまう忌むべき力だった。

 戒斗と憐次との会話の中で変化した考えが、ロックシードを拒絶していた。

 

「ほう?」

 

 ことりがロックシードを拒絶したのを聞き、戒斗は意外そうに声を上げた。

 インベスと距離を取ったバロンは、ことりの方へ顔を向けた。

 

「そうだ。それは借り物の力でしかない。だが・・・・・・、それを言うなら俺のこれもただの借りものだ」

 

 戒斗は、懐から取り出した戦極ドライバーを腰に当てがいながら、何のためらいもなくそう言い放った。

 ことりは、耳を疑った。

 戒斗は、戦極ドライバーとロックシード、アーマードライダーへと変身する力を自分の力ではないといったのだ。

 倒したインベスの数は、数えることを断念するほどだろう。

 そんな、多くのインベスを倒し人々を救ってきたであろう彼が。

 ついさっきも、ことりに対し強さを説いた彼が、自身が振るう力が自分の力ではないというのだ。

 ことりは、矛盾して聞こえる台詞に納得がいかず、続く言葉を待っていた。

 

「足りない力を補うことは恥ずべきことではない。人間は、もともと道具を使う生き物だ。だが弱者は、道具で得た力を己の力だと錯覚し、自身の力を磨くことを忘れる」

 

 戒斗に蹴り飛ばされたシカインベスが、戒斗の後ろから迫る。爪を剥いて突き出された左腕を、彼は脇に挟んで受け止めた。

 

「簡単に手に入る力ならいくらでもある。そのロックシードもその一つだ。だが、その力の善し悪しを決めるのは、その力を御する為の強さだ」

 

「強さ?」

 

「力と強さは別物だ。そして真の強さとは、自分に足りないものを自覚したさらにその先にこそある」

 

 シカインベスは空いている右腕を振り上げる。

 戒斗は、その腕が振り下ろされる前にインベスの胸へ肘鉄を入れて怯ませると、正対するとともに顔へ拳を突き出した。

 彼の拳はインベスの顎をとらえ、インベスは地に伏した。

 

「この俺の力も、まだ借り物でしかない。だがいつか、真に自分の力を手に入れる。全てを圧倒し、屈服させられるだけの力を」

 

 なおも立ち上がろうとするインベス。

 対して戒斗は、数歩下がり、そして走り出す。

 立ち上がり、目標へねらいを定めようと顔を上げるインベス。そのインベスへ、助走を付けて跳び蹴りを放った。

 ちょうど胸に蹴りを受けたシカインベスは、十数メートル転がった。

 

「つ、つよい・・・・・・」

 

 生身ではまず太刀打ちできないはずのインベスを相手に、戒斗は生身で圧倒して見せたのだ。

 生身である以上、インベスを完全に倒してしまえるほどの力があるわけではない。当然、力比べで勝てるわけもない。

 それでも戒斗は、インベスの攻撃をいなし、避け、相手の体勢を崩した隙に攻撃を加え、蹴り倒して見せたのだ。

 それが、戒斗が磨いた力だと言うことにことりはすぐに思った。

 そして、アーマードライダーの力も借り物でしかないと言った彼の言葉が彼の本心から出た言葉であったことに気付いた。

 人間を圧倒するインベス。

 そのインベスを御する力を持つロックシードでも人間を越えたような感覚を使用者に与える。それが、インベス殺す力をもつアーマードライダーの力であれば、その全能感は計り知れない。

 しかし、そんな力に触れながら、戒斗は自分を鍛えることを怠らなかったのだ。

 

「だから今は、この力で最強を目指す。変身!!」

 

 地面に伏すインベスを見下ろしながら、戒斗は、バナナの紋様が刻まれた錠前を構える。

 自らが借り物と呼んだ力。

 彼は、それをことりの前で戦極ドライバーに固定する。

 人間であるため、インベスを完全に倒すまでには至らない。そのため、最終的には戦極ドライバーを使わざるを得ない。

 しかし、彼にはそこに止まっていようなどと言う甘い考えはない。

 ことりは、彼の背中が自分に語りかけているように見えた。

 本当に重要なのは力ではないというように。

 所詮道具は使う者次第であると、自身の姿でことりに示すように。

 

 

 

 カッティングブレードに手を掛け、回転させる。

 

『カモン、バナナアームズ! ナイトオブスピア!!』

 

 頭上にクラックが開き、バナナ型の塊が落下する。

 戒斗の頭に覆いかぶさったアームズが展開し、彼の姿を騎士へと変えた。

 完全にアーマードライダーの姿へと変わった戒斗は、すでに立ち上がっていたインベスめがけて駆けだした

 

「戒斗先生・・・・・・」

 

 ことりは、膝に手をついて立ち上がる二度もインベスの攻撃を受けてふらつく体を何とか立たせた。

 視線をシカインベスと戦うバロンから、手に持つロックシードへ目を向けた。

 それは力だ。

 だれでも手にすれば簡単に扱える力。

 先ほど自分が力を得ようと安易に手を出したもの。

 が、今、ことりの目の前にあるのはことりにとってただのロックシードでしかなかった。

 見え方が変わったのは、ことりの求めるものが、目指すものが変わったからだ。

 

「これはまだ自分の力じゃない。でも、今の力じゃ誰かを、自分すら守ることはできない」

 

 ことりは、ロックシードを強く握りしめる。

 悔しいが、ことりには、インベスと戦うことはおろか、憐次をつれて逃げるだけの力もない。

 

「私は強くなりたい。だからそのためにも、こんなところで死ぬわけにはいかないし、レンジ君を助けたい」

 

 ことりは、そばに転がっていた鞄に駆け寄り、中からユグドラを取り出した。

 

「お願い。レンジ君を助けるために力を貸して」

 

 ことりは、心からの叫びと共に、ユグドラを右腕にあてがった。

 側面に存在するスリットが黄色く光り、彼女の二の腕に巻き付いた。

 変化を経てからも、一度もその真の姿を見せなかったことりのユグドラ。しかし、黄色いバンドが腕に巻き付くと共に、ユグドラ自体も変化した。普段のユグドラには存在しない刀のようなパーツ、カッティングブレードが出現した。ことりの叫びに応え、ついにその真の姿を現したのだ。

 

「ありがとう。応えてくれて」

 

 彼女の頬に一筋の涙が伝う。が、ことりはすぐにそれを拭った。

 今は泣いている場合ではない。

 ことりは、覚悟と共に戒斗とシカインベスが戦っているところへ体を向けた。

 

「誰かを守るため、そして私が、私のまま強くなるために……。今はこの力、お借りします。変身!」

 

 ことりは、先ほど渡されたロックシードを解錠する。

 ロックシードに描かれていたのは、エメラルドに輝く宝石のような果実の房。その果実の名が、ロックシードの解錠とともに宣言される。

 

『マスカット!』

 

 ことりの頭上に、円上に配置されたチャックのようなものが出現し、空間にぽっかりと穴をあける。すると、その穴からエメラルドの輝きを放つ固まりが現れる。

 その形は、ロックシードに描かれた果実を象っていた。

 

『ロックオン!』

 

 右腕に取り付けたユグドラに、ロックシードを固定する。

 そして、ユグドラに新たに出現したカッティングブレードでキャストパットを切り開いた。

 

『カモン、マスカットドレス! オネストハート!!』

 

 頭上に浮いていたエメラルドの宝石のような玉がいくつも集まった果実を象った光の塊がことりのもとへ降り、彼女の体を包みこんだ。

 

「はぁっ!」

 

 彼女が自身をつつむ光のベールを払い去ると、ベールに隠された姿を披露する。

 エメラルドグリーンを基調とした衣装の上に白いエプロンドレスを身に着けている。頭には、カチューシャに付いたレースが風になびいている。彼女の特徴的なサイドテールを作る髪飾りには、マスカットの果実が施されていた。

 スカートは膝が出るくらいの長さになっているが、その姿はまさにメイドだった。

 

「なんでメイド? ……でも、ちょっとかわいいかも」

 

 初めて自分の姿を確認したことりは、自身の恰好に首をかしげる。

 が、彼女が衣服のデザインや製作に興味があることもあり、自分が纏う衣装に少しだけ顔を緩ませた。

 しかし、すぐに真剣な表情へと戻る。

 事態は一刻を争うのだ。自分の姿に見とれているような時間はない。

 

「レンジ君、少しだけ待っててね。すぐに助けるから」

 

 ことりは、後ろで痛みにうめいている憐次に呼びかけるとシカインベスに向き直る。

 

「ふん。お前も、成ったか」

 

「はい!」

 

 

 

 ことりの変化を感じ取ったのか、シカインベスは様子を見るように距離を取っていた。

 そのため、ことりは落ち着いてシカインベスの様子を窺いながら、

 

「来て、マスカロット!」

 

 手を前へかざす。するとその呼び声に呼応し、緑色の果汁がはじけると共に、彼女専用の武器が姿を現す。

 彼女の手に握られたのは、白い棒。その両端には、マスカットの房があしらわれている。その時点では少し短く感じる長さだったが、両端のマスカットがさらに外側へ飛び出し、ことりの身長を越えるくらいの長さへとなった。

 ことりはそれを長年使ってきたかのような慣れた手つきで、出てきたロッドを体の周りで振り回す。

 ことりに棒術の経験などないが、ユグドラにインプットされたデータからなるサポートによって、素人に彼女に達人さながらの動きを可能にしている。

 

「行くよ!」

 

 ことりが気合いとともに走り出した。

 憐次を助けるためには、一分一秒でも惜しい状況だ。

 ことりも穂乃果たちと同様、インベスを殺すという選択肢がないため、この場を収める方法はただ一つ。インベスを元の世界へ帰すしかない。

 早く決着をつけるのには、インベスに時間を与えずに一気に決めてしまうしかない。

 そう考えた彼女は、先手必勝とばかりにシカインベスへ突撃する。

 ことりの行動に気づいたシカインベスは、ことりを迎え撃つために腕を振り上げた。

 ことりは、シカインベスに対し、ロッドを突き出した。

 

「たぁ!」

 

 インベスは、くぐもった声を発した。

 もし人間なら疑問符が聞こえてきそうな鳴き声をシカインベスが発したのは、振るった腕が空を切ったからだ。

 その原因は、インベスの胸に突き立てられた白い棒。

 ことりは、突き出したマスカロットで、シカインベスの攻撃の当たらない距離を確保していたのだ。

 が、ただ攻撃を受けないようにするだけでは終わらない。

 その状態からさらにマスカロットを突き出して押し戻した。インベスがよろけるとすぐさま右腕と腰で棒を固定、左足を軸に一回転するとともにマスカロットを横薙ぎにふり、シカインベスを叩き飛ばした。

 インベスは、広場へ向かう階段の向こうに転がっていった。

 右足を踏ん張って回転を止めると、シカインベスがゴロゴロと転がるのを見据えながら深く息を吐いた。

 そして、次なる動きに備えて、マスカロットを構え直した。

 

 ――本当に、自分じゃないみたい。

 

 ことりは、心の中でつぶやく。

 まるで自分の体ではないように、体が自在に動く。自分が思い描いた以上の動きを体がしてくれる。

 

 ――いや、違う。

 

 これは、本当に自分の力ではないのだ。

 その動きも、マリオネットの様にアームズによって動かされているにすぎない。

 だが、ここからはただ動かされるのは終わりにする。

 マスカロットを構え直したことりは、深く深呼吸する。

 自分の力不足はわかっている。ならせめて、道具を道具として使って見せようと思う。

 ただ道具に使われるのではなく、自分の意志を持って、動きに自分の思いを反映させる。それが、彼女の思う強くなるための第一歩だ。

 ことりと戒斗は、インベスを追って階段を駆け下りた。

 二人が追いつくと、インベス広場に倒れているところ見つけた。

 もう、立ち上がる力もないように見える。

 

「ふん、お前もなかなかやる。このまま押し切――」

 

「――よう、奇遇だなぁ」

 

 シカインベスは、バロンとことりの攻撃を受けて動きを大分鈍らせていた。

 シカインベスを無力化するならこれ以上ないほどの好機。

 ことりは、インベスをヘルヘイムへ帰そうと身構え、戒斗は、止めを刺そうとカッティングブレードに手を掛けた。

 しかし、そんな二人の耳に招かれざる者の声が響いた。

 二人が広場を取り囲んでいる階段の上へと視線を移した。

 声の主は、秋葉原に蔓延る違法錠前ディーラー。

 全身黒に身を包んだ帽子の男。

 戒斗の宿敵、シドだった。

 シドは、商売道具を収納したスーツケースを脇に置いて、二人を見下ろしていた。

 

「シド。貴様、何のようだ」

 

「なに、戦おうってわけじゃあない」

 

 最近戦ったばかりであったため、戒斗はいつも以上にシドに対し警戒する。その姿が滑稽に見えたのか、シドは広角をあげた。

 

「そうそういきり立つなよ。今日も別の仕事中だ。悪いな。遊んでやれなくて」

 

「・・・・・・ならば、目的はなんだ」

 

「なに。通りがかったもんで土産でもと思って、な」

 

 シドは、いつも引きずってスーツケースから何かを取り出す。そしてそれをちょうどインベスが倒れているところへ投げた。

 彼が投げたのは、イチゴの意匠の施されたクラスAのロックシードだった。

 ロックシードは、地面を転がり、ちょうどシカインベスの顔の前で止まった。すると、さっきまで疲弊して動けずにいたはずのシカインベスが、さっとロックシードをつかむと、額にそれを当てた。

 

「な、しまった」

 

 バロンは、インベスの行動の意味に気付いたが遅かった。

 ロックシードに反応し、インベスの額に口が開いた。縦に長いクラックを思わせるその口がロックシードを飲み込んだ。

 突如インベスに変化が現れた。ロックシードを飲み込んだ口があった頭を押さえながらインベスは、苦しむように悶え出した。中にあるものを必死にかき出そうとしているかのように体をかきむしり出す。

 そのインベスを苦しめる何かは、体の奥から溢れ出した光と共に現れる。

 最初は小さかった光が徐々に全身へ広がっていくと共に、インベスの体が隆起する。そして突き破る。

 腕が弾けてより大きな腕が、足が破れて短いながらも太い足が。そして、頭が爆ぜ、以前よりも大きく成長した角を生やした頭が姿を現した。

 身長は、変化する前の二倍以上。そしてそれ以上に全身が数倍に肥大化しており、ただの大きさだけでない威圧感を放っていた。

 シカインベスは、ロックシードを食べたとたんに変化した。すなわち、その変化は、ロックシードを投げたシドのせいと言うことになる。

 たまらずバロンは、シドに怒声をとばす。

 

「貴様、ふざけたまねを!」

 

「ああ、礼ならいらないぜ。じゃあな」

 

「なっ。貴様、待て!」

 

 立ち去ろうとするシドを追おうとするが、バロンはその場から飛び退いた。

 巨大な拳が、バロンが飛び退いてすぐ、彼のいた場所に振り下ろされた

 インベスの攻撃をよけてすぐに視線を戻すが、シドはすでそこにはいなかった。

 どこに逃げたのか。目で追おうとするが、すぐにその行動は中断される。

 今さっきまで、動くことすら困難な状態になっていたはずのシカインベスが、変化とともに今までのダメージなどないかのような機敏な動きでバロンへ攻撃を繰り出したのだ。

 バロンは、バナスピアを振り回して牽制するが、シカインベスは、隙あらば拳を振り下ろし、かと思えば地面についた腕を軸に回し蹴りをし、さらには頭の角を振り下ろした。

 

「やっかいな。――ぐっ」

 

 どれだけ戦闘経験があろうと多彩なテクニックを有していても、純粋な力比べでは体の大きさからも勝敗は明らかだ。

 バナスピアで受け流したため、直撃は免れたものの、バロンはシカインベスの突き上げられた角を受け、後方へ飛び退いた。

 

「そんな、あんなに大きく・・・・・・」

 

 ことりは、巨大化したインベスを前に愕然としていた。

 バロンがシカインベスの攻撃で飛ばされるのを見て、思わず後ずさる。

 

「くっ。お前は逃げろ。ここは、俺だけで対処する」

 

「いいえ。逃げません」

 

 それを見て、バロンはことりへ叫ぶ。

 バロンであっても苦戦する相手に、今日初めてインベスと戦うことりが戦えるはずがない。後ずさった彼女を見て判断しての言葉だった。

 しかし、彼女は引かなかった。

 彼女は、引いた足をさっきよりも前へと一歩踏み出した。

 

「あれは、一人では止められません。ここで食い止めないと、レンジ君を助けることはできません。でも、今の私にはそれを成し遂げ

るための力が足りません。だから・・・・・・」

 

「……」

 

「・・・・・・私に、力を貸してください」

 

 ことりは、まっすぐな瞳をバロンへ向ける。

 その瞳は、今にも泣きだしてしまいそうなほど潤んでいた。しかし、バロンはその瞳に確かな何かを感じた。

 

「いいだろう。なら、とどめはお前に任せる」

 

「はい」

 

 いちいち示し合わせている時間はない。

 バロンは、すぐにカッティングブレードを操作する。

 操作回数は三回。

 アーマードライダーの広範囲へ及ぶ最大威力の攻撃。スパーキング級の技を放つための動作だ。

 

「カモン! バナナスパーキング!!」

 

 その動作に応え、バナスピアへとバナナロックシードから抽出されたエナジーが蓄積される。

 

「はぁぁぁあああ」

 

 バロンは、バナスピアの切っ先に手を添え、エナジーの蓄積完了後にすぐ攻撃に転じられるよう構える。

 

「はぁっ!!」

 

 バロンは、鋭く地面へバナスピアを突き立てる。

 バナスピアが蓄えていたエナジーが切っ先から地面を伝い、インベスのすぐ下まで染み渡る。そして、そのエナジーは、無数の黄色く輝く槍となってインベスへ突き刺さった。

 腕に足に光の槍が突き刺さり、インベスは苦悶の声を上げる。

 とはいえ相手は、ついさっきロックシードを食べて巨大化したインベスだ。異常な進化により細胞レベルから再構成されたことにより、今まで与えたダメージは一切残っていない。

 そのため光の槍は、インベスの体を拘束するに止まっている。

 それどころか、その光の槍をへし折ろうと暴れまわっていた。

 

「そんな、戒斗さんの攻撃でも……」

 

「ふん。この程度、想定内だ」

 

 が、巨大化したインベスとの戦闘も経験済みの戒斗は、そんなことは重々承知だ。

 

「いまだ、南ことり。お前の覚悟を示せ!」

 

「は、はい!!」

 

 バロンの攻撃を受けてもなお動きを止めようとしないインベスを見て、一瞬動きを止めてしまうことりだったが、すぐにバロンの意図に気づいた。

 バロンは、彼女に止めを任せるといったのだ。

 ならば、彼が放ったのは相手を仕留めるための攻撃ではない。

 初めから、相手を拘束するためのものだったのだ。

 彼は覚悟を見せろといった。

 なら、彼女が取るべき行動は、一つしかない。

 それは、自分で宣言したことを達成すること。

 インベスをヘルヘイムへと帰すことだ。

 バロンの合図を聞き、ことりは、髪飾りに触れる。

 

「カモン! マスカットスカッシュ!!」

 

 髪飾りに触れてすぐ走り出すため構える。

 マスカロットにマスカットのエナジーが蓄積され始めると、ことりはまっすぐインベスへ向かって走り出した。

 ことりが選択したのは、単体へと絞った攻撃。

 この一撃に勝負を賭けるという覚悟のスカッシュだ。

 が、インベスもそれを黙って受ける気は毛頭ない。

 

「ぐっ。なに!?」

 

 自分がやられると悟ったのか、インベスは今まで以上に暴れ出した。

 もともと、バロンの技は、長時間敵を拘束しておくためのものではない。

 それに、すぐにインベスの動きを止めるためにエナジーの供給を切り上げてはなったため、技は不完全な状態だった

 徐々に綻びを見せていた光の槍が、ひび割れ、砕け始めた。

 

「南、よけろ!」

 

 ついに右腕が光の槍を砕き、拘束から抜け出した。

 シカインベスは、その自由になった腕をことりに向かって振るう。

 

「たぁぁぁあああ!!」

 

 ことりは、インベスの拳を前にし、しかし逃げなかった。

 以前のことりであればインベスがバロンの拘束を抜けた時点で逃げていた。いや、勝算があったとしても、拘束が健在であったとしても向かっていくことに躊躇しただろう。

 ところが、ことりは逃げるどころか前へ一歩踏み出す。

 それは、一見すれば無謀に見える。賢明な行動とは思えない。

 しかし、ことりには確かな勝算が見えていた。そして、強くなりたいという思いがあった。

 今はロックシードとユグドラの力に頼りきりの状態だ。

 そんな彼女が試される強さ。それは、意志の強さ。 

 いつも、あと一歩を踏み出すことできなかったことりにとって、それは大きな意味のある一歩だ。

 勝利のため。インベスを元の世界に返すため。憐次を助けるため。

 彼女は、今にも逃げ出していまいそうな自分を鼓舞して一歩を踏み出す。

 それこそが今の彼女の強さの証明。

 

「はっ!」

 

「南!」

 

 ことりとシカインベスの拳が重なる。そして、拳が通り過ぎる。

 そこにことりの姿はない。

 インベスの拳を受け、その場から刈り取られてしまったのか。

 

 

 

 否。

 

 

 

 ことりがいるのは、今まで彼女がいた場所の上空。

 巨大化したインベスの身長をも越すくらいの高さにまで移動していたのだ。

 インベスの拳が重なる瞬間、ことりはマスカロットを地面に突き立てた。

 さらに、地面に着いた状態からさらに押し込んだ。

 すると、マスカロットはその長さを縮めた。

 マスカロットが縮む限界まで縮みきったところで、彼女は棒高跳びのような体勢で宙へ身を投げ出した。

 そして、彼女の体とインベスの拳が交差する瞬間、彼女の体は、さらに上空へと跳ね上げられた。

 マスカロットは、もともと短い本体の両端が伸びることによって彼女の身長を超える長さを作っていた。彼女は、マスカロットの伸びていた一端を縮め、棒を支えにして体を宙へ浮かべた瞬間に伸ばすことで得た力をばねのように利用して、自身を空中へ跳ね上げさせたのだ。

 空中でインベスを見下ろすことりは、両手両足の反動を使って体勢を制御する。そして今度は、完全に伸びたマスカロットをやり投げのようにインベスへ投擲する。

 マスカロットは、一切の狂いもなくまっすぐにインベスへ向かっていき、胸のあたりに命中した。

 その瞬間、インベスをマスカットの形をした光に包まれた。

 インベスに接触したのを引き金に、マスカロットは内包していたエナジーを放出。果実の形をしていたエナジーは、緑色の渦となり、インベスの行動を妨げていた。

 インベスが動きを止めた絶好の機会。ことりは、マスカロットを投擲した時の勢いでもう一回転すると、再びインベスに向かい合う。そして、

 

「はぁぁぁあああ!!」

 

 右足を突き出し、両手でスカートの裾を摘んで押さえるような体勢で、緑色の渦に吸い込まれるようにインベスへと向かっていった。

 ことりの足がインベスに当たった瞬間、インベスを取り巻いていた渦がその回転速度をより一層増していく。

 それはさながら、槍の様。しかし、その切っ先が向けられているのはインベスではない。

 それが貫かんとするは、インベスをことりたちの世界へ止まらせているもの。ことりの願いを阻む壁。空間を隔てる形無き壁だ。

 ことりは、その壁を貫かんと力を込めた。

 誰かを守るために、大切な人を助けるために力を振るうことりに、迷いはない。そして、その思いがさらに彼女の後押しをする。

 空間に綻びが生じる。

 その綻びは、螺旋状に傷を広げ、やがてクラックという形で絶対的な壁に穴を開けた。

 ことりは、それを見てだめ押しとばかりに足に力を込めると共に後方へとんだ。

 ことりの加えていた力が無くなったが、緑の渦は止まらず突き進む。

 開いた穴はさらに口を広げ、巨大化したシカインベスをも飲み込んでいく。

 ことりが着地するとほぼ同時。インベスは、その巨体をすべて穴の向こうへと隠した。

 ことりは、暴走状態のシカインベスをヘルヘイムへ送り返すことに成功したのだ。

 

 

 

「レンジ君!!」

 

 ことりは、着地してインベスが穴の向こうへ消えたのを確認するとすぐに憐次が倒れている場所へ飛び出した。

 さっきまでの戦いは、すべて憐次を早く病院へ連れて行くためのものだ。

 インベスをヘルヘイムへ返すことができたとはいえ、それで息をつくことはできない。

 もはや、一刻の猶予もない。

 変身している今の状態なら自分で運んだ方が早いと思ったことりは、憐次の姿を探した。そこで、憐次とともに見慣れない一団を発見した。

 その一団は、憐次を担架へ乗せ、黒いバンの様な自動車でどこかへ連れて行こうとしていた。

 

「あの人たちはだれ? レンジ君をどこへ?」

 

 正体を確かめるために駆け寄ろうとしたことりは、肩を手を押かれて足を止めた。

 振り返ると、変身を解いた戒斗だった。

 

「あの。あの人たちはいったい」

 

「奴らなら問題ない。ユグドラシルの救護班だ」

 

「救護班。なら、レンジくんは」

 

「安心しろ。インベス被害による治療に特化した奴らだ。お前がインベスを対処している間に応急処置は終えている。この後は、ユグドラシルの提携病院に運ばれるだろう」

 

「・・・・・・よか、った」

 

 憐次の無事を知り、ことりはその場にへたり込んだ。

 憐次が助かるということを聞いて、張りつめていた緊張の糸が、ようやくほどけたのだ。

 

「・・・・・・ここから一番近い病院となると、西木野総合病院か。見舞いにでも行ってやるといい」

 

「戒斗さん、助けて頂きありがとうございました。・・・・・・あ、ちょっと待ってください」

 

 言うべきことだけ言って立ち去ろうとする戒斗を、ことりは呼び止めた。

 きっと立ち止まってはくれないと思いながら言ったのだが、以外にも戒斗は立ち止まった。

 

「戒斗さん。これ、ありがとうございました」

 

 ことりは、立ち止まった戒斗の前まで走ると、手に握ったものを彼に差し出した。

 それは、戒斗から渡されたマスカットのロックシードだった。

 ことりは、それを使って変身までしてしまったが、それが戒斗から貸してもらった力であると忘れていなかった。

 戒斗が貸してくれたお陰で、インベスを撃退することができたのだ。

 ことりは、律儀にこの場で返しておきたかった。戒斗への感謝を込めて。

 しかし戒斗は、彼女が差しだしロックシードを一瞥するが、受け取ることはせず歩き出してしまった。

 

「ちょっと待ってください。これ、返します」

 

 ことりは、それでも戒斗を追いかけ、ロックシードを返そうとした。

 すると、戒斗は鬱陶しそうにことりの方を向いた。

 

「それはお前が持っていろ」

 

「そんな。だってこれ……」

 

「安心しろ。それは、ユグドラシル製の正規のロックシードだ。不法所持でない以上、取り締まりなどの心配はしなくていい」

 

「そ、そうではなくて……」

 

 ことりが心配しているのはそんなことではない。

 ただ、ロックシードを返したかっただけなのだ。

 たしかに、そのロックシードを持っていること自体に不安はあった。

 しかしそれは、取り調べなどを危惧したものではなかった。

 ことりが恐れたのは、強力な力がすぐそばにあるという状況になることだった。

 強力な力は、きっと事あるごとに誘惑してくる。

 今回は、ちょっと目の前でちらつかされただけで負けてしまった。

 それが、毎日手元にあるという状態になるのだ。

 やっと他の力に頼らない強さを目指そうと思えたのに、すぐ手元に強力な力があっては、つい頼ってしまうのではないかという恐怖があったのだ。

 頑なにロックシードを返そうとすることりが一向に引きそうにないことりの様子に、戒斗はため息をついた。

 

「言ったはずだ。自分の足りないものを補うために道具を使うことは恥じるべきことではないと」

 

「え?」

 

「お前は、それが自分の力ではないと理解した。そして、それに頼りきりにはならないという意志を見せた。そんなお前ならば、ロッ

クシードを持っていても、問題はないはずだ」

 

「でも・・・・・・」

 

「それに、お前にはほかにもすべきことがあるのだろう?」

 

「すべき、こと?」

 

「奴らと同じ理想を目指すなら、力が必要なはずだ」

 

「それは」

 

 奴らと聞いて思い浮かべたのは、穂乃果と海未の姿。

 たしかに、これからもインベスを元いた場所へ帰すために戦うというのなら、ロックシードはどうしても必要になってくる。

 戒斗の言う通り、穂乃果たちと理想を目指すのであれば必要な力だった。

 

「お前は、自分の弱さを認めた。それでも尚、強さを求めた。ならば、それだけでも以前より強くなったはずだ」

 

「わたしが、・・・・・・つよく?」

 

 戒斗に強くなったと言われ、ことりは、自らの胸に問いかける。

 自分は、本当に強くなったのだろうか。

 

「・・・・・・」

 

 答えはでない。

 しかし、彼女は戒斗に確かな強さを感じていた。そんな戒斗が言った言葉は、なぜか信じられる気がした。

 

「だが、お前がそんなに返したいというなら・・・・・・、もっと強くなれ。お前が、そんな力に頼らずとも本当に強くなったと思えたと

き、改めてそれを返しに来い」

 

 いつか強くなれたなら。

 その言葉は、そのいつかを待っててくれる。自分が強くなるまで待っててくれると、ことりに思わせた。

 

「は、はい。いつか、必ずこのロックシードを返しに行きます」

 

 その思いは、彼女に強くなる理由をまた一つ、与えてくれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「ことりちゃん!」

「ことり!」

 

 戒斗が立ち去った後、入れ違いに彼女を呼ぶ声がした。

 ことりは、その声に振り向く。

 声から自身を呼んだ人物が誰かわかっていた。

 

「え? 穂乃果ちゃん、海未ちゃん?」

 

 しかし、やはり振り向いてその姿を確認して驚いていた。

 まさか、彼女たちがここに来るとは思ってもみなかったからだ。

 ことりは驚いて後ずさった。

 しかし穂乃果は、そんな彼女に飛びついた。

 

「ことりちゃん。大丈夫なの? 風邪は? 熱は?」

 

「もう、心配しましたよ。なにも言わずに休むなんて、何かあったのではないかと思いました」

 

 彼女たちは、ことりが休んだのを単に病気にかかったためだと解釈していたようだった。

 ことりは、それに気づいて、自分が彼女たちを裏切ってしまっていたことを思い出した。

 それを思い出して、ことりは穂乃果たちから目をそらした。

 

「今日はね、風邪とかで休んだ訳じゃないの。心配かけてごめんね」

 

「そうなの?」

 

「う、うん。・・・・・・?」

 

 ことりが強くなるためにしなくてはならないことが一つ残っていた。

 それを思いだし、いったいどうやって真実を話そうか。

 傷つきたくない弱い心とすべてを洗いざらい打ち明けようとしている気持ちがひしめき合う。

 そんな中、ことりは彼女の視界にちらつくオレンジと紫に気が付いた。

 穂乃果と海未は、それぞれユグドラを装着しており、それぞれのロックシードから生み出された衣装を身に纏っていたのだ。

 その衣装を着ている理由は一つしか思いつかない。

 

「って、どうしたのそんな恰好?」

 

「ああこれ? ってそうだった」

 

 ことりが問うと、穂乃果は今思い出したと言わんばかりに声を上げた。

 

「ちょっとインベスを追ってて……って、そう言えばことりちゃん。ユグドラ付けてるけど、インベスがこっちに来たの?」

 

「え? う、うん」

 

「じゃあ、そのインベスはどこに行ったの? あっち? それともこっち?」

 

「ええと。インベスなら、帰ったよ?」

 

「帰ったって。いったい誰が・・・・・・」

 

 インベスを容赦なく殺すユグドラシルがインベスを返してあげたなどと言うことは、考えられなかった。

 それに、インベスを返してあげるなんてことを思いついたのは、おそらく穂乃果たちが初めてなのだ。

 そのことを踏まえるとインベスを帰したのは、ユグドラシルの関係者以外。それこそ彼女たちと同じ様な一般人だった人だと考えられた。

 そこまで考えて海未は、ことりの腕に巻き付いているものがいつものものと少し異なっていることに気がついた。

 

「そう言えば、ことりちゃんの付けてるユグドラ。もしかして、私たちと同じものですか?」

 

「そう、みたい・・・・・・」

 

 ことりは、海未の問いにためらいがちに答えた。

すべてを明かすことに決めていたことりだったが、いざ対面してみると口ごもってしまう。

 しかし、巨大化したインベスからも逃げることなく立ち向かった今の彼女に、逃げるという考えはなかった。

 

「で、では、インベスを帰してあげたというのは、もしかして」

 

「うん。ことりだよ」

 

「え、ことりちゃんが!?」

 

 ことりは、海未の疑問に肯定した。

 それはすなわち、彼女が海未や穂乃果と同じように変身し、インベスと戦ったということを意味していた。

 それを聞いた穂乃果は、今度はことりの体を調べるように触り始めた。

 

「もう。ひとりでそんな危険のこと。怪我とかない? 痛いところは?」

 

「うん、大丈夫。大丈夫だよ」

 

「本当に? ほんとの本当に?」

 

 穂乃果たちの脳裏には、インベスを使って戦おうとした彼女の姿が思い出された。

 ドレスと、インベスをヘルヘイムへ帰す力。

 それを持つものが3人に増えた。しかも、その力を持つ者が友達同士だという奇跡に運命を感じた。

 しかし、同時に心配にもなった。

 一度あきらめそうになった穂乃果が言えた義理ではないと思ったが、ことりを止めるべきなのではないかと思った。

 彼女はやさしい。

 きっと穂乃果や海未よりやさしい。

 でも、優しいが故に傷つきやすい。

 そんな彼女に、インベスを帰すためとは言え、その戦いに耐えられるのだろうか。

 それが心配でならなかった。

 だから穂乃果は、彼女の瞳をのぞき込んだ。

 彼女の覚悟を確かめるように。

 

「大丈夫だよ」

 

 するとことりは、穂乃果の瞳から目を逸らさずに言った。

 穂乃果と海未は驚いた。

 彼女の瞳と声に今までにない力を感じたからだ。

 どこか印象が変わったように感じた。

 

「ことり、ずっと強くなりたかった。そのために力がほしかった。でも、教えてもらったの。力のあり方を。そして、強くなる本当の意味を」

 

「教えてもらったって、誰に?」

 

 穂乃果の問いにことりは、一度穂乃果たちから視線をはずし、後ろを振り返った。

 今はもう彼の姿は見えない。

 ことりは、去ってしまった彼の背中に向けて言った。

 

「いつもむすっとしてるけど、きっと本当は優しいナイト様に、かな?」

 

 

 

 穂乃果と海未が合流し、話している姿を眺める陰があった。

 それは帽子と黒ずくめが印象的な男。

 彼は、彼女たちの一人が巨大化した暴走インベスをヘルヘイムへ送り返そうところからずっと彼女たちの様子を観察していた。

 彼は、決して彼女たちに劣情を抱いている訳ではない。

 子供になど興味もなく、むしろ嫌悪しているくらいの彼が彼女たちを見ていたのは、単に仕事だからと言う以外無かった。

 

「おやおや、これで三人目か」

 

 少女とバナナアームズを纏う騎士が暴走インベスを倒したところで、観察を切り上げてその場を立ち去ろうとする。

 そこへ、新たに二つの陰が現れる。

 

「シド、これはどういうことですか?」

 

「おやおや、嬢ちゃん。お出でなすったか。とはいえ、もう終わっちまったっぜ」

 

 現れたのは、少女二人。

 二人ともちょうど先ほど戦っていた少女と同じくらいの年だ。一人は、鼻筋の通った端整な顔立ちと金髪が目を引く。対してもう一人の少女は、大らかそうな雰囲気と豊満な胸が印象的な、包容力を感じさせる少女だった。

 彼女たちとシドは知り合いであるのか、彼が茶化すように言うと、金髪の少女はあからさまに顔をしかめた。

 

「ふざけないで。・・・・・・それよりもこの状況の説明をしてください。やっかいな人たちが減るどころか増えてしまっているこの現状に

ついて」

 

「なんだ。説明するまでもなくわかっているじゃないか。よけいな手間が省けて助かるぜ」

 

「ですから、ふざけないでと言っています。それに、最後に取った行動は何ですか? 音の木坂の生徒を傷つけるようまねはしないようにと言ったはずです。勝手な行動を取るのであれば、あなたにはもう頼まなーー」

 

「――調子に乗るなよ、ガキ」

 

「――っ」

 

 シドのふざけた態度に、少女は怒りをぶつける。

 が、その態度が気に障ったようで、シドは彼女の頬をつかむようにして言葉を遮った。

 

「別に、お前に直接雇われてるわけじゃないんだ。お前の使いっぱしりじゃないんだぜ。それに、ガキは大人に敬意を払うべきだ。そうだろ。生徒会長さんよ?」

 

 そして、彼女をつかんだまま、彼女をにらみつけた。

 少女は、負けじとにらみ返すが、今主導権を握っているのは明らかにシド。

 にらみ返すことだけが、彼女にできる唯一の抵抗だった。

 

「やめてください」

 

 そんな彼女を助ける様に、横から手が伸びシドの腕をつかんだ。

 

「シドさん。えりちが失礼しました」

 

「希・・・・・・」

 

 彼を止めに入ったのは東條希だった。

 彼女は、いつものやわらかい笑顔とともに、シドの視界に自分の顔を滑り込ませた。

 

「少ぉしうまく行かなくて、頭に血がのぼってもうただけなんですよ。今回は、大目に見てくれません? 大人なシドさん?」

 

 希は、絵里に変わって謝罪する。

 上目遣いでねだるかのような声音で縋る彼女には、大抵の男であればそれが何であれすべてを許してしまいそうな破壊力があった。

 しかしシドは、希のお願いには微動だにせず視線だけを彼女へ向けた。

 口調は確かにお願いだった。が、その言葉とは裏腹に、シドの腕をつかむ彼女の手には、彼の腕を握りつぶさんとばかりに力が加わっていた。

 シドに向けられた笑顔も、その腕に加わる強さとともに見ると、「これ以上えりちに手ぇ出しよるんやったら、ただじゃおかへん」とでも言っているように感じられた。

 

「確かお前は、東條希だったか?」

 

「ええ、せやで」

 

 シドは、それを恐れた訳ではないが、絵里をつかんでいた手をゆるめた。

 もともと、そんなに頭に来ていた訳ではない。

 彼は野心の強いタイプである。そのため、その野心をかなえるためであるなら、どんな者にも付くしどんなことでもする。

 そして、現在は絵里と共に行動はしているものの、それは彼の野望とは直接は関係がない。

 そのためその立場をわからせるために行った行動だった。

 にらみ返しては来ているが、絵里の表情からして自分たちの立場はしっかりと刻み込めただろう。

 そして、怒りと言う感情とは無縁のような印象を受ける希の予想外の一面を見ることができ、彼としては満足だった。

 

「そうだな。俺としたことが少しガキにムキになりすぎちまったみたいだな」

 

 シドの手から解放された絵里は、途端に彼と距離を取ると、彼をにらみ続けながら彼に捕まれていた頬をそれれ拭った。

 

「まあ、俺もガキのそう言う態度には慣れている。まあ、次からは気をつけるこった」

 

 任務はすでに終わっている。だから、彼にこれ以上この場に止まっている意味はない。

 シドは、絵里と希の間を割るように通ると、彼女たちの後ろに位置していた階段から下へと下りていった。

 

 

 

「くっ・・・・・・」

 

「えりち!」

 

 シドをずっとにらみつけていた絵里は、しかしシドが姿を消すとその場にへたり込んだ。

 

「まったく。あんな下素にいいようにされるなんて。・・・・・・情けない」

 

 確かに、絵里の指示で彼は動く。そう言う契約だった。

 しかし、彼が直接付いているのは絵里ではない他の誰かだ。

 そして、その誰かに絵里は彼と同様付いている状態だ。

 相手は、大人の男。しかも戦闘にはだいぶ慣れている。

 そのため、契約外では、彼女は彼に逆らえない。

 その事実を痛感させられた絵里は、地面に拳を叩きつけた。

 

「それに、まさか希に助けられるなんて。なぜあなたがここに」

 

「ん、なんでうちがここにいるのか? そんなん、えりちがピンチならうちはジェットでマッハで駆けつけるってだけやで?」

 

「ごめんなさい。今私は少し苛ついているから、茶化さずに答えて」

 

 絵里は、余裕をすっかり失っていた。

 希としては、8割ほど本気だったのだが、彼女の気持ちをくみ取った。そして、ここにいる一番の理由を口にする。

 

「・・・・・・知っているってだけの状況が、イヤになったからや」

 

「・・・・・・」

 

「えりちが、うちを危険に巻き込まないためにそうしてくれていることは知ってるで。でも、えりちだけが傷ついている状況でそんな

ん、うちは耐えられない。だから、できることは少ないかも知れへんけど、協力させてほしいんよ」

 

 絵里は考える。

 もともとこの事態は、自分だけで解決するはずだった。

 が、弱いばかりにある日希に話してしまったのだ。

 それからは、生徒会の仕事を彼女に任せることもあったり、実際何度も助けられてきた。

 何度も折れかけた彼女が、それでもこうして折れずに戦ってこれているのは、希の存在が大きかった。

 助けられるだけ助けられて、肝心なところで帰れなんて、希を守るためとはいえ、ムシのいい話だと絵里は考えた。

 

「ありがとう。正直、希が居てくれるってだけで心強いわ。これからも危険な目には遭わせない。でも、少しだけ私を助けてほしい。いい?」

 

「そんなん、もちろんや」

 

 絵里が助けを求めると、希は安心したように笑った。

 そして、座り込んだままの絵里に手を差し伸べた。

 絵里は、その手を取って「ありがとう」というと立ち上がった。

 

 

「それで、これからどうするん。えりち?」

 

 絵里から直接協力を頼まれたのだ。

 希は、早速話を切りだした。

 

「そうね・・・・・・」

 

 絵里は、視線を落とした。

 彼女の中では、すでに決まっていた。

 しかし、それを行うということは、彼女たちと完全に敵対するということ。そして、彼女たちを自らの手で傷つけるということだった。

 いままでは、その考えに至っても、踏み出すことができずにいた。

 が、今はそばに希がいる。そのことが、彼女に一歩踏み出す力を与えた。

 

「まあ、そうね。人に任せておいて文句だけ言うというのは、よくなかったわね。やっぱり、口先だけの人間にだれも従わない」

 

「それって、まさか」

 

「私としても、なるべく穏便に手放してくれればよかったのだけれど。これ以上私たちのじゃまをするというのであれば・・・・・・」

 

 絵里は、スカートのなかに隠したホルスターのような物から、ロックシードを取り出した。そしてそれを見つめながら宣言する。

 

「私が直接回収するわ」

 

 彼女の覚悟を。

 

 




4週間ぶりでしょうか。長らくお待たせいたしました。幸村です。



ついに、ことりちゃんの変身回を書き終えることが出来ました。
戒斗さんから渡されたロックシード。
バナナだと思いましたか? 残念、オリジナルロックシードでした。

これで、穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃんと初期メンバー三人全員が変身することが出来るようになりました。
これで心置きなくファーストライブへ向かって書き進めることが出来ます。



でも、曲作りの問題とか、グループ名も決めないといけないとか、問題が山積みで……。
ファーストライブを行うまでもう少しかかるかもしれません……。

そろそろ、生徒会サイドにも動き出していただきたいところ。


まだまだやりたいことがたくさんありますが、お付き合いください。

そういえば、最近Twitterを始めました。

ユーザー名は、@YukimuraSuguta です

まだつぶやきは少ないですが、ちょくちょくつぶやいていこうと思うので、よろしくお願いします。

ではでは

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