ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第十六話 『目指すべき姿』

 戒斗からの事情聴取を終えたことりは、その場でうつむいたまま座っていた。

 戒斗に言われた言葉が、何度も心の中に響く。

『貴様は、どう足掻いたところで誰にも成れはしない』

 ことりは、自分のことが嫌いだった。

 いつも周りに流されるだけで自分がない。自分の意見もはっきりと言えない、そんな弱い自分が嫌いだった。彼女は、自分ではない誰かほかの人のようになりたかった。

 

 穂乃果のように堂々と自分の思ったことを言えるような人に。

 

 海未のように間違っているものは間違っていると、きちんと伝えられるような人に。

 

 弱い自分など脱ぎ捨てて、他の強い誰かのようになりたかった。

 だから、戒斗の放った言葉は、ことりの胸に深々と突き刺さったのだろう。

 お前は、弱い自分のまま、変わることなどできないと。強くなどなれやしないのだと。

 

「おい、ことり。大丈夫か?」

「……」

 うつむいたままのことりに、憐次は声をかける。

 どうやら、違法にロックシードを所持していたというのは、無理やり渡されたとはいえ事実だったと理解した。

 彼は、ことりがたびたび自分を出さずに我慢するところがあることは知っていた。

 穂乃果や海未といる時も、たびたび感じることはあった。

 ことり自身完全にいやいやということはなかっただろうが、穂乃果が何かをやろうと言い出せばそれに笑って従い、彼女と海未の意見が対立すれば間に入ってなだめていた。

 しかし、それはことりの性質からなるもので、いくらか折り合いをつけているものだと思っていた。

 まさかロックシードなんて力を欲するほどのコンプレックスを抱えていたとは思っていなかったのだ。

 うつむいたままの彼女をどうにか慰めようと言葉をえらぶ。いや、そもそも慰めることも正しいことなのかどうか悩みながら、せめて気分を晴らせればと続けた。

「なあ、ことり。気にすることねぇって、あんなの。それより、ここのフルーツすげぇおいしいんだぜ。気分転換に……」

「……構わないで」

「いや、でも――」

「――お願いだから、一人にして!」

 ことりは、テーブルを手で叩いた。

 店内に、どよめきが走る。

 ことりの腕がカップに当たり、そのカップが床を鳴らしたからだ。

「……ごめんなさい」

「こ、これくらいだいじょうぶだ」

 ことりは、落ちたカップを見て、またうつむいてしまう。

 戒斗に言われたことに落ち込むだけでなく、それによってたまった苛つきをものにぶつけてしまった事実がさらに追い打ちをかける。

 落ち込んでしまった彼女を見て、憐次は、問題ないと言いながら落ちたカップを拾う。しかし、その顔は少しひきつっていた。

 それをことりは、見てしまっていた。

「でも、お願いだから。こんなことりのことなんか、放っておいて」

「そんなこと、できる訳ないだろ。悩んでることがあるんなら、話してくれよ。俺じゃ全部を解決なんてできないかも知れなけど、話すこともできないくらい頼りないか?」

「そうじゃ、ないの。・・・・・・全部ことりが悪いの」

「何だよそれ」

 憐次は、ことりのはっきりしない物言いに若干イライラした様子で問う。

 ことりは、彼の様子からそれを感じ取り、観念したように話し出す。

「レンジ君も幻滅したでしょ?」

「だから何が」

「ことり、裏ではいつもあんなことばかり考えてた。他人のすごいところばかり目に入って、うらやましがって、妬んで。いつしかことり、穂乃果ちゃんや海未ちゃんのこともそう言う目で見てた。友達に対しても、愛想笑い浮かべてた。ことり、最低なんだよ」

「気にすること無いだろ。みんな、他人に対して少なからず嫉妬とかしたりするもんだ」

「でも、それだけじゃない。穂乃果ちゃんや海未ちゃんは、ことりにたくさんのものをくれる。今回だって、こんなことりをスクールアイドルに迎えてくれた。なのに、ことりは始まってすぐ怪我しちゃうし、全然練習にはついていけないし。ことりは、まだ二人に何も返せてない。こんな、何もできない私と一緒にいても何の得にもならない。ことりと一緒になんて、いない方がいいんだよ」

 ことりは、いつもそのことがひっかかっていた。

 友達とは、こんなものだっただろうかと。

 妬んで、羨んで、裏でそんな醜いことを考えているものが、果たして誰かの友達だといえるのだろうかと。

 ことりは、友達とはもっときれいな関係だと思っていた。

 隠し事などなく、互いが互いのために素直に動ける。

 そんな関係だと、ことりは思っていた。

 だとすれば、ことりはいったい何なのだろう。

 穂乃果や海未、憐次に対し、心の内に誰にも言えない気持ちを隠して接していたことりは、彼らにとってのなにと言えるのだろうか。

「ことり!」

 憐次は、うつむいたままのことりの肩をつかんで自分に向き直らせる。

 ことりの目と憐次の目が合う。憐次のにらみを利かせた瞳に、ことりは息を飲む。

 ことりが自分を殺して他人に合わせていたこともあり、憐次と喧嘩をすることなど今まで一度もなかった。

 それだけに、憐次が本気で怒っていることが分かった。

 初めて見る憐次の怒りの表情に、ことりは体が固まってしまっていた。怖くて目をそらしたかったがそれは叶わない。

「ことり。お前、それ本気で言ってるのか」

「ほ、本気だよ。こんな、なんの取り柄もない、役にも立たないことりは、穂乃果ちゃんたちのそばにいないほうがいい」

「そうかよ」

 憐次は、がたんと音を立てて立ち上がった。そして、机に両手をたたきつけた。

「……お前がそんなに損得勘定で物事決めるってんなら、はっきり言ってやるよ」

 ことりは、その言葉に思わず目を瞑る。

 嫌われた。

 当然だ。裏で自分がどういうふうに見ていたか知られてしまったのだ。今までの笑顔にも偽物が紛れていると知られてしまったのだ。嫌われて当たり前なんだ。

 それを面と向かって言われるのが怖い。

 でも、それと同時にそれでいいのかもしれないと思っていた。

 こんな何にも出来ない、何も返すことのできない人間は、一人でいるのがお似合いだ。

 そう思って、ことりは覚悟を決める。

 彼女が覚悟を決めた直後、憐次は口を開いた。

「俺にとって、いや、穂乃果や海未だってきっと同じこと思ってるはずだ」

 そうだ。もし、穂乃果たちも事実を知ったなら、憐次と同じように自分のことを嫌いになるに違いない。そうことりは解釈する。

 だから、その言葉に続くのは、「大嫌い」の一言だ。

 が、憐次は、彼女の予想とは異なった言葉を口にした。

「俺たちにとってはな。ことり、お前がいる事、ただそれだけで十分すぎるくらいメリットなんだよ」

「え?」

 ことりには、うまく理解できず呆気にとられる。

 いるだけでメリット? 得? 何を言っているのだろう。

 自分に価値などないと思っていることりにとって、それは理解のできない言葉だった。

 ぽかんとしていることりを見て、憐次はため息をつく。

 理解できない様子のことり。いや、本当はわかっているはずだ。わかっているはずなのに追いつめられてわからなくなっているだけ。

 そう感じ取った彼は、ことりへ問う。

「ことりは、穂乃果の人を引っ張っていく力をうらやましいと言ってたな」

「そ、そうだけど・・・・・・」

「なら、お前が穂乃果と友達になったのは、そんな力を持ってたからか?」

 その問いにことりは反応して顔を上げる。

「……そんなことない」

「海未の冷静に物事を判断する力が妬ましいって言ってたな。海未と友達になったのは、そんなものを持ってたからなのか?」

 続く問いに、ことりは唇をかみしめた。

「そんなわけない。そんな持ってる持ってないとかで友達を選ぶわけないじゃない!」

「……だよな」

 憐次は、最初からわかっていた思いながら、少し安心したように笑った。

「俺だってお前ら見ててうらやましいって思ってることたくさんあるぞ。穂乃果の底抜けの元気もそうだし、海未の自分に厳しいところもそうだ。ことりのおおらかで何でも受け止めてくれそうなところとかもすごいって思う」

「わ、わたし……、そんなこと……」

「穂乃果のやると決めたら一直線に進めるところとか羨ましい。海未の矢を射るところなんてすごいかっこよくて憧れる。それにことりも衣装のデザインしたり実際に作ろうとしてたり、俺にできないことができてすごいって思ってる」

「ことりは、そんな。・・・・・・すごくないよ」

 ことりは否定する。自分にそんなすごい力などないと。

 自分のすごいところをきちんとわかっている人なんてほとんどいないだろうと憐次は思う。

 きっと、穂乃果や海未も、ことりが挙げたようなことをすごいことだなんて思ってないだろう。その人にとって、それが当たり前だから。

 自分で自分のことをすごいなんていう人は、よほどの自信家でなければいないだろう。その点で言えば、ことりが自分はすごくなんてないと否定することもある意味正常であるといえるだろう。

 自分にいいところなど無いということりに、憐次は知ってもらいたいと思う。

 少なくとも自分は、ことりに対してうらやましいと思っていることがたくさんあるということを。

 でも、いまはそれを置いておく。

 今それを言えば、少しややこしいことになる。

 今彼が言いたいことはもっと別のことだった。

「でも、俺はお前たちが何をできるからとかそんなことで友達になった覚えは無いぞ。ことりだってそうだろ?」

「私は・・・・・・」

 ことりは考える。穂乃果、そして海未と友達になったときのことを。

 が、思い出せなかった。いや、きっかけがあったのは覚えている。

 でも、それはきっかけにすぎず、どこから友達じゃなくてどこからが友達なのかという境にはならなかった。

 きっかけというのも、今になったからこそ言えるというだけのもの。

 当時のことりたちは、それがきっかけであったことも気づかなかっただろう。

「見つけたいいところも悪いところも、ほとんどが友達になって気づいたことがほとんどだろう? だいたい友達なんていつの間にかなってるもので利益になるとか考えてなるもんじゃないんだよ。だから、ことりがされたことに対して何かを返したいと思うのは勝手だけど、返すことができないからって友達じゃなくなるなんてありえない。少なくとも俺たちは、もっと別の何かでつながってるんだからさ」

「別の、何かって?」

「そりゃ・・・・・・」

「・・・・・・?」

 憐次は、答えようとして目をそらす。

 ことりは、そんな彼を目つめていた。

 所詮さっきまでの言葉は自分を慰めるための言葉だったのかと、視線で彼に問う。

 ことりの視線を感じ、憐次は焦る。

 彼は、別に答えられなくて目をそらしたわけではない。が、ここで黙ってはことりをまた不安にさせてしまう。

 憐次は、恥ずかしさをかなぐり捨てて口にする。

「俺がお前たちと友達になったのはもっとこう、なんていうか。自然体でいられるって言うか、一緒にいて安心するって言うか、居心地がいいって言うか……」

「……レンジ君?」

「――ああ、もうよくわからねぇけどそんな感じだ」

 なれないことを言うもんじゃない。

 憐次は、再び目をそらしてしまった。

 憐次は、自分の顔が熱くなっていくのを感じ、照れ隠しに頬を掻く。

 掻きながら、憐次は横目でことりを確認する。

 憐次の身悶えするくらい恥ずかしい台詞を聞いたことりは、、

「・・・・・・」

 黙ったまま、うつむいていた。

「ことり。ええとな、今のは・・・・・・」

 慌てて憐次は、説明を加えようとする。

 そんなとき、ことりの背中が小刻みにふるえた。

「ぷっ」

「なっ」

「ははは、ははははっ」

「笑うなよ」

「だ、だって、よくわからないって・・・・・・」

 そして、抑えていたものが決壊したように、笑い出した。

 恥ずかしくはあったが割と真剣に言っていたつもりの憐次は、さらなる羞恥でむず痒さに襲われた。

 のたうち回るほどの恥ずかしさをどうにか抑えて体をふるわせる憐次。それを見て、ことりは、再び笑ってしまう。

 それは、目から涙が出てしまうほどだった。

「もう、笑うなよ。あれでも、真剣だったんだぞ」

「わ、わかってるよ。ごめんね。でも、ぷぷぷっ」

「ことり。もういっそ殺してくれ」

 そうやって笑うことりだったが、内心それが真理なのではないかと思った。

 結局、友達になった始まりを考えてみても明確な理由が思いつかなかったからだ。

 始まりを覚えていないなんて、いよいよ友達失格ではないかと思っていたところに憐次の言葉を聞き、なにか吹っ切れた気がしたのだ。

 どこかすがすがしそうな笑顔になったことりを見て、憐次はいまだ燃えるように熱い顔で笑った。

 つたない言葉ではあったが、彼女の笑顔を見て、何かを伝えられたような気がしたからだ。

「とにかく、ことりが変わりたい、強くなりたいって思うのもわかる。俺だって、変わりたいって。変身したいって思うことは何度もある。もっと強くて何でもできる自分になりたいってな。でも、ことりがたとえ自分に何の価値もないって思ってたとしても、俺たちにとっては大切な友達なんだよ。俺たちがことりから離れていくことなんて絶対に無い。……ことりは、違うか?」

「ううん、そんなことない。……私にとっても、3人とも大切な友達だよ」

「だったら、不安に思うことなんてない。強くなりたいなら、少しずつ強くなればいい。ことり一人じゃ無理なら、俺たちが手を貸すからさ」

「レンジ君、ありがとう。・・・・・・ありがとう!」

 ことりは、いままでいったい何を恐れていたのかと思うくらいすがすがしい気分だった。

 実際不安はある。本当に自分は、胸を張って彼、彼女たちの友達ということができるのかと。

 でも、たとえ今は胸を張ってそういうことができなかったとしても、言えるようになればいいと思うようになっていた。

 だって、自分自身が彼女たちの友達でいたいと望んでいるのだから。

 そう考えると、不思議と自分がこれからどうすればいいのか。どこを目指せばいいのか。ほんの少しだけではあるがわかった気がした。

 そして、今何をしなければならないのかはっきりとわかった。

「ことり。穂乃果ちゃんたちのところに行かなくちゃ」

「ことり、大丈夫か?」

「うん、もう大丈夫だと思う。無断で練習に出なかったこと、謝らなくちゃ」

 さっきまでうつむいてばかりだったことりが、しっかりと顔を上げて憐次を見る。

 そのまっすぐな瞳を見て、もう大丈夫だと確信した。

「ああ、そうだな。行ってこい。俺はこれからまだバイトがあるけど、がんばれよ」

「うん。行ってくる」

 まずは、今日無断で練習をさぼったことを謝らなくては。

 ことりは、決意を胸に立ち上がった。

 憐次は、そんなことりの背中を押す。

 自分の言いたいことも言えずに生きてきたことりにとって、自分から自分の非を打ち明けることも、相当勇気の居ることだろう。

 でも、それはことりが自分の殻を破る為に必要なことだろう。

 憐次としては、見守ることはできないまでもせめて学校まではついて行きたかったが、生憎今は仕事中だ。

 今でさえ、無理やり休憩をもらっている状態だ。これ以上仕事を放っているわけにはいかない。

 だから、ついてはいけないまでもその一歩が彼女の言う強くなるということにつながると考えエールを送ったのだ。

「おい、レンジ。まさか女の子ひとり行かせる気じゃないよな」

「いや、おやっさん?」

 ことりが穂乃果と海未の元へ向かおうとしていたそのとき、板東が顔をのぞかせた。

「俺もうすぐ休憩終わりなんですけど――」

「――何言ってんだ? まだ、あと一時間くらい残ってんぞ」

 板東は、そんなことを言い出した。

 そんなわけないと言いそうになった憐次だったが、板東の顔を見てその言葉を飲み込んだ。

 板東のウインクによる合図を見たからだ。

 彼は、本当ならついて行きたい憐次のことを思ってそんなことを言ってくれたのだ。

 それならと、憐次は板東の粋な計らいに感謝する。

「そうっすか。なら、お言葉に甘えて――」

「――まあ、その分給料減るけどな」

「ちょっ、板東さん!?」

「いいから行ってこい」

「いや、いいっすけど。いいんですけど」

 それは、仕事していなければ給料が減るのは当たり前で、そこには別に異論は無かった。

 しかし、それを面と向かって言って、現実を突きつけなくてもいいだろうと思ってしまった。

 憐次は、どこか釈然としない気持ちを抱えたまま、ことりと店を後にした。

 

 

 

「レンジ君。本当に無理しなくていいよ。一人で大丈夫だから」

「いや。これは俺が行きたくて行くんだから、ことりこそ気にしなくていいんだよ」

 給料が引かれるという言葉を聞き心配することりに、憐次はそう答えた。

 実際、関わってしまった手前その後どうなるか気になってしまっていたため、仕事になど集中できてはいなかっただろう。

 別に、これで彼女たちの仲が悪くなるのではないかと心配しているわけではない。ただ、一度口をはさんだということは、少なからず影響を与えてしまったということだ。関わった責任として結末を見届けたいと考えたのだ。

「でもまあ、あれこれ自分勝手に行っちゃったけど、ことりには今のままで変わらないでほしいかな」

「な、なんで?」

 さっきまで変わろうとしている自分の気持ちが分かると言っていた憐次が主張を一変させたため、ことりは足を止めた。

 今のまま変わらないと言うことは、ことりにとって弱いままで居ることと同じだ。

 さっきまで、変わりたいと思う気持ちをわかると、変わるための手伝いもしてくれると言ったのだ。

 憐次の返答によっては、さっき店で聞いた台詞も意味を変えてしまう。

 だから、彼の真意を確かめるために聞き返した。

 すると、憐次は慌てた様子で問いに答えた。

「いや、ことりが強くなろうとしてることを否定するわけじゃないだ。変わりたいと思うのがわかるって言うのも本当だし」

「だったら何で・・・・・・」

「……ただ、今のままでも十二分に最高の友達だし、今のことりのいいところをなくしてほしくない、って思ってんさ」

「レンジ君・・・・・・。そっか。なんとなく、わかった気がする」

 聞いた時には、店での話と矛盾しているように思えた台詞だったが、今は納得できた。

「ありがとう、レンジ君。大切なこと、気づかせてくれて」

「いや、大したこと言っちゃいないよ。結局、答えならことりの中にあった訳だしな」

「ううん。レンジ君がいなかったら、きっとずっと気づけなかった。このまま、間違ったままだったよ」

「・・・・・・間違ったまま、か」

「ん、何か言った?」

「いや、何にも」

 憐次が遠い目をしていたため、ことりは首を傾げた。

 でも、憐次がなんでもないというのだから何でもないのだろうと納得し、気には留めなかった。

「でも、本当にレンジくんのおかげ。何かお礼しないとね」

「礼なんていいよ。ってか俺、大したことしてないし」

「いいの。ことりがそうしたいんだから。何でも言って?」

 ことりに言われ、憐次はすこし考える。

 するとすぐに、名案が浮かんだ様子で顔を上げた。

「そうだな。そんなにお礼したいって言うなら。早くことりたちの晴れ舞台、見せてくれよな」

 憐次がそう言うと、ことりの表情はぱっと華やいだ。

「うん。正直まだ自分には全然自身は持てないけど。でも、ことりを信じてくれるレンジ君のためにもがんばってみる。大切な友達の頼みだもんね」

 強くなりたいという気持ちは変わらない。みんなと比べて自信を持てることがないことも、今のままではだめだという気持ちも、なくなったわけではない。

 でも、今持っているいいところをなくしてほしくないという憐次の言葉で少しだけ考え方が変わった。

 自分ではそのいいところはわからないけど、誰かがいいと言ってくれるなら、それは自分にとって大切なもの。

 なら、それを失わないように、今の自分のまま、少しずつ強くなる。

「レンジ君」

「ん、どうした?」

「……もし、ライブを無事成功させられたら、ことりもすこしは強くなれるかな」

 ことりは、なんとなしに聞いてみた。

 もし、憐次が強くなったと少しでも認めてくれるなら、よりライブに向けて練習を頑張れると思ったからだ。

 さっきまでの言葉から、だいたい答えのわかる意味のない問いだ。

 でも、言葉にして聞くだけでも力をもらえる。

 そんな思いからの問いだった。

 そのため、彼女の問いに対する憐次の行動は完全に予想外のものだった。

「――ことり!」

「――へ?」

 憐次は突然ことりを抱きしめたのだ。

 いきなりのことで思考が追いつかない。にもかかわらず、心臓だけはその鼓動を早める。

 頭が湯気がでるほど熱くなり、くらくらする。

 ぐるぐると回る視界は、景色を映しているようで何も見えていなかった。

 まるでこの世界に自分と彼の二人しかいないような錯覚に陥っていた。

「くっ……」

 彼は、ことりを抱きしめた状態で、その場で半回転した。ちょうど自分とことりの位置を入れ替えるように。

 その不自然な動きに、ことりは若干の違和感を抱いた。

 その違和感のせいか、ことりは視界にあるものを写した。

 彼女の視線は彼を越えてその背後を捉えていた。

 そして、彼の背後のものを確認したことで、彼の行動の本当の意味がわかった。

 彼の肩口から見えるオレンジと紺色。大きく広がった二本の角。

 人のような二足歩行でありながら、人とは形容しがたい造形。

 彼の背後にいたのは、一匹の異形の獣、インベスだったのだ。

 二足歩行で立つその獣は、鋭い爪をもつ右腕を高々と振り上げていた。

「レンジく――」

 早く逃げないとと続けるより先に、インベスの腕が振り下ろされる。

 ことりの声は、衝撃とともにかき消された。

「がはっ」

「きゃあ」

 まるでバットで殴られたような衝撃を受け、ことりと憐次は為す術もなく倒れた。

 憐次が覆い被さるように倒れたため、ことりは地面に背中を打ち付けた。幸い憐次が腕で頭をかばうように抱えていたため、後頭部を強打すると言うことは避けられたが、その分叩きつけられた背中の痛みに涙がこぼれた。

「・・・・・・はやく、にげなきゃ」

 インベスからの攻撃を受けてすぐは痛みに動けなかった。

 が、数日のうちに凶暴なインベスに遭遇していた経験がすぐに冷静な判断をさせた。

「レンジ君、早く起きて! 逃げないと」

 インベスの攻撃を直に受けた憐次は、いまだ呻いていた。

 憐次が庇ったおかげでワンクッション置いた衝撃しか受けていないことりに対し、直撃を受けた憐次の方がダメージが大きかったのだろう。

 ことりを守るように覆い被さりながらも動くことができずにいた。

 憐次が動かなければ、ことりも逃げることができない。

 インベスと対峙した時の最善手は逃げることだ。

 人間の数倍の力を持つインベスに丸腰の人間がかなうわけがない。そして何より、突然襲われたためユグドラを装着できていないのだ。

 ことりと憐次のユグドラはバックの中。

 インベスがすでに目と鼻の先にいる状態の今、悠長にバックから取り出している暇はない。とにかくインベスと距離を取らなければ、ユグドラを装着することもその場から立ち去ることもできない。

「レンジ君、ごめんね」

 そのためことりは、呻く憐次を自分の上から退かそうした。憐次が動けない今、自分が動かなければ次につながる行動がとれないと判断したのだ。

 彼女が肩と背中に手を回して体を押すと、憐次は力なく彼女の横に転がった。

 背中を打ち付けてしまわないよう回していた手を引き抜き立ち上がろうとした。

 そのとき、違和感を感じた。

 起き上がろうとしたとき、手にぬるっとした感触が走ったのだ。

 ことりは、自身の手のひらをみる。すると自分の手がべっとりと赤くぬれていたのだ。

 最初は自分の血かと考えた。強く地面に叩きつけられたのだ。そのときに怪我をしたのではないかと思ったのだ。

 しかし、全身に鈍い痛みはあるものの、手のひらを赤く濡らすほどの傷の痛みではない。

「レンジくん!」

 ことりは、はっと何かに気づき、憐次をうつ伏せにした。

 彼女は、憐次の背中を見て、息をのんだ。

 憐次の衣服は三本の太い線が入っており、露出した肌は切り裂かれ、赤い血があふれ出していた。しかしそれだけではない。

「なに、・・・・・・これ?」

 傷口付近に緑色に光る何かを見つけた。発見してすぐは緑に光る点でしかなかったが、見る見るうちに大きくなり、双葉が顔を出した。

 それは、ただ体に何かの植物がくっ付いたというわけではなく、傷口から生えてきているように見えたのだ。




どうも、幸村です

ことりちゃんの回。毎回難産です。
ことりちゃん自身が内気ですし、コンプレックスの塊みたいなところがあるので、何を書こうかということ自体は簡単に決まるのですが、その問題に答えを出そうとするとどうにもいい答えが出てきません。
何せ、ことりちゃんの悩みって結構重いんですもの。

私ごときが偉そうに言えることではないと思ってしまうのです。

ですが、このまま滞らせているわけにもいきませんし、自分なりには答えを出してみたつもりです。
賛否両論あるとは思いますが、暖かい目で読んでください。

批評でもなんでも感想待っておりますので。

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