ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第十三話 『必要ないよね』

 穂乃果と海未は、練習を終えて帰路に着いていた。

 朝練習にことりが加わったからだろうか。そして、帰り道にことりの姿がないからだろうか。

 二人は、ことりが練習に参加できなかったときよりも物足りなさを感じていた。

「ことりちゃん。大丈夫かな?」

 穂乃果は、ふとつぶやいた。

「ことりちゃん。今朝のこともあるし、その後もすごく元気なかったし」

 それは、穂乃果だけではなく海未も思っていたことだった。

 怪我が原因で練習ができない期間が、穂乃果たちとことりの間に差を生んでしまった。

 その差のせいでことりを傷つけてしまったなら。

 ことりが今隣にいない原因も自分のせいではないかと考えてしまっていたのだ。

 穂乃果は、先に二人で練習することにするべきではなかったのかも知れないと肩を落とした。

「そうですね・・・・・・」

 穂乃果の不安を聞き、海未は目を伏せた。

 自分達が先に練習を進めていたせいでこのような差が生まれてしまったことは、海未も重々承知だった。

 ことりが先に練習を進めるよう言ったとはいえ、それを承知したのは紛れもなく自分達だ。だから、今回の事態を生んだ一端は、自分達にもあると考えていた。

 それでも、廃校寸前まで追い込まれている音の木坂を救うためには、いち早く行動を起こす必要があった。それは、ことりも承知のはず。そのために、先に練習を始めることを進めたはずなのだから。

 それならば、遅れた分を取り戻すために人一倍努力が必要になることもことりなら理解していたはずだ。

 だから、海未は顔を上げて穂乃果に答える。

「大丈夫ですよ」

「海未ちゃん、でも・・・・・・」

「ことりならすぐにもとの調子を取り戻しますよ。それに、練習メニューも少しことりにあわせて変更します。大丈夫ですよ、きっと。」

 それに何より、海未はことりを信じている。

 そしてそれは、穂乃果も同じだ。

 だから、

「そうだよね。明日になればきっと元気になるよね」

 穂乃果も、海未に笑って返した。

 ことりなら、きっと大丈夫であると信じているから。

「ことりは、必ず元気になります。ですから私たちは、ことりが調子を取り戻したらすぐ本格的な練習ができるように準備しておきましょう」

「そうだね」

 穂乃果は、海未に促され意気込みを新たにする。

 ことりが早く調子を取り戻せるように。

 そして、調子を取り戻したなら初めてのライブに向けてすぐ練習できるよう、できることはしておこうと。

 

「それで、曲の件はどうなったのですか?」

 穂乃果たちは、歩きながらことりが本格的に練習に参加する前にできることを話し合っていた。

 一番最初に上がるのは、少し前から決めなければと話していた曲についてだった。

 穂乃果は、作曲を頼みたい人がいるということでひとまず一任されていたのだが、

「それは……。明日にでも」

「まだ、決まってなかったのですか」

「だって、今日は音楽室にいなかったんだもん」

「穂乃果があてがあるって言ったんですからね」

「わかってるよ。じゃあ、今度海未ちゃん達も一緒に放課後の前に行こうよ」

 結局まだ決まっていなかった。

 今日穂乃果は、音楽室で出会った少女に会いに音楽室へ向かったが、あいにく彼女はいなかった。

 探そうにも、彼女と会ったのは音楽室で出会った一回のみだったため、わかっているのは一年生ということだけで、名前はおろかクラスすらわかっていなかった。

 そのため、海未、ことりと一緒にクラス一つ一つを回ろうと考えていた。

 穂乃果は、まず海未の協力を取り付けようと思いながら曲がり角を曲がろうとした。

 そんな彼女の視界の外から、近づいてくるものがあった。

「なっ、退け」

「――痛っ」

 穂乃果は、前から走ってきた男の存在に気づいていなかった。

 男の方は男の方で焦っていたようだ。

 穂乃果は、男とぶつかり突き飛ばされてしまった。

「穂乃果、大丈夫ですか。・・・・・・あなた、どこを見ているんですか」

 突然突き飛ばされてしりもちをついた穂乃果は、コンクリートの地面に尻をぶつけて涙目になっていた。そんな彼女に代わり、海未が男に対して文句をぶつけた。

 しかしぶつかってきた男は、明らかに悪いにもかかわらず、むしろ彼女たちの方がおかしいと言わんばかりの目つきで睨んだ。

「お前たちこそ。何のんきに歩いてるんだよ」

「それは、いったいどういう意味ですか?」

「お前たちもさっさと逃げろ。あっちでインベスが暴れてるんだ」

「なっ、インベスですか!?」

「そうだよ。まったくユグドラシルはなにやってるんだ」

「あっ。ちょっと待って――」

 海未は男に詳しいことを聞こうとしたが、男は誰かにかまっている余裕など持ち合わせてはいなかった。

 男は悪態をつきながら、インベスから逃げるために走り去ってしまった。

「そんな、またインベスが」

 インベスが現れたという知らせに、海未は息を呑んだ。

 海未も、穂乃果に続いて特殊なユグドラを手にいれ、一度戦ったことがある。

 そのときは、暴れる初級インベスを制し、空を飛ぶ上級インベスですらヘルヘイムへ帰した。

「行こう。海未ちゃん」

「穂乃果。あなたはまた……」

「今回はほんとに違うよ」

 海未は、穂乃果がまた自分を傷つけようとしているのではないかと思い、たしなめようとした。

 が、穂乃果は、彼女がそれを口にする前にきっぱりと否定した。

「穂乃果は、戦いに行くんじゃない。インベスが暴れてるなら、襲われている人もいるかもしれない。穂乃果は、そんな人たちを助けたい。そして、インベスたちを元の場所へ帰してあげたい。今穂乃果がしたいのは、アイドルと同じ。誰かを笑顔にするために、この力を使いたい」

 皆、インベスから身を守るため、ユグドラを携帯している。それを身につけていればインベスの攻撃から身を守ることはできるが、対抗することはできない。

 つまり、ユグドラシルが到着していない今、その場にいた人はインベスのによって危険にさらされているということだ。

 今の海未たちには力がある。それこそ、自分だけでなく他人を守るのにも足りる力が。

 今、海未が躊躇するのは、今までのことがあったから。穂乃果が暴走して自分を顧みない無謀な行動をとったことがあったからだ。

 いままでの戦いは、はからずも巻き込まれて戦うほかなかったため仕方なく戦っていた。

 しかし、今回は違う。

 自ら危険の中に飛び込もうとしているのだ。

 戦える力を持つ者が助けに行くべきだと言うことはわかっている。

 でも、ただの高校生である穂乃果が行かなければならないことはないだろう。

 そんな彼女とともに行く方がいいのか、引き留めた方がいいのか。海未は、どちらかに決めることができず、口ごもった。

「ですが、穂乃果……」

「大丈夫。無茶はしないよ」

「戦いに行くこと事態無茶なんです」

「そうかもだけど・・・・・・、でも」

 穂乃果は、一度言葉を切り、そして笑った。

「大丈夫だよ」

「穂乃果?」

「だって、もしまた穂乃果が無理しそうになったら、海未ちゃんがとめてくれる。そうでしょ?」

 その言葉に、海未は呆気にとられた。

 そして、ずいぶん手の掛かる子と友達になったものだと、ため息をついた。

 が、彼女は不思議と悪い気はしていなかった。思わず笑みがこぼれた。

「まったく、あなたという人は……。わかりました。穂乃果、一緒に行きましょう」

「うん。早くヘルヘイムへ返してあげよう」

 二人は結局、インベスが暴れているという事実を知った今、聞かなかったふりなどできなかった。

 人間にとって、逃げる以外の選択肢の許されないその状況で、二人は周りとは異なった行動に出る。

 それは力を手に入れた者の定めか、力を手に入れたという傲りか。

 穂乃果と海未は、互いにアイコンタクトすると逃げてきた男とは反対方向へと走り出した。

 

 逃げる人波に逆らっていた穂乃果と海未は、現場へとたどり着いた。

 そこは、マンションが立ち並ぶ中に設置されたステージがあった。

 そこでは、たった今までライブが行われていたようで、マイクやスピーカーなどの機材が散乱していた。

 本来ステージの立っているべきアイドルの姿はなく、代わりにいたのは2匹の初級インベスだった。出現した場所が開けていたこともあり、見たところ負傷者はおらず、皆無事に非難したようだった。

 二人は、ひとまずその事実に胸を撫で下ろした。

「穂乃果。今回は2匹だけのようですね。ですが、気を抜いてはいけませ――」

「――もう、わかってるって。ほら、いくよ」

「だから、勝手に行かないでください。もう……」

 二人は、無人の広場で植木を散らかしている2匹のインベスの前に立った。

 それぞれユグドラを取り出した。取り出したユグドラは、スマホくらいの大きさの板に刀のマークが入ったものだ。それを穂乃果は腰に、海未は左腕にあてがう。すると、穂乃果のものはベルトに、海未のものは腕の巻きつき、刀のような装飾品が出現した。

「インベスさん。いま、元の世界に帰してあげるからね」

「ですから、もう暴れたりしないでください」

 二人は、インベスへ語りかけながらロックシードを取り出す。

「いくよ、海未ちゃん」

「はい、穂乃果」

 

『オレンジ!』

『ぶどう!』

 

 二人は同時にロックシードを開錠した。それぞれの手にするロックシードが、己の存在を宣言するとともに、二人の頭上に開いたクラックから果実をかたどった光の玉が現れた。

 

『『ロックオン!』』

 

 穂乃果はバックルの、海未は腕のドライブベイへとロックシードを収め、掛け金を下ろし固定する。

 それと同時にヒップホップを思わせる音と中華風の音が不思議なハーモニーを奏で出す。

 二人は、刀の装飾に手を掛け、固定部を軸にロックシードを切り開くように回転させた。

 

『ソイヤ! オレンジドレス! 花道、オンステージ!!』

『ハイィ! ぶどうドレス! 龍、砲、ハッハッハァァア!!』

 オレンジの果実が穂乃果を、紫の果実が海未を包み込む。その光ベールが払われると、二人の少女が先程とは異なった装いで姿を現した。

 穂乃果は、オレンジ色を基調としたワンピースのようなドレス。海未は、紫色の生地に竜の装飾が織られたチャイナドレスだ。

「さあ、暴れるのはここでおしまい。ここからは、私たちのステージだよ」

「・・・・・・穂乃果。それはなんですか?」

「いやー。私たちはスクールアイドルなんだからさ。なんかそれらしいこと言っておこっかなぁって」

「特に意味はないのですね。なら、ここからは集中してくださいね」

「海未ちゃんは硬いなぁ。でも、ここからはしっかり集中するよ」

 穂乃果と海未は、それぞれの衣装を纏うとインベスたちの元へと駆け出した。

 インベスたちは、人を襲ってはいなかったが花壇や建物の柱を腕で打ち壊していた。

 体は160センチと人間の平均身長位だが、秘めた破壊力は絶大。

 一番弱いクラスDの初級インベスですら、その全力は、コンクリートをえぐるほどだ。

 そんな攻撃を生身で受ければひとたまりもないが、今の彼女たちには、ロックシードとドライバーによって形成されたドレスがある。

 インベスは、無作為に周りのものを打ち壊そうとしている。そんなインベスの腕を、穂乃果はつかんで止めた。

「これ以上、壊したらだめだよ」

 インベスは、腕をつかむ穂乃果を振りほどこうと乱暴に腕を振るう。

 腕をしがみつくようにつかんでいた穂乃果は、インベスが腕を振るのに合わせ右へ左へ翻弄されていた。

 が、ドレスによって力が強化されているため、ちょっとやそっと振り回されたくらいでは振り払われたりはしない。

 それどころか、

「もう、いい加減にしなさい!」

 穂乃果は、その反動を利用して、逆にインベスを引き倒した。

 一方海未は、ユグドラの性能に驚いていた。

 彼女は一応弓道を嗜んでいるため、穂乃果と比べれば体力には自身があった。が、当然誰かと戦うような機会はなかったし、ましてやコンクリを一撃で粉砕するような怪物と戦ったことなど前回の1回以外ない。

 それに、1度戦ったとは言ってもほとんどが専用武器であるぶどう龍砲を使った銃撃戦だったため、接近戦に関してはほぼ経験したことがなかった。

 そのため、インベスを前にした海未は一瞬戸惑いを見せた。

 前回はその場の勢いに任せた力任せで、どうにか事態を収拾することができた。が、今回はそううまく行くのかと。

 しかし、そんな心配は不要だった。

 彼女が戸惑いを見せた隙に、インベスは海未へ腕を振り下ろした。

 海未が受け止めるには強力すぎるそれを、彼女はいなし避けるとインベスの懐に入った。

「はっ!!」

 そして、至近距離からインベスの腹に腕を突き当てた。

 それは、はっけいという表面ではなく中にまで衝撃を伝える技だ。

 当然やり方も知らない海未だが、ユグドラから送られてくる情報とドレスのアシストによって、まるで昔から極めていたかのような洗練された動きで技を繰り出したのだ。

「海未ちゃん、カッコいい! 拳法の達人みたい」

「ええ。自分でも驚くほどです。これが、この衣装の力なのですね」

「ね。大丈夫だったでしょ?」

「また、そうやって油断して・・・・・・」

 そういって穂乃果に呆れていたが、海未自身も感じていた。

 身に纏った衣装の力を。

「そういえば、もうその衣装も大丈夫になったんだ」

「え?」

「前よりも堂々してるし。やっぱり、気に入って――」

「――そんなわけありません」

「え、そうなの?」

「そうですよ。できればすぐにでも別のものに変えたいくらいですよ」

 そうはいうものの、初変身の際には死んでしまいそうなほど恥ずかしがっていた海未だが、今は赤面してはいても堂々と立っていた。

 初めての変身を終えてからの彼女はひどいものだった。

 きわどいチャイナドレス姿をネット上に流出されてしまい、まるで世界が滅んだかのような絶望的な表情をしていたのだ。が、町中を歩いていても登校しても彼女が予想していたような事態にはならなかった。

 誰も彼女を見て笑わない。それどころか、友達はふつうに接し、面識のない人はいつも通り興味なさげに通り過ぎていくのだ。

 まだ人々が映像を見ていないだけかと思ったが、後で穂乃果が変身したときのことを思い出し、安堵した。

 穂乃果が変身したとき、海未とことりは一緒にいたにもかかわらずドレスを身に纏った穂乃果を彼女だと認識できていなかった。

 その経験から、ドレスが認識を阻害していたのだという考えに至ったのだ。

 その恰好事態は変わらず恥ずかしいのだが、彼女だとわかるのとわからないのでは、恥ずかしさの度合いが大きく違った。

 皆が自分だと気づかないとわかった海未は、多少の羞恥は残るものの、インベスを追い返すための割り切って変身することが出来るようになったわけだ。

 二人は、早くも不思議な力に順応し始めていた

 

 

 

「穂乃果ちゃんと海未ちゃんは……」

 そのころことりは、走っていた。

 穂乃果たちと同じように、逃げる人からインベスが出現したことを聞き、現場に向かっていたのだ。

 普段なら、インベスが出現したとなれば見に行こうなどとはしないことりだが、今はインベスの出現を聞き喜んですらいた。

 力を手に入れた矢先に現れたのだ。

 インベスが現れたとなれば、きっと穂乃果たちもいるはず。彼女たちの前で力を示せと言われているような思え、ことりは気がつけば人の波に逆らって走り出していた。

 ことりが現場に近づくにつれ、コンクリートが砕ける音や金属がぶつかる音が強くなっていた。

 彼女は、その音が大きくなるにつれ、現場に近づいていることを感じ、胸を高鳴らせた。

 彼女は、マンション群に入り、大きく開けた場所に出た。

「いた。……もう、戦ってる」

 ことりが現場にたどり着くと、穂乃果たちはすでに戦闘を開始していた。

 穂乃果たちが戦っていたのは、初級インベス二匹。一般人にとっては脅威だが、今の彼女たちには変身しているため、インベスたちを圧倒していた。

 インベスたちは、すでに動きが鈍くなっており、後一押しで倒せるところまで追い詰めているようだった。

 早くしなければ自分の力を示せない。

 ことりは、急いでかばんの中に入っているものを取り出した。

 それは、クラスBのロックシードのドングリロックシードだ。

 錠前ディーラーに半ば無理やり持たされてしまった借り物のロックシード。クラスAには劣るものの、それでも相当強力なロックシードだ。

 ロックシードを使えば、インベスを呼んで自在に操ることができる。

 それは、ロックシードの所有者であることりの力。

 二人は、ふつうの人間とは違う力を手にしてしまった。一般人では到底かなわないインベスに立ち向かえるほどの力を手にしてしまった。

 今の自分には、到底彼女たちの後を追うこともできない。

 今の彼女たちに追いつくには、自分の力を手に入れなければならない。

 ことりは、ロックシードを見つめる。それは、ことりがもつ唯一彼女たちを追いかけるに足りる力だった。

 ことりは、ユグドラを取り出した。海未と同じ、腕につけるタイプのユグドラだ。

 穂乃果や海未の持っているユグドラは、ロックシードのキャストパットを開くための刀型の装飾、カッティングブレードがついている。

 彼女たちのユグドラは、普段はほぼふつうのユグドラの形をしているが、装着したとき変形して真の姿を見せる。

 ことりは、期待とともに右腕に押しつけた。

「……あれ。おかしいな?」

 本来であれば、そのユグドラが海未と同じものであれば、腕に取り付けたところで形状を変えるはずだった。

 ところが、ことりのユグドラは、腕に取り付きはしたもののその形状に変化はない。少しデザインが違う程度のどこにでもある一般的なユグドラの形のままだった。

 変形しない原因がわからないことりは、腕に巻きついたユグドラを一回はずし、再び腕へとあてがった。

 しかし、

「どうして。なんで変わらないの?」

 ことりは、腕に巻き付いた黒い板に問う。が、当然その黒い板は何も言わない

 自分と同じ顔の少女が現れ、何かの力をくれた。それは確かなはずだった。

 そうでなければ、戦うか否かを問う彼女の言葉の意味がわからない。

 すでに、自分と瓜二つの人物が目の前に現れるというふつうではあり得ない不可思議現象が起こったのだ。

 だというのに、それまでのことが例えば自分をおちょくるために仕組まれたことなどとは考えられない。いや、考えたくなかった。

「・・・・・・。もうっ」

 とは言え、すでに穂乃果たちの戦いは始まっている。

 自分の力を示すには、自分も戦えるというところ示す為には今この時を逃すわけにはいかない。今を逃せば、次はいつになるかわからない。

 早く、二人とともにいられることを伝えなければ。

 焦りは、彼女にロックシードを握らせた。

「お願い。来て、インベスさん」

 置いていかれたくない。一緒にいたい。

 ことりはその一心でロックシードを開錠させた。

 ロックシードを開錠するを、同時に彼女の横にクラック、こちらとインベスたちの世界を結ぶ穴がひらいた。

 クラックが現れると、そこからインベスが顔を出した。

 彼女のドングリロックシードはクラスB。そのロックシードから呼び出されるのは初級インベス。使用者を選ばず誰でも扱うことのできるインベスだ。

「お願い、行って」

 ことりは、今まさに二人がインベスと攻防を繰り広げている場所を指さした。すると、ことりが呼び出したインベスは、その命令に従い戦場へと駆けだした。

 その行動に、インベスの意志など介在しない。今、そのインベスは、彼女の(道具)だった。

 

「たあ!」

「はあ!」

 相手が初級インベス2匹だけだったため、穂乃果と海未はインベスたちを圧倒していた。

 なるべく傷つけたくないと願う穂乃果だが、インベスたちはその意など介さずに突進してくる。

 インベスたちを確実にヘルヘイムへ帰すには、スカッシュ等の技で開いたクラックに押し込まなければならない。

 クラックが開いている時間は一瞬であるため、インベスとクラックの位置、そしてタイミングが重要になってくる。

 穂乃果は、胸を痛めながらも心を鬼にしてこぶしを突き出す。そのこぶしを受けた初級インベスは、後ろへ倒れた。

 海未も回し蹴りを放ち穂乃果が倒したインベスと同じ場所にインベスを倒す。

 インベスたちはすぐに立ち上がろうともがいていたが、二人の攻撃によってインベスたちの動きは鈍っていた。

「いまだ。大橙丸!」

 これ好機と、穂乃果はオレンジアームズの専用武器を呼び出す。

 柄を握ると、オレンジの切り身を模した刃をインベスへ向けた。

「今度こそ。傷つけるためじゃなくて、インベスを帰すために」

 インベスを救うことを願い、穂乃果はオレンジの髪留めに触れた。

『オレンジスカッシュ!!』

 電子音とともに大橙丸の切っ先にオレンジ色のエナジーが集まり始めた。

 ダメージから動きが鈍くなっている今なら、確実に当てることが出来る。

 穂乃果は、抵抗されないうちに帰そうと、エナジーが溜まりつつある大橙丸を構えた。

「穂乃果、後ろ」

「え?」

 そのとき、海未が彼女に対し警告を発した。

 穂乃果は、警告を聞き振り下ろすのを中断し、振り返った。すると、海未の警告どおり彼女の背後から接近してくるものがあった。

 それは、何かにせかされるようにとてとてと走る3匹目の初級インベスだった。

「いつのまに――」

 背後に接近する3匹目を確認し、穂乃果は大橙丸をそのインベスへ向けた。

 気がそがれたことで、大橙丸へのエナジーの供給は止まってしまった。

 2匹を先にヘルヘイムへ帰したかった穂乃果だったが、そのためには2匹に集中する必要がある。

 が、迫ってきている3匹目をそのままにはできない。

 彼女は、背後から攻撃されることを警戒し、3匹目に大橙丸の切っ先を向けた。

「その子は違うの」

「え?」

 向かってきたインベスを迎撃しようと構えたときだった。

 急に聞こえた予想外の声に、彼女は素っ頓狂な声を上げた。

 それは、よく知っている声。しかし、ここにはいるはずのない人物の声だったからだ。

「ことりちゃん。なんでこんなところに」

「それはいいの。ことりも一緒に戦うよ」

「戦うって、何を言って……それって……」

 その声の主は、穂乃果、そして海未の幼馴染であり親友であることりだった。

 ことりのユグドラは、市販された普通のものののはずだった。そのため、穂乃果も海未もことりは変身できないと認識していた。そのため、変身できないはずのことりが戦うとはどういうことかすぐには理解できなかった。

 しかし、ことりの手ににぎられたものを確認して気づいた。

 今、自分のいる方へ向かってきている3匹目のインベスは、ことりが操っていたのだ。

「ことりちゃん。今すぐロックシードをしまって」

「穂乃果ちゃん? ことりも一緒に――」

「――いいから言う通りにして」

 穂乃果の怒声に、ことりは肩をびくつかせた。

 ことりは、驚きのあまり動くことができず呆然と立ち尽くした。

 そのため、インベスを帰すことはできなかったが、主の異変を感じ取ってかことりのインベスは動きを止めた。

 向かってきていたインベスが動きを止めたのを確認した穂乃果は、もう一度二匹のインベスに正対した。

 三匹目に気を取られていたうちに、二匹は立ち上がり、今にも襲ってきそうな勢いだった。

「すぐに、帰してあげるから」

 穂乃果は急いで再び髪留めに触れた。

 中断されてしまったため、再びエナジーを溜めなおす。

 完全に体勢を立て直した二匹が穂乃果へ迫る。

 インベスが彼女に肉薄する寸前でエナジーのチャージが完了した。

「はあ!!」

 完全に溜め終わった瞬間、大橙丸を横薙ぎに振りぬいた。

 刃に集まっていたオレンジのエナジーは、斬撃となってインベスの体を通り過ぎる。

 が、その斬撃が切り裂くのは、インベスではなかった。

 斬撃が通り過ぎるも、インベスたちは無傷。代わりに切り裂かれたのは、彼らの背後の空間。

 空につけた傷は、クラックとなりその口を大きく開いた。

 大橙丸を振り抜いた穂乃果は、先に振りぬいた方向とは逆の方向に体を回転させた。腕の力に加え回転で得た力も重ねて一気に振り抜いた。

 その斬撃は、インベスを吹き飛ばし、背後に開いたクラックへ2匹を押し込んだ。

 インベスたちは倒れこむように穴の向こうへと消えると、クラックも同時に姿を消した。

 インベスを帰し終わると、海未は穂乃果の元へと駆け寄った。

「穂乃果、やりましたね」

「うん。ちゃんと、全員帰せたよ」

 穂乃果と海未は、インベスをヘルヘイムへ帰せたことで歓喜に沸いていた。おもわずハイタッチを交わしていた。

 本当であったら、そこに混ざっていきたかったことり。しかし混じることはできず傍からその光景を見ていた。

 ことりの耳には、まだ穂乃果の怒声が響いていた。

 ただ、二人と一緒に居たかった。戦いたかっただけなのに。

 ことりは、一体自分の何がいけなかったのかわからずにいた。

 

 海未と、インベスを無事に帰せたことを喜んでいた穂乃果は、少し離れてうつむいていることりのそばへ足を向けた。

 ことりが顔を上げると、今度は穂乃果がうつむき加減で目をそらした。

「ことりちゃん。何でインベスに戦わせたりしたの?」

「ことりはただ、穂乃果ちゃんたちの力になりたくって……」

 ことりは、祈るように胸の前で手を握りながら、搾り出すように答えた。

 が、穂乃果は目を伏せたまま顔を上げない。

「そんなこと。インベスを戦わせてなんて頼んでないよ」

「・・・・・・」

「ことりちゃんも、インベスゲームを見たときに言ってたよね。インベスを戦わせるなんておかしいって」

「そうだけど・・・・・・、でも」

 見かねた海未は、

「穂乃果。ことりも私たちを助けようとしてくれたんです。そんなに責めては……」

「わかってる、でも――」

「――穂乃果! もう忘れたのですか? この前のことを」

「わかってる。覚えてるよ」

 つい先日穂乃果と海未は、お互いをちゃんとわかろうとせずに自分の正しさをぶつけたがために仲たがいをした。

 正しさをぶつけるだけでは分かりあうことはできない。

 そのことを、その出来事で知ったのだ。

 海未が心配したのは、穂乃果が一方的に自分の思いをぶつけるのではないかと思ったからだが、穂乃果もそれではだめだと理解していた。

 が、だからこそ、まずは自分の思いを伝えなければと思った。

「でも、だからこそことりちゃんにはこんなことしてほしくない。ことりちゃんは、戦わなくったっていいんだよ」

「穂乃果ちゃん」

 穂乃果は、ことりの思いを聞くためにしばし口を閉じる。

 ことりは、穂乃果の言葉を聞いて、ぼそりとつぶやいた。

 

「そうだよね。私の力なんて、必要ないよね」

 

「え?」

 ことりの言葉を聞き漏らすまいと構えていたのだが、ことりのつぶやきを聞き取ることはできなかった。

「ことりちゃん。何か言った?」

「ううん。心配かけてごめんね」

「そんな、謝ることないよ。ことりちゃんも穂乃果たちのことを思っていてくれてうれしいよ」

 そう言って、穂乃果はことりに笑いかける。

 彼女の笑顔に、ことりはぎこちなく笑顔を返した。

 が、笑顔の裏でことりは思ってしまった。

 二人の練習についていくこともできない。二人のような力があるわけでもない。そんな自分では、二人には追いつけない。

 

 もう、この二人には自分なんて必要ないのかもしれない、と。

 

 

 その次の日。ことりは、朝の練習に出なかった。




どうも、幸村です

今回は、ことりが力のきっかけを手に入れて穂乃果と海未を追いかける話でした。
あとがきなので問題ないとは思いますが、ことりは変身できませんでした。
なぜ変身できないのか。その原因にことりが気づくことが出来るのかはこうご期待です。

とはいえ、最近すっかり鎧武要素がご無沙汰であり、さらにアーマードライダーの戦いが皆無だったため、この辺で一つ入れたいと思っています。このままでは、とてもタグに鎧武を入れていられたいので。
そしてさらに、ファーストライブが遠のいていく。

ナニソレ、イミワカンナイ!
読者様の心境はそのような感じでしょう。
当の私もそのような思いですが、早く書きたいんです。ファーストライブ!

なので、これからも頑張っていきたいと思います。

ではでは

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