ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第十二話 『追いていかないで』

 体力の限界から穂乃果と海未を先に行かせた後、ことりはなんとか神田明神にたどり着いた。が、これ以上は無理だという海未の判断で、いつもより軽めのメニューに変更された。

 いきなり二人と同じメニューをこなすのは難しいことはわかっていた。

 が、最初のランニングの時点で足を引っ張ってしまったことがことりには堪えていた。

 現在は、授業が終了し放課後なのだが、ことりは未だ朝の失敗を思い出していた。

 穂乃果と海未は、そんなことりを励ますべく彼女の席を囲んでいた。

「大丈夫ですよ、ことり。徐々になれていけばいいんですから」

「そうだよ。ことりちゃん器用だから、すぐにできるようになるよ」

「う、うん。・・・・・・そうだね。」

 ことりを気遣って声をかけてくれる二人に対し、ことりは空返事しか返すことができなかった。

 自分には、二人に比べてこれと言って誇れることがないと、ことりは思っていた。

 二人は、そんな自分でも受け入れてくれる。友達だと言ってくれる。

 それでも、そんな言葉を聞くたびにうれしいという気持ちと同時にふがいない気持ちがこみ上げてくる。彼女たちの信頼に、友情に何も返すことのできない自分が情けなくなるのだ。

 クラスメイトたちは、すでに各々部活や帰宅の為に動き出していた。当然、穂乃果と海未もスクールアイドルの練習のために準備をし始めていた。

 が、ことりは、二人を置いて教室を出ようとしていた。

「ことりちゃん、早いよぅ。一緒にいこう」

「そうですよ。今日は3人での初めての放課後練習なのですから」

「え、ええと・・・・・・」

 練習に行こうとしていたなら、二つ返事で一緒に行こうとするはずだったが、ことりは言いづらそうに口ごもった。

「ごめんね。今日は、帰ろうと思うの」

「え、なんで?」

 穂乃果は、やっと3人で放課後練習ができると意気込んでいた。そのため彼女は、ことりの言葉に表情を曇らせた。

 ことりは、穂乃果のがっかりしているのを見て心を痛め、申し訳なさそうにうつむいた。

「やっぱり、今朝の練習がきつくて調子が悪いんだ。だから今日は、休もうと思うの。ごめんね」

「そんな。謝ることはありません。それより本当に大丈夫なのですか?」

「う、うん。明日はちゃんと出れるようにするから」

「そうですか。では、お大事にしてくださいね」

 海未は、はじめから飛ばして練習しても体に悪いだろうという考えからことりの発言を承諾した。

 穂乃果も無理を言ってはいけないとわかっていた。それでも、残念という気持ちは消えなかった。

 そんな彼女の気持ちがわかってしまったことりは、一泊置いて口を開いた。

「・・・・・・そう言えば穂乃果ちゃん。曲の件はどうなったの?」

「え。・・・・・・ああ、そうだった。もう一回きちんと話を聞いてもらわなくちゃ」

「穂乃果。まだ決まってなかったのですか?」

「う、うん。でも、最近いろいろ忙しかったんだもん」

「そんなの理由になりません。あなたがあてがあるから任せるように言ったのですよ?」

「そうだけど・・・・・・」

 突然自分に矛先が向いてしまった穂乃果は、海未の追求に手一杯になっていた。

 ことりは、彼女には悪いとは思いながらも、間髪入れずに告げた。

「じゃあ、帰るね。また明日から練習お願いします」

「え。ああ、はい。ではゆっくり休んでください」

「ちょっと待ってよーー」

「穂乃果。まだ話は終わってませんよ」

「もう。海未ちゃんの鬼!」

 ことりを追おうとした穂乃果は、海未に首根っこを捕まれて止められていた。

 ことりは、二人の話を背中に聞きながら、教室を後にした。

 

 その場から立ち去りながら、ことりは、我ながらうまく話をすり替えたと思った。

 要するに逃げたのだ。

 練習の辛さにではない。穂乃果たちに迷惑をかけてしまうことによって感じる罪悪感と情けなさからだ。

 3人で始めようと決めたスクールアイドルだというのに、参加できず穂乃果や海未に迷惑をかけてしまっている。また、二人だけどんどん上達していくのを間近で見させられ、自分だけ取り残されてしまうのではと思い、人知れず恐れていたのだ。

 だからことりは朝練の際、久しぶりに体を動かせることに心を躍らせると同時に、初めての穂乃果、海未との練習ということに緊張していた。

 そして、結果は恐れていた通りの結果となった。

 結局、穂乃果たちの足を引っ張ってしまったのだ。

 自分が弱いばかりに。

 自分の弱さを恥じ、しかしどうすることもできないことりは、とぼとぼとうつむきがちに歩いていた。

 すると、どこからかガラガラと車輪のついた何かを引いているような音が聞こえてきた。その音は、徐々にことりに近づいており、ことりが振り返るとそこには、黒い帽子に黒いジャケット、黒いパンツに黒いつま先の尖がった革靴。全身黒ずくめの男が立っていた。

「よう、嬢ちゃん。なにかお困りのようだな?」

「え? だ、誰ですか?」

 その男は、やはり黒いスーツケースのようなものを引きながら、ことりのもとへ徐々に近づいていった。

「おいおい、そんなに警戒しないでくれよ。別に、怪しいものじゃあない」

 男は、キャリーケースを引いていないほうの手を上げて無害をアピールする。

 彼女の刺激しないように、笑みを浮かべながら一歩ずつ彼女に近づいていく。

 しかしことりは、男が一歩近づくたびに一歩後ずさった。

 見知らぬ男に突然話しかけられたのだ。警戒するなという方が無理な話だ。

 一定の距離を保とうとすることりの態度を見て、男はため息をつく。

「まあいいか。それより力がほしいんじゃないか?」

「……力?」

 男と一定の距離をとっていたことりは、男の『力』という言葉に足を止めた。

「それは、どういう意味ですか?」

「俺は、こういうもんでね。俺が、力になろうかと思ってね」

 ことりが反応を見せると、男は少し口角を上げた。

 興味を引けたとわかると、ポケットからひとつの錠前を取り出し、ことりに見せた。

 いまや、ありふれたものであるロックシードだが、それを名刺代わりに見せてくる者といったら限られる。ことりは、すぐに男の正体に気がついた。

「錠前、ディーラー……」

 ことりは、自分の正体に気がついたのを見て、男はにやりと口角を上げた。

「ああ、そんなとこだ。譲ちゃん、スクールアイドルやってるんだろ?」

「どうしてそれを……」

「まあ、それは企業秘密ってことだ。それより、スクールアイドルをやるってんなら、これが必要だろ? 今じゃ、ステージを使う権利を決めるのもインベスゲームだ。だから、譲ちゃんがゲームで勝てるように、ロックシードを見繕ってやろうか?」

 力に反応したことりだったが、続くインベスゲームという言葉を聞いて顔を背けた。

「別に、いりません。私たちは、インベスゲームなんてしませんので」

 それは、穂乃果と海未と決めたことだ。

 今、スクールアイドルの中で野外ステージの使用権争いなどがインベスゲームによって決められていることは、ことりも当然知っている。

 スクールアイドルだけを取り扱ったネット番組、スクールアイドルホットラインでも多くのインベスゲームが取り上げられているのを見てきたし、実際に生で見たことだってある。

 インベスゲームができなければ、ステージを奪われる。ステージが奪われれば、お客さんを呼んで自分たちの歌を披露することもできない。

 今や、スクールアイドルとして活動していくなら避けては通れない事柄だ。

 しかし穂乃果は、インベスを戦わせることを拒んだ。自分たちの友達である彼らを戦わせることに異論を唱えたのだ。

 そして、そんな彼女と決めたのだ。スクールアイドルになったのしても、インベスゲームはしないと。

 確かに、ことりには力は魅力的だった。

 しかし、インベスゲームはしないと決めている彼女にとって、インベスゲームのための力など必要ない。

 だからこれ以上話を聞いていても仕方がない。彼女は、その場を立ち去ろうとした。

「まあ、待てよ」

「何ですか。私には、必要ないって言ったじゃないですか」

「インベスゲームなんてやらないって決めてんのかもしれないが、そううまくいくものかねぇ」

「……どういうことですか?」

 思わず男の思わせぶりな言葉に、ことりは聞き返してしまった。

 その反応に、再び男はにやりと笑う。

「俺も、こういう仕事してるといろんなスクールアイドルと会ってるわけだ。その中には、譲ちゃんみたいに自分はインベスゲームなんてしないってやつもいた。だが、現実はそう甘くない」

 男は、さらにことりとの距離をつめる。気がつけば、男はことりのすぐ目の前にまで迫っていた。

「相手から、ゲームを吹っかけられたらどうする? もう、今の世の中インベスゲームで決めるってルールが出来上がってまってる。そのときロックシードを持ってなかったら? ゲームを断ったら? それはもう不戦敗。戦わずしてすべてを奪われちまう。インベスゲームをしないってのはそういうことだ。譲ちゃんは、それを笑って受け入れられんのか?」

「そ、それは……」

「それがいやなら、戦って守らなきゃなぁ。きっと譲ちゃんは、誰かゲームをしたくないって言ってるやつに気使ってんだろ? そいつは、何もわかっちゃいない。そういうやつは、誰かきちんと理解してるやつが守ってやらなきゃな」

「でも……」

 ことりは、うつむいてしまう。

 確かに、男の言うことも正しいと思ってしまっていた。

 穂乃果や海未は、インベスゲームなんてしないといっていたが、挑まれたときにどうするかは決めていなかった。

 もし実際に、挑まれてしまったらどうするか。そう考えて、穂乃果はやっぱりインベスゲームはしないだろうと思った。

 穂乃果はそういう性格だ。自分が間違っていると思ったことは断固としてやらない。

 でも、インベスゲームをしないことでたとえばステージを、たとえば機材を奪われてしまうとしたら。スクールアイドルとしての活動を行えなくなってしまっては元も子もない。

 結局彼女たちが悲しむことになる。それは許せなかった。

「というわけで、とりあえずお試しってことで使ってみてくれ」

「え、なに!?」

 ことりが考え込んでいると、男はそのすきに彼女の手を取り、有無を言わさずロックシードを握らせた。

「そんな。急にこんな……」

「代金はいい。とりあえず使ってみて、買うかどうか決めてくれ」

 男は、ロックシードを渡すと、スーツケースを引きながら彼女に背を向けた。

「まあ、それはただの力だ。譲ちゃんの好きに使ってくれ。使い方によっちゃ誰かを守れるだけじゃなく、今は届かない相手に追いつくこともできるかもな」

「え? それはいったい……」

「まぁ、ちょっと考えてみてくれ。お試し期間は一週間だ。」

 男は、自分の言いたいことだけ言い残すと、一切振り返らず去っていってしまった。

 後に残されたことりは、ただ呆然とその後姿を見ていることしかできなかった。

「こんなの、どうしよう……」

 男に、無理やり握らされたロックシードを見る。

 本体には、茶色い楕円に薄緑の帽子を被せたような実が刻まれていた。

 それは、クラスBのドングリロックシード。一般に出回っているクラスD、Cよりも性能の良い、強力なロックシードだ。

 インベスゲームはやらないと決めた。でも、相手からしたらそんなことは知ったことではない。

 インベスゲームを申し込まれれば、受けるかすべてを明け渡して退くかの二択だ。

 その考えたとき、戦えない穂乃果は海未に代わって戦う誰かが必要だと、ロックシード(力)がことりを誘惑する。

 また、それと同時に男のもうひとつの言葉も、同時に彼女の心を揺さぶる。

「届かない相手に追いつける、力……」

 そうつぶやいたとき、ことりはふと、穂乃果と海未を思い浮かべていた。

 彼女が思い浮かべたのは、後姿。だんだんと自分から離れていくように小さくなるそんな姿だった。

 

 夕暮れ時。

 ことりは、公園のベンチでため息をついていた。

 穂乃果と海未に帰ると言っておきながら、ことりは未だ帰らずにいた。

 手には、ロックシード。どんぐりのロックシードが、夕日に照らされて輝いていた。

 彼女は、結局受け取ってしまっていたのだ。

 彼女の中では、ロックシードはインベスゲームで使われるものという印象が強い。

 インベスを操ることができれば、子供であっても大人を圧倒することができる。

 そんな危険なものを戦わせるインベスゲームに対し、彼女は穂乃果や海未と同じように嫌悪感を抱いていた。

 が、誰でも簡単に手に入れられる力という点に、彼女は惹かれてしまった。

 穂乃果がロックシードを使って変身し、インベスと戦った。最近知ったのだが、海未もまた変身したようだ。

 それを知ったことりは、思ってしまったのだ。

 力があれば、また二人に追いつけるのではないかと。

「ああ、もうどうしよう」

 インベスを戦わせないという穂乃果と、スクールアイドルになるからには戦うしかないと示す現実に板ばさみにされる。

 穂乃果を裏切るようなことはしたくない。でも、錠前ディーラーが言っていたように、戦わなければならないときがいつかやってくる。

 そのときに一体どうすればいいか。

 ことりは、答えのでない問いに頭を抱えていた。

 

『あなたは、運命を選ぼうとしています』

 

「え?」

 いつの間にか、周りで遊んでいたはずの子供たちの声が消えていた。

 その声の代わりに、どこからともなく声が聞こえた。

 その声、どこかで聞いたことのある声に意識を傾けたとき。それをきっかけに、ことりは異変に気付いた。

 彼女の周りを取り巻く世界が動きを止め、自分一人が世界から隔絶されたような錯覚に陥る。

 風がやみ、木々が揺らめきを止める。

 すべてが静止した世界の中で、正体不明の声だけがことりの鼓膜をふるわせる。

 ことりは、唯一の音の発信源を探り、あたりを見渡した。

 その正体は、すぐに見つけることができた。

「あなたは、・・・・・・わたし?」

 見つけた人物の姿を見て、ことりは尻餅を付いた。

 彼女の目の前に居たのは、自分自身。

 まるで鏡を見ているかのように、自分と瓜二つの少女だった。

 彼女は、瞬間移動をしているかのように姿を飛ばし飛ばし現しながら、ことりとの距離を詰めていく。

 そして、座り込むことりを見下ろすような位置で、口を開いた。

『あなたが踏み入れようとしているのは、逃れられない戦いの定め。それ以上進もうというのなら、後戻りはできない』

 ことりが、今戦っているであろう穂乃果たちの元へ行こうと決めた瞬間を狙ってきたかのようなタイミングでのこの発言だ。

 ことりにはそれは警告のように聞こえた。

 そしてその言葉は、自分には戦いは無理だと、自分の穂乃果たちの隣にいることはできないという意味に聞こえた。

「戦いの定め……」

 逃れられないと聞き、ことりの頭に一抹の不安がよぎる。

 戦いの定め。

 それがどのようなものか想像がつかなかったが、誰かを、何かを傷つけることになることはことりにも理解できた。

 ことりにだって喧嘩した経験くらいはある。

 しかし、今まで喧嘩した時ですら人を傷つけるようなことはしなかった。暴力を振るうなんてことはもってのほかだ。

 喧嘩したときですら手を上げることに躊躇するような自分に戦うことが果たしてできるのだろうか。

 そんな疑問が浮かぶ。

 定めという得体の知れないものへの恐怖から、ことりは引き返そうとする。

「でも……」

 が、そこで思い出す。

 穂乃果や海未は、すでにインベスと戦っている。市場には出回っていない未知の道具を使いインベスと戦っているのだ。

 そのことから、すでに穂乃果たちは戦いの定めの中にいることは明白だった。

 自分のいる世界とは外れた場所にすでに行ってしまっている。

 一緒にいるためには、追いつかなければならない。

 そして、追いつくために必要になるものは力。彼女たちと同等の力だ。

 それを理解したとき、すぐにある思いがその不安を上回った。

「その道を行けば。……戦う力があれば、穂乃果ちゃんと海未ちゃんと同じところにいられるんでしょ?」

「……」

 ことりが問うと、少女は悲しそうに目を伏せる。が、それはことりは肯定であると解釈した。

「それなら、ことりも戦う。それで穂乃果ちゃんと海未ちゃんといっしょにいられるなら。戦うことにも、迷ったりしない」

「そう。決めてしまったんだね。・・・・・・なら」

 ことりそっくりの少女は、屈んでことりの鞄に手をかざした。すると、鞄が発光し始めた。

 いや、正確には、かばんの中にあるものが輝きだしたのだ。

 まぶしさにことりは思わず顔を背けた。

 その輝きは数秒で消え、ことりは瞑っていた目を開く。

 すると、静止していた世界は、再び動き始めていた。そして、少女は姿を消していた。

 少しの間呆然としていたが、すぐにかばんへ手を伸ばした

 先程までの光の正体を突き止めるため、ことりはかばんの中に手を入れる。

 何となく予感はしていた。

 穂乃果も海未も、同じような警告を受けたのではないかと。

 その警告を振り切り、力を手に入れたのではないかと。

 きっとさっき現れた少女が行った何かは、穂乃果や海未が手にした力を与えてくれたのではないかと。

 だからことりは、迷わずそれを取り出した。

「穂乃果ちゃんと海未ちゃんが持ってたのと同じだ・・・・・・」

 ことりは、取り出したそれを見てつぶやく。

 それは、かつてユグドラだったもの。

 ほとんど形は変わらない。唯一刀のような装飾が追加されたそれを、ことりは抱きしめた。

「やった。これで、穂乃果ちゃんたちと一緒にいられる」

 彼女は、まだ戦いの意味を知らない。

 これから何が起こるのか考えておらず、逃げられない本当の意味など知る由もない。

 今のことりは、その力さえあれば親友2人と一緒にいられると、ただそれだけしか考えていなかった。


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