ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第十一話 『3人そろって』

「ついに私、南ことり。怪我が完治いたしました」

 

 

 いまだ少し肌寒い早朝。

 

 

 いつものように朝練習のために来ていた穂乃果、海未、憐次の元に、ことりの口から朗報が伝えられた。

 

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 

「やったー。いつの間には、足の包帯が取れてる」

 

 

 ことりの報告に、穂乃果たちは歓喜の声を上げた。

 

 

 最近まで包帯を巻いていた足首には今は何も巻かれておらず、代わりに動きやすいランニングシューズを履いている。また、服装もジャージ姿で、これから動く気満々といった装いだった。

 

 

 怪我とは、以前ことりたち三人がヘルヘイムの森へ迷い込んでしまった際、インベスに追いかけられて負ってしまったものだ。

 

 

 怪我は軽い捻挫であったが、激しく動くことは厳禁。

 

 

 早く治すには、安静が一番とされ、今まで努めて安静にしていた。

 

 

 当然走ることもできず、朝練習には参加していたものの、最初の準備運動がてらの柔軟運動くらいしかできていなかった。

 

 

 スクールアイドルを始めようとした矢先の怪我だったため三人そろって練習をしたことはなく、そのことも相まってことりの復帰はうれしいものだった。

 

 

「よかったな。予定より早かったんだな」

 

 

「うん。お医者さんから、もう大丈夫って言ってもらえたから」

 

 

 今日は、憐次たちが聞いていた予定より数日早かった。

 

 

 病院に行ったときの診察では、軽い捻挫とはいえ完治にはもう少し長くなると言われていたが、予定より早く医者からお許しが出たのだ。

 

 

「ってことは。やっとことりちゃんも、本格的に練習に参加できるね」

 

 

「そうですね。遅れた分を取り戻すためにも、これまでよりもビシバシいきますよ」

 

 

「うん。お願いね、海未ちゃん」

 

 

 ことりは、このときをどれほど待ったことか。

 

 

 彼女が怪我をしてからまだ一週間くらいしか発っていないのだが、彼女は実際の時間の何倍も長く感じていた。

 

 

 朝練習の時も放課後の練習の時も彼女は欠かさず参加していたが、ほとんど何もできず見ているだけだった。

 

 

 3人でスクールアイドルを始めるからには、やはり3人そろっての練習が欠かせない。

 

 

 今はまだ歌の歌詞ができただけで、ダンスはほとんど手がつけられていない。3人であわせなければできないということは正直あまりない。でも、3人であわせなければならないという以上に、3人がそろっているという意味は大きいものだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、ランニングに行きますか」

 

 

「そうですね」

 

 

「うん、早く行こう」

 

 

 一通りの準備体操を終えると、4人は神社の鳥居より続く階段からランニングを開始した。

 

 

 並び順は、穂乃果と海未が先頭で、それにことりと憐次が続くような形だ。

 

 

 3人の時には3人横並びで走っていたが、4人になったということで周りの迷惑も考え、2列に並ぶことにしていた。

 

 

 憐次は、自分の前を走る2人の背中を見つめていた。

 

 

 彼女たちの背中は、いつもよりも少しだけ伸びているように見える。

 

 

 もう表情など見なくてもわかった。その背中は、ことりが帰ってきた喜びと練習への意気込みを物語っていた。

 

 

 今度は、隣のことりへと視線を向けてみた。

 

 

 数日とはいえ、穂乃果たちが練習をしている間、ことりは見学していただけだった。そのため、当然体力にもいくらかの差ができていておかしくなかった。

 

 

 が、彼女は二人に追いつけ追い越せとばかりに付いて行っていた。

 

 

 彼女も彼女で気合いに満ちあふれているようで、その表情は、いままで見学ばかりだった頃に比べてより輝いて見えた。

 

 

「ことり、ずいぶんと気合いは言ってるな」

 

 

「うん。いままで見てるだけだったから、早く練習したくてうずうずしてるんだもん」

 

 

「ああ、治って本当によかったよ。でも、あんま無理すんなよ。治ったって言っても、まだ日が経ってないんだからさ」

 

 

「うん、わかってるよ」

 

 

 ことりの隣に並ぶ憐次には、ことりのいつにも増した気合いをひしひしと感じていた。

 

 

 いつも端で見ていることしかできなかったことりを知っているだけに、憐次にもその気持ちは痛いほどわかった。

 

 

 これでやっとスクールアイドルを始められると、より一層気合いが入っているのだろう。と、憐次は顔を綻ばせていた。

 

 

 学校の運動部などがやっているように、掛け声をつけながら走るというのもよいものではあるが、穂乃果たちが走るのは学校のグラウンドではなく町の中だ。大きな声を出せば近所迷惑になってしまうため、走っている間は、多少話すことがあってもたいてい無言だ。

 

 

 少々冷たい風が吹き抜ける音や呼吸音、4人の規則正しい足音が、静けさに相まって強調されて聞こえる。

 

 

 4人は前だけ見て走り続けていた。

 

 

 それでも、4人とも退屈はしていなかった。むしろ楽しんですらあった。

 

 

 いままで3人で走っていた道を、今は4人で走っている。聞こえてくる足音も息づかいも、今は1人分多く聞こえる。ただそれだけの満たされる気がする。欠けていたパズルのピースがぴったりはまったような、そんな感覚。

 

 

 静かなおかげで、よりお互いに4人であることを意識することができた。

 

 

「やっぱり、3人のときより4人で走るほうが、なんかいいね」

 

 

「そうですね。一段と、気合いが入る気がします」

 

 

「そう、だね・・・・・・」

 

 

 ランニングコースのちょうど半分くらいにさしかかった。

 

 

 4人になったことで、不思議と何でもうまく行くような気がしていた。

 

 

 そのせいか、ランニング中にも関わらずいつもに比べ、会話が弾んでいた。

 

 

「そういえばね、このあたりにおいしそうな洋菓子店があったんだ」

 

 

「そうなの?」

 

 

「はい。最近開店したのでしょうか。ランニングして初めて見つけたところなんです。何でも、本店はフランスで結構有名なパティシエが開いた店みたいで、今回見つけたところは、その2号店らしいんですよ」

 

 

 体力をつけるために開始したランニングだったが、体力以外にも収穫があった。

 

 

 いままで、自分の家付近を周る機会というものがなかった。特に高校生になってからは、外出するのは目的地を決めて行くため、目的地を決めずにただぶらつくことがめっきりなくなっていた。

 

 

 今回見つけた洋菓子店は、ランニングコースのなかで神田明神とは反対方向にあったため家からも遠く、本来であるなら穂乃果たちが立ち寄るはずのない場所だった。

 

 

 そんな場所に位置する店を見つけることができたのは、ランニングで今まで行ったことのない道を選んだためだ。

 

 

「パティシエの名前って何だっけ? 確か、・・・・・・ほうれん草、みたいな名前だった気がするけど」

 

 

「その間違え方は、ものすごく失礼ですよ」

 

 

「はは、ははは・・・・・・、あっ」

 

 

「おい」

 

 

 話に気を取られていたのか。ことりが突然何かにつまずいた。

 

 

 幸い倒れることはなく、ことりは自分で持ち直して穂乃果たちの後ろに付いた。

 

 

「ことりちゃん。大丈夫?」

 

 

「うん。ちょっとよそ見してた」

 

 

 そうことりが答えたために、穂乃果たちは気付かなかった。

 

 

 そんな彼女とは違い、隣にいた憐次は異変に気づき始めていた。少しずつことりは遅れ始めていたことに。

 

 

 しかし単に躓いただけだろうと、憐次はこの段階ではそのことを口に出すことはしなかった。

 

 

 昔からことりのことを知っているのだ。

 

 

 彼女は、それほど無茶をする性格ではない。自分の状態は一番わかっているはずだ。

 

 

 もし疲れて走れなくなってきても、そのときは自分で抑えることができるだろう。

 

 

 そう思っていたからだ。

 

 

 が、しばらくして、

 

 

「はぁ・・・・・・、はぁ・・・・・・」

 

 

 少し行くと、ことりは息も絶え絶えといった状態になってしまっていた。

 

 

 憐次が気づいた時にはすでに無理をしている状態だったのだ。

 

 

「おい、ことり。大丈夫か?」

 

 

 自分の体調は自分で管理できると思っていた憐次だったが、ことりの様子を見て声をかける。

 

 

 徐々に荒れる呼吸音は、しばらく立つと無視できないほど不規則で危ういものになっていた。

 

 

 その異変に最初に気付いた彼がその音の所在へ視線を向けると、だんだんと彼女が左右に揺れるのが確認できたのだ。

 

 

 憐次も穂乃果も海未も、そしてことり自身も浮かれていたのだろうか。

 

 

 徐々に大きくふらつきすことりを見て、憐次は彼女を止めた。

 

 

「2人とも、1回ぺースをゆるめてくれ」

 

 

 憐次の声で振り返った二人は、そこで初めてことりの状態に気づいた。

 

 

 ことりの復帰に舞い上がっていたのは、穂乃果も海未も同じ。

 

 

 前しか見ていなかった二人は、肝心のことりのことも見えていなかった。

 

 

「ことりちゃん、どうしたの。大丈夫?」

 

 

「う、ん。・・・・・・大丈夫だよ」

 

 

 ことりは、額の汗をぬぐいながら答えた。

 

 

 口ではそう言うものの、すでに息は絶え絶えで辛そうに顔をゆがめていた。

 

 

 見るからに大丈夫そうではない。

 

 

 

 

 

 思えば、ことりが普段行っていた運動といえば、授業の体育くらいだ。

 

 

 別に運動が趣味であった訳でもなく、特段得意というわけでもなかった。

 

 

 彼女がやっていたのは、授業で合格点がもらえる程度。

 

 

 今まで、体力を付けようだとか早く走れるようにしようだとか、特別な向上心をもって運動に取り組んだことはなかった。

 

 

 そんな彼女に対し、アイドルを目指す、アイドルになると決めた穂乃果と海未は、毎日の練習のおかげで徐々に体力を上げて行っていた。元より武道の道に身を置いていた海未はともかく、穂乃果は、ことりとスタートラインは変わらなかった。

 

 

 が、アイドルになり学校を廃校から救うという明確な目的が、不思議と彼女に活力を与え、ことりとの間に差を生んでいた。

 

 

 それだけでも大きな差があったのだが、それに加えてことりは、特別に運動していなかったにも関わらず、さらに足の怪我によって激しい運動を禁止されていた。

 

 

 日常生活では松葉杖が手放せず、歩くのがやっとの状態だった。

 

 

 そんな彼女の体力は、いつもよりも明らかに落ちてしまっていたのだ。

 

 

 それに引き換え穂乃果と海未は、ことりが怪我で動けない間も簡単にとはいえ体を動かしていた。

 

 

 体力が落ちていたことりには、毎日走っていた穂乃果と海未のスピードは速すぎたのだ。

 

 

「ことり、大丈夫そうには見えませんよ? 初日ですし、今日はもっとぺースを落としましょう」

 

 

「う、ううん。みんな、ごめんね。大丈夫だから」

 

 

「謝ること無いよ。穂乃果こそ、気付かなくてごめんね。今日はこれでやめにしておこう。また倒れちゃったりしたら大変だよ」

 

 

「そうです。無理をして倒れてしまったら元も子もありません。今日のところは、ここまでにしておきましょう」

 

 

「で、でも・・・・・・」

 

 

 ことりは、大丈夫だと言うが、自分でも気付いている。

 

 

 このまま、わがままを言ってついて行っても迷惑をかけるだけだと。

 

 

「ごめんね。やっぱり、まだついて行くのは無理みたい。だらか、穂乃果ちゃんたちは先に行ってて、神田明神で待ってて」

 

 

 だから、彼女は笑ってそういった。

 

 

「……ことり。一人でも大丈夫ですか?」

 

 

「うん。大丈夫だよ」

 

 

「でも、ことりちゃん」

 

 

「穂乃果」

 

 

 ふらふらな状態のことり残していくことはできないと食い下がろうとする穂乃果を止めたのは、海未だった。

 

 

「無理を言ってはだめですよ。それに、私たちは廃校を阻止するためにも、一刻も早くライブをしなくてはならないんですよ」

 

 

「でも、・・・・・・」

 

 

「代わりに、レンジに残っていただきましょう。頼めますか?」

 

 

「ああ、もちろんだ。もともと俺はおまえたちのサポートの為にいるんだからな」

 

 

 憐次は、お任せあれと胸を叩いた。

 

 

 本当は付き添っていたいのだろう穂乃果は、一瞬考えるも首を縦に振った。

 

 

「・・・・・・そうだよね。じゃあ、先に行って待ってるね」

 

 

「うん。すぐ追いつけるようにがんばるね」

 

 

「レン君、頼んだよ」

 

 

「おう」

 

 

 憐次の返事を聞き、穂乃果と海未は、ことりのことを心配そうに見つめながらも元のコースへと戻っていった。

 

 

 憐次は、2人の後姿を見送るとことりのそばに寄り添う。

 

 

 ことりは、2人の姿が見えなくなるとひざに手をついた。

 

 

 穂乃果を連れて行ってくれた海未に感謝する。

 

 

 ことりは、自分のせいで穂乃果たちの足を引っ張りたくなかった。

 

 

 あのまま2人を引き止めてしまっていたら、2人に迷惑をかけてしまう。

 

 

 そんなことりの気持ちを汲んだ海未は、付き添いたい気持ちを抑えて穂乃果を連れていったのだ。

 

 

「ことり、やっぱりだめだな」

 

 

「いや、仕方ないだろ。最近ぜんぜん運動できなかったんだから」

 

 

「ううん、だめだよ。ことり、迷惑かけてばっかりだもん」

 

 

 彼女は、目元をぬぐいながらつぶやいた。

 

 

 彼女がスクールアイドルになろうと決心したのは、穂乃果を手伝いたいという気持ちもあった。しかし、そんな気持ちのほかに、スクールアイドルになれば変えられるのではないかという期待があった。

 

 

 彼女には、これといって誇れるものがなかった。

 

 

 穂乃果のように行動力があるわけでも、海未のように何か特技があるわけでもない。

 

 

 だから、何か新しいことを始めれば自分の中で何かが変わる。スクールアイドルを始めれば何か変わるかも知れない。そんなふうに思っていた。

 

 

 しかし現実は、何も変わらなかった。

 

 

 それどころか、これから始めるという時に限って怪我をし、せっかくその怪我が治ったというのにまた足を引っ張っている。

 

 

 ことりは、そんな自分が情けなくなる。

 

 

「迷惑って。そんなの、誰も気にしてないぞ」

 

 

 憐次は、うつむく彼女にそう声をかける。

 

 

 それは、本心だとことりはわかっていた。

 

 

 怪我のことだって、今日付いていけなかったことだって仕方のないこと。

 

 

 ことりには、どうしようもないことだったとわかっていたからだ。

 

 

 でも、

 

 

「・・・・・・、そうだよね」

 

 

 ことりはそれでよしとはできなかった。

 

 

 憐次が海未が、穂乃果が心配ないというたびに、ことりの心には申し訳なさが溜まっていった。

 

 

「とりあえず、早く追いつかなくちゃ」

 

 

「おい、もう少し休んだ方が・・・・・・」

 

 

「ううん。もう、大丈夫だから」

 

 

 練習が始まって早々迷惑をかけてしまったのだ。これ以上心配をかけさせるわけにはいかない。

 

 

「ちょっと待てよ。ことり」

 

 

 息がある程度整ったところで、再びことりは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことりは、いまだ疲労でおぼつかない足取りで憐次を置いて走りだしてしまった。

 

 

 憐次は、いつになく無理をすることりに驚きながら、彼女を追いかけるために立ち上がった。

 

 

「待てって。っ――」

 

 

 立ち上がって突如、憐次は後ろを振り返った。

 

 

 彼が感じたのは気配。何か見られているような気配だ。

 

 

 その気配を探してあたりを見まわす。

 

 

 が、振り返った時にはすでに気配は消えており、怪しい者は見つからない。

 

 

 憐次は、首を傾げながらも、自分を置いて走って行ってしまったことりの後を追った。

 

 

 

 

 

 憐次が完全に去ったところで、、彼女たちが居た場所にガラガラと鳴るスーツケースを引く音が止まった。

 

 

 全身黒ずくめの男は、帽子を目元深くまでかぶっているため、その表情は見えない。

 

 

「さて、今度はあの嬢ちゃんか。あまり商売にならないことはしたくないんだがなぁ。まあ、仕方がないか」

 

 

 帽子を目元が隠れるくらいまで深くかぶりつぶやく。そして、唯一表情のうかがえる口をにやりとゆがませた。

 

 

 右手で『S』が刻まれたロックシードをもてあそび、男はキャリーケースを引きずりながらその場を立ち去った。




どうも、幸村です。

前回までで海未ちゃんの変身を書きましたので、皆さんわかっていると思います。
今度は、ことりちゃんの番です。

とはいえ、その道のりはまだ長そうです。
穂乃果ちゃんのターンで怪我をしてから、ずーっと見学が続きていたため、体力的に相当なハンデを負ってしまいました。
自ら付けた設定でありながら、これ、本当にファーストライブできるのかと震えております。

ファーストライブに向け、済ませなければならない話を色々すっぽかしてしまっていますので、そろそろ挟みつつ、ことりちゃんにも変身していただきたいと思います。

震えが止まりません

そのうち、ロックシードの量が増えてきたら、プロフィールなども挙げていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

ではでは

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