ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第十話 『私の願いとあなたの願い』

『ぶどう!』

 

 

海未がロックシードを解錠すると、そのロックシードに施された果実の名が宣言されると共に、待機音が流れ出した。

 

 

その待機音は、穂乃果のものとも戒斗が使っていたものとも異なっている。

 

 

銅鑼が鳴り、どこか中華風な音だ。

 

 

頭上にはロックシードが宣言した果実を象った紫色の光の塊が、クラックから顔を出した。

 

戒斗の変身を見てすでに知っていた海未は、慌てることなく頭上の果実はそのまま、ユグドラのドライブベイへロックシードを押し込んだ。

 

 

『ロックオン』

 

 

ロックシードが固定されると共に、新しく現れたカッティングブレードを降ろし、キャストパットを切り開いた。

 

 

『ハイィィィ! ぶどうドレス。龍、砲、ハッハッハァ!!』

 

 

 

海未は音声と同時に走りだした。

 

 

空中で漂っていた紫の塊は、彼女の動きにあわせて動き、彼女をすっぽりと包み込んだ。

 

 

視界を紫に覆われた彼女だったが、その足を止めることはしない。

 

 

穂乃果の隣で一緒に困難に立ち向かうと決めたから。

 

 

体に満ちる力を感じながら、彼女は、さらにスピードを上げる。

 

 

決めたことを為すための力はすでにある。なら、穂乃果のとなりに行くだけだ。

 

 

海未は、目の前の紫のベール突っ切る。

 

 

そしてさらに、そのままの勢いで数歩。

 

 

「たぁ!」

 

 

穂乃果を囲むインベスの一団の一角に、跳び蹴りを放った。

 

 

インベスを一匹蹴り飛ばして着地した海未は、穂乃果の手を取った。

 

 

「穂乃果、大丈夫ですか? 行きますよ」

 

 

「海未、ちゃん。どうして・・・・・・」

 

 

「どうしてって、そんなこともわからなくなってしまったのですか? 友達だからに決まっています」

 

 

友達だから助ける。今の海未にとって当たり前と言えるその行為に、穂乃果は疑問の声を上げた。

 

 

海未が立ち上がらせようとするも、穂乃果は動かない。

 

 

海未が見たところ、穂乃果が逃げるのを拒んでいる訳ではない様子だった。何らかの理由で動けない状況になっていると考えた海未は、今度は肩に腕を回して抱え上げる。

 

 

その間に左右に迫ってきていたインベスを蹴り飛ばすと、穂乃果をつれてインベスの包囲を突破した。

 

 

 

 

 

インベスたちから一度距離をとると、海未は穂乃果をその場に下ろした。

 

 

悠長なことはしていられないが、インベスたちから完全に助かるためには、穂乃果が自分自身で立ち上がることが必要不可欠だと考えたのだ。

 

 

地面に座り込む穂乃果を、かばうように海未は立つ。

 

 

「友達・・・・・・」

 

 

すると、うなだれていた穂乃果からぽつりとつぶやきがこぼれた。

 

 

「もう、見捨てられちゃったかと思ってた」

 

 

「なぜ、そう思うのですか?」

 

 

「だって今日、口きいてくれなかったし。叩かれちゃったし・・・・・・」

 

 

「・・・・・・あなたと言う人は。なぜあなたは気づかないのですか」

 

 

「なに。それはどういう・・・・・・?」

 

 

ついさっきまでであったら、その言葉に対して出たのは怒りの言葉だっただろう。が、出たのは、呆れのため息だった。

 

 

インベスたちはすでに近づいてきていたが、海未は、インベスたちの相手をしながら語りかけた。

 

 

「わかりました。・・・・・・あなたは、私たちを守りたいと言いましたね。私たちに傷ついて欲しくないから」

 

 

「そうだよ」

 

 

「だから戦うのですか? 自分が傷つこうとも、他人を傷つけようとも。自分の守りたいものを守れれば、ほかはどうなってもいいと、そういうわけですね?」

 

 

「・・・・・・そうだよ。だから穂乃果は戦うんだよ。みんなを守れるならって――」

 

 

「――なら」

 

 

海未は、自分の胸に手を当てる。

 

 

自分の気持ちを言葉にするのが怖い。逃げたしたいと思う気持ちを必死に抑え、海未は、彼女を許せなかった原因をぶちまける。

 

 

「私たちに傷ついて欲しくないと思っているのなら、なぜ、私たちもあなたに傷ついて欲しくないと思っていることに気づかないのですか?」

 

 

「え?」

 

 

穂乃果は、全く考えになかった思いを聞き、固まってしまった。

 

 

彼女はただ、海未たちを守るために戦っているつもりだった。

 

 

その間自分が傷つこうが仕方がない、かまわないと思っていた。

 

 

でも、もしその自分を省みない行動が海未たちを傷つけていたら。

 

 

そう考えとき初めて、自分が海未たちを守ろうとして、結局なにも守れていなかった事に気づいたのだ。

 

 

「私は、あなたが許せませんでした。私たちに傷ついてほしくないと言っているあなたが、自らを顧みず自身を傷つけようとしていることに腹が立ちました。そして私の気持ちが、あなたを思う気持ちが全く届いていたかったのだと思って悲しかったのです」

 

 

「そんな・・・・・・」

 

 

そう。それが海未が感情的になってしまった原因だ。

 

 

実のところ最初、なぜ自分が暴力をふるってしまうほどに感情的になってしまっていたのかわかっていなかった。

 

 

いままで、穂乃果とここまで本気の喧嘩をしたことがなかった。

 

 

大抵、お互い相手が正しければ自然と謝り、ほぼその場で決着がついていたからだ。

 

 

が、今回は違った。

 

 

いつもの喧嘩と違う点といえば、命の係わる大変な事柄だということもあったが、それでもいつものように間違っている方が謝れば、すぐに済む話だった。

 

 

だというのに、海未は穂乃果の話に耳を傾ける余裕がないほどに頭に血が上り、穂乃果も謝ろうとはしなかった。

 

 

最初海未は、圧倒的に正しいの自分であるのにもかかわらず穂乃果が謝らなかったことが原因だと思っていた。そのことに腹が立ったのかと思っていた。

 

 

が、時間がたち冷静になり、自分を見つめなおして気づいたのだ。

 

 

自分の願いはとても単純なことで、それが相手に伝わらなかったことがただ悲しかったということに。

 

 

そして、同時に自分も彼女を傷つけてしまっていたことに。

 

 

「でも、私も気づいていませんでした。穂乃果もさんざん苦しんで、そうせざるをえないところまで追い込まれていたことに気づくべきだったんです。・・・・・・だから、すみませんでした」

 

 

「ううん。海未ちゃんが謝る事なんてないよ」

 

 

「いいえ。私も間違っていました。でも、あなたには知っていて欲しいのです。私たちは、あなたが私たちを思うのと同じくらい強く思っているという事を。だからどうか、自分が傷ついてもいいなんて、お願いですから、言わないで・・・・・・」

 

 

インベスたちを必死で近づけまいと応戦しながら、海未は絞り出す。

 

 

どちらが正しいも間違っているもない。

 

 

自分たちは、同じくらい正しく、そして同じくらい間違っていたのだと。

 

 

「ごねんね、海未ちゃん。気付いて当然だったのに気づかなくて」

 

 

「いいえ。悪いのは私もです。本当は、わかっていたんです。でもその思いを受け入れることができないという気持ちが先行してしまったんです」

 

 

海未は、インベスをさえながら穂乃果の方へ振り返る。穂乃果は、顔を上げて海未と対面する。

 

 

海未は、仮面に隠れた彼女の瞳をのぞき込む。

 

 

仮面に阻まれて穂乃果の瞳を見えてはいない。が、彼女の瞳も自分と同じように自分の瞳を見つめ返してくれている感じていた。

 

 

「私は、穂乃果やことり、レンジに傷ついて欲しくありません。だから、あのとき自ら自分を傷つけようとしている穂乃果を許せませんでした。ですが、友達に傷ついて欲しくないと思っていたのは穂乃果も同じだとわかっていました。そして、やっと気づいたんです。他人の為に何かをすることができる穂乃果だからこそ、その隣にいたいと思ったのだと言うことを。そして、私が守りたかったのは、やりたいことを精一杯やって輝いている穂乃果たちなのだと言うことを」

 

 

「海未ちゃん……」

 

 

「だから、あなたとともに戦うのも全部自分のためです。穂乃果がやりたい事をできるように。あなたたちの隣に胸を張って並び立つために。私の大切なものを守るために戦います」

 

 

海未は、守るために戦う矛盾をはらんだ言葉を口にする。

 

 

その言葉は、穂乃果の先ほどまでの行動を肯定する言葉ではない。

 

 

ただ、否定もしない。

 

 

矛盾を内包していたとしても、誰かの笑顔を守りたいと思う気持ちは、確かに正しいはずだから。だからその言葉は、そばに立ち、間違いは一緒に背負うという海未の決意の現れだった。

 

 

「だからあなたは、ずっとあなたらしくいてください。私の大好きなあなたでいてください」

 

 

「・・・・・・私は」

 

 

穂乃果は、海未の思いを受け、胸に手を置きもう一度自分に問いかける。

 

 

 

 

 

自分は何がしたかったのか。

 

 

自分は何がしたいのか。

 

 

 

 

 

そして、思わず自嘲気味に笑ってしまう

 

 

驚くことに答えは、すんなりと出たのだ。

 

 

本当は、簡単なことだった。

 

 

今回ずっと体が重かったのも、あと少しのところで止めをさせなかったのも、その思いがあったから。

 

 

「穂乃果は、戦いたくない。でも、インベスたちは話を聞いてくれない。だったら、とりあえず無理矢理にでもヘルヘイムへ返す。・・・・・・なるべくだれも傷つかないように、最後にはみんなが、インベスたちも笑って暮らせるようにしたい。そのために、努力したい!!」

 

 

どんなに心を偽ってもずっと、その思いが消えずに残っていたからだ。

 

 

 

 

 

「ソイヤ!!」

 

 

 

 

 

「え、なに?」

 

 

穂乃果が宣言したとき、彼女のユグドラのカッティングブレードが独りでに降りた。

 

 

 

 

 

「オレンジドレス! 花道、オンステージ!!」

 

 

 

 

 

変身の際に流れる電子音が鳴り響き、穂乃果のまとっていたオレンジの鎧が発光する。

 

 

鎧の継ぎ目からオレンジ色の光が漏れだし、継ぎ目が広がるごとにその輝きは、強さを増していく。

 

 

彼女たちを取り囲んでいたインベスたちは、その目映さに後ずさっていく。

 

 

同じように近くで見ていた海未には、目を背けはしなかった。インベスにとって眩しいだけのその光だが、海未にはそれだけじゃなかった。

 

 

優しく暖かい温もり。すべてを救うために努力すると決めた、穂乃果の心そのもののように感じていた。

 

 

 

 

 

彼女の纏っていた鎧が、まるでオレンジの皮を剥くように四方に飛び散った。

 

 

「穂乃果、その姿は・・・・・・」

 

 

光が収まると、そこには鎧武者の姿は無かった。

 

 

代わりにあったのは、オレンジのステージドレスを身に纏ったアイドルの姿だった。

 

 

「そっか。穂乃果の思いに応えてくれてたんだね」

 

 

穂乃果は、誰へむけてともなく呟き、纏うドレスを抱きしめた。

 

 

戦う意志をもって変身したときには鎧が現れたように、今、戦うよりも救うことを望んだ穂乃果に応えて変化したのだ。

 

 

「私たちの願いに応えて変化するのですね。これほど、頼もしいものはありません」

 

 

「うん。ほんとだね。・・・・・・この力があれば。海未ちゃんと一緒なら、何でもできる気がするよ」

 

 

海未は、穂乃果の言葉にうなずいた。

 

 

一緒にいること、同じ目標を目指すことは、直接的力にはなりえない。しかしそれは何にも代えがたい勇気となる。前へ踏み出すための確かな力になる。

 

 

「さあ、行きましょう。穂乃果」

 

 

海未は、一歩踏み出す。その確かな力に背中を押され――

 

 

「それはそうと・・・・・・」

 

 

今まさにインベスへと向かっていこうとしていた海未は、穂乃果の言葉につんのめった。

 

 

突然腰を折る穂乃果に勢いを削がれ、穂乃果を伺う。

 

 

彼女へ視線を向けると、立ち直ったとたんに元の調子を取り戻した穂乃果が、海未の姿をまじまじと見つめた。

 

 

「もしこのドレスが穂乃果の願いからできたら、海未ちゃんのドレスも海未ちゃんが望んだ服装なんだね?」

 

 

「服装、ですか?」

 

 

「うん。それにしても、結構大胆だね。海未ちゃんもそんな衣装を着たかったってことなのかな?」

 

 

「穂乃果。何のことですか?」

 

 

「もしかして、気づいてなかったの。その格好?」

 

 

「格好と言ったって、穂乃果とそう変わりは・・・・・・」

 

 

ないでしょう、と続けようとして海未は、口をつぐんだ。

 

 

今まで一切見ていなかった自分の服装を見て、徐々に顔が赤らんでいく。

 

 

海未は、今の今まで自分の服装に意識を向けていなかった。そのため、勝手に穂乃果の纏っているようなワンピースのようなドレスだと思っていた。が、彼女が纏っていたものはまったくの別物だった。

 

 

待機音からなにまで、どこか中華を意識していたのはこのためか。

 

 

編み込まれて輪っかになっている髪。肩まで露出した腕。体のラインを強調するぴったりと体にフィットしたシルクのような生地。そして何より、限界ギリギリまで切り詰められたスリット。

 

 

彼女がまとっていたのは、穂乃果のドレスとは似ても似つかない、チャイナドレスだったのだ。

 

 

「な、な、ななな。何なんですかこの破廉恥な衣装はぁぁぁあああ!!」

 

 

「あ。やっぱり今気づいたんだ」

 

 

「なんなんですかこれは。私はこんな服装を望んでなんていません」

 

 

「海未ちゃん。こんなところでしゃがまないで。インベスたちが来ちゃったよ」

 

 

「ああもう・・・・・・。こうなったら自棄です。ぶどう龍砲!!」

 

 

無理矢理考えを切り替えた海未は、ぶどうロックシードの専用武器を呼び出した。

 

 

現れたのは、ぶどうを示す紫色の玉に飾られた銃だ。

 

 

彼女は、それを掴むと向かって来たインベスをその銃身で受け止めた。

 

 

「まずはこのインベスたちをどうにかしま、しょう!」

 

 

横に回転すると共に受け止めたインベスをいなし、同様にインベスを避けた穂乃果の横についた。

 

 

「でも、どうにかってどうするの? ここクラックないし・・・・・・。これじゃ、本当に・・・・・・」

 

 

「あなたは、どうしたいんですか」

 

 

「そんなの・・・・・・。できれば倒したくなんてないよ。元の場所へ帰してあげたい。でも・・・・・・」

 

 

「なら・・・・・・」

 

 

海未は、戦いの最中に穂乃果に微笑みかける。

 

 

彼女が穂乃果の口から聞きたかった言葉が聞けたからだ。

 

 

まだ、彼女があこがれる夢物語を、穂乃果が持ち続けていることがわかったからだ。

 

 

だから、

 

 

「最後までわがままを言い続けてください」

 

 

「え?」

 

 

海未は、もう少しだけ無理を言ってみる。

 

 

散々打ちのめされた穂乃果に対して、絵空事を語れと言う。

 

 

「穂乃果のわがままは、悪いところでもありますが、同時にすごくいいところです。だから、あなたはそのままわがままを言い続けてください。そのわがままを現実にする方法は、私たちが考えますから。あきらめないでください」

 

 

もし、穂乃果があきらめないのなら、その絵空事を全力でかなえる。

 

 

そんな、意志とともに海未は、穂乃果に求める。

 

 

「普通の人ならとうにあきらめてしまうようなことを言うことができるあなただから、私はあなたの隣にいたいと思ったのですから」

 

 

いつものまぶしいくらいの彼女の望みを。

 

 

「・・・・・・うん。私はあの子たちを帰してあげたい。誰が無理だって言っても、絶対に絶対。わがままだっていい。私、この思いは変られないもん」

 

 

「それでこそ穂乃果です。では、行きましょう。あなたのその、わがままを実現するために」

 

 

「うん」

 

 

二人は二手に分かれた。

 

 

遅れて、二人がいた場所にインベスが突進してきた。

 

 

すでに6匹のインベスは、彼女たちを取り囲んでいたのだ。

 

 

二人はインベスの突進から逃れるが、それぞれの前にはすでにインベスが待ちかまえていた。

 

 

穂乃果は、インベスの腕を避けながら問う。

 

 

「でも、実際どうやってやるの?」

 

 

「安心してください。実は、方法については考えてあります」

 

 

「本当! どうすればいいの?」

 

 

インベスを倒さず返す方法があると聞いた穂乃果の表情は、ぱっと明るくなった。

 

 

海未は、インベスの爪をぶどう龍砲の銃身で受け流して背後に回ると、丸い背中を蹴り押した。勢い余ったそのインベスは、顔面から地面に倒れ込んだ。

 

 

インベスからの攻撃が途切れたところで、海未は答えた。

 

 

「穂乃果は、さっきまでと同じように、インベスたちを押さえていてください」

 

 

「うん。それから?」

 

 

「そして、私の合図と共に力一杯押し飛ばしてください。後は私が合わせます」

 

 

「え、それだけなの?」

 

 

インベスを帰すためになにか特別なことをすると思っていた穂乃果は、さっきまでと同じ事をしていればいいと言う海未の言葉に振り向いた。

 

 

海未のしようとしていることがわからず、穂乃果は心配そうな表情をしている。

 

 

「穂乃果はなにも考えず自分のしたいことを突き通してください。私を信じてください」

 

 

「海未ちゃん。でも・・・・・・」

 

 

穂乃果が不安になるのも無理もない。

 

 

海未が今からやろうと言ったことは、彼女が願い、祈り、何度語りかけても叶わなかったことだ。

 

 

それが、いままでと同じ事をしていて叶うとは到底思えなかった。

 

 

しかし、そんな彼女に海未は、自信満々な表情で言う。

 

 

穂乃果は知っている。

 

 

海未が人一倍慎重で、本当に自信のあることしか断言しないと言うことを。

 

 

そんな彼女が、考えはあると言った。

 

 

信じてくれと言ったのだ。

 

 

不安は完全には拭えない。でも、穂乃果にとって彼女のその言葉が、何より穂乃果に勇気を与えたのだ。

 

 

「わかった。海未ちゃんを信じる。・・・・・・行くよ!」

 

 

「はい!」

 

 

二人は、気合いとともに動き出す。

 

 

穂乃果は、ゆっくりと向かってくるインベスに対峙する。

 

 

何かをこすり合わせたような鳴き声と共に距離を縮めてくるインベスを前に、彼女はその場で無双セイバーと大橙丸を捨てた。

 

 

それは、もうインベスたちを傷つけないという彼女の誓いの現れだ。

 

 

「さあ、こい!」

 

 

頬を一回叩いて気合いを入れ、身構える。

 

 

そして、向かってきたインベスを真っ向から受け止めた。

 

 

「うぐぐぐ・・・・・・」

 

 

「穂乃果、準備はいいですか?」

 

 

「うん、大丈夫!」

 

 

海未は穂乃果の後方から声を飛ばした。

 

 

すでに、穂乃果が押さえているのはインベス二匹。

 

 

じりじりと足が滑るが、そのたびに一歩踏み出す。

 

 

海未の指示は、インベスを合図まで押さえておくこと。

 

 

ならば、穂乃果のやるべきことはただ一つ。

 

 

「ここからは、絶対に通さない」

 

 

海未が、作戦を成功させやすいようにできる限りのことをするのみ。

 

 

彼女からは、背後にいる海未の姿は見えない。

 

 

当然、どんな準備をしているか。そもそもインベスを帰すための方法があるかも確認できない。

 

 

それでも、穂乃果は海未を信じて疑わない。

 

 

その揺るぎない信頼が、穂乃果にまた一歩踏み出すための力を与えていた。

 

 

「今です。押してください!」

 

 

「うん。とりゃぁぁぁあああ!!」

 

 

準備ができたのか、海未は穂乃果へ次の指示を送る。

 

 

気合いと共に、穂乃果は、受け止めていたインベスを渾身の力で押した。

 

 

押されたインベスは地面から浮き、後ろから続いていたインベスも巻き込んで吹っ飛んだ。

 

 

「今です!」

 

 

その瞬間を待ちかまえていた海未は、声を上げた。

 

 

その声とほぼ同時。飛ばされたインベスの後方に変化が現れる。前を見ていた穂乃果は、眼前の光景に目を丸くした。

 

 

「うそ。クラックが・・・・・・」

 

 

穂乃果が押し飛ばしたインベスたちの後方に突如クラックが開いたのだ。

 

 

しかも、その中からは、インベスが顔を出していたのだ。

 

 

穂乃果は、最悪のタイミングだと思った。

 

 

インベスを送り帰すどころか、また増えてしまうと。

 

 

が、クラックから顔をのぞかせたインベスは、穂乃果の予想外の動きを見せた。

 

 

ちょうど飛んできたインベスを捕まえると、クラックの向こうへと引きずり込んだのだ。

 

 

「え、なに。・・・・・・ど、どうなってるの?」

 

 

考えてもみなかった展開に、穂乃果は困惑していた。

 

 

まるで、インベスが穂乃果を助けるような行動をとったのだ。

 

 

「穂乃果。うまくいきましたね」

 

 

困惑する穂乃果の元に、海未が駆け寄った。

 

 

計画通りと言わんばかりの態度に、穂乃果は何が起きたのか聞かずにはいられなかった

 

 

「海未ちゃん。今のって、なにがどうなって・・・・・・。海未ちゃんがやったの?」

 

 

「はい。今のクラックは、これを使って開いたのです」

 

 

「それって、ロックシード!?」

 

 

海未の持つひまわりのロックシードを見て、穂乃果は驚きの声を挙げた。

 

 

穂乃果は、自分や戒斗が変身していたため、インベスに対抗するにはロックシードを使って変身するしかないと思いこんでいたのだ。

 

 

が、それこそが盲点であった。

 

 

ロックシードについてもっとも周知されている機能は、インベスをヘルヘイムから呼び出すということ。そこにこそ可能があると海未は考えたのだ。

 

 

「さっき出てきたインベスって・・・・・・、もしかして海未ちゃんの」

 

 

「はい。私のインベスに手伝ってもらいました。とは言っても、私は、クラックを開けることしか考慮していなかったので、あの子が普段より大きい姿で出てきてくれたのは、うれしい誤算でした」

 

 

普段ロックシードから召還されるインベスは、手のひらに乗る程度の大きさだ。

 

 

15センチもあればいいところの彼らに、十倍以上もあるインベスの相手をすることはできない。海未は手伝ってもらうことはできないと思っていた。

 

 

 

 

 

予想外ではあったものの、それは海未の作戦を有利な方へと傾けるもの。海未の中で、作戦の成功がより強固なものとなった。

 

 

さっきの行動で、ヘルヘイムへ送り帰すことができたのは、初級インベス2匹。穂乃果が押したものと、その背後に居て巻き添えになったものだ。

 

 

残るは、初級インベス4匹と上級インベス1匹だ。

 

 

「まずは、初級インベスから帰してしまいましょう」

 

 

「そうだね。一気に帰しちゃおう」

 

 

「そこでですが、穂乃果・・・・・・」

 

 

「ん、どうしたの?」

 

 

「すみませんが、ちょうどのタイミングで開かなければならないので、後方支援くらいしかできません。穂乃果にまた戦いを任せることになってしまいます。ですが・・・・・・」

 

 

「うん、わかってる。海未ちゃんには、これ以上ないってくらいの希望をもらったんだもん。それくらい、どうってことないよ」

 

 

「穂乃果・・・・・・」

 

 

「海未ちゃん、背中は任せたよ」

 

 

「・・・・・・はい!」

 

 

二人は、同時にインベスたちのいる方へ構えた。

 

 

彼女たちの前には、4匹の初級インベスが待ちかまえている。

 

 

穂乃果は、恐れることなくインベスたちへ向かっていった。

 

 

彼女を突き動かすのは、背中を預けた者への信頼と、彼女の決して消えない祈りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再びインベスたちと対峙する穂乃果と海未を見て、満実はただ驚いていた。

 

 

確かにロックシードには、数秒だけクラックを開く機能がある。

 

 

そもそもロックシードについては、海未よりも長くロックシードやインベスと付き合ってきた彼の方が知っていることは遙かに多かった。

 

 

にもかかわらず彼が驚いたのは、海未が自分も思いつかないような方法で、穂乃果の願いを叶えて見せたからだ。

 

 

 

 

 

彼が初めてインベスと対峙した当時は、ヘルヘイムについてはユグドラシルによって隠蔽されており、何の準備も心構えもできていない状態だった。

 

 

いまであれば一部の暴走を除いてはほぼ安全に管理しつつある。が、当時は解明もさほど進んで居なかった。

 

 

そんな状態で無差別に襲ってきたインベスに対し、戦うという対処方法が真っ先に思い浮かんだのは当然のことだ。

 

 

少なくとも、彼らを共存しようなどと思えるほどの余裕も、助けようと考えられるほど彼らに対する思い入れも、当時の満実たちにはなかったのだ。

 

 

彼女たちの発想は、いくらか秩序の保たれた現在だからこそ生まれたものだろう。

 

 

それを思えば、満実がその方法を思いつかなかったことも無理はない。

 

 

ただ、たとえ自分が今の状況に居たとしても、同じような考えに達することはできなかっただろうと満実は思った。

 

 

自らに向けられた理不尽な暴力に対し、暴力で返す方が楽だから。憎しみを持ち、拒絶する方が簡単だからだ。

 

 

それを彼女たちは、ついに理想を貫くため方法を勝ち取り、理想を現実にしようとしている。

 

 

ほかの人間たちのように、満実のように、安易に拒絶するのではなく分かり合うために。

 

 

だからこう思ったのだ。

 

 

戒斗の言葉を借りるなら、彼女はまさしく強者であると。

 

 

「本当に強いですね、彼女たちは。あなたもそう思うでしょう、戒斗さん?」

 

 

「ちっ。気づいていたか」

 

 

「ええ。まあ、不覚にも気を失っていたので、気付いたのはさっきですけど。それにしても、律儀に見張っててくれたんですね」

 

 

満実が言ったのは、彼が言った見張るようにという指令だ。

 

 

戒斗は、それを思い出すと、関係ないと言わんばかりににらみつけた。

 

 

「貴様がなにを言おうが関係ない。俺はただ俺の判断でここにいる」

 

 

「ほお、自分の判断で・・・・・・。でも、あなたが手を出さないのは引っかかりますね。どうして、割り込んで行かないのですか?」

 

 

自らの道を阻むもの、邪魔なものは何であろうとねじ伏せる。

 

 

そんな戒斗がインベスを前に、しかも素人の少女たちが戦っているというのに介入していない状況が、満実には腑に落ちなかった。

 

 

その疑問に戒斗は、さも当たり前のように答える。

 

 

「見極めるためだ」

 

 

「見極める?」

 

 

「ああ。力を手に入れたものは、それが男であろうと女であろうと、その力をどのように使うか決断しなければならない。俺の障害になるようであれば、早めにつぶしておこうと思ったまでだ」

 

 

「へぇ。で、結果はどうだったんですか?」

 

 

現在、戒斗は見守るだけにとどまっている。

 

 

その状況からだけでもだいたいの察しはついたが、満実はあえて問いかけた。

 

 

すると、戒斗は舌打ちをすると視線を逸らした。

 

 

それを見て、満実は満足げに口角を上げた。

 

 

「貴様に教えてやる義理はない」

 

 

「へぇ、そうですか・・・・・・」

 

 

「何だ。その不適な笑みは・・・・・・」

 

 

「いいえなにも。ただ、あなたはわかりにくいようで実はとてもわかりやすいなと思いまして・・・・・・」

 

 

「ふん、戯けが」

 

 

満実が明らかに自分をおちょくっているとわかった戒斗は、捨て台詞のようにこぼす。

 

 

満実に背を向けた彼は、今、穂乃果と海未がインベスと戦っている場所へ体を向けた。

 

 

「あら、戒斗さん。ようやく戦うんですか?」

 

 

「貴様には関係ない」

 

 

「はいはい、そうですか。では、どうぞ御自由に」

 

 

「ふんっ」

 

 

満実の言葉にいちいち反応していてはきりがない。そう判断した戒斗は、彼を無視して歩を進めた。

 

 

 

 

 

「穂乃果、次です」

 

 

「いくよ。えーい!」

 

 

「はい。これで5匹目です」

 

 

穂乃果は、海未の合図とともにインベスを押し飛ばした。

 

 

5回目ということもあり、抜群のタイミングでクラックは開き、倒れ込んだインベスがその向こうへと消えた。

 

 

「後は、初級と上級1匹ずつです。このまま一気に行きましょう」

 

 

「うん。――あ、海未ちゃん後ろ!」

 

 

「――え?」

 

 

インベスが海未の開いたクラックの奥に消えていったのを確認して彼女の方を見た穂乃果は、警告を発した。

 

 

海未の背後に、インベスの陰を見たのだ。

 

 

咄嗟にぶどう龍砲を後方へ向けた海未は、トリガーを引き絞った。

 

 

ちょうどインベスの腹部に向いていた銃口から、ぶどうの実を思わせる弾丸が飛び出した。

 

 

銃弾を受けたインベスは、後ろへ後退した。

 

 

「いまだ!!」

 

 

海未の銃弾を受けて彼女の後方へよろめくインベスを見て、穂乃果が叫んだ。

 

 

飛んだインベスの進行方向にクラックが現れ、インベスは頭から飲み込まれた。

 

 

「穂乃果。ありがとうございます」

 

 

「へへへ。穂乃果もちゃんと、送り返せたよ」

 

 

「はい。これで、初級インベスはすべて帰せました。後は・・・・・・」

 

 

穂乃果と海未は、一匹ずつ対処する方法で、徐々にインベスを減らしていった。

 

 

インベスを帰す希望が見えたとはいえ、一匹でも帰すのに手こずる状態だった。一度に何体ものインベスを同時に相手することはできなかった。

 

 

が、海未もそのことを考えていなかったわけではない。

 

 

自分の武器を見た瞬間、後方支援に回ることを決めていたのだ。

 

 

穂乃果が初級インベスの対処に追われている間、もちろんコウモリインベスは、彼女たちの事情など関係なく襲って来た。

 

 

しかしそれを見越していた海未は、ぶどう龍砲で威嚇射撃を放ち、コウモリインベスを寄せ付けまいとしていた。そのかいあってか、二人は一匹ずつ辛抱強く耐えたことで初級インベスは6匹すべて送り帰せた。残るは上級インベスのみだ。

 

 

 

 

 

クラックを開くためには、タイミングを見計らわなければならない。そのため、一瞬目を離してしまっていた。

 

 

自分の目が向いていない瞬間に間合いに入られることを恐れた彼女は、後ろに飛びながらさっきまでコウモリインベスがいた場所へ銃口を向けた。

 

 

「な、インベスはどこへ・・・・・・」

 

 

が、そこにコウモリインベスの姿はなかった。

 

 

どこへ行ったのか見回しているが、インベスらしき姿はない。

 

 

逃げてしまったのか。一瞬気を緩めかけて、しかしはっと気付く。

 

 

上級インベスにはここに特徴を持つこと。そして、さっきまで戦っていた上級インベスには、膜のようなものが腕からわき腹まで付いていたことに。

 

 

「まさか――」

 

 

海未は、すぐさま視線を上げ、周囲を見渡す。

 

 

一面の青と、ところどころにかかる白に目を凝らす。

 

 

すると、晴れ渡る空の一カ所に黒い小さな点を見つけた。

 

 

それは、よく見なければごみや埃と間違えてしまいそうな小さな点だった。が、注意深く見てわかった。空中に漂う黒い塊が徐々に自分たちへ向かってきているということに。

 

 

「穂乃果、伏せて!!」

 

 

「え? ――わっと。いったい何?」

 

 

海未は、その黒い物体を見つけるや否や、穂乃果に飛びついた。

 

 

状況のわからない穂乃果は、海未とともに地面に伏せた。状況を確認しようと顔を上げようとした穂乃果だったが、突如自分の上を吹き抜ける突風に頭を押さえた。

 

 

「穂乃果、上を見てください」

 

 

「上?」

 

 

突風がおさまると海未は、穂乃果を突風の正体へと誘導した。

 

 

穂乃果は、海未が指し示す方向へと視線を向ける。

 

 

一見、何の変哲もない青空。しかし、よく見ると人型の物体が空中に漂っていた。

 

 

それが、いままで戦っていたコウモリインベスであることに気付くのには、そうは掛からなかった。

 

 

「・・・・・・嘘でしょ? 空を飛ぶなんて、反則だよ! あれじゃ、全然届かないじゃん」

 

 

直立するような体勢で漂うコウモリインベスは、穂乃果と海未が見ていることを確認すると飛び去ってしまった。

 

 

そのインベスの態度は、ここまでは来られないだろうと見下しているようにも、追いかけてこいという挑発しているようにもとれた。

 

 

海未は、インベスが飛ぶ姿を視線で追う。

 

 

飛んでいるインベス相手では、いくら後ろから追おうとも、引き離されてしまうことは目に見えていた。

 

 

せめて行き先さえわかれば、今すぐ追いつくことができなくとも対処はできると考えたのだ。

 

 

しかし、インベスの進行方向にある場所に気づき、海未は狼狽する。穂乃果も気付いたのだろう。穂乃果は、海未へ不安に染まった顔を向けた。

 

 

「そんな、あの方角は・・・・・・」

 

 

「秋葉原。しかも、電気街です」

 

 

よりにもよって、インベスが飛去った方角にあったのは、年中人でごった返す電気街だ。

 

 

二人の脳裏に大惨事の図が浮かび上がった。もう、一刻の猶予もないと突きつけられたのだ。

 

 

「大変だよ。早く、追わなくちゃ」

 

 

「ですが、空を飛ぶ相手をどうやって」

 

 

「とにかく止まってちゃ追いつけないよ。考えるにしても、走りながら――」

 

 

 

 

 

「――おい、高坂穂乃果、園田海未」

 

 

 

 

 

半ばパニックに陥った状態で走り出そうとした彼女たちだったが、自分たちを呼ぶ声に止められた。

 

 

海未は、一瞬で頭がさめるのを感じながら振り返り、声の主を睨んだ。

 

 

いままでに何回か聞いたことのある声で、もはや顔を見ずともわかった。

 

 

「駆紋、戒斗・・・・・・。こんな時に何のようですか」

 

 

「まだ夢物語に縋っているようだな。弱者共」

 

 

「悪いですか。私たちは、大切なものを守るためなら戦います。でも、そのためにほかの大切なことも犠牲にしたくない。ただそれだけです」

 

 

戒斗の言葉に、海未は真っ向から立ち向かう。

 

 

幸か不幸か、戒斗の出現によって一気に頭が冷めるのを感じた。

 

 

「また生ぬるいことを。貴様等が進もうとしている道は、弱者には到底進むことすら叶わない道だ。貴様等程度が進もうものなら、待ちかまえる運命にいとも容易くつぶされるだろう。それでも、あえてその道を進もうというのか?」

 

 

彼の言葉に揺さぶられるが、海未は目をそらさない。決して目を逸らさず、しっかり彼を見据えていた。

 

 

海未は目を一人であったなら揺らいでいたかも知れない。でも、いまは一人ではない。

 

 

海未は、穂乃果と目を合わせる。

 

 

穂乃果も同じ気持ちであると確認すると、息を合わせて宣言する。

 

 

「はい。それでも・・・・・・。あきらめたくない!」

 

 

自然と手は、互いの手をたぐり寄せる。

 

 

お互いの体温が、困難へ立ち向かうための力となる。

 

 

「ふんっ、そうか」

 

 

二人は、戒斗に向かって、いっさい視線を逸らさずにその決意を表した。

 

 

戒斗は、その決意を聞くと小さく鼻を鳴らした。

 

 

おもむろにジャケットの内側へ手を入れると、角張った固まりを取り出した。

 

 

「哀れを通り越して、いっそすがすがしい。いいだろう。ならば、これをくれてやる」

 

 

戒斗が取り出した普通のものに比べ一回り大きいロックシード。彼はそれを放った。

 

 

「おっとっと。これは・・・・・・」

 

 

穂乃果はそれを掴もうとして失敗。

 

 

2、3回落としそうになって何とか掴んだそれには、普通施されている果実の意匠の代わりに桜の花びらが描かれていた。

 

 

「もう一度言う。お前たちが目指すものは、弱者には到底不可能なものだ。それでも求めるものがそこにあるのなら力を示せ。貴様等の強さを示し、何者にも屈しない強者であることを証明してみせろ」

 

 

「ちょっと、いったいこれをどうしろと言うのですか。と言うか、あなたはいったいなにをしに来たんですか」

 

 

海未が狼狽した様子で戒斗に問うが、すでに背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

 

「全くなんなんですかあの人は・・・・・・。って、なにをしようとしているのですか穂乃果!?」

 

 

「え? せっかくもらったから、早速開けてみようかなって」

 

 

「あの駆紋戒斗からもらったものですよ? 信用できません」

 

 

「たしかにひどい言い方したりするけど、でも間違ったことは言ってない気がするの。・・・・・・だから、これも何か意味があると思うんだ」

 

 

「ですが、やはり何かもわからないものを使うのは――」

 

 

「――、えーい!」

 

 

「ほ、穂乃果!?」

 

 

海未が開けるかどうか思案していたそんなとき、しびれを切らした穂乃果は、戒斗から渡されたロックシードを解錠してしまった。

 

 

穂乃果によって解錠されたロックシードは、海未の叫び声とともに穂乃果の手の中から飛び出した。

 

 

そのロックシードは、掛け金が上がるだけではなく、空中でその姿を変え始めた。

 

 

手のひらサイズだったそれは、どう畳まれていたのかわからない部品を展開していき、地面に着地する頃にはバイクへと変わった。

 

 

「まさか、ロックシードがバイクになるなんて・・・・・・。で、いったいこれをどうしろと? 私たちは免許を持ってませんよ?」

 

 

「なにしてるの海未ちゃん。早く乗って」

 

 

「乗ってじゃありませんよ。あなたもバイクの免許持っていないでしょう?」

 

 

「あれ、海未ちゃん知らないの? これは、ロックビークルっていうんだよ。穂乃果の家って和菓子屋だから、出前とかで使ったことあるんだ。私が乗ったのは、これとは違うタイプの出前専用のやつだったけど、免許もちゃんと持ってるよ。それに、操作も思っただけでほとんどの動作をアシストしてくれるし、ふつうのバイクよりも安全なんだよ」

 

 

「そ、そうなんですか。・・・・・・それにしても、まさか穂乃果に教えられるとは」

 

 

「なにぶつぶつ言ってるの? それよりも早く。きっとこれでさっきの子を追えってことだったんだよ」

 

 

「でも、私たち・・・・・・」

 

 

「ん、海未ちゃん?」

 

 

穂乃果は、突然もじもじし出す海未に首を傾げた。

 

 

海未は、顔を真っ赤に染め、自身のドレスを見ていた。

 

 

「だって、今こんな格好なのですよ? それで、バイクなんて」

 

 

「大丈夫だよ。アイドル活動を本格的にやるなら、ダンスとかもするんだから。それにちゃんとアンダースコート付いてるみたいだしね」

 

 

「そういう問題では・・・・・・」

 

 

海未は、食い下がろうとするも、口を閉じる。

 

 

いまは、人命に関わってくる事態の最中だ。

 

 

恥ずかしいなどとだだをこねている場合ではないことは、海未も理解していた。

 

 

「・・・・・・もう、わかりましたよ」

 

 

穂乃果に催促され海未は、苦渋の選択の末飛び乗った。

 

 

穂乃果は海未が自分に掴まったことを確認すると、猛スピードで彼女の駆るロックビークル「サクラハリケーン」を発進させた。

 

 

 

 

 

穂乃果の言うとおり、サクラハリケーンは、穂乃果の望む通りに空飛ぶインベスを追って爆走していた。

 

 

ハンドルを握る穂乃果は、店の手伝いで乗ることがあったと言うだけあって、無難に乗りこなしていた。

 

 

が、それはただ走らせることができていると言うだけだった。

 

 

インベスを追いながら、走る自動車の間を縫って走行できているのは、ロックビークルのアシストあってのものだった。

 

 

「わぁ、ちょ、きゃっ」

 

 

「ちょっと、穂乃果。しっかりしてください」

 

 

「そんなこと言ったって。いつもこんなに、いやぁっ。スピード出さないもん」

 

 

「穂乃果。あなた、目を瞑ったりなんてしてないでしょうね」

 

 

なれない高速走行にあたふたしながらも、インベスとは一定距離以上離されずに付いて行っていた。

 

 

しかし、バイクでは追い縋るだけで精一杯で、追いつくことはできない。

 

 

それを感じ取った海未は、再びひまわりのロックシードを取り出した。

 

 

「そのまま走ってください。あのインベスの目の前にクラックを開きます」

 

 

「海未ちゃん、頭いい! あの子が勝手にヘルヘイムへ帰るってことだね」

 

 

「はい。なので、離されないように、お願いします」

 

 

海未は、空中を高速で飛ぶインベスの動きに併せてクラックを開こうと試みる。

 

 

片腕は、穂乃果の腰に回してしがみつきながら、もう片方の手にはさっきからクラックを開くために使用していたひまわりのロックシードを握っている。

 

 

衣装によって強化された腕力で持ちこたえているが、右に左に揺れるバイクの上で不安定な体勢を余儀なくされる。

 

 

それでも何とか体勢を安定させ、インベスの前へねらいを定めた。

 

 

「今です!」

 

 

自分のねらっているところにインベスが来たタイミングで、彼女はロックシードを解錠する。

 

 

ロックシードの解錠に伴い、クラックが音を立てて開く。

 

 

「なっ。だめですか」

 

 

しかしクラックは、開いたときにはすでにインベスの後方。

 

 

クラックが開くまでにかかる時間が長すぎたため、その間に通り過ぎられてしまったのだ。

 

 

「仕方ありません。少々痛いかもしれませんが、我慢してください」

 

 

飛んだままでは、インベスにクラックをくぐらせるのは困難。ならば、インベスの動きを止めるしかない。

 

 

海未は、ひまわりのロックシードをしまうと代わりにぶどう龍砲を取り出した。

 

 

海未は、ぶどう龍砲をインベスヘ向け、引き金を引いた。

 

 

引き金を引くと、銃口から紫色の玉が、はじける果汁のように飛び出した。

 

 

一発一発ねらいを定めて引き金を引くものの、弾丸はすべてインベスの後方へ流れていく。

 

 

「これでは当たらない。なら」

 

 

単発では当てられないと悟った海未は、拳銃で言う撃鉄の部分にあるレバーを引き、今度は引き金を引き続けた。

 

 

銃を扱ったことなどない彼女は、一発では当たらない事は承知していた。そのため、今度は連続で弾丸を放ったのだ。

 

 

弾丸は、紫の線を描いて、徐々にコウモリインベスへ近づく。

 

 

下手な鉄砲も何とやらと言うことだ。

 

 

一発だけでも当たればいい。

 

 

一発でも当てれば、コウモリインベスを落とせるという確信があった。

 

 

後少しで、足に触れる。海未は、コウモリインベスへ完全に照準を合わせた。

 

 

「なぜですか。・・・・・・なぜ当たらないのですか」

 

 

照準は確かに合っていた。が、当たるすんでのところでインベスは回避したのだ。

 

 

海未は、いまだ一発も当たらずに空中を舞うコウモリインベスを見て歯噛みした。

 

 

海未は、拳を握りしめた。

 

 

いままで、銃など一度もさわったことがない。

 

 

弓道では、ほとんどはずさないため、何かをねらって撃つことに関しては心得があった。

 

 

それでも、弓道では1本1本狙って的を射るし、何より狙うのは動かない的だ。

 

 

得物の違いや普段ねらったことのない動く的では勝手が違いすぎた。

 

 

「やはり、扱ったことのない銃では・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

『物事は、弓道と同じだろ?』

 

 

 

 

 

「はっ。いまのは・・・・・・」

 

 

どこからか聞こえたそれは、海未が憐次へと言った言葉であり、憐次から言われた言葉でもあった。

 

 

弓であったなら、と海未は考える。

 

 

弓ならばはずさない。外す筈がないと自信をもって言える。

 

 

「そう、ですね」

 

 

海未は、自らが持つ武器を見て、自分のすべき事を悟った。

 

 

自分にできないことをしようとするからいけないのだと。

 

 

幸い、自分の願いを体現するものは、彼女の手の中にある。

 

 

「物事は弓道と同じ・・・・・・」

 

 

「海未ちゃん。今は追ってるけど、これからどうしよう?」

 

 

「穂乃果。あのインベスが左に見える位置で走ってください。そして、5秒だけでいいので、バイクを安定させておいてください」

 

 

「5秒。それでどうするの?」

 

 

「後は私がやります」

 

 

「やるって、なにを。まさか海未ちゃん」

 

 

「安心してください。殺したりなんかしません。絶対にヘルヘイムへ帰して見せます」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「私を、信じてください」

 

 

穂乃果は、前を向いたまま沈黙する。

 

 

穂乃果の刀は論外として、遠距離に対応した海未の銃もコウモリインベスには通じなかった。

 

 

一瞬だけ、海未も自分のようにあきらめてしまったのかと思った。

 

 

しかし、すぐにそうではないとわかった。だから、穂乃果はすぐに顔を上げた。

 

 

「わかった、海未ちゃんを信じる。カウントダウン、始めるよ」

 

 

「はい、お願いします」

 

 

「行くよ。・・・・・・5!」

 

 

 

 

 

穂乃果がカウントダウンを始めた。

 

 

それとともに、海未も動き始める。

 

 

海未はバイクの上で姿勢を正した。

 

 

今の彼女の姿は、チャイナドレスだ。羞恥から座席の横から腰をかける程度の姿勢で乗っていたが、意を決してバイクに跨がったした。

 

 

そして、馬に跨がるかのような姿勢で、ぶどう龍砲を左手で持つ。

 

 

その姿は、流鏑馬のよう。

 

 

背筋をピンと伸ばし、インベスのいる方向へ銃口を向ける。

 

 

 

 

 

「4!」

 

 

 

 

 

まっすぐインベスの方向へ銃口を向けたまま、ぶどうの果実を模した髪飾りに振れる。

 

 

『ハィィィイイイ! ぶどうスカッシュ!!』

 

 

ぶどうロックシードにインプットされた技の一つが宣言された。

 

 

すると、ぶどう龍砲の銃口には、紫色の宝玉のようなエネルギーが集まり始めた。

 

 

 

 

 

「3!」

 

 

 

 

 

髪飾りに触れていた指を放し、代わりにぶどう龍砲のレバーに指を掛ける。

 

 

弓の弦を引き絞るがごとく、レバーを引く。

 

 

ぶどう龍砲のレバーは、弾丸の発射方法を単発から連射へと変更するスイッチにすぎないため、数センチしか引くことができない。

 

 

当然のごとくレバーは動かない。

 

 

しかし、それを無視してさらに引く。

 

 

ただ彼女は、自分の心の赴くまま、想像のままに。空中のインベスを止めるため、自分が今もっとも自信を持てるものを体現すべく、レバーを引い絞った。

 

 

そんな彼女の思いに、ぶどう龍砲は応えた。

 

 

途中で止まっていたレバーが一気に引き延ばされ、海未の思い通りの位置で止まった。

 

 

さらに同時に銃口に集まっていたエネルギーが一つに収束した。

 

 

これで準備はできた。

 

 

 

 

 

「2!」

 

 

 

 

 

全ての準備を終えた海未は、銃口をコウモリインベスへあわせる。

 

 

後は、狙って撃つのみ。

 

 

海未に流鏑馬の経験はない。

 

 

が、海未には不安はほとんどなかった。

 

 

大まかな照準は、ドレスが補正してくれる。

 

 

実際に当たるかどうかは射手の技量に左右されるが、それも不安の要素にはなりえない。

 

 

 

 

 

目指す目標は、自分や穂乃果、みんなが笑顔で暮らす日常を取り戻すこと。

 

 

そのために、インベスを元の世界へ戻す。

 

 

それは、自分が、穂乃果が胸を張って生きるためにする事だ。

 

 

そして、すぐそばに穂乃果が居てくれている。不安やおそれなど生まれる余地はない。

 

 

目標を見据え、それにまっすぐ向かい、不安やおそれで手元が狂うこともあり得ない。

 

 

なら、

 

 

「この矢、外す要素はありません!」

 

 

 

 

 

「1! 海未ちゃん!! 行けぇぇぇえええ!!」

 

 

「届けぇぇぇえええ!!」

 

 

二人の裂帛の気合いが重なり、ぶどう龍砲のトリガーが引かれる。

 

 

銃口から、一筋の紫の光が延びる。

 

 

それはさながら竜の息吹、と言うよりはむしろ竜そのものだった。

 

 

空気が軋み、それが咆哮のごとく響きわたる。

 

 

紫の竜が見据えるは、一点。コウモリインベスだ。

 

 

コウモリインベスは、自らへ向かってくる竜の姿を確認すると、先の弾丸の時のように回避しようとした。

 

 

が、その行動は遅すぎた。インベスが回避行動をとるより早く、竜は、一寸の狂いもなくコウモリインベスをとらえた。

 

 

殺さず帰すという誓いを立てた海未と穂乃果に応えるかのように、インベスをかみ砕くのではなく、殺すのではなく、くわえたのだ。

 

 

インベスをくわえる竜は、空間に体当たりした。

 

 

何もないはずの場所が波打ち、薄い膜のようなものにジッパーが現れる。閉じたままのクラックだ。

 

 

竜がぶつかる力を強めると、徐々にジッパーが開きだす。

 

 

竜は無理矢理クラックをこじ開けるとインベス共々その向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

しばしの静寂の中、海未は、ぶどう龍砲を構えたまま放心していた。

 

 

無言のまま、いままでインベスがいた方向をただ見つめていた。

 

 

インベスへ引き金を引いたのも、竜を打ち出したのも、インベスをヘルヘイムを帰したのも海未だったが、当の本人は、実感がわかずにいたのだ。

 

 

なにせ、どんな行動にも理由を求めるような彼女がなんの根拠などなく行動を起こし、いくつもの偶然や奇跡に助けられ、ようやく達成したのだ。

 

 

いまの海未には、実際に成功したのかすらも怪しく思えてしまっていた。

 

 

「や、やった。やったよ海未ちゃん。すごいよ」

 

 

「や、やった」

 

 

「うん。やったね、海未ちゃん」

 

 

が、穂乃果の声に現実へ引き戻される。

 

 

そして、やっとインベスをヘルヘイムへ帰すことができたと言うことが、彼女の中で現実味を帯び始めた。

 

 

歓喜と、それとともに戻ってきた疲労で、海未は穂乃果の背中へ顔を埋めた。

 

 

穂乃果は、そんな彼女を背中に感じ、誇らしげに笑った。

 

 

「すごい、すごいよ。・・・・・・本当にやり遂げちゃうなんて」

 

 

「いいえ。私だけでは不可能でした。・・・・・・穂乃果がそばにいてくれたから、迷い無く実行することができたんです。 あなたのおかげですよ」

 

 

「そんなことないよ。海未ちゃん、本当にすごいよ」

 

 

穂乃果はそういうが、海未は、自分一人で成し遂げたとは思わない。

 

 

もし、穂乃果がこの場にいなかったら。もし、自分が穂乃果より先にこの力を手にしていたとしたら、確実にインベスたちを殺す道を選んでいた。そして、その道を選んでしまっていたならば、たぶん穂乃果たちとはそれ以降笑い合えなかっただろうと思えるからだ。

 

 

穂乃果がいたから、今こうして笑いあえる。喜びを分かちあえる。

 

 

その思いは穂乃果も同じだった。

 

 

彼女に至っては、サクラハリケーンのハンドルから手を放して万歳をしていた。

 

 

「・・・・・・。ちょっと穂乃果、ハンドルをしっかり掴んでください!」

 

 

「え?」

 

 

海未も、達成感で油断していたのだろう。

 

 

穂乃果の行動に気付くまでに数秒掛かってしまった。

 

 

インベスを送り帰すことができたこと、そして、それを海未と共に成し遂げられたことがよほどうれしかったのだろう。

 

 

手放しで喜ぶ穂乃果だが、スタントマンでもない彼女がバイク搭乗時にそんなことをすればどうなるかは明白だ。

 

 

サクラハリケーンは、ハンドルが解放されると、暴れ馬のように暴れ始めた。

 

 

必死にコントロールしようとする穂乃果だが、焦ってなかなか制御できない。

 

 

「しっかりしてください。穂乃果!」

 

 

「今やってるって――」

 

 

「――穂乃果、前!」

 

 

バイクの制御に悪戦苦闘している穂乃果には、前がしっかりと見えていなかった。海未の声に気づくときには、目の前にはトラックが迫っていた。

 

 

なんとか避けようと穂乃果はハンドルを切った。

 

 

「あ・・・・・・」

 

 

「穂乃果ぁぁぁあああ!!」

 

 

海未の絶叫と共に、二人は加速度によって投げ出された。

 

 

 

 

 

空中で、彼女たちはお互いを確認すると、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

手を掴むと、互いに互いの体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

互いを庇い合うように。もう離れてしまわないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ここは・・・・・・」

 

 

穂乃果は気がつくと、背中に堅くて冷たい感触を感じた。

 

 

自分が地面に寝ていることに気づいた穂乃果は、起き上がろうとして誰かに手を握られている事に気づいた。

 

 

「穂乃果、大丈夫ですか?」

 

 

「あれ、海未。おはよう。なんで隣に寝てるの?」

 

 

「おはようって・・・・・・」

 

 

穂乃果が、繋がれた手の先へと視線を向けると、海未が彼女と同じく地面に仰向けに寝ている姿が目に入った。

 

 

記憶が朦朧としておりなにが起きたか理解していなかった穂乃果は、海未になぜと問う。

 

 

その問いを聞き、海未が呆れた顔をした理由もすぐにはわからなかった。

 

 

「なんでって、まさか覚えていないなんて言わないでしょうね」

 

 

「え? ええと、全く覚えが・・・・・・」

 

 

穂乃果は、周りを確認すべく起きあがった。

 

 

真っ先に目に入ったのは、乗り捨てられた自動車数台だった。

 

 

インベス騒ぎで人はすでに逃げていたようで、動いている自動車は無かった。

 

 

自動車の中には、大型のトラックの姿も見えた。前面には、何かがぶつかったようなくぼみがあった。

 

 

続いて自分たちの後ろを見ると、ぐにゃぐにゃに曲がったガードレールが見えた。

 

 

なにかが二つ、すごい勢いでぶつかったような感じに見える。

 

 

そして、二人の手元にもう一度視線を落とすと、そこにはロックビークル

 

 

のロックシードが転がっていた。

 

 

事態を察した穂乃果は、さびたロボットのように海未の方を向いた。

 

 

 

 

 

「あれ、もしかして・・・・・・。穂乃果、事故った?」

 

 

「・・・・・・もしかしなくてもそうですよ!」

 

 

 

 

 

ぼやけていた記憶がはっきりとしてきた穂乃果は、やっと自分と海未が倒れていた理由に気づいたのだった。

 

 

「海未ちゃん、ごめんなさい」

 

 

「あれだけちゃんと運転するように頼んだというのに」

 

 

「でも、だってちゃんとあの子を元の世界へ帰せたのがうれしくて」

 

 

「だからって、ハンドルから手を放す人がいますか」

 

 

「だからごめんって」

 

 

海未は、口をとがらせてそっぽを向く。

 

 

それを見て、穂乃果は上目遣いで彼女をみる。

 

 

「・・・・・・ふふっ」

 

 

「ははは」

 

 

突然こみ上げてきた笑いに二人は、再び地面に体を投げ出した。

 

 

穂乃果が何か問題を起こして、それに海未が呆れてしまう。

 

 

そんないつも通りの日常が戻ってきたような気がしたから。

 

 

いつもの二人戻ってきたように思ったからだ。

 

 

 

 

 

「本当に、やったんだね」

 

 

「はい。あなたがあきらめなかったから、」

 

 

「ううん。海未ちゃんが一緒にいてくれたから」

 

 

「いえ、あなたが・・・・・・」

 

 

「違うよ。海未ちゃんが・・・・・・」

 

 

互いに互いのおかげだという彼女たちだが、一人では成し遂げられなかったと理解していた。

 

 

穂乃果にはわかっていた。海未がいなければ、とうの昔にあきらめて一線を越えてしまっていただろうことに。

 

 

そして、海未にはわかっていた。穂乃果がいなければ、無理なものは無理だと断じ、理想を語ることすらできなくなっていただろう。

 

 

だからこそ、いまは互いが一緒にいて、互いに思いを伝え会えたことがうれしかった。

 

 

「二人だったから。・・・・・・二人だったからできたんだね」

 

 

「そうですね。どちらが欠けても、きっとできませんでした」

 

 

「これからも、・・・・・・迷惑はいっぱい掛けちゃいと思うけど、よろしくね。海未ちゃん」

 

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします。穂乃果」

 

 

二人は、どちらともなく笑い合っていた。

 

 

握っていた手をさらに強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、今日もスクールアイドル目指してがんばるぞ」

 

 

「はい。まずはストレッチからです」

 

 

翌日、穂乃果と海未は、いつも以上に意気込んで朝練に臨んでいた。

 

 

昨日になにがあったのか、しっかりとは知らないことりと憐次は、そんな彼女たちを遠めに見つめていた。

 

 

「なあ、昨日喧嘩してたかと思ったらもう仲直りしてるぞ。何かあったのか?」

 

 

「うーん。実はことりにもわからないの。仲直りしてるのはいいことだけど、なにがあったのか気になるよね」

 

 

「ちょっとことりちゃん、レン君。そんな離れたところでなにしてるの? つぎは柔軟だよ」

 

 

「そうです。時間は待ってくれません。私たちの目標のため、一秒も無駄にはできないのですよ」

 

 

「そうだな。穂乃果はともかく海未も妙にテンションが高い気がする」

 

 

「とりあえず、戻ろっか」

 

 

ことりと憐次が言うように、穂乃果と海未の様子は少しおかしかった。

 

 

もっとも、穂乃果だけであれば気にならない程度。今日は特別いいことでもあったのかと思う程度だ。

 

 

しかし、そんな穂乃果と並んで海未まで同じくらいのテンションでいるとなると話は別だ。

 

 

恥ずかしがり屋で定評のある彼女が、穂乃果並のテンションでいることは明らかに異常。

 

 

はじめはアイドルになることにすら渋っていた彼女が、特訓にここまで精を出しているとなると、さすがに気にならざるをえなかった。

 

 

憐次は、海未に近づくとそっと耳打ちした。

 

 

「で、実のところどうやって仲直りしたんだ?」

 

 

「そうですね。強いて言うなら自然にですかね」

 

 

「自然に?」

 

 

「ああ、でも」

 

 

その時の海未は今までにないほどの怒りようだった。

 

 

だというのに自然に決着が

 

 

憐次は疑問の声を上げた。

 

 

 

 

 

「あなたには、一応感謝しておきますね」

 

 

「え、、どういう意味だ?」

 

 

「ふふ。秘密です」

 

 

「なんだよ、秘密って」

 

 

「さあ、今日も頑張りましょうか」

 

 

「ちょっと、おい。待てって――」

 

 

 

 

 

はぐらかして海未の元へ向かおうとすることりに習って一歩踏みだした憐次は、ジャージのポケットの中から振動を感じて立ち止まった。

 

 

憐次は、ポケットからスマホを取り出した。

 

 

スマホの画面を点灯させると、メッセージが一件入っていた。それは、彼がよくチェックしているサイトからの新着動画が入ったことを伝える知らせだった

 

 

「ああ、そうだ。今日はまだチェックしてなかったんだった」

 

 

彼は、インターネットから、あるサイトを開いた。

 

 

彼が開いたのは動画サイトだ。さまざまな動画が紹介されている中、彼は最近アップされたものを選んで再生し始めた。

 

 

「さて、こんどはどんな・・・・・・。って、おい。な、なんだこれは!」

 

 

彼は動画を見始めた矢先、驚きのけぞった。

 

 

「もう、レン君。動画なんて見てないで練習するよ」

 

 

「いくら直接関係ないからといって、さぼることは許しませんよ」

 

 

「おい。穂乃果、海未。お前たち、大変なことになってるぞ」

 

 

「あ、レン君。どうしたの、そんなに慌てて?」

 

 

「穂乃果こそどうしてそんなに落ち着いてるんだ。まさか、まだ見てないのか?」

 

 

「見てないってなにを?」

 

 

「スクールアイドルホットラインだよ!」

 

 

憐次は、未だ頭にはてなマークを浮かべている三人にスマホの画面を突きつけた。

 

 

 

 

 

『Hello! スクールアイドルを愛するeverybady! 今日もホットなニュースが飛び込んできたぜ』

 

 

 

 

 

始まったのは、スクールアイドルホットライン。

 

 

DJサガラが、管理しているスクールアイドル専門動画サイトだ。

 

 

いつも首にかけているヘッドホンとハイテンションがトレードマークの彼はスクールアイドルの最新情報を世界へ配信しているのだ。

 

 

が、穂乃果たちは、今回はいつもよりも彼のテンションが高いと感じていた。

 

 

なにかいつもよりもおもしろいことでもあったのかと考えながらサガラの言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

『千代田区のとある公園で、インベスゲームを行っていたインベスの一方が突如暴走。そのまま周りの観客を巻き込んで大暴れ。大惨事になることが予想された、しかし。そんなインベスに立ち向かう姿が二つ。あれはアーマードライダーか? No! なんとスクールアイドルだ!!』

 

 

 

 

 

「え、スクールアイドルがインベスに? またまた、そんなことできる人なんているわけ無いのに。ねえ、海未ちゃん?」

 

 

穂乃果は、インベスの強さを身を持って知っているだけにそんなことあり得ないと笑い飛ばす。

 

 

人が、その身でインベスに対抗するためには、ロックシードと戦極ドライバーが必要となる。

 

 

その肝心の戦極ドライバーは、ユグドラシルが管理しているため、市場には出回らない。

 

 

戦極ドライバーが手に入らない以上一般人に、ましてや女子高生であるスクールアイドルがインベスの前に立てるはずがないのだ。

 

 

が、一方で海未は、何かに気づいたのか顔をひきつらせていた。

 

 

一つ、思い当たってしまったのだ。しかも、とても身近に。いや、というよりもすぐとなりに。

 

 

「ま、まさかこれって・・・・・・」

 

 

「・・・・・・海未ちゃん?」

 

 

海未は、苦笑いをしながら穂乃果を見た。

 

 

 

 

 

『それぞれ、ライブでも行うかのような姿の二人は、なんとクラックを自在に操り、インベスをヘルヘイムへと送り返した!!』

 

 

 

 

 

サガラの熱のこもった声と共に二人の少女がアップで表示される。

 

 

その少女たちは、一方は淡いオレンジのワンピースのようなドレス、そしてもう一方は紫のチャイナドレスを身に纏い、ロックシードを用いて開いたクラックへインベスを送り返していた。

 

 

 

 

 

「やっぱり、私たちではありませんか!!」

 

 

「おお。そうだね、すごいね。私たちもうスクールアイドルだって」

 

 

「なにをそんな悠長なことを言っているのですか私たちの映像が、全国に流れてしまっているのですよ?」

 

 

「え? そうだね。え・・・・・・。うそ!!」

 

 

「全く、やっと気づきましたか」

 

 

「それって私たち、すでにスクールアイドルとして認められちゃってるってこと? イエーイ!」

 

 

「はあ、どうしてそうなるのですか」

 

 

脳天気に笑う穂乃果に海未は肩を落とした。

 

 

穂乃果はわかっていないようだが、海未は、映像が世界に流れてしまったことによる問題をかみしめていた。

 

 

 

 

 

『空中を舞うインベスが現れると、二人はバイクで追跡。インベスに追いつくとチャイナな少女は流鏑馬のごとくインベスを狙撃。放たれた龍がインベスをくわえてヘルヘイムへと連れ去った』

 

 

 

 

 

次は、秋葉原の道路をバイクで疾走する二人の姿に映像が移り変わた。

 

 

本来一人乗り用のサクラハリケーンに二人で乗っているため、警察に見つかっていたら確実に捕まっていただろう。

 

 

が、海未は、そんなことよりある一点が気になって気が気ではない。

 

 

「・・・・・・えて、よね」

 

 

「ん。なに、海未ちゃん?」

 

 

「見えてませんよね。見えてませんよね?」

 

 

「海未ちゃん、なにをぶつぶつ言ってるの」

 

 

「穂乃果いいですよね。スカートの下にはちゃんとアンダースコートはいているようでしたから。でも私は・・・・・・」

 

 

海未は、自分で着ていただけに、そんな気の利いたものはなかったとわかっていた。

 

 

そう、それは穂乃果には問題なくても海未には大問題だ。

 

 

映像が、全世界へ配信されてしまったということは・・・・・・。

 

 

「もうだめです。あんな動画を全世界に配信されて。・・・・・・町を歩けば『あのチャイナの子だ。あんな格好してて恥ずかしくないのかな?』って噂されてしまうんです。もう、スクールアイドルなんて恥ずかしくてできません」

 

 

「もう、大丈夫だってば。可愛かったよ。恥ずかしいところなんてなかったよ?」

 

 

「そういう問題ではありません」

 

 

彼女は、見たくなくても確認せずにはいられないのか、両手で顔を隠しつつも指の間から画面を凝視していた。

 

 

 

 

 

『インベスを倒すのではなく、送り返すという慈愛に満ちた姿はまさに清純なアイドルだ!! アーマードライダーのようにインベスに立ち向かった二人のスクールアイドルを、俺はアーマードアイドルと呼ぶことにしたぜ!!』

 

 

 

 

 

映像は、今度は道路で大の字になって寝ている絵に変わる。

 

 

この映像は、少々ぶれていた。野次馬の誰かが撮ったものなのだろう。

 

 

少女たちは、達成感に満ちた笑顔で笑いあっていた。

 

 

映像は、そんな彼女たちへ徐々に近づいていく。

 

 

再び地面に肢体を伸ばす彼女たちだったのだが、黒髪の少女の方が、いつの間にか集まってきた野次馬に写真や動画を取られていることに気付いた。

 

 

すると、彼女は血相を変えて茶髪の少女の手を引いて、走り去ってしまった。

 

 

そこで、映像は切れてしまう。

 

 

映像が終わると、再び画面全体にサガラの姿が映し出された。

 

 

 

 

 

『所属高校やユニット名は、残念ながらいっさい不明。しかし、判明次第、報告していくから待っててくれ。これを見てくれているみんなもこの二人の情報があったら、どしどし送ってくれ。待ってるぜ』

 

 

 

 

 

動画は、なぞのスクールアイドルの情報を求める文言で締めくくられた。

 

 

画面には、黒い長方形だけが残され、四人は数秒間その画面を呆然と見つめる。

 

 

最初に動いたのは海未。顔を完全に覆い隠してしまった彼女は、その場に座り込んでしまった。

 

 

「あんな格好で、顔までアップで映されて・・・・・・。私はもう生きていけません」

 

 

「大丈夫だよ、海未ちゃん。あの衣装、すごく似合ってたし」

 

 

「そうだよ。海未ちゃん、すごくかわいかったよ」

 

 

穂乃果とことりは口々に気にすることはないと説得する。それでも、海未は顔を上げない。

 

 

そんな中、

 

 

「そうそう、よかったぜ。・・・・・・あの大胆な衣装。恥ずかしがること無いから、もう一回なってくれよ」

 

 

「レンジ・・・・・・」

 

 

穂乃果とことりの言葉では首を横に振るだけで顔を上げなかったにもかかわらず、憐次の言葉に海未は顔を上げたのだ。

 

 

欲望半分、ふざけ半分の彼の言葉でどうして顔を上げたのか。

 

 

穂乃果とことりは、納得いかないと言わんばかりに海未の真意をうかがった。

 

 

「ふふふ」

 

 

海未が発する不気味な笑い声と表情から、穂乃果とことりは、なぜ憐次にだけ反応したか合点がいった。そして、一歩後ろに下がった。

 

 

「・・・・・・ってのは、冗談だけどよ。あれで出るなら集客率すごいことになりそうだな・・・・・・。って、海未? なんでそんな目が据わってるんだ?」

 

 

「ふふふふ、……レ、ン、ジ」

 

 

「どうした海未、大丈夫か。顔が怖いんだけど、笑い方がすごい怖いんだけど」

 

 

「……れ、……さい」

 

 

「え?」

 

 

「わすれなさぁぁぁあああい!!」

 

 

「ガハッ――」

 

 

神聖な神社に、気持ちのいい平手打ちの音が響いた。

 

 

それを少し離れてところ見ていた穂乃果とことり、そして、馬鹿に制裁を加えた海未は、崩れ落ちる彼を生暖かい目で見ながら思った。

 

 

今日も、平和だなぁと。




どうも、幸村です。

海未ちゃんの変身。そして、彼女と穂乃果ちゃんの戦いでした。

前回まで、心の中に言いたいことを押し込んでしまう海未ちゃんが、自分の本当の気持ちについて考えてきました。

そして今回、穂乃果ちゃんにぶちまけることとなりました。

海未ちゃんは、真面目で、そのくせ自分の気持ちを表に出すことが苦手そうなので決意を聞かれる前にうじうじ悩んで答えを見つけてもらいました。そのため、穂乃果ちゃんとは違いその場面はあっさりと書きました。いかがでしたでしょうか。

今度は、ことりの番か、それともほかの子を登場させるか。

お楽しみに

ではでは

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