distant day/dream 作:ナチュルの苗木
強大な闇を討ち滅ぼさんとした機械兵の総括者は、その力を各部族に貸し与え、それらの協力の下、闇を退ける事に成功した。
だが、味方陣営に仕組まれた罠は機械兵を取り込み、機械兵は全てを飲み込む兵器と成り果ててしまった。
闇に飲まれた機械兵は暴走し、敵味方見境なく手を下した。
どんな存在にも必ず抱えるモノにつけ込み、全てを取り込み、無力化してしまう。
当然機械兵を止めようと対策が立てられるのだが、それさえも簡単に呑まれてしまう。
圧倒的絶望の最中、少年は一人立ち上がった。いや、一人ではない。
彼と彼の仲間達は、幾つもの力を司る存在だった。
亀は魔物が持ち得る力を、虎は魔を現す法を、龍は死角に潜む呪いを。
少年はそれらの力を統べ、支配者と謳われていた。
──だが、支配者にも機械兵がつけ込む余地があった。
所詮少年も人の子。人であるからには、闇のつけ込む隙を有しているのだ。
最後の希望にも思えた少年は次第に追い込まれていった。
そんなとき──機械兵につけ込む隙を与えない戦士が駆けつけた。
戦士は機械兵が利用せんとするソレを最初から持ち得ていなかった。
少年は戦士の道を開き、戦士は機械兵を叩く事に成功する。
戦場には、虎と龍を重ねた魔物を従えた少年と、純真なる白玉の戦士はその戦場にて肩を並べた。
大湿原は禁術集団による進行を受けていた。
かつて仲間であったそれらは、あるとき突如として大湿原を強襲したのだ。
一度は手を緩めた進行だったが、ついに禁術集団は手段を選ばずに大湿原全体を滅ぼさんとした。
次々と倒れゆく湿原の者達。
そこに居合わせたのは少年。少年は湿原側に着いており、湿原を守らんとするのだが、禁術集団を叩く事は出来なかった。
湿原を守る理由と、禁術集団と戦えない理由は同じだった。
どちらにも、少年の大事な者が所属していた。
絶体絶命を迎えた湿原を前に何も出来ない少年。
そこへ現れたのもまた、一人の戦士。
少年が戦友とした一族、白玉の戦士が属した一族だ。
翠玉の戦士は己が司りし生命の力を行使し、絶命の窮にあった湿原を救った。
宝玉の戦士たちは仲間の窮地に駆けつけ、その場を収めてみせたのだった。
*
罠使いの少年と宝玉を従えた少年、2人のモンスターがぶつかり合う中。彼は遠い夢を見るように、遠い日を見るように、白昼夢に捕らわれたように。
──遠い世界を、見つめていた。
*
イオ LP 500 → 0
「あぁー、負けたぁー」
ライフが0の値を示すと、黙り込んでいたイオは声を上げた。
「あーくっそー、悔しい、悔しいわー」
無駄に明るい声はどこか無理をしているようにも思えた。
ツカサは察する。
イオは男だ。この大舞台、本気で戦って、本気でぶつかり合った末の決着。悔しくないわけがない。
今回こそツカサは勝ったが、もし読みが外れていればあの立場には自分がいたのだ。
もし自分だったらああ無理矢理でも明るく振る舞うのは無理だったかもしれない。
──決闘は勝ち負けが全てじゃない。
決闘を通してツカサが教わった事。そう言えど、勝ち負けが全てではないが、勝ち負けは確かにあるのだ。
誇りがある。信条がある。譲れないものがある。
決闘の楽しいは別の話だ。
ツカサは勝った側。こちらから言える事はなかった。
だが──
「なあツカサ!」
話し掛けて来たのは向こうだった。
「今回は俺の負けだが、次は俺が勝つからな! お前は俺のライバルなんだから……ゆ、油断とかするなよ!」
正直、驚いた。
もし負けたのがツカサだったら、相手に話しかけるなんて出来なかったかもしれない。
だがイオは声をかけ、宣戦布告までしていった。
最後こそよくわからなかったが、相手との繋がりを作っていったのだ。
(そういうことか……)
ツカサは1人納得したように頷いた。
決闘は勝ち負けだけじゃない。でも、負けたら悔しい。悲しいかもしれない。
だけどこうして、人と人とを繋げられる。
時には本気でやらねばならないだろう。時には憎しみさえも抱き、怒りにまかせるだろう。苦しいかもしれない。悲しいかもしれない。
そのときは、それにさえも精一杯に応えて、互いに認め合えばいい。
負の感情は否定していいものではない。それはだって、各個たる意志の1つなのだから。
むしろそれを卑下するのは冒涜だ。
楽しむ事を前提に闘うんじゃない。楽しむ為に決闘するんじゃない。楽しませる為に決闘するんじゃない。
──決闘をしたから、楽しいんだ。
それは目的じゃなく。あえてこちらから作るものでもない。
全身全霊闘った後に。自然と付いて来るのが楽しいという気持ちなのだ。
ツカサとしてはそんな結論であった。
*
入賞式が終わり、大会も幕を閉じた。いや、大会自体はまだ半年ほど先に、大きなものを控えている。
ツカサ、イオ達の上位陣はそこへの参加が決まっている。
だがまあとりあえず。今日の大会は終了だ。
今日得たものは沢山あった。
ツカサは確かな成果を胸に抱き、安堵する。
達成感に浸り、重圧からの解放感に息を吐こうものだが。
「ツカサツカサ、これから決闘しようぜ!」
今日得たもの──
「さっきのリベンジ! 今度は負けないぜ」
「いや早すぎるって。今日はもう帰宅でいいんじゃないかな?」
大きな大会だけあって、ツカサには優勝のインタビューやスカウトの挨拶がいくつかあった。
元々それが目当ての大会だ。決して優勝しなくとも、有望だと見られれば話はくるものだが、当然、優勝となれば必然的に多く声がかかる。
流石に疲労感は溜まりに溜まり許容量をオーバー。今日はもう静かにしていたい。
だがスカウトや取材はツカサだけが受けるものではない。イオも同じようなものだったろうに、そう思うと彼は実は凄い奴なんじゃないかと思う。
何故彼はこんなにも元気でいるのか。
そう思えば単に体力的にも、そして精神的にも彼は優れているように思える。
今日の大会に出ている時点で十二分に凄いの部類に入るのだろうが、イオ自身の性格や雰囲気からはとてもではないが、凄い人間には思えないのだ。
能天気で楽天家。少々天然で決闘が大好きな友人。
その戦術やセンス、運はおそらく天性のもの。
「ごめん今日は疲れた。決闘じゃなくて話にしよう。戦法とかさ、デッキのこだわりとか、あるだろ?」
「ええぇえぇ。戦法とかそういうの苦手なんだよなぁ」
会場内。ツカサとイオが雑談に興じていたとき。
「ツカサ様とイオ様ですね?」
そこへ、白衣の女性が声をかけた。
*
海馬コーポレーション。
遊戯王の技術面を展開する一大企業だ。
遊戯王がここまで爆発的人気を博しているのもこの会社の業績が大きい。ソリッドビジョンの開発は正に偉業と言えるだろう。
白衣の女性──彼女はそこの研究員を名乗った。
そしてツカサとイオが連れて来られたのはその支部の1つ。
ツカサ達が住む街に建つビル、その一室だった。
「よく来てくれた、2人共」
そう言ったのは男の研究員だった。
研究員は女性──おそらく助手と見受けられる──に労いの言葉をかけると、下がっているように命じた。
「さて、まず2人には急な事で申し訳なかったね。いきなり呼び出してすまなかった」
「いえ、あの海馬コーポレーションと言うんです。決闘者として着いてくるのは当たり前です」
一応身分の提示もあったのだ、これで疑い断るのも無礼というものだ。
それに海馬コーポレーション。決闘者としては感謝と同時に頭が上がらない存在でもある。
彼らの開発がなければ決闘を知ることさえ無かったかもしれないのだ。
「で──俺らに用ってなんですか」
イオが聞く。
直接的すぎるが、いいだろう。急に連れてこられた身だし、ツカサだって目的は知りたい
。
まさか研究所にスカウトなんて話ではないだろう。
いくら決闘が強かろうとも、技術開発となれば全く意味をなさない。
妥当なところで言えば、先の決闘に導入されていたという新技術の感想及び意見の調査といったところだろう。
だが、男が切り出したのはツカサの予想とは全く違ったものだった。
「──君たちは、ここ最近頻発している『無差別襲撃事件』を知っているかい?」
それは、既にツカサにも関わりのある事件であった。
「決闘者が病院送りにされているやつの事ですか」
イオが答えた。
「そのとおりだ」
研究員は肯定する。男は、最初にツカサたちを迎えた際の柔らかな口調を崩した。その目つきからは事の重要性が察せられる。
無差別襲撃事件。決闘者を中心に襲われ、軽傷を負ったまま気を失い現場に残される事件。被害者に共通するのは、いずれもその過程を覚えていないという事だけだ。
「襲撃事件。その犯人を──倒して欲しい」
男はそう言った。
「犯人の素性はわからないが、非常に厄介な能力を備えているようだ。だからここまでの被害が出ていて、誰も犯人を解明するに至っていない。今や一介の力量の決闘者では手が出せないのが現状だ」
「そうですか。──だから大会上位の俺たちに声をかけた」
イオが男の言葉を継いだ。男は頷く。
「君たちの力は確かだ。だから君たちに犯人の討伐及び調査を依頼したい。何かわかった事があったらすぐに教えて欲しい」
勿論依頼だから報酬も出す。男は最後に付け加えた。
「じゃあ、まず。僕から伝える事があります」
ここまで黙っていたツカサが徐に口を開いた。
「先日、その犯人とおぼしき決闘者と決闘しました」
ツカサの言葉に研究員とイオは驚きを見せた。
「その話、詳しくいいかな……?」
男はツカサに説明を促した。
「2週間前。日も落ちかけた頃合いでした。人通りの少ない中、ソレは現れました」
奇妙で異様で、異形な決闘者だった。ツカサの脳裏にはしっかりとその風貌が焼き付いていた。
「……君が無事だという事は、その時君は何らかの形で逃げおおせたんだね?」
男の問いには首を振った。
「いいえ。僕は奴の撃退に成功しました」
ツカサの言葉はまたその場を驚かせる。
でも、とツカサは続ける。
「奴には逃げられてしまいました。僕が隙を見せた内に」
「そうか……だが、撃退に成功した、というのは興味深いな。撃退した、つまり決闘に勝った君は、記憶を損なう事なくいるのかい? そうだったら、犯人のデッキや特徴を教えて欲しいのだが──」
「使ったデッキは『ワーム』。戦術はごく一般的なビートダウン」
まあ、ワームを使う決闘者は少ないので一般的かはわからないですけど。ツカサはそう補足する。
「ただ言えるのは、奴は普通じゃない、奴らを放っておいてはいけない──それだけです」
「そうか、ワーム。
『やはり』。その一言をツカサは聞き逃さなかった。
「待ってください。やはりってなんですか」
ツカサは言及した。
「……君達になら教えてもいいか」
研究員、男は、少々迷いを見せた後、ツカサ達に待つようにと告げた。
男は助手を連れて部屋から出て行ってしまう。
「おい、ツカサ。その犯人に会ったってマジかよ。しかも勝ったって」
イオはやや興奮気味に言う。
頷いて見せると、イオは更に興奮度合いを上げた。
「さすが俺のライバル! やっぱり俺の目に狂いはなかった。俺に勝ったその腕、それだけじゃなくって、お前には何かあると思ったんだ!」
直感的にな。イオは笑う。
「しっかし、倒したってんならどうして事件が続いてるんだ? 負けたなら潔く自首するか、じゃなくっても改めろってんだ!」
決闘者の風上にも置けない奴だ。当時ツカサが思ったように、イオも憤慨した。
だが今となっては、ツカサには別の要因があると踏んで──いや、確信していた。
「待たせたね」
男が部屋に戻る。
だが、すぐにまた振り返り、部屋を出るようにする。
「ついて来てくれ」
──見せたいものがある。
*
案内された部屋には所狭しと機械類と配線が並んでいた。
その中心には一つの筐体。
機械自体は動いているものの、うなり声のような機械音を上げるばかりで、その画面真っ暗。そこには何も映ってはいなかった。
「これは海馬コーポレーションが叡智の結晶、仮想世界生成ジェネレータ、及びそのシュミレーションプログラム、『デュエルターミナル』だ」
デュエルターミナル。
一見禍々しささえあるその筐体を、男はその名で呼んだ。
「これは機密事項だ。他言はしないでくれよ」
確かめるような男にツカサはノータイムで頷いた。遅れてイオが頷く。
「このデュエルターミナルは、海馬コーポレーションの技術系が一時、総力を上げてまで制作した、コンピューター内に擬似的な世界を作り出し、シュミレートする、今までにない超技術の機械だ」
「世界を作る……それってどういう……?」
イオは困惑と同時に、好奇心にも満ちたような顔で呟く。
「そのままの意味だ」
研究員は語る。機械が成した事を。
世界を作り出す。
筐体、デュエルターミナルは正にそんな機械であった。
創造神の発生から世界の誕生。多数の種族、発展、種族間の抗争、衰退、それらを個の機械が生み出し、個が判断、自動でシュミレートしたのだ。
異常気象や革命の因子、その世界に存在する一人一人の感情まで全てを管理し、生み出し、機械は世界を1つ、そのデータ内に作り出した。
それは完全に機械の為せるレベルでなかったが、実際に為してしまったのだ。
これは1つの技術革命として海馬コーポレーションでは大きな反響を起こした。
そしていずれは全世界に公開、電子の中に作り出した新たな世界として発信する予定だった。
「だが世界は出来過ぎていた。そこには壮大な物語が作り上げられていて、世界自らを悲劇の幕引きで終わらせてしまった」
それは栄枯盛衰の縮図。
世界は生まれ、栄え、争い、やがて全てが終焉を迎えた。
出来すぎた物語の末路。
カタストロフィ。
突然の大変動や、それに伴う大きな破滅。物語における悲劇的な結末。破局。
「社内は愕然とした。世界に発信した後はその仮想世界にアバター ──自分の分身体をデータ上に埋め込み、この広大で未知の詰まった新たな世界での決闘を行う、という新時代的事業を予定していたからね」
当時の落胆は大きかった。
携わった多く技術者が総じて肩を落とし、そしてあの社長さえもが憤慨したものだ。
「その上このデュエルターミナルは、世界の最期に、構成した要素全てを壊してしまった──メモリー上から、全てのデータごと消し去ってしまったんだ」
筐体はその世界の結末にそって、自らのデータごと、自壊。
今残っているのは
もう一度プログラムを走らせ、世界を再構成しようにも、それは叶わなかった。筐体は、世界を創造するプログラムごと全てを自壊させたのだ。
「だから
これは余談か。男は話を止めた。
「そしてこの筐体がここに運び込まれると共に、私は本社からここへ勤務地を移した」
男はこのデュエルターミナルの開発を最前線で行う者だった。
「人はこれを左遷だと哀れんだが、私はそうは思わなかった。私はその世界に愛着が湧いていたし、これをどうにかしてまた、あの世界を再現したかった」
男は大量の報告書が綴じられたファイルを手に取る。
世界を観測し、記録を付けていたのは他でもない彼だった。
──膨大な量ではあるが、それはその世界のほんの一部に過ぎず、男は世界の全てを知るわけではない。機械でのシミュレートは現実時間とは比較もできない速度で行われた。男が観察できた分はこれでもほんの極々一部でしかない。
だがそれだけでも男が世界に取り憑かれるには十分だった。
広大な大地と豊かな自然、そしてそこへ住む多種多様な種族と、そこで繰り広げられる
もう一度あの世界を作り出したい。男はそれを目標に新天地でデュエルターミナルの残したガワに手を加え始めた。
「そんなときだ、時期を同じくして、決闘者が襲われる事件が起こり始めたのは」
初めは男も気にはしなかった。決闘者が発端の事件など日常茶飯事。
それよりも自分はこの筐体をどうにかするのに夢中だった。
「だが研究を重ねる内、ある噂を耳にした。その決闘者が『ワーム』を使っているのを見たという証言だ」
証言自体に信憑性、確実性はなく、表沙汰になるものではなかった。
証言の主も、そのときは決闘していなかったにも関わらず、意識が朦朧としていたと言うのだから。
「だが私には偶然には思えなかった。いや、ただこれに意味を見いだしたかっただけだったのかもしれない。
──私は、この事件をデュエルターミナルに無理矢理関連付けた」
思えば突飛な考えだった。男は自虐的に笑う。
「その時の私は頭のおかしい人間だった。客観的に見れば自分でもそう思う。デュエルターミナルに執着するあまり、事象を都合よく曲解していたのだから」
だが──偶然にも、その事柄は無関係でなかった。
「その世界が出来て最初の異変、それは宇宙からの侵略者だった」
その仮想世界は創世以後、善悪の離別と伝説の龍の封印という事象を済ませたのち、長きに渡って大陸の主権を巡った種族間の大きな抗争を繰り広げていた。その中に、世界をひっくり返すような事件、最初の改変が起こった。
「宇宙からの侵略者、ワーム! 奴らは大陸、いや、その星ごと乗っ取る為に侵略を開始した」
星外生命体、ワーム。おおよそ大陸には存在し得なかった異形の存在である。
その風貌もまた、異常、異様、異形。
「そして現実に現れたワーム使い。突如として現れたその人物はこの街の人を襲い始めた。これはデュエルターミナルと同じように、『侵略』ととれるのではないか」
決闘者が軽傷を負っているというのも判断材料だ。実際に触れる事は叶わず、人に物理的害をなす事のないソリッドビジョンが人を傷つけ、おまけに記憶を奪うとまできた。
事件を知れば知るほど、その特異性から偶然とは思えなくなっていた研究員だ。
「だがこれでもこじつけ、妄想の域は出られなかった。荒唐無稽なつくり話だ」
だが今日。一つの仮定を立てるに至った。
「今日の君たちの試合、私は技術管理人として参加していた。主に決闘中の機械周りの管理だ。今日の決闘、異変があっただろう?」
「……モンスターが本物みたく動いて、決闘場を傷つけた! でもそれはそっちが弄ったんじゃ……」
ここでようやく、男はツカサ達に話を振った。それにはイオがコメントした。
あの時。困惑した会場内に説明されたのは『リアルソリッドビジョン』の名前だった。開発中のそれは、モンスターを実体化すると言う超技術のそれだった。
「あれは嘘だ。リアルソリッドビジョンなんてもの、まだ構想段階──いや、技術的に考慮すらされていないシロモノだ」
男は言ってのける。
「あれは実際にモンスターが実体化したんだ。にわかにも信じられないが……実際起きている事だ」
決闘後、リアルソリッドビジョンの解除で決闘場の傷は消え去ったかのように思えた。だが実際は、ソリッドビジョンの解除と同時に、傷跡を隠すようにソリッドビジョンを展開したのだ。
「それが事件とその……デュエルターミナルに何の関係が……」
困惑したようなイオ。
「君たちの使うモンスター、ツカサ君のナチュル、イオ君のジェムナイトは、デュエルターミナル上に存在したモンスターなんだ」
それも、かつてナチュルとジェムナイトは共闘しているんだ。男は続ける。
「とある大戦において、ナチュルモンスターとジェムナイトは肩を並べ、悪に捕らわれた機械を妥当した! そして大湿原での先頭において、ナチュルやその他のピンチに駆けつけたのはジェムナイトだった!」
更に男は言う。
「モンスターが一番大きく実体化して見せたのは、ナチュル・エクストリオとジェムナイト・パールの戦闘。あれは私も手汗握る攻防だった。そしてさっき言った共闘、あのときの面子がナチュル・エクストリオとジェムナイト・パールなんだよ」
──これは偶然か?
そう言う研究員には迫力があった。
「私の仮定はこうだ、今デュエルターミナルで起こった事象をなぞった状況が実体化している。私はこのデュエルターミナル上の世界を『端末世界』と呼んでいるのだが──その端末世界とこの世界、この街が
『ターミナル化現象』男はそう称した。
「海馬コーポレーションの叡智の結晶、デュエルターミナルが作り出した仮想世界は、現実に影響を及ぼしてるのではないか。私はそう考えるのだよ」
男が語ったのは突飛な話。
ターミナル化現象という、端末世界とされる仮想世界が、現実に顕れるという荒唐無稽な話。
海馬コーポレーションの開発が、現実の世界に異変を起こしたのだと。
*
「すごい話だったな……」
ビル内ロビー。話に区切りを付けた研究員は、一度休憩をと自販機の飲み物を渡して、奥へと姿を消した。
「海馬コーポレーションの発明に、この街を巻き込んだ事件! うん、わくわくするぜ!」
「嬉しそうだな」
見るからにテンションを上げるイオにツカサは苦笑い。
「だってそうだろ、こんなすごい事に実際に巻き込まれて、燃えねえ訳がねえよ!」
イオは拳を構え、気持ちが盛り上がっている事を示した。
こういうの、憧れてたんだよ。イオは語る。
「例えば、決闘を悪用する奴がいる、とかはよく聞くけど、所詮はテレビん中の事。実際身近で起こることでもないし、実感なんてないだろ? あったって大したもんじゃないしさ」
それはそうだ。ツカサは肯定する。
街に決闘ギャングが来ることはないし、決闘怪盗が現れる事もなければ、世界の命運がかかった事件なんて起こるはずもない。
ここはそういったものとは無縁な平々凡々な街。発展こそそこそこの街ではあるが、特筆すべきところは特にない。
「でも遠い島じゃあ封印されたモンスターを巡って悪と戦った学生とか、精霊世界が存在するとか、なんて言うか、逸話は沢山あるだろ? 海馬コーポレーションの社長だったり、あの決闘王も、すっげえ伝説を残してる」
それらは一種の伝説だった。紙切れでしかないはずのカードには、それぞれにモンスターの魂、精霊が宿るという。カードは超常的な力を秘め、世界に影響を与える。
神のカードや、人に影響与えるカード。そんな夢物語が実在すると主張するのだ。
実際に精霊が見えるという者がいる。精霊世界という、こことは異なった世界へ足を踏み入れた者がいる。
言伝ではあるものの、それらは人々の中で大きくなっていく。
イオは言う。それは夢見る少年の眼差しだった。
「俺もいつかは──こんな風に何か大きな事があればいいのにって、ずっと思ってた。大会に優勝するとか、そういうのもいいけど、こういうもっと非日常な、わくわくするようなんが欲しかったんだよ」
わからないわけがない。
ツカサも男だ。
そういった非日常には憧れたし、自分が特別な何かであればいいのにと思い描いた事など当たり前のようにある。
ツカサとしてはプロの決闘者を追いかける事が第一であったため、そういった欲求は次第に薄れていったものだが。
──それに。
「くうぅ。とりあえず明日から俺の物語は始まるんだ! まずは犯人探し! 俺がそいつを見つけ出して、事件を止めてやる!」
同い年ながらも純真無垢な友人に、ツカサはどこか元気付けられるように感じた。
*
戻ってきた研究員からは正式に依頼を説明をされた。
特に指定された期限や条件はない。
ただ気が向いた時に街をパトロール、不審者を見かけたら声を掛ける、その程度だ。決闘に関しては任意で良いとの事。
強制的に危険に晒すわけではないと強調していた。
「では説明は以上だ、2人とも、よろしく頼むよ」
「はい!」
「はい」
2種類の返事。感嘆符が付いているのがイオ、付いていないのがツカサだ。
さっきも語っていたように、イオは楽しそうでやる気十分といった様子。
大会が一区切りついて一安心した次の日からすでにやることで埋まるとはなんたることだ、とツカサは内心思わなくもないのだが、隣の友人を見れば前向きに思えるのだから不思議だ。
「そう言えばツカサ君」
「はい」
帰り際、研究員がツカサを止めた。
「細かい事を言うけれど、ツカサ君はワームの使い手の話をしてくれた時、『奴ら』と言ったね。もしかして──」
──他に何か知ってるんじゃないのかい?
研究員は言った。
目を細め、どこか笑うように。
抜け目の無い人だな。ツカサは気持ち睨みながら、頭の中の要注意人物にこの男を追加した。
「いや、ただの好奇心だよ? それに、事件を解決するためにも、端末世界を再生する手がかりにもなるかもだし」
一転して柔らかな雰囲気で言う研究員。
ツカサは口を開く。
「先日、僕はワームの使い手に出会ったと言いましたね。その時、実はその決闘者の顔を見ているんです」
「そうなのか!? それは犯人特定にも繋がる。どんな顔だった? 些細な事でいい、特徴は?」
「ソレは、異形で、異質で、異常なものでした。それは人間ですらない──」
研究員を見据えて、ツカサは言う。
「──それは、ワームそのものでした」
*
その帰路。
ツカサが通りかかったのは、例の路地だった。
そこは2週間前、ツカサがワームと決闘を行った場所だ。
中りが茜色に染まる中、ツカサは睨みつけるようにしながら、思案する。
ターミナル化現象。海馬コーポレーションの発明したデュエルターミナルが作った仮想世界、端末世界がこの現実世界に影響を及ぼした。
研究員はそう言った。その見解は正しい。でも、その根底は違う。
ツカサは心中で呟く。
──端末世界、デュエルターミナル。海馬コーポレーションの叡智の結晶だとか。あの世界は──
──実在するんですよ。
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