distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン5  錯綜する思惑

『今大会もいよいよ残すところ決勝戦のみ! 総勢18人の中から見事勝ち残ったのは、この2人だあ!!』

 

 モニターにはツカサの名前と顔が表示された。

 同時にもう1人、同年代の少年が表示される。

 

『それじゃあ30分のインターバルの後、決勝戦を行うぜ! お前らトイレは済ませとけよ! 飲み物の用意もなあ!』

 

 司会がハイテンションに告げるのを聞き届けたあと、ツカサは集中するためにと人気(ひとけ)の無いところを探し始めた。

 この大会もいよいよ決勝戦。

 ツカサは2回戦、3回戦と勝ち進み、無事決勝戦へと駒を進めた。

 1回戦が濃密だっただけに2、3回戦は少々霞んで感じたものだが、ツカサは油断する事なくきっちりと勝ち進んだ。

 

 今大会のもう1つ上の大会──全国規模の大会には上位数名が出場できるため、現段階でツカサの出場は確定しているのだが、ここまで来たのだ、ツカサが目指すのは勿論優勝のみだ。

 1回戦と違って冷静な今、相手の対策も出来ているし、決闘中の判断も鈍っていない。

 万全な状態で望めるのだ──まあ、和睦の使者等の不備はあるが。

 

 ツカサが人を避けつつ足を進めていたときだった。

 

 

「──あなたじゃ足りない」

 

 

 すれ違い様、その人物は言った。

 

 それは蒼色の髪をした少女だった。

 

 ツカサが慌てて振り返るが、少女は構わずに行ってしまう。

 

「あ……待って!」

 

 ツカサは制止の声を上げ、彼女の後を追った。

 憤りを感じたとかそういう訳ではない。

 

 ──ただ、その少女の何かに惹かれたのだ。

 

 あえて人混みの中を行く少女。

 ツカサも当大会の決勝進出者。ツカサに向けられた人の目が多くなってくる。それは人溜まりを抜けるのに不利なものだし、人探しに向いているとは言えない状況だ。

 

 蒼い髪に、身を包むは学生服。これだけでは特徴が少ない。

 

 少女の事を見失いかけたとき。

 

「お、ツカサじゃねえか」

 

 ツカサを止めたのは行きつけのカードショップの店長だった。

 

「どこかに行くところだったのか?」

 

 彼は何も知らずにあっけらかんと言う。

 

 ツカサとしては一方的に邪魔された気分だが、まあ、いいだろう。何かとお世話になっている人だ。これくらいじゃ怒気は湧かない。

 

「いえ、そんなことないですよ」

 

 元々理由があって少女を追いかけていたわけでもない。

 

「いやー、いやー。ツカサも遂に決勝戦か、おめでとう」

 

「ええ。遂にここまで着ました」

 

「というかツカサも本当に強いんだな。2回戦、3回戦なんて圧勝だったじゃねえか」

 

 確かに2、3回戦、は1回戦に比べてしまえば見劣りするものだったかもしれない。

 だが、いずれも相当の猛者だったし、彼らが弱かった訳でも、手を抜いていた訳でもない。

 

「そういや俺のやったカード、使ってたな」

 

 店長が言うのは恐らく硫酸のたまった落とし穴の事だ。

 

「この前買ったカードですね」

 

「ああ、硫酸のたまった落とし穴なんて使いにくいカード、よくもまあデッキに入れてるもんだ。それもこんな公式戦に」

 

「ははは……」

 

 ツカサは苦笑いで応じる。店長の言うことも尤もだ。

 決闘中にも一考したが、あれならばシールドクラッシュの方が幾分マシだ。

 

「いや俺は褒めてもいるんだ。汎用カードだけじゃなく、ああいう限られた条件下でしか作用しないカードがある。条件の厳しいカードってのは決闘者に使われにくい宿命にあるものだが、ああして、ちゃんと生かしてやれるんだ。俺はすごいと思うぜ」

 

 ホーリーライフバリアーだってな。店長はそうつけ加える。

 

「そんな事ないですよ。……それに、硫酸のたまった落とし穴には、まだ使い方が残ってる」

 

 褒められたら褒められたでツカサは否定してしまう。今回のツカサのデッキでは硫酸のたまった落とし穴の効果を十全に発動する事はできないのだ。

 

「それにしても、2回戦と3回戦の立ち回りはすごかった。落とし穴もピンポイントに発動してたしな」

 

「あ、そうですよ!」

 

 ツカサは思い出したように声を上げた。

 

「2回戦に3回戦、司会に『奇術師』って呼ばれたんですけど、これ店長の広めた渾名ですよね!?」

 

 2回戦目から急に入場とともに『奇術師』なんぞと呼ばれたツカサ。

 ツカサの固めた拳には怒気が纏っていた。

 

「ん? ふーん。そうか、よかったじゃねえか」

 

「よくないですよ」

 

 とぼけるような店長に冷ややかに言うツカサ。

 

「まあ待て、新しい渾名を考えて来てやったから」

 

「いらないですから、そんなの」

 

 恐ろしい事を言う店長。これ以上痛々しい名前を広めてどうしようと言うのだ。

 

「まず1つ目だが……」

 

 ツカサを無視して勝手に言う店長。しかもその口振りからして複数あるようだ。

 

「『理を従えし総ての支配者(エゴイスティック・ルーラー)』」

 

「ダサい!」

 

 予想を超えたタイプの渾名。何故文章にルビを振る。

 しかも直訳でない。

 

「『絶対法廷(エターナル・リーゾン)』」

 

「というかなんで『奇術師』より痛いんですか!」

 

「それこそなんでだよ。決勝進出だぞ。ここは格好良い二つ名でビシッと決めようぜ」

 

 ツカサはもう自分の感性がおかしいのかと疑う。

 世間一般ではこれが普通なのか。格好良いのか。『絶対法廷(エターナル・リーゾン)』なのか。

 

「んじゃ最後だ。『規則を則る規則(アラウンド・アラウンド)』」

 

「もうなんでもいいです……」

 

「ちなみに『理を従えし総ての支配者(エゴイスティック・ルーラー)』ってのは、その独裁性もしくはそれまでの何でも思い通りに変革できる事から来ていて……自分の裁量で好き勝手にモンスターを除去できるんだ。まさにエゴイスティックなルーラー……『絶対法廷(エターナル・リーゾン)』も同じようなものだな……そう俺がルールだと言わんばかりのそのプレイング、まさしく……」

 

 ツカサは諦めた。

 

 

 

「よし。決勝戦、頑張れよ」

 

「もう、負けませんよ」

 

 前を見据え、しっかりと言い放った。

 

「どうした……面構えがいつもと違うな。何かあったのか」

 

 ツカサの態度から心境の変化を察した店長。

 

「いえ、ちょっと。決闘を通して学んだ事がありまして。いや、教えられた、事ですかね。相手は年下の女の子なんですけどね。大事な事を、教えられてしまいました」

 

「ん、んっと……」

 

「やたら強い子でした。すごいデッキなんですよ。カテゴリーもテーマもめちゃくちゃなデッキだったんですけど、ちゃんと回るんです。1ターン毎にすごい展開力で正に脱帽、でした。あんな子がいるなんて、世界も広いんですね」

 

 1回戦を回想する。派手で、難しくて、楽しい決闘だった。

 時には理で通し、時には運に助けられ。

 あの決闘を通してツカサは何段階も決闘の腕を上げていた。

 

「ツカサ、知らないのか……?」

 

「ああ、1回戦、店長も見てたんですよね」

 

 興奮気味のツカサに店長は溜め息を吐いた。

 

「あの子、強いってここらじゃ有名だぞ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。て言うか何故知らない。それでも決闘者か」

 

 決闘者として疑われてしまった。これが『絶対法廷(エターナル・リーゾン)』なのか。

 

「あの子、プロの決闘者の娘でな、アカリ夫妻、知らないか?」

 

 そう言えば。言われてみれば、プロ同士の電撃結婚などと昔の記事を見た記憶がある。

 

「アカリ……ああ、聞いた事あります、え、じゃあ……」

 

「ああ。あの子は小さい頃から決闘の英才教育受けていて、同年代じゃ最強無敗、小さな大会で優勝を重ねてる。今回お前が勝つと思っていた奴のほうが少数派だ」

 

「……どおりで強い訳だ」

 

「ちなみにあのデッキはプレイングを磨く為にわざとシナジーのないカードどうしで組んでいるらしい。まさかこの全国に繋がる大会でもあのデッキだとは思わなかったが……まあ、ツカサも硫酸のたまった落とし穴だしな」

 

 店長は笑う。

 だがツカサは笑えなかった。

 

 ──手加減してあの強さ?

 

 ツカサは慄く。変わったデッキだと散々思ってきたが、まさか手枷でしかないものだとは。

 

 ──いや違う。

 

 ツカサは否定する。あんなに決闘を楽しそうする子だ。カードを思いやれる子だ。きっと今のデッキにも愛着が湧いていて、だからこの大会にも連れてきた。だから一緒に闘った。きっと、そうだ。枷なんかじゃない。──そうであって欲しい。

 

 

「運営もプロの娘だって強調したかったんだろうな」

 

「……」

 

 本当のところなんてツカサにはわからない。

 いつかまた、彼女と相対したとき、そのときにはまた、確かめてみよう。

 

 ツカサはそう心に決めた。

 

 

   *

 

 観客席は決勝戦をまだかまだかと待ちわびる空気で溢れているが、中には見方の違った者達もいた。幾千の観客の中に潜み、決闘場を観察するように見ていた。

 

『使えそうか?』

 

 携帯端末から男の声と思われる声が流れ、持ち主である少年は答える。

 

「いや、どうでしょう。何しろ何も知らない人間ですからね」

 

 少年達には使命があった。ある目的の為に動いている。

 

 

『──俺より強いか?』

 

 

「いやいや、そんな訳ないでしょう。決勝戦は16歳が2人、俺と同い年ですよ。この年でエースさんより強い奴がいるわけがないでしょう」

 

 

   *

 

 時間は簡単に過ぎ、30分なんて無いも同然だった。

 決勝戦の開始時間、ツカサは決闘場へ向かう。

 

『さーぁお待たせしました、本大会決勝戦、勝ち上がって来たのは16歳の少年2人。ここまで長かった、しかしあっという間だった、そしてこの決勝戦も同じく息つく暇もないものとなるでしょう、それでは選手入場!』

 

 司会がハイテンションに告げる。敬語とが入り混じっているのは興奮故か。

 

『まずは今大会切っての融合使い! 孤高の宝石騎士(ジェムナイト)使い、宝条(ホウジョウ) 石士(イオ)選手だああ!!!』

 

 歓声が弾けるように強まった。

 

 そしてツカサの番だ。

 ツカサは決闘場の入り口から踏み出す。

 

『そしてそして──1回戦からまさかの攻防を披露してきた新星、

 

 ──『理を従えし総ての支配者(エゴイスティック・ルーラー)』こと、星呪(ホシノ) (ツカサ)選手だああ!!!』

 

「はい?」

 

 ──わああああああああああああ!!

 

 歓声。ただ、それが耳に入らないくらい、訳がわからなかった。

 

(なんでもう広まってるんだよ!?)

 

 脳裏に浮かぶは店長の顔。てへぺろ。

 

(ふざけるなよ……)

 

「よう『理を従えし総ての支配者(エゴイスティック・ルーラー)』!。正々堂々、いい決闘にしようぜ!」

 

「やめて……」

 

 ツカサの内心の悲しみを知る者は少ない。

 

「「決闘!」」

 

 ツカサ LP4000 手札×5

場 無し

  無し

 

 イオ  LP4000 手札×5

場 無し

  無し

 

 決勝戦、先攻はツカサから。これにはツカサも小さくガッツポーズ。

 

 ツカサのデッキは蟲惑魔主体の罠デッキ。先攻から罠を仕掛けていくのがセオリー。だが今回はそれ以外に理由があった。

 

「まず手札からゴブリンドバーグを召喚。ゴブリンドバーグの効果で手札の幻妖種ミトラを特殊召喚!」

 

《ゴブリンドバーグ》

効果モンスター

星4/地属性/戦士族/攻1400/守 0

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。

手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。

この効果を発動した場合、このカードは守備表示になる。

 

《幻妖種ミトラ》

チューナー 効果モンスター

星3/地属性/植物族/攻 500/守1000

このカードをシンクロ素材とする場合、

地属性モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。

自分のメインフェイズ時、フィールド上の地属性モンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターのレベルを1つ下げる。

「幻妖種ミトラ」の効果は1ターンに2度まで使用できる。

 

『おおっとツカサ選手、はやくも来るのかぁ──?』

 

 司会の煽りで観客が盛り上がる。

 仕方ない、期待には答えよう。

 

「幻妖種ミトラの効果発動! 幻妖種ミトラ自身のレベルを2下げる!」

 

幻妖種ミトラ ☆3 → 1

 

「2つか……」

 

「星4 ゴブリンドバーグに、星1 幻妖種ミトラをチューニング!

 異界の森の法の番人、聖森において魔を裁け! シンクロ召喚、ナチュル・ビースト!」

 

《ナチュル・ビースト》

シンクロ・効果モンスター

星5/地属性/獣族/攻2200/守1700

地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、

デッキの上からカードを2枚墓地へ送る事で、

魔法カードの発動を無効にし破壊する。

 

 それは1匹の虎。その虎は悪しき力を制限し、封じる力を持っていた。

 攻撃力は2200と控えめだが、A・O・J カタストル同様、その真髄は効果にある。

 

「魔法を無効!? 完全に俺殺しじゃねーか、やることがきたねーぜ、『理を従えし総ての支配者(エゴイスティック・ルーラー)』!」

 

 対戦相手、ジェムナイト──つまり融合使いであるイオは、怒りを装い、冗談ぽく言った。それは煽りや茶化したものでなく、どちらかと言えば盛り上げようとしたものだった。

 だが少々わざとらし過ぎるか。

 

 決勝戦、それは互いの決闘者の情報が出揃っている状態。互いが互いに対策を講じるのが当たり前である。

 彼もまた、ツカサのデッキに対策を立てているはずだし、ツカサの立てた対策に対した対策だってあるはずだ。

 条件は同じ。ここから差を付けるのは読みの力だ。

 

「僕はカードを2枚伏せてターンエンド。さあ、あんたのターンだ」

 

 決勝戦、ツカサは万全のスタートを切った。

 

 




 既にお察しと思われますが、本作は完全オリジナルではなく、ベースとなる物語があります。本作中で明記され次第、タグとあらすじに明記する予定でいます。
 

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