distant day/dream   作:ナチュルの苗木

6 / 36
チェーン4  繋がり

 ツカサ LP500 手札×6

場 無し

  無し

 

 アカリ LP4000 手札×1

場 ミスト・ウォーム

  伏せ × 1

 

 ツカサは自フィールドを見渡す。広いフィールドには何もいない。

 ライフポイントも残りたったの500。

 ツカサは笑い、前を見据える。

 

「今の状況でも、十分やれるよね? お兄さん」

 

「もちろん!」

 

 ツカサの劣勢。がら空きのフィールドに雀の涙ほどのライフ。

 だがツカサには十分過ぎるほどの手札があった。

 

 ある人曰わく、手札1枚にはライフ1000以上もの価値があるという。

 何をするにも手札が無ければなにもできない。手札は無限大の可能性を秘めている。

 

「ドロー」

 

 ツカサが引いたのはティオの蟲惑魔。

 

 今の状況で一番ツカサが欲したカードだ。

 

「魔法カード、おろかな埋葬を発動! 僕は山札からティオの蟲惑魔を墓地へ。そしてティオの蟲惑魔を召喚! ティオの蟲惑魔の効果で墓地のティオの蟲惑魔を召喚、そしてティオの蟲惑魔の特殊召喚時の効果で墓地の奈落の落とし穴を場に伏せる!」

 

《ティオの蟲惑魔》

効果モンスター

星4/地属性/植物族/攻1700/守1100

このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。

このカードが召喚に成功した時、

自分の墓地から「蟲惑魔」と名のついたモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。

また、このカードが特殊召喚に成功した時、

自分の墓地の「ホール」または「落とし穴」と名のついた

通常罠カード1枚を選択して自分フィールド上にセットできる。

この効果でセットされたカードは、次の自分のターンのエンドフェイズ時に除外される。

「ティオの蟲惑魔」のこの効果は1ターンに1度しか発動できない。

 

 ツカサのフィールドに並んだのは2体のティオの蟲惑魔。片や気怠げに虚空を見つめ、片や眠そうに彼方を見つめ。要は2体ともやる気は無いようだ。だがこれが普段どうり。その無気力感が頼もしくさえ思える。

 

「そしてカードを3枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー。ただモンスターを召喚してターンエンド? ……何か考えがあるんだよね?」

 

「ご明察。罠発動! 狡猾な落とし穴!」

 

《狡猾な落とし穴》

通常罠

自分の墓地に罠カードが存在しない場合に発動できる。

フィールド上のモンスター2体を選択して破壊する。

 

 狡猾な落とし穴。それは数ターン前、伏せられているものの発動出来ずにいたカードだ。

 

「そっか、このカードのためにティオを特殊召喚したんだ」

 

 ツカサ逆転するためにはまず目の前のミスト・ウォームを除去しなければならなかった。しかし今の手札で除去するには狡猾な落とし穴くらいしか思いつかなかった。

 ツカサの墓地にあった罠カードは奈落の落とし穴のみ、落とし穴1枚なら、ティオの蟲惑魔の効果で対応出来る。

 

「対象はティオの蟲惑魔とミスト・ウォーム!」

 

 ミスト・ウォームとティオの蟲惑魔、2対諸共大穴が飲み込む。しかしティオの蟲惑魔はそれを難なく逃れる。

 

「ミスト・ウォームは耐性がないからね。魔法罠の補助なしじゃ簡単に破壊されるよね」

 

 召喚にモンスター3体を必要とする最上級モンスターを破壊されても、アカリは動じることなかった。これがツカサのターンだったらまだ違ったかもしれないが、動作の遅い罠カードを好むツカサのデッキだ、これは仕方ないと割り切るしかない。

 アカリの展開力は高い。これまででも1ターンで3体のモンスターを必要とするミスト・ウォームを召喚している。これからそのアカリのターンは始まるのだ。

 

「まずは……これ、貪欲な壺。ミスト・ウォーム、ワーム・ホープ、XX-セイバー ボガーナイト、X-セイバー アナペレラ、ガスタ・イグルをデッキへ戻す」

 

 デッキの戻すカードだけでも4カテゴリー。結局デッキのテーマはわからずじまいだが、もはやそれは気にするものではない。

 デッキのテーマに関わらず、彼女は強い。それだけが重要だ。

 

「ドロー。更に無の煉獄!」

 

《無の煉獄》

通常魔法

自分の手札が3枚以上の場合に発動できる。

自分のデッキからカードを1枚ドローし、

このターンのエンドフェイズ時に自分の手札を全て捨てる。

 

「手札断殺!」

 

《手札断殺》

速攻魔法

(1):お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送る。

その後、それぞれデッキから2枚ドローする。

 

 ツカサの手札は2枚。丁度全て墓地へ送る事となる。レベル4のモンスター2枚と引き換えに引いたのは罠カード2枚。攻めに転じたい今は好ましくなかった。

 

「ドロー。よし、きた。カップ・オブ・エース!」

 

 本日3枚目のカップ・オブ・エース。もはや説明するまでもないギャンブルカードだが、ツカサにはなんとなく、表裏がわかっていた。

 

 コインは──表。

 

 アカリ。彼女の強さは確かだ。決闘そのものに作用する、運命力とでも言うべきものが異常に強い。単純に言えば強運。何のシナジーもないこのデッキを平然と回している時点でそれはかなりのものだととれる。

 

「やった、2ドロー。よし、よし! 私は手札から手札抹殺を発動!」

 

 ツカサは手札断殺の際と同じくして2枚捨てて2枚ドロー。

 彼女が捨てたのは、魔轟神獣ペガラサスとガスタ・グリフ。

 

 ──どちらも、手札から捨てられた時に発動するカードだ。

 

「魔轟神獣ペガラサスの効果で自身を守備表示で召喚、ガスタ・グリフの効果でデッキからガスタ・コドルを召喚」

 

《魔轟神獣ペガラサス》

チューナー 効果モンスター

星1/光属性/獣族/攻 100/守1600

このカードが手札から墓地へ捨てられた時、

このカードを墓地から裏側守備表示で特殊召喚できる。

また、このカードがリバースした時、

手札の「魔轟神」と名のついたモンスター1体を見せて発動できる。

デッキから「魔轟神」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る。

 

《ガスタ・グリフ》

効果モンスター

星2/風属性/鳥獣族/攻 800/守 300

このカードが手札から墓地へ送られた場合、

デッキから「ガスタ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。

「ガスタ・グリフ」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

《ガスタ・コドル》

効果モンスター

星3/風属性/鳥獣族/攻1000/守 400

このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、

自分のデッキから守備力1500以下の

サイキック族・風属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 

 ツカサは慄く。手札抹殺の発動に合わせて、手札から捨てられたときに効果を発動するモンスターを2体持ち合わせている──引き当てていることに。

 

「レベル3 ガスタ・コドルにレベル1 魔轟神獣ペガラサスをチューニング!」

 

☆3 + ☆1 = ☆4

 

「シンクロ召喚、魔轟神獣ユニコール!」

 

 魔界の一角獣がフィールドに現れる。白い体に赤い瞳が輝く。

 

「だが残念、奈落の落とし穴!」

 

 奈落の落とし穴。前のターンにティオの効果で伏せられたものだ。それはアカリも知っているはずで、そこへみすみすモンスターを召喚するはずがなかった。

 

「魔轟神獣ユニコールは相手と自分の手札が同じ枚数の時、相手の魔法罠、モンスター効果を無効にする!」

 

《魔轟神獣ユニコール》

シンクロ・効果モンスター

星4/光属性/獣族/攻2300/守1000

「魔轟神」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードがフィールド上に表側表示で存在し、

お互いの手札が同じ枚数である限り、

相手が発動した魔法・罠・効果モンスターの効果は無効化され破壊される。

 

「何!?」

 

 ツカサの手札は2枚。そしてアカリの手札も、2枚。

 

 互いの手札が同じときに発動する効果。そんな厳しい発動条件をここぞのタイミングで発動するなんて思いもしなかった。

 魔轟神獣ユニコールの効果に驚きだが、その発動条件、手札をここに合わせて調整してきたアカリにも脱帽だった。

 

「じゃあ、バトルフェイズ。魔轟神獣ユニコールでティオの蟲惑魔を攻撃」

 

 魔界の一角獣は黒髪の少女を模したモンスターに向かい、突き進む。

 

 

 この時点でこの決闘は決着が付いていた。魔轟神獣ユニコールの攻撃力は2200でツカサの場のティオの蟲惑魔の攻撃力は1700。その差分は500。ツカサのライフは──そう、500である。当然ツカサはそれを遮ろうと動くものだが、効果が無効にされてしまうのではツカサに出来ることはない。

 このままツカサは負ける筈だった。

 

 狙ってやったかは定かでないが、ライフ残り500に対しきっちり500ダメージという完璧なプレイング。カードを扱う計算高さもそうだが、何よりそれを実現させる引きにも驚きだろう。……あるいは、引きを生かす計算高さか。

 

 だが、その計算が仇となる。

 

 この状況にツカサなら発動するであろうカードがあった。

 そのカードであれば、この決闘は終了していた。

 少女、アカリの予測と言うべきか、元々の話の筋書き──運命というべきか。それに従って決闘は勝敗を決していた。

 だがたまたま生まれた小さな差異(イレギュラー)が流れを変える。

 

「──罠発動! ホーリーライフバリアー……!!」

 

 

《ホーリーライフバリアー》

通常罠

手札を1枚捨てる。

このカードを発動したターン、相手から受ける全てのダメージを0にする。

 

 ツカサが駄目を知った上で探った魔法罠ゾーン。そこには本来伏せられる筈だったカード、和睦の使者に代わって1枚の罠カード。

 

「ふふ。残念だけど、魔轟神獣ユニコールの効果に例外はないよ。相手が発動したカードの効果は、モンスター、魔法、罠、全部無効にして破壊されるんだよ」

 

「いいや。……僕自身も予期しちゃあいなかったけど、このカードがここで役立つとはね。

 

 ホーリーライフバリアーの効果で僕は手札を1枚捨てる!」

 

「っ? 魔轟神獣ユニコールの効果は? ……あ! コスト……!」

 

「そう、これはホーリーライフバリアーの発動コスト! 故に魔轟神獣ユニコールの効果で無効、破壊される直前の話! そして手札が1枚になった事魔轟神獣ユニコールは効果を失い、ホーリーライフバリアーを阻害するものはなくなる!」

 

 ここで初めてアカリは驚きの表情を見せた。今までは全てが予想の範囲内、といった反応であったが、今回は目を軽く見開いた。

 

「ダメージが無くとも、モンスターは持っていく!」

 

 目前まで迫っていた魔轟神獣ユニコールは、そのままツカサのフィールドを襲う。

 

 ホーリーライフバリアーの障壁とぶつかり合った衝撃はツカサのフィールド全体を包んだ。

 

 視界が晴れたとき、ツカサのフィールドのティオの蟲惑魔は2体とも無傷でいつも通り気だるげにしていた。

 

「モンスターが破壊されてない!?」

 

「豆知識だけど、モンスターが破壊される流れっていうのは『モンスターが自身の攻撃力・守備力を超えた数値のダメージを受けたとき』らしい。このホーリーライフバリアーに『モンスターが破壊されない』等の表記はないけれど、実際は和睦の使者と同じく戦闘破壊耐性も付与されるんだ」

 

 似通った効果でメジャーな和睦の使者に記載されていて、比較的マイナーなホーリーライフバリアーに記載されていないもの。これもホーリーライフバリアーが採用されにくい理由なのかもしれない。

 いや、手札コストは通常ならない方がいいものだ。テキストの問題にするには押し付けだ。

 今回ばかり、本当に今回ばかりは、これに救われたものだが。

 

 へーっ、とアカリは感嘆の声をあげ、また笑った。

 

「お兄さん、やっぱり面白い人だね。私はモンスターをセット、カードを1枚セットしてターンエンド」

 

 アカリは手札を全部出しきってしまう。これで無の煉獄の効果で手札を捨てなくて済む。

 

「ドロー。よし、じゃあ、お見せしよう。僕のとっておきを」

 

 ツカサデッキはある時──アトラの蟲惑魔と出逢った時に、アトラの蟲惑魔を中心とするものに変わっていった。しかし気に入ったからと言って、無条件にアトラの蟲惑魔を入れるのはいささか無理がある。決闘者にとってデッキは自分を現すもの。そう簡単に作り変えるなんて事はない。運命の出会い、の一言だけで片付けられるものではないのだ。

 つまり、ツカサのデッキは元々アトラの蟲惑魔を迎えるのに適していたデッキだった、という事である。

 

「僕は手札から、幻妖種ミトラを召喚!」

 

《幻妖種ミトラ》

チューナー 効果モンスター

星3/地属性/植物族/攻 500/守1000

このカードをシンクロ素材とする場合、

地属性モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。

自分のメインフェイズ時、フィールド上の地属性モンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターのレベルを1つ下げる。

「幻妖種ミトラ」の効果は1ターンに2度まで使用できる。

 

「幻妖種ミトラの効果で、幻妖種ミトラ自身の星を1つ下げる」

 

幻妖種ミトラ ☆3 → 2

 

「星4 ティオの蟲惑魔に、星2 幻妖種ミトラをチューニング!」

 

☆4 + ☆2 = ☆6

 

「異界の森に住まう古の龍よ、聖森を侵す者に裁きを! シンクロ召喚! ナチュル・パルキオン!」

 

《ナチュル・パルキオン》

シンクロ・効果モンスター

星6/地属性/ドラゴン族/攻2500/守1800

地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上

(1):罠カードが発動した時、

自分の墓地のカード2枚を除外して発動できる。

このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、

その発動を無効にし破壊する。

 

 フィールドに降臨したのは1体の龍。長い身体には秘められたその年月が現れている。

 

「んじゃあお兄さんに習って罠発動! 奈落の落とし穴!」

 

「ナチュル・パルキオンの効果、墓地のカードを2枚除外して罠カードの発動を無効にする!」

 

「んっ……!」

 

 奈落の落とし穴は発動すら許されずに破壊。これがツカサのとっておきこと、シンクロモンスター、ナチュル・パルキオンである。

 

 ツカサのデッキは元々ナチュルカテゴリーのデッキであった。だがある日出逢ったアトラの蟲惑魔、それはナチュルカテゴリーの罠カード、ナチュルの神星樹を通じて大きなシナジーを持っていた。

 だから、運命と言うならば、モンスターに一目惚れした等のそういった意味合いでなく、ツカサのデッキを通した上での運命なのだ。

 

 さて。ツカサのデッキの守護神の一角、ナチュル・パルキオン。そのモンスターは罠カードを無効化する。

 

「バトルフェイズ、ナチュル・パルキオンで魔轟神獣ユニコールに攻撃!」

 

 古龍は魔轟神獣ユニコールを打ち砕いた。

 

「ティオの蟲惑魔で伏せモンスターを……いや」

 

 ツカサは攻撃の手を止める。

 

 丁度今、伏せモンスターを除去出来る、使い勝手の悪い(・・・・・・・)カードがあったではないか。

 

「罠カード、硫酸のたまった落とし穴!」

 

《硫酸のたまった落とし穴》

通常罠

(1):フィールドの裏側守備表示モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを表側守備表示にし、守備力が2000以下の場合は破壊する。

守備力が2000より高い場合は裏側守備表示に戻す。

 

「硫酸のたまった落とし穴って……そんな使うタイミングの限られるカードを……」

 

 アカリは少々驚いたように、または感心したように言う。

 

 硫酸のたまった落とし穴は、セットモンスター限定の落とし穴だ。モンスターをセットするという状況は普通にモンスターを召喚する状況よりも圧倒的に少なく、普通ならば奈落の落とし穴が採用される。

 それにそもそも、セットモンスターは自分のターンになってから除去しても間に合うので、普通ならば抹殺の使徒等の魔法カードで事足りるだろう。それも今回、ツカサは自分のターンになってから発動しているので尚更だ。

 それでもわざわざこれを使うのはツカサのこだわりであった。正直無駄なこだわりでもあるが、そんなカードだからこそ、実際に実用して見せることに決闘者としての技量が現れるものだ。

 

 そんな硫酸のたまった落とし穴が飲み込まんとしたモンスターは──メタモルポット。

 

《メタモルポット》

リバース・効果モンスター

星2/地属性/岩石族/攻 700/守 600

(1):このカードがリバースした場合に発動する。

お互いの手札を全て捨てる。

その後、お互いはデッキから5枚ドローする。

 

 硫酸のたまった落とし穴で破壊される範囲内。だが、その前にメタモルポットの効果が発動する。

 

 硫酸のたまった落とし穴は、抹殺の使徒やシールドクラッシュと違って、モンスターの守備力の値を確かめる際に表側にする、つまり効果が発動してしまうのである。罠故の即効性の無さといい、普通に魔法カードで間に合うのが実際だ。──このカードにはこのカードの使い道もあるのだが、今回は余談である。

 

 ツカサは残った手札を墓地へ送り、5枚ドロー。

 アカリは手札無いので、そのまま5枚ドロー。

 

 捨てる手札がなかったアカリのアドバンテージは大きい。

 

「ティオの蟲惑魔で直接攻撃!」

 

アカリ LP 4000 → 2300

 

 やっとアカリにダメージが入る。9ターン目にしてようやく初撃だ。

 

 ツカサは手札を見て口元を綻ばせる。

 メタモルポットは強力な手札増強カード。ただしその恩恵は相手プレイヤーにも齎される。

 

「カードを2枚伏せてターン終了」

 

 アカリのフィールドには魔法罠ゾーンに伏せカードが1枚のみ。ライフも残り2300という初期ライフの半分ちょっとだが、手札は5枚。油断は出来そうにない。

 

「ドロー」

 

「罠発動! ナチュルの神星樹!」

 

《ナチュルの神星樹》

永続罠

「ナチュルの神星樹」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。

(1):自分フィールドの昆虫族・地属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキからレベル4以下の植物族・地属性モンスター1体を特殊召喚する。

(2):自分フィールドの植物族・地属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキからレベル4以下の昆虫族・地属性モンスター1体を特殊召喚する。

(3):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。

デッキから「ナチュルの神星樹」以外の「ナチュル」カード1枚を手札に加える。

 

 アカリのドローフェイズ、ツカサはすかさず罠カードを発動する。

 ナチュルの神星樹、それはツカサのデッキのキーカードで、デッキをを円滑に回すのに必要不可欠なカードだ。

 

「へぇ……」

 

 アカリは一瞬、目を細めた。

 

「ナチュルの神星樹の効果でティオの蟲惑魔を墓地へ、山札よりアトラの蟲惑魔を召喚!」

 

 ツカサ愛用のモンスターが再度フィールドへ。

 

「アトラの蟲惑魔か。それがいると手札から落とし穴が発動されちゃうんだよね」

 

 厄介だ。とアカリは笑う。

 ツカサは手札を見やる。そこにはツカサ最強の落とし穴、煉獄の落とし穴。

 見透かされているような気になってしまう。

 恐らくアカリは手札に落とし穴を握っていることに気づいているだろう。これをどう対処するかが彼女の見せどころだ。

 

「うん……魔法カード、死者蘇生」

 

 死者蘇生は汎用蘇生カード。

 墓地から連れて来られたのは──

 

 ──A・O・J カタストル。

 

(A・O・J カタストル……!)

 

 殺戮機械、再誕。

 

 ツカサは煉獄の落とし穴に手をつけるが、躊躇いを見せる。

 

(僕のデッキに闇属性モンスターはいない……普通ならこいつを破壊するのは順当、でも……)

 

 ツカサは発動しなかった。

 

 ──ここじゃない。

 

 直感的な何かでそう感じる。

 ここ最近決闘中に感じる感覚だった。何かの行動の際に虫の知らせのようなもので踏みとどまる。それは予め決められた道筋を見通すような、言わば運命を感じとるような力。歴戦の決闘者には当たり前のものであり、決闘を劇的に動かすのに必要不可欠なもの。恐らくアカリもそれを有しているのだろう。

 

 それに、それ以外にもツカサには秘策があった。

 

「発動は──ないんだ。じゃあ続けて、手札からドラグニティ-ドゥクスを召喚。効果で墓地のドラグニティ-ファランクスを装備」

 

《ドラグニティ-ドゥクス》

効果モンスター

星4/風属性/鳥獣族/攻1500/守1000

このカードの攻撃力は、自分フィールド上の

「ドラグニティ」と名のついたカードの数×200ポイントアップする。

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地のレベル3以下の

「ドラグニティ」と名のついたドラゴン族モンスター1体を選択し、

装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。

 

《ドラグニティ-ファランクス》

チューナー・効果モンスター

星2/風属性/ドラゴン族/攻 500/守1100

(1):1ターンに1度、このカードが装備カード扱いとして

装備されている場合に発動できる。

装備されているこのカードを特殊召喚する。

 

「そしてドラグニティ-ドゥクスを除外して、墓地のドラグニティアームズ-レヴァテインを特殊召喚」

 

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》

効果モンスター

星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200

このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する

「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、

手札または墓地から特殊召喚する事ができる。

このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、

「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の

自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、

装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。

このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、

装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 

 ドラグニティアームズ-レヴァテイン。レベル8の最上級モンスター。決闘序盤に何かの効果で名前だけ聞いたカードだ。ドラグニティの名前に動揺した記憶がある。

 その攻撃力は2600。ナチュル・パルキオンを素の攻撃力で破壊できる数値だ。

 

「手札から罠発動! 煉獄の落とし穴!」

 

《煉獄の落とし穴》

通常罠

相手が攻撃力2000以上のモンスターを特殊召喚した時に発動できる。

その攻撃力2000以上のモンスター1体の効果を無効にし破壊する。

 

 ツカサ最強の落とし穴が発動する。それはモンスターを骨の髄まで燃やし尽くす冥界の劫火。

 煉獄の焔はドラグニティアームズ-レヴァテインを飲み込んだ。

 

「ここで使うんだ?」

 

「ああ。ドラグニティアームズ-レヴァテインの効果でドラグニティ-ファランクスを装備されたら、レベル10のシンクロが成立する……そうだろ?」

 

 ドラグニティ-ファランクスは装備されているとき、自身の効果でフィールドに特殊召喚できるモンスターだ。先の状況で言えば、レベル6シンクロも可能、またそれがドラグニティモンスターだった場合、同じ動きからレベル8シンクロもできたのだ。

 アカリの真意はわからないが、どちらにせよツカサは煉獄の落とし穴を発動していただろう。

 

 一度相対した脅威よりも。未知の可能性、未知の脅威を排除するのを優先したのだ。

 

「まあいいや、バトルフェイズ。A・O・J カタストルでナチュル・パルキオンを攻撃」

 

 無情な殺戮機械の前に古の龍は為す術なく倒れた。

 

 ナチュル・パルキオンが破壊されたのは痛い。これでもう相手の罠を封じるというアドバンテージを失うのだから。実際アカリのフィールドには1枚の罠が伏せてあり、それが有効になったのだ。

 だが、それでもツカサには次の手があった。

 

「メイン2、打ち出の小槌。2枚戻して2枚ドロー」

 

《打ち出の小槌》

通常魔法

(1):自分の手札を任意の数だけデッキに戻してシャッフルする。

その後、自分はデッキに戻した数だけドローする。

 

 アカリは手札を見て口元を綻ばせた。

 よく笑う子だ、ツカサは呑気にもそう思う。これは慢心の現れだった。すぐにこれを後悔するのだが、本人にはまだそこまで察する程の力はなかった。

 

「これでターンエンドかな」

 

「僕のターン、ドロー」

 

 勢いよく引いたカードはスキル・サクセサー。

 攻撃力を400上昇させる罠カード。攻撃力上昇カードは欲していたが、如何せん罠カードは動きが遅い。今来ても遅い。

 

「僕は手札からナチュル・マロンを召喚。召喚時効果で山札からナチュル・ラグウィードを墓地へ。そしてナチュル・マロンの効果で墓地のナチュルを2体山札に戻し、1枚ドロー!」

 

《ナチュル・マロン》

効果モンスター

星3/地属性/植物族/攻1200/守 700

このカードが召喚に成功した時、

自分のデッキから「ナチュル」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

また、1ターンに1度、自分の墓地に存在する

「ナチュル」と名のついたモンスター2体を選択してデッキに戻し、

自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。

 

 ツカサはナチュル・パルキオンとナチュル・ラグウィードをデッキに戻す。当然だが、この場合ナチュル・パルキオンはエクストラデッキへ戻る。

 

「ドロー。続いてナチュルの神星樹の効果! ナチュル・マロンを墓地へ送り山札からトリオンの蟲惑魔を召喚、トリオンの蟲惑魔の特殊召喚効果でそのカードを破壊!」

 

 アカリのフィールドに唯一伏せられたカード。それはアカリが保険としてとっておいた、聖なるバリア-ミラーフォース-だった。

 

 ツカサは内心ほっとする。

 聖なるバリア-ミラーフォース-は1枚で状況を覆せるカード。ナチュル・パルキオンがいない状況でこうして破壊することができたのは幸運とも言えよう。

 

「そして、山札の一番上を墓地へ送り、墓地のグローアップ・バルブを召喚!」

 

《グローアップ・バルブ》

チューナー・効果モンスター

星1/地属性/植物族/攻 100/守 100

「グローアップ・バルブ」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

(1):このカードが墓地に存在する場合に発動できる。

自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送り、

このカードを墓地から特殊召喚する。

 

 それはアカリの手札入れ替え際に墓地へ落ちたカード。

 今回アカリは手札の補充、入れ替えに重点を置いていたため、相手を巻き込んででもカードを回していた。ツカサのデッキは罠をフィールドから、手札から、そして墓地から発動するというトリッキーなデッキ。それはモンスターだって類する。罠だけでなく一部のモンスター効果さえも手札や墓地から発動しようという謎のこだわり故だ。ツカサのデッキに対して墓地を肥やしてしまったのははっきり言って失敗だ。

 

「さあ! お見せしよう、これが僕の出せる最強のモンスター!

 星4 アトラの蟲惑魔、星4 トリオンの蟲惑魔に、星1 グローアップ・バルブをチューニング!」

 

☆4 + ☆4 + ☆1 = ☆9

 

「異界の森に君臨せし王者よ、その力翳し全てを蹂躙せよ! シンクロ召喚! ナチュル・ガオドレイク!」

 

《ナチュル・ガオドレイク》

シンクロモンスター

星9/地属性/獣族/攻3000/守1800

地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上

 

 ナチュルの森の絶対王者、獅子王。

 効果こそ無いが、その攻撃力は3000。ツカサ最強のモンスターだ。

 

 ──シンクロモンスターで、素の攻撃力だけなら。

 

 自身のデッキ最強と啖呵を切ったわりにはそんな但し書きが付くのだが、これもまた余談。

 

「攻撃力3000。でも、A・O・J カタストルの効果はどうする?」

 

 試すように、楽しそうにアカリは言う。もちろん手は考えている。そうでなくては召喚を見逃したりしていない。

 

「僕は墓地から罠発動! ブレイクスルー・スキル!」

 

《ブレイクスルー・スキル》

通常罠

(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。

その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。

(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、

相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。

その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。

この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

「効果を無効!?」

 

「そう。さっきのグローアップ・バルブと同じで、これも君が墓地へ送ってくれたカードだ」

 

 ブレイクスルー・スキルは強力なカード。相手モンスターの効果を無効にする効果。そして制限はつくが墓地からも発動できるという二度おいしいカードだ。……ツカサが効果を使うのは1回目だが。

 

 これがA・O・J カタストルに対した策。

 

「バトルフェイズ! ナチュル・ガオドレイクでA・O・J カタストルを攻撃!」

 

 百獣の王は有無を言わさず殺戮兵器を破壊した。

 

アカリ LP 2300 → 1500

 

「カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 これでツカサの手札は1枚。フィールドには2枚の伏せカードがあるが、もうそれらに落とし穴は無かった。

 

 ツカサがメインに据えた落とし穴罠が無い状況下。もうモンスターの除去はできない。

 

「ドロー。ふふふ。まだ終わらせないよ、お兄さん」

 

 どこまでも無邪気に笑う少女に不敵に笑って返すツカサだが、普通に冷や汗ものであった。

 

 ターンごとに展開を繰り返すアカリは最後まで手を止めることはなかった。

 そう、思えば1ターンに2、3体を当たり前のように召喚してきた彼女が、ツカサの罠が切れたタイミングに限って止まることはないのだった。

 

 アカリの手札は4枚。これだけあれば彼女は十分に展開できる。

 

「私は手札からワーム・ゼクスを召喚。効果でデッキからワーム・ヤガンを墓地へ送り、ワーム・ヤガンの効果で墓地から自身を特殊召喚!」

 

《ワーム・ゼクス》

効果モンスター

星4/光属性/爬虫類族/攻1800/守1000

このカードが召喚に成功した時、

デッキから「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。

自分フィールド上に「ワーム・ヤガン」が存在する場合、

このカードは戦闘では破壊されない。

 

《ワーム・ヤガン》

効果モンスター

星4/光属性/爬虫類族/攻1000/守1800

自分フィールド上のモンスターが「ワーム・ゼクス」1体のみの場合、

このカードを墓地から裏側守備表示で特殊召喚できる。

この効果で特殊召喚したこのカードは、

フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

このカードがリバースした時、相手フィールド上に表側表示で存在する

モンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。

 

 攻撃力、守備力が反転し対応している1対のモンスター。

 一度に2体召喚してみせた少女。だが、攻撃力自体は1800でしかない。

 

「……まだあるんだね」

 

「うん! 魔法カード、二重召喚!」

 

《二重召喚》

通常魔法

このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 

 ちょっと強引だけどね、と笑うアカリ。

 

「ワーム・ゼクス、ワーム・ヤガン。2体をリリース!」

 

「んん?」

 

 意外だった。ツカサはまたアカリがシンクロ等の特殊召喚でくるものだと思ったが、予想に反し、2体は生け贄として捧げられた。

 

「ジュラック・タイタンをアドバンス召喚!」

 

 2体の生け贄の上現れたのは炎を纏いし古代の支配者。

 現代で言う動物の王にあたるナチュル・ガオドレイクに対し、古代、まだ人間すら存在し得なかった時代の生態系の王。

 どちらも攻撃力は3000どちらも引けはとらない。

 

 引けはとらない──どちらかが、越えるだけだ。

 

「ジュラック・タイタンの効果発動! 墓地のジュラック・コアトルを除外して、攻撃力が1000ポイントアップする!」

 

《ジュラック・タイタン》

効果モンスター

星9/炎属性/恐竜族/攻3000/守2800

このカードは特殊召喚できない。

このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、

罠・効果モンスターの効果の対象にならない。

また、1ターンに1度、自分の墓地の攻撃力1700以下の

「ジュラック」と名のついたモンスター1体を

ゲームから除外して発動できる。

このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで1000ポイントアップする。

 

ジュラック・タイタン 攻撃力 3000 → 4000

 

「……!」

 

 絶句。

 

 攻撃力4000。それは神を冠するモンスター、オベリスクの巨神兵の攻撃力の数値だ。それ以外にも、三幻神と対をなす三邪神が一角邪神ドレッド・ルート、この世界いずこかに封印されていると伝えられている三幻魔。それらの伝承的最上位モンスターが誇る攻撃力が4000である。

 一時的とは言え、それに達するのは簡単なことではない。

 

「バトルフェイズ! ジュラック・タイタンでナチュル・ガオドレイクに攻撃!」

 

 百獣の王は、太古の王には敵わなかった。

 

 4000と3000そこには明らかな差があり、どちらが勝っているかと言えば、それは火を見るより明らかである。

 その差分、1000。その数値はツカサのライフを消し飛ばすには十分だ。

 

 太古の炎は、森の王者を焼き払う。

 

 

ツカサ LP 500 → 200

 

 

「ライフが残ってる!? どうして!」

 

 

「罠カード、スキル・サクセサー。と! ダメージ・ダイエット」

 

 

 ツカサのフィールドには、伏せられていた2枚のカードが表側になっていた。

 

「ごめん、何か発動あった?」

 

「ないけど……」

 

 咄嗟の行動だったため確認しそこねたことに、半ば申し訳なさそうにするツカサ。

 何度も狂う予定に唖然とするアカリ。

 

 3000と4000その差に絶望したとき、ツカサのフィールドには2枚の罠が残っていた。

 スキル・サクセサーの効果でナチュル・ガオドレイクの攻撃力は400上昇。これで3400だが、4000には決定的に足りない。

 そこにねじ込んだのが、ダメージ・ダイエット。戦闘ダメージを半減するカード。

 戦闘ダメージ600を、半分の300に。

 

 偶然持ち合わせた全部をつぎ込んだツカサだが戦闘には敗北。

 ライフを僅か200残して延命するのが精一杯だった。

 こういった状況で和睦の使者を引き当てていたらそれが最善であったが、今のツカサにはあり合わせを組み合わせるしかなかった。そもそも本日、和睦の使者はデッキにないし、その代わりも既に使っている。

 

 そんなツカサに目を見開いたアカリ。

 ここまで笑顔が崩れたのは──驚きという意味では──初だった。

 

 アカリからして見れば伏せカードは落とし穴カード。ツカサが主流に使うのは奈落の落とし穴、煉獄の落とし穴、蟲惑の落とし穴の3枚。内2枚は通常召喚には対応していないので、ジュラック・タイタンは避けることができる。最悪の場合奈落の落とし穴があったが、それは賭けだった。

 無事ジュラック・タイタンを召喚した今、アカリの読み的にはジュラック・タイタンは自身の効果も相まって、カード効果で破壊される事は無いと踏んでいたのだが、まさか複数枚使用というやや大がかりな方法でライフを残すとは思いもしなかった。

 

「お兄さん、本当すごいよ。もう勝ったと思ったのに」

 

「……ここからそいつをどうにか出来るかは別だけどね」

 

 そう、ライフ残り200、手札1枚のツカサの前に聳える壁は、攻撃力3000、効果の対象にできないという最上級モンスター。

 

 これを処理できなければ必死の延命も無駄である。

 

「私はこれでターンエンド。多分、これが最後だよ」

 

 アカリは半ば睨むようになる。

 彼女の手札も1枚。もしかすればその1枚を起点に再展開できるのかもしれないが、その必要はもう無いかもしれない。

 

「さて」

 

 ツカサは墓地を見る。

 アトラの蟲惑魔。ティオの蟲惑魔。トリオンの蟲惑魔。カズーラの蟲惑魔。

 

 ツカサの愛用するモンスター群。蟲惑魔。

 長い間、共に戦ってきた。罠を用いた戦法は存外難しく、特にツカサのような汎用罠だけでなく、多種の罠を積んだデッキにはかなりの読み合いを制する技術を要した。

 最初こそ黒星は目立ったが、自分の選んだ道、自分から選んだ苦難。投げ出す事はなかった。スタンスは崩すことなく日々を重ね、闘い、漸くここまで来た。

 

 この決闘で教えられた事。それはこれら、蟲惑魔がどれだけ自分の中で大きくなっているかという事。

 

 今はもう手札にすら残っておらず、墓地に積まれたそれを確認し。ツカサはデッキに手を付ける。

 

 手札1枚しかないが、そのカードは可能性に満ち溢れたカード。

 

 ドロー次第では──勝てる。

 

 ──勝って、蟲惑魔(こいつら)とこの先に。

 

「ドロー!」

 

 気づけば会場内は静まり返っていた。

 これまでは気にする余裕もなかった司会と実況、歓声が、今は止んでいた。

 

「……!」

 

 目の前には神妙な顔つきで此方を見据える少女。

 

 ツカサの引いたカードは──団結の力。

 

 モンスターは手札の1枚しかないというのに、このカードとはなんという事だろう。

 どうあがいてもこのターン、ツカサのフィールドに複数体のモンスターが同時に並ぶ事はない。そんな状況に、モンスターとモンスターを繋げる力、団結の力とはなんたる皮肉だろう。

 

 

 ──だが、それでよかった。

 

 それで、十分だった。

 

「僕は手札から、ローンファイア・ブロッサムを召喚!」

 

《ローンファイア・ブロッサム》

効果モンスター

星3/炎属性/植物族/攻 500/守1400

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する

植物族モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキから植物族モンスター1体を特殊召喚する。

 

 フィールドに一輪の蕾が芽生える。そのモンスターはたった1枚から100以上の可能性に繋がるカードだ。

 

「ローンファイア・ブロッサムの効果! 自身を生け贄に捧げ、効果発動!」

 

 ローンファイア・ブロッサムは召喚制限さえなければ如何なる植物族モンスターでも特殊召喚できる可能性の塊。

 但し。植物族モンスターは全体的に攻撃力が低く、余談ではあるが、攻撃力3000を越えるモンスターとなれば現状全世界1種類しかいない。

 そしてツカサのデッキとなれば、攻撃力2000を越えるモンスターすらいない。

 

 ツカサがデッキから選んだのは、ティオの蟲惑魔。

 

「僕はティオの蟲惑魔をデッキから特殊召喚。特殊召喚時の効果は……発動しない」

 

 ティオの蟲惑魔の特殊召喚時の効果、それは墓地の落とし穴をセットできる効果。

 ツカサはそれを放棄した。

 理由は単純。罠カードは基本的に、基本的には(・・・・・)、伏せたターンから見て次のターン以降にしか発動出来ないのだ。

 

 ツカサに次のターンなんて、ない。

 

 故に、余計な備えは切り捨てた。

 

「手札から魔法カード、団結の力を発動!」

 

《団結の力》

装備魔法

装備モンスターの攻撃力・守備力は、

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき

800ポイントアップする。

 

「団結の力……最後に引いたカードだよね。そっかこの状況でそのカードか」

 

 アカリも、モンスターが1体しかいないこの状況から察し、呟いた。

 

 団結の力はフィールドのモンスターの数に応じて攻撃力を上げる装備魔法。

 1体でも発動できるが、その場合の上昇値は800。

 

 ツカサはこれをもちろんティオの蟲惑魔に装備。

 

ティオの蟲惑魔 攻撃力 1700 → 2500

 

 これでティオの蟲惑魔の攻撃力は2500。中級帝モンスターを倒せるレベルだが、相手は3000。まだ、足りない。

 

「足りない。まだ足りない。でも僕にはまだカードがあるんだ」

 

 ツカサは言う。手札は0枚。それを強調するように、両手を広げて。

 

「……! そうだね」

 

 理解したアカリに、ツカサは笑った。

 

「そうだ、僕には墓地がある! 僕は墓地からスキル・サクセサーを発動!」

 

 

《スキル・サクセサー》

通常罠

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで400ポイントアップする。

また、墓地のこのカードをゲームから除外し、

自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。

選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。

この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できず、

自分のターンにのみ発動できる。

 

 つい先刻のカードだ、忘れる訳もない。このカードをドローした時は不要に感じたものだが、今ならわかる。どんなカードだって使いどころ、使い時がある。

 現にこのカードには一度救われていて、そしてこうしてまた、繋いだ。

 

「墓地から発動するスキル・サクセサーの上昇値は、普通に発動したのとは違う」

 

「800……! 元の2倍!」

 

 答えたアカリの頬を汗が伝う。そして、笑った。

 

ティオの蟲惑魔 攻撃力 2500 → 3300

 

「バトルフェイズだ。ティオの蟲惑魔でジュラック・タイタンを攻撃!」

 

 気怠げな風貌の少女だが、ふと真面目な顔つきになる。そして動きだすのは、擬似餌である彼女の本体。

 

 炎纏いし恐竜を飲み込んだ食虫植物。それは食物連鎖や自然の摂理を無視し、炎さえも無効化する。

 

アカリ LP 1500 → 1200

 

 アカリはそのままだらりと手を下げた。

 手札を持つ手も、デュエルディスクを付けた手も。

 彼女にはこの先の展開がわかったようだった。

 

 ツカサの手札はない。でも、墓地があった。そして、それ以前に。

 

 ──フィールドがある。

 

 ツカサのデッキのキーカード。デッキを回す潤滑剤。必要不可欠なカード。

 

 ツカサと蟲惑魔を繋いだカード。

 

「ナチュルの神星樹の効果発動!」

 

 遠い世界に聳えたつ、神の宿った巨木。とある世界の理を秘めた星の樹。

 ティオの蟲惑魔は樹へ還り、その鳴りを潜めた。

 

 ──そして、ツカサがデッキから召喚したのは、アトラの蟲惑魔。

 

「──久し振り。待ってたよ」

 

 最後に召喚したのは僅か数ターン前の事だが、ツカサは一番の相棒(パートナー)にそう呟いた。

 

 アトラの蟲惑魔。残虐なる大蜘蛛の操りし擬似餌。

 彼女は所詮獲物を狩らんとする捕食者の操り人形に過ぎないものだが、擬似餌(それ)にも、本体にも、確固たる意志はあるように思えた。

 

「バトルフェイズはまだ終わってないよ。アトラの蟲惑魔でダイレクトアタック!」

 

アカリ LP 1200 → 0

 

 大蜘蛛はアカリの残りライフを刈り取った。

 

 ライフを失った──つまりこの決闘の敗者は笑っていた。

 満足げながらもどこか寂しそうに。

 だがそれもすぐに消え、ただ純粋に勝者を讃える笑みに変わる。

 

「最後のあの団結の力。あれはお兄さんとモンスター、効果外のものを繋いだ1枚だったんだね。後から来たアトラの蟲惑魔も」

 

 我ながらちょっと痛いかな、自分の発言に苦笑するアカリ。

 

「いやー、楽しい決闘だった。1回戦からこんなにやれるなんて思ってもなかったよ」

 

「ああ、すごい決闘だった」

 

 13ターン。それがこの決闘に要したターン数だ。

 1ターンが濃密で長かった。

 特にアカリは1ターン毎に多くのモンスターを召喚し、まさに『魅せる決闘』をしていた。ツカサが観客ならば飽きなかっただろう。

 

 ──こういう決闘者がプロに向いてるんだろうな。

 

 ツカサは少女に果てしない差を感じたものだが、その点だったらツカサも負けず劣らずだった。

 

「じゃあ、ツカサさん。また遊ぼうね!」

 

「ああ」

 

 アカリは屈託の無い笑みを残し、上機嫌そうに決闘場から退場する。

 

 ツカサもまた、決闘場に背を向けた。

 

   *

 

 決闘場及び観客席の歓声は、第4回戦を経て格段に増していた。

 歓声や伴う熱気はプロの試合に匹敵する程だった。

 

 だが会場内、少し踏み入ったあたりから人気は薄れ、やがて音も消えていく。

 

「あ、おじさん。おじさんの言う、『神樹の担い手』に会ってきたよ。……最初は残念だったけど、最後はすっごく楽しかった!」

 

 静寂の中、男に対し嬉々として語る。

 

 ──あれなら楽しめそう。

 

 少女は暗がりで、ただただ、ただ無邪気に笑った。

 


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