distant day/dream 作:ナチュルの苗木
ツカサが
昨日も意識を失った決闘者が病院へ運ばれている。
確かにあの日、ツカサは襲撃者を撃退した。男の行方ははわからないが、確かに倒したはずなのだ。
決闘というのは絶対だ。いや、法的に絶対ではないが、決闘者たるものそこには誇りを賭けて臨んでいる。
口約束でも決闘の勝敗が物事を左右する。
例え提示がなくとも、決闘に負ければ悪党は改めるのが無言のルールである。
だが今回。同一と思われる事件は絶えることなく続いていた。
ツカサもこれを知って、奴には誇りも自尊心も無いのかと疑ったものである。
あれからツカサの前に襲撃者が現れた事はないが、いずれはもう一度倒そうという使命感があった。
さて。そして今日はツカサにとって大事な日。
待ちに待った、例の大会の日であった。
例の事件のせいで中止の声もあったが、
『フン……そんなことで一々確認をとるな。無論続行だ。真の決闘者ならば例え大会中に襲撃を受けようとも返り討ちにしてみせろ』
とのオーナーの声で存続となったのだった。
海馬コーポレーション主催のこの大会。これから行われるのは全国3地区に分けられたもので、優勝者には更に上がある。
そしてそれ以前にも。今回のトーナメントは18人だが、その予選は数百人規模で行われた。
抽選で一定数決闘を行い、勝率で本戦へ進む形式だ。
本戦にはプロのスカウトやスポンサー関連も視察に来るという事で、多種多様、様々な人間が集まった。
決闘者育成施設の本堂であるデュエルアカデミアを筆頭に、研究所や道場、個人経営の塾まで参加者はまばら。そしてツカサのような独学の者までいる。
数百人から抜け出た18人。全員が目標を掲げ、夢や望みを秘め今日この日を迎えている。
*
オープニングセレモニーを終え、大会は幕を切った。
ツカサの第一試合は4戦目。
本来ならば他の決闘者の試合を見て対策を練るべきだろうが、ツカサはそれどころではなかった。
(どうしよう集中できない大会始まっちゃったよ他の人の試合終わっちゃうよダメだ何も頭に入らないデッキの確認しなきゃエクストラデッキちゃんとあるよな枚数は……14!? 嘘だろお前こんな大事な日に忘れて……あ15枚あった)
かつて無いほど動揺していた。
(あれ!? 和睦の使者がない……! 代わりにホーリーライフバリアーが……)
和睦の使者は発動ターンの戦闘ダメージを無効化するカード。そしてホーリーライフバリアーは発動ターンの全てのダメージを無効化するカード。
効果の似ているカード故、管理の際に一緒にしていたのに後悔する。
(バーンデッキが相手の時に役立つかもな……そんな都合良くいくかよ!)
ポジティブに考える一方、それを即否定してしまうネガティブさ。ツカサの情緒は不安定だ。
控え室を出てロビーの自販機でコーヒーを買う。気付けにブラック。
コーヒー片手に緊張を解す方法を模索していると──
『続きまして第4試合です。指定の選手は準備をお願いします』
アナウンスが告げる。
「嘘でしょうおいおい、もう3試合も終わったの!?」
ツカサは頭を抱える。
試合前の折角の時間を他者への対策を立てるでもなく、自身のデッキを調整するのでもなく、コーヒー片手にただ浪費してしまった。
成分表示を読んでいた記憶しかない。
多分この缶コーヒーの成分表示暗唱だったら負け無しだ。
「しまった、試合、行かなくちゃ……まさかこうもプレッシャーに弱いとは」
ツカサは普段から自信過剰な一面があるほどで、この手の心配はしていなかったのでこれは大きな誤算である。
「あれ、お兄さんが私の相手かなぁ?」
道中不意に声を掛けられる。
黒髪のショート、ややボーイッシュな印象の少女だ。外見的にツカサよりも年下であった。
「私4回戦なんだけど、お兄さんがツカサさんだよね?」
「そうだけど……」
どうして? そんな疑問は口にする前に解消される。
「アナウンスの直後に『試合だ!』て頭を抱え出したからね」
見られていた。
「それじゃあ、よろしくね」
『続きましては第4試合、今大会最年少 アカリ選手対、予選2位通過 ツカサ選手だあああ!!』
──わあああああああああああああああ!!!
実際に肌で感じる歓声はすごいものだった。
決闘場全体熱気、歓喜に包まれ、一瞬どこか遠い世界に感じた。
テレビの中で、プロの決闘者が輝いていたあの憧れの場、それに近しいものがあった。
一気に現実に引き戻される。
そうだ、自分は今、こんな大勢の前で決闘するのだ。今までにない、広いステージ、広い会場で。
予選で負けた人達の上で、今日、闘うんだ。
ツカサは決闘場の指定の位置に着く。
「さっきは格好悪い所を見せちゃったね」
「ううん。お兄さん、さっきよりいい顔してる。楽しい決闘にしようね」
最年少と紹介された少女は不敵に無邪気に笑う。
「「決闘!」」
ツカサ LP4000 手札×5
場 無し
無し
アカリ LP4000 手札×5
場 無し
無し
デュエルディスクが先攻を示す。最初のターンは──アカリだ。
「ちっ」
ツカサは小さく舌打ちする。
ツカサのデッキは蟲惑魔主体の罠デッキ。言うまでもなく、罠は先に仕掛けた方がその真価を発揮する。
「私のターン、私は手札から強欲で謙虚な壺を発動」
《強欲で謙虚な壺》
通常魔法
「強欲で謙虚な壺」は1ターンに1枚しか発動できず、
このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚できない。
(1):自分のデッキの上からカードを3枚めくり、
その中から1枚を選んで手札に加え、
その後残りのカードをデッキに戻す。
アカリはカードを3枚捲る。
・リロード
・成金ゴブリン
・サイクロン
「じゃあ成金ゴブリンを手札に加えて、そのまま発動!」
《成金ゴブリン》
通常魔法
自分のデッキからカードを1枚ドローする。
その後、相手は1000ライフポイント回復する。
ツカサ LP 4000 → 5000
「モンスターをセット、カードを2枚セットしてターンエンドだよ」
なんとも消極的なターンだった。後攻のメリットの1つとして、相手のデッキを予想できる、というものがある。だが、このターンアカリが行ったのは手札補給とモンスターセットのみ。リバース主体のデッキ、と捉える事も出来なくはないが、これだけでは確定なんてできない。
強欲で謙虚な壺は強力なドロー補助カードであり、カードを1枚交換するだけでなく捲る3枚分目当てのカードを引き当てる可能性が高くなる、というものである。だがそれはデメリットでもあり、相手にデッキを3枚公開するという意味でもあるのだが、今回確認出来たのはどのデッキにも入りうる汎用カードだった。
強いて言えば、手札を沢山消費するデッキもしくはキーカードを早く手にしたいデッキか、というところだ。
しかしそれだってエクゾディア等のデッキでもない限り、どのデッキでも言える事だから結局収穫は無いに等しい。
「僕のターン、ドロー。手札からトリオンの蟲惑魔を召喚。トリオンの蟲惑魔の効果で山札から奈落の落とし穴を手札に加える」
《トリオンの蟲惑魔》
効果モンスター
星4/地属性/昆虫族/攻1600/守1200
(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。
デッキから「ホール」通常罠カードまたは「落とし穴」通常罠カード1枚を手札に加える。
(2):このカードが特殊召喚に成功した場合、
相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動する。
その相手のカードを破壊する。
(3):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
「ホール」通常罠及び「落とし穴」通常罠カードの効果を受けない。
確実に罠を手に。展開力に大きく欠けるが、蟲惑魔デッキとしてはまずまずの動きだ。
(これを先攻でしたかったんだけどなあ)
心中で溜め息を吐く。正直のところこのプレイング、後攻ではあまり良くない。いや、かなり良くない。
2ターン目というのは、決闘中初めて攻撃が許されるタイミングであり、相手も万全ではない状況なのだ。そこへ低級モンスター1体というのは惜しい。
「バトルフェイズ! トリオンの蟲惑魔で伏せモンスターに攻撃!」
伏せモンスターは──ワーム・ホープ。
「へ?」
「ワーム・ホープのリバース効果! デッキからカードを1枚ドローする。そして、ワーム・ホープが破壊されたことにより1枚墓地へ」
《ワーム・ホープ》
効果モンスター
星1/光属性/爬虫類族/攻 800/守1500
リバース:このカードが相手モンスターの攻撃によってリバースした場合、
デッキからカードを1枚ドローする。
また、このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
自分は手札を1枚選んで墓地へ送る。
ツカサは目を見開いた。その効果ではない、そのモンスター自体にだ。
──ワーム。ツカサは先日の襲撃を思い出す。あの時謎の男が使っていたのもワームだった。
ワーム自体そこまで珍しいカードではない。だがそれを使う決闘者はあまりいない。
基本的にデッキというものはその決闘者を体現するもの。持ち主が自分の信条、誇り、全てを載せる、言わば鏡のようなもので、自分の信じるカードをテーマやカテゴリー、一定の基準で組み上げるものだ。
ツカサの場合は罠主体の蟲惑魔とその補助カードで組んだデッキ。
幼少期に出会ったアトラの蟲惑魔を基にそれを軸に組んだものである。非常に思い入れのあるカードが基なのだ。
そしてワームだが、見た目と使いにくさから使用する決闘者は少なく、ツカサもだが、『ワーム』カテゴリー自体に馴染みのない者も多い。
だから目の前の少女がわざわざ好んで使うには違和感があった。
だからどうしても、少しでも勘ぐってしまう。
(襲撃事件と何か関係があるのか……?)
動揺を隠せなかった。
「バックに2枚伏せてターンエンド」
ターンが移る。
「私のターン。ドロー。魔法カード発動、カップ・オブ・エース」
《カップ・オブ・エース》
通常魔法
コイントスを1回行う。
表が出た場合、自分はデッキからカードを2枚ドローする。
裏が出た場合、相手はデッキからカードを2枚ドローする。
またしてもドローカード。それも今回はギャンブル性の大きいカードだ。
「コインは──表。私は2枚ドローする!」
リスクがあったといえ、ノーコストで2枚ドローとはなんと理想的か。
「私は手札から霞の谷のファルコンを召喚」
《霞の谷のファルコン》
効果モンスター
星4/風属性/鳥獣族/攻2000/守1200
このカードは、このカード以外の自分フィールド上のカード1枚を
手札に戻さなければ攻撃宣言できない。
(霞の谷? ワームじゃないのか……?)
思考。先ほどのワーム・ホープ、効果的には1枚の手札交換。汎用カードと言えば汎用カードなのか。
さておき。攻撃の際にコストがかかるとは言え、レベル4で攻撃力2000というのは中々脅威だ。
処理しておいてもいい、はず。
「……罠発動、奈落の落とし穴!」
ツカサの十八番とも言える罠カード。
奈落に通ずる穴が霞の谷のファルコンを飲み込──まなかった。
「あ、あれ?」
「え? 魔宮の賄賂。相手の妨害に備えるのは当たり前だよ?」
《魔宮の賄賂》
カウンター罠
(1):相手が魔法・罠カードを発動した時に発動できる。
その発動を無効にし破壊する。
相手はデッキから1枚ドローする。
呆気にとられたようなツカサを見かねてアカリが言った。
アカリのフィールドには魔宮の賄賂が表側表示になっており、その効果を発動している。
当然だ。お互いに妨害を仕掛けるのが決闘であって、妨害を妨害するのが決闘の醍醐味の1つである。そんな当然な事を言わせてしまうまでに、ツカサの反応は酷かった。
少女は皮肉で言った訳でもない。ただ純粋に決闘の常識を口にしているだけだ。
ツカサは魔宮の賄賂の効果で1枚ドロー。
(何かが──違う?)
ツカサはハッとしてフィールドを見る。
そこには、トリオンの蟲惑魔。
(あれ、あれれ?)
そうだ、いつもならアトラの蟲惑魔がいて、その効果で落とし穴は無効化されないのだ。
今日はいつもと違った。緊張もあったし、環境だって全然違う。慣れない場所、慣れない状況。一度きりの機会。
だからと言って、アトラの蟲惑魔を
むしろ引き当てられない方がおかしいのだ。
必要なカードを引き当てるのが強い決闘者なのだ。
俗にそれは『運命力』と言う。
──勝つんだ。落ち着いて、勝たなくちゃ。
ツカサは自分に言い聞かせるようにする。
──願うんじゃない、思うんじゃない、引くんだ、引き当てるんだ。
「私はビッグバン・シュートを発動」
ビッグバン・シュート、攻撃力が400ポイントアップする装備魔法。
(攻撃力+400に貫通効果……厄介だな)
霞の谷のファルコンの攻撃力は2000。400も足されれば2400。青眼の白龍と対をなす真紅眼の黒竜と同じ攻撃力だ。
霞の谷のファルコンのデメリットだって実際の所、適当な魔法罠を伏せてそれを手札に戻せばいいもの。これでは真紅眼の黒竜を生け贄無しで出したようなものである。
だが──ビッグバン・シュートが装備されたのは
「え?」
トリオンの蟲惑魔の攻撃力は400上がり2000。霞の谷のファルコンと同じ値である。
「バトルフェイズ」
少女は気にせずバトルフェイズへ移行。
──おいおい、ここでプレイングミスかよ……。
観客席の誰かが呟いた。そして騒めき。
「いや、これは──!」
「霞の谷のファルコンで攻撃! この時霞の谷のファルコンの効果で自分なカードを手札に戻さなきゃいけない。私はビッグバン・シュートを手札に戻す!」
するとどうだろう。トリオンの蟲惑魔の攻撃力が400ポイント下がるだけでなく、トリオンの蟲惑魔そのものが掻き消えてしまったではないか。
「ビッグバン・シュートのデメリット!」
「そう。ビッグバン・シュートが外れたモンスターは除外される!」
《ビッグバン・シュート》
装備魔法
装備モンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードがフィールド上から離れた時、装備モンスターをゲームから除外する。
そして攻撃対象を無くした霞の谷のファルコンの一撃が向かう先と言えば。
言うまでもなく、壁を無くしたプレイヤーである。
ツカサ LP5000 → 3000
いとも簡単にツカサのLP2000が消し飛んだ。
霞の谷のファルコンとビッグバン・シュート、2つのデメリットを利用したコンボ。
このコンボをするために手札を補充していたのか。
「強欲なカケラを発動してターンエンド」
《強欲なカケラ》
永続魔法
自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、
このカードに強欲カウンターを1つ置く。
強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、
自分のデッキからカードを2枚ドローする。
「またドローカードか。今のじゃもの足りないのか……」
小声で悪態を吐く。
いくつか年下の少女に好き勝手されては威厳も強さも誇りもクソもない。
「ドロー。いー……。
モンスターをセットしてターンエンド」
「うーん……私のターン、ドロー」
心なしか元気なさげにカードを引く少女。その様にツカサは憤りさえ覚えた。
「……。伏せモンスターじゃ装備は出来ないね。このまま霞の谷のファルコンで伏せモンスターに攻撃」
「伏せてあったのはカズーラの蟲惑魔。破壊はされない」
カズーラの蟲惑魔の守備力は2000。霞の谷のファルコンの攻撃力2000と同等、よって戦闘ダメージ及び破壊は無し。
(よし。ひとまず凌いだ。装備魔法をかわせばいいコンボなんて甘い……!)
「……まぁいいか、な。魔法カード、リロード。手札を2枚デッキに戻して2枚ドロー。そしてトレード・イン。ドラグニティアームズ-レヴァテインを墓地へ送り2枚ドロー」
(こんどはドラグニティ……? どんなデッキなんだ……?)
「ナチュル・ナーブを召喚」
《ナチュル・ナーブ》
チューナー(効果モンスター)
星1/地属性/植物族/攻 200/守 300
相手が魔法・罠カードを発動した時、
自分フィールド上の「ナチュル」と名のついたモンスター1体と
このカードをリリースして発動できる。
その発動を無効にし破壊する。
少女の召喚した葉っぱに顔を付けたモンスターに対しツカサは更にインタロゲーションマークを浮かべる。
それも、攻撃力200を攻撃表示だ。
もしやこの子は初心者なのかもしれない。運良く先のコンボが使えただけで、考えなしに手札補充しかしていないようにも思える。デッキに戻してしまったビッグバン・シュートだって霞の谷のファルコン自体に装備させても良かったものを。
ツカサは冷静でなかった。これが猛者の集う大会だということさえ忘れ、目の前の少女を年下だからという理由で卑下する。正直、決闘者として最低の行為だった。
流石に無礼が過ぎてきていたツカサだが、次の一手で何も言えなくなる。
「……レベル4 霞の谷のファルコンに、レベル1 ナチュル・ナーブをチューニング」
☆4 + ☆1 =☆5
「無情の兵器よ、闇を持たぬ全てを駆逐せよ。シンクロ召喚、A・O・Jカタストル」
「は……?」
《A・O・Jカタストル》
シンクロ・効果モンスター
星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のフィールド上に表側表示で存在する
モンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。
A・O・Jカタストル。攻撃力は2200とレベル5シンクロモンスターでは低めの数値だが、その真価は効果にある。
このモンスターは戦闘時、
そして本日。ツカサのデッキに闇属性はいない。
(僕は馬鹿か!? ナチュル・ナーブ、あれはチューナーだ。攻撃表示で召喚? そりゃシンクロするなら当たり前だ!)
そもそもツカサは罠カード、ナチュルの神星樹を使用する。よって、『ナチュル』を使用するし、『ナチュル』カテゴリー自体に精通している方だ。だからこれに思い至らない方がおかしい。
緊張や慢心、それ以前の問題である。
「……っ!」
慌てて魔法罠ゾーンを見るが、そこにあったのは狡猾な落とし穴。
狡猾な落とし穴は自分のモンスターと相手モンスターを一体ずつ選んで破壊するカード。自分が蟲惑魔を選択すれば、いつでも発動できるノーコストのモンスター破壊罠。だがその発動には制約があり、墓地に罠カードがあるとき発動できない。墓地には──奈落の落とし穴の1枚。
墓地に罠カードがあるときにこのカードを伏せるのはブラフにしかならないのだが、問題はそれ以前に、狡猾の落とし穴は
何故こちらを使わなかった。自責の念が後を引く。
「魔法カード、一時休戦。互いに1枚ドロー」
《一時休戦》
通常魔法
お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。
「ターンエンド。お兄さんの番だよ」
「……」
絶望。ツカサのデッキに闇属性のモンスターがいない時点で戦闘面ではもう詰んだようなものだ。
だが、こんな所で負けるわけにはいかない。
こんなつまらなさそうにしている少女に、負けてやるものか。
「ドロー」
引いたカードを見てツカサは目を伏せて笑う。
ツカサが引いたのは──『死者への手向け』。
「魔法カード、死者への手向け! 手札を1枚墓地へ送りA・O・Jカタストルを破壊!」
あんなにも脅威に感じられたA・O・Jカタストルは呆気無く破壊される。
どんなに強大な、どんなに凶悪なモンスターでも、どんなに苦労して召喚しようとも、耐性がなければ魔法罠1枚でいとも簡単に破壊される。それが遊戯王というものである。
「僕はアトラの蟲惑魔を召喚! 魔法カード、一騎加勢!」
《一騎加勢》
通常魔法
(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで1500アップする。
アトラの蟲惑魔 攻撃力 1800 → 3300
「 バトルフェイズ! アトラの蟲惑魔でダイレクトアタック!」
アトラの蟲惑魔の攻撃力は3300。ライフ4000相手には十分過ぎる数値。──しかしアカリのLPに変動は無かった。
「一時休戦の効果でダメージは無いよ」
「……」
ツカサはターンを終える。
アトラの蟲惑魔 攻撃力 3300 → 1800
「ドロー。……つまんないよ、こんな決闘」
少女はツカサにかろうじて聞こえる程度で呟いた。
「この時、強欲なカケラに2つ目のカウンターが乗る。強欲なカケラの効果で2枚ドロー」
これで少女の手札は4枚。2ドローはやはり脅威だ。
遊戯王は手札が重要なゲームだ。手札がなければ何もできないし、何も始まらない。
しかしアカリはこれだけでなかった。
「魔法カード、カップ・オブ・エース」
カップ・オブ・エース。3ターン目にも使ったギャンブル性の高いカードだ。コイントスを行い、表なら自分が2ドロー、裏なら相手が2ドロー。失敗すれば相手に2枚ものアドバンテージを贈るハイリスクハイリターンのカードだ。
コインは──表だ。
「2枚ドロー! XX-セイバー ボガーナイトを召喚。効果でX-セイバー アナペレラを召喚。更に手札からワン・フォー・ワンを発動! 手札のジュラック・コアトルを墓地へ、デッキからガスタ・イグルを召喚」
《XX-セイバー ボガーナイト》
効果モンスター
星4/地属性/獣戦士族/攻1900/守1000
このカードをS素材とする場合、「X-セイバー」モンスターのS召喚にしか使用できない。
(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。
手札からレベル4以下の「X-セイバー」モンスター1体を特殊召喚する。
《X-セイバー アナペレラ》
通常モンスター
星4/地属性/戦士族/攻1800/守1100
華麗な攻撃と冷静な判断で戦場を舞う、X-セイバーの女戦士。
時に冷酷なその攻撃は敵に恐れられている。
《ワン・フォー・ワン》
通常魔法
(1):手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。
手札・デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する。
《ガスタ・イグル》
チューナー 効果モンスター
星1/風属性/鳥獣族/攻 200/守 400
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
デッキからチューナー以外のレベル4以下の
「ガスタ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。
手札を惜しみなく使える少女の展開力はなかなかのものだ。こうも統一性の無いデッキでここまでできるのは感服せざるを得ない。
「『X-セイバー』、『ガスタ』。……『ジュラック』。本当にまとまりがないな……」
そしてやはり、目を引くのは最後のガスタ・イグル。レベル1のチューナーモンスターである。
「レベル4、XX-セイバー ボガーナイトと、レベル4、X-セイバー アナペレラにレベル1、ガスタ・イグルをチューニング」
☆4 + ☆4 + ☆1 = ☆9
「シンクロ召喚、ミスト・ウォーム!」
レベル9のシンクロモンスター。ツカサは咄嗟に手札を見る。今は場にアトラの蟲惑魔がいる。だから手札の落とし穴は魔法罠ゾーンにあるも同然。ツカサは最上級モンスターを排除せんとする。
だが、ツカサの手札にあるのは硫酸のたまった落とし穴のみだった。
「──っ!」
《ミスト・ウォーム》
シンクロ・効果モンスター
星9/風属性/雷族/攻2500/守1500
チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
(1):このカードがS召喚に成功した場合、
相手フィールドのカードを3枚まで対象として発動する。
その相手のカードを持ち主の手札に戻す。
「ミスト・ウォームの効果発動! お兄さんのカズーラの蟲惑魔とアトラの蟲惑魔、伏せカードを手札へ」
霞の谷の底に住まいし蟲はツカサのフィールドを飲み込んだ。そこには、何も残らなかった。
「あ……」
「ミスト・ウォームでダイレクトアタック」
伽藍堂となったツカサのフィールドを抜け、ミスト・ウォームはツカサを襲った。
ツカサ LP3000 → LP500
ツカサに残されたライフポイントはたったの500。これは最初のターンの成金ゴブリンの回復量1000を下回る数値である。つまり、彼女の今の状況を作るに必要だったものとは言え、彼女に生かされているとも言えた。
「嘘だろ……? こんな子に? こんな、滅茶苦茶なデッキに?」
目を見開く。
ここ最近負けらしい負けもなく、思い通りに進んできたツカサにとって衝撃であった。
いや、それ以上に屈辱だった。
目の前の少女が不服そうにしている事が。
「嫌だ。負けない。僕はこんな所じゃ……」
絞り出すように言う。
だが実際、劣勢なのはツカサだ。フィールドにはなにもなく、ライフポイントも残りたったの500。
手札が沢山あるとは言え、何をしようにも良い手札とは言えなかった。
手札を睨みつける。
──いつもなら、いつも通りならこんな事にはなっていないはずなのに──
「ねえお兄さん、決闘って何?」
その問は目の前の少女のものだった。
「お兄さんって何で決闘をするの? 何のために決闘をするの? お兄さんの決闘って何?」
「はあ……?」
決闘は、夢だ。幼い頃に憧れた、テレビの中のヒーローのごときプロデュエリストに魅せられて、憧れて、今ここにいる。
10年以上も研鑽し続けてきた、大事な夢だ。こんなところでおとせない、譲れないものだ。
だから、負けられない。
「私はね、決闘は遊びだと思ってる」
「……遊び? お前、馬鹿にしてるのか? こっちは真面目に、人生賭けて闘ってるんだ。お前は、そんなふざけた考えで……」
「ふざけてないよ。デュエルモンスターズは、ゲームなんだよ。今でこそプロだの何だの勝ち負けに固執してるけど、元々はゲーム。みんなが楽しむ為にあるんだ。だから──
──今のお兄さんみたいな顔でやるものじゃない」
ツカサは顔を引きつらせる。
自分がどんな顔をしているかは予想がついた。
今自分は勝利を望んでいる。どんな手でも、この決闘の勝利を欲していた。目の前の相手を憎く思うほどに。
そんな自分の表情は。
「ターンエンド。お兄さん、そんな目で見ちゃカードが可哀想だよ」
──カードが可哀想。
その一言に一瞬時間が止まったかのような衝撃を受ける。
ツカサの目にはアトラの蟲惑魔があった。
両手を広げ妖しく笑う、少女の姿。それは擬似餌であり、本体はモンスターを捕食する残虐な大蜘蛛。攻撃力1800で守備力は1000、効果は蟲惑魔共通の落とし穴無効と手札の落とし穴を伏せずに発動出来ること。それから、その落とし穴が無効化されないというもの。それらは今やカードテキストを見なくてもわかるもの。
何と言っても長い付き合いのカードだ。一目見た時から惹かれ、それは決められていた運命のようにデッキに加えられた。自然とツカサのデッキはアトラの蟲惑魔を生かすためのデッキになっていたし、アトラの蟲惑魔はツカサの相棒とも呼べるエースカードになっていた。
「そう言えば、そうだったな」
アトラの蟲惑魔の持つ特殊効果、手札から罠というルールを根底から覆すような様が格好良くて、それが好きで、楽しくて、決闘をしていた。
プロは夢だが、その前提として。
──こいつらをプロの舞台に連れて行きたい。そんな想いが確かにあった。
「ごめん……」
ツカサは手のカードに向けて呟く。
返事はない。
当然だ。ツカサが手にしているのはただのカード。所詮は紙切れにインクが載ったものに過ぎない。
でも、それでも。そのカードのために、共に、闘うと誓った。
「ねえ、アカリ。数ターン過ぎちゃったけど、まだ、間に合うかな……?」
ツカサはアカリを見据える。
それを見てアカリは無邪気に笑った。
「うん! お兄さん、今日会った人の中で一番良い顔してる!」
ツカサも、今まで出会った中で一番輝いて見える少女に、笑ってみせた。
活動報告も割と更新していくので宜しくお願いします。