distant day/dream 作:ナチュルの苗木
蟲惑魔と往く落とし穴日和
妖しく笑う少女たち。
幼くも艶めかしく、こちらを誘うような振る舞いは思わずとも幼気な少女に手を出すという倫理的な禁忌に手を伸ばしそうになるものだ。
その笑みは人々を惑わし、森の奥深くへと惹き込んでいく。
そして着いていけば最後、その者は二度と森から帰る事はない。
妖しく嗤う少女たち。彼女たちは所謂ところの擬似餌であり、獲物を誘き出すための傀儡でしかない。
それは『蟲惑魔』。
無垢でありながら婀娜な少女たちが落とし込んだ先、彼女たちが本体に待つのは大蜘蛛や蟻地獄、それから食虫植物の類である。彼らは人や動物の肉を主食とし、残虐にも命を喰らう。
残忍で惨忍で、残酷で惨酷な彼女たち。──正確には『彼ら』だろうか、いや、この場合は『彼女』たちでいいだろう。
これから語られるのはそんな彼女たちの、『嘘』の日常なのだから。
*
彼女は強大なる敵を前にして苦悶の声を上げる。
多くの敵を葬り去ってきた彼女だが、しかし彼女は万能でない。全知全能なものなどどこにもありはしないのだ、例え世界を創り出すことの出来る女神であろうと、不可能というものは存在するのだから。
だから──彼女がその天敵と対峙したときに、屈してしまうのは仕方のないことだったのだろう。
全身緑の人型。その男の表情こそわからないものだが、見ようによっては醜悪なそれは、彼女の特別な能力さえも無に帰してしまうという恐ろしい存在だ。
その名も『人造人間サイコショッカー』。場の『罠』を全て無効にしてしまうという恐ろしい存在だ。
《人造人間-サイコ・ショッカー》
効果モンスター
星6/闇属性/機械族/攻2400/守1500
(1):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
お互いにフィールドの罠カードの効果を発動できず、
フィールドの罠カードの効果は無効化される。
それが場に居座る限り彼女は無力と化す。
彼女は結った長い紫髪を頼りなく垂らすと、普段赤く輝かせている周囲の球体を燻ませた。見ようによっては化け物の瞳にも見えるその赤が輝きを無くす様子は彼女が力を失ったことを現していた。
彼女は『アトラの蟲惑魔』。大蜘蛛を本体とする『蟲惑魔』が1角である。
《アトラの蟲惑魔》
効果モンスター
星4/地属性/昆虫族/攻1800/守1000
このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分は手札から「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードを発動できる。
また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
自分がコントロールする通常罠カードの発動と効果は無効化されない。
力量としては然程ではない彼女の特筆すべき点として上がるのはそう、やはりその能力であろう。
──彼女は『落とし穴』を自在に操り、
だが──。
今立ちふさがるそれは『落とし穴』はおろか、罠の発動を無効としてしまうという無慈悲な存在である。
発動自体が出来ないのでは、いくら無効にされないという能力でも無意味であろう。過程でなく根本が制限された今、彼女に出来ることなど何一つとして残されてはいない。
彼女は歯噛む。自分の唯一の武器を奪われるという屈辱、そして追従する無力感、絶望感に。
しかし──彼女には頼りになる
その声は彼女たちの後方から発せられ、舞台をの行く末を──捻子曲げる。
『罠発動、ブレイクスルー・スキル』
瞬間、不可視の力が罠封じを打ち砕いた。
行使されたその力は、封じられたはずの罠。罠を封じられてもなお、彼はその力を押し通す。
曰く──場の罠が封じられたのなら、別の場所から発動すればいい。
『僕がこのカードを発動するのは、墓地からだ』
《ブレイクスルー・スキル》
通常罠
(1):相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。
その相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。
(2):自分ターンに墓地のこのカードを除外し、
相手フィールドの効果モンスター1体を対象として発動できる。
その相手の効果モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。
この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。
場の罠を支配下に置いた敵。だが、その上──決闘自体を支配するのが彼女の主人である彼だった。
彼女は彼に目配せする。そこに載せるは感謝と、誘い。
──行くよね?
信頼と経験から理解る、彼がただ相手の能力を無効にするだけでない。彼の手の内にはすでにそれを消し去る術がある。
『手札から罠発動。狡猾な落とし穴』
《狡猾な落とし穴》
通常罠
自分の墓地に罠カードが存在しない場合に発動できる。
フィールド上のモンスター2体を選択して破壊する。
罠を、前触れもなく行使する。通常下準備の必要な罠を即座に用いることが出来る──それが彼女の持つ特異な能力。世界の摂理に介入する真骨頂。
『対象は、人造人間サイコショッカーと、アトラの蟲惑魔!』
大きな穴が場全体を飲み込む。敵も仲間も諸共、生きし者を絶えさせるその狡猾な罠は彼女を巻き込んで展開される。だが──
そこへ彼女が落ちることはない。
『アトラの蟲惑魔は、「落とし穴」の効果を受けない!』
それは彼女の真骨頂がその2。彼女は『落とし穴』を自在に操り、そしてその被害を受けない特異な存在である。
彼が嗤う。落ち行く敵に、冷たく。そして、笑う。
賞賛を込め、彼女に笑む。
彼女も彼に笑い返す。普段浮かべているような妖艶な嗤いでなく、彼に寄せる信頼を込めて。
彼にとって彼女は歴戦の相棒であり、戦友であり、そして特別な存在だ。
彼女にとってもそれは同じで。
『落とし穴』を支配する彼女と、その場自体を支配しようとする彼。彼がいれば彼女はその能力を十全に活用でき、彼女がいればこそ彼は敵を思い通りに除去できる。
互いに互いを必要とする、そんな関係である。
*
『王宮のお触れ』。それは罠を封じ込めてしまう、場を支配するカードだ。
それは言うまでもなく彼女の天敵である。
だがそんな状況下でも、彼女は心のどこかで余裕を持っている。必ず彼なら場を変えると信じている。信頼している。
それに彼女は──『蟲惑魔』は1体だけではない。
『ティオの蟲惑魔を召喚。召喚時、効果で墓地からトリオンの蟲惑魔を特殊召喚する!』
力を押さえ込まれた彼女を挟むように、2人の少女が並ぶ。白髪の少女に、黒髪の少女。方やいやに気怠げであるが、彼女たちは彼女を勇気付けるように視線を交わした。
『トリオンの蟲惑魔の特殊召喚効果、相手の場の魔法罠を1枚破壊する』
白髪の少女は場を圧する忌々しい存在に対して手を振るう。そして地中よりそれを打ち砕くのは彼女が本体蟻地獄の力だ。
それが失われたことにより場の支配は消え、紫色の彼女が本来の力を取り戻す。
彼女には信頼出来る主人と、そして頼れる仲間がいた。
《ティオの蟲惑魔》
効果モンスター
星4/地属性/植物族/攻1700/守1100
このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードが召喚に成功した時、
自分の墓地の「蟲惑魔」モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを守備表示で特殊召喚する。
(2):このカードが特殊召喚に成功した時、
自分の墓地の「ホール」通常罠カードまたは「落とし穴」通常罠カード1枚を対象として発動できる。
そのカードを自分フィールドにセットする。
セットしたカードは次の自分ターンのエンドフェイズに除外される。
(3):このカードは「ホール」通常罠カード及び「落とし穴」通常罠カードの効果を受けない。
《トリオンの蟲惑魔》
効果モンスター
星4/地属性/昆虫族/攻1600/守1200
(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。
デッキから「ホール」通常罠カードまたは「落とし穴」通常罠カード1枚を手札に加える。
(2):このカードが特殊召喚に成功した場合、
相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動する。
その相手のカードを破壊する。
(3):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
「ホール」通常罠及び「落とし穴」通常罠カードの効果を受けない。
*
『──奈落の落とし穴』
黄色い髪の少女がいる中で、彼が『落とし穴』を行使する。
するとどうだろう、『落とし穴』という鍵で黄色い少女はその特性を見せる。ここに獲物がいた、そう知らせんばかりに他の『蟲惑魔』を呼び寄せるのだ。
『カズーラの蟲惑魔の効果発動、「落とし穴」が発動したとき、山から新たな「蟲惑魔」を召喚できる!』
《カズーラの蟲惑魔》
効果モンスター
星4/地属性/植物族/攻 800/守2000
このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。
自分が「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードを発動した場合、
デッキから「カズーラの蟲惑魔」以外の「蟲惑魔」と名のついたモンスター1体を選び、
手札に加えるか特殊召喚できる。
「カズーラの蟲惑魔」の効果は1ターンに1度しか発動できない。
そうして、黄色の少女に手を引かれ、彼の相棒である紫の彼女は場に顕れる。
──来るのが遅ぇよ。
彼は笑みを混ぜながら、そんな顔をする。
彼が必要としてなお、手の内に入ることのなかった彼女に対する小言だ。
どこか責めるような素振りであるが、他の『蟲惑魔』の手を借りてまで彼女を呼ぶあたり素直でない。それほど彼が彼女に信頼を置いているということでもあるのだが。
彼女は彼が何だかんだ言っても自分を求めてくれることに喜びを感じる。
そして彼はいつものように、不敵に嗤って言うのだ。
『よし、行くぞ──』
*
『落とし穴』を自在に操る彼女と言えど、限界があるのは勿論のことなのだが、その供給さえ間に合わないことがある。
場を支配する彼でも常に罠を切らさないわけでない。
だから稀に──彼と彼女が得意とする罠だけではどうしようもないときが訪れる。
けれども彼らは彼女らは悲観しない。
罠だけが、その舞台の全てでないのだから。
『魔法カード、団結の力』
《団結の力》
装備魔法
(1):装備モンスターの攻撃力・守備力は、
自分フィールドの表側表示モンスターの数×800アップする。
それは主人たる彼が愛用する魔法だ。
その力の対象となった彼女には、見る間に強大な力が沸き上がる。彼が行使した魔法は仲間たちとを繋ぐ、絆を力へと変える魔法のような魔法。
同じ舞台に経つ『蟲惑魔』たちや──そして、彼女たちと彼を繋ぐ魔法だ。
大きな力は持たない彼女たちが、大きな力を持った敵と渡り合うことを可能となる彼らの魔法だ。
またあるいは。彼女たちを護ってくれる彼女の存在もあるだろう。
普段は森の奥にいて中々出てこないものだが、『蟲惑魔』たちが集まって、それを望めば彼女は顕れる。
『2体のモンスターで、オーバーレイ!』
森に咲き誇る一輪の花。彼の掛け声と共に彼女が舞台に上がった途端、『蟲惑魔』たちはその加護に包まれる。
『エクシーズ召喚! 森の奥深くに座す蟲惑の女王よ、その内包せし力で「蟲惑魔」たちに加護を与えよ!
ランク4 フレシアの蟲惑魔!』
彼女がいる限り『蟲惑魔』たちは森を侵す邪悪から護られる。加護下においては物理的な力も、形を持たぬ力も『蟲惑魔』を傷つけることは適わなくなるのだ。
そして──彼女自身もまた、邪悪を、敵を取り除くのに力を添えてくれる。
『フレシアの蟲惑魔の効果発動、オーバーレイユニットを1つ取り除き、山から煉獄の落とし穴を墓地へ送る。そしてフレシアの蟲惑魔の効果としてそのカードの効果を発動する!』
《フレシアの蟲惑魔》
エクシーズ 効果モンスター
ランク4/地属性/植物族/攻 300/守2500
レベル4モンスター×2
(1):X素材を持ったこのカードは罠カードの効果を受けない。
(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
「フレシアの蟲惑魔」以外の自分フィールドの「蟲惑魔」モンスターは戦闘・効果で破壊されず、
相手の効果の対象にならない。
(3):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、
発動条件を満たしている「ホール」通常罠カードまたは
「落とし穴」通常罠カード1枚をデッキから墓地へ送って発動できる。
この効果は、その罠カード発動時の効果と同じになる。
この効果は相手ターンでも発動できる。
『アトラの蟲惑魔』とはまた違った形でその遊戯の規則を改変する存在。
彼女もまた、彼及びに彼女たちの仲間であり、頼りになる存在だ。
*
紫の髪をした少女。長い髪は2つの三つ編みになっており、そして髪飾りやそして周囲に赤い水晶が巡る。
『アトラの蟲惑魔』。『落とし穴』を自由自在に操る、世界の理に介入できる存在だ。
その本体として牙を振るうのは大きな、蜘蛛。魔獣を軽々と喰らう残忍冷酷な大蜘蛛である。
黒い髪をした少女。頭の横で結われた長髪と、それを装飾する白い花の髪飾りがアクセント。
『ティオの蟲惑魔』。常に眠そうに、あるいは怠そうに伏せられた眼であるが、他の『蟲惑魔』を舞台へ呼び込む重役でもある。
彼女が身を潜ませるのは植物。意欲に欠けるその表情どおり、彼女は獲物をじっと待つような、そんな食虫植物だ。
白い髪をした少女。短い髪は先の彼女と違い活発な印象を醸し出す。身に纏う赤もそれを手伝っているだろうか。
『トリオンの蟲惑魔』。『落とし穴』を創り出し、加え敵の罠を穿つこともできるという広い範囲で活躍できるの能力を持った少女。
本体は常に地中に潜む、蟻地獄。地中ゆえに『落とし穴』を携えるのは得意であり、また場の罠に奇襲できるのも頷けるだろう。
黄の髪の少女。他の『蟲惑魔』よりも幼く、朗らかに見える容姿であるが、それは逆に彼女の妖艶さを際立てるのだから恐ろしい。
『カズーラの蟲惑魔』。黒の『蟲惑魔』と同じく、仲間を呼び寄せることの出来る少女だ。『落とし穴』という彼女らの代名詞を通じて彼女らを繋ぐ、架け橋のような存在でもある。
黒と同じくこちらも食虫植物。壺のような大口を開け、獲物が誘い出されるのを待っている。
そんな彼女たちをまとめるのが桃色の彼女。控えめに柔らかく微笑むその様からは、彼女が魔獣を喰らう者たちの中心に位置するとは思うまい。
『フレシアの蟲惑魔』。森に誇る1輪の大華、言うなれば『蟲惑魔』の女王。『蟲惑魔』たちを護り、そして紫とは別の手段を以て『落とし穴』を操ることができる。
おそらく彼女自身は魔獣を狩ることはない。だが、彼女の与える加護は『蟲惑魔』たちに恩恵を与え、そして獲物を惹き寄せるのにも一役買うのだろう。
──そして。そんな彼女たちを好み、愛し、伴にする者がいる。
彼はその遊戯を思い通りに、場を自在に操って見せる。全てを自が欲のまま。取り除き、封じ、そして彼女たちを呼び寄せ。場を全て手中にしているような様から“支配者”と謳われ──
*
寝息を立てる彼に、彼女たちは身を寄せた。
信頼の証であり、従属の証であり、そして胸の内に秘める想いの証だ。
黒髪赤目、常にどこか邪道な雰囲気を放つ彼。
彼は『蟲惑魔』たちに好意的に接し、伴に戦場へ、その遊戯へと臨む。
単純に力で競う者たちに比べてしまえば、彼の──『蟲惑魔』による罠主体の戦法は煙たがれるものだろう。だがそれでも彼はそのスタイルを崩すことなく使い続けている。
彼女たちを使い続ける。
そこにどんな思惑があろうとも、どんな因果があったとも、彼女たちが彼に好意を抱かない理由にはならないだろう。
長きを伴にして、ゆえに。
彼を慕うように身を寄せる彼女たちは、擬似餌だ。
魔物の肉を喰らう、それこそ魔物である存在を本体としているのだ。少女の姿をした『彼女』たちに意志というものは、果たして。
これはそんな『嘘』の話。
落とし穴の底にそっと秘められた、彼と彼に想いを寄せた彼女たちの日々。
どこかまでが偽りで、どこからが虚偽で、どこが偽物なのかは置いておこう。『彼女』と形容できるそれが、彼と密接に関わることには違いない事象なのだから。
──これは神の宿る星の樹が繋いだ、『嘘』の物語なのだから。