distant day/dream   作:ナチュルの苗木

34 / 36
チェーン32  薄れゆく境界

 

「あ、見て。空が綺麗」

 

 夜空には星々が瞬いていた。

 少女は──少女達は感嘆の声を漏らし、満点の星空に魅入っていた。

 

 その姿を後ろから眺めていた。

 

 少女は振り返り、こちらを見る。

 

「ほらツカサ、ツカサもこっち来て一緒に見ようよ。せっかくエリアルがいるんだから! みんなで!」

 

 彼女は笑いながら言う。

 

 またみんなで見ようねと。

 

 

 

 ──そう、願っていた。

 

 

   *

 

「──私には、前世の記憶があるの」

 

「記憶……?」

 

 彼女の告白に、ツカサは目を見開いた。

 

「今あの街で起こっている『ターミナル化現象』。その元になってる機械の世界『端末世界(デュエルターミナル)』。あの世界で生きた記憶が、私にはあるの」

 

 語られたのは、彼女がツカサと同じくあの世界の記憶を持っているという衝撃の事実。

 

 このとき、ツカサには2つ選択肢があった。

 

『実は僕もなんだ』

 自らも全てを明かし再会を喜ぶか。

 

『信じられないな』

 あくまで自分のことは伏せておくか。

 

 ──しかし、ツカサが選択をすることはなかった。次に続けられたナギの言葉に、彼は思考を止める。

 

「信じるかはあなた次第。でもこれだけは伝えておきたい──あなたは、『ナチュル』は本来は表舞台に登場することはないの」

 

「……?」

 

「『端末世界』は実在する──いえ、()()()()()()()世界。私はそこで『リチュア・エリアル』として一生を過ごした。でも、その中で『ナチュル』は戦争に参加することはなかった。森を侵す者──『ワーム』の進行への迎撃はしても、辺境の森の閉じこもったまま、戦争の核には近寄ろうとしなかった」

 

 ナギの口から出た言葉の意味が理解できなかった。

 深い蒼の瞳はこちらを見つめていた。その蒼は深く、深く、見ているだけで飲み込まれてしまうような感覚を憶えた。

 

 そして彼女は、否定した。

 

「シンの『端末世界』と私の生きたあの世界には一つ違いがあるの。あの世界で『ナチュル』が大立ち回り演じることはなかったし、それに──

 

 ──『ナチュル』に少年なんて、存在しなかった」

 

 

 彼の存在を。

 

 

   *

 

 帰りのバスは、どこか重い空気に包まれていた。

 

 僅かであるが、気まずそうにするノドカに、そっぽを向いたままのナギ。

 そして思案を重ねるのみのツカサ。

 

 どこか重い空気というのも中途半端で気持ち悪い。

 

「あ、あの、皆さんどうしたんですか? 朝から元気がないと言いますか……ツ、ツカサさん、何かあったんですか?」

 

「……、ああ、ごめん、いや。何もないよ。ただ、考えることが増えただけ」

 

 訪ねるフレ子に、素っ気なく返す。

 

 窓の外の景色が過ぎていく。広大な自然が開け、田圃と舗装された道路へ、徐々に開発の手が入ったものへ変わりつつある。

 考えながら、なんとなく、眺めていた。

 

「もしかして……私のせいでしょうか……?」

 

 暗い面持ちで問うのはレン。

 

「いや、誰かのせいとかじゃなくってさ……」

 

 昨夜。ナギが語ったのは、彼女もまたあの世界の記憶を持つということ。

 

 思えば、彼女は出会ったときから『デュエルターミナル』について詳しかった。それもいやに鋭く、記憶のあるツカサが『現象』についての疑問を彼女に持ちかけるほど。ツカサはそれを洞察力だと判断したが、そもそも前提が違ったのだ。

 彼女があの世界の記憶を持つならば、納得できる。

 

 しかしそれはシンの『端末世界(デュエルターミナル)』と違え。同時にツカサの記憶とも違えた。

 

 彼女はツカサの存在を、否定した。 

 

(『ナチュル』に少年はいなかった。なら僕は──)

 

 ──僕は一体、何なんだ。

 

 ツカサの記憶と語られたナギの記憶には違いがあった。

 ツカサにはウィンダやエリアルと過ごした日々の記憶があり。彼女はツカサを知らないと言う。

 

 どころか、存在しないとまで。

 

 しかし一方で、

 

『ノドカと最初会ったときは驚いた。彼女、私があの世界で唯一の友達だった子──この世界で言うところの『ガスタの巫女 ウィンダ』とそっくりで。見た目だけじゃなく、性格とか雰囲気もそのままだった』

 

 ノドカ(ウィンダ)のことは記憶にあるようだった。

 

『ノドカも私と同じように、記憶があるのかと思ったけど、違った。ならせめて、私はあの子を守りたい。

 私はあの世界で過ちを犯した。身近に潜んでいた「敵」に気づけなかった。「現象」はあの世界を再現するというけれど、私は二度とあの過ちを繰り返したくない。あの世界の終末を私は知らないけど、ノドカが巻き込まれるなら、私が「現象」の道筋を、変える』

 

 奇しくもツカサ動機と目標が重なる。それ自体に差違はなく、しかし彼らの関係に差違があった。

 

『私の世界とシンの言う「端末世界」の違いは、「ナチュル」──つまりあなたの存在だけ。「現象」を変える上で一番邪魔で、だけど一番の鍵だと思ってる。だから、お願い。

 

 ──私に、力を貸して』

 

 ツカサの心境は複雑極まる。自身を否定された上で必要とされていた。そして最期に、ツカサが彼女に問いかけた答えもまた、彼の思案を難解なものにする。

 

『……潜んでいた「敵」って、何なんだ?』

 

『──「インヴェルズ」』

 

 あの世界が滅んだ一番のきっかけである『インヴェルズ』。やはりそれが、ツカサが考慮すべき鍵。

 彼女の口振り的にそれは『リチュア』に関与するもの。

 

(……ノエリアさん)

 

 心中に呟いた名前は、あの世界の恩人で、そして一番に謎を秘めた相手。

 

『インヴェルズ』と『リチュア』、裏で行われていたその関係を、暴かないことには確信には触れられないだろう。

 

 

 ──『インヴェルズの意志』。

 

『ワーム』リクの口から出たその単語を、当面は追っていくのだろう。

 

 

   *

 

 電車に乗り継ぎ、街についたころには日も落ち、辺りは朱色に染まっていた。

 

 やがてそれは茜色となり、次第に夜が来る。

 

「それじゃあみんな、お疲れさまでした。この3日間、楽しかったよ」

 

「……はい。皆さんとも仲良くなれましたし、よかったです」

 

「私なんかも誘っていただきありがとうございました……」

 

 各々が感想を言うものの、そこで途切れ沈黙が訪れる。

 

「え、えっと、それじゃあ、今日は解散かな……」

 

 困ったように笑うノドカは、今日はどこか悲しそうで──。

 

 しまった。思い出を、最後に壊してしまった。そう後悔を憶えたとき、視界の奥、路地の向こうに異物を捉える。

 

 何でもない街の風景に混ざる異様な存在──

 

「──精霊だ」

 

 口にした途端、ツカサは駆けだした。

 

「あ、ちょっと、待ってよ!」

 

 ノドカの制止も意に介さず、荷物を置いたまま、全力で駆けた。

 作用したのは使命感か、義務感か。もしくは、場の空気から逃げだそうとしたのかもしれない。

 

 路地の向こうに見えたのは、戦士の纏う甲冑。『X-セイバー』か、『ジェムナイト』か。候補はあるが、とにかく人目から外すのが優先だろう。

 

『現象』は決闘においてデュエルターミナルに関係するモンスターを実体化させる。時折、決闘以外にも実体化したモンスターが顕れることがあり、ツカサはそれをあの世界に生きた者の魂が実体化させられたものだと本能で解釈しており、またカードの精霊と同列のものとしている。

 実体化した精霊は街に()()()()()かのような素振りを見せ、その精霊のカードに還すことで姿を消す。

 

 それは『現象』の中でふと起こり始めたもので──この時のそれは、

 

 違っていた。

 

「……なんだ、これは」

 

 路地を抜けたツカサの目に映ったのは、街ではない異質な光景だった。

 

   *

 

 いや、街だ。ツカサがこの世界で生まれ育った街だ、プロの決闘者を目指し日々琢磨したその街だ。『現象』と対峙する街に他ならない。

 

 ただ──その光景が、()()()()に、()()()()()()

 

 真っ黒な建物に、そこを照らす夕日が茜を加える、不気味な光景。

 

 建物の配置は大差なく、遠目でならツカサたちの住む街と変わらないだろう。しかし、その一帯は、違う建物に()()()()()()()()

 

 何でもない店、何でもない民家、何でもないビルだったはずのそれが、古ぼけた黒い建物に変わっていた。

 ツカサはその光景と似たようなものを見たことがある。

 それはこの世界でなく、『端末世界』とされる向こうの世界での──『X-セイバー』が本拠地にしていた地区と同じそれだった。

 

 それは言葉通り『差し変わった』。ある地点から空間がゆがみ、建物の外観が変わっている。写真の一部を切り取り、別の写真を埋め込んだような、そんな異様な風景。

 あるいは、『混ざり合った』。街そのものの形を大きく違えていない以上、そうとも捉えられる。

 

 飛び込んで来た視覚情報に困惑するツカサ。その背後には、大剣を振りかぶった騎士がいた。

 

「──!?」

 

 寸前、ツカサは身を投げ振り下ろされる剣を躱す。

 

 ツカサの立っていた場所には人の身長ほどの剣が地面に亀裂をつくっていた。

 

「おいツカサ! 待てって──な、なんだこれ!?」

 

 追ってきたイオが叫んだ。

 その光景と、そしてその実体化したモンスターに。

 

「ジェムナイトマスター・ダイヤ! 俺のモンスターじゃんか!」

 

 その騎士は『ジェムナイト』の総統、宝石の戦士最強の、力の結晶。

 レベルは9の最上級。これまでの『現象』では実体化していなかった上級以上のモンスターだった。

 

「イオ! カードを!」

 

「あ、ああ!」

 

 イオはカードを取り出し翳す。

 

『ジェムナイトマスター・ダイヤ』

 

 カードに還せば精霊は消える。しかし──目の前の戦士は、カードに還らなかった。

 

「な、なんでだよ! ちゃんと俺はこいつのカードを……」

 

「イオ、危ない!!」

 

 困惑するイオに、戦士は剣を向けた。

 

 ──『ジェムナイト』使いである、主たるイオに向かって。

 

 イオが距離を置く。その顔には動揺が全面に出されていた。

 

 戦士が剣を振るう。イオの下には及ばず、剣閃が建物を抉った。

 

「まずい、ここで暴れられたら──」

 

 一般人にも被害が出てしまう。そう周囲を見回したツカサだが、そこで更なる異変に気がつく。

 

 ──人が、いない。

 

 異色に変わった街に人は居らず、ただ異様な風景がそこにあるだけだった。

 

「……! ナチュル・ビースト!」

 

 ツカサがデュエルディスクにカードを叩きつける。

 

『ナチュル・ビースト』

 

 緑の虎が権限し、戦士へと飛びかかった。

 ツカサが唯一『現象』でなく自発的に実体化できるモンスターだ。

 

 虎が戦士の注意を引く中、置かれた状況について考える。

 

 差し変わったような建物。実体化したモンスター、消えた人々──

 

 ──まるでそれは、街の一部があの世界と()()()ようだった。

 

 頭を走らせるツカサ、一方で虎は戦士相手に苦戦を強いられていた。こちらは星5攻撃力2200、あちらは星9攻撃力2900。デュエルモンスターズ換算であるが、分が悪いことは必死だった。

 実体化しゲームのルールに縛られない以上、機動力で補ってはいるものの、戦士も剣技と純粋な力で虎を寄せ付けない。

 

 そのとき、不意にツカサの端末の着信音が鳴り、戦士に隙が出来る。

 ここぞとばかりに虎が一打を加えた。

 

 着信は偶然か、感謝しつつ画面を見れば表示されたのはシンの番号。

 出るか迷いつつ、結局応答を押した。

 

『急に済まないね。ツカサ君、もう街には帰ってきているかい?』

 

「ええ。さっき帰ってきたところです」

 

『さっき、か。そんなところ悪いが、君に向かって欲しいところがあってね。駅の近くなんだが、「現象」絡みの異常事態が起こってるんだ』

 

「それって、街が異様な景色になってるとか、ですか」

 

 ツカサは周囲を見て言う。そこはちょうど駅から直行した場所であり、おそらくは『現象』によって起こった異常。

 

『……そのとおりだが──もしや君はもうその渦中にいたりするのかい?』

 

 ツカサは肯定する。

 

『いやはや、いいよツカサ君。君は持っているよ。たまたま起きた「現象」に居合わせるとは。さすが私の助手だ』

 

「助手じゃねえよ」

 

 誰があんたの助手になるか。内心毒付く。

 金を積まれても、この頭のおかしい研究員の助手にはならない。むしろ金を払ってでも辞退する次第だ。

 

 彼の助手らしき女性には失礼であるが。

 

「で。これ、なんです、どうなってるんですか?」

 

『ふん。今確認しているが、街の一帯、一部分だけが異様な光景に変わっている。人もいないみたいだ。目撃者も若干でていてね、情報統制が面倒だ

 おそらく「現象」、というかもう「現象」しかないだろう。現地は何か変わったことはあるかい?』

 

「……モンスターが1体、実体化しています。名前はジェムナイトマスター・ダイヤ。今までと違って、最上級です」

 

『マスター・ダイヤ。「ジェムナイト」の騎士団長だったかな。そうか、して、その街の風景は?』

 

「黒い建物が多いですかね……」

 

『X-セイバー』の名前は出さない。視覚情報についてはそこまでシンから語られていないから、伏せる。

 

『黒い建物、としか見えないか。ならばおそらく「X-セイバー」の基地でいいだろう。喜べツカサ君。ついに「現象」はモンスターでなく、場所さえもデュエルターミナルに変換を始めたぞ!』

 

「……っ」

 

 穏やかだった口調が急に狂気に渦巻く。

 

「あんた……『現象』を何だと……」

 

 問いつめようとして、口を紡ぐ。この研究者は自分の研修が一番であり、それ以外を鑑みない。

 以前からわかりきっていた。

 

「これ、どうやったら戻るんですか?」

 

『わからん。私が知るわけないだろう。知らないから研究しているんだ。知らないから追究したいんだ。……フィールド魔法でも翳せば収束するんじゃないのか? まあこのまま戻らないこともあるだろうか』

 

「……元々いた人はどうなってる?」

 

『暫定的には行方不明だろうね。まだ探していないだけで、実は別の場所にいるかもしれない。生物だけ違うところに転移でもしていれば生存しているはずだ』

 

 転移、急に飛び出す『現象』とあまり関係しない単語。つまり、戯れ言であり、人は消えたものとする方が強い。

 

 それこそ、フィールド魔法カードで元通りならまだ割り切れるが、『X-セイバー』にフィールド魔法など存在しない。

 あるいは『X-セイバー』使いであるケンを呼べば、何かが変わるかもしれないが。

 

 思考するツカサだが、その余裕は消える。戦士を相手取っていた虎が、かなり疲弊を見せていた。

 

 切ります、そう一言投げ、通話を終了。次に掛けるのをケンにするか、もしくはトリシューラ頼みでナギにするかで迷いを見せる。

 

「ツカサ、ナチュル・ビーストが……!」

 

 振り下ろされた大剣が虎を捉えた。生物的には、致命傷。その瞬間、虎が粒子と化しツカサのカードへ戻る。

 

(どうすればいい……?)

 

 昨夜から回ったままのツカサの頭もまた疲弊を見せていた。

 打開策がぽんと出ることなく、ただ、目の前の戦士を見つめていた。

 

 常人より大きな体躯と屈強な肉体。頑丈そうな鎧。7つの宝石のはまった大剣。圧迫感と──

 

 ──滲み出る、黒い瘴気。

 

「これは……!?」

 

 その瘴気は、『ワーム・ゼロ』の一件でリクから、そしてカードが宿していたものと似ていた。この街を徘徊していた『ワーム』の人型の持つそれとも動揺。

 

 ──『インヴェルズ』

 

 その存在が頭を過ぎったとき、目の前の戦士が動きを止めた。

 

 直後、凍気が吹き荒れる。

 

「──トリシューラ」

 

 動きを止めた戦士は氷つき、そこを三首の龍が穿ち粒子に変えた。舞い上がった粒子はイオのカードへと吸い込まれるようにして消えていった。

 

「ツカサ、これは何?」

 

 声の方にはナギが歩み寄るところだった。氷龍をカードに戻しながら彼女が問う。

 

「わからない。シン曰く『現象』」

 

「……。あの人は信用できないけど、まあ、そう。『現象』しかない」

 

 ナギも落ち着きなく周囲を見渡していた。

 マイペースを貫く彼女がケーキ以外で取り乱すのは珍しかった。それほどまでにこの事態は異常なのだ。

 

「どう思う? この景色。『X-セイバー』の基地みたいだけど……」

 

「多分そう。私は現地に行ったことがあるわけじゃないけど……ねえ、それどこ情報?」

 

「!? ……シンだよ。シン以外に何の情報がある。残念だけどあの狂った研究者が情報源だよ」

 

 一瞬言葉に詰まる。なんで情報元を確認するのか。ツカサには、その目が見透かしているように思えた。

 隠し事をしているツカサだからこそ、そう思うだけであるのだが、ナギの鋭さゆえと連想せざるを得なかった。

 

「──ま、待ってってば! はぁ、はぁ……ふぅ」

 

 遅れ、息を切らしてノドカが現れる。そして息を整えるなり、周囲を見て驚愕する。

 イオにナギ、ノドカへとシンと話した内容を説明する。

 

「そんな……じゃあここにいた人は……」

 

「最悪、戻ってこない。とりあえずケンを呼ぶ。それしか出来ることが──」

 

 ナギがこちらを見る。無言であるが、連絡よろしく、との意が込められていた。

 

「わかったよ……」

 

 携帯端末を取り出す。

 

「なあツカサ……どうして、マスター・ダイヤが俺を襲ったと思う?」

 

 ふとイオが聞く。常に元気だった彼の表情は沈んでおり、自分のモンスターに襲われたのはそれほどショックなようだった。

 

「──『インヴェルズ』」

 

 ツカサがその名を出すと、僅かにナギが反応した。

 

「さっきマスター・ダイヤに『ワーム』と同じ瘴気を見た。リクから感じたのと同じものを。もしかしたら、使い手を襲ったのもその『インヴェルズの意志』絡みなのかもしれない」

 

「『インヴェルズ』……」

 

 イオが繰り返す。そして顔を険しいものへと変えた。

 

「ねえツカサ、本当なの?」

 

「ああ。黒い瘴気。『ワーム』の人型と、『ワーム・ゼロ』、消えた『ワーム』のカード、そしてリク。それらと同じようなやつだった」

 

「……」

 

 彼女は無言のまま他方を向いてしまう。

 

 おそらくは自分と同じように、いくつもの思考を走らせているのだろう。

 

「あ、ごめんツカサ、ほらケンに連絡だろ? 邪魔しちまったな」

 

「……ああ」

 

 イオが思い出したようにいい、ツカサもまた端末の画面に目を戻す。

 

 ツカサはこのとき、ジェムナイトマスター・ダイヤを倒したのみでここを安全だと判断していた。

 その意に反し、怯えたようにノドカが指差す。

 

「ねぇ、あれ……」

 

 その先には──二本の剣を構えた、気性の荒そうな剣士が立っていた。彼からは躊躇なく人を切れるような、狂気めいたものが感じとれた。

 

『X-セイバー ソウザ』。『X-セイバー』の上級シンクロモンスターだった。

 ツカサはそれを考慮してもよかったかもしれない。街が姿を変えたのは、『X-セイバー』かつての本拠地。無事回収に至ったのは『ジェムナイト』であり安心するのは早い、と。

 

 危機感を抱く──その寸で、剣士のいた場所が白く染まった。

 

 氷結界の龍 トリシューラだった。龍の氷の力で剣士を粒子に還す。

 これで、2体目。伝説にもなっている三龍の力は本物だった。

 

「ナギ……」

 

 カードを翳すナギ。氷龍は役目を終えるとすぐに粒子に消える。

 

 その瞬間──

 

 ──建物から、黒が消えた。

 

 一帯に立ち並んでた建物の黒が掻き消え。本来の色が戻る。無機質で飾り気もなく、人もいない街が、店やビルといった本来の街に戻る。そこにいたであろう人も、何事もなかったかのようにそれぞれ動いていた。

 

「あ、おっと。す、すいませんっ」

 

 イオ至っては、目の前に急に人が現れぶつかりそうになる始末。

 

「『現象』が、解けた……?」

 

「なんだったんだ……?」

 

 ナギを見るが、彼女もやはり理解できていないようだった。

 

 

 不意に、着信。

 画面を点ければ『Sacchan』。

 

『ツカサさん!? 今どこです!? 急に走り出したし、みんなも行っちゃうし、心細いです。荷物番にされちゃうし、荷物多くて動かせなくて道行く人が「何してんだあの子」みたいに見てきて苦しいですよ!』

 

「さっちゃん、お前……」

 

『誰がさっちゃんですか!』

 

 ──お前が言ったんだろ。

 

 唐突に顕れた異常は唐突に消え、ひとまず日常に戻ったことを実感させられた。

 

 

   *

 

『突如現れたゴーストタウン』

 

 ネットでは小さな記事になっていた。

 証拠こそないものの、見たと証言する者が少なからず掲示板等に書き込みをしており、話題を呼んでいる。

 

「全く、ネットの普及は厄介だね。情報の統制なんてできやしない。まあ証拠もなければまだ都市伝説の域だが、『現象』が続けばわかんないな」

 

 この世界が『端末世界』と化すならもう関係ないのだがね、などとシンは恐ろしいことを言う。

 

 事実この街に起こる怪奇現象、として度々話題に上がる。『ワーム』の人型も、実体化した精霊も、『ワーム・ゼロ』だって人目に触れていないわけではない。『ワーム・ゼロ』に至っては避難令も出ており、セキュリティだって動いている。

 

 この街には何かがある。察しの良いものはすでに目を付けているに違いない。

 

 それでも、専門家が介入してこないのは、果たして『現象』ゆえのものなのか。

 

「ふむ、いい着眼点だ。私だって全てが推測にすぎないものだが、しかし私がこうして動いている事自体が『現象』の影響かもしれない。私だけじゃない、君も、君たちも、自覚がないだけで全て別の意志が関与していたら? 何者かが仕組んだものだったら? そう考えると心底たぎるね」

 

 この人もブレないな。

 

 ツカサは諦めたように彼を見る。

 

 頭の狂った研究員ことシン。探求心を拗らせた男。

 

「さあいよいよ面白くなってきた! モンスターに止まらず地形まで。我ながらにして『ターミナル化現象』は言い得て妙だ。それこそそう至るように仕組まれたのかもしれないぞ」

 

『現象』──『ターミナル化現象』。文字通り、ターミナルと化す現象。

 海馬コーポレーションが英知の結晶、仮想世界作成プログラム及び機械群に生み出された世界『端末世界』。その世界を、再現するという超常現象。

 

 その世界と、ツカサが生まれた育った記憶を持つ別の世界は同等の歴史を持っており──

 

 ──そして、ナギの持つ記憶とは異なった世界だ。

 

「さあ今度は私が質問に答える番だったな。君には長々と聞かせて貰った。さあ遠慮せずに聞くがいい」

 

「……じゃあ。興味本位なんですけど、『デュエルターミナル』──この機械というか、プロジェクトって今回が初めてなんですか? 以前同じような取り組みとかは……」

 

 その質問の意図は、ツカサの記憶とナギの記憶が異なることに起因した。2人がそれぞれ、生きた記憶があると主張する。そこでふと抱いたのが、デュエルターミナルも同じように、2回作られたのではないかという説だ。

 

「なんだ、変な質問だな。同じような取り組みの定義がよくわからないが、前々からこの取り組みはされてきている。今回は偶然上手くいってね……」

 

「偶然?」

 

「そうだ。前も話したはずだが、今回の生成から崩壊までは全て偶然上手くいったにすぎない。いや崩壊まで機械が判断してしまったのは失敗だが。

 そう偶然。だからこそ、新しく作り直すのではなく、私はあの抜け殻みたいな筐体に執着しているんだ。機械の中に世界を構築する試みは昔からやっているが、今回が最上の結果で、最初の結果だよ。そもそも始めはもっと根本的なプログラムだけで……」

 

 蛇足。シンの語りにツカサの気持ちは耳を塞いだ。こうなったシンは話すのを止めない。ツカサが彼を嫌う理由の一つで、話したくない理由だ。

 

「……そういった今までの結晶があれだ。どこから作り直せばいいのかすら不明というのが結論だ。この件で開発部は大いに株を下げたのだよ」

 

 つまり、2度世界が構築されたわけではない、ということだった。

 それだけを確認するために、ツカサは多大な時間を消費してしまった。

 

「まあ君も興味を持ったのなら嬉しい限りだ。どうだい? バイトで私の助手でも……」

 

 するわけがない。

 

 シンの後ろで資料の整理をしている、彼の助手らしき女性に目で訴えてみる。

 

 すると、なんと彼女が頷き返したかと思えば、シンに数枚の資料を渡した。

 

「……なんだ、今いいところで……わかった。

 すまないね、折角の機会だが、今日は切り上げさせて貰う。今度はやはり関係者全員で話したいね。君らは……()()()夏休みで各々の予定もあるんだろうが、都合をつけて集まってくれないか? A・O・Jの顔だけでもいい。日付を連絡して貰えれば私も都合をつけよう」

 

 途中どこか嫌みのようだったが気にしない。

 

 シンは機嫌悪そうに部屋から消えていった。

 

「あの、何をしたんです?」

 

「あの人、研究材料と称して色んなところに口出してるから、その分責任問題とあるのよ。あの人色々とおかしいから。……きみも、頑張ってね」

 

 同情する彼女もまた、うんざりとした表情を覗かせていた。

 

「……お察しいたします」

 

 謎の一体感を感じた時だった。

 

   *

 

 何かと理由をつけてナギはシンとの会合を拒み。小旅行を明けてからノドカともあまり会わず。レンはバイトの日々。

 イオが武者修行の旅に出ると日帰りで毎日旅に出ていて。

 

 ツカサもカードを磨くからと断りを入れ。

 

 集まったのは旧市街で祭りがあるときくらいで、以降は中々集まることができずにいた。

 

『おいツカサ、俺たちだけで集まるから、シンと話をさせろ。俺は情報が欲しい』

 

 そんな中、耐えかねたエースから連絡が来た。

 

 A・O・Jも、ツカサのファンを自称していたあの少女と、そしてA・O・Jを辞めた少年と集まらない者もいたはずだが、前者はツカサを餌に召喚し、後者はもうA・O・Jじゃないという理屈で条件をクリアした。させた。

 

 そして本日、夏休みも終わろうかというところで、ツカサを巻き込んでようやくA・O・Jとシンの初顔合わせが行われる。

 

 

 

 ──行われる、はずだった。

 

 

 街外れ、廃工場の区画へ向かう。こんなところに仮にも研究者職の成人を呼びつけるのも大したものだが、シンが了承したのだからいいのだろう。それほどシンも必死なのだ。

 

 シンに告げた約束より早く、A・O・Jの集会所を訪ねる。あちらはもう集まっているとのことだった。

 

 廃工場に足を踏み入れる。しばらく来ていなかったものだが、以前来たときと別段変わっていないようだった。

 

 廃工場、事務室。A・O・Jが集会に使う、メインの部屋の扉を開けて──

 

 

 

 ──ツカサの目に飛び込んできたのは、変わり果てた光景。

 

 部屋中の戦闘痕と、倒れたA・O・Jの面々だった。

 




 遅れましたが、フレシアの蟲惑魔スリーブ化おめでとうございます。
 祝杯。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。