distant day/dream 作:ナチュルの苗木
見上げた夜空には、星々が瞬いていた。
*
見渡すは山々の緑。開けた場所には川が流れ、川の周辺は砂利──中小の石が灰色の境界線を引いていた。
見上げれば青い空。それを遮る建物などは存在せず、広大な空がめいっぱいに広がっていた。この大地と大空とを隔たるものなどそこには存在しない。
「おお……すっげぇ」
イオは感嘆の声を上げた。
広がる大自然に、その中に佇むはペンション。夏の避暑地をそのまま絵にしたような景観は思わず声を上げてしまうのも納得だ。
──そしてそれが
先陣切ったイオだけでなく、後からそれを一望したノドカやツカサといった面々も、一様に反応を見せる。
「ツカサさん、あれ、見てくださいです!」
イオについでテンションが高いのはサイドテールの少女だった。犬の尻尾のように髪が揺れ、見ているだけで元気さが伝わってくる。
「山に、川ですよ! わたし水着持ってきちゃったんですよ! 本当今日楽しみで! ツカサさんと一つ屋根で! 水着も実は新しいので! あとあとっ!」
「ちょっと落ち着け」
少しおかしなテンションになり、支離滅裂な物言いになっていた彼女を宥めつつ。
それから彼女が指差すのはやはり、ペンションのごとき準洋風の造りの家屋。
「あれヒメさん家のものだそうですよ! あんなのほとんど雑誌に載ってるような宿泊用の施設と変わんないじゃないですか!」
自分たちよりいくつか歳下の年代の少女らしき反応に微笑ましく思っていれば、そこに話かけたのはノドカ。
「すごいよね、私もびっくりしちゃった!」
「あ、はい……」
次の瞬間、テンションを引っ込めるフレ子(仮)。
「そ、そうですねわたしもそう思います……」
「人見知りかよお前」
それほど短くも浅くもない付き合いでもないのだから、流石に失礼だろう。
ノドカは困ったような笑顔を浮かべ、どこか哀愁を漂わせていた。それもまあ、今日から3日間で距離を詰められればいいのだが。
ツカサたちが訪れたのは、以前計画していた『思い出づくり』の一環にして最大であろう小旅行のためだ。
ナギ伝手でヒメの実家、結海の所有する別荘に宿泊させてもらえることなっていた。
そう、このペンション然とした建物は結海の所有する建物なのだ。
「ヒメさんの家、大きいところとは聞いてたけどこんなのを所有しちゃうくらいすごいんだね」
「ああ……というか洋風なんだな。結海邸が和風だから別荘も和風と思い込んでたんだけど」
「別に、ヒメ姉の家が一から造らせたわけじゃないから。元々あったのを買い取って、時々別荘として使ってる。……ちなみに、それ以外は一般に貸し出してる。今の私たちみたいに」
一から造っていないにしても、買い取る時点で恐るべき結海家である。
旧家名家の一種とは聞いていたが、財力やらは一般学生の域であるツカサたちの想像できる範囲ではない。
「まずは荷物置いて、そしたらどうしよっか。山だよ。川だよ。夏だよ? あの子じゃないけど、私も水着持って来ちゃったし……。私みんなとやりたいことがたくさんあるんだ」
「ああ、夏だしな。せっかくだしやりたいことやっていこう」
夏の思い出をつくろうと切りだしたのは彼女だ。ノドカもまたこの日を楽しみにしていたらしい。
「さあツカサ、決闘だ決闘! 建物はない、人もいない、そしてこれだけ広いんだ、『現象』なんて関係ねぇよ!」
「着いて早速決闘て、なんでイオはそんな元気なんだよ」
ここまで電車とバスに揺られること数時間。ツカサとしては今すぐ横になりたいくらいであるが、イオからは移動の疲労を感じられない。
こればかりは普段の生活スタイルといった根本的な問題か。
「おいおいツカサ、俺たちが何のためにここまで来たと思ってる? 決闘だよ決闘! 決闘合宿のために来たんだろ!?」
「ちげーよ。それはイオだけだ、僕は普通にみんなと思い出作りに……」
「じゃあまず一戦だ! 俺たちの決闘の思い出の開幕を飾ろうぜ! 俺の闘りたいことは熱い決闘だ!」
旅行の高揚感に当てられてか、イオは普段よりもいっそう生気に満ちあふれているようだった。
そして腕に構えたのは新品のデュエルディスク。壊れたデュエルディスクの代わりに、先日シンから貰ったものだ。海馬コーポレーション製の最新モデルと言ったか、それを手にしたのもテンションが高い理由だろう。
ツカサはそれに呆れながらため息を吐きつつも、口元が緩んでいるのは彼もまた、少なからず浮かれていることを現していた。
ツカサにノドカ、イオ、そしてフレ子(暫定)と一様に。
「まあ、いいよ。ここなら確かに『現象』で被害も出なそうだし、一戦交わそうか」
ツカサは隠しきれずにいた高揚感を全面に出し、口角を上げた。
「ツカサも思ったより子供……」
「……悪かったな」
半眼で揶揄うに呟いたナギに、ツカサは苦笑いで返す。
「もっと大人かと思ってた。たまにあなた、私たちよりずっと年上みたく見えるときがある。変に落ち着いてたり、先のことやけに見通してたり」
「それは……」
思いがけない言葉に僅かに詰まる。
何の因果か知らないが、ツカサは
その分先を見通せてはいるのだろうが、果たして精神年齢的にはどうだろう。あちらでの生とこちらでの十数年は加算されるべきなのだろうか。確かにその分は生きる経験をしているわけで、物事の考え方も──
「──いや、そんなことはないよ。僕だってまだ16歳だぜ? 年相応、小さいことで怒ったり悲しんだり苦しんだりで多感だよ」
「そう」
まあ実際、自身が大人びた感じはしない。そもそもに自分が大人だと実感することなどまずありはしないのだが。
「どっちかっていうとナギの方が年上に見えるときがあるよ。いっつもマイペースでさ、よくもまあずっと『お前』でいられると感心するよ」
「皮肉?」
「いや、褒めてる」
「……そう」
小さく返すなりそっぽを向いてしまう。
常にマイペースと言えど、ナギもどこか活き活きとしていた節がある。やはりこの状況は皆浮かれるものらしい。
街を離れた山にて、学生のみ
ただ一人──高揚とは別の意味で落ち着きない者もいた。
落ち着きなく、それでいて気まずそうで、一人見えない壁を作り出していた。
「あ、あの……わたしまで来ちゃって、よかったん、ですか……?」
小さく、控えめに、遠慮がちにそう問うのは赤い髪の少女、レンだった。
「? ああ、いいんだよ」
「ひっ」
ツカサが答えると、レンは身体を微かに震わせた。
答えが返されることも、その答えも、ツカサが答えるということもまるで予定外、そんな反応だ。
……あるいは、ツカサの姿、言葉に恐怖してのものか。
「あ、いや、その」
「別に怖がらなくても……取って食うわけでもないし。まあ、僕らがいないときにあんたに勝手に暴走されても困るから。そういう意味でもいてくれた方が……」
「ツカサくん! そんな言い方しなくたって。レンさんだって『現象』の影響なんだし……」
ツカサのぞんざいな言い方に、ノドカが彼女を庇う。
「採って喰う……捕って喰う……」
もはや虚ろな目になっていたレン。
「……わかってるよ。まあ、僕らがいるんだ。あんたがいつ暴走しようと止めてやれるから、安心していいよ」
「あ……」
今度はツカサがそっぽを向き会話をキャンセル。
よっしゃあ決闘だ! というイオの声に応じるようにデッキケースを取り出した。
*
ペンション(ペンションでない)の中は外観と違わず準洋風のものだった。人数分より少し多い程度の個室に、ダイニング、キッチン、その他とほとんど宿泊施設のそれと大差ない。
そんなところに知り合いだからと無料で使わせてもらえるというのだから、有り難いことこの上なく、しばらくは結海への感謝を忘れてはいけないだろう。
閑話休題。
イオとの決闘の連戦に一区切りついた頃には日が傾き始めていた。
ここについたのが昼過ぎというのもあるが、普段『現象』のせいで自重していた分を発散していたというのも大きいだろう。
「たっはー。いやー、負けた負けた。つーかなんだよ『ナチュル』って、あんな見た目してやってること酷すぎるだろ。なんでマスターダイヤ相手に自爆特攻して俺のライフがなくなるんだよ」
「うちの蚊は恐ろしく卑劣だからな。正直プロでもあれでいけると思ってる」
「いやー。いやぁ……あんなの毎戦やってたらクレームくるんじゃ」
「……一応戦術なのになぁ」
『ナチュル』の
勝ち数4のうち半分の2は蚊の自爆特攻効果である。
ロックにバーン、ファンシーな見た目とは程遠く、えげつない効果だ。
そして──その日の夜。決闘馬鹿である親友の口から、信じられない台詞を聞くこととなることを、ツカサはまだ知らない。
*
今回の小旅行、寝床のみ無料で借りているだけであり、それ以外はもちろん自身らでやることとなる。
その中で食事というのは一番の楽しみであり、一番の難所だ。
『得意な料理は?』
『
そんなツカサとイオ男連中がキッチンに立てるわけもなく。
道中食材を運んだだけでお役御免、あとは雑用を引き受けるのみだ。
女子の人数が少なければ力にもなれたはずだが、女子が4人もいれば男子など無用。
「夕飯何つくるって言ってたっけ?」
「カレーだって」
「お、定番。やっぱ合宿となるとカレーだよな。……俺も何か力になれればよかったんだけどな」
「モウヤンのカレーでも発動するのが限界だしな」
「いやいや、俺は中華もできるんだぜ」
「神秘の中華なべか。なら僕だって非常食くらい出してやらぁ」
「ははは、それなにも料理してねーじゃん」
「あはは……『現象』も実体化してくれないしなぁ」
『現象』が実体化するのはあくまで『デュエルターミナル』に関係するカードからその周辺である。もっと言えばモンスターの実体化が主であり、魔法罠も実体化せども決闘が終わればモンスターによる戦闘痕しか残らない。
フィールドに関与する魔法罠──ナチュルの神星樹や落とし穴といったカードは初めから何もなかったかのように消えてしまう。
仮に非常食のようなカードが実体化したとて実際に食すわけでもなく、あくまでソリッドビジョンの延長、効果を発揮したところで消え失せる。
決闘以外で実体化できるのもモンスターの一部だ。
「よし、決闘しようぜ!」
「いやなんでだよ。さっきしたじゃん」
「いやだってこの時間手持ち無沙汰だろ? なら気を紛らわすために決闘を……」
依然元気なイオだが、ツカサの方は大概消耗していた。長時間の移動と連戦は披露に値する。
「疲れたからパス。悪いけど無理だ」
「えー。うん、じゃあ止めとくか。まあ久々に思いっきりツカサと決闘できただけでも良しと──」
「──じゃあ俺様が相手になってやろうか?」
「「!?」」
声の方へ、一斉に振り向く。
そこには闇に栄える、燃える炎ような髪をした少女が立っていた。
その腕には、デュエルディスク。
「誰だデュエルディスク渡したの!? ちっ、仕方ない僕が相手に──」
「いや今回こそ俺が──」
しかし。デュエルディスクを構えて応じようとする二人に対し、彼女がデュエルディスクを機動させることはなかった。
「おっと、待て待て。血気盛んなとこ悪りぃが、俺様も常に戦おうってわけじゃないんだわ。……って、うおっ、こっち見んなツカサ。てめーの顔見る度にあの巨大蜘蛛がちらついてしょうがねーんだわ」
レンは敵意がないとばかりに、手を肩の位置でゆっくり振った。その顔はどこか引き吊っていた。
というか、髪の色に反して青ざめかけていた。
「戦う意志はない……と?」
「ああ。あの時は俺様としてもわりかし正気じゃなくってなぁ、悪かったと思ってるよ。てめーがただ女を侍らせてる訳じゃねーのも散々聞かされたし──まあ女ったらしの評価はあんま変わってねーけどよ」
正気じゃなかった、そう言う彼女からは先日のような覇気は感じられず、異様な圧迫感もなかった。
今の彼女が正気かどうかはさておき、本当に戦意はないようだった。
「じゃあ何をする気なんだ」
「だから──はぁ。謝りに来たんだよ。悪かったと思ったから、頭を下げようと思ったんだよ。
ツカサに……イオ、悪かった。危険な目に合わせたことも、デュエルディスク壊したのも、謝ってすむかは知らねーが、その……すまん」
ツカサとイオは顔を見合わせた。
「俺は気にしてねーぜ。それより、思ってたより話せそうじゃんか。これなら普通に決闘もできるだろ。今度リベンジさせてくれよ」
「……」
実害を受けていたイオであるが、彼女を責めることはなかった、決闘第一の友人は、決闘のことしか頭にないらしい。
かくいうツカサも、
「──別に僕はもう、責めるつもりはないよ。『現象』なら、仕方ない。
でも。あんたがノドカやナギを傷つけるなら容赦はしない。いつだって僕はあんたの敵になる。あんたが僕の敵になるのなら」
「ハハ……厳しいな。
──一つ聞いて欲しいんだが、その『現象』についてだ。いや、聞かせて欲しいんだがよ、俺がイオ──『ジェムナイト』に喧嘩ふっかけたのはわかった。だがツカサ、てめーにふっかけたのはなんでだ? 俺様とてめーに『現象』は関係ねーだろーが」
「そんなの僕が知りたい。まあそれほどまでに、僕があんたを不快にさせてたってことだろうな」
レン、普段は温厚な彼女だが、デュエルディスク装着時には人格のようなものが代わり、今のような荒々しい性格になる。ようは極端なまでに正直に強気になるらしい。
つまり、ツカサに対する怒りや侮蔑に正直に動いたわけで──
「──いや、そうじゃねーんだわ。どうも腑に落ちねー。てめーに腹が立ってたのは確かだ。同世代2人に小学生1人、合計3人を股にかけやがって。後者なんて一歩間違えりゃ犯罪だろ」
「多分その小学生って中学生だぞ」
「んなんどっちだっていい。で、俺様はてめーに憤ってたわけだが、だがそんな、それだけで殺しにかかるほど理性は飛んじゃいなかったはずなんだ。それなのに、あのときだけ
「……?」
「あーだから、イオのときはそうしなきゃいけない使命感みたいなのもあったんだ。どっちかってと快楽主義みたいな、その戦闘狂みたいな? でもてめーのときは殺意だけ沸き上がったんだよ。てめーのときは間違いなく理性がぶっ飛んでたってわけ」
「……」
あまり要領は得ない。彼女自身、曖昧な感覚でしかないのだろうが、だがしかし、そこに差違があると語っていた。
『現象』がどう作用するかなどわからない以上、断定や断言などできっこないのだが、しかし少しだけ言わんとしてることは伝わった気がした。
彼女のいわゆるところの暴走に、段階のようなものがあると感じるのみで、ツカサは思考を打ち切られる。
「まーそれくらいだな。あと本当すいません、こっち見ないでください。純粋に怖いんです。俺様は一旦引っ込むけどよ、頼むから大人しい俺様には手を出さねーでくれ」
「いや出さないよ」
「どうだか。昼間だって落としにかかってたじゃねーか……。
とにかくだ、もうてめーの落とし穴にかかったやつはしょーがねーが、これ以上被害者を出さないでくれ。大人しい俺様は弱いんだ。本当に捕って喰われちまう」
俺様もデュエルディスクを着けないようにするからてめーも気をつけろと。言いたいことを言い終えたらしいレンはそのまま去っていった。
わからないことだらけだが、考慮すべきことが無駄に増えたのは確かだった。
そして──夕飯を終えたツカサへ親友ことイオは告げる──
*
「──風呂を覗こう」
その言葉を紡いだのは、他でもないイオであった。
夜。女子が先に風呂に入っている最中のことだ。
「は?」
一瞬、友の言葉に耳を疑った。
「風呂除こうって──除外か? 駄目だぞ、風呂くらい入れ」
「いやそうじゃなくて、覗こう。ピーピング。検閲。未熟な密偵。封神鏡。Ωメガネ。不吉な占い。正々堂々」
「……」
ツカサは言葉を失う。
ピーピング効果のカードの代表を暗唱する様は見上げたものだが、しかしこれからしようという行為は見下げ果てたものだった。
どの辺が正々堂々だというのか。
「……意外、だな。イオがそんなこと言い出すなんて。女の子とか、そういうの興味はない奴だとばかり思ってたんだけど」
意外だ。意外だ。決闘しか頭にない決闘脳の決闘馬鹿かと思っていた友人が、まさかそんな思考があるだなんて。
「いやいやツカサ、そんなわけないだろ。俺だって普通の人間だ──
──別に女の裸になんて興味はない。ただツカサと覗きたいんだ」
「は?」
再度言葉を失った。
「漫画やアニメではこういうとき、覗きに走るもんだろ? なんかこれぞ青春、みたいなところあるじゃん? あれってさ、同じ目標に対して共に向かうことで友情を深めるとか、そういう意味合いがあるはずなんだよ。
俺だって決闘だけに生きるわけじゃない。男と男の熱い友情だって必要──つーかただ燃えると思うんだよ。だから俺の
異性の裸に興味がないと断言してしまうあたり男としてどうなんだ──とは口には出さない。
ツカサはもうイオにかける言葉が見つからなかった。手札、ゼロ。ピーピングどころか切る手札がない。彼を相手取るデッキが存在していないのだった。
「──話は聞かせてもらいましたよ」
不意に背後から声がかかる。
「ツカサさん、正直あなたにそんなことして欲しくなかったんすけど、でもそれがツカサさんの望みならわたしも手伝います。いえ、手伝わさせてください」
フレ子だった。別名さっちゃん。
本名すら知らない謎の少女だ。
「わたしもツカサさんとの友情その他を深めさせてください!」
謎すぎる少女だ。
「いや、お前なんでここにいるんだよ、女子はみんなで一緒に入るんじゃなかったのかよ」
「ですがですが、気まずいんですよ。わたし一人あんまりにアウェー過ぎて、どうしよもなくて」
「僕よりも僕以外のやつと友情を深めて欲しいんだけど……」
「だってですよ? みなさん高校生ですよね。わたしだけ中学生ですし、それにみなさんあんな大きいんですよ!? 心が痛くて仕方ありません。ナギさんですらそれなりにありますし……比べたらわたしなんてぺったーんのすっとーんのつんつるてーんの……」
ナギにも失礼だった。
気まずさならレンもそうだろうに。
(なにやってんだこいつは……)
ツカサは内心頭を抱えた。
「いいぜ。本当なら男2人の戦場だが、理由があるなら断る理由もない。
さあ、ツカサ。決めてくれ俺たちはこの覗き(デュエル)に挑むのか!」
(なにやってんだこいつは……)
そして──
「浴場は露天風呂になってまして、外からどうにかすれば覗けます。問題はその手段なんですが……」
「内通者。スパイがいるってのもなんか熱い展開だよな……!」
ツカサたちは建物の外にいた。
(なにやってんだ僕は……)
「イオ」
「なんだツカサ」
「今から決闘しよう。2本先取のマッチ戦。特殊ルールでライフは8000。向こうでじっくり、語り合おうか」
「おう! いいぜ!」
「あっ、ちょっと、わたしとツカサさんの友情は……」
「友情を深めるのは決闘が一番だ! ツカサが決闘を渋るから、無理矢理させるのも違うと思ったから違う方法をやろうと思ってけど、決闘ができるならそれに越したことはない!」
先ほどの熱弁は無に帰し、彼らはあっさりとその場を離れていく。
「じゃあわたしも……」
少女が彼らのあとを追おうとしたところへ、
「あれ、外に誰かいるの?」
「ん、いる。何、覗き?」
ノドカとナギが、隠密行動中であった彼女をあっさりと発見した。
「あ、えと……わたしです」
たじろぐ彼女へ向けられたのは、ノドカの笑顔と「一緒に入ろうよ」の誘い。
葛藤の末、少女の意向を変えたのはツカサの『僕以外と友情を深めて』の発言。
一緒に入り、この時を境になんだかんだあってなんやかんやで友情を深めることとなるのだが、ツカサに知る由もない。
*
男と男の決闘は深夜まで続き、軽い風呂の後に爆睡。2日目を迎える。
「だぁからー、ここは破壊よりも手札補充を取るべきなの! てめーは目の前しか見れてねー。レベル4モンスターなんか適当にあしらって後から破壊すりゃいーんだよ。つーか破壊する魔法がもったいねー」
「あれはつい……でもラヴァルのマグマ砲兵って手札1枚につき500ダメージだから、今のレンさんの手札じゃ次のターンにまたダメージが……」
「俺様の手札に不要なモンスターがいればな。俺様のデッキだってドローソースあんまねーからそう簡単には発動しねーの、冷静なら。ノドカは目の前を真剣に見れっけど、もうちょっとナギみたいに他のところ見た方がいいぜ」
「そう、だね。ナギちゃん──あれ、なに見てるの」
「秋の新作チェック。そろそろ見通さないと遅れる」
「お、さっすがお得意様。うちもやるからよろしくな。ちなみに限定は栗。秋だからどこもそうだろうけど、うちも力入れるみたいだから」
「ん」
「もう、私の特訓じゃなかったの……」
起床したツカサが見たのは、『思い出作り小旅行』が『決闘合宿』になっている光景だった。
「あ、おはようツカサくん」
「おはよう……なにしてんの」
ダイニングルームでは机上決闘が行われていた。
ノドカがカードとにらめっこをし、ナギが携帯端末とにらめっこをし、レンが二人にアドバイスをかけていた。
レンはデュエルディスク着用で例の俺様モード。デュエルディスク着けたくせにカードを机に置いて決闘というシュールな構図だ。
「おはよ。昨日、ずっと決闘してた?」
「ああ。ライフ8000は僕が間違ってた」
「ずいぶんねぼすけさんじゃねえか……あ、いや、すんません。その目を向けないでください」
畏縮。
「なんであんた平然とデュエルディスクしてんだよ」
昨夜の発言はなんだったのか。
「まあ、そうなんだけどよ……」
「ごめんねツカサくん、私がお願いしたんだ。レンさんとナギちゃんの2人に指導して貰えば少しは上達すると思ったんだけど、レンさんデュエルディスクしないと決闘に集中できないっていうから……」
そして席を立ち、ツカサへ耳打ちするように、
「……ごめんね。私たちのこと心配してくれてやってるのに。
でもレンさんいい人だよ。デュエルディスクしてても変わるのは口調だけで、面倒見がいいところとかは変わらないし。教えて貰ってる私が保証するよ!」
「……ノドカがそういうなら、いいさ。万一、何かあったら──」
「──うん。ツカサくんを頼るから。お願い、ね」
内心、溜め息。『ワーム・ゼロ』の一件からまた危機意識が空回りしてきているようだった。
昨晩のレンの語りもそうだが、やはりまた考え直さなければ。
「あ……ふぁ、おはようございますツカサさん」
「ああ。おはよう」
会釈するのは今起きてきたと思しきフレ子。
「おはようさっちゃん。眠そうだね」
「ノドカさん。おはようございます。昨日寝付くの遅くなっちゃって」
「……!?」
そのやり取りにツカサは一種の戦慄を憶える。
「早く寝ないと身体に悪い」
「お、おっす師匠。気をつけます……!」
ナギに対しては『師匠』と返した。一体──
(昨夜、一体なにが──?)
「なんだフレ公、てめーも混ざれや。決闘苦手なら見とくだけでもしとけ!」
「レンさん……朝からデュエルディスクしてるんすね。了解っす」
(何なんだこれは……)
知らぬところで女子の親睦が異様に深まっていた。
一方でツカサと言えばイオとのやけくそ決闘マッチ決闘3連戦、計8回の決闘をライフ8000でやって、なんと負け越しの結果であったというのに。
昨夜は何故か手札に蟲惑魔がこない謎のストライキが発生し、苦しい展開が続き精神ともに大きく磨耗していたのだ。
睡魔にやられる中、カードイラストはどこか怒っているように見え、自分のモンスター敵に回ったように感じたものだ。仕舞いにはモンスターがいじけているというか、拗ねたように見え、己が疲労を実感するに至った。
寝れば蟲惑魔に襲われる夢を見るなり散々だったのだが、それは余談。
「今日はずっと決闘合宿か?」
「決闘合宿って……。ううん、ツカサくんも起きてきたしそろそろ外で遊ぼうかなって。みんなもそれでいいんだよね?」
その何気ない問いに、僅かに場の空気が張りつめるのだが、ツカサに知る由など──。
*
「朝一番、決闘だ。ツカサ、山で俺がやりたいってこと、覚えてるか!?」
「山にカードをばらまいて決闘する、アクション的なやつだろ。言っとくけど、やらないよ。
アクション的なやつ──もとい、アクション決闘なんてろくなことにならないと思うんだ。カードを拾うなんてやってたらどうしても運動能力に依存することになるし、もういっそプレイヤー自ら相手を妨害すればドローを封じられるわけだ。
拾う専用のカードを作ったとしても、拾ったカードをコストにしてバーンダメージを与えるコンボで粘られたらたまらない。
それに極端な話、モンスターが実体化する僕らならプレイヤーを直接狙えばもう決闘なんて成立しないからね。とりあえず僕はやりたくないな。やらない方がいいと思う」
「そこまで否定されるとは思ってなかった」
なんていつもの馬鹿な会話を小旅行中にやってしまうあたり特別感もなく時間は過ぎていく。
いや、時間を過ぎさせていた。
というのも、川で遊ぼうという話になって、ノドカたちにはしばらく待つように言われたからである。
「……不思議な話だよな。今、この時間何にもないじゃん?」
「どうしたよ」
「雑談。俺、ツカサと会ってから毎日毎日、『ターミナル化現象』とかいうおかしなもんに取り巻かれるようになってさ、普通だった日が急に普通じゃない、おかしい毎日にかわってんの。いやいや、すっげー楽しいんだぜ。漫画やアニメ、伝承でしかこんなことないと思ってたからさ。
でさ、今は何もないじゃん。おかしい日が作った人間関係で、普通の日を送ってる。これって普通なんかな?」
「いやごめん、話が見えない。尺稼ぎ?」
「わり。俺も何が言いたかったのかわかんねーや。肝心な場面になる度に台詞が減るからその反動かもしれないな。
たださ、俺、この『現象』に巻き込まれてよかったなぁって。『ジェムナイト』を使っててよかったって
ツカサっていうライバルに会えて、こんな毎日を送れて。すっげえ楽しい」
「……こういう台詞はもっと山場に持ってこようぜ」
「いやいや、山場になると俺の台詞ねーじゃん!」
「──何変な会話してるの」
「ああ、ノドカ、遅かったな──」
そこにはいつものごとく困ったように笑うノドカがいて、いつもとは違う露出の多い格好をしていた。
「えっと、ね、水着。どうかなって……」
「あ! もーノドカさん! 抜け駆けはずるいっすよ!」
ノドカの後ろから抱きつくようにするフレ子。後にはナギとレンが立っていた。
※水着の描写を700文字くらい書いたのですが、文字数の都合と作者の不快によりカットしました。主人公に全員が恥じらいあがら水着を披露シーンも書いていましたがハーレム感が不快だったので、カットしました。
挿絵のみお楽しみください。
*
川でビーチボール(ビーチでない)で遊んだ後、昼食は昨夜のカレー。
夜はバーベキューをするということだった。加え他にも予定があるらしい。
気づけば日が若干傾き始めており、2泊3日のこの小旅行もあっという間であることを実感する。
ほとんど決闘しかしていないが、まあ、そんなものだろう。彼らの青春は決闘を中心に回り、決闘に過ごすのだから。
──世界は決闘で、廻るのだから。
川から少し距離を置いた木陰では、遊び疲れたというフレ子がツカサの足を枕にして寝ていた。活発な印象の彼女が疲れるくらいなのだから、それなりの運動をしているということなのだろう。昨日の移動だってツカサには疲労だ。ツカサより3つも年下の彼女こそ、疲れを口にして当然だ。
ツカサもツカサで動きたくないので、彼女の睡眠を理由に木陰で微睡んでいた。
「ねえ、ツカサ」
見上げれば、少し上にナギの顔。
「何? レンが暴走した?」
「ううん。……流石に川でデュエルディスクは着けない」
「そりゃそうか。……いやでも、最近のデュエルディスクってやけに多機能でさ、パラシュートが内蔵されてるのもあるらしいから、水害時用に浮き輪が内蔵されてるのもあるかもしれないよ」
「へぇ」
興味なさそうにナギは相槌を打った。
「ごめん、で、何だった?」
「もう話さない」
「悪かったよ」
「話す」
「いいのかよ」
ちょっろ。
「今ちょろい都合のいい甘々アマだと思ったでしょ」
「思ってないよ」
鋭いのか、適当なだけなのか。
しかしどうしてここまで捻くれてるのか。蒼い髪に蒼い瞳はツカサの知っているものだが、やる気のない眼差しは違う。
「ツカサ、楽しい?」
「……?」
またしても、ナギは謎の問いかけをする。唐突に、気まぐれに、彼女はその場の気分で問いかける。
「ああ。楽しいよ。すごく」
見上げる。木漏れ日にやや目を瞑りながら、その先の空を見上げる。
あの世界の空と、大して変わらない青い空だ。
あの世界。この世界では『デュエルターミナル』と、『端末世界』などと呼ばれる
ツカサはその世界に生きた少年の記憶を持ち、そしてそこで彼女らと同じ容姿の少女を見たことがあった。寝食を供にした日々もあった。
そしてそれは、もうどこにもないもの──のはずだった。
言うなれば、前世。
あの世界が滅んだその時を、彼は知っている。
──しかし、ならば今体感しているのはなんだろう。
今過ごしているこの世界に、2人の少女がいる。
あの世界の──ウィンダとエリアルと瓜二つの少女たちと。
一度壊れてしまった日常が、近い形でここにあって。
──それが楽しくないはずが、なかった。
「楽しいよ。けれど同時に恐い。こんな毎日が
「……」
「今日は──いや、この3日間、ありがとね。ヒメさんに頼んでくれて。おかげでいい思い出が出来たし、また決意ができた。再確認、できた」
「そう」
やはり彼女は、興味がなさそうに。
「ねえツカサ。……話があるの」
「なんだよ」
そして──
「今日、バーベキューが終わって、それから色々……終わったら、寝る前。1人で私の部屋に来て。伝えたいことがあるから」
──そんな日常にも、終わりは差し迫る。
*
山の緑も空の青も、夕日の赤に染められて。大自然は景色を変える。
それは強く印象付く光景で、この3日の夏の思い出を彩るものとなるのだが、しかし思春期の少年にとっては最たるものではなく。
「俺は牛! 牛の肉を召喚! ツカサの豚肉に攻撃だ!!」
「残念、僕はタマネギを召喚。同時にピーマン、アスパラガス、茄子、ネギを召喚。豚肉2体にこいつらをチューニング」
「何ィ!? 豚肉の脂っぽさを野菜で相殺、しかも5体のチューナー、クィンティブルチューニングだと!?」
「野菜、肉、野菜、野菜、肉、野菜、野菜。今一串に載りて新たな支配者とならん。
シンクロ召喚、BBQ焼串王ムネヤケ・ボウシ」
「こいつはやばい、じゃあ俺は4種類の肉を融合して……。ふぅ、この辺で止めておくか」
「ああ。食べ物で遊ぶのはよくない。さっきからノドカの目線が痛い」
「え!? あ、いや……別にそういうわけえ見てたんじゃ……うん、まあでも食べ物で遊ぶのはよくないよ」
「いただきます」
「いただきます」
そんな光景を見つめていたノドカは心ここにあらずといっても差し支えない程度には上の空で、食事よりも別のことが頭を覆い隠していた。
「ノドカ?」
心配そうに顔を覗いたのはナギ。
「あ、うん。大丈夫。ちょっとぼおっとしてて……」
「疲れた? 料理関係はみんなノドカが中心だったし、それに決闘の特訓も……」
「ううん。大丈夫。私だけじゃないし、ナギちゃんもレンさんも一緒だし」
「……無理は、駄目」
「うん」
大丈夫と答えても、こちらを案ずるのはナギがこちらのことを心配しているからだ。
こちらは別のことで頭がいっぱいなのに、むこうはこちらを気遣っていた。
食欲に従う思春期の少年より、少女の方が悩みは多い。それが些細なことでも本人には重大で、重大なことばかりが思考を浸蝕していく。
『──今日、バーベキューが終わって、それから色々……終わったら、寝る前。1人で私の部屋に来て。伝えたいことがあるから』
数時間前、親友がノドカの想い人へ告げた言葉だ。
そこに秘められた意味とは、当然。
前もこんなだった。初めて彼女──ナギと出会ったときも、始めは不安と嫉妬だったか。
想うのみで大して何も踏み出せていない事実が、苦しさを増長させた。
もしこれから思い浮かべたことが起こって、それに彼が応じて、その結果が自分の望まないものだったら──。しかし、その望むものに至るには親友を対峙せねばならず。
一人に一人。
それが世界の理だ。そういうルールがあって。
その一人になろうともしないまま、果てになれないことが突きつけられたら。
どう思うだろうか。
想像するだけで、辛く悲しいものだ。後悔しても遅いのが、後悔。先に立たないから後悔。
後で悔やんでも悔やみきれないそれが後悔。
「──どうした、ノドカ?」
その声の主はツカサ。
彼女が葛藤を重ねる当の本人。
「疲れた?」
「……かも」
「……」
「ねえ、寄りかかってもいい? 今日さっちゃんにしてたみたいに──とまでは言わないけど、少し」
「……ああ」
「ありがと」
「……さっちゃんって、呼ぶんだな、あの子。あの子名前なんて言うの?」
「わかんない。とりあえずさっちゃんと呼んでくださいとしかいわれてないんだ」
どうでもいいやりとり。彼女自身なんとなく返している。
きっと彼も同じだ。どうでもいい、何気ないやり取り。別に切り出すほどでもない状況だけど、だからこそ切り抜いてしまっておきたくなる時間。
どこが好き、と聞かれて答えられない。どこに惚れた、と聞かれても答えられない。
ただ、
「なあノドカ、少しでいいから、笑ってくれる?」
「……うん」
彼のそんな問いには応えられた。
「よっし! 休憩おしまいっ。夕食のあとはね、みんなで花火をしようと思うんだ」
「いいね」
彼女が笑えば、無愛想な彼が笑い返してくれる。それだけで笑顔になれるのだから。
好きだと思う理由には、なるのだろう。
*
噴出花火のような派手なものから線香花火のような控えめなものまでが、月と星々と一緒に夜を飾り立てていた間までは彼女も忘れることができた。
最後の線香花火が落ちたとき、月と星だけが仄かに照らすのみの夜になって。
彼の顔が薄れてから、彼女の顔も次第に曇りを見せる。
満面の星空には曇りなんてないのに。
「じゃあみんな、おやすみ」
片付けを終えて、全部終わって、軽い挨拶を交わして、それぞれ割り振った部屋に戻る。
ベットで布団にくるまると、一人だということだけが浮き彫りになる。一人だと不安だけが浮き上がってきて、どうしようもなくやるせなくて。
──ふと、少し遠くにノック音が聞こえる。
『うるさい』
『……悪い』
ナギとツカサの声だ。
(……)
足音が遠ざかる中、彼女は寝間着の上からパーカーを羽織った。
裾を握りしめ、足音の消えた方を追った。
2人が足を進めたのは屋外、森の中。気づかれないように、距離を置き、息を潜める。
次第に足音が消え、2人が立ち止まったことを確認する。そんなとき、たまたま吹いた風が木々を揺らした。その音に乗じ、話し声が聞こえるところまで近づき身を潜める。
「大事な話があるの。あなただけに話す、大切なこと」
ナギが前置き、本題に入る。
心臓がいやに早鐘を打ち、2人まで届いているんじゃないかとさえ思えた。
耐えきれず胸を押さえるも、却って心音を実感させ動揺を強めた。
「私は──」
そこで、僅かに身じろいだノドカは足下の小枝を踏み割ってしまう。恋愛漫画にもありがちなミス。虚構ながらに軽視するミスは、現実にも訪れる。
顔から血の気が引き──
──。
*
枝の折れたような音が森に響いたと同時、そこを風が吹き抜けた。
「……少し風が出てきた」
「ああ」
山は街よりも夜の温度が低く、比較的過ごしやすい。
風は少し余分であり、ともすれば過剰、肌寒くもなるかもしれない。
「……」
「……」
何かを口にしようとしていた彼女は急に押し黙り、明後日を見上げていた。
「──星がきれい」
沈黙の中に彼女は呟いた。
「街よりも、ここはずっときれいな星が見える。星は好き。見てるとなんだか……」
そう言ってツカサを見る。
何か話題を振られているような動作。ツカサにも見上げる星空というのには思うところがあり、しかしそれはもう失われたものだからと、彼は自虐気味に呟く。
「僕も、星は好きだよ。見上げていると、昔を思い出すから」
「そう」
気にも止めない。
そう──その問いに意味はないから。
彼女は──今の彼女はそういう娘だから。
見上げた夜空に瞬く星々は、あの世界となんら変わりないのに。
「ねえツカサ。私は──
──いえ、私には。
──私には、前世の記憶があるの」
彼女の告白は。あの世界となんら変わりない星空の下、告げられた。