distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン30  鎮火

 

 炎火山には炎髪灼眼の少女が3人いた。

 

 3人は姉妹であり、末の妹は炎樹海、次女は炎火山、長女は炎湖畔と、それぞれを所在としていた。

 

 末の妹は散策、次女は聖地の守護、長女は姉妹の帰りを待つ、と三者三様であった。

 共通していたのは、彼女らは民族の中でも際立って目を引く存在であり、多くの求婚を集めていた、というところか。

 

 それぞれには恋愛事よりも優先するものがあり、結局受け入れることはなかった。

 

   *

 

 ツカサ LP3000 手札×3

場 カズーラの蟲惑魔

  伏せ × 2

 

 

 レン  LP4000 手札×1

場 ラヴァルロード・ジャッジメント

  伏せ × 1

 

「──俺様のターン!」

 

 レンがカードを引いたその瞬間。

 

 フィールドには大穴が空き、炎の狂戦士は吸い込まれるようにして姿を消した。

 

 

「罠発動、狡猾な落とし穴。互いの場のモンスターを1体ずつ破壊する。対象は僕カズーラの蟲惑魔と、あんたのラヴァルロード・ジャッジメント。そして当然──

 

 ──蟲惑魔は、落とし穴の効果を受けない!」

 

《狡猾な落とし穴》

通常罠

自分の墓地に罠カードが存在しない場合に発動できる。

フィールド上のモンスター2体を選択して破壊する。

 

 ラヴァル最上級モンスターは一瞬にして退場を余儀なくされた。

 それも狡猾の落とし穴のデメリットを踏み倒すという更に狡猾な手段だ。ツカサの『ナチュル蟲惑魔』が搭載する凶悪なギミックの一つである。

 

 加え、モンスターを破壊するだけに止まらない。

 

「そしてカズーラの蟲惑魔の効果発動。落とし穴の発動時、デッキからティオの蟲惑魔を特殊召喚! 更にティオの蟲惑魔の効果で今墓地へ送られた狡猾な落とし穴をセットし直す」

 

 黄髪の少女に呼び出される黒髪の少女。ツカサの場に植物族の蟲惑魔が2体並んだ。

 

 ふと、手札に目を落とすと、紫髪の少女のイラストが目に付いた。「私は?」そんな恨みがましい目線を感じた気がしたが、気にせず決闘に向き直る。

 

「ちっ、増えやがった……!」

 

 レンは忌々しそうにこちらを見る。

 無理もない。おそらくエース格のモンスターを破壊され、その挙げ句の展開。そして発端の落とし穴が再度伏せられる。相手にしてみれば嫌がらせ以外の何物でもない。

 

 こうして狡猾な落とし穴とカズーラの蟲惑魔による特殊召喚、特殊召喚したティオの蟲惑魔による再セットを繰り返す、ここまでがこのギミックの内容だ。俗に狡猾ループ。展開と妨害を繰り返す凶悪なコンボだ。

 

「どうした、あんたのターンだ。続けてくれ。まあ、最初のターンと違って僕はあんたのターンでも遠慮なく動かせて貰うけどね」

 

 ツカサは広角を上げて見せた。相手は自分に──否、仲間に危害を加える『敵』だ。敵に遠慮や躊躇はいらない。

 

「ハッ、ラヴァルロード・ジャッジメントを破壊してずいぶんとご機嫌なようだが、んなの前座、いやいや前座未満の挨拶代わりだぜ。裁きはこれからだ。

 俺様は手札からラヴァル・キャノンを召喚。ラヴァル・キャノンの効果で除外されている『ラヴァル』を特殊召喚する。ラヴァル炎火山の侍女を召喚」

 

《ラヴァル・キャノン》

効果モンスター

星4/炎属性/戦士族/攻1600/守 900

このカードが召喚・反転召喚に成功した時、

ゲームから除外されている自分の「ラヴァル」と名のついた

モンスター1体を選択して特殊召喚できる。

 

 大砲を携えた岩石兵と、燃え上がるような赤髪の少女が召喚された。

 低級モンスターが複数。方や、チューナーとくればつまり。

 

「レベル4 ラヴァル・キャノンに、レベル1 ラヴァル炎火山の侍女をチューニング!」

 

 ☆4 + ☆1 = ☆5

 

「てめーも裁きの指揮に続け! シンクロ召喚、レベル5 ラヴァル・ツインスレイヤー!」

 

 炎を纏うようにして大男が顕れた。さしずめ『ラヴァル』の中級兵士。先のラヴァルロード・ジャッジメントに比べてしまえば見劣りするものの、その攻撃力はツカサの場の攻撃力を上回る2400である。

 

「バトルフェイズ──」

 

「罠発動、ナチュルの神星樹!」

 

 戦闘開始の言葉を遮り、場には一本の巨木が聳え立った。

 

「ティオの蟲惑魔を墓地へ送り、デッキからナチュル・バタフライを守備表示で特殊召喚!」

 

「フッ、クク……俺様のターンでも無遠慮に好き放題するのは癪だけどよ、何をするかと思えば守備表示? ありがとよ。ラヴァル・ツインスレイヤーは墓地に『ラヴァル』が2体以上いるとき、守備表示モンスターを破壊したときに追加攻撃を可能とする! 生憎だがプレイングミスだぜ」

 

《ラヴァル・ツインスレイヤー》

シンクロ・効果モンスター

星5/炎属性/戦士族/攻2400/守 200

チューナー+チューナー以外の炎属性モンスター1体以上

自分の墓地に存在する「ラヴァル」と名のついたモンスターの数によって、

このカードは以下の効果を得る。

●2体以上:このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、

もう1度だけ続けて攻撃する事ができる。

●3体以上:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、

その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 

「ラヴァル・ツインスレイヤーでナチュル・バタフライを攻撃!」

 

「いいや、追加攻撃はないよ。ナチュル・バタフライの効果、山札の一番上を墓地へ送り攻撃自体を無効にする」

 

「チィッ……。クソ道化が。いちいち気持ち悪ィ。メインフェイズ、墓地のラヴァル炎湖畔の淑女の効果発動、ラヴァル炎湖畔の淑女とラヴァル・キャノンを除外してさっきセットした狡猾な落とし穴を破壊!

 魔法カード、一時休戦を発動してターンエンド」

 

「……」

 

《ラヴァル炎湖畔の淑女》

チューナー 効果モンスター

星3/炎属性/炎族/攻 200/守 200

自分の墓地の「ラヴァル」と名のついたモンスターが3種類以上の場合、

自分の墓地のこのカードと「ラヴァル」と名のついた

モンスター1体をゲームから除外して発動できる。

相手フィールド上にセットされたカード1枚を選択して破壊する。

 

 狡猾な落とし穴が破壊される。意外にも、サイクロン等の汎用除去でなくモンスター効果だ。

 

 そして一時休戦、そのカードが発動されたのは場の伏せカードからだった。

 こちらが大きく動きだすときに考慮していかなければならない壁であったが、相手の方から取り去ってくれるならありがたいものだった。

 通常魔法のセット──ブラフは読み合いにおいて大きく影響するが、こちらが警戒しないうちに使ってしまうのではあまり良い使い方ではない。まあ、破壊されて使いどころを逃すより正しい使い方ではあるが。

 

「僕のターンか」

 

 ドローしたカードと合わせて4枚、中々潤沢な手札だった。それだけあって、初期手札からあるミラクルシンクロフュージョンが目に付いた。

 

(いらないな……)

 

 ミラクルシンクロフュージョンはシンクロモンスター専用の融合魔法。序盤に来ても使い道はない。

 しかしセットした状態で破壊された場合にドロー効果を持つので、これこそブラフにちょうどいいカードだろう。

 

「まあ今は──あれをどうするか、だな」

 

 相手の場に立ちはだかる岩石兵。読み合いの前にあれを破壊する術を考えなくてはいけない。

 

「手札からゴブリンドバーグを召喚。効果でアトラの蟲惑魔を特殊召喚」

 

 ツカサの相棒こと蟲惑魔が顕現する。小さく頬を膨らませた様子は、召喚するのが遅い、そんな批判を孕んでいた。

 

「……悪かったよ」

 

 ツカサはモンスターへ向け呟く。レンは露骨に不快そうな顔をした。

 

「ナチュルの神星樹の効果発動。ナチュル・バタフライを墓地へ送りグローアップ・バルブを召喚。

 星4 カズーラの蟲惑魔、星4 ゴブリンドバーグに、星1 グローアップ・バルブをチューニング」

 

☆4 + ☆4 + ☆1 = ☆9

 

「異界の森の王者よ、純粋なるその力で聖森を脅かす敵を排除せよ。シンクロ召喚、星9 ナチュル・ガオドレイク!」

 

《ナチュル・ガオドレイク》

シンクロモンスター

星9/地属性/獣族/攻3000/守1800

地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上

 

 葉を交えた緑の胴体に、朱の四肢が存在を浮き彫りにする。森の王者たる獅子の赤い(たてがみ)は炎に劣ることなく吠える。

 

 森の獅子王と、相棒たる蜘蛛の少女。戦力的には申し分ない面子だ。

 

「バトル。ナチュル・ガオドレイクでラヴァル・ツインスレイヤーを攻撃!」

 

 森と火山、それぞれに住まう者が戦えば当然火山、木々よりも火に軍配はあがりそうなものだが、しかし獅子はそれを補う戦闘力を持っていた。

 

 炎の合間を駆け、岩石兵へと一撃入れ粒子へと還す。

 

 がら空きの場へ追撃の姿勢をとるもツカサは思い止まる。

 

(一時休戦、か)

 

 先のターンでレンが発動した魔法カードが追撃を無意味とする。

 こちらがこのターンで破壊してくると踏んでの発動か。それは使うべきところで、使われていた。

 

「ターンエンドだ」

 

「俺様のターン、ドロー。魔法カード増援を発動。デッキからラヴァル・キャノンを手札に加え召喚。ラヴァル・キャノンの効果で除外されているラヴァル炎樹海の妖女を特殊召喚。

 レベル4 ラヴァル・キャノンに、レベル2 ラヴァル炎樹海の妖女をチューニング」

 

 ☆4 + ☆2 = ☆6

 

「岩石の竜騎士よ、炎火山の竜と共に裁きに続け! シンクロ召喚、レベル6 ラヴァルバル・ドラグーン!!」

 

《ラヴァルバル・ドラグーン》

シンクロ・効果モンスター

星6/炎属性/ドラゴン族/攻2500/守1200

チューナー+チューナー以外の炎属性モンスター1体以上

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。

デッキから「ラヴァル」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

その後、手札から「ラヴァル」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る。

 

 飛来したのは、巨大な(ドラゴン)だった。火山の炎でも宿しているとでも連想させる赤い身体は、突如夜空を紅く照らす。

 神星樹を背に、歴戦の仲間である獅子や相棒とともに見上げ睨む。

 

 いけるか? そう問うように獅子を見る。返された視線は肯定するものであったが、直後に龍の身体が焔を帯びた。

 

「ラヴァル炎樹海の妖女の効果。フィールドから墓地へ送られたとき、墓地の『ラヴァル』の数×200、フィールドの『ラヴァル』の攻撃力をアップさせる」

 

《ラヴァル炎樹海の妖女》

チューナー 効果モンスター

星2/炎属性/炎族/攻 300/守 200

このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、

自分フィールド上の全ての

「ラヴァル」と名のついたモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで、

自分の墓地の「ラヴァル」と名のついた

モンスターの数×200ポイントアップする。

 

 炎火山、その麓の樹海を護る少女の加護は、龍と竜騎士へ力を与える。

 

 墓地の『ラヴァル』は5枚。上昇値は──1000。

 

ラヴァルバル・ドラグーン 攻撃力 2500 → 3500

 

 獅子が一瞬たじろいだ。ナチュル・ガオドレイクの攻撃力は3000。本来なら勝てる戦闘であったが、炎樹海の妖女の加護を受けている今では分が悪い。

 

「バトル! ラヴァルバル・ドラグーンでナチュル・ガオドレイクを攻撃!」

 

 龍の猛襲に獅子はあっけなく霧散した。あの世界ならいざ知らず、このデュエルモンスターズというゲームにおいては数値が全て。たった1の差で戦闘が決まるのだ、500もあれば致命的だろう。

 

 

「ラヴァルバル・ドラグーンの効果発動、デッキからラヴァル・キャノンを手札に加え手札のラヴァルのマグマ砲兵を墓地へ送る」

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 攻撃力3000というツカサのデッキ最上位の火力のモンスターが破られた窮地と言える状況、応えるようにして手札に舞い込んだのはティオの蟲惑魔。

 ツカサは固くなっていた表情を綻ばせた。

 

「ティオの蟲惑魔を召喚。効果で山札からカズーラの蟲惑魔を特殊召喚。次に墓地のグローアップ・バルブを自身の効果で特殊召喚。そしてナチュルの神星樹の効果を発動、グローアップ・バルブを墓地へ送り山からトリオンの蟲惑魔を特殊召喚」

 

 3体の蟲惑魔が召喚され舞台には4体の低級蟲惑魔が揃う。

 

 蟲惑魔を使う際、ツカサの決闘にはかならずといっても良いほど活躍するメインの4体だ。

 獅子の敗戦によって険しくなっていたツカサの顔に余裕の戻る中、対してレンの顔は反比例のごとく険しくなっていく。

 

「てめーだけは、てめーだけは俺様の手で裁きを下さなきゃいけねぇ……」

 

 そこにあるのは嫌悪。怒り、侮蔑、そんな感情が彼女の鋭い眼光には乗せられていた。

 

「……『裁き』って一体なんのことだ?」

 

 ツカサは問う。執拗に繰り返されるその単語は、ラヴァルロード・ジャッジメントに合わせた口上にしては些か諄いだろう。

 

 彼女の切り札がラヴァルロード・ジャッジメントであれば納得できるものだが、彼女自身ラヴァルロード・ジャッジメントの破壊に対してほとんど動じていない。ツカサが戦友であるナチュル・ガオドレイクを破壊されたときのような反応は一切ないように見える。

 

 どちらかと言えば、全てはツカサと蟲惑魔に向けられているような。

 

「とぼけんな、てめーのフィールドが全てを表してんだよ!」

 

 ツカサの場。立ち並ぶ4人の少女に対し、そして使い手のツカサに対し彼女は激昂する。

 

 そして彼女はツカサの予期しなかったことを口にした。

 

 

「──現実の女を3人も誑かしておいて、デュエルモンスターズでまで女を侍らすとはいいご身分じゃねえか!!」

 

 

 ツカサは絶句した。

 

「てめー俺様のバイト先に来ては毎回違う女とカップルを名乗ってるだろーが。よくもまあ抜け抜けと、同じ店員相手にそんなことができるよなあ!? てめーは最低だ。人として間違ってやがる。だから俺様が裁きを下さなきゃいけねー!」

 

 呆然とするまま、思う。一人の一般市民にそうさせるまでに、自身の印象は悪いのかと。

 

 僅かに振り返り後方のナギに目線をやった。思い切り、逸らされる。

 

「てめーだけは許せねえ。これ以上てめーの被害に逢う奴がでないように、俺様はてめーを倒す!」

 

 

「そんな理由で……」

 

 背後のノドカが口を開いた。

 

「待ってレンさん! ツカサくんは何もわるくないよ! 私たちは誰も付き合ってなくて、ただあそこのケーキを食べたかっただけで……」

 

「いいや、てめーらは騙されてる。全部そいつが悪いんだ」

 

 レンは聞く耳を持たなかった。

 

「正気じゃないよ……色んな意味で」

 

「ああ……」

 

 頷く。そんな被害妄想に等しいもので根拠もなく断定し、実行に移す。まさしく正気でなかった。

 

「……こんな決闘、早く終わりにして、話をしようか。

 僕は場の星4 ティオの蟲惑魔と星4 トリオンの蟲惑魔でオーバーレイ!」

 

 ☆4 × ☆4 = ★4

 

「森に咲き誇る一輪の大華、蟲惑魔を統べりし蠱惑の女王よ、彼女らに加護を与えよ。エクシーズ召喚、ランク4 フレシアの蟲惑魔!」

 

 大華の中心に桃色の髪の女性が座す。彼女こそが蟲惑魔の中心的な存在。蟲惑魔に力を与える女王。

 紫と黄の蟲惑魔たちもまた彼女の華の上に腰を落とし寄り添うようにする。

 

「次から次へと……」

 

「まあ誤解はいい加減解かないとね。()()()()()()()()()()()誤解してるみたいだから、ついでに全部紹介しようか。僕はバックに2枚伏せてターンエンドだ」

 

「俺様のターン、ドロー。ラヴァル・キャノンを召喚、効果で除外されているラヴァル炎火山の侍女を特殊召喚。

 レベル4 ラヴァル・キャノンに、レベル1 ラヴァル炎火山の侍女をチューニング!」

 

 ☆4 + ☆1 = ☆5

 

「シンクロ召喚、レベル5 ラヴァル・ツインスレイヤー!

 そして! 手札から死者蘇生発動。ラヴァル炎火山の侍女を特殊召喚。

 レベル5 ラヴァル・ツインスレイヤーに、レベル1 ラヴァル炎火山の侍女をチューニング!」

 

 ☆5 + ☆1 = ☆6

 

「シンクロ召喚、レベル6 ラヴァルバル・ドラグーン!」

 

 場に2体目の龍と竜騎士が並んだ。

 

「ドラグーン2体の効果発動! デッキからラヴァルの炎車回しとラヴァル・バーナーを手札に加えてそのまま墓地へ送る。バトルフェイズ! あいつのモンスターを焼き尽くせ!」

 

 咆哮を上げる龍。紫と黄の蟲惑魔は、迫る龍を前に微塵にも取り乱すことなく、不敵にも怪しい笑みを浮かべていた。

 

 次の瞬間──突如龍の足下に穴が出現する。そして穴から黒い何かが伸び、空を飛ぶ龍を引きずり込んだ。

 

「なんだ……っ!? くっ」

 

「──落とし穴だ。罠発動、串刺しの落とし穴。このターン召喚したラヴァルバル・ドラグーンの攻撃は無効。破壊しその半分のダメージをあんたが受ける」

 

 穴の底では龍は腹部から頭部にかけて貫かれていた。そして攻撃に向けられるはずだった焔の力が穴の外へ出りレンの周囲の空気を焼いた。

 

レン LP4000 → 2750

 

「そしてカズーラの蟲惑魔の効果だ。落とし穴が発動したから、蟲惑魔を召喚する。僕はデッキからトリオンの蟲惑魔を召喚」

 

「……! なら! もう一体のラヴァルバル・ドラグーンで攻撃だ!」

 

 再度試みられた龍の攻撃もまた──何も為すことなく不発となる。女王が一別をくれるなり龍は騎手の意志に反し攻撃を取りやめたのだ。

 

「──戦闘が、終わっただと!?」

 

「フレシアの蟲惑魔がいるとき、蟲惑魔は戦闘では破壊されないんだよ」

 

 ツカサもまた、不敵に笑う。

 

「……! ──ターンエンド」

 

「僕のターンだ。手札からローンファイア・ブロッサムを召喚。効果で自身を生け贄にティオの蟲惑魔を召喚。ティオの蟲惑魔の特殊召喚効果で墓地から串刺しの落とし穴を伏せる」

 

 場には先ほどの蟲惑魔たちが集まる。

 

『アトラの蟲惑魔』

『トリオンの蟲惑魔』

『カズーラの蟲惑魔』

『ティオの蟲惑魔』

『フレシアの蟲惑魔』

 

 全ての蟲惑魔が、場に揃っていた。

 

「紹介しようか。こいつらは僕の大事な──相棒だ」

 

   *

 

 ツカサ LP3000 手札×1

場 フレシアの蟲惑魔

  アトラの蟲惑魔

  カズーラの蟲惑魔

 

  ナチュルの神星樹

  伏せ × 1

 

 レン  LP2750 手札×1

場 ラヴァルバル・ドラグーン

 

  伏せ なし

 

「……っ!」

 

 当たり前のように揃えられた場。レンは変わらずこちらを睨みつけたままだが、表情には焦りが滲んでいた。

 場に並んでいたのはどれも少女の姿をしたモンスター。ただ一人、大人びたものもいるがそれだって柔らかな表情で微笑む女性でしかなく、そこはデュエルモンスターズと名乗りながらも人間の姿、それも女性しかいないモンスターズらしからぬ場であった。

 

 そんな──女性型モンスターが並ぶフィールドに、レンは言いようのない恐怖を憶える。

 

 皆一様に笑みを浮かべたその奥に──何か恐ろしいものが秘められているような。少女たちを見ているだけで()()()()()()()()()()()ような。

 

 何を仕掛けてくるかわからない。

 

 何が秘められているのかわからない。

 

 何が潜んでいるのかわからない。

 

 

 レンの警戒と不安に反して、ツカサのとる行動は拍子抜けそのものであった。

 

「僕はこれでターンを終了。さあ、あんたの番だ」

 

「……、ハッ」

 

 レンは思い直す。

 

 そこに何があろうとも、所詮は低級モンスターの集まり。

 

 最大攻撃力で言えばたった1800。大したことはない。相手の場、全員が守備表示なのがそれを示していた。最大守備力は2500。ラヴァルバル・ドラグーンと同じ数値であり身動きできないことに変わりはないが、それは相手も同じこと。

 

 そして、レンの手札にはその状況を打破できるカードがあった。

 

 戦闘破壊ができない今、戦闘破壊をせずとも勝ちにいける手段が。

 

「俺様のターン! ドロー!」

 

 勝利を感じて引いたカード。偶然か、それもまた状況を覆せる逆転のカードだった。

 これで2枚。レンの切り札的カードが2種類手札に揃う。1枚は魔法カード。もう1枚は今引いた罠カードだ。

 

「俺様は手札からこのカードを発動する!

 

 ──真炎の爆発!」

 

《真炎の爆発》

通常魔法

自分の墓地から守備力200の

炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターは

このターンのエンドフェイズ時にゲームから除外される。

 

 墓地の守備力200。それは低級モンスターに限定されない。レンの墓地のラヴァル・ツインスレイヤーは、守備力200。それが、2枚。

 

「俺様は墓地からラヴァル・ツインスレイヤー2体とラヴァルのマグマ砲兵を特殊召喚するぜ! ──さあ、裁きの時だ!」

 

《ラヴァルのマグマ砲兵》

効果モンスター

星4/炎属性/炎族/攻1700/守 200

手札から炎属性モンスター1体を墓地へ送って発動する。

相手ライフに500ポイントダメージを与える。

この効果は1ターンに2度まで使用できる。

 

 地面が割れ、溶岩が吹き出す中。焔から4体の影が唸りを上げた。

 ラヴァル・ツインスレイヤーは墓地のラヴァルの数によって効果を得る。2種類なら追加攻撃。そして──3種類なら守備貫通効果。

 貫通効果持ちの中級モンスターが2体に、バーン効果モンスターが2体。これだけ並べば相手とも見劣りしない。総合力ではこちらが上。レンは勝利を確信する。

 

 だが──確信した勝利が覆されるのがこのゲームで、対するツカサという人間は──罠という後出しを用い、自力で覆すことができる人間だということを、彼女は知らなかった。

 

 地中から呼び覚まされた4体のモンスターが──

 

 ──溶岩の吹き出した地盤ごと、()()()()()()()()()

 

「──は?」

 

 レンは目を見開く。そしてモンスターの消えていった穴を見つめていた。

 

「フレシアの蟲惑魔の効果発動。オーバーレイユニットを1つ取り除き、デッキから『落とし穴』を1枚除外しその効果を使用する。

 除外するのは奈落の落とし穴。発動タイミングはモンスターが召喚に成功したとき。破壊されるのは召喚された攻撃力1500以上のモンスター。対象は──とらない。

 

 つまり、複数同時の特殊召喚は、全てが破壊対象だ」

 

「は? はあああああああ!??」

 

 レンの頭を埋め尽くしたのは困惑。勝利を確信したのを覆されたのはもちろんのこと、横暴な効果適用と、そのカードが周知の汎用カードであること。

 

「いや、そんな、俺様のモンスターが……」

 

 思わず覗き込んだ穴の底。そこでは黒い何かが蠢いていて、穴に落ちたモンスターを()()()()()()

 

「なんだ、これ……」

 

「ターンは終わりかな?」

 

 思考が収集つかないレンに対し、彼はターン終了を催促した。

 

「お、俺様は……! ラヴァルバル・ドラグーンの効果でラヴァル炎樹海の妖女を手札に加えそのまま墓地へ送るっ! カードを1枚伏せターンエンド!」

 

 皮肉にも、ツカサの催促によって手札に意識を戻すことになったレンはもう1枚の切り札の存在を思い出す。

 混乱のやまない中、できることを済ませターンを譲る。

 

 そしてターン開始とともに発動して、彼を絶望へ叩き落とす。

 

(その相棒とやらと一緒にな……!)

 

 しかしそんな目論見も、悪い意味で裏切られる。

 

「僕のターン、ドロー。……ターンエンドだ」

 

「……っ!? 舐めた真似してくれるじゃねえか」

 

「残念ながら残ったラヴァルバル・ドラグーンを破壊する手段が整わなくてね」

 

「……いいさ。俺様のターン!」

 

 そして、1枚の罠を表にする。

 

「罠カード、炎塵爆発!! 墓地の『ラヴァル』を全て除外しその数だけフィールドのカードを破壊できる! 墓地の『ラヴァル』は6枚! 相棒の蟲惑魔と一緒に裁きを受けろ!」

 

《炎塵爆発》

通常罠

自分の墓地の「ラヴァル」と名のついた

モンスターを全てゲームから除外して発動できる。

このカードを発動するために除外したモンスターの数まで

フィールド上のカードを選んで破壊する。

 

 瞬間、空気が爆ぜる。爆炎はツカサの場を飲み込み、使い手諸共全てを焼き尽くす。爆風の中でフィールドに突き立っていた巨木が粒子と消える。

 

「──ツカサくん!」

 

 決闘のギャラリーである緑髪の少女が彼の名を呼んだ。その顔はどこか蒼白で、目の前の焔の中で何が起こり何が失われているのかを悟ったようだった。

 

 誑かされている少女のためにやったとはいえ、その様子からレンが微かに抱いたのは罪悪感だった。

 

 ともあれ、目標は、敵は無事片づけたのだ。レンは勝利を確信する。

 

 

 ──が。そのとき、爆風が掻き消えそこに浮かんだ人影が、6つ。

 

「何で……!」

 

 掻き消える爆風から姿を現したのはツカサと、5体の蟲惑魔であった。

 

 またしても、確信は覆されることとなる。

 

「フレシアの蟲惑魔はエクシーズ素材を持っている限り罠の効果は受けない。そしてフレシアの蟲惑魔がいる限り、蟲惑魔はカード効果では破壊されない」

 

「そんな……っ!」

 

 勝利を確信した2枚のカード、その両方が不発に終わった。

 

 もうこちらに術はない。

 

「魔法カード! サイクロン! セットカードを破壊だ!」

 

 どこか自棄気味に発動したのはこのターンでドローしたカード。

 

 破壊するのは蟲惑魔の効果で伏せられた串刺しの落とし穴ではない方。自分の場のラヴァルバル・ドラグーンはすでに串刺しの落とし穴の対象外、ならば未知の伏せカードを除去して現状を維持するのが次の勝機を探す道だった。

 

 ──勝機を探せる道の、はずだった。

 

 伏せカードが竜巻に砕かれた瞬間、レンの場のラヴァルバル・ドラグーンが()()()()

 

「墓地から罠発動、誘爆。場のカードが魔法カードによって破壊されたとき、相手のカードを1枚破壊する──爆発したのはどっちだ?」

 

《融爆》

通常罠

(1):自分フィールドのカードが魔法カードの効果で破壊された時、

相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。

そのカードを破壊する。

(2):自分フィールドのカードが魔法カードの効果で破壊された時、

墓地のこのカードを除外し、相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。

そのカードを破壊する。

この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動できない。

 

 レンは膝を突いた。ただ呆然と決闘を見渡す。自分の場にカードは残っておらず、相手のモンスターゾーンは埋まっている。

 正義に従い。怒りに任せ。倒そうとした相手にここまで追いつめられた。策を全て、うち伏せられて。

 

「ちなみにサイクロンで破壊されたのはミラクルシンクロフュージョン。融合魔法カードで、

 

 セットされたときに破壊されると1枚ドローできるカードだ。ついでに引いたのは団結の力だったりする。効果は──知ってる?」

 

 何も手段もないまま、相手のターン。

 

「場のモンスターを全て攻撃表示に変更する」

 

 ツカサがそう告げた瞬間、何かが、先の落とし穴から這いだした。

 

 ──巨大な、蜘蛛だった。

 

 空を飛ぶ龍を引きずり込み、落ちた者を捕食していたその張本人。

 

 それだけじゃない。後に続いたのは蟻地獄。そしていつの間にか周囲には食虫植物が取り囲んでいた。

 その化け物の近くにはそれぞれ蟲惑魔の姿があり。

 

「紹介しとこうか。これが僕の相棒たち、その本体だよ」

 

 少女の姿をしたのはいずれも疑似餌であり──本体は獰猛な捕食者だと、彼は語った。

 

「魔法カード、団結の力。場のモンスターの数一体につき500、装備モンスターの攻撃力を上げる。装備するのはアトラの蟲惑魔。モンスターは5体だから、上昇値は──4000だ」

 

アトラの蟲惑魔 攻撃力 1800 → 5800

 

「バトルフェイズ」

 

 食虫植物たちが大きな口を開けた。蟻地獄は牙を振るわせ、そして、規格外の力を得た大蜘蛛は、肢体を振り上げた。

 

「あ、あ……」

 

 涙に歪んだ視界のまま、彼女は意識を失った。

 

   *

 

「ツカサくんもやりすぎだよ!」

 

 気絶したレンを介抱しながらノドカが頬を膨らませた。

 

「いやでも、……その娘は本気だったよ。本気で僕を殺しに来てた。あのとき、炎塵爆発が発動されたとき、フレシアの蟲惑魔が護ってくれなきゃ僕は今ごろ跡形もなく……」

 

「……それは、そうだけど。でも、レンさんも、明らかに正気じゃなかったって。絶対おかしいよ。お店じゃあんなに笑顔だったのに、今日はずっと人が違うみたいに……」

 

「でも俺だって見たぜ、この娘店でもツカサを見るときだけいやに冷たい目だったんだって。第一、俺だって襲われてるわけだし」

 

 ツカサとイオが危険だと主張するが、ノドカは頑なにレンを庇う。

 

「わかんないけど……この人は悪い人じゃないと思うんだよ!」

 

 根拠もなく主張する。

 

「ツカサくんと会ったときもそうだよ、なんでかわかんないけど、悪い人じゃないって、信じてもいいんだって思えたから──」

 

 そんな風に言われてしまえば、ツカサにはそれ以上の言及はできなかった。

 

「ナギちゃんはどう思う?」

 

「さあ。私はあまり人を見る目はないから」

 

 ナギはそう言うとツカサを見た。

 

「まるで僕がろくでもない奴みたいな言い方だな」

 

「女の子を三股に掛けるのは人のやることじゃない」

 

「ナギ。誰のせいでこんなことになったかわかるか?」

 

「検討もつかない」

 

 あくまでとぼけたように言うナギ。ナギはツカサとの会話を取りやめると、ノドカを見た。

 

「冗談はともかく。──ノドカ、まっすぐなのはノドカの良いところ。でも、本当に悪い人っていうのはいるから、ちゃんと見極めないと駄目。疑うときは疑う」

 

「ナギちゃんまで……」

 

 ノドカが僅かに肩を落とした時、横たわるレンが呻き声を上げた。

 

「うう……あれ、()は……」

 

 その様は先までの鋭い雰囲気とはうって変わり弱々しいものだった。

 

「あ、目……覚めた?」

 

「……あれ、なんで……何を……私、え?」

 

 どこか要領を得ないようなレンの前に、ツカサはデュエルディスクを置いて見せる。

 

「あんたのデュエルディスクだ。それに……デッキも。ひとまずこれであんたはもう何もできな……」

 

 そこまで言って、彼女の表情に唖然とする。

 ツカサの顔を見るなり、レンの顔は一瞬で怯えたものとなる。

 

「や、やだ……来ないで……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、なんでもしますから……」

 

 一同がツカサへ疑問の籠もった視線を向けた。ツカサ自身、状況がわからなかった。

 

  *

 

 ツカサとの決闘は、彼女にある種のトラウマを植え付けてしまった。らしい。

 

 というのもノドカの聞き出したことであり、レンはツカサを見る度に振るえながら涙を浮かべ、壊れたおもちゃのようにごめんなさいと口にした。

 

 その様子こそ異常であったが、雰囲気は年相応の正常な人間であり、そして先ほどまでの好戦的な彼女と比べて異常、更に言うなら、昼間ファミレスで働く彼女と比べて正常であった。

 

 それこそ先ほどまでが『正常でなかった』。『人が違う』ようだ。

 性格、雰囲気。口調に一人称。別人と言っても差し支えないのではないかと思えるくらいに、豹変していた。

 

「なあ、あんた……」

 

「ひっ! ……あ、いや、その、あ……」

 

「ツカサくん! こっち見ちゃだめ、話しかけないでよ!」

 

 辛辣だ。

 

 躊躇なく命を取ろうとしてきた相手だ、叱るべき処置をとろうとしていたのだが──どうやらノドカが言うように、何か異常があっての行動だったようだ。

 

 ツカサは一度矛を収める。

 

「はぁ……まあいいや。とりあえず、聞いてくれ。聞かなくてもいいけど……。さっきまでのあんた、『普通じゃなかった』『いつもと違った』『正気じゃなかった』……そうだな?」

 

「……は、はい」

 

 答えはか細く、小さなものだった。

 

「ツカサ、あとは私たちでなんとかするから、今日は帰って」

 

 ナギが言った。その瞳の青は相変わらず底が見えず、冷たくも感じられ──

 

「──あなたが私やノドカを護ろうとしてやったのは、私やノドカもちゃんとわかってるから」

 

「……」

 

「後は任せて」

 

 瞳の温度なんてわからないが、こちらを真っ直ぐに見ているということは伝わった。

 

「了解。あとは任せた」

 

「ん。三股疑惑も解いておくから安心して」

 

 

   *

 

 曰く、二重人格。

 

「昔からデュエルディスクを着けると気が強くなってしまうんです。自分でも不思議なくらい、思ってることを正直に口にしたり、決闘に積極的になったり……」

 

 日を改めて某ファミレス。ノドカにツカサ、そしてレンの3人で店内端のテーブルにて言葉を交わす。

 

「少し前まではまだ自制が効いたんですけど、最近は記憶が飛んでいて、後から決闘をした記憶が浮かんでくるってこともあって。マナーもその、かなり悪いものだったのでデュエルディスクは極力着けないようにしてたんですけど……」

 

 バイトから家に帰った際、ふとした拍子にデュエルディスクが視界に入り、気づけば着けていたのだという。

 

 少しずつ自白する彼女は俯いたままで、ツカサと目を会わせようとはしなかった。どうやら決闘で与えてしまった恐怖は残っているらしい。

 

 ツカサは隣のノドカに問う。

 

「……車の運転手がハンドルを握ると強気になるとか、その類か?」

 

「たぶん、そうかな。レンさん自身よくわかってないことが多いみたいで。私が聞いたのと同じ答え。

 あとは……その記憶が飛んだっていうとき、初めに決闘した相手はイオくんみたい。それから何回か気づけば街を徘徊してて、一昨日にツカサくんとの決闘」

 

 医学的に言えば乖離性人格障害。彼女はどうやら、その傾向があるようだった。

 

 がしかし、『最近』という単語がツカサの意識を引いた。その『最近』に、ツカサたちの日常は非日常のそれに取り巻かれている。

 

「自制が効かなくなってきたのはいつごろからだ? それはある日急になのか? 前触れは? きっかけは?」

 

「ひっ、あっ、その……すいません、すいませ……」

 

「ツカサくん!」

 

 ノドカが責めるようにツカサを見る。

 

 理不尽だ。不可抗力である。先日の決闘しかり、やろうとして根付けたものではない。

 

「レンさん、私もツカサくんも、責めようと思ってるわけじゃないから。ただ聞かせて欲しいの。……もしかしたら、何かわかることもあるかもしれないから」

 

 それから少し黙ったままの彼女だったが、ふと、遠慮がちに口を開いた。

 

「……数ヶ月前です。今まで積極的になる程度だったのが、だんだん酷くなってきて。きっかけとか、そういうのはなくって……ただ、春過ぎからで……」

 

「! ツカサくん、その時期って……」

 

「ああ。そうだ」

 

 春過ぎ。その節目がツカサたちに連想させるのはやはり『現象』だった。ツカサがワームと初めて決闘したのが春の終わり。それからイオと大会で出会い。ノドカと出会い──春過ぎというのはこの街に『現象』が顕れ始めた時期ころと考えられる。

 

「多分だけど、春過ぎが『現象』が始まった頃。エースが動き始めたのも多分そのくらいの頃だ」

 

「じゃあやっぱり、レンさんは『現象』の影響で……?」

 

 ノドカに頷いて返す。時期が重なるのだ、『現象』の影響と捉えるのが妥当だろう。暴走して最初の相手がイオだったことも然り、その線は強い。

 しかし全てを『現象』を原因とするには疑問があり、イオの次の標的がツカサ──『ナチュル』であったこと、そしてその二重人格自体は依然からあるというのが結論付けるにはまだ考慮しなければいけない要素だ。

 

 ツカサはあの世界で『ラヴァル』と戦ったこともなければ、襲われたこともないのだ。

 

「あの、そろそろ休憩時間が……」

 

 レンが気まずそうに言った。

 

 彼女の服装はファミレスの制服。連日バイトだという彼女に都合をつけて貰い、休憩時間に話をしていたのだ。

 

「ああ、ありがとう。参考になった」

 

「……? そ、それでは、失礼します……」

 

 逃げるようにバイトに戻るレン。

 

 

「──で、どうだった?」

 

 出し抜けのその問いに顔を上げれば、テーブルの横にナギが立っていた。

 

「ナギちゃん」

 

「遅れた。とりあえず注文していい?」

 

 用事で遅れると言っていたナギは図らずかレンと入れ替わるようにして席についた。

 そして店員を呼ぶと、現れるのはレン。注文するのは──カップル限定ケーキセット。

 

「この状況でよくそんな注文ができるな」

 

「大丈夫、ツカサの女ったらし疑惑はちゃんと解いてあるから。で、何か進展はあった?」

 

「ああ、まあね。レン──彼女の暴走については『現象』のせいってことでいいだろう。

 ところでナギ、ナギにも聞いておきたいんだけど、ナギが『現象』を知ったのっていつ頃だ? 動き始めたのは?」

 

「……へえ、もう秋の新作スイーツの予告が──」

 

「おい、いい加減真面目に話をしてくれ」

 

 ツカサの話は素通り、彼女はメニューと一緒に置かれた広告に見入っていた。

 マイペース。なぜここまでナギ全開なのだ。

 

「冗談。半分くらい冗談。……ツカサはどのくらいから『現象』に関わり始めた?」

 

「お前さあ……質問を質問で返すなって──」

 

 言い掛けて口を紡ぐ。ツカサ自信もその傾向はある。棚に上げるのはよくない。

 

 さておき、ツカサが『現象』に関わり始めた時期の定義は曖昧なものだ。()()()()に関わり始めた時期とするとそれはあの世界が滅ぶ前、『ワーム』との戦争が終わるころにはあの世界のツカサという存在はあったことになるし、ツカサが持つ『ナチュル』の断片的な記憶で言えば『ワーム』が襲来する以前からツカサはあの世界に関わることになる。

 

 ともあれそんな思案をしようとも、それを馬鹿正直に言うわけにもいかないのだが。

 

「春過ぎ、だな。おそらく街に『ワーム』が顕れ始めてから少し経ったからくらい」

 

「……私もそのくらい」

 

 ナギが同意する。

 

「ちなみにレンの人格障害が強くなり始めたのもそのくらいだそうだ。やっぱり、『現象』か?」

 

「でしょうね。『ラヴァル』使いのレンだから、『ラヴァル』のように好戦的に()()()。それで多分あってる」

 

 重ね、同意だ。そこで残りの疑問を出す。

 

「『現象』に導かれてイオを──『ジェムナイト』を襲った。なら何故僕が襲われたと思う? 『ナチュル』と『ラヴァル』が戦ったことはない──ってシンは言ってたろ?」

 

「……戦った記録がないってだけで実際戦ったのかもしれないけどね。私的にあの研究者の情報が全てだと思っちゃいけないと思う。あくまであの人が記録をとった部分でしかないんだし、何よりあの人胡散臭いし」

 

「おいおい」

 

 酷い言い様だ、と思いつつも、ツカサもナギの言葉に対し同意だった。あの世界を直に体験しているツカサだからこそであるが、シンの記録がかなり断片的なものだとは知っている。

 そしてシンが色んな意味で頭のおかしい人だとも、甚だ同意である。

 

「──まあ。彼女がツカサを襲った理由、少し思い当たる節があるんだけどね」

 

「本当か?」

 

「ええ。あの娘、デュエルディスクをつけると自分の感情に素直になるんでしょ? それだけツカサが不埒な人間だと思われてたってことじゃないの?」

 

「……誰のせいだと思う?」

 

「全部『現象』が悪い。『現象』のせい」

 

 責任転嫁。ナギはどこまでも平常運転だった。

 

「なんでそこまでとぼけたまま貫けるのか不思議だよ。……それで話逸れるけど、レンについてはどうする? 当面デュエルディスクには触れないで貰うとして──全部、話すか?」

 

 それが一番の問題だった。つまり、レンを仲間に勧誘するか。二重人格などという扱いにくい相手、それも決闘時には箍が外れ暴走に近い状態になる少女を誘うのか、ということだ。

 

「話しましょう。一連の『ワーム』の事件を見ると、『現象』はあくまで決闘を介してこの世界に影響を与えている、その中で決闘の腕は必要だし、一昨日のツカサとの決闘を見れば十分な戦力だと思う」

 

「やっぱり、話すのか……」

 

 こうして聞いてはみたものの、ツカサ自信そうすべきだというのはすでに結論付いていた。

 

 あの世界で、『ラヴァル』とは戦ったことはない。だが、味方として戦場を共にしたことはある。

 これから『現象』が進んでいくとして、レンへの勧誘は必要なものなのだ。

 

 しかし、その力が他の仲間を──ノドカやナギを傷つけかねない以上、簡単には踏み切れなかった。今のツカサの目的は『現象』の尊守ではない。あの世界を守ることではなく、今ある彼女たちを守ること。

 そのためなら、あの世界を繰り返そうというこの『現象』を、壊す必要もあるのだ。

 

 日常の不可解は『現象』へと繋がる。

 

 あの世界が、この世界にこれ以上なにを齎すというのか。

 

「了解。彼女にはまた後日、全部説明しよう。シンにも──話さないといけないのか……」

 

 それはまた、色んな意味で憂鬱だ。

 

 *

 

 余談。

 

 また後日、『現象』の説明をしていたその日のこと。

 

「──というのがこの『現象』について、わかることだ」

 

「ひっ、あ、はいっ」

 

「信じられないかもしれないけど、事実僕は──僕たちはそれを体験してきた。この前街の上空に顕れた化け物も『現象』が引き起こしたもので……」

 

「あ、あのその、……」

 

「……」

 

 バイトがオフの日に会うレンは、決闘をしたときと比べて弱々しく。

 

 彼女がバイトの日のときよりも更に大人しく、臆病に見えた。

 

 曰く。

 

「あ、あそこの制服を着るとスイッチが入るというか……私服のときより積極的になれるというか……」

 

 三重人格。

 

 

「それってあんた、ただ情緒不安定なだけじゃ……」

 

 


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