distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン29  裁きの炎

 

 蟲を退け、新たなる敵──悪しき神々たちとの戦いの前線を務めたのは、先の大戦でも大立ち回り演じた同盟であった。

 

 彼らは各々の特色、技術を機械に反映させた兵器を造り、そしてその技術同士を組み合わせることで敵を迎え撃った。

 

   *

 

「新たな襲撃者『ラヴァル』──か。ようやく『ワーム』が消えたというのに……」

 

 街に顕れた蟲に対抗するために、自警団を立ち上げたその本人は携帯端末へ向け溜め息を吐いた。

 同時にノートパソコンを操り自身の情報網を漁る。

 

「しかしなんだ、お前の話を聞く限りじゃその決闘者はただ決闘をふっかけただけだろう? そんなものこの街でも日常茶飯事。『襲う』というには早計だ。ここ最近で被害がでるような決闘は起こっていないし、事件として取り立てられるようなことは『ワーム』が消えてから皆無だ」

 

 彼。エースは個人でこの街を守ろうと画策したほどにこの街を愛しており、それ故にこの街についての情報も常に収集している。その範囲は公共の電波からインターネット上の掲示板まで、おそらくはこの街については最も最先端の情報を握っている彼が断言する。

 

『ワーム』が姿を消してから、決闘で人を傷つけた者はいないと。

 

「いくらイオが被害にあったとは言え、それはお前らだからこその結果──いや、()()()だから起こった事じゃないのか? その『ラヴァル』も故意にやったわけではない可能性もある。……『デュエルターミナル』の事象というならば──襲ったというのもあながちありえない話ではないが……」

 

 この街を取り巻く『現象』は彼とその仲間、特定のカテゴリー使い同士が決闘を行ったときのみその効力を発揮していた。

 その例に漏れるのは、これまで『ワーム』という異形。そもそも依然街の決闘者を襲っていた『ワーム』の人型はそれ自体が実体化したモンスターでありあくまで例外と言えるだろう。

 

 だから、1人の決闘者『個』でモンスターを実体化していない限り、普段はごく普通の決闘しかしていないのだ。それでは取り立てて事件性も話題性もなく、彼の情報網でも特定することは難しい。

 

「悪いな。少なくとも現段階で俺の提供できる情報はもうない。一応この地区の決闘交流掲示板にでも行ってみるが──マナーの悪い『ラヴァル』使いなんて、特に書き込むやつは……いないな」

 

 現状簡易に調べられる内容を終えた彼はパソコンの電源を落とした。

 

「とりあえず『A・O・J』でも話はしておこう。俺らと()()決闘者ならばそいつにも説明しておく必要があるからな。『敵』はまだいるんだろう? 『ワーム』の黒幕に──。仲間に出来そうならば誘って損はない」

 

 そして通話を終える間際になって付け加える。

 

「そうそう、お前にその『仲間』として頼もう。一度集会所に顔を出してくれないか? 約一名お前の名前を聞いてうるさい奴がいる」

 

 エースは呆れ半分にそちらを見やる。

 

「リーダー、相手ツカサさんなんですよね!? わたしツカサさんがいるって騙されて来たんですから、今から呼ぶなり、せめて替わるくらいしてくださいよ! ああ、何切ろうとしてるんですか! この人でなし! うそつき! つまりホモ! 詐欺師! 年中コートの中二病患者!」

 

「……俺には何がお前をそうさせるのかがわからないな」

 

 通話の相手であるツカサが絡む際、この少女は普段とは比べものにならないほど活発になる。頭の横で結われたサイドテールさえも異議を主張するように揺れていた。

 

 諦め端末を渡すと、少女は夢中で電話に取り付いた。

 

 

 

 十数分して、別の日に約束を取り付けたと言うほくほく顔の少女をさて置き、彼は予定どおり定例会に入る。集会所こと廃工場にて月に1、2回は確実に行うことにしている報告会である。

 

「──というわけで、精霊に『ラヴァル』。当面の活動はその2つだ。そして──お前らにこのカードを渡しておこうと思う」

 

 白髪の少女に黒髪の少年、そして先の少女、3人にそれぞれカードを配る。

 

『A・ジェネクス・ソリッド』

 

『A・ジェネクス・リバイバー』

 

『A・ジェネクス・ベルフレイム』

 

「団長、これは……?」

 

「これは……そうだな、俺たちの結束の──証だ」

 

 エース言いながら口角を上げた。

 

「このカードを見てるとなぜだかお前らを連想してな。色か、印象か、理由はなんでもいい。

 ただ、俺は一度『仲間』というものを忘れそうになっていた。そして『ワーム・ゼロ』の件でそれを思い出した。これはそのけじめ……いや、感謝のカードだ。目的を失いかけていた俺を見捨てることなく着いてきてくれたお前たちへの感謝と、それをもう忘れない誓いのカードだ。

 これはお前らのデッキとはなんのシナジーもないカードだからデッキに入れる必要はないが、まあ持っていてくれ」

 

「だ、団長……」

 

 涙ぐむケン。そしてヒメが小さく、

 

「エース、()()()()()好きだものね」

 

 と悪戯っぽく笑った。

 

 先ほどまで騒いでいたくせに、いまいち反応の薄い少女が若干一名いるものの、それも相変わらずというか慣れたものであり、なんだかんだ着いてきてくれた仲間に違いないのだ。

 

 感謝すべき、大切な仲間だ。

 

「んではでは、これで終わりっすよね。これからツカサさんとのデートに備えますので帰っても?」

 

「……」

 

 これでも仲間なのだ。

 

 

 角にも解散となった後、エースはふと窓の外を見る。

 

 思い浮かべるのは1人の男。5人いたはずの『A・O・J』。そして今日集まったのは自分を含めて4人。

 今はいないもう1人の少年を。

 

 ──自分の下を去ってしまった、1人の少年を。

 

「エース?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 どこか心配するようなヒメに対してそうは言いつつも、エースの脳裏にはどうしても()の顔がちらついてしまう。

 

 彼には以前、1枚のカードを渡していた。

 

『A・ジェネクス・バードマン』

 

 彼の『霞の谷』と相性の良い効果だからと、何気なく。そして今となっては、そのカードもまた他の仲間と贈ったものと同じようにソウを連想させるカードであり、エースにとって仲間の証であった。

 

(ソウ、俺はまだ、お前を仲間だと思っているからな──)

 

 

   *

 

 通話を終えたツカサはどこか脱力し自嘲気味に薄く笑みを浮かべていた。

 

「どうしたツカサ、なんか手がかりでもあったのか?」

 

「いや、報告を兼ねた情報収集のはずが、収穫がデートの約束だけっていう結果でさ」

 

 期待の籠もったイオの問いにツカサは首を振る。

 得たものと言えば『ラヴァル』が常から人を襲っているわけではない、ということだけであり、あとは当初の目的とは関係ないものだった。

 前向きに言えば、女の子(名前不詳)と逢い引きの機会ができた。辛辣に言えば、捜索する時間が少し失われた。

 

「まあ『ラヴァル』が見境無くってわけじゃないのがわかったのはプラスだよな? それなら第二の『ワーム』ってわけじゃないし。俺限定ならむしろ望むところだぜ!」

 

 デュエルターミナルおいて『ラヴァル』は『ジェムナイト』を酔狂に襲ったという記録があった。

 

 ツカサの知らない事象ゆえそれがツカサの知る世界と同等の歴史なのかはともかく、それを『現象』がなぞらせるというのなら、この世界でも『ラヴァル』が『ジェムナイト(イオ)』を目の敵にするのはありえない話ではない。

 

「でも正直意外だぜ。その『ラヴァル』だけど、結構強引というか荒かったから……」

 

 手当たり次第に決闘を持ちかける、そんな印象があったのだという。

 

「性格か。マナーが悪い『ラヴァル』使いの情報もないって言ってたな。他になんかなかったか?」

 

「特には……ああいや、女だったとか、ひらひらした動きにくそうな服だけど機敏だったとか、そういうのはあったけど、暗かったしどんな服か細かく説明できないんだよなぁ。多分写真見ても自身ないぜ」

 

 性別は重要だが、服装などざっくりとし過ぎて参考にはならない。ツカサもそうだが、決闘にばかり熱中しすぎ他の事──異性のファッションに疎い彼らにとって異性の服装など子羊トークンの色より関心のないものである。

 

 そしてそんなぶっちゃけた話を対面、テーブルを挟んだ先のノドカとナギが微妙な顔で見ていたのは余談だ。

 

 

『A・O・J』が集会を行っていたのと同時刻、ツカサたちもまた一ヶ所に集まっていた。

 方や廃工場という少年心くすぐられる場所なのに対してこちらはファーストフード店という緊張感の欠片もない場所なのだが。

 

「俺たちもあっちで一緒にやればいいんじゃねえの?」

 

 とはイオの弁。

 

「? わざわざあんなところまで行く必要はない。ケーキもないし」

 

 とはナギの弁である。ちなみに本日はファーストフード店特有のフローズンドリンク、その夏限定版を飲んでいる。

 

「それにしても、ここは落ち着くぜ。この前の店は俺無理だ。俺いないときいつもあそこで集まってたんだって? よくツカサ耐えられたよな……。やたらツカサのことキツい目で見る店員いたし、何かしたのかよ本当」

 

「さあ。私がケーキを食べるのを見ているだけだし、特には」

 

「まさか自覚がないなんて言わないよな……?」

 

 なんでもなさそうに言ってのけるナギへツカサは戦慄する。普段からとぼけた節もある彼女でわざとやっている芽もあるが、悪意からではないので溜め息を吐くだけで許している。

 

 悪意はない。悪意はないはずだ。悪意はないと思いたい。悪意はないことを祈っている。

 

 おかげで来る度来る度に同じ店員に遭遇し毎度々々目線が痛いのだが、ナギにエリアルの面影が重なり断れずにいる。

 

「とりあえず、どうしよっか……?」

 

 ノドカが問い、ようやく集会という名の駄弁りが終わった。

 

 

 そうして、ともかく探してみようぜというイオの意見で彼らは街を捜索する。手がかりもなしに。

 

   *

 

 女性、気性が荒い、『ラヴァル』、フリルの付いた服、おそらく同年代の学生だ、つまり夏休みだから日中も活動範囲だ、そんな情報で捜索すること数日。

 

 収穫、皆無。

 

 ──ノドカと駅前の大規模商業施設へ行き服を見繕う客のごとく捜索したり。

 

「この服とかどうかな?」

 

「ああ、うん。似合う。ナチュルの神星樹と蟲惑魔くらい似合うよ」

 

「えへへ。そうだ、ツカサくんも何か見ていこうよ! いつも同じようなパーカーとジーンズだし、色だけでも変えれば印象変わるよ!」

 

 ──イオと卓上決闘をしたり。

 

「あーくっそ。じゃあ俺は俺の特殊能力でデッキから好きなカードを引くぜ!」

 

「じゃあ僕は机を反転召喚して決闘を終了させようかな」

 

 ──ナギが趣向を変えてみたいと言うのでファミレスでなくカフェへ同伴したり。

 

「このケーキは星3つ……」

 

「低級モンスターだったんだな」

 

「そう。ちなみにいつものファミレスのやつは星8」

 

「最上級じゃないか……!」

 

 ──自転車に乗ったまま決闘しようというイオの申し出を自転車持ってないからと断ったり。

 

疾走決闘(ライディングデュエル)! なんてどうだ!? さあツカサ、アクセラレーション!」

 

「亀の話はもう止めよう」

 

 ──フレ子(仮名)とファミレスに立ち寄り冷たい視線を受けたり。

 

「ツカサさんあのカップル限定の食べたいです!」

 

「はい! カップル限定ケーキセットですね! ……じろっ」

 

(……えっと、申し訳ないです。毎日お疲れさまです)

 

 ──ノドカでゲームセンターでクレーンゲームに興じたり。ノドカとナギ水着を買いに行くと連れ出されからかわれたり。夏でもコート着用のエースに困惑したり。イオとカードのばら売りコーナーで半日を費やしたり。

 

 

 何も収穫はなかった。

 

「見つからないな」

 

「ああ」

 

「なんかさぁ、俺たちさぁ」

 

 イオは言う。コンビニエンスストアで購入した低価格氷菓子を食べながら言う。

 

「どうした……?」

 

 ツカサは言う。コンビニエンスストアで購入したカード付きウエハースを食べながら言う。

 

「俺たち遊んでるだけじゃね?」

 

「……そうだな。夏休みだしな。思い出作らないと」

 

「いやいや、そうだけどさぁ、『ラヴァル』! 『ラヴァル』探しはどこ行ったんだよ!?」

 

「だっていないし……見つからないし。仕方ないだろう」

 

 捜索という名目で彼らは夏を謳歌しようとしていた。

『ワーム』は倒した、『ラヴァル』は人を襲っているわけではない。そんな現状が彼らを平和ボケさせていく。

 

「僕だって普通の学生でいいみたいだからな、楽しまないと」

 

「そりゃそうだけどさぁ」

 

 煮え切らないようにイオはぼやく。そこへツカサはふと沸いた疑問を投げる。

 

「そう言えばイオ、デュエルディスクはどうした? 新しいの買う予定は……」

 

「ああ、それなんだけど今度シンが帰ってきたときに研究所の使ってないのをくれるってよ! 海馬コーポレーションの最新型だ」

 

 あの研究員の気前の良さに感心すると同時、その立場についてやはり関心がいく。左遷させられたというわりには頻繁に技術者として駆り出されるあたり、やはりただものではないのかと。

 だがしかし、本性はクレイジーでマッドな研究員である。

 一度語らせれば永遠に話続ける端末世界愛はもはや狂気であり凶器、例の校長の話を遙かに凌ぐ最終殺戮兵器だ。最近ではあまり関わりたくないのが本音である。

 

「って、そうじゃなくて! 『ラヴァル』はどうする? このままじゃ夏休み終わる頃になって焦る気がするんだ」

 

「そんな宿題みたいな。いいか、宿題っていうのは夏休みが始まる前に終わらせておくもんなんだよ」

 

「そういう話でもないんだけど……。まあ俺だって夏休み終わってから提出までの猶予の間にやるけどさ……」

 

「──宿題くらい普通にやろうよ……」

 

 公園で駄弁る2人のもとへ刺さる正論。そちらを見ればノドカ、そしてナギの2人がいた。

 

「今日も暑いねー。ツカサくんたちは何か進展あった?」

 

「全然。イオのアイスもはずれだろ?」

 

「ああ。ダブル・アップ・チャンス失敗。収穫ゼロだ」

 

「私も夏の新作スイーツはあんまりめぼしいものがなくって……」

 

「あはは。やっぱりみんなそうだよね!」

 

 ノドカが笑う。ツカサも笑う。ナギが小さく笑い、イオも笑った。

 

 そこに抑止力はもうなかった。

 

「いやいやいや。そうじゃなくて! 俺ら『ラヴァル』探さなくちゃだろ!?

 俺が襲われたとかデュエルディスク壊されたとかはもうどうでもいいんだけど、それでもそいつだって急にモンスターが実体化して不安かもしれない。俺たちの周りにないだけでそいつは今も『現象』に囚われてるのかもしれない!

 

 ──だから早く見つけなきゃだろ!?」

 

 いや、抑止力はあった。形を潜めていただけで、確かな熱い意志が親友の中にはあったのだ。

 

「イオ、お前……そこまで考えてたなんて……ごめん。僕が甘かった。僕が軽く考え過ぎてた」

 

「わかってくれればいいんだ。俺もさっきまで忘れてたし」

 

「正直に言うと、そういう真面目なのは最初に言って欲しかった」

 

「ナギちゃん……それは正直に言っちゃいけないやつだよ」

 

 そうして再開される『ラヴァル』の使い手探しだが、彼らは驚愕することとなる。

 

 平和ボケした彼らが活動を再開したその日に、偶然にも()()は姿を現す。

 そしてその『ラヴァル』の正体に──。

 

 

   *

 

 日暮れ。夕暮れ。太陽が沈み、辺りは茜色を過ぎ、黒く夜の帳が降りた頃。

 

 街灯と星々が微かに照らす街の片隅に彼女はいた。

 

 暗闇の中に、薄く、赤く、紅く。闇に紛れつつも混ざり込むことなく、そこにいた。

 長く赤い髪を1つに結ったその後ろ姿からでさえ、どこか異様な雰囲気を醸し出していた。すでに腕に構えられているデュエルディスクからは彼女が臨戦体勢であることが伺えた。

 

 決闘者を前にすれば今にも決闘を挑むであろう、そんな予感を、憶えた。

 

「いた、あいつだ──」

 

 イオが彼女を見るなりに呟いた。

 

 そして彼ら、イオを除く3人はその姿に驚愕する。

 

「え? あの人って──」

 

「──ええ。多分、そう」

 

「じゃあ、イオを襲った『ラヴァル』使いは──」

 

 彼女は、ツカサたちの知る者であった。

 何度も顔を合わせた。何度も言葉を交わした。何度も物を頼み、何度も感謝を述べ合った。何度すれ違ったか、何度心の中で謝ったか。

 

 ──何度、冷たい視線を向けられたことか。

 

 街灯の真下で彼女は足を止め、こちらに気づいたようにして振り返った。

 

「あんたは、『ラヴァル』の使い手か?」

 

 構えられたデュエルディスクに対し、応じるようにツカサもまた踏み出し構えた。

 

 同年代の、赤い髪の少女。黒を基調としたフリルの付いた服はそう、とある飲食店の制服で──

 

 ──ツカサたちの行きつけの、ファミレスで働く少女だった。

 

 雰囲気や目つきはいやに鋭く、昼間の彼女とはまるで別物であるがしかし同一人物であることは間違いなかった。

 ここ数日、ツカサたちの奔走するすぐそばに、彼女はいたのだ。

 

「──」

 

 彼女が口を開く。

 身構える、彼らへ。

 

「よぅ……てめーかよツカサァ!」

 

「「「──っ!?」」」

 

 その言葉──言葉遣いに、3人に衝撃が走る。

 

「なんだてめーら、俺様の顔になんか付いてるのか? てめーらにはアホ面が付いてるけどよ!」

 

 目つき同様、雰囲気同様に、昼間の接客する彼女からは微塵にも連想できない言葉遣いだった。

 

「ツカサ、知ってるのか?」

 

 一人だけ理解していないイオが聞く。

 

「イオ、この前ファミレス行ったのは覚えてるよな?」

 

「ああ。あの恐ろしいなにかが秘められた場所だな、俺は覚えてる。特にあのツカサを責めるような眼を──っ! まさか!」

 

「そうだ。あの人は──あの時の店員さんだ!」

 

 冷たい視線で連想したか、イオまでも理解する。目の前の彼女が、『ラヴァル』の使い手がすぐ身近にいたことに。

 

「い、いやでもよ、確かにツカサへの目線は冷たかったけどあんなにキレた眼じゃなくて、冷ややかな方で──そもそも目線以外は普通に愛想のいい……」

 

「オォイオイ、てめーいつまで御託並べてんだ!? てめーの腕のそれは飾りか!? ほら決闘()ろうぜ、俺様はてめーに下さなきゃならねぇ。──裁きの炎をな!」

 

『裁き』。そう称する彼女は燃えたぎる炎のようで。赤い髪もまたその印象を強く助長していた。

 

「……っ! ツカサ。あいつ、結構できるから、油断すると……」

 

「ああ。わかってる」

 

 あの親友が、油断していたとは言え苦戦した相手だ。そして何より──纏う雰囲気が、彼女が並の決闘者ではないことを嫌でも伝えていた。

 

 ふと、ナギがツカサの袖を引っ張った。

 

「ツカサ、よければ私が彼女の相手を……」

 

「おぉーっと、お得意様は遠慮して貰おうか。俺様が裁かなきゃいけないのはそいつだ!」

 

 荒いだ声に遮られ、ナギは僅かに後退する。

 

「……だ、そうだ。大丈夫、僕がやろう」

 

「ツ、ツカサくん、気をつけて。あの人普通じゃない……何か様子がおかしいよ」

 

 

「「決闘!」」

 

 決闘の火の手が、上がる。

 

「あんた、名前は?」

 

「名乗ってなかったか。俺様はレン」

 

「そうか、レン。先攻後攻、どっちがいい?」

 

「あ? んじゃまぁ、ありがたく先攻を貰うぜ」

 

 ツカサ LP4000 手札×5

場 なし

 

 

 レン  LP4000 手札×5

場 なし

 

 

「俺様のターン! 手札から魔法カード、炎熱伝導場を発動!」

 

 開幕と同時に発動された魔法カード。して、その効果は──

 

「デッキから『ラヴァル』モンスターを2体墓地へ送る! ラヴァル炎火山の侍女とラヴァル炎湖畔の淑女を墓地へ!」

 

「おろかな埋葬、2枚分か……」

 

《炎熱伝導場》

通常魔法

デッキから「ラヴァル」と名のついたモンスター2体を墓地へ送る。

 

 デッキからカードを墓地に送る、という際に汎用的に用いられる魔法カードがある。おろかな埋葬、デッキから任意のモンスターカードを1枚墓地へ送るカードだ。

 そしてレンの発動した炎熱伝導場、それは『ラヴァル』限定だが2体を墓地へ送る、おろかな埋葬2枚分の効果である。

 

 冷静に、自分の知るカードに換算するツカサ。それは相手の分析──読みがすでに始まっていることである。

 だがそんなツカサの様子を見てレンは口角を上げた。

 

「──いやいや、俺様は2枚しか送らないとは言ってないぜ?

 

 墓地へ送られた炎火山の侍女の効果発動! 墓地にこいつ以外の『ラヴァル』モンスターがすでにいるときに墓地へ送られた場合、追加でもう1枚『ラヴァル』を墓地へ送る! そしてこれは──同名モンスターも指定できる!」

 

「……ちっ、つまり──」

 

「俺様はラヴァル炎火山の侍女を選択! 続いてラヴァル炎火山の侍女、最後にラヴァル炎樹海の妖女だ!」

 

《ラヴァル炎火山の侍女》

チューナー 効果モンスター

星1/炎属性/炎族/攻 100/守 200

自分の墓地に「ラヴァル炎火山の侍女」以外の

「ラヴァル」と名のついたモンスターが存在し、

このカードが墓地へ送られた時、

デッキから「ラヴァル」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

 

 効果のループ。同名モンスターのサーチというのは1枚から複数のデッキ圧縮が望める行為であり、効果次第では同名禁止が課せられているものもあることから、それが強力なものであるのは明白だ。

 その代表的なのが、巨大ネズミ等の破壊時のサーチ。巨大ネズミの破壊時に巨大ネズミを選択すれば単純に2枚のカード壁となり、デッキから消えることになる。それを召喚権を使わずして、デッキから墓地に送られて発動というのだから尚更だ。

 

『ラヴァル炎火山の侍女』

『ラヴァル炎火山の侍女』

『ラヴァル炎火山の侍女』

『ラヴァル炎樹海の妖女』

『ラヴァル炎湖畔の淑女』

 

 この5枚が1枚の魔法カードをきっかけに墓地へ送られる。

 

 こんなもの、おろかな埋葬どころでなく──

 

「苦渋の選択の、墓地落とし特化……!」

 

 苦渋の選択。それはデッキから5枚選び、相手は1枚選び残りの4枚は墓地へ送る魔法カード。一見4枚送るのはデメリットであるが、墓地肥やしに関してはむしろそれはメリット。その用途の際に強力過ぎるため一般では規制されているほどのカードだ。

 それとほぼ同等の効果──墓地肥やしに関してはそれ以上のことを相手はして見せたのだ。

 

『ラヴァル』デッキなのだ、カテゴリー制限などないに等しい。

 

 5枚のデッキ圧縮はそれだけで大きなアドバンテージを得る。

 そしてそれは、そこまですることに大きな意味があるということであり、その目的からデッキの傾向を推測することが可能だ。

 

 単純に、目当てのカードを引きやすくするためであれば、それだけキーカードを必要とするデッキということだ。

 そしてもう1つ、墓地にカードを貯めることが目的であれば、墓地を利用するデッキということになる。

 

 後者は対処が出来るものではあるが──今の何の備えもないツカサに墓地除外の術はない。読めてもそれ自体を阻むのは難しかった。

 

「さて……まぁ、使っちまうか。勿体ないけど、しょうがないよなぁ。

 魔法カード、紅蓮の炎壁を発動! 墓地のラヴァル炎火山の侍女2枚を除外してラヴァルトークンを2体召喚」

 

《紅蓮の炎壁》

速攻魔法

自分の墓地の「ラヴァル」と名のついたモンスターを

任意の枚数ゲームから除外して発動できる。

このカードを発動するために除外したモンスターの数だけ

自分フィールド上に「ラヴァルトークン」

(炎族・炎・星1・攻/守0)を守備表示で特殊召喚する。

 

 辺りに炎が広がると、そこから2体の炎の精、とでも言うべき小柄のモンスターが召喚される。

 

「そして! 2体のラヴァルトークンをリリース!」

 

 生まれたばかりの火種を糧に、炎は更に勢いを増した。舞う灰に目を瞑りのそうになる中、焔の向こうには巨大な人影が顕れる。

 

「灼熱の王よ、燃え盛る炎指揮執り、罪人に裁きの炎を下せ!

 アドバンス召喚、ラヴァルロード・ジャッジメントォ!」

 

 ロード。意味は一般に、王。そして──支配者。束ねし者。

 

 そんな──戦闘民族たる『ラヴァル』の最上位に位置する戦士はいとも簡単に召喚される。

 1ターン目、生け贄に召喚など使う事なく、3枚のカードでフィールドに君臨する。

 

「いきなり2700……。すでに召喚されてたら落とし穴じゃ遅いし、次のターンでツカサくんも上級最上級モンスターを出さないと……」

 

「まあ、劣性かもね」

 

 ノドカが不安を素直に口に出し、ナギがどこか面白そうに呟いた。

 

 そう、1ターン目。ツカサが唯一侵すことのないターン。そしてそれは相手もこちらに手を出せないターンではあるのだが──

 

「無傷が前提のギャラリーだが──これで終わりだなんて、大きな勘違いだぜ。

 ラヴァルロード・ジャッジメントの効果発動! 墓地のラヴァル炎樹海の妖女を除外し相手に1000ポイントのダメージを与える!」

 

「何!? ……くっ」

 

《ラヴァルロード・ジャッジメント》

効果モンスター

星7/炎属性/戦士族/攻2700/守1800

1ターンに1度、自分の墓地の「ラヴァル」と名のついた

モンスター1体をゲームから除外して発動できる。

相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

この効果を発動するターン、

「ラヴァルロード・ジャッジメント」は攻撃宣言できない。

 

 炎を辛うじて避けるものの、その余波がツカサを襲う。

 

ツカサ LP 4000 → 3000

 

 決闘開幕のそのターンに、ツカサのライフの4分の1が削られた。

 

 周囲の空気に余熱が残る中で、ツカサは肺の空気を声と共に吐き出した。

 

「おい、レン! あんた気づいてるか? 今、場のモンスターが実体化してるんだ。質量を持って、その炎は人の命を奪う。そのことがわかるか!?」

 

 イオやエースは、彼女に自覚がないという説を上げていた。だから、まずツカサはそれを伝える選択肢を選んだ。この常軌を逸した状況を認識させ、良識を確認する。しかし、そんな危険喚起に対する答えは、

 

「あ? いや……そういやそうだが、今そんなもの関係ないだろ?」

 

 良識を欠き、常識を外れた思考だった。

 

「てめーを裁くのにそんなもん関係ねぇ。むしろ好都合、骨まで灰と化せ!」

 

 内心で舌を打ち、改めて向き直る。この少女、日常の中で何度も顔を合わせていた彼女は──敵だ。

 

「俺様はカードを1枚伏せターンエンド」

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 1000ポイントのダメージ。これが1ターンに1度というのだから、ただ攻撃を凌ぐのみではあと相手のターンで3ターン、こちらのターンのみで数えれば2ターン後にツカサの敗北が決まる。

 ただしかし、それをツカサが見過ごすはずはない。

 

「僕は手札からカズーラの蟲惑魔を召喚」

 

 どこからともなく顕現した食虫植物。そこに植物金髪の少女が座す。少女はツカサに初陣を任されたことを誇らしげにするようであったが、しかしその対の場に炎が蒔かれているのを認識すると一気に困惑した、不安そうな顔になる。

 

 炎は植物族の、天敵だ。

 

 それもカズーラの蟲惑魔の攻撃力は800。相手は2700だ。言うまでもなく、通常召喚されたカズーラの蟲惑魔は攻撃表示である。

 

「まあ、安心していいよ。僕はバックに2枚伏せてターンエンドだ」

 

 ツカサがカードを伏せたのを、罠を仕掛けたのを感じ取るなり金髪の少女の顔に活気が戻るようだった。

 

 

 

 そしてその様子を対戦相手──レンは心の底から不快そうに、睨みつけていた。

 

 


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