distant day/dream 作:ナチュルの苗木
二度の戦争を経て。二度の窮地を経て。
ようやく訪れた平穏はそう永くは続かない。皮肉にも、他ならぬ彼ら自身の手によって、
舞台の裏で、引き金に手を掛けていたのは禁術集団。
その開幕を告げたのは、炎を纏いし戦闘民族。
酔狂に戦闘を求める彼らの徒な戦いこそ、その大陸の──世界の最終幕の始まりだった。
遊技に等しく振るわれた炎によって、本物の争いの火の手は、上がる。
*
現実は小説より奇なりという。
荒唐無稽にして突飛な物や事、空想の産物でしかない創作物のそれも、案外現実には紛れ込んでいているというものだ。
だがそれはそんな言葉もあるというだけで、事実、特異な物事は日常には無いものだ。
古代エジプトの記憶を巡った決闘王の物語も。孤島の学園と異世界の覇王の物語も。古来より続いた龍の戦いと、未来を求め駆けた物語も。記憶のカードと、異世界の皇の物語も。
そんなものは彼らの日常には、街には存在しない。
街に決闘ギャングはいないし決闘怪盗が忍び込むことはなく、石版が降らなければ陰謀もなく、異次元からの侵略者も存在しない。
所詮全ては遙か遠い話。日常とはかけ離れた、噂程度に耳にする創作物となんら変わらない話。
実際のところ、やはり空想は空想、想像は想像で妄想は妄想の域を出ないのだ。
時も夏も序盤を終え中盤になろうかという頃、街の学校は皆足並みを揃え1学期の終業式が行われていた。
そして式を終えて教室へと移動するツカサといえば、予想よりも遙かに短い校長の話にやや拍子抜けしていた。
こういった行事においては教師陣の話は長いのが相場、創作物なんかでも散々に再三と提唱されてきた由緒正しき伝統と言うべきものだ。
(現実は小説よりも奇なり、か。そんなこともないな)
と、まあそんなどうでもいい思考をするのにもわけがあり、彼の学校生活においては適当な思案で頭を埋めなければならない理由があった。
「あ、ツカサくん」
ばったりと、ツカサの目の前に現れ名前を呼ぶは緑髪の少女。
こちらに寄るなり彼女は柔らかく笑みを浮かべる。
「……ノドカか」
彼女はツカサの横に並ぶと周囲を見て、その笑みを困ったような笑みに変えた。
「すごいね、これ……」
その原因と言えば、周囲から寄せられる視線と囁きだった。
──あれ、星呪ツカサだよね? ──本物!? ──あいつマジで同じ学校に通ってたのか。──誰? ──春過ぎにこの街であった大会で──
そしてそれはツカサがどうでもいい思考をすることで気を逸らしていた理由だった。
夏の暑さと人混み、そして向けられる関心はうっとうしさを倍増させる。
「有名人だね、ツカサくん」
「……これだから嫌なんだ」
ツカサは溜め息を吐く。
デュエルモンスターズ、それは老若男女別け隔て無く多くの人々が関心を持つ国際的遊技であり、それは一種の権力さえも持つまでの知名度を持っている。
その遊技において、この街で行われた大規模の大会で活躍したツカサだ、その知名度が広がるのは必然と言えた。
学校全体での行事を終えたあとの移動中だ、学年関係なしに多くの生徒がそこに集まっておりその視線、興味がツカサへ向けられる。
うんざりといった様子で目を伏せるツカサへノドカが首を傾げる。
「でも言うわりには最近学校に来てるよね。今までほとんど来てなかったのに」
「ああ……」
春から夏に差し掛かるまでツカサは決闘特待生という肩書きを利用し、決闘を理由に学校を休んでいた。
だがここ最近は学校に通っている。本来の学生ならば普通の行為であるが、しかしそこへ寄せられる周囲の興味は異常だ。それも心底うんざりするほどの奇異の目。日常から少し離れた者への好奇心。
そんな中で、短期間といえ登校していたのにも理由がある。
「でもまあ、私は学校でもツカサくんに会えて嬉しいけど……ね」
言いながらはにかむノドカ。
それこそが、学校に通う理由だった。
外見、振る舞い、仕草、表情、その全てがツカサの知るとある少女と重なって見えて──
──その様子を垣間見れるのだから、それだけで学校に通う価値はあった。
「……またあとで話そうか」
視線に耐えかね、そして誤魔化すようにツカサは話題を切った。
終業式のあとのホームルームが終わると同時、学生の夏休みが始まる。
部活に行くもの、家に直行するもの、学生服のまま街に繰り出すもの。様々であるが皆一様に歓喜と開放感に心を振るわせている。
そしてツカサたちは校舎の陰、人の少ない場所に腰掛け涼みつつ、雑談に興じていた。
「校長先生の話短くてよかったねー」
「ああ。奇遇だな、さっき同じことを考えてたんだ」
「同じことかぁ。ふふふ。そっかぁ」
謎に嬉しそうに笑う彼女にツカサは疑問符を浮かべた。そしてノドカが続ける。
「ちなみに、話が短いのって熱中症予防の一環らしいよ。みんなが話してたけど、なんでも親御さんから指摘があったとか」
「なんだそれは」
時代の流れによって、世間は過保護になっていく。その中で壊れる
サンダーボルトや心変わりのように。混沌帝龍 -終焉の使者-や処刑人-マキュラ、ラストバトル! のように、環境が整えば整うほどに失われる
そこへふと、ツカサの端末が着信音を鳴らした。
「あ、ツカサくん。学校では着信音は切らないと。先生に怒られちゃうよ」
怒られるだけ。携帯を使うだけなら問題ないというのも、壊れてしまった伝統か。教師に携帯を取り上げられるのもお約束だろうに。
「イオからだ」
「イオくん?」
着信の相手をノドカに見せると、ツカサは端末を耳に当てた。
『こっちは終わったぜ。このあとどうする? 出来たらみんなで集まりたいんだけど……夏休みの予定も立てたいしな!』
「ああ、わかった。……ノドカこの後空いてる? イオがみんなで集まろうって」
「うん。大丈夫だよ」
「あー、イオ。大丈夫だ。ナギにもこっちから連絡しておくから……」
『うっし了解。じゃあ街でうろついてるから!』
勢いのまま通話が終わる。電話口からイオの元気さが伝わってくるようだった。
「今日も元気そうだねイオくん……」
ノドカは言いながら苦笑いを浮かべた。
「もう、夏休みかぁ……」
ナギへの連絡を済ませたのちに、ノドカが呟いた。
「どうした?」
「いや、えっとね……
あれ。そう彼女がそう指し示すのは、記憶に新しいあの事象──現象のことだろう。
──『ワーム・ゼロ』の強襲。
実体化し、街に潜伏していたモンスター『ワーム』、その祖である『ワーム・ゼロ』が街の上空を埋め尽くしたあの『現象』があったのは数週間前のことだった。
「時間が経ったって、大袈裟だな、まだ数週間だ」
「ううん。もう数週間、だよ。あんなことがあったのに、今じゃこんな平和なんだなって」
あれから、街にワームの人型は出ていない。従って被害者はゼロ。今では僅かに出没する精霊を追うだけツカサたちの『現象』に対する活動だった。
「まあ、そうだな。あんなことがあったのにも関わらず、街は平常運転だ。どいうつもこいつも危機意識が足りないというか……」
「あはは……まあみんな強いからね」
ノドカは薄く笑う。
あの世界の記憶を持つツカサは『ワーム』の脅威を知るからこそ、過剰なまでに危機感を憶えるが周りはそうではない。無知ゆえの強さ。もしくは元から皆図太いだけかもしれないが。
だが、その脅威の一部を『現象』で知ったノドカは少なからず表情を曇らせる。
「この学校の生徒だったんだよね、『ワーム』の使い手。それも、私も会ったことのある──決闘研究会の、部長さん」
「……ああ」
あのビルの屋上で、ツカサが対峙したのはこの学校の同じ高等部に通う学生だった。名前をリク。決闘研究会なるものの部長──会長──を務める3年生の一般生徒だ。
それはそう、一般生徒でしかなく、何者かに操られる一般市民に過ぎなかった。結果として『ワーム・ゼロ』の強襲は食い止めたものの、『現象』の根本的な解決に繋がったわけではなかった。
──いや、繋がらなかったわけではなかったか。
「その人、今どうしてるの?」
「……休学中。検査のあとで自宅療養してる。何度か訪ねたけど……詳しくは何も覚えてないらしい」
決闘の後、彼の持っていた『ワーム』のカードは瘴気と化し消えてしまった。そして彼自身その出所を知らず、その力を与えた存在についても覚えていない──あるいは知らないということだった。
そして唯一、彼の発した言葉、存在。
『──「インヴェルズの意志」』
『インヴェルズ』
それだけが、今後の手がかりであり。
それこそが、ツカサが一番敵視し脅威とする存在であった。
あの世界を崩壊へと導いたのは、あの日々を破滅へと導いたのは。
全てはそう、『インヴェルズ』が発端なのだから。
かつて栄え、争い、その果てに滅んだ世界。ツカサの愛した者のいた世界。その世界を──
──壊した元凶こそが『インヴェルズ』なのだから。
ツカサは知っている。あの世界を。行く末を。破滅の物語を。
あの世界の事象を近い形で繰り返すこの『現象』。もしこの街までもが、この世界があの世界を繰り返すというならば、止めなくてはならない。
もう二度と、繰り返させるわけには、いかない。
「へ、変な話してごめんね。……じゃあ、行こっか、ナギちゃんたちと集まるんでしょ?」
現実は小説より奇なりという。
果たして、彼の現実はどちらなのか。この『現象』は“奇”と言えるのか。
*
「このケーキセットを3つ」
「? ……3つ? はい! カップル限定ケーキセットが3つですね!」
どこかやけくそ気味な声が響くそこはお約束のごとく例のファミレスであった。
「3つ? このカップルうんたらっていうのは2人で1つのセットじゃねーの? 3つってことは6人だろ? なあツカサ、俺たち4人の他に2人もどこにいるんだ?」
「イオ、それは知らない方がいいことだ」
ナギへ連絡をした際、同時に場所を指定されていた。学校を後にしたツカサとノドカはイオ、ナギと合流し4人で入店し今に至る。
「俺ここ来るの初めてなんだけど、何か特別なルールでも……うわっ!? 今あの店員の子、ツカサのことすごい冷たい目で見てたぞ! なんだこれ、一体なにがあるっていうんだ……」
「知らないでいてくれ」
1人の女の子が食い意地を張っているせいでツカサの評判が落ちていることなど知らなくていいのだ。
「なに。なにか言った?」
「言ってないよ」
ケーキを喰らう者の蒼い瞳がツカサを映す。深い蒼はこちらをどこか見透かしているかのようで、ノーコスト水霊術-「葵」。
となりで困ったように笑うノドカが唯一の
(白衣は着てないけどな……)
とまあ現実逃避を始めていたツカサであったが、そこでイオが現実へ引き戻す。
「よっしゃあ、じゃあ夏休みだけど、みんなで何かしようぜ! 決闘とか、決闘とか、あと
「決闘しかしてないぞ、それ」
「じゃあ私は全国スイーツ巡りを推奨。甘い、美味しい、幸せ。誰も文句なし」
「いつも食ってるだろ……」
決闘脳とスイーツ脳に対しツカサは頭を抱える。
「いいじゃない、どうせツカサなんて落とし穴掘るくらいしかしないんでしょ?」
「失礼だな」
「でもそんなもんだろ。さあツカサ、俺との決闘でならいくらでも落とし穴を掘らせてやるからいくらでも……」
「煉獄に落ちろ」
デッキケースに目を落とせば、アトラの蟲惑魔のカードがイラストを覗かせていた。『やっちゃう? やっちゃう!?』なんて聞こえた気がするのは精神の疲労からだろう。
「あはは。でもみんなでどこかに行くっていうのはいいと思うよ。海とか、山とか。近場でもプールとか。夏だもんね、思い出つくらなきゃ!」
そう言って微笑むノドカ。彼女もまた浮かれた様子が垣間見えていた。
「そうだぜ、海や山でしかできない決闘があるんだ。俺とツカサの決闘は新たなステージに行くんだ。なんかこう……アクション的な決闘なんてどうだよ」
「そんなところで決闘する意味がわかんねぇよ。山や海でどうするんだよ」
「ほら、なんていうか、デッキをフィールド上に蒔いて置いて拾ったカードから使っていくとか」
「それじゃあドローソースの立場がないし、何よりカードが傷つくだろ」
「ええっと……じゃあデッキに関係ないちょっとした攻守アップや回復の魔法だけ蒔いて拾ったら時だけ使っていいとか……」
「それじゃあ戦略性もクソもないだろ!」
「ふ、2人とも! そ、その辺にしない? 何か怖いんだけど……色々と」
ノドカに止められ話題を切る。それでもなお『絶対流行るって』『流行んねえよ』と残響を残して閑話休題。
「でもイオくんって本当決闘好きだよね」
「おう! 決闘こそ俺の人生だ。そしてその人生のライバルがツカサだ」
誇らしげに言うイオ。しかし人生を語る上でこちらの名前が出るのは如何だろうか。
「人生のライバルってなんだよ、お前最近ケンともライバル視しあってるじゃねえか」
「あれはライバルを巡るライバルだから」
そしてツカサは諦めた。
「はぁ……。この前だってプロとやり合ったばっかだろ、まだ満足できないのか」
「おう。こんなんじゃ満足できねえぜ!」
「えーと……プロって?」
遠慮がちに問うノドカ。
「ああ! ……。この前俺とツカサ、あともう一人──まああの大会の上位3人くらいでプロの練習会に参加させてもらったんだ」
「へえ。そんなことしてたんだ」
「だけどそこまで満足できなくってさぁ……テレビでよく見るような有名なプロはいなくって、俺もツカサも勝ち越してたと思うんだけど……そうそう、ツカサがすごくってさぁ。俺ツカサが『ナチュル』単体のデッキ使ってるところ初めて見たんだけど、あれあんな形しててすげー強いのな。
ちょっと見たら相手モンスターの攻撃力が全員0になってて、またちょっと覗いたらツカサのモンスターの攻撃力が5000越えててさぁ。別の対戦だとツカサのモンスターが負けた戦闘なのに相手が3000ダメージ受けてたりするし」
半ば自慢気に語るイオ、その一方で今まで会話に参加していなかったナギが半眼で此方を見ていた。
「プロ相手に『ナチュル』使ったの?」
「……ああ」
「フライトフライ3体並べたの?」
「ああ」
「墓地に何体いるときにドラゴンフライ召喚したの?」
「20くらい」
「まさかモスキートがいるときに自爆特攻なんて……」
「……」
「……」
「……しました」
その返答で、ナギはケーキに向けていたフォークを取り落とした。
「何してるの。プロに喧嘩売ってきたの?」
「いや、これが『低級ナチュル』の万全だし……」
「ねえナギちゃん、それってそんなにひどいの?」
そしてナギがノドカへ『ナチュル』のロックバーンとハイビートの解説を終えたとき、ノドカからもどこか非難する視線を向けられた。
店内の女性3人に冷たい視線を向けられるという稀な状況であった。
その裏でイオは、なぜナギは6個あるケーキを全部食べようとしているのだろうかと疑問を抱くのだが別の話だ。
*
夏の陽は長い。日中の時間が長い分、その夕暮れが神秘的に感じるから不思議だ。
そして、夕暮れに伴う茜色が妙に妖しく感じられるのも。
「山、楽しみだね!」
帰り道。イオやナギと別れ、ノドカと2人で歩く中彼女は笑顔で言った。
ツカサとイオ、ノドカで雑談する中、ナギがやけにおとなしかったのはケーキを食べていたからではなく、その予定をつける連絡をしていたからであった。
連絡の相手はヒメ。ナギはヒメの家が所有している別荘を使わせてくれないか交渉をしていたらしい。
「ヒメさんの家の別荘かぁ、どんなところなんだろう。それにしても別荘って、ヒメさんの家ってもしかしてすごい家なの? ナギちゃんの親戚って話だけど……」
「ヒメさんの家は多分、旧市街の旧家名家の類だと思うよ。一回行ったことあるけどなんていうか、庭の広い平屋……なんか時代劇で見るような屋敷だったし」
「へぇ。なんか言われてみればそんな雰囲気あるよね! 落ち着いてるし、大人っぽいし!」
いやにテンションの高い彼女はどこか中身のない言動で、浮かれているようだった。
「いやだってツカサくん、みんなで山だよ? お泊まりだよ? 青春だよ? 夏の思い出だよ? 楽しみに決まってるよ!」
「まあね……」
確かに魅力的な語群だ。一般の男子高校生なら憧れるであろう、それこそ、これこそ創作物なんかでしか見ないイベントだ。
浮かれるのも落ち着き無いのも楽しみなのも十分にわかる。
けれど。
ツカサの頭に常駐しているのは『インヴェルズ』の存在。『インヴェルズの意志』を名乗る者が、今どこでなにをしているのかわからないのだ。
もしかすればもうすぐそこ、水面下で進行しているのかもしれないのだ。
破滅の未来が、刻々と。近づいているのかもしれないのだ。
「もしかして、『デュエルターミナル』のこと考えてる?」
「!?」
思考を見抜かれツカサが我に返ると、ノドカは心配そうにこちらをの覗き込むようにしていた。
考えも、覗かれているみたいだ。
「いや風霊術じゃビーピングはできない……」
「今度は変なこと言い出した!」
そして何がおかしかったのか、ノドカは笑い出した。
「あははは……ツカサくんって結構抜けてるよね」
「かもな……」
ツカサも肩を竦めて見せる。
「なんであの世界のこと考えてるってわかった?」
「……? あ、いや。ツカサくん怖い顔してたから。『デュエルターミナル』のことになるといつもそう、怖い顔になるんだ」
「……一応ポーカーフェイスを心掛けてるんだけどな」
決闘で顔に出たら困る。そう呟くと、ノドカは柔らかく微笑んだ。
「そういうのじゃないよ。ツカサくん、普段から鋭い顔つきだから元々怖いけど、どこか優しい感じがするもん。それが考えてるときはなくなるからわかるよ。まああと上の空になるし」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
どこか力説する風なノドカ。背伸びするようで微笑ましく感じる。
「ねえツカサくん」
「何?」
「あんまり、背負い込まないでよ。ツカサくんも私も、普通の学生なんだし、こういうときはもっと楽しもうよ。ね?」
普通の学生。その言葉を受けツカサは内心で笑う。
確かにツカサはただの高校生だ。何の変哲もない街で育った一般市民。少しばかり決闘に熱意注ぎ込むだけの普通の決闘者だ。
しかしそれは──数ヶ月前までの話だ。
この『現象』が始まってから彼の中に呼び覚まされる記憶は、どこか遠くの異世界に生まれた少年のものだ。
出会い、別れ、戦い。別れに終わる記憶。そんなものがある今、果たして自身は『普通』であるのだろうか。日常に現れた異常に、異世界の記憶を頼りに阻止を目論んでいるこの現状が『普通』や『平凡』なんて枠組みに入るのだろうか。
いつのまにか異色に染まってしまった日常、自分に対し、彼は自虐的に笑う。
「『普通』ね。……そうかも、な」
「
「思い出つくる2回も言うなよ……2人に減ってるし」
「あ、それは……」
俯き吃るノドカを余所に、ツカサは何気なく空を見上げた。茜の空に星が点々と浮かび始めていた。
星空から連想するのは、彼女と──彼女らと見上げた星空だった。あの世界に確かにあったはずの、幸せだった日々の思い出だ。
もしできるなら、あの日々をもう一度──
「……そう
「えっ……?」
「思い出、つくろうかって。ノドカの言うとおり僕も
「……うん!」
頷き笑う緑髪の少女。些細な嘘はあったが、その笑顔に繋がるなら大したものではない──はずだ。
ようやく沸き上がる夏の高揚感に、ツカサは口元を綻ばせた。
普通の学生が、普通の日常に抱く思いと同じものを感じる。うっとうしいだけの暑さに、ようやく歓喜を見出す。
そして翌日だ。
平凡な学生の日常を意識していた彼の元へ、非日常が忘れるなとばかりに肩を叩いたのは。
彼の親友──イオが襲われたという連絡が入るのは。
*
「イオ、お前襲われたのか?」
「そうなんだよ! 昨日の帰りに急に決闘で挑まれて、襲われたんだよ!」
襲われたなどと言う割には外傷もなく、至って明るく元気な声が発せられた。
そもそもイオにとって決闘はむしろご褒美ですありがとうございますなはずである。
「帰る」
場所は某ファーストフード店、時刻は午前。楽しもうと決めた夏休みの最初のスタンバイフェイズである。スタンバイフェイズは無駄なく、それが決闘における暗黙の約束だ。よって意味のないことは控えるべきなのだ。
「おいおい、まだ話が始まったばっかだろ!」
「あのなあ、せっかく夏休みに浮かれてたところに『襲われた』なんてメッセージ送られてきたもんだから、こっちは焦ったんだぞ」
「それは……まあ、悪かったよ」
「……。で、本題は? 差し詰めその相手に手こずったから練習相手になって欲しい、だと思うけど、悪いが今日はパスだ」
「いやいや、そうだけどそうじゃねーんだ。読みが甘いなツカサ。それに──」
軽口叩く中でふと、イオが声のトーンを下げた。
「──俺のデュエルディスク、壊されちったから」
「……は?」
「昨日急に決闘を挑まれて、思っていたよりずっと苦戦したんだ。そこまではツカサの言ったとおり。で、その決闘──モンスターが実体化したんだ」
モンスターの実体化、それはこの街で起きている『現象』そのもの。特定のカテゴリー同士間で起こる共鳴によりモンスターがソリッドビジョンを越え質量を持つ怪奇現象だ。
急に現れた『現象』にツカサは息を飲んだ。ここ最近は精霊の実体化くらいしか起こっていなかった『現象』が、ここにきて、日常を意識したタイミング、虚を突くようにして顕れたのだ。
「相手は……?」
「『ラヴァル』使いの女だった。それもどっか螺子外れた、相当やべーの」
『ラヴァル』。それは確かにあの世界──デュエルターミナルのカテゴリーだった。それは炎を扱う好戦的な戦闘種族で、いくらか戦場を共にし共闘した記憶もある。
「壊されたっていうのは……」
「実体化した攻撃の余波でさぁ、溶岩かなんかに溶かされちまって。なんとかデュエルディスクを盾にしたんだけど、決闘はそれで中止、相手はすぐに逃げちまったしよぅ」
だから決闘はできねーんだ。そうイオは口惜しそうに言う。
「まずツカサに伝えようと思って。それで呼び出したんだ。襲われたって書いたのは……間違ってはないし、いいだろ。急でもあったし。で、これはどうしようか、とりあえずシンに連絡するか?」
「ああ、一応しておこうか。ただし、長話はさせないように用件だけ伝えるんだぞ?」
「おう!」
そしてイオがあの研究員に用件を伝えるのに、20分を要したのだった。
*
「これまた電話越しですまないね。世間の学生諸君は夏休みだからこうして昼間からファーストフード店になんて溜まっていられるのだろうが、こちらにそんな休暇はないものでね、これで勘弁してもらおうか」
シンはどこか嫌みっぽく言う。曰く、また技術者として駆り出され街の外にいるとのことだった。
「いいや、ツカサ君。君は学生の癖して春から学校公認の毎日夏休み状態だったな。どうだい? 君の活動時間に他の学生がいるのは新鮮だろう?」
連絡させなければよかった、そう思うツカサだったがすでに時遅し。
「さて、もう一度聞こうか。イオ君、君を襲ったのは『ラヴァル』で間違いないね?」
「はい。『ラヴァル』使いでした。それも、結構切キレた決闘者で──」
「『ラヴァル』。そうか、『ラヴァル』。いやぁ実に面白い。おそらくだがね、イオ君、君が──『ジェムナイト』が『ラヴァル』に襲われたのには意味がある。
戦闘を好む種族『ラヴァル』はあるとき近隣に集落を構えていた『ジェムナイト』に攻め込み戦闘を繰り広げた。今回のもやはりあの世界のとおり、デュエルターミナルは確実に進行している」
「……」
興奮気味なシンの声にツカサは顔を顰める。
研究員にとって研究対象に変化があるのは喜ばしいことなのかもしれないが、ツカサにとっては好ましくないことだった。
『現象』の進行はあの世界の末路──破滅に繋がる可能性があるのだ。それを知っていて、止める方針を取り始めたツカサが喜ぶ筈もない。
それも、その末路はあの世界で愛したものを全て奪う結果に終わるのだ。そしてそれに対応するのもまた、掛け替えのない存在であったはずの2人と容姿を同じくする少女たち。
避けなくてはならない、未来だ。
破滅が近づくのを間接的に喜ぶシンに心底伝えなければよかったと思う反面、『ジェムナイト』と『ラヴァル』が特筆すべき関係にあったというのは初耳だったので大きな収穫だ。
ツカサこそ、あの世界の記憶があったとはいえそれは一人称のものなので限りがある。ときたま、第三者視点であるシンの記録には重要なものがある。
いずれは、ツカサの知らない舞台の裏についても探らなければならないかもしれない。
自分の知らないところで、あの青い少女に何があったのかを。
「よっしゃあ、じゃあ行こうぜ!」
そのイオの一言でツカサが我に返った頃にはシンとの通話が終了していた。
「ごめん考え事してた。行くって、どこに?」
「そんなの決まってんだろ、『ラヴァル』探しだよ」
イオの顔は久方ぶりの『現象』のためか、目に見えて嬉しそうだった。
そうだ、この親友は怪現象に心躍らせる無邪気な好奇心の塊であった。ツカサはやや複雑な心境のまま、席を立った。
《水霊術-「葵」》
通常罠
自分フィールド上の水属性モンスター1体をリリースして発動できる。
相手の手札を確認し、カードを1枚選んで墓地へ送る。
《白衣の天使》
通常罠
自分が戦闘またはカードの効果によってダメージを受けた時に発動する事ができる。
自分は1000ライフポイント回復する。
自分の墓地に「白衣の天使」が存在する場合、
さらにその枚数分だけ500ライフポイント回復する。
《風霊術-「雅」》
通常罠
自分フィールド上に存在する風属性モンスター1体をリリースし、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して発動する。
選択した相手のカードを持ち主のデッキの一番下に戻す。