distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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本編 遊戯王distant day/dream
チェーン1  始まり


「──っ!」

 

 彼女の名前を呼び、抱き寄せる。

 

 創られた世界はその創造主の意志を持ってして最期を迎えようとしていた。

 大地は割れ、海は荒れ、空は黒く染まった。

 大きな揺れは、地震なのか吹き荒れる風のせいなのか区別も付かない。

 空に空いた穴は真っ黒で、それは何かが蠢いているようでもあった。

 やがて世界は崩れ、黒に呑まれていく。

 

 これはいつまで経っても変われない、愚かな自分たちへの罰……制裁なのだ。

 

 崩れゆく世界の最期に少年は思う。

 

 ──もし次があるなら、君だけは守るから。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

   *

 

 

「罠カード発動、ナチュルの神星樹!」

 

 

《ナチュルの神星樹》

永続罠

「ナチュルの神星樹」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。

(1):自分フィールドの昆虫族・地属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキからレベル4以下の植物族・地属性モンスター1体を特殊召喚する。

(2):自分フィールドの植物族・地属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキからレベル4以下の昆虫族・地属性モンスター1体を特殊召喚する。

(3):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。

デッキから「ナチュルの神星樹」以外の「ナチュル」カード1枚を手札に加える。

 

 

「場のカズーラの蟲惑魔を墓地へ送り、アトラの蟲惑魔を特殊召喚!」

 

 少女の姿をしたモンスターが地面に消え、代わりに新たなモンスターが現れる。これもまた少女の姿をしたモンスターだ。

 可愛らしい容姿ではあるがそれは妖しい雰囲気を纏い、ただの人型モンスターではないことを醸し出していた。

 

 対峙する男は嘲るように笑った。

 

「アトラの蟲惑魔、攻撃力1800か。低級モンスターとしてはまあまあの攻撃力だが、状況が悪いな。今は俺のスタンバイフェイズだ」

 

 ツカサ LP4000 手札×2

場 アトラの蟲惑魔

  ナチュルの神星樹 伏せ×1

 

 男 LP4000 手札×6

場 無し

 

 そう、ツカサがアトラの蟲惑魔を召喚したのは相手のスタンバイフェイズ。相手がこれから何を召喚し、何をするかも知れない状況でわざわざ低級モンスターを攻撃表示で出すのは悪手と言えよう。

 

「まあ大方その伏せカードに仕掛けてるんだろうが……残念、サイクロンだ」

 

 ツカサの伏せていたカードは──光の護封霊剣。

 

「光の護封剣の罠版か……」

 

 光の護封剣は3ターンの間モンスターの攻撃を封じる魔法カード。

 そしてこの光の護封霊剣は、相手の攻撃の際にライフを1000払う事で無効化できる永続罠カード。

 

「ふん、最高とは言えない手札だが……いいだろう、俺のデッキのエースを見せてやる!

 俺は手札からXX-セイバー ボガーナイトを召喚。XX-セイバー ボガーナイトの効果で手札からX-セイバー エアベルンを召喚。更に手札のXX-セイバー フォルトロールの効果! フィールドに『X-セイバー』が2体以上いるとき自身を特殊召喚できる。XX-セイバー フォルトロールを特殊召喚!」

 

《XX-セイバー ボガーナイト》

効果モンスター

星4/地属性/獣戦士族/攻1900/守1000

このカードをS素材とする場合、「X-セイバー」モンスターのS召喚にしか使用できない。

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。

手札からレベル4以下の「X-セイバー」モンスター1体を特殊召喚する。

 

《XXダブルエックス-セイバー フォルトロール》

特殊召喚・効果モンスター

星6/地属性/戦士族/攻2400/守1800

このカードは通常召喚できない。

自分フィールドに「X-セイバー」モンスターが

2体以上存在する場合のみ特殊召喚できる。

(1):1ターンに1度、自分の墓地のレベル4以下の

「X-セイバー」モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを特殊召喚する。

 

 瞬く間に相手の場に三体のモンスターが並ぶ。それも上級モンスターも含むのだから驚きだ。

 

「罠発動! 光の護封霊剣!」

 

「何!? 光の護封霊剣は今破壊しただろう!」

 

「ああ。破壊されたさ。だから僕がこれを発動するのは、墓地からだ」

 

《光の護封霊剣》

永続罠

(1):相手モンスターの攻撃宣言時に1度、1000LPを払ってこの効果を発動できる。

その攻撃を無効にする。

(2):相手ターンに墓地のこのカードを除外して発動できる。

このターン、相手モンスターは直接攻撃できない。

 

「墓地から罠だと!? どういう事だ!」

 

「罠カードの中には墓地から発動できるカードがあるんだ。これで攻撃は封じた」

 

 焦りを見せた男だったが、効果を確認するとすぐに余裕を表情に戻した。

 

「墓地から罠とは驚いたが……肝心の効果は直接攻撃(・・・・)を封じるのみ! 俺がこれから召喚するエースモンスターでお前のモンスターを攻撃する分には問題ないな!」

 

「……」

 

「さあ準備は整った!

レベル6 XX-セイバー フォルトロールに、レベル3 X-セイバー エアベルンをチューニング!」

 

 ☆6 + ☆3 = ☆9

 

「歴戦の剣士を束ねし白き刃よ、その名の下に刃向かう者を打ち砕け! シンクロ召喚!

XX-セイバー ガトムズ!」

 

 白銀の鎧で身を包んだ大剣の剣士が現れる。その攻撃力は3100。3100と言えばかの有名な青眼の白龍の3000を上回る数値。並みのモンスターでは敵わない攻撃力だ。

 

 

 だが、ツカサは口元を綻ばせた。

 

「それがあんたのエースモンスター。3100か、強いね。確かに攻撃力1800じゃ普通は悪手だった。普通ならね。

 僕は手札から、奈落の落とし穴を発動!」

 

「何!? 今度は手札から罠だと!? 罠カードは一度伏せなければ発動出来ないのではないのか!?」

 

「あんたが笑った、アトラの蟲惑魔の効果さ」

 

《アトラの蟲惑魔》

効果モンスター

星4/地属性/昆虫族/攻1800/守1000

このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、

自分は手札から「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードを発動できる。

また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、

自分がコントロールする通常罠カードの発動と効果は無効化されない。

 

 アトラの蟲惑魔。一見は可愛らしい少女の姿をしたモンスターだが、それは擬似餌であり本体はモンスターを捕食する残忍な蜘蛛。擬似餌の少女は怪しく笑んだ。

 

「チェーンしてもいっこ手札から罠を発動、狡猾な落とし穴。対象は、アトラの蟲惑魔とXX-セイバー ボガーナイト」

 

《狡猾な落とし穴》

通常罠

自分の墓地に罠カードが存在しない場合に発動できる。

フィールド上のモンスター2体を選択して破壊する。

 

「狡猾な落とし穴は罠カードが墓地に存在しないときのみ発動できるカードのはず──そうか、奈落の落とし穴が処理される前に発動してるから問題ないのか。

 ……! さっきわざわざ光の護封霊剣を発動したのは……」

 

「そう、このカードの為さ」

 

 狡猾な落とし穴はフリーチェーンで発動できる罠カード。自分と相手のモンスターを1体ずつ破壊する、比較的使いやすいカードだが、その発動条件は、墓地に罠カードが存在しないこと、と存外厳しい。

 この状況では少々無駄に見えたカードの発動だったが、全ては布石。理由あってのものだったのだ。

 

「だ、だがお前のそのアトラの蟲惑魔も破壊される! 所詮は痛み分け……」

 

「いいや、アトラの蟲惑魔は破壊されないよ。破壊されるのはあんたのXX-セイバー ボガーナイトだけだ」

 

「そんなはずが──」

 

「アトラの蟲惑魔の効果だよ。アトラの蟲惑魔は『落とし穴』カードの効果を受けないんだ」

 

「そんなインチキ効果……!」

 

 白銀の剣士とその配下は呆気なく穴へ消えていく。

 

「くそっ。俺はカードを2枚伏せ、ターンエンド」

 

「僕のターン、ドロー。手札から、ティオの蟲惑魔を召喚」

 

「罠発動! 奈落の落とし穴!」

 

 ティオの蟲惑魔の攻撃力は1800。男は仕返しとばかりに奈落の落とし穴を発動するが、ティオの蟲惑魔に変化はない。

 

「何故だ!? 何故ティオの蟲惑魔が破壊されない!」

 

「ティオの蟲惑魔の効果だよ。

 

 蟲惑魔は、『落とし穴』カードの効果を受けない!

 

 ティオの蟲惑魔は召喚に成功した時、墓地の蟲惑魔を特殊召喚できる。僕は墓地のカズーラの蟲惑魔を召喚。そしてナチュルの神星樹の効果でカズーラを墓地へ送り、山札からトリオンの蟲惑魔を特殊召喚。トリオンの蟲惑魔の効果、特殊召喚時、相手の場の魔法罠を破壊できる」

 

《ティオの蟲惑魔》

効果モンスター

星4/地属性/植物族/攻1700/守1100

このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地から「蟲惑魔」と名のついたモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。

また、このカードが特殊召喚に成功した時、

自分の墓地の「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カード1枚を選択して自分フィールド上にセットできる。

この効果でセットされたカードは、次の自分のターンのエンドフェイズ時に除外される。

「ティオの蟲惑魔」のこの効果は1ターンに1度しか発動できない。

 

《トリオンの蟲惑魔》

効果モンスター

星4/地属性/昆虫族/攻1600/守1200

このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。

このカードが召喚に成功した時、デッキから「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カード1枚を手札に加える事ができる。

また、このカードが特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 

「サイクロン効果のモンスターだと!? 次元幽閉が……」

 

 これで相手の場には何もない。

 

「アトラ、ティオ、トリオンの3体で直接攻撃!」

 

 男 LP4000 → 0

 

   *

 

『続きまして、最近多発している無差別襲撃事件についてです……

……被害者に共通しているのは、全員が倒れていたところを発見され、身体に軽傷を負い、倒れる前の記憶を失っていることで……』

 

 日も沈み店内の客も疎らになった頃、店内にはテレビの音が流れていた。

 

「最近も物騒だな」

 

 店内で時間を潰していたツカサに声が掛かる。

 このカードショップの店長だ。

 

「悪い待たせた。探してたカード、これだろ?」

 

 店長は一枚のカード、硫酸のたまった落とし穴を見せる。

 

「そうですそれです! いやーここらの店じゃ置いてなくって……」

 

 受け取り、精算を済ませる。

 

「また使いにくそうなカードを。お前も好きだな。流石『奇術師』。罠カードを交えた戦術じゃ類を見ない、ってか」

 

「変な渾名つけないでくださいよ」

 

 ツカサは苦笑いを浮かべる。

 

 ここの店長は決闘者に対し渾名を付ける事で有名で、普通に格好良い物から痛々しい物まで差が大きいのだが、何が恐ろしいかと言えば、それが地域に広まる事もある、という事である。

 痛々しい渾名が広まった日には外を歩けない。

 

「そうだツカサ、お前今日も店の周りで決闘してたな。調子はどうだ?」

 

「上々。今日は6戦6勝です」

 

「お、すげえじゃねえか。ここは腕のある決闘者も多く来る。お前も強くなったな」

 

 ツカサは決闘を始めた頃からこのカードショップに通い、日々決闘を重ねていた。最初こそ勝つことは難しかったが、今では地域でも有数の実力を持つ猛者となっていた。

 

「夢はプロの決闘者ですからね。まだまだ満足できませんよ」

 

「ははっ、言うねえ。プロか。となると、今度の大会には出るのか?」

 

 近々、大きな大会がある。ソリッドビジョンを作り、今の決闘の体制を作り上げた名高き海馬コーポレーション主催の18歳以下限定の大会だ。その大会にはプロのスカウトも視察に訪れ、多くの強者が全国から集まる。

 

「ええ、先日一般参加の予選がありまして。本戦参加枠に入りました」

 

「おお! そうかそうか……予選はここの区分だけでもかなりの人数らしいが、ツカサももうそこまで強いのか……」

 

「全員と戦ったわけでもないですけどね」

 

 予選は勝率制で行われ、ツカサは見事に好成績を納め、本戦に駒を進めたのだった。

 

「この店の常連からプロがでれば俺も鼻が高い。頑張れよ……おっと、もうこんな時間か」

 

 店長は時計を指す。

 

「ツカサはもう帰っておけ。客も少ねえし、今日はいいだろ。さっきのニュースじゃねえが、あんまり暗い道を一人で歩くのは危険だ」

 

「ははは……。気をつけますね。では」

 

 冗談半分に笑いながら、ツカサは店を後にした。

 

   *

 

 ツカサは今年で17歳になる少年。幼い頃から夢はプロの決闘者と豪語し、切磋琢磨してきた。

 今日もすこぶる快調。戦績は全戦全勝。これなら、今度の大会でも良い結果を残せるかもしれない。

 対戦相手の傾向を予想、シュミレーションし、戦術を練る。

 決闘をしない帰路でもツカサの決闘への執着は止まなかった。

 

 

 ──そして道すがら。ソレは訪れた。

 

「!?」

 

 ツカサは異様な空気を感じとり、振り返った。

 

 そこには深くローブを被った人影。辺りの暗さも相まって顔は見えない。背は高めで細い。ソレはどことなく異様な雰囲気を纏っていた。

 

 言いようの無い不安感がツカサを襲う。

 

 無差別襲撃事件。

 

 先程カードショップで耳にした言葉が浮かぶ。

 

(マジかよ。本当に、こんな。自分にくるものなのか……?)

 

 無差別。それは目的も基準も何もなく、極めて無作為に対象が決まるものだ。

 この広い街の中で、ピンポイントに自分が当たるなど誰が思おう。

 

 構えられた腕には、デュエルディスク。

 

「いいよ、やろう。あんたがこの街で人を襲うなら、僕がそれを終わらせてやる」

 

 ──それはツカサの日常の終わりでもあった。

 

 

 

 そして、物語は廻りだす。

 

 


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