distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン26  信頼

 全てを喰らう本能と、桁外れの増殖力と適応力。そして知能を備えた上で行き着くその質量が、蟲の脅威であった。

 

 多種多様に秀でた原住民に適応し、進化を重ね強大になっていったそれが脅威でないはずがない。

 

 だから。

 

 侵略者たちと戦い続けることが出来たのは、抗い続けることが出来たのは。

 かつて戦場で争っていた彼らが互いを信じ、頼り、そして託すことが出来たからに他ならない。

 

 幕引きが機械兵器によるものであろうと、道を外し始めた者の産物であろうとも。

 

 戦場には本物の団結があったことには違いはない。

 

   *

 

 そのビルに特筆すべき点は特にない。

 

 この街の開発が進むのに伴い建設された高層ビルでいくらかの企業が支部としているのだが、そこに世界規模はおろか国規模の大企業が含まれているわけではない。

 この街に拠点を構えた以上この街に関係している企業であるとは考えられるものだが、その大半ほぼ全てが表に名前の出ることのない中小のものなのだろう。

 

 水道関係だったり、ガスだったり、あるいは工業区画の管轄だったりするのだろうか。

 店舗の管理や商品の取り扱いであるのかも知れない。あるいは金融に保険、また公務だって有り得るだろう。

 この街に詳しい者、例えばこの街を守るために尽力するエースあたりならば知っているのかもしれないが、日常をデュエルモンスターズという遊技に捧げ浸かってしまっているツカサに一般の平々凡々の企業など知る由もない。

 

 下手すれば公共電波に名前が乗る会社すら知らないのがツカサだ。

 

 けれどもそれを全て説明されたとて、そのビルには特筆すべき点──この事件に関係するようなものはなかった。

 

 ただ。あえて意識しておくならば、ただ高いということだろう。

 

 この街でも1位2位を争う程度には高い階数、標高を誇る。

 それは、この街のどこよりも空に近い場所ということであり。

 

 突如出現した巨大な化け物に、あの灰色の空に最も近しいということだ。この現象がこれまでに起こした中で最も特異なそれに。

 

 

 聳え立つ摩天楼はその上空の光景も相まって禍々しく映る。

 

 そのビルこそがこの状況の中心部であり、この現象──『ワーム』の元凶であると主張しているようだった。

 そして案の定というべきなのか。そのビルに近づくにつれ実体化したワームの数は増えていき、建物を取り囲むようにしてその周辺に集中していた。まるでそこを守るように。そこが重要な場所であるかのように。

 暗に、示していた。

 

「なんだよこれ、街が──ワームに……」

 

 街に巣喰う蟲にイオが顔を顰めた。

 

 上空から降ってきたワームの精霊は、それこそ破壊活動を行うわけでもなかったが、そこにいるのが当たり前というように存在している。住み着いている、というには些か時間が少ないし、巣喰っているというのも些か不適切であろうが、それでも巣喰うという文字が表現してしまう程度には街に侵食していた。

 

 正に『侵略』。その言葉を連想させる。

 

 今も空からは産み出されるようにしてワームがゆっくりと降りてきており、その数は少しずつ増えているのだろう。そしてその全てがこの一帯に集まっているように思える。

 

「チッ、奴らめ。蟲ごときが俺らの街を……」

 

 増えゆくワームに対しエースは1枚のカードを取り出す。

 

 ──『A・O・J カタストル』。

 

「やめて」

 

 デュエルディスクに置かれようとしたところを遮るのはナギ。

 

「何故止める。俺にこれだけのワームを見過ごせというのか? それにどうせ、あれをどうにかしなければビルには入れないだろう」

 

 蟲は建物への侵入者を拒むように辺りを取り囲んでいる。彼らに気づかれないように通過するのは到底無理な話だ。

 

「それでも、あなたはここで力を使うべきじゃない。確かに対ワームに特化したカタストルならこの状況を突破できる。けど『A・O・J カタストル』を実体化させるのは簡単じゃないはず。あなたは最悪の展開に、『A・O・J ディサイシブ・アームズ』のために温存しておくべき」

 

「じゃあどうすると──」

 

 切羽詰まったようなエースから視線を外すと、青色の瞳はツカサを見た。

 

「……僕らの出番、か」

 

 ツカサが言うとナギは頷いてみせた。

 

 取り出すは『ナチュル・ビースト』。何の経緯か、ツカサが実体化できる唯一のモンスターだ。

 

「僕とナギでモンスターを実体化、道を開く。──んじゃまあ、準備はいいか?」

 

 念のため問えば異論は上がらなかった。

 デュエルディスクを構え路地から通りへ出る。そして──

 

「ナチュル・ビースト!」

「氷結界の虎王 ドゥローレン」

 

 蟲たちの前に2体の虎が姿を顕す。

 2体は呼応するように吠えると蟲たちに襲いかかった。

 

「今だ! このまま建物まで走るぞ!」

 

 敵の存在に気づくワームだが、襲い。既に臨戦態勢に入っている虎たちに対し、蟲は奇襲に対応しきれていなかった。

 だが敵を認めたゆえか、周囲のワームが集まってくる。

 

「すげえ、本当にツカサのモンスターが実体化してるぜ! くっそお、俺も出来たらな……」

 

 悔しそうに、そしてどこか嬉しそうに笑うイオ。創作物に目を輝かせる子供の様な、無邪気な笑みだ。

 

 しかしそんな親友へ視線を贈ることすら出来ないのが、その現状であった。

 

「数が──多くないか?」

 

 周囲に目線を走らせながら、ツカサはナギに問う。

 

 物陰からこちらを伺っていた時点では突破できる範囲であった。ここにいるワームは全て中級以下。カードステータスで言えばこちらの従える虎の方が上だ。おそらくそれは実体化した戦闘においてもそうであり、この場で無理はないはずだった。

 だがどうだろう。予定よりも建物との距離が詰まらない。

 

 2体が蟲を割き、払い、道をつくってはいるのだが、次々とワームは押し寄せるように顕れる。

 1秒1秒の僅かな時間に、ワームは次々とこの場に集まっていた。

 

 予想を上回る勢いでその数を増やしていた。最初は辺りに疎らにいたようなワームだが、気づけばこの一帯を囲んでいる。それこそ、どこかから湧き出ているような。

 

「ん、これは予想以上に、多い。どこからこんなに……」

 

 ナギの顔にも焦りが窺えた。

 

 そして幾何か、当初より時間を掛けてビルまで辿り着く。

 建物に逃げ込むようにするツカサたちだったが、入り口が開くことはなかった。

 

「……確か電気を止めたと言っていたな。面倒な。おいケン、手伝え」

 

「了解」

 

 エースとケンが自動ドアを手動で開くものだが、当然その間をワームが待ってくれるわけではない。

 

 ツカサとナギで食い止めることになるのだが、ビルを背にワームと対面したところでツカサは絶句した。

 

 ──一面の、ワーム。

 

 見渡す限りに隙間なく、実体化したワームがここを囲んでいた。一体どこに潜んでいたというのか、到底検討もつかないほどに蟲は増殖していた。

 

 その光景に、ツカサの脳裏で1つの場面が浮かんだ。

 戦場を埋め尽くすワームと、それに抵抗する『ナチュル』の陣営。ツカサの抱く『ナチュル』の記憶だ。ナチュルの森に住む精霊や獣の視点の端的な記憶で朧気なものではあるが、その脅威は今の状況と同等に感じられた。

 

 顔を引き吊らせ、歯を食いしばり、嫌悪感を露わにするツカサ。

 後方のドアが開いたのを確認すると退避しようとするものだが、そこでナギが呟く。

 

「このままビルに入るのは危険」

 

「危険? どうして?」

 

「このままビルに逃げ込めば、下からワームに追いやられることになる。もし『ワーム』使いが自在に精霊を実体化できるなら、決闘者に辿り着いたところで──いえ、道中でも精霊を出してくるのかもしれない。もしそうなったとき、本当に逃げ場がなくなる」

 

 上と下からの挟み撃ち。高層ビルという左右が限られた中でそれは致命的だった。もしそれが『ワーム』の意図するものなら、このままの進行はただ誘い出されただけの愚かなものだ。

 

 一理はある。一理どころか尤もな考えだ。

 

 だが──

 

「どうする、この状況!?」

 

 彼らを取り囲むは夥しい数のワーム。ここまでの僅かな時間で蟲は周囲を埋め尽くしかねない数に発展していた。

 生々しい不気味な色合いが視界を埋める。きっと上空から見ればここら一帯が醜く彩られているのだろう。

 

 押し寄せるワームに虎が牙や爪を振るうが、その数に圧倒されて始めていた。

 

 ビルの入り口に入っている以上敵と面する範囲は狭く、大量のワーム一度に相手するわけでない。よってその多くが戦闘にならない死に兵と化しているのだが、やはりそれでも戦闘が終わらないというのはそれだけで体力を消耗する。

 いくら蟲を破壊──瘴気に霧散させようとも、倒したそばから新たな蟲が顔を出す。

 

 このままではこちらが力尽きるのは目に見えていた。

 

『ワーム』の使い手は並の決闘者ではないのだろう。本当に、あの『ワーム・ゼロ』を実体化しているとすれば、それが並の決闘者であるはずがない。

 

『ワーム・ゼロ』。遠いあの世界における、歴史の一幕を象徴するモンスター。ワームの、最終到達点。

 

 そんなもの、人が従えられるものか。

 

 自在に精霊を実体化できる──十分に、有り得る話だ。

 

 足を止めたままのこちらを、建物内からイオやエースが伺っていた。

 ここで止まるわけにはいかない。エースではないが、それはわかっている。だが、この状況を打破できる案は咄嗟には浮かばない。『ワーム』への嫌悪に頭が侵されている今ならば尚更だ。

 

 そこへ、ナギが言う。

 

「──仕方ない、先に行って」

 

 彼女はこちらを見ずに、そう言った。

 

「先に行けって、この数だぞ……?」

 

 ツカサは知っている。自身の体験ではない、けれども芽吹いた『ナチュル』の記憶に、『ワーム』の脅威を。

 そこへナギを残すなど、選択肢に入れられるわけがない。

 

「トリシューラを舐めないで。『ワーム』に負けるような力じゃない」

 

 ナギが実体化できるのは虎だけではない。かつて向こうの世界を破滅に追い込むほどの力を持っていた、『氷結界』の三龍も使役することが出来る。

 その力を使えばワームには対抗できるのだろう。実際『氷結界の龍 ブリューナク』はワームとの大戦において一度戦果をあげている。

 

「でも──」

 

「大丈夫だから。心配するなら、さっさと上の決闘者を止めてきて」

 

「だけど! ナギを1人にするわけには……」

 

 彼女に重なるのは蒼い髪の少女。内面は違えど、瓜二つの外見を持つツカサのよく知る少女。

 

 ツカサが──何に代えても護ると決めた少女の1人。

 

 ──一度は守れなかった、少女。

 

「……ノドカは1人にするくせに」

 

 彼女の口から出たのは違う少女の名前だった。

 

「なっ、それは──」

 

 ──今は関係ない。1人にしたわけじゃない。

 面食らい、そんな風に慌てて撤回しようとするツカサだが、ナギがそれを遮る。

 

「嘘。いじわる言った。……でも、ノドカに大事だ、なんて言ってたときは格好良かったのに、こういうときはうじうじするんだ」

 

「……」

 

 ツカサは言葉を失う。

 ナギに見られていたことにか、それをこの状況で持ち出すことにか。

 

「ツカサにしては熱い告白だった」

 

 この緊迫した状況にも関わらず、ナギは揶揄うように笑う。

 思い返せば気恥ずかしい行動だ。それが見られていたとなれば──恥ずかしいなんてものじゃない。

 

 そして彼女は真面目な顔になる。普段な無気力なものでなく、強く前を見据える鋭い目だ。

 

「でも。大事にし過ぎるのも、過保護過ぎるのも、残酷。私たちは──

 

 ──そんなに信用できない?」

 

 彼女は言った。

 こちらに向き、真っ直ぐに捉え。

 

「……私はあなたを信じてる。不本意だけど、不思議だけど、なぜだか、あなたになら託せると思ってる。まだ出会ったばかりなのに、どこか、あなたならなんとかしてくれる気がする。

 あなたは……信じられない? 任せられない? そこまで私は──信頼できない?」

 

「……わかった」

 

 ツカサは身を翻すと後方にいたエースたちと向き合う。

 

「いいのか?」

 

「いい。ナギなら、大丈夫。きっと」

 

 信頼できない。そんなことは、ない。彼女の実力は本物だし、精霊の実体化に関してはツカサより上だ。

 ツカサの知る少女と良く似た容姿であることを差し引いても、あるいはその容姿と内面が異なることを加味しても、彼女が信頼に欠けるということはない。

 

 それに、こちらを信頼するとまで言ってくれたのだ、無碍にはできない。

 何より、ノドカのことを出すのは卑怯だ。

 

 案じるイオに頷いて見せる。そしてナギに背を向けたまま、ツカサは告げる。

 

「でも、無茶はするな。危険だと思ったらすぐ建物の中に逃げ込んでくれ。傷ついて欲しくないのは──

 

 ──大事なのは、ナギも同じだから」

 

 ツカサは建物内に足を踏み入れた。 

 

   *

 

『大事なのは、ナギも同じだから』

 

 去り際に彼が残した台詞が、ナギの中で反響する。

 

 歯が浮くような、一転すれば痛々しい、恥ずかしい台詞だ。

 まるで物語の登場人物が吐くような、魅力的でありながら実在してしまえば滑稽で薄っぺらな台詞だ。

 

 だが妙にも、それが強く、耳に残ってしかたがなかった。

 

 若干頬が熱くなる。

 

 そこへ連想するのは、ここに来る前に見たツカサとノドカの会話。

 彼はノドカへ、御守りと称して1枚のカードを贈っていた。『煉獄の落とし穴』、それなりに希少価値のある罠カードだ。

 ナギも以前、彼からカードを貰ったことがあるのだが、そのときに受け取ったのは『奈落の落とし穴』であった。

 どちらも『落とし穴』を冠するツカサの愛用する罠カードだ。

 使い勝手が良いのは奈落だが、場合によって有効打となるのが煉獄。使いどころに差があり、両者ともに一長一短である。

 

 ただ──カードのレアリティ、希少価値で言えばノドカへ贈られた『煉獄の落とし穴』の方が高いだろう。

 

 

 なんだか──

 

「──妬けちゃうなぁ」

 

 ナギは目を瞑ると、そんな雑念を静めていく。やや熱くなっていた頬が冷めていく様子は、これから場に起こることと同様であった。

 目を開くと、蒼色の瞳はワームへ鋭い眼光を向ける。

 

 そして、場の気温が下がっていく。

 

 冷気を伴った風が吹き込むと、そこには三首の龍が顕れる。龍が嘶くとともに凍気が辺りを飲み込んだ。

 

   *

 

「な、なんだあれ!? あれって──あのときの龍じゃないか!?」

 

 遠目にも外の光景を見てイオが驚愕の声を挙げた。

 

 龍を中心に凍気が吹き荒れ、窓の外を白く染める。その激しさはここまで伝わるようだった。

 

 彼が指すのは以前、実体化したワームの精霊に強襲を受けた際のことだ。3首の龍はどこからともなく顕れ、ワームたちを一蹴し消えていった。イオにはその経緯、真実を伝えていない。

 ナギはどこか、三龍の存在を伏せていた節があったのでツカサも敢えて言わずにいたのだが、この際白状してしまうことにする。

 

「あの龍、実はナギのモンスターだったんだ」

 

「マジかよ……ツカサはそのこと、知ってたのか?」

 

「……ああ。あれに助けられた後、色々あって」

 

「……」

 

 いくら本人が公言しなかったとはいえ、仲間にまで黙っていたのは間違っていただろうか。

 そう、仲間だ。危険を共にまでしている掛け替えのない仲間だ。信用すべき彼らに対してまで隠すことではない。それも、三龍ほどの強大な力ならば尚更か。

 

 普通なら黙っていたことは責められるべきなのかもしれないが、そんなツカサの心境とは裏腹に、イオは無邪気にも笑った。

 

「すっげ、あんなでかいのを実体化できるなんて! 俺もそのうち、出来るんだよな!?」

 

「……、ああ。この現象が進めば──」

 

 無邪気な笑みを絶やさない親友に救われたような感覚を憶え、安堵する反面。現象の進行に対して沸くは疑念。

 

 今回の『ワーム』の使い手、おおよそ黒幕と見られる人物を倒してもこの現象は続いていくのだろうか。そもそも、どこまでがその人物の仕業なのかもわからない。『ワーム』の使い手は現象に肖ってこれまでの事件を起こしてきたのか、それとも『ワーム』使いが現象を引き起こしているのか。

 

 ──あるいは、今回の『ワーム・ゼロ』のみが『ワーム』使いの仕業なのか。

 

 

「ちっ、当然だが、電気が止められている以上エレベーターは使えないな。この先の階段から行くぞ!」

 

 エレベーターの不動を確認したエースはその先を示した。そこへケンが続く。

 案の定か、エースはビルの内装を知っているような素振りであった。当然無知なツカサは着いていく他ない。

 

「だってよツカサ。めんどくせーの。シンもエレベーターくらい使えるようにしてくれよ」

 

「まあ、監視カメラを無効果するためだし……」

 

 言いつつ、エースが本気を出せば監視カメラのみの停止くらい出来そうだと思い至る。全く、ろくなことをしない研究者だ。

 緊急時で急いでいたのは理解できるが、まあ、階段を上るのと監視カメラをハックするのとどちらが早いかは判らない。

 

 階段を駆け上る彼らだったが、数階上がったそこで新たな問題に直面する。

 

「防火シャッター降りてるぞ! どうする団長!?」

 

「うるさいぞケン。そうだな……このビルにはもう一カ所階段がある。そっちへ行くぞ」

 

 モンスターの襲来という混乱に反応して誰かが作動させたのか、建物内はところどころ防火シャッターが作動したままになっているところがあった。

 電気の供給が止められている以上こちらで開けるのは難しかった。

 

 

 最中、先導していたエースが足を止め、身を隠すようにした。

 

「ワームだ」

 

 エースは小さく言うと進路を伺う。

 

「それも、人型の方だ。やはり『ワーム』の決闘者が一連の事件に関与してると思っていいだろう。

 しかしまあ──面倒だ」

 

 実体化したワームが人型に推し固められたそれは、人の言語を用い、決闘を行う。現象があくまでもこの世界の理、決闘を重視するという暗黙の規則に則ていた名残か。

 

 精霊のワームと比べれば危険性は少なく、決闘者であれば相手取ることはできるものだが、その難点と言えば時間が掛かりすぎることだろう。

 一刻も早く街から侵略者を取り除きたい彼らにとって厄介であることに変わりはない。

 

「仕方ない、少し迂回する」

 

 手間と時間を天秤にかけた結果、彼は決闘を避ける。

 

 複雑に移動経路を変えながら上層へ向かう。これならばエレベーターの方が断然早いだろう。

 

 

 そうして防火シャッターと道中に顕れるワームの人型を避けて行くのだが、残り数階というところで一同は息を飲む。

 

 そのフロアは大部屋が主となる構成が成されているようで、その部屋中にワームの人型が存在していた。こちらが階段を上がるなり、一斉にしてツカサたちの方へ向く。

 

 軽く見積もって20オーバー。それだけの人型が一斉にこちらを敵だと認識する。

 

 後ろを見れば上へ続く階段は封鎖されており、下への階段のみ。上へ行くにはここを抜けて別の階段を使わなければいけない。

 そうすれば、ここのワームの人型との決闘は避けられない。

 

 謀ったような状況に、エースは臆することなく前へ出る。 

 

「ここで止まるわけにはいかない──俺は行くぞ」

 

 デュエルディスクを構えるエースだったが、その更に前へ踏み出す者がいた。

 

「いいや団長、ここは俺がやる」

 

 彼が団長を務める『A・O・J』メンバー、『Xセイバー』の使い手ケンだった。

 

「団長たちと違って、モンスターを実体化できない俺が活躍できるのはここだけだ。おそらくあと数階だろう? 先に行って『ワーム』の決闘者を頼む。

 団長、そして我が永遠のライバルであるツカサよ、ここは俺に任せろ!」

 

 やや演技がかって言うケン。だが、そこへ異論を放つ者がいた。

 

「──おいおいちょっと待てよ、ツカサのライバルは俺だろ?」

 

 イオだった。そしてその腕に構えられたデュエルディスク。ケンに並ぶようにしてワームと向き合う。

 

「まあ俺が出来るのも決闘(これ)だけっていうのもあるんだけどさ。だから──」

 

「「──ここは俺に任せて、先に行け!」」

 

 イオとケンの言葉が被る。2人は睨み合いながらも、口元に笑みを浮かべた。

 

「ケン、お前……わかった。ここは任せた」

 

 言うとエースはワームの間をすり抜けるようにして先へ進む。

 

「悪いイオ、頼んだ!」

 

 ツカサもエースの後に続く。

 

『決闘!』

 

 後方から上がる決闘開始の声を聞きつつ、ツカサたちは上階を目指す。

 

 

 そして最上階、屋上手前のそこに踏み入れたところでついに、建物自体に異変が見られた。

 

「なんだこれは!?」

 

 驚愕、そして歯噛むはエース。

 

 2人の進路を塞ぐようにして──いや、2人の進路を塞ぐためにそれはあった。

 防火シャッターでもワームの人型でもなく、言うなれば()()()()()。人型のように、実体化したワームが推し固められて道を塞いでいた。

 あまりにも露骨で、即席で。この先に『ワーム』の決闘者がいることを顕していた。

 同時にそれは、ワームの壁を造るほどまでに『ワーム』を自在に実体化できるということでもあった。

 

「他に道はないぞ。ここは俺のカタストルで──」

 

「いえ、僕がやります」

 

 ツカサは『ナチュル・ビースト』のカードをデュエルディスクに叩きつけるとそこに精霊が顕れる。質量を持った実体化だ。

 しかしその存在は朧気で、ツカサの力が枯渇しているのが目に見えていた。先の大群との戦闘で力を使い過ぎてしまったのだろう。自発的な実体化はそろそろ限界のようだった。

 

「……頼めるか?」

 

 語りかけるツカサを一瞥した後、虎は壁に爪を振るった。

 ワームの壁が崩れていく中で虎もまた粒子となりカードに還っていく。

 

 虎が割いた箇所から形を失っていく壁だったが、その先には『ワーム』の人型が2体、立ち塞がっていた。

 

「たったの2体か。どうやら向こうも手札が間に合っていないんじゃないか?」

 

 あまりにも急造、間に合わせというか、そもそも間に合っていない敵にエースは広角を上げた。そしてデュエルディスクを構える。

 2人に対して2体。ツカサも同じように決闘の開始を宣言する。

 

   *

 

「A・O・J サンダー・アーマーで伏せモンスターを攻撃!」

 

 赤い外装の機械兵が操るのは、その名にも含まれた電気だ。機械は電気の刃を地面に突き立てる。

 直後、水面のように波紋を立てる地面からは貫かれたワーム・グルスが姿を現した。

 

「終わりだ。A・O・J サンダー・アーマーは貫通効果を持つ。──消えろ」

 

《ワーム・グルス》

効果モンスター

星4/光属性/爬虫類族/攻1500/守 300

フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターが

リバースする度に、このカードにワームカウンターを1つ置く。

このカードの攻撃力は、

このカードに乗っているワームカウンターの数×300ポイントアップする。

 

《A・O・J サンダー・アーマー》

効果モンスター

星8/闇属性/機械族/攻2700/守2200

このカードは特殊召喚できない。

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、

自分フィールド上の「A・O・J」と名のついた

モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、

その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 

ワーム LP 1200 → 0

 

 機械兵の振るう刃はワームの人型を引き裂く。そして割かれた箇所から瘴気となり、消え去った。

 

 

『ワーム・プリンスでアトラの蟲惑魔を攻撃』

 

「通らないな──串刺しの落とし穴」

 

 上級に分類されるその蟲は紫髪の少女に向かい拳を振るう。

 

 だが寸前に、少女は怪しくも嗤う。直後その足場には穴が出現し、蟲はその体躯を丸ごと落とす。そしてその先で待ちかまえた串に貫かれ絶命に至る。

 

ワーム LP 500 → 0

 

「お前みたいなやつに、こいつらは傷つけさせねえよ」

 

 ツカサが相棒たる少女に目配せすれば、少女もまた応えるように口元を笑わせる。

 

 まるで意志疎通が行われたかのような素振りの後。決闘が終了したと同時に彼女は消え、そして落とし穴さえも初めからなかったかのように消失する。

 

 対光属性に特化したエースの『A・O・J』と、モンスターの除去に秀でたツカサの『ナチュル蟲惑魔』にテンプレ的な動きしかできないワームの人型が敵うはずもない。

 

 だが──

 

 ──その直後だ。先ほどまでワームの人型がいたその地点に、新たなワームの人型が顕れる。

 黒い瘴気がどこからか集まり、次第に歪な人型となる。

 

「あくまで足止めか」

 

 ツカサが顔を顰めた。2体しかいない人型に手薄だと感じたものだが、そもそも2人を止めるだけなら2体で十分なのだ。ワームが倒される度に再度顕現させれば、それだけで足止めは完遂されてしまう。

 

 このまま無限に沸き続けるのだろう、そんな予感があった。

 

 一方で、エースは普段の仏頂面のまま思案する。

 

 カードの実体化する決闘。虚構であるはずの遊技が現実に干渉するその現象、ターミナル化現象は決闘の終了に伴い効力を失う。

 モンスターの攻撃による戦闘痕だけが、そこで行われた決闘が虚構でないことを主張していた。

 

 決闘中において、デュエルターミナルに関係するモンスターが実体化するというこの現象。だが、今となってはそれも決闘の枠を越え、街に実体化した精霊が出没し、大量のワームが街に蔓延るに至っていた。

 

 そしてそれは、あろうことか自身の精神にまで入り込んできているという。

 

(──ワームとの大戦の中で、『A・O・J』は道を踏み外した。そして、俺もその影響を受けているという)

 

 確かに、言われてしまえばここ最近冷静さに欠けていたのは否定できないだろう。

 

 自分たちの街を守りたいという意志が、ただワームを倒したいだけのものになっていったのはいつからだっただろうか。

 確かにあったはずの正義が、徐々に形を変えてしまったのは。

 

 歪に、歪んでいってしまったのは。

 

 頭を過ぎるのは自分を団長と呼び、敵を請け負ってくれた仲間。そして、自分を慕っていたはずの、去っていった仲間。拒否しながらもなんだかんだ微力ながら手を貸してくれた仲間。そして、拠点で待つ今でも慕い続ける仲間。

 街を守りたい、そんな突飛で偽善とも取られかねない活動に賛同してくれた仲間たち。

 

 自分が、ふいにしようとしていた仲間たち。

 

(これが、このふざけた現象に踊らされた結果だと言うのなら──)

 

「ツカサ、先に行け」

 

「はい?」

 

 エースの放った一言に、ツカサは疑問符を上げた。

 

「『ワーム』を片づける速度なら対光特化の俺の方が、お前の落とし穴よりも早いだろう。片づき次第すぐに行く」

 

「……いや、おそらくこのワームの人型は際限なく沸き続ける。だとしたら、A・O・J ディサイシブ・アームズを持つあんたを上に届けるのが優先だ」

 

 だから、残るのは自身の方だと主張するツカサへ、エースは首を降った。

 

「この街を現象が襲い、そして街を守ろうとしたこの俺がその現象に従うなど、気に喰わん。それが原因で俺は道を踏み外しかけているのだろう? ワーム・ゼロとA・O・J ディサイシブ・アームズの対決だ? そんなものもう──どうでもいいだろう。

 ──そうだ。俺の目的はな、この街を、守ることだけだ」

 

 そう、いつからか見失っていたが、彼は守りたかったのだ。この街を、そしてその中で得た仲間を。仲間たちの住むこの街を、守りたかったのだ。

 

「この現象が俺とワームを戦わせるために動くなら、俺はそれに抗うぞ。これ以上俺を──俺の正義を掻き乱されてたまるか」

 

 エースはツカサに言う。以前否定した想いを。過ちを、振り切るように。

 

「お前が『ワーム』を倒せ。お前も俺が信頼すべき──仲間だろう?」

 

「エース、あんた……」

 

 ツカサは頷くと、ワームを避けて屋上へ向かう。当然それを追おうとするワームだが、エースはそれを良しとしない。

 

「お前らの相手は俺だ。2体まとめてかかってこい。俺がいくらでも、相手になってやる」

 

 デュエルディスクを構えながら、彼が思い浮かべるのは仲間の顔。

 

 これが終われば、自分は謝らなければならないだろう。そして、伝えなければならない。

 

 

 ──着いてきてくれて、力を貸してくれて、ありがとうと。

 

 

   *

 

 屋上の扉を開いてまず目に入るのは灰色の空。

 

 そして禍々しき、蟲の母胎。起源にして最終到達点、『ワーム・ゼロ』。

 

 この『ワーム』との戦いの、始まりにして終わりのモンスター。

 

 摩天楼上空に位置するそれは、かつて『Xセイバー』基地が跡地に顕れたそれと奇しくも同じ構図だった。

 

 その直下。一筋の黒い瘴気が蟲の祖と人影を結ぶようにして流れていた。蟲へと、多大な魔力を供給していた。

 

「よォう星呪ツカサ。何だ、テメェがくるのかよ」

 

 黒い瘴気を身から発するようにする彼は、ツカサを見るなり口を開いた。

 

「こんなところまでご苦労なこった。ああ、予想外も予想外、まさかここまで辿り着くとはなぁ!?

 せっかく俺が出したワームもすげぇ勢いで消されてるしよぉ、正直焦った。お前とお前の仲間は一体何なんだ」

 

 こちらの名を呼んだ彼とは、面識があった。

 

「……ここで何をしてる。何故、あんたが」

 

 その人物とは、以前、精霊探索をしているときに出会った。

 緑の獣を追い、ノドカとともに学園内を奔走し、そして、一戦を交えた──

 

 ──決闘研究会の会長である、その男だった。

 

「ヒヒヒ、顔は覚えられてるようで何よりだ。その説は世話になったなぁ。だがどうせ、お前は俺の名前すら言えない。どうだ、あァ?」

 

「……」

 

「名乗っておいてやる。俺の名はリク。そして──お前はここで終わりだ」

 

 決闘研究会会長こと彼──リクが言い終わるや否や、彼の横に瘴気が集まり2体のモンスターが顕れる。

 

 黄色と白色の、王の名を冠する『ワーム』最上級モンスター。

『ワーム・キング』『ワーム・クイーン』。

 

 ──実体化した、精霊だ。

 

「……っ!」

 

 彼は『ワーム・ゼロ』という化け物を実体化させながらも、造作もなく最上級モンスターを実体化させて見せた。

 底なしの、魔力を感じ取りツカサは戦慄する。それも、普通の魔力ではない。ツカサやナギとは明らかに異質な、黒い魔力だ。黒の瘴気と同質、いや同等の、言うなれば闇の魔力。

 

 そして召喚された2体の蟲は、関節を軋ませ、蠢き、下腹部の口をがちがちと鳴らす。主の命があれば今にも敵を喰らう、そんな状態だ。

 

『王』を冠していながら主を持つというのも皮肉なものだが、それだけリクが強大な力を持つことに他ならない。

 

 以前彼と会ったときには、そんなもの微塵にも感じさせなかったというのに。

 

 浮かぶ疑問を頭の端へ追いやる。今重要視すべきは、この状況をどう切り抜けるか、だ。

 力の枯渇した今のツカサでは精霊の実体化はできない。2体の蟲が襲いかかってきたとき、ツカサは抵抗も出来ずただ捕食されることとなるだろう。

 

 想像しただけでも悍ましい光景だ。

 

「この後、何をする気だ?」

 

「あぁ!?」

 

「『ワーム』を街中に実体化させて、一体何が目的なんだ」

 

「この状況で質問か。いいぜ、応えてやる。この街は前座だ。俺はこの国、いや全世界に俺の力を見せつけ、そして俺が最強だと証明する。

 やっと、やっとだ、これで俺を馬鹿にした奴らを見返すことが出来る!」

 

 彼が滲ませるのは報復心と劣等感。成そうとしていることに対し、ちっぽけな動機だ。

 

 だが、人間として、大きな動機だ。──人間というちっぽけな存在には、大きすぎる動機だ。

 

 承認欲求は誰にでもある。力の誇示というのは、創作物なんかでは愚かなものだと語られるが、これは存外誰にでもあって、誰にでも陥るものだ。

 

「どうだァ、巷で持て囃される『支配者』さんよ、俺はお前のもっと上、世界を支配するんだぜ?」

 

「……やめろ、と言ったら?」

 

「やめるわけねェだろ。自分の立場を考えろ、お前は俺に何の抵抗も出来ずに殺されるんだよ」

 

 リクが手を掲げるとともに、2体の蟲は臨戦体勢に入る。

 

 対してツカサが取った行動は、デュエルディスクを構えることだった。

 

「何のつもりだぁ?」

 

「決闘だ。あんたは決闘者じゃないのか? 誇りはないのか? あんたが今まで積み重ねてきたのは、見せつけたい『力』は(それ)じゃないだろう。

 それとも何だ──決闘は諦めたのか?」

 

 ツカサは不敵に嗤う。

 

 安い挑発だった。決闘に拘らなければツカサの命を摘み取るのには容易いこの状況で、逆撫でるような発言。

 これは賭けだ。

 この状況で決闘などという回りくどい方法を取るのはある種気が違ってると捉える他ないだろう。

 

 分の悪い賭け。

 

 けれど。

 

 

「──あんたも決闘者だろう。なら全てを決めるのは決闘(これ)だよな?」

 

 

 決闘者ならば、それは賭けですらない。避けようもない、宣戦だ。

 

 リクは一瞬目を見開き、そして、醜く嗤った。

 

「どこまでも見下してくれるなぁ!? いいぜ……いいぜ! 受けてやる。あんまり俺を、馬鹿にするんじゃねえ!」

 

 怒鳴り、彼もデュエルディスクを構えた。

 

 

 そして、『ワーム』との大戦の幕引きが、始まる。

 

 仲間の信頼を背負い、ツカサは決闘の開始を告げた──。

 





ツカサ「そうだ! ナギ、トリシューラに乗って屋上まで行くんじゃダメなのか?」

ナギ「……」

ツカサ「……」

ナギ「……私はあくまで使役できるだけでトリシューラを細かく操れるわけじゃないし、仮に乗りこなせたとしても、ほら、冷たいし」


ノドカ(なんでだろう、別の世界の私なら力になれる気がする……)

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