distant day/dream 作:ナチュルの苗木
大陸に進行を続ける侵略者を打倒するためならば、『A・O・J』は手段を選ばなかった。
強大かつ巨大な敵を前にして、争うのみだった現住部族たちが手を組んでできた正義の同盟『A・O・J』。
その結成は和平を望むものからすれば念願の1つであり、当時に願っていた平和へ繋がる1つの道だったであろう。だがその組織が起こすのは更なる戦争。結局のところ“敵”が変わっただけで状況に然したる差はなく、いやむしろ未知の敵なだけ恐怖は増したと言っていいだろう。
そしてその戦いの中で、敵の排除のみを掲げた者たちは利用できるものならば全て利用する、そんな思考に進みつつあった。
組織と無関係だったもの、そして敵自体。
見境無く、戦力として活用することを実行した。
その中で、一部の派は疑問を抱く。
──正義の同盟の『正義』の意義を。
その派、とある部族の名は『霞の谷』。同盟の方針に疑念を抱いた末に、やがて組織と離反することになる。
悪の使いに唆されて。
*
大通りから脇道に逸れ、路地裏を進めば次第に人気は薄れていき建物も地味なものが多くなる。
表通りには小さな店舗が建ち並び、またもっと中心部に行けばビル街と派手なものだが、そちらとは離れた今では住宅か寂れた店、何の企業かもわからないような謎の事務所が見られるのみだ。
そんな中をツカサとイオは駆け回る。
「どうだそっちはいたか!?」
『いた! さっきまで! でももういない! もしかしたらツカサの方に行ったかも!』
イオに言われツカサは見上げる。建物間から覗く青空がいやに眩しい。
そこに、通常ならばいない存在が混ざり込む。やや大きめの鳥。
鳥というだけならば別段異常ではないのだが、それは緑色で、鎧のようなものを纏う──実体化したモンスターだ。カードの精霊らしきものが、今この街を取り巻いている怪奇現象によって実体化した超常の存在。
「いた! 一旦切る!」
『わかった、俺も今からそっちにいく!』
ツカサは通話を終了し、別の者に掛ける。電話帳の登録名は──“Winda”。
『ノドカだよ。どう? 見つかった?』
「今近くにいる。えっと──花屋のあたりから入った路地だ、来てくれ」
わかった、そう相手が言うと同時、現在追っているその鳥が建物屋上に降りていくのが見えたツカサは端末をパーカーのポケットに入れ駆け出した。そしてその建物に足を踏み入れ、階段を登る。
屋上にたどり着き、扉の硝子部から外を覗くと例の鳥が外周の柵に留まっていた。休んでいるのか、周囲を伺っているのか、鳥が何をしているのかはツカサにはわからないが、それは好機とも見れた。
ツカサたちの目的はその鳥を捕まえることなのだが、ここ小一時間それが敵わずにいた。鳥は翼を持つゆえに空を飛ぶ。空を飛ばれてしまえば人は近づくことができなくなる。やむなしにそのまま一定の間隔を維持していたのだが、今鳥は地面と接しておりツカサの手が届く領域にいる。
鳥を追い、路地裏を駆け回ってようやくチャンスらしき状況に対面する。
(……いけるか?)
若干の躊躇の後、ツカサは屋上の扉を開けた。
いつ飛び立つかもわからないのだ、今やってしまえ。
「……ちっ」
鳥と、目が合う。その直後、ツカサは地面を蹴った。
目指すは鳥。ツカサの最高速でその距離を縮めるのだが、あと少しというところで鳥は翼を広げた。そしてその小さな身体が地上と離れる──
「逃がすかよ!」
──ツカサの身体も地面と離れた。目標と同じ宙へ、身を投げ出す。鳥に手を延ばし、抱え込むようにして捕らえる。
暴れる鳥に構わず、腕の力を強める。
「……ツカサ?」
滞空の静寂に足下の路地から声が聞こえた。彼の名前を呼び、呆気にとられたようにするのは青髪の少女、ナギだった。
それを余所に、ツカサは隣の建物の屋上に着地する。
「……よし。──人間意外と跳べるもんだな」
とぼけたように独り言を呟いたツカサの眼前には一人の少年が立っていた。いや、立っていたというよりは、走っているのを中断したような動き。
「すっげー、俺も飛ぼうと思ったんだけど、やっぱ躊躇っちゃってさあ。あの一瞬で飛ぶって、さすがツカサ。落とし穴発動するとき並の即決だぜ……」
関心するように、そして悔しそうに言うのは最初の通話相手、ツカサの親友でありライバルのイオだった。
ツカサの発見を聞いてこちらへ駆けつけたらしい。
「俺も咄嗟なときに飛べるようにしとかねーと。じゃねえとライバルに置いてかれちまう」
「咄嗟に跳ぶ機会なんてそんな──待て、跳ぶのニュアンスが違うような……」
鳥につつかれつつも押さえつけるツカサの横ではイオが柵に足を掛けていた。
「何馬鹿なことやってるの」
「ツカサくん、さすがに建物から飛び降りるのは危ないよ……イオくんは何やってるの……」
溜め息とともに現れたのはナギ。そして困ったように苦笑いを浮かべる緑髪の少女、ノドカだった。
「飛んでいる鳥を探していたらツカサが飛んでるとはね」
揶揄うように言うナギ。ノドカはなにも言わなかったが、さすがに擁護できないかなぁ、という意志が伝わってきた。
急にツカサの腕の鳥が暴れ、腕から抜け出てしまう。しまった、そう思ったツカサだったが鳥は逃げるでなくノドカの周囲を飛ぶだけだった。
「悪い、ノドカ、捕まえないと──」
「ううん、大丈夫だよ。この子はきっと遊びたかっただけ。最近雨ばっかりだったし、久し振りのいい天気だもん。……だよね?」
ノドカが鳥を見ると、それに応えるようにして一鳴き。
鳥は『ガスタ』に属されるモンスター、あるいは精霊だ。
確かに、『ガスタ』の使い手であるノドカからその鳥が逃げた時点で、精霊は使い手には従順というツカサの立てた仮説を違えるものであったが、それならば主から逃げたわけでなく遊びに誘っただけなので仮説通りである。
遊びに付き合わされたのかと思いつつ、それ以上に鳥と意志疎通できている風なノドカに意識がいく。
緑色の長い髪と後ろで結ったその様に、笑ったその顔。接しやすいその性格、そして鳥と触れあう様子は遠い世界において交友のあった少女をそのまま写したかのようだ。
そう、まるで一緒。『ガスタ』に属した少女ウィンダと瓜二つの彼女は、振る舞いまでもが良く似ていて、使用デッキも『ガスタ』というのだから何かの因果関係があるのではと疑ってしまう。
そしてもう一人、青髪の少女ナギは『リチュア』に属した少女エリアルとよく似ている。だがその振る舞いは──
「ツカサと飛べて満足したの」
「引っかかる言い方だな」
まるで似つかない。エリアルはもっと素直で物静かな少女だった。ナギは静かではあるが、冗談や冗談と思えない冗談やわざとらしい冗談ばかりで、道化師のような振る舞いばかりだ。
見た目のみ。青い髪や蒼い眼はそのものであるが中身は別人だ。
(どこにいったエリアル……)
「あなたもたまに失礼なこと考えてそうだけど」
そして無駄に鋭い。
それからノドカが名残惜しそうに取り出したのは1枚のカード、『ガスタ・イグル』。星1、鳥獣族、風属性の『ガスタ』低級モンスターカード。
すると、鳥は粒子となってカードへ吸い込まれていった。
この街で最近頻発している、実体化したモンスターの出没はこうしてモンスターに対応したカードに
ノドカはそれを理由に、カードに閉じ込めちゃ窮屈だと渋るのだが致し方ないだろう。
野放しにしておくのも問題なのだ。
「回収完了、だね」
笑顔で言うノドカ。精霊の回収と、これで本日の活動は終了だ。
「イオくん、なにやろうとしてるの?」
ノドカがイオに問いかけた。イオは柵に手をかけ、遠くを見つめていた。その顔は真剣そのもので、今にも飛び立ちそうな、ある種の不審者。
「いや、これくらいの距離なら飛べないとなって。いざっていうときに飛べないと、決闘者失格だからな!」
「決闘者失格なんだ……そうなのナギちゃん」
「え、跳べなくても決闘はできる……まあ、ある程度動けた方がいいけど」
えっ、とノドカが固まる。否定を予想していたのだろう、だがナギは若干の肯定を含んだ。
「イオ、決闘者は飛べないぞ」
「なんでだよ、ツカサは今飛んでただろ。それにそのうち、本当に飛ばなきゃいけないときがくるかもだろ。ヘリから発狂しながらとか、バイクに乗って飛ぶとか。フィールドを飛び回る決闘とかが出来たら、そのときどうすんだ」
「大丈夫だ、そんなの別次元の話だ」
「2人とも変な話しないでよ……」
*
ナギがA・O・Jと行動を伴にし始めてからおよそ二週間。
ワームの撃退に精霊の回収は順調に続いている。それも成果は今まで以上に上がり、達成感も伴う。単純に人数が増えたというのもあるが、ナギの活躍も大きかった。素の実力もさることながら、ワームや精霊を見つけるのも上手い。理由を聞けば、
『なんとなく』
ツカサと同じ答えだ。
食えない彼女だが、ともあれ問題なく受け入れられ今に至る。
そしてその帰りのことだ。
たまの晴れだしどこかに行こうと女子2人が話す中、不意に
路地の向こうに何か違和感を憶える。言いようのない不安感というか、胸中がざわつく感覚だ。
見ればナギもそちらを見ていた。そして──
──そこから顔を出したのは、1台の機械だった。
緑色の球体が眼球のように輝き、黄色が目を引く頭部。
「な、なんだ!?」
「ツ、ツカサくん!?」
イオとノドカが驚きの声をあげる反面に、ツカサとナギは身構えるようにした。
しかしその機械には見覚えがあった。
「──なんだ、お前らか」
その声は機械の後方から発せられた。
路地裏から歩み出たのはエース。そして機械の名は『A・O・J カタストル』だった。
ツカサが、そしておそらくナギも感じ取っていたのはいわゆる魔力。
「カタストル……エースさん、実体化、できたんですね」
『A・O・J カタストル』。それは対ワームに完全特化した機械兵。かつてあの世界において多くのワームを手にかけた、凶悪な機械だ。
デュエルモンスターズにおいても、闇以外全て戦闘破壊という強力な効果を持つシンクロモンスター。ツカサも何度も辛酸を舐めさせられている存在だ。
「ああ。あれから何日か試してな」
言いながらエースはデュエルディスクからカードを取る。すると機械は粒子となりカードに還っていった。
「すごいなこいつは、ワームの精霊が相手だろうと造作もない、対ワーム特化と言ったか、決闘でも強力だが、精霊としてもここまで有用だとはな」
口振りからして、彼は精霊で精霊を駆逐しているようだった。
エースは口角を上げた。念願の戦力を手にしたのだ、無理もない反応だが、そこにはやや狂気が滲んでいた。
それを感じ取ったのか、ナギが口を開いた。
「……あまりむやみに実体化しないで。精霊のワームには有効かもだけど、こっちから探すのはやりすぎ。あまり多様してるといざってときに使えなくなる」
実体化したワームの精霊こっちから探しているというのは初耳だが、ワームを敵視しているエースだ、想像には難くなかった。
「ふん、今出来ることをしないでどうする。警察のように何もするなというのか。事実俺たちやお前たちが動いていなければワームの人型による被害は収まることなく、増えていただろう。そしてその被害は実体化したワームによるものもふくめてだ。今でこそ実体化したワームに襲われた事例は聞かないが──何もしなければいずれは出る」
そこには焦りが含まれていた。増える傾向にあるワームの人型と、実体化する精霊たち。エースの中の正義感そして使命感は彼を動かせる。『A・O・J』を扱うがゆえの宿命というべきものが彼には課せられているようであった。
そう、それはかつての『正義の同盟』のごとく。
「エースさん、気持ちはわかりますが……」
「わかる? わかるだと? ワームを敵視するのはお前もだろう。何があったのかは知らんが、俺よりあいつらを憎く思っているはずだ。そのお前が俺を止めるのか? 俺に止まれと言うのか?」
──停滞は衰退だと、彼は言っていた。
ツカサはエースとの決闘で彼の危機迫る闘志を知っていた。そのときは見上げたものだと思ったが、今はそれが空回りしているように感じた。
「ふ、まあお前らはあくまで『協力関係』でしかなかったな。組織内でもないのに気にすることもなかったな」
何気ないように言うとエースは踵を返した。
協力関係。実在した『A・O・J』を尊重しての立ち振る舞いだったが、それが仇となったのか、エースはツカサたちを無視するようにした。気にするのを止めたというか、意識から消したというか、あるいは切り離したというか。彼の中から価値なしと判断されたようだった。
そして路地へと消えていった。
「ど、どうしたんだよあの人、急に雰囲気変わりすぎじゃないか? いくらワームが脅威だとしても、なんていうか、もっと仲間を大事にする人だったと思ったんだけど」
イオが唖然と、そして戸惑いながら言った。
「うん、ちょっと様子がおかしかったような。あんな風に嗤う人には見えなかったのに……」
ノドカも同様だ。
「……」
ツカサの中で巡るのは
いわゆる前世の記憶とも言える、そんな超常的なものを持つツカサであるが、ワームとの大戦については細かくは知らない。彼にあるのは森で堪え忍んだ末に巻き込まれたという記憶だ。
中で、大きな動きと言えば、組織内の離反だ。同盟に意義唱え脱退した部族があったと聞く。であれば、『A・O・J』に何か問題があったのは察せられる。そこから連想するのは先のエースの振る舞いだろう。
『A・O・J』の問題点があったとして、エースの思考と関係があるだろうか。
あの世界の事象がこの世界に現れているというこの現象が、人の思考にまで影響を与えると言うのか。
(──あり得る)
その具体例は身近にあった。
最たる例は自身だろう。ワームと出会った
(そして、彼女だ)
ツカサが見るはノドカ。
彼女は見た目から雰囲気までウィンダそのものだ。これが現象の一環だとすれば。
しかしツカサは首を振る。ノドカの見た目は現象とは関係ないだろう。彼女の出生は10年以上前、この現象と関係するとは考えにくい。
だが、思考はどうだ。ツカサは記憶ゆえに元からノドカに好印象を抱いていたが、彼女もまた早くに打ち解けた。これがあの世界における自分とウィンダの仲を影響したものだとすれば。
だが、これにもツカサは首を振る。
ウィンダと出会ったのはワームの大戦が終わってからだ。時系列的に反映も影響もないだろう。
それだとイオとの──『ジェムナイト』と『ナチュル』の共鳴はどうなる。『ナチュル』と『ジェムナイト』が共闘したのはもっと後のことだ。
「ツカサくん!」
「えっ、ああ、どうした」
耳元で名前を呼ばれ我に返る。記憶を探るあまり夢中になっていた。
「どうしたじゃないよ、もー。急に反応しなくなっちゃったから、心配したんだよ」
「悪い、ちょっと考え事を、さ」
結局は結論のでない思案だ、これ以上は仕方ないだろう。
「そうだ、それよりなんだよ、エースさん。あの人モンスターをどうしてたんだ? あれ回収してたってわけじゃないような」
「ああ……」
ツカサはナギに目線を送る。
『話すか?』
『いいんじゃない? どうせそのうち知るんだし』
無言の会話。謎の意志疎通。
そしてツカサはノドカとイオに聞かせる。
「僕とナギ、そしてエースはモンスターを実体化できる」
この街で起こっている、決闘においてデュエルターミナルのモンスターが実体化する『ターミナル化現象』。モンスターが実体化し、そして決闘外でも精霊が実体化しているこの現象において、あの世界の事象がこの世界にも顕れている現象において、強い魂を備えたモンスターは任意で実体化できるという説だ。
推測ではある。おそらく、かつてあの世界で大立ち回りを演じたようなモンスターがその可能性があり、エースの『A・O・J』はその代表例なのだ。
ナギの所持する『氷結界の龍の三龍』も当てはまり、彼女曰く多くの力を使うが実体化が可能なのだ。他にもツカサの『ナチュル・ビースト』もその対象である。
「じゃあ俺の『ジェムナイト』もできるのか!?」
「どうだろう、可能性はあるけど」
言いつつも、厳しいとは思う。
この実体化はあくまで現象に肖っているだけであり、ワームの大戦の実体化に便乗しているのだ。『ジェムナイト』が表舞台に出るのはワームの大戦以降のことだ。正直のところ厳しいだろう。
だがまあ時系列という観点では先も疑問を抱いたものだ、可能性はある。結局は根拠のない推測でしかないのだ。
「おおおすげえ。俺も相棒を呼べるんだな! 早速試して……」
「……出来てもしないで」
咎め、まあないとは思うけど、と呟くのはナギだ。
「……ツカサくんとナギちゃんはできるんだ」
「ノドカ」
どこかショックを受けたようにするノドカ。ノドカがこんな素振りをするのは初めてではない。以前にも、こんな風に、引け目を感じている節がある。
近くで見ているツカサには心配であるが、掛ける声は咄嗟に見つからなかった。本人が話したわけでもないのに慰めるなど侮辱にも思える。
そんなツカサを置いてナギがノドカに後ろから抱きつく。
「ナ、ナギちゃん!?」
「さぁてこれからどこ行こっか。元々そういう話だった」
どこか元気づけるように、ナギはナギにしては明るく言う。
呆気にとられていたツカサ。ナギは急にツカサを見ると、『大丈夫だから』と言うように頷いた。
ノドカに気付き、ツカサに気付き、どこまで洞察力に優れるのか。
ツカサはイオを見やる。
──咄嗟に屋上から飛び降りるよりも、こういうときに咄嗟に動けるほうがずっと大事だよ。
ツカサは胸中に呟く。
「えっと、うん。じゃあこのあとどうしよっか、予定通りに寄り道していくのでいい?」
「私は大丈夫」
「僕もいいよ」
賛同する2人だが、
「わり、俺はモンスター実体化させてみるわ」
1人、イオが待ちきれない様子で言った。曰く、モンスターの実体化とか格好良いし、とのことだ。
「よしイオも行くって」
「予定ないって。どこに行こっかノドカ」
「俺の予定が無力化!? そしてなんで息ぴったりなんだよ!」
イオが声を上げるがツカサとナギは示し合わせたかのようにスルー。ブレイクでスルーなスキルを発動させるのだ。
「いいじゃない。どうせ実体化できない」
「はっきり言ってやるな」
「たまに構ってくれたと思ったら酷いな2人とも」
「ふふふ……」
さっきまで沈んでいたノドカが笑った。
「うん、僕はそっちの方が好きだな」
「えっ!?」
赤面するノドカは微笑ましいものだった。落ち着きなく辺りを見回す様は可愛らしく、そして
それからツカサを見て、はにかみ微笑むのだった。
落ち込んでいるよりかずっといい表情だ。
いつかの決闘で表情を指摘されたものだが、人と関わることの増えた今ではその大事さがわかるものだ。
どんなときだって、基本的に笑っている方が気分はいい。
その決闘ではいくつもの教訓を得たものだが──相手の少女は今何しているだろう。ふと、ツカサはそんなことを思った。
あの大会で、向日葵のように笑っていた少女は今どこで何をしているのだろうと、そしてノドカが最初に落ち込んでいたのはその少女と会したときだったかと回想しつつ。
4人で街に繰り出すのだった。
息抜きにと立ち寄ったゲームセンターにてナギが問う。
「どうしてあの時、跳んだの?」
『ガスタ・イグル』を捕らえる際の事を言っているのだろう。半ば勢いでツカサは建物から跳んだ。彼女が『ツカサが飛んでる』と揶揄したそれだ。
「いや……なんとなく、だな」
その返答にナギはジト目を向けた。
「なんとなく、じゃない。あなた、精霊関係になると少し無茶する。聞いた話じゃ『ガスタ・スクイレル』や『ジェムタートル』のときも動き回ったんでしょ。あれだけ体裁がどうのって言うくせに、学校を駆け回ったり。亀のときは街中を回ったって言うし」
何がそこまでさせるのと、彼女は問う。
一瞬馬鹿にしてるのかと思ったものだが、その瞳の深い蒼は真剣そのものだった。
「なんとなく、だよ。この街に顕れたあいつらが、なんだか
嘘ではない。迷い込んだというのはツカサの主観だ。
実際にあの世界から魂が流れ込んでいるという確証はないのだ、これは確かに『なんとなく』なのである。
「──ふーん、そう。優しいのね」
興味無さそうに言う彼女だったが、その言葉は意外だった。優しいなんぞという言葉が自分に贈られたこと、そしてその相手がナギだということに。
「また失礼なこと考えてない?」
ツカサはナギがするように、わざとらしく顔を背けた。暗に肯定を語る振る舞いだ。
「まあ別にいい。……私も困ってるから助けてね」
そう無表情に言うと、やがて悪戯っぽく笑った。
余談だが、適当に店を回った後に
ナギ曰わく、
『甘いものが足りなくて困ってるの。助けて。私はここのカップル限定ケーキでしか満足出来ない……』
寄りによってと言うべきか、入店直前にイオがデッキの調整の名目で離脱したおかげで男1女2になり奇異の目を向けられるのはツカサだ。
当然のごとく注文される件のセット、3つ。
ツカサとノドカ、ツカサとナギ、そしてナギとノドカをカップルとした店のレギュレーション違反すれすれの行為だ。
(ケーキセットが3体……、来るぞ! 3体素材の上等エクシーズ……あるいはフリーチェーンで3枚破壊できる壊れカード、スリーカードが!)
などとわけのわからんことを考えるのは、店員さんの責めるような視線から逃げるためだろう。
イオも連れてきて4人をそれぞれ二股三股させれば7セット頼めるのではと頭の良さそうで頭の悪いことを言い出したナギに言葉を失い。そして奴の腹と財力、そして体調管理(体重関係)はどうなっているのだと戦慄したのだった。
*
その連絡が入ったのは夕刻。ノドカとナギとイオで街で息抜きに遊んだその帰りだった。ツカサは全員と別れ、1人で帰路に着きしばらくしたときだ。
『ソウがA・O・Jを辞めたって』
端末の画面に表示された相手の名前は“Ariel”。声の主はナギだ。
『ヒメ姉から教えてもらった。あとエースの様子がおかしいのも最近からだって。終わり。切る』
言うだけ言って通話は切られてしまう。
「そうなのか?
ツカサが問うのは目の前の人物。
──『霞の谷』の使い手、ソウだった。
「ああ、そうだ。俺はA・O・Jを辞めた。そしてお前を訪ねたのは他でもない──
──俺と決闘をしてくれ」
1人で帰路についたツカサ、そこに現れたのはソウだった。そして奇しくも測ったようにその連絡は入った。
かつてあの大戦の中で、『A・O・J』に疑問を抱き脱退に至った部族がいた。それがこの『霞の谷』であった。
「なんで決闘を?」
ツカサは問う。真っ直ぐにこちらを睨みつけるソウを、睨み返して。
その表情はツカサの知る飄々とした軟派なものではなく、それらを跡形もなく消し去った顔であった。
まるで仮面を脱ぎ去った道化師のような、そんな印象を受ける。
「理由か、決闘をするのに理由がいるか? 常に決闘を追い求める──それが決闘者だろ」
決闘をするのが決闘者。確かにそうだが、ツカサの問いは別にあった。ソウがこちらに決闘を持ちかけるのはこれが2回目だ。初めて出会ったときのを含めて2回目だ。
それはエースに言われてのものであって、ソウの意向ではない。そしてその後も、ツカサは彼が誰かに決闘を持ちかけるのを見ていない。ナギのときもそうだ、エースの指示であり、彼から申し出たものではない。ワームも例外ではないだろう、A・O・Jの活動の一環──つまりエースの指示のもと、あるいは決闘をせざるを得なかった状況である。
つまるところ、彼が自発的に決闘を行うことがなかったのである。
ツカサが目にしていないだけという線もあるが、それでも彼がこちらを避けるようにしていたのはなんとなく察していたので、今回の申し出は意外なものであった。
問うならば、『なんでお前から決闘を? それも僕に』。
「──強いて言うなら、俺のためだ」
そして一瞬迷うようにした後、更に口を動かした。
「気づいてると思うが俺はお前が嫌いだ。決闘が強い。あの規模の大会で優勝だなんて華々しいことこの上ない。周りにも人が集まってる、お前があんなにも不気味に、自分本位で動いているのにだ。そしてエースさんには貴重な戦力と言われ、同等とまで言われてる。──それに、モンスターを実体化まで出来るそうだ」
エースさんから聞いた、そう言うソウは歯噛む。
「俺はお前が羨ましい。俺の欲しいものは全部お前が持っている。これはデッキの差か? カテゴリーの差か? 努力の差か? 環境の差か? これは──俺自身の問題なのか?」
彼が吐露するのは苦痛の言葉。
努力が報われず、そして欲するものを全て手にする者がすぐ近くにいるという絶望感の中から吐き出された、言葉。それはただの愚痴であり、嫉妬であり、そしてこれは──
「だから俺と決闘をしてくれ。何が正しいのか、俺の中で折り合いを付ける必要がある」
──彼の決意の言葉だ。