distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン22  違えど違えず

 

「なんでだろうな」

 

 黒髪の少年は問う。目の前の光景を見て。

 

 そこは森。少年が普段生活を送る精霊の住む森。そしてそこでは精霊たちと触れ合う少女たちの姿があった。

 

「なんで2人は森の精霊ともこんなに仲がいいのに、僕はここ以外の精霊や魔獣からは敵視されるんだろうな」

 

 どこかやさぐれたように、言ってしまえば拗ねたように、言う。

 

「うーん、ツカサは、怖いから?」

 

「怖いのか? 僕は」

 

 青い少女が首を傾げ言うので、少年はもう一方の緑の少女に問いかける。

 

「うーん、そうかも。うん。目つきとか、ちょっとね。で、でも、ツカサくんが優しいのは私もエリアルも、みんな知ってるよ!」

 

 彼女は頷き、そして慰めるように付け加えた。

 

「でも怖い。私、最初、怖くて話しかけられなかった。ウィンダが仲良くしてなかったら関わらなかったかも」

 

「そ、そこまでなの!?」

 

 黒が問うと、青は目を逸らし緑が苦笑いを浮かべた。そしてそれはやがて笑みに変わる。

 

 そんな風に。

 

 少年を揶揄(からか)うようにした冗談で少女たちが笑い、つられて少年も笑う、という図式が彼らの日常風景だった。

 

 幸せだと胸を張って言える時間だった。

 

 

 

 ──そのときがくるまでは。

 

 

   *

 

 

「イビリチュア・リヴァイアニマでダイレクトアタック」

 

「ぐあああぁあぁぁーー!!」

 

ケン LP 1200 → 0

 

 

「イビリチュア・ガストクラーケでダイレクトアタック」

 

「ぐっはぁ!」

 

ソウ LP 2300 → 0

 

 

 1人の少女の手によって、流れるように2人の決闘者のライフの消失音が鳴らされた。

 

「……、あいつは何者なんだ?」

 

「先日街で出会いました、『リチュア』使い──デュエルターミナルカテゴリーの使い手です」

 

 圧倒的な手札捌きで団員の2人を倒した青髪の少女に、団長のエースは驚愕を滲ませた。

 

 彼が統率するのは自警団『A・O・J』。街に潜むワームを討伐するために組織されたものであり、先の2人はその中でも確かな強さを持った者であった。活動を長く共にしているというのもあり、エース自身も彼らの強さは十分に知っている。

 それを、協力者であるツカサが連れてきた、エースがノーマークだったぽっと出の決闘者に簡単に下されてしまったのだから、驚くのは無理もないだろう。

 

「ナギ、と言ったか。こんな決闘者がまだこの街にいたのか。俺はこの街の大会や表立った記録はある程度見たつもりだが、その際にこいつを見た憶えはないぞ」

 

 彼は心底に意外という体で言う。

 

 エースはツカサからデュエルターミナルのカテゴリーを聞かされた後に、そのカテゴリーの使い手を探すため過去の記録に手を出した。しかしそこに該当カテゴリーのデッキはなかった。したがって彼女のデータも一切存在しない。

 ここまでの実力を持っていながら、公式の記録がないとは何事だ。それはツカサも同意できた。

 彼女の強さはおそらく自分たち、ツカサやエースと同等かそれ以上だと感じている。その強さが大会といった表立った舞台で培われたものでなければ、一体どこで積み重ねられたものだというのか。

 

「確かヒメの親類と言ったか、こんな逸材が身近に潜んでいたとはな。全く、どこに何があるかわかったもんじゃない」

 

「……エースさんも、ナギについては一切聞かされてなかったんですか?」

 

 エースを慕う、あのヒメがエースに隠し事をするとはまさか、とまでツカサは感じたものなのだ。それを直接聞いてしまう。

 

「……、いや待て、確かにろくに決闘もしないくせに強い親戚がいる、という話は聞いたかもしれない。だが待て、ここまで強いとは誰が思う。下手すれば俺以上、ツカサ、お前と同等じゃないのか?」

 

 一応素振りはあったようだ。だがエースがそれを見逃してしまったのはツカサも理解できた。それもそうだ、ただ強いと聞かされただけでは想像できる範囲を優に越えているのが彼女の強さだ。

 

「ええ。僕は一度、負けてますよ」

 

「……なんだと? そこまでの……。まあ今はいい。彼女へデュエルターミナルについては聞かせたのか?」

 

「一通り。元々ワームについてはヒメから聞かされていたそうで、ワームとの決闘経験もあり。それにデュエルターミナルについて説明したのでもうエースさんやA・O・Jと同じくらいの知識はありますよ」

 

「そうか、ワームについては俺たちでどうにかするから他言は控えるように言ったんだがな、まあいい。そんなもの些細なものに思えるくらい、彼女は有用な戦力だ。……いや、まさかな、知識ありでここまでの腕のやつがツカサたち以外にいるとはな」

 

 決闘中にモンスターが実体化するという、ターミナルカテ共通の反応、現象まで確認したエースは機嫌良さそうに口元を笑わせる。

 

 

「くそっ、あんな小娘に……! おいツカサ! 今度はお前と決闘だ!」

 

 エースとの会話に割って入ったのは先ほど敗北を喫したケン。『Xセイバー』使いで、死んだような目をした鬱陶しい黒い長髪と鬱陶しい言葉遣いに鬱陶しい性格の青年だ。

 とあるカードショップにて決闘をし、ツカサが彼のエースモンスターを奈落の落とし穴で処理したのをきっかけに因縁付け、A・O・Jで再会して以来ライバルを自称するようになっている。

 

「いいぜ、やろうか」

 

「そうこなくては。いいか? 今回こそは負けんぞ。お前の与えられたら屈辱は今もわ」

 

 決闘は始まり──

 

「来い! 我がデッキのエースモンスター! XXセイバー ガトムズゥ!!」

 

「狡猾な落とし穴だ」

 

「お前ええええええええええ!!!!!」

 

 ターンが過ぎ──

 

「XXセイバー ダークソウルを召喚。攻撃力300、なんでそのまま召喚したか謎だろう? フハハ、俺のこの罠のためだ! ガトムズの緊急指令! 戻って来い! 墓地からXXセイバー ガトムズを2体召喚! よくも2体も罠で破壊してくれたな!

 ここからが俺のターンだ!」

 

「罠発動、奈落の落とし穴。2体同時召喚の場合は両方とも効果対象だ」

 

「なっ! そんなインチキ……あ、ああーっ!!」

 

 それから──

 

「ナチュル・バタフライでダイレクトアタック」

 

「ぐほぉ!」

 

ケン LP 200 → 0

 

 本日2度目のケンの敗北だ。無慈悲にもデュエルディスクは敗戦の音を鳴らす。

 

「くっそぉ! 俺は修行の旅に出る!」

 

 そう言い残し、彼は去っていったのだった。

 

 

「なんだったんだ」

 

 そう疑問を口にするのはエース。

 

「あんたの団員でしょう」

 

 ツカサが言うとエースは片手で顔を覆い嘆息。

 

 

「で、私はどうすればいいの?」

 

 安いコントの末に、蚊帳の外でおとなしくしていたナギが耐えかねて尋ねた。

 

   *

 

 工場跡地。自警組織『A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス)』が拠点──集会所として使っている例の建物の一室、事務室にてエースと対しナギとツカサ、2対1でソファに腰かけると彼らはその視線を交えた。

 

 本来だったならばそこへナギの親類であり理解者であるヒメが加わる話だったが、彼女は学院の用事があり今日は欠員だ。

 ナギの紹介自体を先延ばしいする案もあったがエースの意向で、新しい仲間がいるなら早くと催促されてしまったのだ。まあシンのドタキャンの件もある。何があろうと予定通りにいくのはそこまで悪くはない。

 

「入団歓迎しよう、ナギ。むしろこちらから頼みたいほどだ。これから宜しく頼む」

 

「あ、そのことなんですけど……」

 

 神妙な面持ちで言うエースを遮り、ツカサはナギに目線を向ける。

 ナギはどこか面倒くさそうにしつつも、口を開いた。

 

「……入団はしない」

 

 ごめんなさいと、頭を下げた。

 

 活動を共にしようというツカサの誘いに応じた彼女であったが、ツカサやその仲間の3人が入団はしていない単なる協力関係だと知ると、彼女もそれがいいと主張したのだった。理由は聞いていないが、元のデュエルターミナル──あの世界においてのA・O・Jを、あの世界の面影を崩したくないツカサとしてはそれこそ歓迎、むしろ推奨ともとれるまでに認可したのだった。

 

「……そうか、まあツカサたちと同じ関係ならばいいだろう。ちなみに理由はなんだ? まさかそいつと同じく『A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス)』の名前が気に入らないとか言わないよな?」

 

 そいつと同じく、のそいつとはツカサのことであり、彼は未だにツカサが入団を断った理由をネーミングセンスの相違だと思っている。いくら弁解しようとも、その度にツカサは某中年に付けられた痛い渾名を出され、弁解を受け付けられないのだ。

 

 曰く、『理を従えし総ての支配者(エゴイスティック・ルーラー)』という渾名を騙るツカサに『A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス)』はもの足りないのだという。

 しかし『理を従えし総ての支配者(エゴイスティック・ルーラー)』はツカサが自称しているものでもなければ、推奨しているわけでもないので無関係である。無論、『落とし穴底住まい(自宅警備員)』も彼の意志と関係なく、暇な中年男性がそこらで言いふらしているだけのものである。

 

 そしてその問いにナギは図星という顔をした。露骨に、思いっきり、しまった口には出してないのに何で! と、そんな顔をして見せた。

 

「そうか。やはり、そうなのか。カードの名前から取っているとは言え、な。いいんだ、気にするな」

 

 本人はものすごく気にしているようだった。

 

 

「あんた、わざとやってないか?」

 

「……ばれた?」

 

 ナギがたまに浮かべる露骨な表情に対して尋ねると、彼女は無表情ながらも、どこか悪戯っぽく小さく舌をだした。

 

 

 

「で、ここから真面目な話なんですけど……ナギ、話していいんだよな?」

 

「ええ、あなたに任せる」

 

 確認するとナギは億劫そうに片目を閉じて、こちらに判断を委ねた。

 

「──先日のワームの襲撃は覚えていますか?」

 

「ああ。先日と言っても3日前のことだ。忘れるわけないだろう」

 

「そして、その最中に顕れた龍についても」

 

「無論覚えている。氷の力でワームの精霊どもを駆逐したあの龍だろう。それがどうした」

 

 そこまでを前置いて、ツカサは息を吸い込んだ。

 

「──あの龍を『召喚』したのは彼女──ナギです」

 

「何?」

 

 エースの顔に驚愕が生まれる。そこには疑惑というものも含まれていた。

 

「どういうことだ?」

 

「そうですね……」

 

 ツカサは1枚のカード、『ナチュル・ビースト』を取り出すとデュエルディスクに置いた。

 

 ──何も変化はない。

 

「駄目か。ナギ、出せるか?」

 

「無理。そんな力残ってないし、室内で出したら危ない」

 

 即答、そしてごもっともな返答。

 

「でも……このくらいならできる」

 

 言うと彼女は1枚のカードを出し、デュエルディスクに叩きつけた。

 集まるのは魔力と形容できる何か。それは決闘中にカードが実体化するときにも同じ感覚であったかもしれない。

 

 室内後方、ややスペースのあった場所に光の粒子が集まると、それは顕れた。

 

 場の温度が急激に下がっていく。

 それは水色の──虎。黄と黒の装甲を身に着け、身体の一部を氷と交えた虎。かつて『氷結界』に伝わる封印を守護していた聖獣。

 

『氷結界の虎王 ドゥローレン』。

 

「な、なんだこれは!? どこから現れ……!?」

 

 エースが更に驚愕を露わにし声を上げる。

 

 ──そのときだ。

 別の場所にまた()のようなものが集まる。そこはツカサの腕の、デュエルディスクだった。

 

「──これは、『ターミナル化現象』!?」

 

 ツカサが言い終わるが否や、室内にはもう1体のモンスターが顕れる。

 

 それもまた、虎。『ナチュル』に属す、身体の所々に木々を交えた緑色の虎。ナチュルの森を守護していた聖森の番人。

 

『ナチュル・ビースト』。

 

 2体の虎はそれぞれ呼応するように吠えると、すぐに粒子として霧散しカードに還っていった。

 

「今のは──共鳴、なのか?」

 

 ツカサは疑問を口にする。これまでツカサの意志では実体化しなかった『ナチュル・ビースト』だったが、『氷結界の虎王 ドゥローレン』が実体化するのに()()()()ようにして顕れた。

 

「わかんない、けど……」

 

 ナギは若干目を細める。口には出されなかったがおそらくは肯定。

 

 ツカサはその感覚を知っていた。具体的には決闘のときに起こる、デュエルターミナルカテゴリー同士が共鳴し、実体化する際のそれと同じような感覚であった。

 

「おい、今のはなんだ!? お前ら何をした!?」

 

 状況が飲み込めないエースは問いただすように声を上げた。

 

「ああ、すいません。ちゃんと説明しますから」

 

 デュエルターミナルに関係するカードの中でも、そのデュエルターミナル内で一定以上の立ち位置に存在するカードは、この現象が起こる以前から力を秘めている可能性がある。

『氷結界の龍 トリシューラ』がいい例で、氷結界に伝わる龍はデュエルターミナルにおいても有数の強大な力を備えており、この世界においても家系に伝わるという特別な存在である。

 

 そしてそんなカードが秘める力というのは、つまるところの『カードの精霊』であり、このターミナルカテが実体化しているこの現象に肖ることで、決闘者の意志で精霊を実体化できる、という説をツカサは立てたのだ。

 

 ツカサが語ると、エースは依然として驚きを重ねた。

 

「なんだそれは、つまりお前たちは自由に実体化できるってことか? それはどうやるんだ、もっと詳しく──」

 

「ちょっと待ってください。これは多分、()()限られた人間にしかできない……」

 

「俺には出来ないのか!?」

 

「だから、待ってください!」

 

 興奮したようなエースを鎮めるように言う。

 精霊を回収するという話をした際に、それを再度出せるかと真っ先に聞いたのは彼だ。おそらく彼は任意でモンスターを実体化できれば戦力になると考えたはずだ。そして今でも、彼は戦力を必要としていて、それを目の前に出されたのだ。おそらくは、望んだ1つの形として。そんな彼が冷静さを欠くほどに反応するのは理解る話ではある。

 

 彼は一呼吸すると、目を閉じすぐに治めてみせた。

 

「すまない。続けてくれ」

 

「……この話をしたのは他でもない、多分エースさんが実体化できる側だからです。

 おそらく、おそらくです。不確定の話ですが、先の説どおりだと、少なくともエースさんの持つ『A・O・J ディサイシブ・アームズ』は遠からず実体化できるようになると思うんです」

 

『A・O・J ディサイシブ・アームズ』。それは『A・O・J』の最後の機体。『ワーム』の基と言える『ワーム・ゼロ』と戦い、大戦の幕を引いたという、どこからどう見てもデュエルターミナルにおいて鍵を握るカードである。単純に立ち位置で言えば『氷結界の三龍』に並ぶキーカードだ。まず実体化しないというのは考えられないだろう。

 

「ディサイシブ・アームズが、か」

 

 エースはそのカードを取り出す。闇属性、星10、攻撃力3300を誇る『A・O・J』の最上級シンクロモンスター。

 

「多分今はまだ、そのときじゃないんですけどね。いざってときに備えて、知っておいて貰いたかったんです」

 

 いざというとき。それはつまり、そのカードが活躍したその状況がこの世界でも訪れたとき、である。

 ツカサとしてはどうしても避けなければいけない状況であるが──。

 

 この世界が、あの世界をなぞっているならば、避けようのないことだ。

 

 それがどのような形で顕れるかなんてわからないものだが、最悪は──。

 

「……モンスターの実体化には、『力』を使う。さっきみたいに無駄に出すと必要なときに出せないから、出せたとしても使わないで。それに、ディサイシブ・アームズは強大な力、だろうから制御できなかったときが怖い」

 

 と、ナギが補足してエースへの説明は終わる。

 

「……。他の奴らには言わないのか?」

 

「それは、追々ですかね。多分今はまだ誰も出来ませんよ。この実体化は現象に伴って()()()()()説もある……この現象が続けば多分関連カテ全部が実体化できそうな気もしますが、僕としてはそこまで行ったら、この街がどうなってるかわからないんですけど」

 

「ぞっとしない話だな。……まあ、わかった。追々考えていこう。とりあえず……この事は意識しておく。それから他の話だが……」

 

 一応自警団としての説明をナギに済ませ、そして彼女がこの活動に協力する、というところで今日は解散ということになった。

 

   *

 

 ケンがツカサに片づけられて、逃げ出して。ナギという少女がエースやツカサらと別室に消えた同時刻。

 

 彼は普段から顔に貼り付けていた、軽率な雰囲気を薄れさせていた。

 薄れさせていたというか、それが維持出来なかったと言うべきか。

 

 彼は先の決闘を回想する。完敗だった。完敗どころかそれは無様なもので、序盤で大きな展開を出来なかった彼の前に次々と上級モンスターが乱立され、何も出来ずに、文字通りに手も足も出ずに負けたのだった。

 

 先の決闘だけならいい、最近ではワームの人型にさえ追い詰められ、ツカサにはワームを圧倒するプレイングまで見せられている。

 ツカサと一緒にいる白髪の男もそうだ。融合を駆使し多種のモンスターを操る。

 

 ツカサといい。イオといい。その、ナギといい。

 

 明らかに、自分より強い者が次々と出てくる。

 

 普段おちゃらけて振る舞い、表には出さない彼だが、そこにあるのは焦燥感と、そして屈辱だ。

 ケンが落とし穴がどうのツカサどうので抱く屈辱なんかとはわけが違う、質の違う重い屈辱だ。

 

 彼には使うと決めたデッキがある。

 

 それはいささか展開力に欠けるデッキで──決して弱いものではないが、余所と比べてしまえば、見劣りするのは否定出来なかった。ツカサやイオ、ナギはもちろん、同組織内のケンにですら劣る。

 

 彼は歯噛む。

 

 このデッキと共にやってきて、何度も壁には当たった。その度にカードを組み直し、戦法を考えた。努力は、したつもりだ。

 

 けれど──限界は、あった。

 

 自分がいくら頑張ろうとも、強い奴はいくらでもいる。今でこそ、自身はモンスターが実体化するというこの状況下だからこそ戦力として重宝されているわけだが、それもいずれ──。

 

「俺は──」

 

 

   *

 

 何気なく、何気なくだ、彼と彼女は並んで歩いていた。

 

 工業区画から出て、市街への道中。黒と青は無言ながらも歩を共にする。

 

 無言を気にし、ツカサは適当な話題を振る。

 

「そう言えば、虎も持ってたんだな。この前は三龍しか出さなかったけど」

 

 先日、彼女がモンスターの実体化について語る際、実体化できるとして出したのは三龍のみだった。今思えば虎がいないことに気づくべきだった。

 

「ドゥローレンは……もういいや。『氷結界の虎王 ドゥローレン』は三龍よりは簡単に出せるから、いざというときの隠し玉だったんだけど」

 

 流れで出しちゃった、とナギは顔を背ける。

 

 要は自分の戦力を隠しておきたかったと。抜け目のないというか、食えない少女だ。

 

 それから少し、また無言が続き。

 

「ねぇ」

 

 今度は青い彼女が話題を出す。

 

「話してよかったの?」

 

「何が?」

 

「モンスターの実体化のこと。話すのはあなたに任せると言ったけれど、下手にモンスターを実体化されても困る。それも『A・O・J ディサイシブ・アームズ』は、……『ワーム』を終わらせたカードなんでしょ? 間違いなく精霊は宿ってると考えるべきだけど、……でも流石に『素質』がないと実体化できない、か、できても制御できないかも」

 

「いや、それは大丈夫、だと思う」

 

 以前彼女は、その素質を判断するのに決闘中のモンスターの制御を例に上げた。それならば、エースは素質があるということになる。

 

「ナギ、決闘中にモンスターを制御出来てればいいんだよね?」

 

「えっと、まあ、多分」

 

「なら。エースは僕との決闘で、『A・O・J ディサイシブ・アームズ』を制御している」

 

 A・O・J ディサイシブ・アームズというあの砲台は、そもそもの話制御という概念からはほど遠い存在だ。最終兵器たるその機械は、ワームを滅ぼすために造られたもの。ワームを消し去るためだけに造られたものだ。そこに加減なんてものは端から存在していない。

 

「上方修正はあろうとも下方修正はない……だけどあの砲台が、人に向かって打たれることはなかった。これは意識したのか無意識なのかは知らないけど、まあ素質ってやつはあるだろう。もともと正義感に溢れた人だ、その意志がちゃんとあれば大丈夫だろう」

 

 そもそも彼は自身の正義に従って自警組織なんてつくっているのだ。あの世界の影響だろうとも、そこまで至る彼の意志が薄弱であるはずがない。

 

「そう……」

 

 彼女は興味なさそうにそっぽを向いた。まあ彼女はエースを知らない。そのうち、活動をともにする間にわかることだろう。

 

「それはそうと、あなたはカードについて──デュエルターミナルについてやけに詳しい」

 

 なんで。彼女は小首を傾げる。

 

「……まあ、ね。シン──ああ、その機械をつくってた内の1人、その人に散々聞かされているから」

 

 訝しまれる度に答えた詭弁だ。

 真実を言えば、前世らしき記憶があって、デュエルターミナルを1つの実在した世界を知っている、ということになるのだがそんなこと語っても無駄だろう。むしろ怪しさは増すだけだ。

 

 まあ、語ってもいいならば──ナギやそしてノドカに、憶えてないのかと訊きたいものだが、無理だろう。無駄だろう。

 虚しくなるだけ、意味のないことだ。

 

「そう……」

 

 素っ気ない返事だ。

 

 そろそろ、興味ないなら聞くんじゃねえと思ったものだが、口には出さないでおく。

 

「どこまでついてくるの?」

 

 ふと彼女が訪ねた。気づけば街中、彼女の家のあるであろう旧市街の方へと向かい始めていた頃合いだ。

 ツカサの住む、住宅街へはそろそろ方向が異なってくる。

 

 やや辛辣な言い方にも思えたが、何気こちらの事情も思慮しての問いである。

 

「ああ、そうだな……ナギは真っ直ぐ帰宅? どこか寄ったりとかは……」

 

 そこまで言って。彼女の目が訝しむような目なのに気付く。先ほどとは違う、これは何でそんなこと聞くのかという目だ。

 同時に気付く。自分は今、端から見ればなにをしようとしている男なのか。

 

「……」

 

 ナギの冷ややかな目線が痛い。

 

 そう、今のツカサの挙動は街中に溢れる女性にちょっかいかける男のそれと同等である。行き先について行こうとするのも行き先を聞くのも女性には不審なものだ。

 

 特に付き合いの薄い男性からのそれは恐怖すらある。

 

「いや、悪い。無配慮。帰ります」

 

「……どこか寄る。ついて来てくれる?」

 

 どっちだ。本当この少女についてはよくわからない。心配すれば杞憂、そんなのばかりか。

 

 もはや彼女がコミュニケーションが出来ない人間に思えてくる。あるいは、こちらを揶揄っているだけなのか、狼狽えているのを見て楽しんでいるのか。

 

 納得出来ないまま、渋々彼女のあとを着いていく。渋々と、着いていってしまうのは、彼女がツカサの知る少女と似た容姿をしているからだろう。

 

 横を向いたナギ。横顔は正にそのもの──

 

 なんて、見つめていると彼女はこちらに気付き目を据わらせる。

 

 ツカサの知る彼女はそんな冷めた子じゃなかった。

 

(やっぱりこいつ、エリアルじゃねえよ……)

 

 酷似するのは見た目だけだと、ツカサは嘆いた。

 

 

 そして道行く中でだ。ばったりと、出会(でくわ)したのは。

 

「あっ」

 

 横から聞こえた声が、知っている人物のものだったから振り向いた。

 彼女は見てはいけないものでも見てしまったかのように青ざめさせ、此方を見て固まっていた。後頭部から垂れた緑色のポニーテールがやや遅れて制止する。

 

「ノドカ」

 

「ツカサ、くん……」

 

 ツカサは普段通り、彼女の名前を呼んだだけだったのだが、対する彼女はただ事ではない反応をしていた。

 

「ぐ、偶然だね……、あの、その、邪魔、だよね……」

 

 予想もしない反応だ。ノドカは生気の薄い目で、ギギギと音がしそうな風に鈍く首をそちらへ向けた。そこにいるのはナギ。

 

 そしてそのナギだが、そんなノドカを見て驚いた様子だ。確かに、普段の彼女から想像できないような、この世の終わりとでも言うような表情だった。

 

 比べてもなんだが、『リチュア・エリアル』と『イビリチュア・マインドオーガス』くらいの差があった。

 

 普段の彼女を知らずともそれは奇異に映るだろう。

 

「あなたの知り合いなの……?」

 

「ああ。そうだけど……おい、ノドカ、大丈夫?」

 

 彼女は少しの間顔を俯かせた後、意を決したように、そして半ば自棄(やけ)っぱちに言った。

 

 

「ふっふふふふ2人してっどっ、どこ行くのっ!?」

 

 

 

   *

 

 そしてやってきたのは某ファミレスだった。

 

 

 ……某ファミレスだった。

 

 少し前にノドカと訪れ、つい先日にナギと訪れ。

 

 そして今日は()()()()()()

 

「……これを2つ」

 

 ナギが店員へ告げるのは、某ケーキセット。男女2人が付き合っていますと周りにアピールするためのメニューだ。

 

「……かっ『カップル限定 ケーキセット』ですね……?」

 

 いつぞやの店員が肩を震わせた。どうでもいいが、赤い髪でメイド服を着ている店員さんだ。ここに来る度に顔を会わせている例の店員さんだ。

 

「……なんで僕に堂々と二股させようとしてるんだよ」

 

「いいじゃない。減るものでもない」

 

「いいや、減るね。僕の尊厳が、現在進行形で店員さんの中で減っていってるね」

 

 

 ──ふっふふふふ2人してっどっ、どこ行くのっ!?

 

 そう尋ねられたナギは答えた。

 

 ──そこのファミレス。

 

 そして言った。

 

 ──あなたも一緒に行こう。

 

 

 それからこうなった。ツカサはあんまいい加減なことするなと苦言を呈し、ナギはけちくさいこと言うなと口を尖らせ、ノドカはなぁにこれぇと困惑する。

 

「じゃあ私が2人と付き合ってるから。大丈夫。……あれ、これならあなたいなくてもケーキ食べれるんじゃ」

 

「僕はケーキ注文券なんだな」

 

 彼女(付き合ってない)に二股されているというのはさておき、人扱いですらない(注文券扱い)のはどうなのだろう。

 

「ご注文は以上ですか?」

 

「……はい。大丈夫です」

 

 答えると店員の女性は逃げるように厨房へ帰っていった。

 

「あんた少し適当過ぎないか? 出会って3日ということになるけど、これだけでもわかるぞ」

 

「このくらいが丁度いいの。あんまり馬鹿正直なのも馬鹿々々しい」

 

 なんでもないように言う。

 

「ごめんノドカ、巻き込んで」

 

 ナギの隣で戸惑う彼女に話を振る。

 

「うっ、ううん。……それより、出会って3日って?」

 

「え? いや……そのままの意味だけど」

 

 互いに疑問符を浮かべる。そしてノドカが語ったのは──

 

 

「「付き合ってない」」

 

 ツカサとナギの声が重なった。2人揃っての真っ向否定だ。

 

 ノドカが2人に語ったのは、2人が付き合ってるのではないかという話だった。

 

「なっ、ならいいんだっ。私はね! そのてっきり邪魔しちゃったのかなって、ね、それだけ!」

 

 必死に言い訳するノドカであったが、ツカサとナギはそこまで気にしていないので更なる疑問符を呼ぶばかりだ。

 

「よかった。違ったんだ……」

 

「まあとにかく、邪魔じゃあないよ。むしろノドカがいる方が落ち着ける──そうだ、2人の紹介すらしてなかったな」

 

 ナギと2人じゃ落ち着けない、そう取れる言い方にナギが反応を示したのを感じ取ったツカサは罠カードを発動、急速に話題を変更をシフトチェンジ。

 

「こいつはナギ。『リチュア』使い。僕らと同じくデュエルターミナル関連のカテゴリーだ。ワームとの決闘経験もあって、これから僕らと──A・O・Jたちと一緒に活動することになってる」

 

「あ、そうだったんだ。ノドカです。えっと、『ガスタ』使い、です。よろしくお願いします」

 

 ノドカは彼女が仲間だと知ったからか、緊張感を解き柔らかく微笑んだ。様子のおかしかったノドカが普段どおりに戻ったのだと確信させる笑みだった。

 

 そんなノドカを見つめて──ナギはとある問いを口にした。

 

「ねえ、私たち──どこかで会ったことない?」

 

「!?」

 

 驚きを示したのはツカサ。

 

「え? うーん、……あります? ええっと、ごめんなさい」

 

 ノドカはやや考えるようにした後に大仰に頭を下げた。

 

「ないならいい。思い過ごし。あと、敬語じゃなくていい。多分年齢(とし)は変わんない」

 

「あ、うん。わかった」

 

 あっさり終わる会話だが、ツカサの中で弾けた衝撃はそう簡単には止まない。

 たとえ勘違いだととしても、彼女が知り合いだと思ったのはツカサにとっては大きな事象だ。かつてあの遠い世界で、ツカサと、そして目の前の2人とよく似た少女たちは深く親しい関係にあったと言えるだろう。そしてこの思い違いに、あの世界が関わっているとすれば──。

 

 記憶さえなくとも、やはり関係があるのではと勘ぐってしまう。

 

 ウィンダに似たノドカと、エリアルに似たナギ、それぞれが『ガスタ』と『リチュア』を使うのも意味があるのではと、どこか希望的な観測を。

 

「ツカサくん、ケーキきたよ」

 

 と、不意にかかるノドカの声で我に帰る。

 

(まあ、いいか)

 

 ツカサは考えを打ち止める。彼女たちが覚えていないのならばそれ以上の思考は無為だろう。あの世界は確かに滅んでしまって、そして今があるのだから。これ以上の執着は、酷だ。

 

「それにしても、会ったことあるかーだなんて、ツカサくんと同じこと聞くんだね」

 

「気をつけて、ノドカ狙われてる。悪い男の常套手段」

 

「そんなこと……あるのかな。えへへ……。でもツカサくんはそんな人じゃないよ」

 

「でも完全悪人面」

 

「あはは……確かにちょっと怖いけど、見た目ほど冷たい人じゃないよ。ちょっとぶっきらぼうだけどそんな……」

 

「なぁ、さっきから酷くない? 2人して」

 

 黙っていれば酷い言われようだった。

 

 ノドカが笑う。そして──ナギも、笑った。冷めたような顔でもわざとらしい表情でもなく、ツカサの知る笑顔を浮かべた。

 

「……」

 

 その笑みに釘付けになっていると、ナギはまたわざとらしく目を据わらせ「何か見てる」とノドカに助けを求める。

 

 ナギがどこか楽しむようにツカサを揶揄うことを言い、ノドカが困ったように笑いながらフォローを入れつつもナギの話題を膨らませてく。

 

 2人は出会ったばかりというのにも、それこそ旧知の仲のように笑いあう。

 

 そう、その光景はいつしかあの世界で見たものと同じで──

 

 ──あの世界じゃもう見れなくなっていた光景だった。

 

「ねえ、()()()

 

 その名を呼んだのはノドカでなく。青色の彼女であった。

 

「……やっと名前で呼んでくれたな」

 

 これまでナギがツカサの名前を呼ぶことはなかった。常に『ねえ』や『あなた』で一度も彼を名指しで示すことはなかったのだ。言いようのない歓喜を感じる。

 

「え? ……ああ、うん。ノドカがいい人だ、って言うなら信用できるから」

 

 歓喜を覚えて、そして彼はその言葉に真顔になる。最近似たような言葉を聞いた。そう、あれはヒメだ。ヒメはナギが信用するならと、そしてナギはノドカが信用するならと言った。つまりは自分は2人の女性から信用に足りないと判断されていたわけだ。

 

「僕ってそこまで怪しいのか……?」

 

 ナギが目を逸らして、ノドカが苦笑いを浮かべた。

 

 ツカサは溜め息をつくと紅茶を口に運んだ。

 

 どこまでも既視感を覚える──あの世界を思い出させるような反応をする彼女たちだった。

 

 

 ──果たして、僕はこの世界でならこの光景を守れるのだろうか。

 

 

 

 

 紅茶を口へ運びつつ、思う。ケーキを食べながら笑い会う2人、ナギの前にケーキが3つあって。

 

(また僕の分はないのか……)

 


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