distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン21  揺ぎ霞む真実

 少年は森にいた。

 

 いつからかはよくわからない。気付けばそこにいて、森の住民たちと友好を築いていた。

 生まれながらにして彼らは親友であり、家族であり。そして戦友であった。

 

 特に──虎、龍、亀、獅子。彼らは際立って特異な能力を備えており、それは他の存在にまで干渉する強力なものだ。少年は個としても優れた存在である彼らをまとめ、その力を行使して見せた。

 

 少年が“支配者”と謳われるようになったのも彼らが起因してのものである。

 

   *

 

「大丈夫?」

 

「……。一応、ね」

 

 見上げた先で首を傾げていたのは青髪の少女、ナギ。

 

 無表情ながらもそこには心配の色が含まれており、起伏の少ない彼女にちゃんと感情があるのだと思えてなんだか嬉しかった。

 暖かな、感情が。ツカサの知る少女にあった、優しい感情の欠片でもそこにあるような気がしたのだ。

 

「どのくらいだ……?」

 

 出し抜けに彼は問う。

 

「どのくらい気を失っていた?」

 

 おそらく自分は気を失っていた。彼女を見上げるこの体制をとるに至った所以を、彼は明確に覚えていない。ただ意識にあるのは、決闘をしていたこと、彼女に『ナチュル』の真価を魅せようと奮起したこと、そして。

 

 ──『リチュア』が抱えていたであろう、闇のこと。

 

「数分。思ったより早かった」

 

 これまで通りぶっきらぼうに言う。それは悪気の欠片もなさそうで、それでいてどこか罪悪感のありそうで。依然として、彼女の想う内がよくわからない。無表情であるかと思えば露骨に気不味そうに示してみたり、本当は何も感じていないのではないかとさえ思わせる。反面、たまに滲み出させる微かな表情。言動もまた然り。

 

 そんな彼女であるが、その容姿から連想するのはやはり同じ青目青髪の別の少女であり、そして先の決闘。

 

 輝きを喪った、蒼い瞳。

 イビリチュア・マインドオーガスが召喚されたとき、ツカサの胸中は困惑と、そして恐怖に渦巻いた。あるいはそれは、後悔、だろうか。

 その儀式モンスターは巨大な魚の姿をしていた。生気を感じさせない眼球に、口内は鋭い歯で埋め尽くされ、胴からは蟲のような脚を生やし、側頭部からは羽根のような鱗を広げていた。それは現代の魚類でいうところの魴鮄(ホウボウ)

 そして巨魚の頭部と一体化していたのは、人の上半身。

 蒼い瞳に蒼い髪。それはツカサのよく知る少女──エリアルのものであった。

 

 蒼は黒く、黒く。奥底にあったのは闇であった。

 吸い込まれそうだった瞳の蒼は、呑み込まれそうな蒼と形容するまでに変貌を遂げていた。

 

 かつて綺麗だと思ったその瞳を、(おぞま)しいと思ってしまった。

 

 そんな彼女がこちらに手を掲げたところでツカサの記憶は途切れている。

 

「ねぇ。何であのとき、使わなかったの?」

 

 今度は彼女が問った。1枚のカード、奈落の落とし穴をこちらに見せながら。

 

 ツカサは咄嗟に自身のデュエルディスクを見る。そこに伏せてあった罠カード、奈落の落とし穴は見あたらず、彼女が手にしているのがツカサのものであると至るのに時間はかからなかった。

 

「最後、罠に手を付けたのに発動しなかった。……これを使ってればマインドオーガスは除外されていたのに」

 

 どうして、と彼女は問う。綺麗な蒼をこちらに向けて。

 

「……落とし穴は使わないって言ったのは僕だから。抜いたと思ったんだけど。まあ、僕のミスで手札に来たんだから。使わないのが当然だろう」

 

 つい癖で伏せたんだけどね。どこか笑うように付け加えて、ツカサは目を閉じた。

 

 その答えでは半分だ。もっと言えば、()()が彼女であったからに他ならない。化け物が、どうしようもなく彼女(エリアル)であったから、それが理解ってしまったから、ツカサはそれを破壊することができなかったのだ。

 

「……まあ、いい。今回は勝ちを譲られたと思っとく。──あなたは強い。私が思っていたよりもずっと」

 

 ナギはどこか納得がいかなそうに言った。

 ああ、これだ。微かに垣間見せる確かな感情が、エリアルを思わせる。でもまあエリアルはもっと正直、悪く言えば馬鹿正直なほど正直に感情を表に出していたし、エリアルを連想してしまうのはやはりその外見が理由だろう。

 

「僕は、足りるか?」

 

 ──あなたじゃ足りない。以前彼女に言われた言葉だ。

 

「ん。足りた。予想外に」

 

 すると彼女はどこかに連絡を付け始めた。端から見てやや一方的な印象の会話の末に、通話を終えた彼女はこちらへと向き手を差し伸べた。

 

「いつまで寝てるの。起きて。詳しい話をするから、場所を変える」

 

「……、ああ」

 

 手を借りて立ち上がると、カードが向けられる。奈落の落とし穴。ツカサが不要としてなお、ツカサの窮地に引き当てたカードだ。

 

 受け取ろうとして、手を止めた。

 

「あげるよ、それ」

 

「え?」

 

「いや、奈落の落とし穴なんてもう持ってるか」

 

「……ううん。持っては、ない」

 

「なら貰ってくれ。僕は予備の分もあるから。どんなデッキにも入る汎用カードだし、気が向いたら入れてよ」

 

 自分を守ろうとしたカードだ。どうか、彼女を──かつて守ると誓った少女によく似た彼女を、守ってやって欲しいと。

 

 ()()間に合わなかったときは、自分の代わりにと。

 

 もしこの世界にも闇があるなら取り除いてやって欲しいと、想いを籠めて。

 

   *

 

 ナギが自身を語る上で、必要である人物がいると言った。彼女には協力者がおり、ツカサの問いに答えるには居合わせた方が手っ取り早いと言うのだ。

 

 旧市街を歩いて十分かそこら。建ち並ぶ平屋、日本屋敷とも言う見るからに旧家名家の類であろう一帯の中で彼女は足を止めた。

 

「ここ」

 

 そこもまた、見るからに立派な邸。周囲を木製の壁に囲まれており、入り口である門は番人でもいそうなものだ。

 趣深く、荘厳とでも賞そうか、どこか歴史を感じさせるそれは立ち入ることを躊躇わせる。

 

 しかしナギは持ち前のマイペースゆえか、簡単にインターホンを押してしまう。

 

『はい。ナギですね、今向かいます』

 

 応えるは女性の声。少しして彼女は現れた。

 

「もう。ナギ、あまり勝手なことはしないでって言ってるでしょう。今日だってこんなに急に──」

 

 叱るような口調の最中、その人物はツカサを見て口を止めた。そこにあるのは驚き。口をやや開いたまま、言葉を失ったという様子。

 

 それは和服を身に纏い、凛とした空気を醸し出す、流れるような長い白髪の女性だった。

 ツカサはその人物を、知っている──

 

「ツカサ、君? 何故ここに……」

 

「……ヒメ、さん」

 

 その彼女は自警団A・O・Jに身を置き、エースの傍らで彼を補佐する、『氷結界』の使い手──

 

 ──ヒメ、その人であった。

 

 

 

 門が側方、表札に書かれた名は『結海』。この旧市街の中でも際立って古く、そしてこの一帯で序列も高い発言力のある名家だ。

 

 ヒメ──結海(ユイミ)氷姫(ヒメ)はその跡継ぎである1人娘であった。

 

 ツカサとナギはヒメに案内されるまま、屋敷内を進んでいく。外周の併の長さからもわかったが、かなりの規模の屋敷だ。当たり前のように日本庭園があって、建物の中は迷いかねないほどの広く、創作物で見るような日本家屋がそこにはあった。

 

 無数にあるような部屋が一室、客間であろう場所にツカサたちは腰を下ろした。

 

「ヒメ姉、彼には全部話すことにしたから」

 

「……はぁ。他の人には秘密にするって頑なだったのは貴方でしょう。A・O・Jとも別に動くって言って。それをなんで急に、それも()()()()()()彼に話そうと思ったの。……まあ貴方が決めたなら口は出さないけど」

 

 口振りからして2人は親しい間柄のようだった。ナギはヒメを姉と呼び、ヒメはナギの内情をよく知るようだ。それだけでも2人が全くの他人でないというのは察せられるが、まだ完全には理解が追いついたわけではない。

 

「どこから話せばいい?」

 

 ナギがこちらを見た。ツカサの疑問は先ず、彼女と、そしてヒメが内通していたことに向いた。

 

「2人はどういう関係なんだ? ナギとヒメさんはやけに親しいみたいだけど、僕がA・O・Jでヒメさんと顔を合わせている間にヒメさんの口からナギを仄めかすような言葉はなかったように思える。ヒメさん、あんたのことはナギから『協力者がいる』とだけ言われて今日会わされた。正直理解が追いついてないのが現状だ。まずその関係を聞きたい」

 

「──、……ん」

 

 疑問にナギは一端口を開くも、どこか億劫そうに、いや露骨に面倒くさいという表情をするとヒメを見た。そしてヒメは目を伏せ、溜め息をつく。

 

「……そうですね、私とナギの間柄と言えば、姉妹のようなもの、でしょうか」

 

『結海』と『式海』はやや離れたものであるが血縁関係にあり、その交流は長いものであるらしい。彼女たちは幼少期から姉妹同然に育てられ、今のような関係になっているのだという。

 自由奔放でわがままな妹に、振り回される真面目な姉。そんな構図が浮かび微笑ましいものではあったが今は重要ではない。

 

「親戚……ということは、ナギが『氷結界』の三龍を持っているのは──」

 

「……それも聞いているのですか。ええ、ナギが持っているのが当家に伝わるカード、『氷結界の三龍』と称されるそれです」

 

 しれっと言ってのける。

 

「人が悪いですね」

 

「嘘は言っていませんよ。実際()家内にはありません。……これは本来私とナギだけの秘密だったのです、悪く思わないでください」

 

 以前訪ねた際に、彼女が全てを語っていないのは知っていた。だがここまで堂々と誤魔化しに行っていたのはやや癪だ。口振りではまるで消えた、行方不明になっている、そんなニュアンスであった。それでもまだ続きがあるのは察していたが、ツカサとしては奪われた、盗まれた、そんな方向で解釈していた。

 

「つまりあんたは、知り合いに、貸していた。だから『家内にはない』と」

 

「──正確には、違う」

 

 食い気味に言うツカサを遮ったのはナギだった。

 

「正確に言うと、私が勝手に三龍を持ち出した。そしたらあっさりばれた。そこからなあなあで見逃してもらってる」

 

 盗まれていた。

 

 というか、言い方。それではカードを盗んで即バレするうっかりやさんとそれを容認する甘々お姉さんの構図が出来上がってしまう。

 

「まあ、そうですね。間違いはないです。ナギがそれでいいのならそうなのでしょう。私は家内から三龍を奪われ、その日の内に犯人を見つけ、それを許しました。合意の上なので問題はありませんが」

 

「……」

 

 今日はどうも空回りしているらしい。こっちは至って真面目なのに、彼女たちは大概適当だ。

 

「それは……いいんですか? 氷結界の三龍は『氷結界』に伝わる重要なカードのはずだ。なのにそれを『氷結界』のあんたが手放して、『リチュア』が所持している。いくら親戚といえ、やりすぎだろう」

 

 カードが正規の使い手にないのを理由にするは反面。そしてツカサには彼特有の理由で異議を唱える。

 氷結界の三龍は文字通りに『氷結界』が持つべきのカードだ。あの世界がこの世界に顕れているという今、それを乱す差異(イレギュラー)に納得がいかない。

 ツカサの愛した者のいた、あの世界を否定するようで。

 

「いいんですよ。氷結界の三龍は私には使いこなせない力です。私がシンクロ召喚を使わないのは貴方も知っているでしょう。──そもそも私の家の『結海』とこの子の家の『式海』はただの血縁ではありません。三龍を担うだけの資格はナギも持ち合わせているのですよ」

 

 それから彼女は自身の家柄について語る。

『結海』は氷結界の三龍を代々受け継ぐ家系。そしてその補佐、所謂ところの分家に『式海』があるというのだ。

 宗家の『結海』、分家『式海』。血縁と、それから立場で言っても『式海』である式海凪儀が三龍を扱えても何ら不思議はないと。過去にも同じようなケースはあるらしく、宗家が三龍を受け継ぐに満たなかった場合には分家が代替わりし次代まで管理する、という決まりがあるらしい。そういう風習で、そういう家憲。

 

「それに、この前私たちがワームの強襲を受けた際に顕れた、『氷結界の龍 トリシューラ』がこの子の仕業というもどうせ聞いているのでしょう? ナギは私よりずっと、トリシューラを含む三龍を使いこなせる──それは決闘以外においても」

 

 そういう決まりだと、納得しておくしかない。部外者のツカサがこれ以上批判するのもおかしな話だ。『氷結界』と『リチュア』としては納得が行かずとも、彼女たちの家柄である『結海』と『式海』の話についてはこれ以上の口出しは出来ないだろう。

 

 ここはそういうことにしておいて。ツカサにはまだ確認、説明を求めるものがある。

 

 そう、疑問は三龍の在処だけじゃないのだ。それを実体化させるナギ自身についても究明しなければならない。

 

「三龍の所有者についてはまあいいとしよう。……しましょう。じゃあそのナギが三龍を実体化させていたことについて、()()()()()()モンスターを実体化させているのはどういうことなんですか」

 

「それは私が話す。

 まず初めに言っておくと、モンスターを実体化できるのは私に限ったことじゃない。──あなたもすでに、その素質を持っている」

 

 驚き。それを顔に出したのはツカサだけでない、ナギの横にいるヒメもまた同じように驚きを露わにしていた。

 

「それは決闘中の話か?」

 

 その言葉の意味を問う。

 ただモンスターが実体化するという意味では既にツカサを含めたデュエルターミナルカテゴリーの使い手はそれを為していると言える。ターミナルカテ同士の共鳴によりモンスターが実体化するという『ターミナル化現象』が起こっている今、それは無意識の下でも為されてしまうものだ。

 だが決闘外、任意で実体化出来るというのは話が違う。ツカサやその仲間がいくら意識しようと、いくら望もうともカードからモンスターが実体化することはなかった。

 決闘内と決闘外ではまるで話が違う。

 

 だが彼女が肯定するのは、後者。

 

「もちろん、決闘外。多分今モンスターを自分の意志で実体化できるのは限られた人間だけ。

 ずっと前に、あなたに『足りない』って言った。あれは決闘の技量だけじゃなくて、その素質も。あなたは──、えっと……なんていうか、私的には無理だと思ってた。だけど今日の決闘で、解った。思い違いだった。

 あの決闘も、間違いなくモンスターが実体化していた。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あなた、あのとき自分で何をしたか、何をしようとしたか、自覚ある?」

 

 少女は話の内容とは裏腹に、可愛らしく首を傾げた。

 

 ナギを相手取って、ツカサが危惧したのは正にそれだった。決闘を通して彼女を傷つけてしまうのを恐れた。モンスターは実体化するという分かり切っていたそれを、ツカサは恐れた。そして──

 

「──命じた。僕はあんたを傷つけないようにモンスターに命じたんだ」

 

 カードを信じれば必ず応えてくれる。モンスターが実体化しようともそれは変わらない。むしろモンスターにより直接思いを伝えることができるようになったとさえ思える。それはあのエースとの一戦で突き抜けたものだ。カードを信じて、モンスターを信じて、指示を出す。あのときモンスターはツカサの命令に応え、A・O・J ディサイシブ・アームズの射線を余所へとずらすに至った。

 

「それ。普通できないの。三龍を実体化できる私でも、攻撃を相手に届かせないなんてできないの。ダメージを与えるのが決闘で、ダメージを受けるということは攻撃を受ける、傷つくってことなんだから。そんな、このゲームの()()を捻子曲げたのがあなたなの。

 そんなの見せられたら、あなたにモンスターを操る素質がないなんて言えない。むしろ私より……」

 

 本当に見当違いだった、そう彼女は言う。彼女の中でこちらがその素質とやらがないのは確定事項だったようで、未だ納得し切っていない様子だ。

 

「一番重要なのは決闘のあと。あなたはもう、決闘外でモンスターを実体化させていた」

 

「……何?」

 

 ツカサは眉間に皺を寄せた。心当たりがない。だって決闘の後といえば、ツカサは数分気を失っていたという話だ。

 

「あなたは最後、マインドオーガスの攻撃で弾き飛ばされた。それなのに、外傷がないのは不思議じゃない?」

 

 言われれば、そうだ。ツカサが意識を戻したのは決闘場の端、実際に決闘を行った位置からはやや離れた場所だ。そしてツカサが攻撃を受けた際に感じたのは吹き飛ばされる感覚。そこで意識が途切れており、受け身等の対処をとった記憶はない。意識があればまだ考え得るが、無意識下で外傷なしというのはまずない勢いの攻撃だった。

 

「そうだな、攻撃力4000の攻撃を受けたにしちゃ全然……。じゃああの後何があったんだ」

 

「吹き飛ばされたあなたを、実体化した『ナチュル・ビースト』が受け止めた」

 

「『ナチュル・ビースト』が……?」

 

 自身がモンスターを実体化させていと聞いて思い浮かべたのは別のモンスターだった。

 具体的には、『ナチュル・コスモスビート』。ありえるとすれば、そのモンスターであると。それは以前に、街に顕れたのを捕まえたモンスターだ。この街に実体化し、彷徨い始めたモンスターをツカサは遠い世界から流れた残留思念、魂とした。だから、任意でモンスターを実体化できるとなればその魂を回収したカードだと推測したのだ。だが──『ナチュル・ビースト』だと彼女は言った。

 

「……待ってくれ、どういう基準なんだ? 僕の推測じゃ実体化したモンスターを収めたカードからそいつを出してるんだと──」

 

 だが言葉に出して思い至る。その理屈だと既にこの街に氷結界の三龍が出没していたことになる。そしてそれを捕らえた者がいると。三龍が実体化したとして、それがおとなしく人の支配下に着くとは思えない。『氷結界』は三龍を従えたのでなく、あくまで封印していたのだから。捕らえられたとしても、おそらくそれは『氷結界』であるヒメによるものであるが、まさか。

 

 思考を巡らせるツカサであるが、ナギがそれを打ち切る。

 

「多分、違う」

 

 そう言うとナギはデッキケースからカードを取り出した。

 3枚。『氷結界の龍 ブリューナク』『氷結界の龍 グングニール』。そして、『氷結界の龍 トリシューラ』。

 

 白いカードのイラストにはどれも水色の龍が描かれている。間違いない。あの世界でも強大な力を誇った、『氷結界』に封印されていた氷の龍たちだ。

 

「私が今実体化出来るモンスターはこの3体だけ。──この3枚は、街に顕れた精霊を還したカードじゃない」

 

 ツカサの論を否定する。ツカサは真意を問う。

 

「……なんだろ、この世界には魂の宿るカードが存在するっていう伝承、知ってる? デュエルモンスターズの精霊ってやつ。うん、知ってるよね。古くから伝わるカードとか、そんなの。元々から力を持っていたカードがあって、この3枚がそう」

 

 ここにきて、彼女の口から出てくるのはデュエルモンスターズの精霊。彼女は勝手に話を進めてしまったものだが、もちろん知っている。神のカードや古代エジプトに関連付いていたりする伝承の類だ。

 

 伝承の類と言えば、『氷結界の三龍』も『氷結界』に伝わるカードという意味では立派に伝承の類と言えよう。

 

「三龍は元々魂を宿していた……?」

 

「そう。……そう? うん、そう。それでいいや。それで、関わるのが、あなたの言ってたターミナル現象、だと思う。元から魂を秘めていた三龍は最近街で実体化したモンスターよりずっと強い力を持っていて、実体化の恩恵を受けやすい、てことだと、思う」

 

 語り終えた彼女は「やっぱりよくわかんない」と無気力感を全面に出すのだが、逆にツカサの顔には活力が満ちていく。目から鱗と言うか、彼女の語りは曖昧だった彼のいくつかの思案を結論へと導く。それもまあ仮説にすぎないが、大きな節目となる仮説であった。

 

「そうか、いや多分、でもありえる……!」

 

 思わず推理小説にありがちな声を上げたツカサに、ナギは気怠げに、ヒメは訝しそうに目線を送った。

 

「ナギ、聞いてくれ。あんたにも考えて欲しい」

 

 ツカサは脱力しつつある彼女に話を振る。彼女は今日初めて『デュエルターミナル』の話を聞いたであろうにも関わらず、それと三龍を絡めた推測を出すほどの洞察力を持っている。それも、ツカサに足りなかった情報を齎した。彼女にも判断してもらいたい

 

「この街に実体化するモンスターはこの現象がいくらか進行してから顕れ始めたものだ。僕はこれを……そうだな、かつてデュエルターミナルに存在していたものがこちらの世界に流れてきたものだと思ってる。街に顕れたモンスターはあくまで現象の一環として実体化した、言い方を変えれば現象に巻き込まれなければ実体化できなかった存在と言える」

 

 思えばそうだ、これまでで確認している実体化した精霊はどれも小型の、魂として見ればあまり力の持たない者ばかり。

 

『ガスタ・スクイレル』『ジェムナイト・タートル』『ナチュル・コスモスビート』『ジェネクス・コントローラー』。ぱっとあげても、どれもが低級モンスターであることに間違いない。

 

「つまり、逆にこの現象で実体化してないような、元から強い魂を持ったデュエルターミナルのモンスター──精霊として高位の存在は、現象自体の一環でなくとも、現象に(あやか)って実体化ができる。どうだ?」

 

 ナギが実体化できるという氷結界の三龍は、言わずもがな強力なカードだ。あの世界においての脅威的な力をツカサは知っているし、この世界においても『氷結界』の担い手であるヒメの家系が代々引き継いできたという特別な立ち位置のカードだ。それ相応の魂が──精霊が宿っていても不思議でない。むしろ数々のデュエルモンスターズの伝承を鑑みればあって当然だ。

 

「なんとなく、わかるかも」

 

 彼女の同意で方向性は間違えていないと自信が湧く。現象やデュエルターミナルについて今日初めて知った彼女の同意を得て安堵とは変な話だが、ナギ、この少女は自力でワームや精霊にたどり着き、ターミナルという情報に早くに順応してみせるなど目を見張る部分のある少女だ。この同意は推論を後押ししたように感じてもいいだろう。

 

「で、だ。肝心の実体化はどうすればいいんだ」

 

「わからない」

 

 即答だ。

 

「デュエルディスクにカードを置くなりして、なんか、こう……いいや、魔力みたいなのを籠めると実体化する」

 

「魔力か……」

 

 魔力。その言い方は些か突飛な表現に思えるが、これまででツカサもそう形容したことがある。具体的には先日の氷結界の龍 トリシューラの一件の際だ。確かにあれは魔力と表せた。

 

「正直、『ナチュル・ビースト』が実体化したのかとか、実体化するまでの魂を備えた起源──言い伝えとかもわからないし、やってみないことには……」

 

 わからないことだらけ。だが前例もない現象だ、それも当然だろう。そして、ツカサにはそれを悲観する余地はなかった。

 今ツカサの思考の大半を占めるは『ある可能性』だけ。

 

「とりあえず……ヒメさん、庭を借りていいですか? モンスターが実体化できるなら試してみたいのですが」

 

 静観状態にあったヒメに声をかける。

 

「……わかりました。ただ、庭を荒らすと家内が面倒なので、裏の方でよろしいですか?」

 

「大丈夫です」

 

 了承を得、屋敷内を案内される。ヒメとナギの後ろ姿を見ていて、ふと疑問が浮かぶ。

 

 2人は協力関係と言っていた。なら、情報の共有はあって然るべきだ。それならナギがやけにこの現象について詳しく、一般人としての最大限度の知識──エース並の情報力があったのが頷ける。一介の少女と情報収集の専門ともいえるエースの情報量が並ぶのは謎ではあった。ナギがヒメを通じてエースの情報を受け取っていたのなら納得だ。

 だが、だ。ならなんでナギはデュエルターミナルの存在については無知な様子だったのか。

 

 ツカサがA・O・Jに提供した情報が回っていないのは疑問だ。

 そのことを問えば、

 

「すいません。私は貴方を信用していなかったので……胡散臭い部分は伝えていなかったのですよ。まあこの子が事情を話すに至ったんです、少しは信用、しますよ」

 

 とまあ辛辣だった。ツカサ自身も彼女を問い詰めたりしているので無理もないのだが。

 

「……ただ、エースを差し置いて、貴方、というのには納得していませんけどね」

 

 エースを差し置いて。そこから生まれるは新たな疑問。

 

 ナギが、エースより先にツカサに身分を明かしたことについての言葉だろうなのだが、それは彼女の中でのエースへの優先順位高いことが起因するのだろう。

 A・O・Jで2人がよく一緒にいることなのからも察するが、ヒメとエースは男女の関係と取れ、ヒメの中でのエースはとても大きな存在だと言える。

 

 ここで抱く疑問は、彼女がナギのことをエースにも語っていなかったということだ。

 

 エースという情報を欲しがる想い人にまで、モンスターを実体化できるという戦力を黙っているほどの理由がそこにあるというのか。

 

   *

 

 結果から言って、モンスターは実体化しなかった。

 

『魔力みたいなものには上限があって、私も1回実体化させるとしばらくできないし』

 

 とのことだ。

 

 夕暮れ前、ツカサは結海家の敷地内、どこかの縁側に座っていた。どこか、というのは、ツカサが現在地を把握できていないためだ。

 

「おつかれ」

 

 やや距離を空けてナギが腰を下ろした。

 

 しかし会話もないので、ここは丁度いいと、疑問に埋もれて聞きそびれていたを質問を出す。

 

「ナギ、なんであんた、わざわざ1人で行動してたんだ? ヒメさんと協力関係ってことはA・O・Jだって前から知っていただろうし、別行動する理由があったのか? それもあのヒメさんがエースさんにまで黙ってたって相当のことだ」

 

 何か裏がある、『リチュア』の闇ではないが、この少女にもきっと謎がある──なんて深読みは彼女の前では無駄なようで、

 

「なんとなく。……強いて言えばA・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス)の名前がダサいから?」

 

 気の抜けた顔ですごいことを言う。

 ツカサがA・O・Jに入らなかったのは名前が気に入らないからだと疑われたものだが、まさか本当にその理由で拒む者がいるとは。

 

 どこまで本当なのか、全く持ってわからないが──まあ、いいだろう。

 妥協だ。そういうことにしておこう。ツカサには他にも考えなければいけないことがあるのだから。

 

 結局のところ、ツカサは自身の意志でモンスターを実体化することに敵っていないのが現状であるが、その実体化できる目処は立った。

 あの世界で、この段階で、三龍と並ぶほどの力を持ち、大立ち回りを演じた存在と言えば──

 

(──『A・O・J ディサイシブ・アームズ』と『ワーム・ゼロ』か)

 

 まあそれはワームとの大戦の幕引きの戦闘という本当に大立ち回りであるので、まだそれは後のこととなるだろう。

 

 かつての世界の記憶を探るが、しかしワームとの大戦については割と断片的なものしかない。というか、森の中の記憶が大半なので戦場の細かい動きなんかは知る由もないのだった。

 

 

 溜め息とともに取り出したのは『ナチュル・ビースト』のカード。彼女曰く、決闘の外で実体化したツカサのモンスター。

 あの世界の森では『ナチュル』全員と親しくしていたが、森を出る際にはよくその虎の背には乗せてもらっていた。確かにツカサにとって特別な魔物であったことに変わりないが──しかしこの世界においての虎は伝承などないし、特別なものはないように思える。それこそ、決闘でもよく使う程度だ。

 魔法カードを封じるのは大抵のデッキに有効だ。だから虎には切り込み役を任せている。

 

 ツカサはそのカードを見つめる。

 

 星5、地属性、攻撃力2200、守備力1700。シンクロモンスターであることを示す白いカードで、イラストは身体の一部を木々と変えた緑色の虎だ。

 

「ねえ、そのカード、どこで出会ったの?」

 

 不意にかかる声、主はナギだ。

 

「こいつとの出会い、か」

 

 記憶を辿る。今度はこっちの世界の記憶だ。

『ナチュル』を使い始めたのは幼い頃。何かに惹かれるように使い始め、一時から蟲惑魔を交えつつ使ってきたカード群。辛いときも、楽しいとき、悲しいときも、勝つときも負けるときも、ずっと一緒だった。その出会いは──

 

 ──出会い?

 

「なんだっけ? いやむしろ──何かあったっけ?」

 

 ツカサは遠くの空を見上げた。

 

『ナチュル』との出会いはよく覚えていなかった。あの世界でも、そうだったように。

 

 気が付いたときには、そこにいた。

 

「覚えてないや。まあそれだけ長い付き合いだってわけだ。あるいはね、意識するまでも無かったのかもしれないぜ。最初から決まってた、みたいな。ほら──

 

 ──カードの導きって、言うだろ」

 

「……そう」

 

 彼女は興味なさげに呟いた。

 

 ナギが『リチュア』なのも。そして、ノドカが『ガスタ』なのも。

 彼女たちが、似た容姿の者が属するカテゴリーを使うのも、カードが導いてのことなのだろうか。

 

 今は遠くなってしまったあの世界を思い浮かべ、ツカサは『ある可能性』を口にした。

 

「なあ、『ターミナル化現象』って話をしたよな。その、デュエルターミナルのモンスター同士が決闘で実体化する現象。そして、そこでの事象が似たような形で起こるってこと。それから、そこにいたモンスターがこの世界に流れ込んでるのかもって話」

 

「……」

 

 聞き流すようなナギに、ツカサも独り言のように続ける。

 

「この実体化に関してなんだけどさ、段々進行していってるように見えるんだよ。ワームの出現に始まって、ターミナルカテが実体化して、精霊が街に顕れて。少しづつだけど、モンスターの実体化が、()()()()っていうか。

 だから、そのうち──カードからモンスターを実体化するのも段々容易になっていく、そんな気がするんだ」

 

「……それは──」

 

「今じゃその、高位の精霊であるあんたの氷龍と僕の虎が実体化できるとしてもさ、近い将来に、精霊の位を問わずデュエルターミナルのカテゴリー全部が実体化する、そんな街になるような。……ない話じゃないだろ?」

 

 実体化した精霊を、この世界に迷い込んだ存在として。それが進行するとすれば、次に流れ込むものはモンスターだけでなく──。

 

 彼女は何も答えなかった。けれどそれは、無視したり興味がないという風でなくて。

 

 ツカサのする『杞憂』ともとれる危惧を、真面目に捉えたものだった。

 

「『ターミナル化現象』とは案外的を射たもんだ。名付けた本人はここまで意図してなかったと思うけどさ──」

 

 彼はその手のカードを見て、そして青髪の少女を見て。

 

 

 ──文字通りに。この世界がその世界に、変わっていくみたいだ。

 

 


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