distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン20  違えぬ姿

「すごい……」

 

 蒼い瞳を輝かせた彼女が呟いたのは感動の言葉であった。

 

 地上から見上げて、遙か上空。2人の少女は巨鳥の背に乗り大空を舞う。

 

 地上からそれを追うのは、飛ぶ術を持たない少年だ。

 

 やがて鳥は地上へと降りる。緑の少女はどこか危なっかしさもあるものの、見事に巨鳥を操ってみせる。その様は鳥と心を通じ合わせているかのようであった。いや実際、彼女は一族秘伝の技術によって鳥とは一体のごとくの疎通が可能なのだ。

 

 慣れない様子の青い少女に少年は笑いかけると、その手を取り鳥の背から下ろす。

 

「えっと、おかえりかな、エリアル。空はどうだった?」

 

「すごかった! 地面のものがすごく小さく見えて、森も、谷も、湿原も、みんな遠くに見えて……! ツカサが追って来てるのも見えたよ!」

 

 空から戻ってきた彼女は興奮したように言う。未知に触れた童子のように、無邪気で素直な子供のように。そんな彼女を微笑ましく思う。

 

「そっか。空を飛ぶのは気持ち良いんだろうね。僕も一度は飛んでみたいな」

 

「……? ツカサはウィンダに乗せて貰ったことないの?」

 

 疑問の言葉とともに緑の少女を見る。

 

「うーんとね、ツカサくんはね、鳥が嫌がっちゃって」

 

 困ったように、言う。

 

「……そもそも谷の鳥はガスタの一族にしか懐かないんだと思ってたんだけど。でもエリアルは大丈夫みたいだし、ならなんで僕は……」

 

 少年が言いながら鳥に手を伸ばすと、鳥は拒否するように鳴く。

 その光景に少女達は小さく笑った。

 

「ツカサくんはちょっと怖いところあるし」

 

「うん、しょうがないかも」

 

 口を揃え、笑う彼女たち。少年は少しいじけたように獣の方へ行き、縋るように身を寄せる。

 

「僕には森のみんながいるからいいけどね」

 

「森にいる子はみんな可愛いよね。ずっと一緒なんていいなぁ」

 

 少女たちもまた獣に触れる。獣──虎は決して抵抗なんてせず、黙って身体を触らせていた。

 それに納得いかないと口を尖らせるのは少年。彼女たちは自分の懐かない鳥たちに触れ、その上で森の住民との関係も友好的だ。

 

 でもまあ。こんな風に、2人が笑っていられるなら些細なことだ。少年が浮かべるのもまた、笑み。

 

 そんな時間が幸せで仕方がなかった。だが、だからこそ、気づけなかったのかもしれない。

 

 

「──2人はいいなぁ。精霊と仲が良くて」

 

 青い少女の、そんな呟きの意味に。

 

 

 黒の少年は獣を。緑の少女は鳥を。そして青の少女もまた。

 

 彼らは期せずして、3人とも魔物を従えるという共通点を持っていた。それは個としては強大な力を持たない彼らが、この世界に生きる上では必須なことではあった。

 

 黒い少年は森の住民たちとは家族同然の間柄であり、生まれながらにして親しい関係。

 緑の少女は一族の風習で、幼い頃から谷の鳥と"友"としての絆を育んできた。

 

 そして、青の少女。彼女が属した一族は、儀式により精霊を召喚するという術に秀でた一族だった。

 だが。同じ様な境遇であるが、青い彼女だけは事情が異なっていた。彼女たちの用いる儀式というのは、異界の存在を呼び寄せるもの。他の2人のように日常を供にする関係ではない。

 

 獣に乗り地を駆ける少年。鳥に乗り空を羽ばたく少女。そして彼女は──

 

 

   *

 

 

 青い少女に続くのは黒い少年。そしてもっと後方に、緑の少女──ノドカはいた。

 

 

 

 その日は休日なのにも関わらず雨が降っており、何をするにも手持ち無沙汰。ノドカは時間を持て余していた。

 いくら梅雨とは言えど、休日くらい晴れて欲しいものだ。雨が降るのなんて体育で長距離走がある日くらいでいい。

 

 どうにも落ち込んでしまった気分の中、彼女はとりあえず外出することにする。

 着替え終わって、ふと一着のパーカーを手にとった。思い浮かべるのはとある少年の顔。彼はいつも黒いパーカーを着ている。

 

(……)

 

 彼女はパーカーを上から羽織ると、自室を後にした。

 

 

 雨はそれほどの強さでなく、傘を軽く撫でる程度だ。彼女はパーカーの裾を摘まむと、どこか上機嫌に歩を進めた。

 そして視界を広く持ち、周りに意識を向ける。特に意識するのは行き交う人の顔。その中に、彼が紛れてはいないだろうかと淡い期待を込めて。彼は日頃からワームやら何やらで奔走している。もしかすれば、街中で出会すこともあるだろう。

 

 それから少し街を歩いて、彼女は我に帰る。

 

(何してるんだろ、私)

 

 急に自分が恥ずかしいことをしているんじゃないかと思い至り、顔を赤くして俯いた。

 雨が降っていて、やることがなくて、それからどうして彼を探すことに繋がるだろう。

 

 最近よく行動をともにする、彼を。ワームに囲まれた中に現れた、彼を。どこか怖くて、近寄り難い、だけど頼りになる彼を。

 

 その想いはまさしく、恋であった。ノドカ自身よくわかっていないものだが、ただそれが恋心であるのは自覚できた。

 

 だがだからと言って何をすればいいのだろう。恋愛に憧れを抱いたことはあれど経験があるわけではない。彼との出会いはまるで物語のようではあったが、自分自身が少女漫画のヒロインのようになれるかと言えば無理だった。そこまでの行動力はノドカにはない。

 

 最近、彼には熱烈なファンを自称する少女がいる。その少女が彼に身を寄せる度に、ノドカは内心落ち着かない思いをしていた。

 自分もあの少女のように、もっと好意を見せた方がいいのだろうか。

 

(ううん。……無理だって)

 

 彼女は独りでに首を振る。そこまでの行動力──度胸はない。

 

(そうだ。どこか、どこかに行こう)

 

 気を紛らわせるため彼女は思考を入れ替える。

 

 暇を潰せる場所。気分を変えられる場所。そうして決めたのは──書店。とりあえずそこならば時間は簡単に減ってくれるし、書店が構えるショッピングモールなら他の店もたくさんある。何より──

 

(──恋愛についての本とか、あるよね)

 

 思考は入れ替わっていなかった。

 

 

 そして、だ。ショッピングモールを前にして彼女は見つけてしまう。

 彼を。黒髪赤目、黒いパーカーの、意中の彼の姿を。

 

 ──自分の知らない少女と2人で歩くツカサの姿を。

 

 

 

 恋想う相手が別の異性と一緒にいるとなれば、大抵の人間には気になってしまうものだ。2人が恋仲であるのかどうか、考えてしまうものだ。

 彼女は別の可能性なんか視野にも入れず、2人の後を追いかけた。決して気付かれないように、所謂は尾行を。

 

 そして彼らはとある店舗へ入っていった。そこは彼女もよく知るファミレスであった。

 それまたよく知る店員の案内でノドカは2人と遠く、それでいて悟られない席に着くとメニューで顔を隠すようにして様子を伺う。

 

 彼は普段と変わりない。黒いジーンズに黒いパーカー。首や腰につけたチェーンやネックレスの銀色の装飾と、いつもどおりノドカのよく知るツカサだ。

 対して相手はどうだろう。やや座った目で、青い髪の少女。黒いノースリーブで露出した腕にいくらかの装飾。下は黒いデニム。ベルトはバックルがやや大きく目立つか。腰あたりにチェーンが見える。

 

(何、この2人付き合ってるの!?)

 

 2人とも同じような印象だった。全体的に黒いコーディネートで、ところどころに銀色がジャラジャラしている。

 真実を言ってしまえば、これはただの偶然。2人の私服趣味が被っただけなのだが、この状況のノドカには合わせているように見えても仕方がなかった。

 

 店員が来るなり彼らは注文を済ませた。そして運ばれてきたのは──ケーキのセットが、2つ。

 

「……!」

 

 それはノドカも食べたことのある、()()食べたことのある、カップル限定のケーキセットだった。

 

 そうか、つまり、そういうことか。彼女はそちらから顔を逸らし、顔を完全に隠した。男女で街を歩き、そういうメニューを頼むということは、そういうことである。

 

 たまたま外出した先での急展開に、彼女自身もどう反応していいのかわからなかった。こんなに急に、前触れもなく自分は失恋してしまったのか。

 

「……?」

 

 だが、もう一度様子を伺うと異様な光景に気付く。

 

 テーブルの上にケーキが2つ、紅茶が2つ。だが、ツカサの前には置かれていない。

 

 ──ツカサの分が、なかった。

 

 相手の少女が2つも食べるようだった。

 

「えぇ……」

 

 ノドカは困惑した。彼は何をするでもなく、そして相手は黙々とケーキを食べていた。

 それは付き合ってる男女にしてはいささか──いやかなり寂しいものだった。

 

 ここまで来てようやく、2人が付き合っていない可能性があることに彼女は気づく。

 

 それからしばらく同じ光景が続き。そして、2人はようやく会話を始めた。ツカサは少女に真面目な顔で何かを語っていた。会話が続く中で、彼は柔らかい表情を交えた。その顔をノドカは知っていた。

 こちらを童子のように扱い、見守るような優しい顔だ。時折自分に向けられる、ノドカの好きな顔だった。

 

 ──自分以外にその顔をするなんて。

 

 複雑な心持ちのまま、メニューに顔を落としているといつの間にか2人は席を立っていた。会計を済ませ店を出て行く。

 

 ノドカも慌てて後を追った。

 

 青の後ろに黒。それを隠れて追う緑。

 

 

 やがて2人はバスに乗り、どこかへ行ってしまった。いくら気になっていようとも、流石にそこへ同乗する度胸まではなかった。

 

(あっ……)

 

 彼女はつい、手を胸に当てる。

 

 苦しい。

 

 それは嫉妬とも呼べる感情であった。ツカサはファンの少女と一緒にいるときに、そしてツカサがアカリという少女といやに親しくしていたときに感じていたものだ。アカリが、ツカサと同じ舞台にいると意識したときの感情だ。

 しかし何故だろう。抱いてしまった間違えようのない恋心に、彼女はどうしようもない疑問を持つ。

 

 ──どうして、どうしてこんなにも彼を、好きだと思うのだろう。

 

 ツカサとは出会ってはまだ浅い仲だ。ワームに襲われている真っ直中に出会い、助けて貰ったという恩もあるだろう。同じ目的を持って供に行動したというのもあるだろう。その中で彼に惹かれる要素は確かにあった。

 

 だが──ノドカには彼と初対面のその日から、彼を信頼してもよいと確信していたところがあった。いや、理由がなければ確信とは言えない。言えないのだが、彼のことは異様に頼もしく、そして親しく感じられたものだ。

 

 彼がとなりにいる決闘は、あの異形の存在ワームが相手であろうと安心して臨むことができた。

 

 それは、そう。まるで、初めて会った相手ではないかのようで──。

 

 

 

 

 

 ──その感情に、別の世界が関っているということを彼女は知らない。

 

 かつて生まれ、栄え、争い、そして滅んだ世界。

 

 

 

 ──偽りの世界が。

 

   *

 

 旧市街。それはこの街が『街』と称される以前、開発の手が入る以前に主となっていた地区だ。

 旧市街というその名のごとく、旧式の造りの平屋が多いどこか歴史を感じさせる町並み。現在の中心部である駅周辺と比べてしまえばどうしても未発展感は否めず、生け垣や林などの自然が多く残り高層ビルや大型の店舗のような超近代的な建築物が見られない、悪く言えば田舎であった。駅こそあれど乗り降りしか出来ない単純な駅だし、商業施設なんて昔ながらの商店が存在する程度だ。

 生活の便は正直良くないが、だがそれらは決して悪いことだけではなく、騒音や空気の汚染が少ないなど老人や静かに暮らしたい者にはうってつけの場所でもある。

 平屋ということで一種の高級住宅という側面もあったり、昔から住んでいる住民の中には旧家名家が多いことが起因してか山の方に位置する私立の女子校が所謂ところのお嬢様学校と化している、とまあこれは余談か。

 

 そしてこの旧市街、基本的に人は少ない。土地こそ広いものであるが、自然や住宅の敷地が大半を占め、実際に人が生活を送っている部分は見た目以上に少ない。

 そんな人気(ひとけ)が少ない中でも極まって人の少ないその場所、外れにある今はもう使われていない古い決闘場では2人の少年少女がその戦線を交えていた。

 

 ツカサ LP1300 手札×1

場 無し

  伏せ×2

 

 ナギ  LP4000 手札×1

場 イビリチュア・ガストクラーケ

  イビリチュア・リヴァイアニマ

  伏せ 無し

 

《イビリチュア・ガストクラーケ》

儀式・効果モンスター

星6/水属性/水族/攻2400/守1000

「リチュア」と名のついた儀式魔法カードにより降臨。

このカードが儀式召喚に成功した時、

相手の手札をランダムに2枚まで確認し、

その中から1枚を選んで持ち主のデッキに戻す。

 

《イビリチュア・リヴァイアニマ》

儀式・効果モンスター

星8/水属性/水族/攻2700/守1500

「リチュア」と名のついた儀式魔法カードにより降臨。

このカードの攻撃宣言時、自分のデッキからカードを1枚ドローし、

お互いに確認する。

確認したカードが「リチュア」と名のついたモンスターだった場合、

相手の手札をランダムに1枚確認する。

 

 少女の場にいるのは2体の上級、最上級モンスター。

 前者のイビリチュア・ガストクラーケは赤髪の少女の上半身に、クラーケン──(たこ)烏賊(いか)といった頭足類の下半身をした異形のモンスター。その風貌はおおよそ、()()()()()()()()かのような儀式モンスター。

 それから後者、イビリチュア・リヴァイアニマは剣を構える竜の亜人といったところか。特筆すべきはその頭部、白と赤の体毛──髪であろう。体毛というよりは、髪。獣のそれでなく人のそれ。()()()()()()()()()()()()()()()()部分だ。それもおそらくはガストクラーケと同じく、人を儀式に使()()()かのような印象だ。

 

 謎の多い儀式集団であった『リチュア』。彼らの秘めた闇が、世界を違えた今ようやく垣間見えたのだった。

 

「イビリチュア・ガストクラーケの効果。召喚時、相手の手札を2枚確認、そのうち1枚をデッキに戻す」

 

「僕の手札は1枚。魔法カード、ガオドレイクのタテガミだ」

 

「デッキに戻して」

 

「……」

 

 ツカサは指示に従う。ガオドレイクのタテガミは『ナチュル』モンスターの効果を無効にする代わりに攻撃力を3000にする魔法カードだ。もとの攻撃力が低いほどその上昇値は大きく映り、3000近くもの数値を底上げできるカード。現状手っ取り早くナギの儀式モンスターを破壊できる手段であったがそれは手札から消えてしまう。

 そしてこれでツカサの手札は0枚。手札が無ければ何もできないこのゲームでこれは少々不安だ。

 

「バトル。イビリチュア・リヴァイアニマで攻撃。宣言時、デッキから1枚ドロー。互いに確認し、それが『リチュア』モンスターだったら相手の手札を1枚確認できる。私が引いたのはリチュア・アビス。でもあなたの手札はないから追加効果はなし。

 ──ダイレクトアタック」

 

「罠カード発動、リビングデッドの呼び声! 僕は墓地からナチュル・チェリーを召喚!」

 

 墓地から壁となるのは1体の最下級モンスター。だが悲しいか、それは壁にすらなれない。リビングデッドの呼び声という汎用蘇生罠は攻撃表示でしか特殊召喚できず、そしてナチュル・チェリーの攻撃力は僅か200しかないのだった。

 

「攻撃は、続行」

 

 彼女はモンスターの召喚に怖じることなく命じる。白髪の竜は手にした剣で果実を切り裂く。数値の差は2500もあるのだ、抵抗の余地もない。竜が剣を振るうと、その余波がツカサを襲う。

 

ツカサ LP 4000 → 1500

 

(くっ……)

 

 ツカサは顔を歪める。1回の攻撃でツカサのライフが半分以上も持って行かれたのだ、決闘者に殺意がなくともモンスターが実体化する中ではその衝撃は優しいものではない。

 それを簡単に通したのは他でもないツカサ自身だが、何もただダメージを200減らしただけではない。ちゃんと考えがあっての行為だ。

 

「ナチュル・チェリーの効果! こいつが相手によって墓地に送られたとき、デッキからナチュル・チェリーを2体まで伏せることができる」

 

《ナチュル・チェリー》

チューナー・効果モンスター

星1/地属性/植物族/攻 200/守 200

このカードが相手によってフィールド上から墓地へ送られた場合、

自分のデッキから「ナチュル・チェリー」を2体まで裏側守備表示で

特殊召喚する事ができる。

 

 ツカサの場に伏せられるのは2枚のモンスター。それは今度こそ壁となる召喚だった。それも2体だ、ひとまずこのターンは凌げるだろう。

 だが、ツカサの防衛はそれだけに終わらない。

 

「罠カード発動、ナチュルの神星樹!」

 

 地中付近に魔力が弾け、そこに聳え立ったのは1本の樹。神の宿る星の樹、ツカサのデッキの中心の樹だ。

 

《ナチュルの神星樹》

永続罠

「ナチュルの神星樹」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。

(1):自分フィールドの昆虫族・地属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキからレベル4以下の植物族・地属性モンスター1体を特殊召喚する。

(2):自分フィールドの植物族・地属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキからレベル4以下の昆虫族・地属性モンスター1体を特殊召喚する。

(3):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。

デッキから「ナチュルの神星樹」以外の「ナチュル」カード1枚を手札に加える。

 

「ナチュル・チェリーを墓地へ送りナチュル・バタフライを守備表示で召喚!」

 

「……イビリチュア・ガストクラーケで攻撃」

 

 果実と入れ替わり現れたのは蝶のモンスター。それに対し、少女は攻撃の手を止めることはなかった。だが彼女が止めなくとも、ここはツカサの方がそれを止める。

 

「ナチュル・バタフライの効果、山の上から1枚墓地へ送り攻撃を無効にさせてもらう」

 

《ナチュル・バタフライ》

チューナー・効果モンスター

星3/地属性/昆虫族/攻 500/守1200

1ターンに1度、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。

自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送り、その攻撃を無効にする。

 

 蝶は非力なだけの虫ではない。備えた力は自己防衛の時にこそ輝き、敵の動きを止めるに至る。

 

「……カードを1枚セットしてターンエンド」

 

「僕のターン、ドロー」

 

 モンスターを減らさずに攻撃を凌いだツカサであるが、だが手札は1枚。対して相手には2000越えが2体と不利なのは確実だ。

 

「手札のナチュル・マロンを召喚。ナチュル・マロンは召喚時に山から『ナチュル』を1枚落とす。ナチュル・マンティスを墓地へ。更にマロンの効果で墓地の『ナチュル』2枚を山に戻して1枚ドロー」

 

《ナチュル・マロン》

効果モンスター

星3/地属性/植物族/攻1200/守 700

このカードが召喚に成功した時、

自分のデッキから「ナチュル」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る事ができる。

また、1ターンに1度、自分の墓地に存在する

「ナチュル」と名のついたモンスター2体を選択してデッキに戻し、

自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。

 

 その栗のモンスターは貪欲な壺のような効果を持ったモンスターだ。1枚扱えるカードが増えるのは強みであるが、攻撃表示で晒してしまうのはこの数値ではいささか頼りないだろう。

 

 そこで役に立つのがツカサの場の樹である。

 

「ナチュルの神星樹。ナチュル・マロンを墓地へ、山からナチュル・モスキートを召喚」

 

 攻撃表示。蚊を模したそのモンスターの攻撃力はたったの200。だがあろうことかこの状態で、ツカサは攻撃表示で場に出す。そして次に、他の守備表示のモンスターに手を伸ばした。

 

「ナチュル・チェリーを反転召喚。そしてナチュル・バタフライを攻撃表示に変更」

 

 場に並んだモンスター、全てが攻撃表示となる。3体とも500以下であり、バタフライが500、モスキートとチェリーがともに200と合計でも900という到底戦力とは言えない最下級モンスターたちだ。

 

 端から見れば愚行。決闘を投げ出したのかと疑われても仕方のない行為だ。

 対戦相手の彼女も表情には出さないが、

 

「……攻撃表示? いや、シンクロ? でも2200じゃ足りない……」

 

 疑問を口にする。

 

 場の最下級モンスターの合計レベルは5。『ナチュル』であれば魔封じのナチュル・ビーストが召喚できるが、儀式モンスターがすでに場にいる現状では効果は薄いだろう。その上で攻撃力も2体に届かない。他にレベル5シンクロと言えばかの強力なA・O・J カタストルがいるが、ツカサは持っていないし、そもそも今シンクロ召喚をする気はない。

 

「……答えようか。ナチュル・モスキートはね、『ナチュル』の戦闘ダメージを相手に肩代わりさせることができるモンスターだ」

 

 ツカサは不敵に笑って見せる。

 

 1体が500以下のツカサの場。仮に全員でリヴァイアニマに自爆特攻すれば総戦闘ダメージは7200。ツカサの残りライフを消し飛ばして尚もう1人のライフを消し去る数値だが──それを全部相手が受けるのだ。

 

 自分でも嫌に思うほど、狡猾な落とし穴よりも(ずる)(わるがしこ)い手だ。

 

 だが、ツカサはそれを実行する気はない。この決闘はそもそも、彼女に『ナチュル』を伝える決闘だ。これで終わりにしては後味も悪く、加えツカサが思い描いていたゲームメイクにはまだ先がある。

 彼女に魅せたい『ナチュル』の姿があった。

 

 そして。これがただ彼女を軽視した行為かといえばそうではなかった。彼女の場に伏せられた1枚のカードに、ツカサの勘が反応を示した。

 

「……」

 

 結果、ツカサが選んだのは自らの場の維持だった。

 

 ただ、先ほどナチュル・マロンの効果で引いたカードは一度デッキに戻したガオドレイクのタテガミであり、この流れではあまり望んでいなかったカードなのでここで使ってしまうことにする。

 

「魔法カード発動、ガオドレイクのタテガミ。ナチュル・チェリーの攻撃力を3000にする」

 

《ガオドレイクのタテガミ》

通常魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する

「ナチュル」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。

選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで3000になり、

効果は無効化される。

 

ナチュル・チェリー 攻撃力 200 → 3000

 

 その上昇値、2800。それだけで相手の場の最高攻撃力を越えている。

 

「バトルフェイズ。ナチュル・チェリーでイビリチュア・リヴァイアニマを攻撃」

 

 小さいからと、可愛い見た目だと侮ることなかれ。その最下級モンスターは大きさ見た目に反し攻撃力3000。このターン限りとはいえナチュル・ガオドレイクと同じ存在なのだ。

 

 獅子王の加護の下、果実は先ほど自分を破壊した竜を下すのだった。

 

ナギ LP 4000 → 3700

 

「ターンエンド」

 

「……そう。私のターン。私はリチュア・アビスを召喚。効果でデッキからシャドウ・リチュアを手札に。墓地のリチュアの儀水鏡の効果。墓地のイビリチュア・リヴァイアニマを手札に戻しリチュア儀水鏡をデッキに戻す」

 

《リチュア・アビス》

効果モンスター

星2/水属性/魚族/攻 800/守 500

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、

デッキから「リチュア・アビス」以外の守備力1000以下の

「リチュア」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。

 

《リチュアの儀水鏡》

儀式魔法

「リチュア」と名のついた儀式モンスターの降臨に必要。

自分の手札・フィールド上から、儀式召喚するモンスターと

同じレベルになるようにモンスターをリリースしなければならない。

また、自分のメインフェイズ時に墓地のこのカードをデッキに戻す事で、

自分の墓地の「リチュア」と名のついた儀式モンスター1体を選択して手札に戻す。

 

 リチュアの儀水鏡は『リチュア』儀式モンスター全てに対応し、自身の効果でデッキに戻すことまでできる。それは他の儀式魔法とは明らかに違う優れた点だ。

 そしてリチュアの儀水鏡がデッキに戻ったわけだが、彼女が先ほど手札に加えたシャドウ・リチュアの効果をツカサは一度見ており、ここから何が起こるかを察するのは容易であった。

 

「シャドウ・リチュアを墓地へ送ってデッキからリチュアの儀水鏡を手札に。リチュアの儀水鏡を発動。手札のイビリチュア・リヴァイアニマを墓地へ送る」

 

 彼女はリチュアの儀水鏡で加えたそのカードを墓地へ送ってしまう。そして手札から出したのは──2枚目のイビリチュア・リヴァイアニマだった。

 

「儀式召喚、イビリチュア・リヴァイアニマ。バトル」

 

「バトル、か。ナチュル・モスキートがいる限り僕はダメージを受けないぜ。それからナチュル・モスキートにはもう1つの効果があってね、他の『ナチュル』がいる限りあんたはこいつを攻撃出来ない」

 

《ナチュル・モスキート》

効果モンスター

星1/地属性/昆虫族/攻 200/守 300

自分フィールド上にこのカード以外の

「ナチュル」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、

相手はこのカードを攻撃対象に選択する事はできない。

このカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する

「ナチュル」と名のついたモンスターの戦闘によって発生する

自分への戦闘ダメージは、代わりに相手が受ける。

 

 その蚊がいる限りツカサはダメージを受けず、そしてその蚊を戦闘で取り除くには蝶と果実を攻撃しなければならない。だが、それを行うとなればナギのライフの方が尽きてしまうだろう。

 

 だがその状況を、たった1枚のカードが変える。ツカサの勘が危険を告げた、1枚の伏せカードが。

 

「リバースカード発動。月の書」

 

 ツカサを守っていたナチュル・モスキートは粒子としてカードに戻るとそのまま伏せられてしまう。

 月の書は場のモンスターを裏側守備表示にする汎用速攻魔法。モンスターは裏側ではその効果を発揮できない。月の書を防御以外──攻めに用いる中級テクニック、その応用だ。

 

 しかしそれをこの状況に持ち合わせているというのは驚くべきことだ。真の決闘者は、必要な状況で必要なカードを引いているもの。この運の絡む遊戯において、偶然などなく全てが必然となる。運命にさえ干渉するのが本物の決闘者。

 この彼女もまた、確固たる意志を持って決闘に望む優れた決闘者であると言えた。

 

「イビリチュア・リヴァイアニマでナチュル・モスキートを攻撃」

 

 伏せられた蚊に迫るは竜。だがそれを、阻むは蝶。

 

「ナチュル・バタフライの効果だ」

 

 ツカサはデッキトップを墓地へ送りその効果を発動させる。

 

「リヴァイアニマの効果で攻撃宣言時に1枚ドロー。引いたのはリチュア・ナタリア。あなたの手札はないから追加効果はなし。

 イビリチュア・ガストクラーケでナチュル・バタフライを攻撃」

 

「ナチュルの神星樹の効果、ナチュル・チェリーを墓地へ送り2体目のナチュル・バタフライを召喚。そしてバタフライの効果で攻撃を無効!」

 

 並んだ2体の蝶。これでツカサは1ターンに2回も攻撃を無効にできるわけだが、だが相手の場のモンスターは3体。無効にはしきれない。

 

「リチュア・アビスでナチュル・モスキートを攻撃」

 

 ここまできてようやく、その攻撃が蚊へと届く。多くの手順を踏んでのことだがそれはそこまでする価値はあるし、ツカサにしても痛い。自爆特攻をせずともこの布陣は場を保たせることのできる面子であったはずだ。それが簡単に崩されてしまうとは、やはり彼女もなかなかのやり手だ。

 

「私はこれでターンエンド」

 

「あんた、なかなか出来る、なっ」

 

 ツカサはカードを勢いよく引く。モンスターを並べておきたい現状に対し引いたのは魔法カードだったが、悪くない、いやむしろ好ましいカードだった。

 

 ツカサはそのカードを伏せるとターンを終え、そして彼女に語りかけた。

 

「なあ、ナギ。少しのターンでもわかるが、あんたは相当の使い手だ。『リチュア』の強さ以前に、あんた自身が決闘者として強い。多分僕が知る中でも最上位の位置する。その腕──どこで鍛えた?」

 

 その強さは、おそらくはA・O・Jのリーダーであるエースさえも凌ぐだろう。あるいは、ツカサが自身より強いと称した黒髪の少女に匹敵するかもしれない。悔しいが、ナギは少なくとも自分と対等以上の力を持っている。

 そこまでの技量を、ツカサは彼女に感じた。勘や感覚でしかないが、それは今まで頼りにしてきた感覚だ。

 

「別に……独学。私のターン。リチュア・ナタリアを召喚。召喚時効果で墓地のシャドウ・リチュアをデッキトップへ」

 

 リチュア・ナタリアは白髪の女性型モンスターであった。ツカサはその女性を見たことはなかったが、名前のとおり『リチュア』に所属していた者なのだろう。

 

「バトル。イビリチュア・リヴァイアニマで攻撃」

 

 彼女はこちらの言葉なんて気にも留めず、戦闘に入る。彼女が効果でカードを引くと、竜が剣を振り上げる。

 

「ナチュル・バタフライの効果で無効!」

 

「……引いたのはリチュア・エリアル。あなたの手札はない。……ガストクラーケで攻撃」

 

「バタフライで無効!」

 

「ナタリアで、攻撃」

 

 3発目。もう蝶の効果は使えない。だがすることがないわけではない。

 

「ナチュルの神星樹の効果発動! ナチュル・バタフライを墓地へ送りナチュル・ビーンズを守備表示で召喚! そしてナチュル・ビーンズは1ターンに1度破壊されない」

 

「対象変更。もう1体のナチュル・バタフライを攻撃」

 

 モンスター増減による、巻き戻し。破壊耐性を持つ上にダメージ効果まで持つナチュル・ビーンズを攻撃するはずもなく、結局矛先が向くのはナチュル・バタフライ。

 

《ナチュル・ビーンズ》

効果モンスター

星2/地属性/植物族/攻 100/守1200

このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。

フィールド上に表側表示で存在する

このカードが攻撃対象に選択された時、

相手ライフに500ポイントダメージを与える。

 

「私はリチュア・アビスを守備表示に変更。カードを1枚伏せてターンエンド。

 エンドフェイズ。リチュア・ナタリアはスピリットモンスター。手札に戻る」

 

《リチュア・ナタリア》

スピリットモンスター

星4/水属性/魔法使い族/攻1800/守 900

このカードは特殊召喚できない。

召喚・リバースしたターンのエンドフェイズ時に持ち主の手札に戻る。

このカードが召喚・リバースした時、

自分の墓地の「リチュア」と名のついたモンスター1体を選択して

デッキの一番上に戻す事ができる。

 

 さて、移るツカサのターン。その場に攻撃を止める蝶はもういない。だがわざわざナチュル・バタフライをナチュル・ビーンズに変えたのは、攻撃対象をナチュル・ビーンズに変えようとしたからではない。

 そこに別の意図があったからだ。

 

「まずは、今引いたナチュル・クリフを召喚。

 そして。ナチュルの神星樹の効果発動! 場のナチュル・ビーンズを墓地へ。山から召喚するのは──ナチュル・フライトフライ!」

 

 樹より顕れるのは、蝿。デフォルメされて可愛らしくなった蝿。低攻撃力の多い『ナチュル』においてその例に漏れず、攻撃力はたったの800であるが、攻撃表示。

 

 そしてツカサは前のターンで引いたそのカードを使う。

 

「伏せカード発動、地獄の暴走召喚! 対象はナチュル・フライトフライ!」

 

《地獄の暴走召喚》

速攻魔法

(1):相手フィールドに表側表示モンスターが存在し、

自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚された時に発動できる。

その特殊召喚したモンスターの同名モンスターを

自分の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚し、

相手は自身のフィールドの表側表示モンスター1体を選び、

そのモンスターの同名モンスターを自身の手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚する。

 

「私はリチュア・アビスを選択。デッキからアビスを2体守備表示で召喚。アビスの召喚効果でシャドウ・リチュアとヴィジョン・リチュアを1枚ずつ加える」

 

 相手にも大きなアドバンテージを与えてしまうものの、大量展開を可能とするカードだ。とくにリチュア・アビスを特殊召喚させてしまったことで相手のアドバンテージは馬鹿にならないが、それでもツカサはナチュル・フライトフライを並べることに価値を見いだす。

 

 並んだ3体の攻撃表示800。だがこれもやはり。真価は効果にあり。

 

「えっ……!?」

 

 愕きの声を上げるは青の少女。

 

 その場に並ぶ5体のモンスター、その全ての、数値が異常であることに対して。

 

イビリチュア・リヴァイアニマ 攻撃力 0 / 守備力 0

 

イビリチュア・ガストクラーケ 攻撃力 0 / 守備力 0

 

リチュア・アビス 攻撃力 0 / 守備力 0

 

リチュア・アビス 攻撃力 0 / 守備力 0

 

リチュア・アビス 攻撃力 0 / 守備力 0

 

「何っ……これっ!?」

 

「ナチュル・フライトフライの効果。場の『ナチュル』1体につき300、相手のモンスターの攻守を下げる。

 それが──3体分だ」

 

《ナチュル・フライトフライ》

効果モンスター

星3/地属性/昆虫族/攻 800/守1500

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、

相手フィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は、

自分フィールド上の「ナチュル」と名のついた

モンスターの数×300ポイントダウンする。

また、1ターンに1度、相手フィールド上の

守備力が0のモンスター1体を選択し、

エンドフェイズ時までコントロールを得る事ができる。

 

 場の『ナチュル』は4体。よって減少値は1200。それが、3体。つまり合計で3600もの数値を無に帰す、そんなフィールドがそこにはあった。

 

 

 ツカサ LP1300 手札×0

場 ナチュル・フライトフライ×3

  ナチュル・クリフ

  ナチュルの神星樹

 

 ナギ  LP3700 手札×4

場 イビリチュア・ガストクラーケ

  イビリチュア・リヴァイアニマ

  リチュア・アビス×3

  伏せ×1

 

 地獄の暴走召喚の効果により、互いのモンスターゾーンがほとんど埋まった。

 こちらにもに利益が出る発動であったにも関わらず、結果的に利が大きかったのはツカサだ。ナギの場のモンスターは、全てが攻撃力守備力ともに0という無惨な状況に至っていた。

 

(『ナチュル』。まさか、ここまで出来るなんて)

 

 ナチュル・モスキートもそう。ナチュル・バタフライもそう。そしてこの、ナチュル・フライトフライもそうだ。攻撃力や見た目に反し、どれも強力な効果を備えている。

 そこに加えてナチュルの神星樹という潤滑剤の存在。彼がデッキの中心とするだけある、使い勝手のよいモンスター交換カードだ。

 

 ナチュルの神星樹。おそらく、それがナギの誤算であった。

 

 彼女は大会当時からその存在を知っていたにも関わらず、それを『ナチュル』に数えていなかった。

 

 大きな、誤算だ。まさかたった1枚の罠カードがこうも継続的にデッキを動かすとは思うまい。

 

「フライトフライのもう1つの効果発動。相手の場の守備力0のモンスターのコントロールをエンドフェイズまで得る。イビリチュア・リヴァイアニマを借りるよ」

 

 ツカサの場に移動したイビリチュア・リヴァイアニマはナチュル・フライトフライの支配から逃れ本来の力を取り戻す。単純に攻撃力2700が相手の手に渡る。

 

「バトルフェイズ。リヴァイアニマでガストクラーケを攻撃」

 

 白髪の竜が赤髪の少女の怪物を切り裂く。ナギはその光景に、僅かに顔を顰めた。

 

ナギ LP 3700 → 1000

 

 2700。イビリチュア・リヴァイアニマの攻撃力が丸ごと通ったにも関わらず、攻撃の衝撃は大して届かなかった。彼女は疑問に思う。

 まさかとは思うが、これが彼の意図するものだったとすれば彼は只者ではない。この決闘のモンスターは実体化する。それをコントロールすることは容易ではないことだ。

 

「イビリチュア・リヴァイアニマの効果で引いたのはミラクルシンクロフュージョンだ。そして──」

 

 続けてツカサはナチュル・クリフでリチュア・アビスを破壊。残ったリチュア・アビス2体ををナチュル・フライトフライで破壊した後、ナチュル・フライトフライがナギ自身に攻撃を加えた。

 

ナギ LP 1000 → 200

 

 ナギのライフが僅かに残る。だが、抱くは安堵でなく疑惑。この状況、攻撃の順番を変えてナチュル・クリフで直接攻撃すればライフは尽きていたはずだ。

 相手を見る。彼はニヒルに嗤うでもなく、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 

 ──これが『ナチュル』だ。これでも足りないか……?

 

 彼の目はそう語っていた。自分の力を示すように。

 

 だがナギがこの決闘で見定めようとしていたのは、強さではない。

 彼にその資格があるかどうかだ。ナギの知ることを伝えるかどうか、自らについて話すかどうか。

 

 話すに価するかどうかはまだわからない。

 

 ただ──実力を示す為とは言え、手を抜かれるのは心外だ。

 

 

 

 こちらも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とはいえ、気持ちの良いものではない。

 

   *

 

「ターンエンドだ」

 

 彼女の場に竜が戻る。だが、その攻撃力は0になる。彼女の場が悲惨なことに変わりはない。

 おそらく、これで彼女もわかってくれたはずだ。自分が『ナチュル』使いであり、ある程度の実力があることは。

 

 そしてまだ、もう1つツカサには予定している武器がある。『ナチュル』を使うにあたってツカサが掲げた心意気を体現するカードがあり、それを彼女に見せたい。

 この決闘は彼女の信頼を勝ち取るための決闘。彼女に『ナチュル』を伝えるたもの決闘だ。ただ勝つだけでは駄目だと、ツカサは思う。

 

 現状でこの決闘をコントロールをしているのはツカサであるが、だが彼女はそれを黙って見ているだけではない。

 すでに、策があることにはツカサも薄々気付いていた。

 

 彼女がモンスターたちの異変に気付いたとき、僅かだが伏せカードに手を向けた。しかしそれを発動することはなかった。おそらく、おそらくはそれが鍵だ。

 

 そして案の定、彼女は動く。

 

「私のターン、ドロー。……手札から、リチュア・ナタリアを召喚。そして罠発動、激流葬!」

 

 激流葬。彼女が伏せていたのは汎用広範囲除去罠。彼女の召喚したそのモンスターや竜諸共、ツカサの場のモンスターが全て破壊された。

 

 こちらの用意した場を彼女は簡単に破壊してくれる。やはりこの少女はかなりの強者だ。ツカサが展開する度に、すでに対処を持ち合わせているあたり。

 

 ──本物だ。

 

 彼女に『ナチュル』への予備知識があったならば地獄の暴走召喚の時点で激流葬は発動されていただろう。

 

 更地となったモンスターゾーンだが、現段階で彼女の手札にはリチュア・アビスの効果で加えた2枚の『リチュア』サーチカードがある。ここで動けなければ、こちらが負けるだろう。

 

「破壊されたナチュル・クリフの効果発動! デッキからレベル4以下の『ナチュル』を召喚できる。僕はナチュル・コスモスビートを召喚!」

 

《ナチュル・クリフ》

効果モンスター

星4/地属性/岩石族/攻1500/守1000

このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、

デッキからレベル4以下の「ナチュル」と名のついた

モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚できる。

 

《ナチュル・コスモスビート》

チューナー・効果モンスター

星2/地属性/植物族/攻1000/守 700

相手がモンスターの通常召喚に成功した時、

このカードを手札から特殊召喚できる。

 

 辛うじて、ツカサの場に生まれる壁。だが、攻撃表示。クリフの効果ゆえ、その1000しかない攻撃力は攻撃表示でしか召喚できない。

 

「墓地のリチュアの儀水鏡の効果。墓地のイビリチュア・リヴァイアニマを手札に戻してリチュアの儀水鏡をデッキへ。シャドウ・リチュアを墓地へ送ってリチュアの儀水鏡を手札に。

 リチュアの儀水鏡を発動、ヴィジョン・リチュアをリリース。儀式召喚、イビリチュア・リヴァイアニマ!」

 

 3度目の召喚となる白髪の竜。何もないフィールドにこうも簡単に最上級モンスターが召喚されるのだから恐ろしい。

 

 このまま攻撃をすれば彼女の勝利だ。だが、ツカサはそれを通させるはずもないし、おそらく彼女もそれを理解している。

 

「バトルフェイズ。リヴァイアニマでナチュル・コスモスビートを攻撃」

 

「ナチュルの神星樹の効果を発動。墓地へ送るのはナチュル・コスモスビート」

 

 そして顕れるのは、この決闘でツカサが締めに使おうとしていた最後のモンスター。

 

 ナチュル・ドラゴンフライ。

 

 表示形式は、攻撃表示。そのモンスターはこれまでの『ナチュル』のように攻撃を無効にしたり数値を下げたり等の効果を持っているわけではなく。

 そこにあるのは──

 

 ──攻撃力、3600という数値。

 

「ナチュル・ドラゴンフライは墓地の『ナチュル』1枚につき200、攻撃力が上昇する。──ここまでの積み重ねは全部、こいつのためだ!」

 

《ナチュル・ドラゴンフライ》

効果モンスター

星4/地属性/昆虫族/攻1200/守 400

このカードは攻撃力2000以上のモンスターとの戦闘では破壊されない。

このカードの攻撃力は自分の墓地の

「ナチュル」と名のついたモンスターの数×200ポイントアップする。

 

 数値で言えば極貧弱な『ナチュル』たちだが、複数並べれば効果が兼ね合い強力なものとなる。低級モンスターたちが手を取り合うようにして戦う、それがツカサにとっての『ナチュル』。ナチュル・ドラゴンフライは墓地に存在する『ナチュル』を全て繋ぐ、言わば絆を体現したようなカード。これを彼女に見せるために、今回の決闘を動かしていたと言っても過言ではない。

 墓地の『ナチュル』は総計12枚、よって2400もの数値を得、蜻蛉(ドラゴンフライ)(ドラゴン)に匹敵する攻撃力を手にする。

 

「3600……」

 

 ナギはその数値を復唱する。彼女が召喚したイビリチュア・リヴァイアニマの攻撃力は2700。この遊戯では到底敵わない数値だ。

 

「バトルは中断。リヴァイアニマの効果で引いたのはリチュアル・ウェポン。バトルフェイズ終了。メイン2。

 墓地のリチュアの儀水鏡の効果を発動。2枚目のリヴァイアニマを手札に、リチュアの儀水鏡をデッキへ。そして、魔法カード、サルベージ。シャドウ・リチュアとヴィジョン・リチュアを手札に戻す。シャドウ・リチュアを捨てリチュアの儀水鏡を手札へ。

 リチュアの儀水鏡を発動。フィールドのリヴァイアニマをリリースし手札のリヴァイアニマを儀式召喚」

 

 場の竜が消え、竜が再召喚される。その形式、守備表示。非常に大がかりな動きであるが、そのターンに召喚したモンスターを守備表示に変えたというわけだ。

 

 なかなか、上手い。これで次のターン、ツカサがモンスターを引かなければ1ターン延命される。だが、それではただの延命。ツカサが彼女のライフを削るのが先か、彼女がナチュル・ドラゴンフライを除去するのだ先か。それで決闘は決着を迎える。

 

 今回の手は全て出し切った。これでツカサがナギに見せたかった『ナチュル』は終わりだ。あとは彼女の対応と、ここからの自身の詰めを図っていく。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを見て彼は目を見開いた。

 

 ──そこでツカサが引いたカードは、彼にとって馴染みのあるカードだった。

 

 これまで決闘中でも取り立てて使用率が高く、毎日のように発動したカード。世間的にも有名で、多くのデッキに使われるカード。

 本来ツカサがこの状況で引き当ててもおかしくないカード。

 だが──

 

 ──今回は引き当ててはいけないはずのカード。

 

『奈落の落とし穴』

 

 この決闘には使わないと、デッキから抜いたはずのカード。

 

(奈落の落とし穴!? 何故ここに……?)

 

 動揺。本物決闘者は望んだカードを引き当てるものだが、デッキに入っていないカードを引き当てることはないのだから。

 

 単なる抜き忘れ。漏れ。だが、ツカサには後ろめたさが生まれる。彼は決闘前に宣言した。落とし穴と『ナチュル』以外のモンスターは使わないと。

 

(──来てくれたのに、悪いけど。この決闘じゃお前は使わないんだ)

 

 ツカサは胸中で呟くとバトルフェイズに移行。

 

「ナチュル・ドラゴンフライでイビリチュア・リヴァイアニマを攻撃!」

 

 (ドラゴン)蜻蛉(ドラゴンフライ)。前者は強靭な見た目を持ち、比べてしまえば後者は貧弱な見た目だ。だが今回軍配が上がるは後者、蜻蛉(ドラゴンフライ)だった。

 

 彼女の場にモンスターがいなくなる。追撃の手がないのを口惜しく思いつつも、ツカサはターンを終える。

 

「僕はカードを1枚伏せてターンを終了」

 

 慣れた手付きでカードを伏せてから、はっとする。しまった、使わないと決めておきながら、長年の癖でつい伏せてしまった。落とし穴は伏せるもの。アトラの蟲惑魔がいない限りそれは常識だ。

 それを実行してしまうほどに彼は落とし穴とは長い付き合いであった。

 

 そこでふと、わからなくなる。ナギの場のモンスターはゼロ。奈落の落とし穴でなくモンスターを引いていれば勝ちだった。

 ならなぜ、デッキに入れた自覚さえないこいつを引き当てたというのか。これに意味があるとすれば──。

 

 

 ──それを彼が知るのは次のナギのターンになってからだった。この決闘の、最後のターンを迎えてから。

 

 

「私のターン。ドロー」

 

 淡々と、平常のまま静かに引いたそのカード。

 そのカードを彼女はこちらに見せた。その存在をこちらに突きつけるように。

 

 ──リチュアの儀水鏡。

 

 前のターンにデッキに戻したばかりの、『リチュア』の儀式魔法。

 

 この状況で引き当てる、儀式魔法。ツカサには、それが彼女の窮地に引く奇跡のドローであり逆転の一手に思えた。そしてそれは、その通りであった。

 

「私は墓地のリチュアの儀水鏡の効果を発動。墓地のイビリチュア・ガストクラーケを手札に加えてリチュアの儀水鏡をデッキへ。そして手札からヴィジョン・リチュアを墓地へ送ってデッキからイビリチュア・マインドオーガスを手札に加える」

 

 イビリチュア・マインドオーガス。初めて聞く名だ。この終盤にて新たに出た儀式モンスター。一体どのようなモンスターだというのか。

 

「リチュアの儀水鏡を発動。手札のイビリチュア・ガストクラーケをリリース!」

 

 ナギは語感を強くして告げた。淡々とカードを操り、起伏の少ない彼女にしては珍しくもカードを掲げ、デュエルディスクに叩きつける。

 

「儀式召喚、イビリチュア・マインドオーガス」

 

 粒子が集まり、そのモンスターを形成していく中で。ツカサの直感はそれが驚異であると察した。

 そのモンスターがこの決闘を終わらせると。それは驚異であると。

 そして──

 

 ──それを見てはいけないと。

 

 ツカサの中の言いようのない何かが警報を鳴らす。ツカサは構え、半ば無意識に伏せカードに手をやった。

 

 

 ──ナギの場に召喚されたのは、()()()()()()()()()

 

 蒼い髪。蒼い瞳。それはツカサのよく知る少女のものであり、そして──ツカサの知らない彼女のものだった。

 

 青髪青目その人型は上半身のみで、その下は()()()()()()()

 爬虫類にも見える歪な形の巨魚の頭から、彼女の身体が生えていた。

 

 それは、正に。()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

「罠っ、カード……っ」

 

 奈落の落とし穴。

 

 しかし彼はそれを、発動しなかった。出来なかった。変わり果てたその少女の相貌に。怖じ気付かされ、そして、そんな彼女にさえ、罠を向けることは出来なかった。

 

「イビリチュア・マインドオーガスの効果。あなたの墓地の、『ナチュル』モンスターを5枚デッキに戻す」

 

《イビリチュア・マインドオーガス》

儀式・効果モンスター

星6/水属性/水族/攻2500/守2000

「リチュア」と名のついた儀式魔法カードにより降臨。

このカードが儀式召喚に成功した時、

お互いの墓地のカードを合計5枚まで選択して持ち主のデッキに戻す。

 

ナチュル・ドラゴンフライ 攻撃力 3600 → 2600

 

 竜が如き攻撃力を持っていた蜻蛉がその力を大きく失う。ツカサがこの決闘で、積み重ねたモンスターの絆と言うべき繋がりが、奪われる。

 

「装備魔法、リチュアル・ウェポン」

 

《リチュアル・ウェポン》

装備魔法

レベル6以下の儀式モンスターのみ装備可能。

装備モンスターの攻撃力と守備力は1500ポイントアップする。

 

イビリチュア・マインドオーガス 攻撃力 2500 → 4000

 

 それは神の端にさえ届く攻撃力。ツカサのナチュル・ドラゴンフライを越えた数値。

 

 巨魚は鋭い歯で埋め尽くされたその口を何度も開閉させ、不快な音を鳴らす。身体から生やす、細い蟲のような足を蠢かせる。翼のような大きな鱗を、振るわせる。

 その様が放つは、圧倒的な禍々しさ。

 

 そしてそれはどうしようもなく、青い少女の姿をしていた。

 

「バトルフェイズ、イビリチュア・マインドオーガスでナチュル・ドラゴンフライを攻撃」

 

 巨魚は陸地に関わらず機敏に移動すると、蜻蛉を噛み砕いた。辺りに散る羽根や甲殻の欠片が、妙に生々しく。

 

 そして上部の彼女と目が合う。

 

 蒼い瞳は輝きを喪い、そこにはただ闇だけがあった。

 

 

 彼女が手をこちらに掲げた次の瞬間、ツカサの身体は宙を飛んだ。

 

ツカサ LP 1300 → 0

 

 

   *

 

 少女から放たれた波動で彼の身体は吹き飛び、彼はそのまま決闘場の端へ叩きつけられようとしていた。

 

 ナギが憶えたのは焦り。

 モンスターが実体化するなどわかりきっていたものだが、彼女は加減の欠片もなく攻撃を命じてしまった。

 

 このままでは彼は無事ではないだろう。だがしかし、彼の身体がそこへ叩きつけられることはなかった。

 

 

 ──彼の身体を、受け止める者。

 

 決闘場と少年の間に身を挟み、彼を護るようにする存在がいた。

 それは、獣。身体の一部に木を交えた、緑色の虎。彼のデッキを代表するシンクロモンスター。

 

 

 魔を滅するナチュルの森の番人──ナチュル・ビーストだった。

 

 


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