distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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 本来は物語の核心に触れる話の予定でしたが、1つ挟みましてA・O・J回です。


チェーン17  背負うもの

 薄暗い一室。唯一の光源であるディスプレイに対して、彼は一心不乱にキーボードを叩いていた。

 無機質な音だけがその静寂を掻き回す。

 

 彼の瞳に映るのは目の前の情報のみだった。

 

 そんな中──突然部屋の電気が何者かによって点けられる。

 

「どうしたのエース、灯りも点けずに……」

 

「……ヒメか。ああ、もうそんな時間だったか」

 

 聞き慣れた声。それはもう長い付き合いになる少女、ヒメのものだった。

 

 彼──エースは顔を上げると首を数回鳴らし、画面端の時刻表示を見る。いつの間にか既に夜分。調べ物をしていた彼は、あまりにも集中していたために部屋の明暗の変化にさえ気付かずにいたのだった。作業を始めたときにはまだ窓の外は明るかったものだが、今ではとうに陽は落ちていた。

 

「何かわかった?」

 

「いや、全く。あいつが──ツカサが例の研究員に聞いたという話以上の情報はどこにもなかった」

 

 ヒメからコーヒーの入ったマグカップを受け取ると一口含み、それからため息を吐く。

 

「デュエルターミナル。ある一時期、海馬コーポレーションの一角が取り組んでいた一大プロジェクトだ。だがかなり秘密裏に行われていたらしくサーバーにも情報は残ってなかった。かなりの人が関わっていたはずなのに、な──」

 

 先日。ツカサと接触した際に彼からは有益な情報を得ることができた。

 それはエースが対しているこの事件、現象についてのものだった。街を襲う謎の決闘者、そして実体化するモンスター。それらの成り立ちについて。

 

 デュエルターミナルという機械の中に生まれた仮想世界が、この現実世界に影響を及ぼしているというのがこの案件の原因だと言うのだ。

 にわかにも信じがたい話ではあったが、街で偶発し続ける怪現象を鑑みれば信じざるを得ないというのが現状だった。

 

 エース自らも調査すべく、ネット上を洗いつくし、海馬コーポレーションの情報ストレージにまで入り込んだのだが結局得られたのはプロジェクトの概要のみで核心に迫るものは一切なかった。強いて言えば、ここまで隠された何かがあった、ということだけだった。

 

「これは何?」

 

「これは詰め決闘だ。海馬コーポレーションのセキュリティ。これが馬鹿みたいな枚数で、解くのにはかなりの時間がかかった。だが収穫は無しだ」

 

 言いながらエースは電源を落とす。

 

「……それって大丈夫なの? 向こうの探知に引っかかったりは」

 

「おそらく問題ない。一応対策はしてあるし、電波も俺が弄った──まあその辺は考えてあるから気にするな」

 

 エースは情報収集を得意としており、この手の作業には慣れていた。

 彼は数字に強く、機械に強く。この分野についてならば並の専門家さえも凌ぐ。

 

「あんまり無茶しないで」

 

「わかってる」

 

 絶対にわかってない。彼女はそう呟くのだが、エースは聞かなかったことにする。

 

 エース。彼は自警組織A・O・Jの創設者。

 数ヶ月前からこの街には、不審な人物が出没し決闘者を襲うという事件が発生していた。犯人はモンスターを実体化し、決闘を用いて生身の人間を傷つける非道な決闘者。その正体はモンスターそのものであり、ワームというカテゴリーの低級モンスターが人の形に圧し固められたものだった。

 人を襲うワームに対し、警察は何も動くことなく、そもそも市民にはその存在さえも勧告されなかった。

 

 そこで立ち上げたのがこの自警組織A・O・J。頼りにならない警察の代わりに自らが街の安全を守ろうというものだった。

 

 団員5名に協力者3名、計8名で彼らは活動する。

 彼の掲げる正義の下。街の平和のために。

 

   *

 

 ツカサからデュエルターミナルの話を聞かされた数日後。

 彼らが集会所としている廃工場にA・O・Jの面々は集められていた。

 

 帽子を被った軟派な少年、ソウ。

 死んだ目をした長髪の男、ケン。

 臨とした白い長髪の少女、ヒメ。

 

 そして──リーダーのエース。

 

「……1人足りないな、あいつはどうした」

 

 面子を見回してエースは額に手を当てる。A・O・Jの構成員は5名。1人少ない。

 

「連絡はしたのか」

 

「はい。エースさんに言われたその時に。……また、ですか」

 

 そうか、またか、またなのか。

 

 エースは嘆息する。

 

 約一名この活動には非協力的な者がいた。彼女は勧誘時も乗り気でなく、そもそも決闘自体を好まないようだった。危険も否めない活動であるがゆえ、強制することはないのだが、だがそれでも正直に言えば参加して貰いたい。

 このA・O・Jは一定の条件で集められたものだ。その条件ゆえ構成員は非常に限られており、1人でも貴重な団員だ。

 

「──すいません、いますよ」

 

 部屋の外から聞こえた声。そこから顔を出すのは5人目、件の少女だ。

 

「集会ってなんですか。ツカサさんが来るって話ですけど、本当に来るんですか? 私を呼び出すための嘘じゃないでしょうね」

 

 じゃなきゃ来なかったですよ、そう口を尖らせて言う。

 

 エースはジト目で見る。彼女を、そして彼女の後ろにいるその人物を。

 

「えっと、来たんだけど……」

 

「ツ、ツカサさん!?」

 

 少女は驚き、慌てふためく。

 後ろに居合わせたのは彼女が心待ちにしていたその人物であった。

 

 ツカサ。彼は罠使いの少年。使用カテゴリーとしては『ナチュル』。かつてデュエルターミナルを研究していたという人物と繋がりがあり、エースにとって唯一の情報源である。先日、この街で行われた大規模な大会の優勝者であり、一部においての有名人でもある。

 

 彼の登場に狼狽えつつも、露骨に嬉しそうにする少女はそのツカサのファンを自称しており、普段の活動にはあまり参加しないのだが彼が関わるとなると話は別だった。一度だけツカサが来ると詐称して呼び出して以来、やや疑心暗鬼なのは余談だ。

 

「あれ、タイミング悪かったか」

 

「いえいえそんな事ありませんよ。わたしはツカサさんを待っていました。待ち焦がれていました。会いたかったです!」

 

 抱きつきかねない勢いの少女の襟首を引き、エースはまた嘆息する。

 

「悪いな、うちのが。とりあえず本題に入ってくれ」

 

「……ええ、わかりました」

 

 この日、ツカサがA・O・Jを訪れたのには理由があった。ツカサの方からエースに話があると連絡を寄越したのだった。

 

 元事務室。ソファに腰かけるエース、傍らにヒメ。周囲に立つ面々。向かいに座るツカサ、そして何故か隣に嬉しそうな少女。

 この際もう何も言うまい。気にせず話に入る事にした。

 

「話がある、ということだったな。デュエルターミナルについて、か?」

 

 むしろそれ以外ないだろう。エースが確認するとツカサは頷いて見せた。

 どこから話したものか。そんな風に目を閉じ、それから彼が語ったのは事態の進展だった。

 

「今、街にはワーム以外のモンスターが実体化し、潜んでいます」

 

「何……? どういうことだ」

 

 その場の一同が息を飲んだ。

 それもそうだろう、これまでワームが街に出現するのみで一切進展はなかったのだ。そしてそれがワーム以外の、新たなモンスターの実体化だと言うのだ、意識するのも当然だろう。

 

「数日前──僕がA・O・J(ここ)を訪れた日の事ですね。帰りに例の研究所に報告を兼ね立ち寄った際、ちょうど外部から連絡が入ったんです。

 ──実体化したモンスターを見た、と」

 

 その場に居合わせたツカサは研究員の要請で現場へ向かった。そして出会ったのは、正に実体化したモンスターであったのだ。

 

「ワームとは違い、こちらの言語は用いず、そして決闘も行いませんでした。どうやらそこまでの知能は持ち合わせていない──まるで野生の動物をそのまま連れてきたような印象でした」

 

「それは、どういうことだ。ワームとはまた違う形で実体化しているということか、ツカサ、回りくどいぞ。わかってる事を簡潔に言え。お前の見解でもいい。()()()()()()()()()()()()()()

 

 エースは煮え切らない様子で言った。

 ツカサの吐く言葉は大半が要領を得ない。どこか含みがあるようで、そして核心がない。こちらの解釈に委ねているような言い方が多い。

 

 彼は僅かに目を細めると、真っ直ぐにこちらを見る。どこか睨むように。あるいは──。

 

「おそらく、そのデュエルターミナルとやらの世界の、モンスターがカードの精霊としてこちらの世界で実体化しているように思えます。その実体化したモンスターは触れるし、自我も持っているようだった」

 

 カードの精霊。ツカサはそう言った。

 だが全然要領を得ない。そもそもカードの精霊とは常人には見えない存在なのではないのか。

 

「その実体化したモンスターはどうしたんだ。捕まえたのか? それともまさか、逃がしたのか?」

 

「いえ、どちらとも言えますし、どちらとも言えませんね。

 

 モンスターは、カードに吸い込まれるようにして消えてしまいました」

 

 顕れたというモンスターはガスタ・スクイレル。緑色の体毛をした栗鼠(りす)、『ガスタ』カテゴリーのモンスターだ。

 その場に居合わせたのは、『ガスタ』使いの少女ノドカだった。スクイレルは彼女の持つガスタ・スクイレルのカードに吸い込まれるように消えたというのだ。

 

 それは、まるで精霊があるべき場所に還るように。

 

「なるほど、それでカードの精霊か。だが常人に見えるのは何故だ。精霊は極限られた人間しか見ることさえ敵わないのだろう?」

 

 かつて精霊が見える人間を監禁し、非道な実験、研究を行った施設があったように。精霊と関わりを持つ人間などおよそ特異であり、そこらに散乱しているものではない。

 

「おそらくそれは、ターミナル化現象の影響だと思います。デュエルターミナル関連のカードが共鳴し、実体化するターミナル化現象。この街自体がその例に漏れず、かつていたモンスターが質量を持った。そしてそれはあくまでもカードに宿る精霊であり、だからカードに還った──僕はそう思っています」

 

 これが僕の見解です。そう言うと彼は口を閉じた。

 

「そうか、……。ツカサ、お前は最初にモンスターが街に潜んでいると言ったな。それはどういうことだ、お前は、その研究員はどこまで把握してる」

 

「……今日はそれを頼みに来たんです。街の各所では機械だったり、騎士だったり、竜の目撃情報まであるようなんです。それらはこのA・O・Jのカードです。普段の活動に加えて、実体化したモンスターを見かけたら()()しておいて欲しいんです。モンスターを野放しにするわけにはいかないでしょう。

 おそらく、おそらくはそのカテゴリーの使い手であれば容易に接触できるでしょう。スクイレルはノドカであれば簡単に捕獲出来たし、昨日もイオがジェムタートルという亀のモンスターを捕獲しています。どちらも懐いている節さえあって、危害を加える様子はありませんでした」

 

 ツカサ本人が近づいた際には片や逃げられ、片や噛まれたそうだが、カードの持ち主に対しては穏和であったという。

 

「……それに協力するのは吝かじゃない。だが確認だ、その()()した後、カードはどうなる。精霊が宿るのか? また精霊はカードから出せるのか?」

 

「いえ。一応海馬コーポレーションの技術を以て解析を行ってくれたみたいですが、特に変化はなく。精霊もそれっきりです」

 

 エースは微かにであるが落胆する。カードから任意に出せるのであれば、ワームに対抗手段にもなるものを。

 だがまあ、いい。街を護る為に設立した自警団であるが、それ以前に団員の安全が第一だ。

 

「危険がないのならいいだろう。精霊の回収もA・O・Jの活動内容とする。──いいな、お前ら」

 

 エースは周りを見回す。団員の彼らは神妙は面立ちで頷いた。

 

 

 これでツカサの話は終わり、エースたちは早速街の警護に移ることにした。

 

 主にその実体化したモンスターがいるのかどうか。ツカサの口振りではある程度の数が街にはすでにいる。それがエースの見解だった。ツカサの語りは曖昧だ。それがただのコミュニケーション障害なのか、意図的なものなのか、エースには判断しかねた。

 

「ツカサさーん! これから一緒にカフェでもどうですか? わたしツカサさんと話したいこととかいっぱいあるんですよ!」

 

 建物を出るなり活動をサボる宣言をする団員が約1名。

 

 また嘆息しつつ、だがエースはこれを好機とする。

 

「そうだツカサ、今日はお前も来い。お前が普段どうワームを探しているのかも気になる」

 

 これは中々に名案であった。これで団員の欠員も避けられる上、更にはツカサ、謎多き彼を知る機会ともなる。

 そして詭弁でもない。実際彼のワーム討伐数はエースが知るだけでも群を抜いており、下手すればツカサが1日で倒したというワームの数はA・O・Jが1日で討伐できるワームの数に匹敵する。

 

「わかりました。今日の活動には僕も同行しましょう」

 

「ふ、お前がどこまでできるのか、見せて貰うぞ」

 

 エースは笑う。ツカサについていくらかの調査はしているが未だ未知数は多い。近くから探る口実ができたのだ、その腹の内を、化けの皮を剥ぐのには丁度いい。

 

 案の定、ツカサさんも行くなら行きますよ! と乗り気になった団員を後目に彼はツカサを見る。

 

「そうだツカサ。敬語は使わなくていい。決闘に関して、お前は俺と対等だ。むしろ敬語を使うな、気持ち悪い」

 

「いや、それは……善処します」

 

 こうして今日の活動が始まった。

 

   *

 

 彼ははっきり言って異常だった。

 

 街に繰り出して数分、ツカサが先導するかのように動き、何気ないように立ち入った路地だったが、暗がりにいたのはローブを目深に被る決闘者──ワームだった。

 

『決闘だ』

 

 開口一番に彼はそう言い、デュエルディスクを構えた。

 そこからは息つく間も無く。先攻、それから返しの3ターン目で決闘を終えてしまった。内容は語るまでもない、予定調和のように相手のモンスターが消え、ライフが消失したのだから。

 

(なんだこいつ、俺との決闘は加減してたのか?)

 

 エースにはそう思えた。

 

 ワームを前にしたツカサは容赦がなかった。エースもワームには並ならぬ敵対心を抱いているつもりだったが、それこそツカサは目の色を変え、とにかくワームを落とし穴の底に突き落とし、消し去った。

 

 以前彼と決闘した際には大型モンスターをぶつけ合ったというのに。

 もしこれがツカサの『普通』なのだとしたら、エースは出すモンスターをその場で除去されていたはずだ。

 

 もはや作業のように、流れるように、当たり前のように、ワームを霧散させたツカサ。

 

 ──それは頼もしく、また驚異であった。

 

 

 それからは手分けして辺りを散策することにした。

 

 ワームを探すコツでもあるのかと問えば、人気の薄い路地裏とだけ彼は答え、足早に別の場所へ消えていった。慌てて追いかける彼のファンとともに。

 

   *

 

『はいはーい。こちらソウ、ワームと交戦中。となりはケンも()ってまーっす。ガトムズ召喚してドヤってたところを破壊されて追い詰められてやんのー☆』

 

『何馬鹿なことを。追い詰められてなどいないぞ俺は! 追い詰められているのは貴様だろうソウ』

 

 携帯端末から流れてくるのは会話。決闘中だと言うのにやけに悠長なものだ。

 

 どうしてA・O・J(うち)はこうも個性的な面子ばかりなのだろうと、エースは思う。

 

 隣にいるヒメだけが良心だ。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもない」

 

 追い詰められている、彼らはそう言うが、しかし負けることはないだろう。2人の実力は確かなものだ。

 

「──まあ、お前たちなら心配ないだろう。任せたぞ」

 

 適当に通話を終了。これ以上は杞憂だと判断したのだ。なんだかんだ言いつつも彼らは強い。A・O・Jの選定基準はモンスターを実体化出来るか──つまりターミナル化現象に対応したデッキを使うかどうかであるが、今のところそこに弱き者はいない。いや、2名いたか。ヒメは若干心許なく、もう1人は決闘を拒む。

 

(……)

 

 思ったより問題のある集団だと考えが過ぎるが、首を振る。

 そもそもエースがあ知っているモンスターを実体化する人間はこれで全員なのだ。今でこそデュエルターミナルという手掛かりがあるが、それ以前は何も知らない手探りの状態で団員を探していたのだ。

 

 これだけ集まったのがむしろ奇跡のようなものだ。

 

 贅沢は言うまい。

 

 ふと顔を上げたとき、エースは目を疑った。

 やや高台から見る街の景色。通常そこに居合わせないであろうものがいた気がしたのだ。

 

「……?」

 

 いた気がしただけ。ただそれだけ。

 もう一度そちらを見るが、別に異常はない。

 

 そうか、疲れているのか。

 個性的な面々の揃うA・O・J。人をまとめるというのはそういうことだ。ワームとの闘いも激化してる傾向もある。最近は調べものも多かった。セキュリティを破るのに精神を削っていた。だから──見間違いだろう。

 

 ワームの中級モンスターが、平然と歩いていたなんて。

 

 

   *

 

 ケン  LP4000 手札×2

場 XX-セイバー ボガーナイト

  伏せ×1

 

 ワーム LP4000 手札×2

場 ワーム・キング

  ワーム・コール

 

 

 ソウ  LP1200 手札×3

場 なし

  伏せ × 1

 

 ワーム LP4000 手札×2

場 ワーム・クイーン

  ワーム・コール

 

 端から見て、2人は追い詰められていた。

 

 ケンの場には攻撃力1900の低級モンスターが1体。相手の場に禍々しく蠢くのはワーム・キング。ワームの最上級モンスターでありその攻撃力は2700。加えその効果はモンスターを破壊するもの。すでに彼はエースモンスターであるXX-セイバー ガトムズを破壊されている。

 

《ワーム・キング》

効果モンスター

星8/光属性/爬虫類族/攻2700/守1100

このカードは「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を

リリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚できる。

また、自分フィールド上の「ワーム」と名のついた

爬虫類族モンスター1体をリリースする事で、

相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

『ワーム・キングでXX-セイバー ボガーナイトを攻撃』

 

 黄色の蟲はいきり立ち、小さき騎士を襲う。──いや騎士自体が小さいわけではない。蟲が大き過ぎるのだ。王の名を冠するだけあってその質量は圧倒的なもので、そしてその気色悪さも圧倒的。

 

 蟲は騎士を押しつぶすと、それを腹部についた大きな口へと運んだ。ぐしゃぐしゃと。その身を咀嚼する。

 

ケン LP 4000 → 2800

 

「ひっ……」

 

 ケンは顔をひきつらせる。愛用するデッキのモンスターが目の前で捕食されたのだ、それが衝撃的な光景でないはずもない。

 

「おいおい☆ 大丈夫かよ」

 

 隣のソウが言う。まるで小馬鹿にしたように。

 

 その様子にケンは青筋を立てる。

 

「うるさいぞ、俺は臆してなどない!」

 

 ワームがターンを終え、返しのターン。

 

「俺のターン、ドロー。俺は手札からXX-セイバー レイジグラを召喚。レイジグラの召喚時、効果発動! 墓地のXX-セイバー フォルトロールを手札に加える」

 

《XXダブルエックス-セイバー レイジグラ》

効果モンスター

星1/地属性/獣戦士族/攻 200/守1000

(1):このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、

自分の墓地の「X-セイバー」モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを手札に加える。

 

「さらにリバースカード発動、ガトムズの緊急指令! このカードはフィールドに『X-セイバー』モンスターがいるときに発動可能。墓地の『X-セイバー』を2体召喚する。さあ戻って来い! XX-セイバー ボガーナイト! そしてXX-セイバー ガトムズッ!」

 

《ガトムズの緊急指令》

通常罠

(1):フィールドに「X-セイバー」モンスターが存在する場合、

自分・相手の墓地の 「X-セイバー」モンスターを合計2体対象として発動できる。

そのモンスター2体を自分フィールドに特殊召喚する。

 

《XX-セイバー ボガーナイト》

効果モンスター

星4/地属性/獣戦士族/攻1900/守1000

このカードをS素材とする場合、「X-セイバー」モンスターのS召喚にしか使用できない。

(1):このカードが召喚に成功した時に発動できる。

手札からレベル4以下の「X-セイバー」モンスター1体を特殊召喚する。

 

《XX-セイバー ガトムズ》

シンクロ・効果モンスター

星9/地属性/獣戦士族/攻3100/守2600

チューナー+地属性モンスター1体以上

(1):自分フィールドの「X-セイバー」モンスター1体をリリースして発動できる。

相手の手札をランダムに1枚選んで捨てる。

 

 ワーム・キングによって破壊された騎士が2体、ケンのフィールドに蘇る。一度は己を下した相手であるが、騎士たちの闘志は砕けてはいなかった。

 

「俺は手札のXX-セイバー フォルトロールを特殊召喚する。こいつはフィールドに『X-セイバー』が2体以上いるときに特殊召喚できる。さらにフォルトロールの効果で墓地よりXX-セイバー フラムナイトを特殊召喚!」

 

《XX-セイバー フォルトロール》

特殊召喚・効果モンスター

星6/地属性/戦士族/攻2400/守1800

このカードは通常召喚できない。

自分フィールドに「X-セイバー」モンスターが

2体以上存在する場合のみ特殊召喚できる。

(1):1ターンに1度、自分の墓地のレベル4以下の

「X-セイバー」モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを特殊召喚する。

 

《XX-セイバー フラムナイト》

チューナー・効果モンスター

星3/地属性/戦士族/攻1300/守1000

(1):このカードがフィールドに表側表示で存在する限り1度だけ、

相手モンスターの攻撃宣言時にそのモンスター1体を対象として発動できる。

その攻撃を無効にする。

(2):このカードが戦闘で相手の守備表示モンスターを破壊した場合、

自分の墓地のレベル4以下の「X-セイバー」モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを特殊召喚する。

 

 こうして並んだのは5体の騎士。

 ターン開始時にモンスターは1体もいなかった。だがそこから瞬く間、5体もの展開に成功する。X-セイバー及びにXX-セイバーは互いの連携を重視する騎士団。各々の効果により次々と仲間を呼び出していくデッキだ。

 

「バトルフェイズ! XX-セイバー ガトムズでワーム・キングを攻撃!」

 

 白き騎士は雪辱を晴らす機会を待ちわびていたかのように、蟲に剣を向けた。抵抗する蟲、だが素の攻撃力では騎士の方が高いのだ。騎士は渾身の力を込め蟲を切り裂いた。

 

ワーム LP 4000 → 3600

 

 ケンの場のモンスターは計5体。まだ4体の攻撃権が残っている。その合計は、5800。

 

「X-セイバー! 敵を、討ち取れェ!」

 

ワーム LP 3600 → 0

 

 騎士達による刃の嵐の中、ワームの纏っていたローブはずたずたに裂かれ、その中身が露わになる。

 歪な体躯。その身を軋ませ、ワームは怨念のような声を上げて黒い瘴気へと霧散する。

 

「よ、よしっ! 勝ったぞ、どうだ見たかソウ──」

 

 ガッツポーズとともに振り返ったその先には──

 

 ソウ  LP 1200 手札×2

場 無し

  霞の谷の神風

 

 ワーム LP3600 手札×2

場 ワーム・キング ワーム・クイーン ワーム・ゼクス

  リビングデッドの呼び声

 

 

   *

 

 その惨状までは僅か4ターンだった。

 

「決闘!」

 

『決闘』

 

 肉声と、無機質な声とが交差し決闘は始まった。

 

「先攻は貰う」

 

 宣言したものだが手札は芳しくなかった。ソウのデッキは『霞の谷』。そのキーカードである霞の谷の神風が初期手札5枚には含まれていなかったのだ。

 

「俺は手札から霞の谷の戦士を召喚。カードを1枚セットしターンを終了」

 

《霞の谷の戦士》

チューナー・効果モンスター

星4/風属性/鳥獣族/攻1700/守 300

このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、

このカードとの戦闘で破壊されなかった相手モンスターを

ダメージステップ終了時に持ち主の手札に戻す。

 

 霞の谷の戦士はソウの扱う『霞の谷』の低級モンスターの中では2番目に攻撃力の高いモンスターだ。加え伏せたカードは防御系の罠、これでひとまず盤石であろう。

 

 ──などと、軽率に判断してしまったのが失敗だった。

 

 一介の決闘者相手ならばまだ通用したのかもしれない。だが対戦相手──このワームの人型は、これまで数多くの決闘者を下し、傷付けてきた存在だ。

 

 一筋縄ではいかないということは、彼も知っていたはずだった。

 

 思えば彼は本日、冷静とは言い難かった。原因はいつもの活動にはない異分子、ツカサという存在だった。

 

 ツカサは今エースから特別扱いされている。

 貴重な情報源としても、戦力としても。

 

 エースはソウが最も慕う人間だ。頼れる兄のような存在であり、信頼と尊敬といった感情を向けている。そんな彼が特別扱いし、更には対等であると言ったツカサは自分と同じ年齢の少年だ。どんなに強かろうとも所詮同年代、などと大会のときから軽視していたツカサを、だ。

 

 件の大会では優勝、と輝かしい実績を持つツカサ。A・O・Jとしては仲間となっているが、内心、僅かではあるが納得のいかないところはあった。

 ついでではあるが、同じ団員が約1名ツカサに執着しているのもそれに拍車をかけた。

 

 簡単に言えば嫉妬だ。ちやほやされているツカサが気に食わないのだ。

 

 そんなツカサは。本日の活動開始において目の前でワームを瞬殺して見せた。言葉どおり、瞬殺、だ。

 ソウにそんな芸当はできない。

 

 流石に、そんなものを見せられてしまえば、ツカサの実力は認めざるを得ないものになってくる。

 そして抱くのは、焦り。

 

 常に飄々としたソウ。軟派な言動や仕草で気丈に振る舞うが内心は穏やかでない。

 

 ──このままでは自分の立場はなくなってしまう。

 

 焦燥感と嫉妬が渦巻くその精神状態で決闘を行うのは当然好ましくない。決闘において勝敗を分けるのは、カードを信じるその想いなのだから。

 

 返しのターン、ワームはテンプレートどおりの動きを見せる。街に徘徊するワームの人型が用いるのはみな簡単な戦法のみ。

 だが単純がゆえに、強い。これまでいくらもの被害者がでているのはそういうことだ。

 

『私のターン、ドロー。私は手札のワーム・ゼクスを召喚。ワーム・ゼクスの効果でデッキからワーム・ヤガンを墓地へ送る。墓地のワーム・ヤガンの効果、フィールドに存在するモンスターがワーム・ゼクスのみの場合、ワーム・ヤガンはフィールドにセットすることができる』

 

《ワーム・ゼクス》

効果モンスター

星4/光属性/爬虫類族/攻1800/守1000

このカードが召喚に成功した時、

デッキから「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。

自分フィールド上に「ワーム・ヤガン」が存在する場合、

このカードは戦闘では破壊されない。

 

《ワーム・ヤガン》

効果モンスター

星4/光属性/爬虫類族/攻1000/守1800

自分フィールド上のモンスターが「ワーム・ゼクス」1体のみの場合、

このカードを墓地から裏側守備表示で特殊召喚できる。

この効果で特殊召喚したこのカードは、

フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

このカードがリバースした時、相手フィールド上に表側表示で存在する

モンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。

 

 2体のモンスターが召喚される。攻撃表示の片方の攻撃力は1800。ソウの霞の谷の戦士の攻撃力を100上回る数値だった。『霞の谷』の低級モンスターが内2番目の攻撃力は簡単に超えられてはしまう。

 

 されど戦闘ダメージはたったの100。これくらいは、少し目を瞑ろう。

 

 ──このままなら、それでよかったはずだった。

 

『私は手札から魔法カード発動、二重召喚。セットされたワーム・ヤガンをリリース。手札からワーム・クィーンをアドバンス召喚』

 

《二重召喚》

通常魔法

このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。

 

《ワーム・クィーン》

効果モンスター

星8/光属性/爬虫類族/攻2700/守1100

このカードは「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を

リリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚できる。

また、1ターンに1度、自分フィールド上の「ワーム」と名のついた

爬虫類族モンスター1体をリリースする事で、

リリースしたモンスターのレベル以下の「ワーム」と名のついた

爬虫類族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 

 それは蟲の女王。白色の歪な体躯は気色悪く蠢き、こちらの戦意を削いでいく。

 

 二重召喚からの最上級モンスターの登場は予想外だった。単純だ、実に単純な戦法だ。手札消費が多いだけの単純な戦法、だが、それが驚異となる。

 

『バトルフェイズ。ワーム・ゼクスで霞の谷の戦士に攻撃』

 

 ゆっくり、ゆっくりと、戦士を噛んでいく蟲。同じ身の丈のモンスターを丸飲みに、喰らう。

 

ソウ LP 4000 → 3900

 

 

『ワーム・クィーンでダイレクトアタック』

 

 白き蟲の女王は、手持ち無沙汰に低級のワームモンスターを片手に弄んでいた。攻撃を命じられると弄んでいたモンスターは飽きられたおもちゃのように投げ捨てられる。そして蟲の女王はソウへと距離を詰める。

 

「おいおい待てよ、そんな──」

 

 蟲は周囲の壁ごと、穿つ。衝撃とともに命を示す数値が減少する。

 

ソウ LP 3900 → 1200

 

 沸き上がるは恐怖。実体化したモンスターの攻撃はこの身に届くのだから。

 

 そんな時、鳴ったのは携帯端末の着信音。

 

(誰だよ、こんなときにっ……!)

 

 内心で悪態をつくものだが、表示された名前を見て気を持ちなおす。

 

『ソウ、今そっちの状況はどうだ』

 

 通話相手はエース。ソウが慕うその彼だ。

 

 息も詰まるような状況だが、ソウは大きく息を吸い、

 

「はいはーい。こちらソウ、ワームと交戦中。となりはケンも()ってまーっす。ガトムズ召喚してドヤってたところを破壊されて追い詰められてやんのー☆」

 

 あえて砕けて振る舞った。

 

「何馬鹿なことを。追い詰められてなどいないぞ俺は! 追い詰められているのは貴様だろうソウ」

 

 隣のケンが抗議の声を上げた。

 

 それから呆れたような言葉とともに、最後には信頼の言葉を残しエースは通話を切った。

 

 ──まあ、お前たちなら心配ないだろう。任せたぞ。

 

 その言葉は、ソウにとっては嬉しかった。

 薄れゆく闘志は形を取り戻す。

 

 ワームは1枚のカードを伏せてターンを終えた。

 ワーム・クィーンが1体に伏せカードが1枚。対してソウのフィールドは罠が1枚のみ。

 

 そこから逆転するのは──本人の意志次第だ。

 

 ふと横のケンに目を向ける。そこではモンスターを喰らうワームと、青ざめたケンの顔があった。

 

 そこへソウは励ますでもなく──茶化した。

 

「おいおい☆ 大丈夫かよ」

 

 いつものように、振る舞う。それはケンのためでもあったし、何より自分のためでもあった。

 そう、いつものように。平常運転に頭を戻すために、あえてそう口にする。ケンもまた、怒りを露わにするといういつもどおりの反応をした。

 

 これでソウ達は、普段の思考を取り戻す。恐怖や焦燥感といった感情を取り払い、意志を立て直す。

 

「俺のターンだ。ドロー!」

 

 引いたカードは霞の谷の神風。ソウが欲したキーカード。

 

「うっし。行くぜフィールド魔法、霞の谷の神風!」

 

 ソウがデュエルディスクにカードを叩きつけると、辺りに不思議な風が吹き込む。

 それはソウに加護を与える風、勝利の風。

 

 ──神の風。

 

《霞の谷の神風》

フィールド魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する風属性モンスターが手札に戻った場合、

自分のデッキからレベル4以下の風属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。

この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

「手札からミスト・コンドルを召喚、手札のA・ジェネクス・バードマンの効果発動。ミスト・コンドルを手札に戻してA・ジェネクス・バードマンを特殊召喚。霞の谷の神風の効果でフィールドの風属性モンスターが手札に戻った際、デッキから風属性モンスターを召喚できる。俺はデッキから霞の谷の見張り番を召喚」

 

《A・ジェネクス・バードマン》

チューナー 効果モンスター

星3/闇属性/機械族/攻1400/守 400

(1):自分フィールドの表側表示モンスター1体を持ち主の手札に戻して発動できる。

このカードを手札から特殊召喚する。

この効果を発動するために風属性モンスターを手札に戻した場合、

このカードの攻撃力は500アップする。

この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

《霞の谷の見張り番》

通常モンスター

星4/風属性/魔法使い族/攻1500/守1900

霞の谷を代々見張り続ける、見張り番一族の末裔。

谷で起こる出来事は、どんな些細な事も見逃さない。

 

「さあいくぜ。レベル4 霞の谷の見張り番に、レベル3 A・ジェネクス・バードマンをチューニング!」

 

☆4 + ☆3 = ☆7

 

「霞の谷の鬼よ、その雷纏いしその力で信じる道を貫き進め! シンクロ召喚! 霞の谷の雷神鬼!」

 

《霞の谷の雷神鬼》

シンクロ・効果モンスター

星7/風属性/雷族/攻2600/守2400

チューナー+チューナー以外の「ミスト・バレー」と名のついたモンスター1体以上

1ターンに1度、このカード以外の

自分フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。

選択した自分のカードを持ち主の手札に戻し、

このカードの攻撃力をエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。

この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 ソウのエースモンスター、霞の谷の雷神鬼。霞の谷の戦士団が団長、雷を纏う大鬼である。

 

「霞の谷の雷神鬼の効果発動、俺のフィールドのセットカードを手札に戻し攻撃力を500ポイントアップ!

 バトルフェイズ! ワーム・クィーンに攻撃」

 

 天より注ぐは雷。その強大なエネルギーを纏い、鬼は拳を振るう。拳は蟲には阻まれることもなく、打ち砕く。

 

ワーム LP 4000 → 3600

 

「カードを1枚セットしてターンエンド。はは。やっと調子でてきたな、なあ雷神鬼」

 

 鬼は答える訳でもない。だがこちらを見やる様は肯定ととれる。

 

『──私のターン、ドロー』

 

 ワームは相も変わらず無機質に言う。声と言うのも疑わしい、脳に直接語りかけるようなその声で。

 

 ──悪夢の再開を、告げる。

 

『私は手札からワーム・ゼクスを召喚。ワーム・ゼクスの効果でデッキからワーム・ヤガンを墓地へ送る。墓地のワーム・ヤガンの効果、フィールドに存在するモンスターがワーム・ゼクスのみの場合、ワーム・ヤガンはフィールドにセットすることができる

 罠カード発動、リビングデッドの呼び声。私は墓地のワーム・クィーンを召喚。ワーム・クィーンの効果で自身をリリース。デッキからワーム・クィーンを特殊召喚。そして私は手札から魔法カード発動、ヴァイパー・リボーン。墓地のワーム・クィーンを特殊召喚。

 私はヴァイパー・リボーンの効果で召喚したワーム・クィーンの効果で自身をリリース。デッキからワーム・キングを特殊召喚』

 

《ヴァイパー・リボーン》

通常魔法

自分の墓地のモンスターが爬虫類族モンスターのみの場合に、

チューナー以外の自分の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターを特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

 

 想定外、2枚目のワーム・ゼクス。

 

 そして並んだのは、王と女王。

 

 蟲の最上級モンスターが2体、ソウの前には並んだのだった。

 

『──ワーム・キングの効果発動。ワーム・ゼクスをリリースし霞の谷の雷神鬼を破壊する』

 

 喰らう。喰らう。喰らう。

 

 無情にも、残酷に。ソウのエースモンスターをワーム・キングは喰らう。

 

 身に流れる電撃はまるでなかったように、意味を成さず。蟲の体内へと消えていったのだった。

 

『バトルフェイズ──』

 

 

 

 同時、横で行われていた決闘が終了する。

 ケンはXX-セイバーの展開力でワームを打ち破ったのだった。

 

 そしてケンがこちらを見た。その顔には、驚きが含まれていた。

 

 目が合って、ソウははっとする。

 

「罠カード発動、威嚇する咆哮!」

 

《威嚇する咆哮》

通常罠

(1):このターン相手は攻撃宣言できない。

 

 遅延行為。威嚇する咆哮で攻撃を凌ぎ、延命に成功したソウだが次のターンで逆転できなければこれはただの遅延行為、無駄でしかないだろう。

 

 攻撃を封じられたワームはターンを終える。

 

 ケンを見て歯噛む。日頃、彼の言動の痛々しさも相まって弄っているケンであるが、『X-セイバー』の展開力は確かなもので馬鹿にはできない。

 

『霞の谷』は展開力にやや欠けており、ソウ自身自覚はしている。

 

(いいよなぁ()()()は。自分の使うと決めたデッキが強くて。俺は……)

 

 立ちこめるのは負の感情。普段は潜めている思いだ。

 だがそこにあるのは負だけでなく。

 

 ──負けたくないという、闘志。

 

(お前らはそんなぽんぽんとモンスター並べて、2000オーバーばっか出しやがって。霞の谷(こっち)は巨神鳥と雷神鬼とミスト・ウォームしかいねえんだよ!)

 

 ソウは顔を上げる。そこにあるのは怒りでなく──敢えての笑み。

 

 蟲の王と女王と対して敢えての笑み。

 

「ドロー。……ああいいよ、じゃあやってやるよ。

 手札から霞の谷の雷鳥召喚。雷鳥を手札に戻してミスト・コンドル召喚。神風の効果でデッキから霞の谷の幼怪鳥を召喚。そして手札に戻った雷鳥の効果で自身を特殊召喚」

 

《霞の谷の雷鳥》

効果モンスター

星3/風属性/雷族/攻1100/守 700

フィールド上に表側表示で存在するこのカードが手札に戻った時、

このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したターン、このカードは攻撃できない。

 

《ミスト・コンドル》

効果モンスター

星4/風属性/鳥獣族/攻1400/守 400

このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する

「ミスト・バレー」と名のついたモンスター1体を持ち主の手札に戻し、

手札から特殊召喚できる。

この方法で特殊召喚したこのカードの攻撃力は1700になる。

 

《霞の谷の幼怪鳥》

チューナー 効果モンスター

星2/風属性/鳥獣族/攻 400/守 600

このカードが手札から墓地へ送られた時、

このカードを墓地から特殊召喚できる。

 

「レベル3 霞の谷の雷鳥と、レベル4 ミスト・コンドルに、レベル2 霞の谷の幼怪鳥をチューニング!」

 

☆3 + ☆4 + ☆2 = ☆9

 

「霞の谷の番人。霧を生み出す蟲よ。侵入者を霧中に誘えッ! シンクロ召喚、レベル9 ミスト・ウォーム!」

 

《ミスト・ウォーム》

シンクロ・効果モンスター

星9/風属性/雷族/攻2500/守1500

チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上

(1):このカードがS召喚に成功した場合、

相手フィールドのカードを3枚まで対象として発動する。

その相手のカードを持ち主の手札に戻す。

 

 急に立ちこめる霧。そこから這い出したのは背中より霧を放出し続ける蟲だった。

 霞の谷に漂う霧は侵入者を惑わし、そして入り口へと戻す魔の霧だ。それを生み出すのがこの蟲、ミスト・ウォーム。

 

「同じ蟲だろ? ほら、喰ってみろよ。よくもまあむしゃむしゃと、人のモンスター喰ってくれたじゃねえか。ほら、喰えよ。じゃねえと──」

 

 ──こっちが喰うぞ。

 

「ミスト・ウォームの効果発動。召喚成功時、相手フィールドのカードを3枚手札に戻す」

 

 3枚。ソウが指指すのは──ワームの王と、女王。

 

 霧はワームのフィールドを飲み込む。紫の霧はその怪しい色で場を染める。

 

 そして霧が晴れたなら、そこにはもう、何もいない。

 

「よくも喰ってくれたよな……。魔法カード死者蘇生。墓地から召喚するのは──」

 

 ソウが墓地から取り出すのは、先のターンで苦汁を飲まされた彼のエースモンスター。

 

 ──霞の谷の雷神鬼。

 

 蟲の王に取り込まれた鬼が帰還し、フィールドががら空きの相手に威圧を送る。

 

「バトルフェイズ☆ 霞の谷の雷神鬼でダイレクトアタック」

 

ワーム LP 3600 → 1000

 

「ミスト・ウォームで、ダイレクトアタック、だ」 

 

ワーム LP 1000 → 0

 

 

   *

 

「A・O・J ライト・ゲイザーでダイレクトアタック!」

 

ワーム LP 1800 → 0

 

 

「アトラの蟲惑魔で直接攻撃。団結の力で攻撃力は──5000だ」

 

ワーム LP 4000 → 0

 

 

 活動を終えて合流地点。

 

 そこではエースとツカサがそれぞれワームを破ったところだった。

 エースに駆け寄る白髪の少女。

 流石ツカサさんです! と沸くいつもの。

 

 その光景に唖然とするのはケンとソウだ。

 

「な、なんだうちの団長とあいつは、俺たちの苦労も知らず、簡単に……」

 

「全くだ……☆」

 

 2人は肩を落とす。ソウは一瞬彼を──ツカサを睨んだものの、すぐにいつものように肩を竦めた。

 

「ん……全員集まったみたいだな。今日の活動はこれで終わりだが──どうだ、ソウ、ケン。お前らの戦況は」

 

「3体です」

 

「3体……そうか。俺のところは今のを併せて2体だ。ツカサは……」

 

「最初のと今のを併せて4体ですよ!」

 

 ツカサが答える前に傍らの少女が答えた。それからツカサのどこが格好良かっただの語りだすのだが、一同は戦慄していた。

 

 その数に。

 おそらくそれはツカサ1人の戦果であろう。同行者はお世辞にも役に立たなかったはずだ。

 

 4体。それはこの場の誰よりも多く、そしてA・O・Jが1日に狩れる平均でもある。

 

 

 適当に切り上げ、現地解散とする。

 ソウやケンが去り、ヒメを先に返し、ツカサに用があると主張する小娘を退かせ。エースは1対1、ツカサに向かう。

 

「ツカサ、お前は──いや、何でもない。ところでコツとかはないのか。お前は奴らを見つけるのが上手いらしい。俺らでも4体なんて1日の活動でいくかいかないかだ。ツカサ、一体どうやってるんだ」

 

 互いにどこか、訝しみつつ。

 

「──なんとなく、ですよ」

 

 その返答はまた、要領を得ないものだ。

 

「なんだそれは。まあ、まあいいだろう。はぁ。俺もいい加減疲れた。──ワームがその辺にいる幻覚を見るくらいには、な」

 

 やや自虐的に呟いた。意識せず、ただ、なんとなく。

 

 だがそれに対し、ツカサは真面目な顔で言った。

 

「──それは本当に、幻覚ですか?」

 

 一瞬、背筋が震えた。言葉にか、それとも、ツカサにか。

 

「どういうことだ」

 

 問いかけると、彼はこちらに背を向けた。

 

「……街に精霊が潜んでるって話はしましたね。現状、目撃者の大半は見間違いだと思うらしいですよ。そうですよね、街中にモンスターだなんて、普通自分を疑いますよね」

 

「見間違いじゃない、ということか?」

 

「……」

 

 ツカサは答えなかった。

 思わせ振りな態度を繰り返すツカサに耐えかね、エースは彼の肩を持ちこちらに向かせる。

 

 だがその顔を見て、言葉を失った。顔──正確には目つきに。

 

 怨みや怒り、それらのどれだけの感情が込められているのか、おおよそ想像も付かない目をしていた。

 

「お、お前は──」

 

 ──お前は一体、ワームに何をされたんだ。

 

 お前は──

 

 

 ──何を背負っているんだ。

 

「すいません今日はもう帰ります。──今後、実体化したワームを見ても近づかないでください。僕らじゃおそらく対処はできない。何をしてくるか──わからない。決闘者としてのワームは大丈夫です。いつもどおり倒してしまえるなら問題はないはずです。

 あとそうだ、一応街中でいたとされている精霊は『A・O・J』と『X-セイバー』。あとは不確定なので保留でお願いします」

 

 背中越しに、まくし立てて。

 

「ああ、あと、そうでした。研究員──シンもA・O・Jと会いたがってました。一度イオとノドカと、A・O・Jの面子、現状わかるデュエルターミナルカテゴリーの使い手で集まろうと言ってました。都合のいい日を連絡してください。向こうと取り合います。後日、また、集まりましょう」

 

 言うだけ言って彼は去っていった。

 

 結局のところ今日ツカサについてわかったのは、ワームと敵対している上では彼は敵ではないということ、だけだった。

 

   *

 

 虚空を見つめるは黒い少年。

 

 彼が背負うのは。秘めるのは。宿すのは──

 

 

 ──遠い日の、記憶だった。

 

 




エース「俺の決闘はカットか」
ツカサ「全部考えてあるのにな」
ヒメ「文字数と話のテンポとしては仕方ないのです。1万字を目処にしてるから全部描写してたら2話分割になります。作者の地の文の水増しを侮ってはいけないのです」

イオ「俺なんか出番ごとカットされてるんだよなぁ」

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