distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン14  A・O・J

 大陸では幾つもの部族が、各勢力下に置くために争っていた。

 

 和平など選択肢になく、ただ他の部族を排除せんと力のみを振りかざした。

 各部族の力は拮抗しており、戦争はこのまま続いていくものだと思われていた。

 

 ある者は怒りの中で、ある者は悲しみの中で、戦乱を過ごした。

 

 だがそれは永遠に続くものではなかった。

 部族間における抗争の収束。しかしそれは平和の始まりなんてものではなく、更なる戦いの始まりであった。

 

 抗争の最中に現れたのは宇宙からの侵入者。

 侵入者は大陸を我が者にせんと進行を始めた。

 

 そうして初めて。

 共通の敵を前にして、ようやく部族同士は手を取り合い、『協力』という選択肢を見いだしたのである。

 

 

 

 

 ──そしてそれは。膠着していた物語が、終わりへと動き始めた瞬間だったのかもしれない。

 

 

   *

 

 

《A・O・J ディサイシブ・アームズ》

シンクロ・効果モンスター

星10/闇属性/機械族/攻3300/守3300

チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上

相手フィールド上に光属性モンスターが存在する場合、

1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●相手フィールド上にセットされたカード1枚を選択して破壊する。

●手札を1枚墓地へ送る事で、

相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

●自分の手札を全て墓地へ送る事で、

相手の手札を確認してその中から光属性モンスターを全て墓地へ送る。

その後、この効果で墓地へ送ったモンスターの攻撃力の合計分のダメージを相手ライフに与える。

 

 A・O・Jの最上級モンスター、対ワームにおいての最終兵器。それに恥じない強力な効果は、残念ながら発動できない。

 

 だがその火力、攻撃力3300という数値は。

 確かな質量と存在感を持って、此方へと向けられている。

 

「──やれ」

 

 巨大主砲へとエネルギーが装填される。

 それはあまりにも強大で、この場の全てを滅ぼしかねないような──。

 

 ツカサ LP2700 手札×1

場 ナチュル・ガオドレイク

  ナチュルの神星樹

 

 エース LP3500 手札×0

場 A・O・J ディサイシブ・アームズ

  機甲部隊の最前線

 

 

 巨大な砲台に対し、こちらは1体の獅子。無限にも思えるワームを滅ぼすために造られた兵器が、たった1体へと最高火力を向ける。

 数値抜きで見ても──あまりにも過剰だ。

 

 放たれた光線を、獅子は辛うじて避ける。だがそこへすぐに光線が放たれる。

 

 絶え間なく襲い来る主砲に、先ほどA・O・J フィールド・マーシャルを翻弄したような動きをとることはできない。

 一撃一撃は地を削り、揺るがし。周囲を焼き焦がしていく。

 

「──っ、待て! あんた何考えてんだ!?」

 

 砕け散る周囲を見てツカサが声を上げる。

 デュエルターミナルに関わるカードが実体化している今、全ての攻撃は確かに存在し、それはこの現実世界をも崩していく。

 今でこそ街とは異なる方向に撃っているものの、これが街に打ち込まれれば、その被害が尋常でないことくらい想像に難くない。ましてや人に当たろうものならばそれは簡単に命を摘む事となるだろう。

 気がかりなのは、後方に潜む仲間だ。

 

「ちっ!」

 

 一瞬目の合うナチュル・ガオドレイク。ツカサはそこに人の少ない方向へ行くよう指示を籠める。

 

 そして獅子が他方へと跳び上がったその瞬間──

 

 ──光の筒が夜空を貫いた。

 

 巨大砲台から放たれた光線の規模は今までの比でなく。これまでのが謂わば威嚇射撃(・・・・)程度でしかなかったのだと告げていた。

 

 そこに生物は残らないだろう。

 獅子王は光に飲み込まれ、そのまま破壊される。

 

 主砲の余波、そして巻き上げられた砂塵が辺りを覆う。

 

「くっそっ……!」

 

ツカサ LP 2700 → 2400

 

 空気の揺らぎはその攻撃の凄まじさを現していた。ただの余波、主砲はこちらから反れていたのにも関わらず、ツカサは立っているだけで精一杯だった。

 

 

「悪いな。こいつはこういう兵器(やつ)なんだ。……まあ出来る限りの加減はさせたつもりだ」

 

 砂が収まったとき、エースはしれっと言ってのけた。そして──

 

「──まだ、続けるか?」

 

 巨大主砲の威力に慄くツカサ──ひいてはその仲間へ、問う。

 

 それはそう──試すように。

 

「……ドロー」

 

 ツカサはカードを引きながら後方へ意識を向ける。ノドカやイオ、及び後の2人は無事なようだ。

 だが、気がかりではある。この男にその気は無くとも、流れ弾の無い保証はないのだ。

 

 歯噛みながら引いたカードを見る。ゴブリンドバーグ。

 

 幻妖種ミトラと組み合わせる事によってすぐさま3種類のナチュルシンクロモンスターの召喚を可能とする、ツカサのデッキにおいて意外にも重要な縁の下の力持ち的存在。

 

 だが他にモンスターが手札に無い今、それも無駄である。

 

「モンスターをセットしてターンエンド」

 

 現状これくらいしか出来ることはない。シンクロ召喚が不可能な状態ではないが、したとてあの巨大主砲を片づける算段は無い。

 

「なんだ、もう終わりか?」

 

 ターンの移ったエースはカードを引く。そしてそのまま召喚。

 

「A・O・J サイクロン・クリエイターを召喚」

 

《A・O・J サイクロン・クリエイター》

チューナー・効果モンスター

星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200

1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動できる。

フィールド上のチューナーの数だけ、

フィールド上の魔法・罠カードを選んで持ち主の手札に戻す。

 

「バトルだ。ディサイシブ・アームズ……!」

 

 主砲は伏せモンスター、ゴブリンドバーグをいとも簡単に撃ち抜く。

 最初に見せたような威嚇射撃。だが加減された攻撃でさえモンスターを跡形無く消し去り地面を焦がす。

 

 高密度高圧縮高火力のそれ、光線、つまり熱線に物体を焦がし尽くす事など容易く、水分の塊でしかない人間などひとたまりもないだろう。

 

「サイクロン・クリエイターでダイレクトアタックだ」

 

ツカサ LP 2400 → 1000

 

 

 機械兵の巻き起こす風の中、一番に想うのは緑の少女。この事件──現象に巻き込むということは、こういう事であることを彼は知っていたはずだった。

 

 ──君だけは守るから。

 

 ここに来る途中でも吐いた言葉だ。

 

「……」

 

 不安や恐怖、絶望が際限なく沸き上がる。

 

 現在ツカサの手札は1枚。それも、すでに場にあるナチュルの神星樹、その2枚目である。──ナチュルの神星樹は1枚しか効果を発揮しない、つまりこの1枚は死に札でしかないのだ。

 

 失うことを一度知っている(・・・・・・・)からこそ、それは重く重く、重々しく、ツカサにのし掛かる。

 

 ──降参(サレンダー)

 

 そんな言葉が選択肢に上がる。

 少なくとも──少なくとも、決闘を終わらせてしまえばこの場は逃れられる。そんな弱気な選択肢だ。

 決闘の続行が仲間を危険に晒すことになる。

 

 無情に振る舞えどエースも一般市民、人をあえて撃つなどないはず。そうはわかっていても可能性はゼロではないし、ツカサ自身がこれを何よりも問題としていた。

 

「これで俺はターンエンドだ。……どうした、止まるな。それとももう限界なのか? お前に何が出来るのか、見せてみろ。ディサイシブ・アームズが恐ろしいか? なら──倒してみろ」

 

 エース、彼にとっては決闘開始から重ね続ける安い挑発。

 だがツカサにとっては安くなく、軽くない。

 

 何ができるか。今、この場所この時において、何ができるか。

 

 

『考え過ぎだろ』

 

 

 ふと浮かんだのは友人の言葉だった。

 

 何気ない、軽い、軽い言葉。

 だがそんな友人の言葉に、何かがすっと消えていく。緊張と言うか、降着と言うか。葛藤と言うか。

 

 

「ああそうだった。僕は考え過ぎだったんだっけか」

 

 思い至る。そうだ、これはゲームの延長だ。

 理不尽にモンスターが襲い来るものではなく、ターン制の数値の比べ合い。

 

 もっと単純でいい。相手より強いモンスターを召喚して、あるいは罠で──手段を選ばずに排除すればいい。

 ツカサが場を支配すればそれでツカサは全てを守れるのだ。全てを手にしようと、強欲に。簡単な話だ、全てを自分の力で思い通りにねじ曲げてやればいいだけの話だ。

 

「サレンダーは、しない」

 

「そうか。ならターンを進めろ。停滞は衰退だ、止まるな」

 

 後方の仲間を想う。そしてデッキを、想う。

 

 たった1枚でも、このゲームは全てが間に合う。

 

「ドロー」

 

 引いたカード。それをツカサはエースに見せる。

 

「それは……!」

 

 逆転の一手。ここまでの積み重ねあってこそだが、たった1枚で場がひっくり返るカード。

 

「ミラクルシンクロフュージョン!」

 

 それはこの決闘序盤で死に札となった融合魔法カードである。

 

「2枚目……!? なんでそんな、使うタイミングの少ないカードを、2枚も」

 

 ミラクルシンクロフュージョン。そうそれはシンクロモンスターを対象に発動する融合魔法。並のデッキならば使われるのは決闘中盤、故に複数詰みは事故の元でしかない。

 

「さあ、なんでだろうな。でもこれであんたのその兵器を倒せるんだから、いいじゃないか」

 

 ──守れるんだから、いいじゃないか。

 

 余談ではあるが、今回のこの決闘、イオとの調整を兼ねた決闘──言ってしまえば新しいコンボの実験──を取りやめた足で赴いた決闘である。異常が多いのもそれが起因するだろう。

 

「だが、お前のシンクロ融合、ナチュル・エクストリオはナチュル・ビーストとナチュル・パルキオンの融合体。どちらもまだエクストラデッキから出ていない。それに召喚してもエクストリオの攻撃力は2800。ディサイシブ・アームズには届かない」

 

「ああ。だから僕が召喚するのはナチュル・エクストリオじゃあない。──僕は墓地のナチュル・ガオドレイクと大地の騎士ガイアナイトを融合!

 聖域の王者の加護を得て、大地の騎士は天をも駆ける。融合召喚、地天の騎士ガイアドレイク」

 

《地天の騎士ガイアドレイク》

融合・効果モンスター

星10/地属性/獣戦士族/攻3500/守2800

「大地の騎士ガイアナイト」+効果モンスター以外のシンクロモンスター

このカードは効果モンスターの効果の対象にならず、

効果モンスターの効果では破壊されない。

 

 大地に座す聖森の獅子王の力を受け、大地の騎士は新たな姿になる。

 本来効果ももたなかった2体は合わさり、他の効果を受け付けない強力なモンスターへと昇華するのだ。

 

「僕はコンボ外のモンスターは使わない主義でね。無駄なモンスターなんてないんだよ」

 

「くははっ、面白い。俺の予想より前進しているというのか」

 

 エースは笑い──そして嗤う。

 

 いいぞ、もっとやって魅せろ。そんな誘いである。

 

「バトルフェイズ! 地天の騎士ガイアドレイクでA・O・J ディサイシブ・アームズを攻撃!」

 

 躊躇いはあった。最上級モンスターの戦闘は攻防を激化させる。加えて相手は鉄の塊、数値が上でも騎士1体では長引きそうなもので、被害も伴って広がる事は予想できる。

 

 だが。

 

 被害は出さなければいいのだ。

 

 ガイアドレイクに命ずるように。唱える。

 

 ──此方にだけは撃たせるな。

 

 強欲に貪欲に、自分勝手に、利己的に。

 自分の思い通りの結果を望み、押しつけ、そして委ねる。カードに託す。戦場(デュエル)を共にする仲間を信じる。

 

 騎士は地を駆け、天を舞い。主砲の狙いを他方へ逸らす。聖森の獅子王よりも大地の騎士よりも速く、そして広く宙さえも駆け。主砲を手玉にとるような動きを可能とする。

 

 夜空に描かれる光の直線。流星の如きそれが何かを焼き、何かを壊すことはなかった。

 

 やがて騎士もまた。発光はせずとも流星の如く軌跡を描き。主砲を貫く。

 

エース LP 3500 → 3300

 

 爆散。爆風がまた決闘を、周囲を巻き上げる。

 激しい攻防によっての増減はたったの200。3300と3500と最上級モンスターのぶつかり合いで変わったのは僅かなものでしかなかった。

 

「……3500の最上級モンスター。しかもモンスターの効果じゃ破壊できない、か。なるほど、カタストルへの対抗手段その2でもあるという事か」

 

 そう、地天の騎士ガイアドレイクはモンスター効果による破壊を無効化する──つまりA・O・J カタストルの効果をも受け付けない最上級モンスターである。ツカサは強力かつ召喚が容易なカタストルに対し、ブレイクスルー・スキル以外の対処法を考じたのだ。

 闇属性というわけでもなく。そしてナチュル・ガオドレイクに関連付いたツカサのデッキにもポリシーにも無理のないカードだ。

 

「さてそいつを倒すにはもうリミッター解除に頼るしかなくなったわけだが……それじゃあ俺に未来はないな。だが俺は立ち止まってもいられない。

 俺は機甲部隊の最前線の効果でA・O・J アンリミッターを召喚する」

 

「そいつは……!」

 

 召喚されたのはレベル2、攻撃力600の最下級モンスター。

 数値では貧弱ながらも禍々しい黒いオーラを纏う。

 

「察したか。お前もなかなかカードに博学だな。あるいは見た目で察しただけか……? まあいい。そうだ、俺は次のドローで全てを決める。幸い俺の場にはチューナーがいるからな、モンスターさえ引ければお前のその隠し玉を駆逐できる」

 

 エースは試すように、そして挑戦するように、此方を見据える。

 

「僕はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

 ここで代わって、ツカサが試すようにカードを伏せた。それは2枚目のナチュルの神星樹。新しい伏せカードに対し彼はどのような反応をするだろう。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 エースがカードを引く。

 

 本物の強者は、ここぞで良いカードを引き寄せる。

 

 彼が引いたのは──

 

「──まあ、いいだろう」

 

 彼は笑う。そのカードをデュエルディスクに叩きつけて。

 

「俺はA・ボムを召喚」

 

 現れたのは爆弾。一度はツカサの前に立ちはだかった壁。文字通りの壁にして、爆弾。だがそれもDNA移植手術がなければ低い壁でしかない。

 

 だがこれもまた、やはり。爆弾として使われるのではない。彼の場にはまたもや──チューナーが並んでいる。

 

「レベル5、だ。何だと思う?」

 

 彼はなぞなぞでもだすかのように軽々しく問う。

 答えは、軽くないのに。

 

「……A・O・J カタストル」

 

「あたりだ。俺はレベル2 A・ボムにレベル3 A・O・J サイクロン・クリエイターをチューニング!」

 

☆2 + ☆3 = ☆5

 

「さあ機械兵よ、再び地を這い、視界の全てを狩り尽くせッ! シンクロ召喚、A・O・J カタストル!」

 

 呻くように機甲を軋ませる機械兵。無情なる殺戮兵器。

 

「罠の発動はないな? だってそれは3ターン目からずっと握ってたカードだ。落とし穴ならもっと早く使えたはずだ」

 

「……っ!」

 

 試す気でいたツカサだったが逆に面食らう事になる。エースは先ほど伏せたナチュルの神星樹をブラフである事を見抜いていた。彼の洞察力もなかなかのものだ。

 

「……地天の騎士ガイアドレイクは、A・O・J カタストルじゃ破壊できないぜ?」

 

「本気で言っているのか?」

 

「いいや」

 

 張ってみた虚勢は直ぐに払われる。

 A・O・J カタストル、強力なその効果は地天の騎士ガイアドレイクには通用しない。だが、そもそも必要がない。効果がなくとも、この場においては破壊は可能だからだ。

 

「A・O・J アンリミッターの効果発動! 自身を墓地へ送ることでカタストルの攻撃力を倍にするッ!」

 

《A・O・J アンリミッター》

効果モンスター

星2/闇属性/機械族/攻 600/守 200

このカードをリリースして発動できる。

自分フィールド上の「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、

その攻撃力をエンドフェイズ時まで元々の攻撃力の倍にする。

 

 そう、生けるリミッター解除、あるいは死に行くリミッター解除。

 リミッター解除の効果を搭載し、その上強化モンスターが破壊されない、それがA・O・J アンリミッターである。

 

A・O・J カタストル 攻撃力 2200 → 4400

 

 4400。神をも超える攻撃力がこのターンフィールドに存在する。

 ただでさえ禍々しい機械兵は更に禍々しく。場を蹂躙する。

 

「さあバトルだ。A・O・J カタストルで地天の騎士ガイアドレイクを攻撃!」

 

 それはまるで闇に引きずり落とすが如く、しかしあっさりと──騎士の首を落とした。

 

ツカサ LP 1000 → 100

 

「残ったか……。俺はターンエンド。もうガイアドレイクはいないし、ブレイクスルー・スキルがあるわけでもあるまい。

 さあツカサ、星呪 詞(ホシノ ツカサ)。お前は、どうする──?」

 

「ははっ……」

 

 声に出してツカサは笑う。心の底から、沸き上がる笑いだ。

 

「いやぁ、正直嬉しいな。強い、強いよ。こんな強い相手は久し振りだ。それもこっちをちゃんと対等以上に見据えて調べ上げ、対策まで立ててる。ディサイシブ・アームズのときは正気を疑ったけど、あんた、強い良い決闘者だ」

 

 ツカサのその両手にカードは無く、場にも樹が1本聳えるのみ。

 相手には強力なモンスター。ここまでの互いの応酬を想い、ツカサは笑う。

 

「期待されたんだ。わかってる。魅せてやるさ」

 

 デッキトップに手を添える。

 

「お魅せしよう」

 

 窮地において。

 

 たった1枚で状況をひっくり返すほどの逆転手を、引き当てられるのが本物の決闘者。

 

 望んだカードを想うがままに呼び込む事ができるのが──

 

 決闘王へと至る最高の決闘者である。

 

「僕が引いたのは、マジック・プランター!」

 

《マジック・プランター》

通常魔法

(1):自分フィールドの表側表示の永続罠カード1枚を墓地へ送って発動できる。

自分はデッキから2枚ドローする。

 

「僕はこれを発動。場のナチュルの神星樹を墓地へ送り2枚ドローする」

 

 ゆっくりと、樹は光の粒子となって消えていく。夜空の星々に紛れるように、瞬くように。

 

「2ドロー。これは大きいな。だがよかったのか? ナチュルの神星樹はお前のデッキのキーカード、それがなくてはデッキが回らない、謂わばお前の代名詞なのだろう? それをそうも簡単に捨てて」

 

 そんなことまで知ってるのか。ツカサは感嘆の意を表す。

 ナチュルの神星樹はデッキに必要不可欠なカード。そしてナチュルと蟲惑魔を繋いだ架け橋のカードでもあり、今のツカサの象徴とも言えるカードだ。

 

「ナチュルの神星樹は墓地に送られた時に別のカードを残していく。ただ墓地にいくわけじゃあない。このとき僕は山札からナチュルカードを手札に加えられる。これは強制効果だからマジック・プランターで無効化もされない」

 

《ナチュルの神星樹》

永続罠

「ナチュルの神星樹」の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。

(1):自分フィールドの昆虫族・地属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキからレベル4以下の植物族・地属性モンスター1体を特殊召喚する。

(2):自分フィールドの植物族・地属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキからレベル4以下の昆虫族・地属性モンスター1体を特殊召喚する。

(3):このカードが墓地へ送られた場合に発動する。

デッキから「ナチュルの神星樹」以外の「ナチュル」カード1枚を手札に加える。

 

「僕は山から──。……ナチュル・ロックを手札に加える」

 

 一瞬悩んで。そして加えたのは植物族でも、昆虫族でもないシナジーの薄いカード。ツカサの気紛れがデッキに呼び、ツカサの直感が手札に導いた。

 

 これで手札は計3枚。

 (ゼロ)から一気に3枚はなかなかにおいしい。

 

 3枚もあれば何でも出来そうなものだ。

 

「それじゃあいこうか。僕は手札からティオの蟲惑魔を召喚、召喚時効果で墓地のトリオンの蟲惑魔を召喚。更に墓地のグローアップ・バルブの効果、山の一番上を墓地へ送り自身を特殊召喚」

 

 瞬く間に顕れる3体のモンスター。黒髪の少女。白髪の少女。眼球蠢く根。

 

 黒髪の少女は気怠げに、召喚に対し不満げな視線。白髪の少女もまた、何回呼び出す気だと抗議の意。

 

「……お前らさぁ。ははっ。まあいい、手伝ってくれよ。トリオンの蟲惑魔の特殊召喚効果、機甲部隊の最前線を破壊!」

 

 仕方ないなぁ、そんな様子の2体の茶番。だがそんな様子が頼もしいのが蟲惑魔というツカサの愛用するモンスターだ。

 ずっと場を維持し続けた魔法がついに消える。これでエースのモンスターを破壊しても新たなモンスターが呼び出されることはない。

 

 そして。

 

「さっき言ったか、ナチュルの神星樹を捨てていいのかって。いいわけないさ。でも、そもそも──

 

 ──神星樹は消えちゃいない」

 

「まさか……!」

 

 エースは目を見開く。彼が思い至るのは。

 

「そうだ。僕のデッキはやはりこいつを中心に廻っている」

 

 光の粒子が集まり、形を成すのは──樹。

 

 そびえ立つ、大きな、無骨な、星の宿る樹。

 

 ツカサのデッキに、そして心に根を張る、神の宿る樹。

 

「3ターン目からずっと握ってたそれは……!」

 

「罠発動、ナチュルの神星樹!」

 

 2枚目。ずっと死に札となっていたナチュルの神星樹である。

 

「そして発動に合わせて手札のナチュル・ロックの効果発動。罠の発動時、山の上から1枚墓地へ送ることで手札から特殊召喚」

 

《ナチュル・ロック》

効果モンスター

星3/地属性/岩石族/攻1200/守1200

罠カードが発動した時、

デッキの上からカードを1枚墓地へ送って発動できる。

このカードを手札から特殊召喚する。

この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 岩石。石ころ。それはナチュルの低級モンスター。罠に反応して特殊召喚できるという、ツカサのような罠の多いデッキには召喚の機会に恵まれたモンスターである。

 

「……レベル1チューナーに低級モンスターが3体か。ふ……それで、どうする。お前はどうやって目の前の驚異を排除する。罠無しじゃあお前のナチュルシンクロはカタストルは倒せないだろう。例え倒せたところでこのターンじゃまだ終わらない」

 

「そうだな」

 

 肯定。ツカサは自分の限界を否定しない。だがそこにあるのは変わらず不敵な嗤いである。

 確かにそうだ、彼の言に間違いはない。だがしかし、彼の言は全てではない。

 

「じゃあ神星樹の効果だけど、グローアップ・バルブを墓地へ送る。召喚するのは──」

 

 紫色の結った髪。左右には角のようにみえるものと赤い目のように輝く球体。妖しく嗤うその少女は残虐なる蜘蛛を本体とする疑似餌。

 ルールさえもねじ曲げる、そんな効果を持ったツカサの相棒。

 

「──こいつだ」

 

 

 アトラの蟲惑魔。

 

 

 ツカサが愛用する蟲惑魔が内、もっとも好き好んで使うモンスターである。

 

「待たせたね」

 

 10ターン以上経ってからという遅い登場にツカサは笑う。

 紫の少女はどこかいじけた様子を見せながらも、呆れつつ、そして信頼の笑みを浮かべる。

 

「さあそして魔法カードだ」

 

 ツカサの手札、最後の1枚。

 

 それはモンスターを繋ぐカード。ナチュルの神星樹と同じく、モンスターとモンスターを繋げ、そしてツカサと繋ぐカード。

 たった1枚で神をも超える可能性を秘めた魔法のカード。

 

「団結の力を発動。僕はこれをアトラの蟲惑魔に装備!」

 

《団結の力》

装備魔法

装備モンスターの攻撃力・守備力は、

自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体につき

800ポイントアップする。

 

 フィールドのモンスターはティオの蟲惑魔、トリオンの蟲惑魔、ナチュルロック、そしてアトラの蟲惑魔で4体。これで上昇値は3200。アトラの蟲惑魔の攻撃力は5000となる。

 

「大会でも使ったあのカードか。これが本来の効果……どんなモンスターでも代償なく、それも劇的に強化させる、可能性のカード」

 

「そうだ。リミッター解除のように属性の限定もなく、そして犠牲も産まない魔法のようなカードだ」

 

 もっとも、いつぞやの大会のように仲間がいない時ではその上昇値は僅かなものでしかないが、それでも1でも上回れば勝利を手にするこの闘いにおいては800という値は大きい。

 

「それで。忘れた訳でもあるまい、カタストルの真骨頂は効果だ。ここからお前はどうするんだ」

 

 ツカサの手札はない。魔法罠も効果を終えたナチュルの神星樹と団結の力のみだ。加えて墓地にも有効なカードもない。

 なら何があるか。そう、それは──

 

「僕は星4 トリオンの蟲惑魔、星4 ティオの蟲惑魔、2体のモンスターで──

 

 ──オーバーレイ!」

 

「何!?」

 

 オーバーレイ。それは手札でもデッキでも、墓地からでもなく、エクストラデッキからモンスターを呼び出す召喚法の掛け声。融合魔法を、チューナーを必要としない、もう1つの召喚法。

 

☆ 4 + ☆ 4 = ★ 4

 

「森に佇む一輪の大華。悠然と微笑む蟲惑の主。さあ蟲惑魔に加護を、そして勝利を。咲き誇れ、エクシーズ召喚!

 ランク4 フレシアの蟲惑魔!」

 

 花の上に座し柔らかく微笑むのは、桃色の髪の女性。

 蟲惑魔の名を冠しながらにして、獲物を捕食する類ではない花弁。だがモチーフは世界最大の花、ラフレシア。獲物を引き寄せるのに秀でた全寄生植物。

 

「蟲惑魔のエクシーズ……! エクシーズ召喚まで扱うのか」

 

 そして彼は決闘の終わりを感じ、目を伏せた。そのフレシアの蟲惑魔が攻撃表示(・・・・)であることを見届けて。

 

「フレシアの蟲惑魔は、獲物を狩る動植物じゃない。だがこいつは謂わば蟲惑魔の女王、落とし穴はもちろん、罠自体を受け付けず。落とし穴を意のままに操る。

 そして、蟲惑魔に力を与える。フレシアの蟲惑魔がいる限り、

 

 蟲惑魔は、破壊されない!」

 

《フレシアの蟲惑魔》

エクシーズ・効果モンスター

ランク4/地属性/植物族/攻 300/守2500

レベル4モンスター×2

(1):X素材を持ったこのカードは罠カードの効果を受けない。

(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、

「フレシアの蟲惑魔」以外の自分フィールドの「蟲惑魔」モンスターは戦闘・効果で破壊されず、

相手の効果の対象にならない。

(3):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除き、

発動条件を満たしている「ホール」通常罠カードまたは

「落とし穴」通常罠カード1枚をデッキから墓地へ送って発動できる。

この効果は、その罠カード発動時の効果と同じになる。

この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 フレシアの蟲惑魔を召喚したことによってツカサの場のモンスターは1体減っており、団結の力の上昇値も減少している。だがA・O・J カタストルの破壊効果を無効化するのには安い代償だ。

 そもそもそれでも2400の上昇、未だ4200という神をも超える攻撃力なのだから。

 

「これが僕の最後の策だ」

 

 ツカサは両手を広げて見せる。

 これが持ち得る最後の手段だと、今のできる限りだと。そしてこれが最後のターンだと。

 

「バトルフェイズ。アトラの蟲惑魔でA・O・J カタストルを攻撃!」

 

 機械兵は臨戦体制に入る。先ほど騎士にそうしたように、対峙する者を問答無用で葬り去ろうというのだ。

 音も無く忍び寄り、紫髪の少女の首を目掛け両手の鎌を振るう。

 だが鎌は空を切ることになる。

 少女の姿はそこにはなく、いつの間にやら桃色の女性の傍らへと移動していた。機械兵は予定外の動きに一瞬停止するもすぐさま攻撃に転じる。頭部と思しき部分にエネルギーが装填され、やがて一筋のレーザーが放たれる。闇以外の全てを焼き払う驚異の光。だがそれさえも少女──少女たちの前では掻き消えてしまう。

 それがこの桃色の大華の力。蟲惑魔を護る絶対の加護。

 

 二度も予定を狂わされた機械兵、そこへ紫の少女が本体、大蜘蛛の顎が襲う。

 蟲を狩る機械が、今度は蟲に狩られることとなる。

 

エース LP 3300 → 1300

 

「ナチュル・ロックで直接攻撃。そして」

 

 

エース LP 1300 → 100

 

 石の攻撃でライフポイントが減少する。そしてそこに残るは100という僅かな数値。ツカサのライフと同じ、首の皮1枚繋がった程度でしかない数値だ。だがツカサのバトルフェイズは終了しておらず、場にはまだ佇む桃色が残っている。

 

「フレシア」

 

 ツカサは告げる。フレシアの蟲惑魔の300という微々たる攻撃力、それでこの決闘の幕を卸せと。

 

エース LP 100 → 0

 

 決闘終了の電子音が上がると同時、エースは口元を綻ばせた。

 

「星呪詞、合格だ──」

 

 

   *

 

 決闘を終えた後、ツカサ達が案内されたのは廃工場の一角、とある一室であった。

 工場と言っても生産ラインや溶接器具の類がある作業を行う場所でなく、おそらく本来は事務を行う部屋。そこは廃れた外観に反し手入れが行き届いており、生活を送るにも十分な環境でさえあった。

 ツカサ達は横長のソファに腰掛けていた。

 

「なんだ、あいつはまたいないのか、今日は来いと言ったんだろう?」

 

「あの子は自由ですからねぇ、基本的に。エースさんが直で言ってくださいよ。そうすれば多分来るでしょう」

 

 苛立ったように、また呆れたように言うエースに返すソウ。

 対面するソファで彼らは愚痴を吐く。

 

 やがて部屋にはヒメと、長い黒髪の男がやって来た。男は髪で片目を隠しておりどこか暗い印象を抱く。彼女らもソファに着いたところでエースはこちらを見据えた。

 机を挟み、エースを中心とした4人とツカサを中心とした3人で向かい合う形だ。

 

「さて、いきなり呼び出し、手荒なマネをしてすまなかった。俺はエース。この帽子がソウ、白いのがヒメ、黒いのがケンだ」

 

「帽子です☆」

「ヒメです」

「ケンだ……」

 

 ソウは茶化すように、ヒメは冷たく、ケンは目の合うなり気まずそうに目をそらした。

 

「1人足りないが……まあいいだろう、後日紹介しよう」

 

 エースは溜め息を吐く。どこか苦労が垣間見える様子だった。

 

「僕はツカサだ。こっちがイオで……」

 

 自己紹介を返そうとしたツカサだったが、エースはそれを手で制す。

 

「いやいい、悪いがお前らのことは事前に調べさせて貰った。ツカサ、イオ、ノドカ。そうだな、お前らは最近街で起こっている事件を知っているな? 決闘者が人気のない路地等で襲われる事件だ。──そう、ワームが街に潜み、人を襲っている事件(・・・・・・・・ ・・・・・・・・・)だ」

 

『……』

 

 一瞬、エースの放った圧力にイオとノドカは表情を強ばらせ、そしてツカサは彼を睨んだ。

 

「そんな顔をするな。別にとって食おうって訳じゃない。

 ……ワーム。実体化したモンスターが意志を持ち、決闘を人に挑む。そしてワームの使うモンスターもまた実体化し、人々を傷つける。そんな超常的事件が今この街で起こっている」

 

 それはツカサたちもよく知っていることだった。

 ツカサたちはこの現象の研究者の依頼で日々ワームを探し、撃退するというのがもはや日常となっているのだから。

 

「これは由々しき事態だ。伝承でしか見ないような怪奇事件が起こり、怪我人も出ている。この街切っての一大事件と言っても過言じゃない。──なのに何故だ? 何故警察は、動かない?」

 

 語る彼の言葉に現れていたのは怒り。エースは顔を僅かに歪めながら、言葉を続ける。

 

「何故報道は注意を拡散しようとしない、警察は警備を拡大しない。何故人々は何も知らずに、知らされずに、あの街に変わらず過ごしているんだ」

 

 ──同じ事を、ツカサは考えた事があった。

 この事件を誰もが軽視し、誰もが考えずに生きている。ワームの恐ろしさを知らないが故とは言え、ワームの存在自体を知らないとは言え、それはツカサにとっては悠長で不謹慎そのものだと感じたものだ。

 

「ある日奴らと決闘をした俺はワームの存在を警察に告げた。だがその情報が広まる事はなかった。警察は、今やこの街ではあてにならない。だから俺は、自分が動くことにした。そしてある条件の下、腕利きの決闘者を集めた。そして集まったのが俺を含めた5人だ」

 

 エース、ソウ、ヒメ、ケン、そしてもう1人。彼らは街を護るために集まったのだと彼は語る。

 

「俺達は自警組織『A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス)』。街に蔓延るワームどもを殲滅するために動く組織」

 

 A・O・J。それは遠い世界、デュエルターミナルにおいても組織された同盟だった。

 ワームが侵略を始めた大陸において、対ワームを志し協力、結成されたのがA・O・Jである。

 

「そしてあの大会だ。あれほどの大会の出場者ならば腕利きなのは確か。俺は会場のソウからお前ら2人を知った。あとは条件に添うかだった。その条件はそう、モンスターが実体化するか、だ」

 

 モンスターが実体化。それはつまり現在この街において起こっている、デュエルターミナルに関連するモンスターが実体化する『ターミナル現象』が起こるかという事だ。

 

「俺達5人はどうしてか、奴らとの決闘、ひいては俺達A・O・J同士の決闘においてモンスターが実体化するらしい。

 そして例の大会について妙な噂を聞いた。決勝戦では『まるでモンスターが実体化したようだった』と。会場ではリアルソリッドビジョンなんてものが公表されたらしいが──嘘だ。そんなもの情報を集めるのが得意な俺でも聞いた事がない。混乱を避けるための出任せだと、判断した。それからツカサとイオ、2人の情報を集め、お前らもまた俺らと同じくワームを狩る者だと知った」

 

 彼はワームと決闘するツカサたちを何度か、自身で確かに見ているのだと言う。

 つまりは、尾けられていたのだ。全く気づかなかった、と彼の収集能力を讃える。

 

「それから今日、ソウとヒメを送り、試させて貰った。……強引だったとは自覚している。その節については謝ろう」

 

 モンスターの実体化を確認したエースは次に自身で実力を確認に動いた。

 

「結果は上々、どころか予想を遙かに越える結果だった。お前達のデッキや技量についても調べさせてもらったが、だがツカサ、お前はデータとはあまりに違った動きを見せた。罠主体のデッキに僅かにシンクロを混ぜただけだったはずのデッキがこうも戦闘に対応してくるとは思いもしなかった。

 停滞は衰退だ。お前はよくわかってるようだ。いや、多分お前たち3人ともそうなんだろうと、今日判断した」

 

 エースは真っ直ぐにツカサを、ツカサ達を見て言う。

 

 

「俺達は自警団『A・O・J』。ワームを狩るのが目的だ。お前達の力を貸して欲しい。うちに──入らないか?」

 

 




 やっと5話に撒いた複線を回収できました。

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