distant day/dream   作:ナチュルの苗木

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チェーン11  遭遇

 部族間の抗争に割り入るようにして訪れた侵略者は、驚異的なまでの増殖力を以てして各地を襲った。

 

 類を見ない状況に戸惑う彼らだったが、彼らにも意地があり、ときには手を取り合い侵略者に打倒した。皮肉ではあったが、争いの絶えない彼らは共通の敵との争いをきっかけに協力を覚えたのだ。

 

 やがて侵略者は互いを喰い合い。違った放頬覆うで他の力を得、そしてより強大なものへと姿を変え、更なる猛威を振るった。

 

 

   *

 

「12番と15番地点でワーム2体の撃破、今日はそれだけだな」

 

「おう! こっち……7番も1体いたぜ」

 

 人気(ひとけ)薄い裏路地にて、その日の結果を報告する。

 ツカサとイオで合計3体。

 ツカサが見繕った箇所を巡回し戦果を報告。これで1日の活動は終了なのだが、この日はこれだけではなかった。

 

「私の方にも1体いたよ」

 

 ツカサの傍ら、遠慮がちに告げるのは緑の少女、ノドカ。

 

 イオとの活動を聞いていた彼女は自分も参加したいと申し出たのだ。

 最初はやや渋ったツカサだが、デュエルターミナルに関わるものとして、そしてワームとの実戦経験もあるというのもあり最終的には了承した。

 

「ノドカも1体倒したのか。ツカサから聞いてたとおり強いんだな。そうだ、今度俺とも決闘しようぜ!」

 

「うん。でも私はそんなに強くないよ……?」

 

 前もって存在を伝えていたため、わかだまりもなくいつもどおり活動は行われた。むしろ単純に人数が増えているだけあって、効率は上がっている。

 

「2人ともすごいね。毎日こんなことしてたんだ」

 

 どこか遠い物事のように、感嘆の意で言うノドカ。

 ツカサとイオが件の大会の決勝戦の面子だと知ってだろうか、彼女はどこか差を感じている風でもあった。

 

「……ノドカも慣れたもんだろう。本当は今日付いて行こうと思ったんだけど、何度もワームと闘ってるなら心配ないかと思ってね。それになんか、大丈夫そうな気がしたから」

 

 ワーム──実体化した低級ワームモンスターが人型を為す結集体は、街の影に出没しては、機械のごとく決闘を行い人を襲う。機械のごとく、つまりは用意されたプログラムでしか活動できないように、戦術は限られており前もって流れを知っていれば撃破は容易い。

 元々モンスター除去という相手に合わせて戦うデッキを用いるツカサだ、手の内の割れた相手に負ける事などまずないだろう。

 

「勝ち方がわかってても、運の絡む決闘で確実に勝てるっていうのもすごいと思うんだけど」

 

 そうノドカは苦笑いと共に緑色の髪を揺らす。

 

「そうでもない。必要なカードはデッキに沢山入ってるからどうにでもなる」

 

 ツカサは今や日常からワームを相手取る者。すでに得た情報に経験と感覚、そして持ち前のセンスによる予測でワームのプレイングから手札の内容を読む事ができる。

 ノドカもまたワームとは幾重に決闘を行っているのだが、彼女にはツカサが語るほどにはワームを看破できはしない。

 

 それはツカサが異常なのか、彼女が普通なのか。

 

 無事活動を行った訳だが、未だツカサには迷いがある。いくら事を語ったとはいえ、この活動にまで彼女を巻き込む必要はない。

 もはや当たり前のようにワームを撃破するツカサとイオ、そしてノドカであるが、実際の所、危険な行為である。

 彼はノドカが気がかりであった。

 

 

 この巡回だけでもワームには確実に遭遇する。1日に数体撃破し、被害が止まっていたことから満足していたツカサとイオだったが、先日ツカサの出会った少女、ノドカの例もある。被害に至らないだけで実際ワームの襲撃は止まっていなかったのだ。

 

 依然ワームの全体数は予想できない。

 

 そしてこれも依然として、ツカサは考えるのだ。

 

 予想できない──予想もできないほどの夥しい数のワームが街に潜伏しているのではないかと。

 

「どんな奴かも全くわからないワーム、アレと確実に敵対し、戦うんだ。未知の相手と、際限もわからないまま。……できるか?」

 

 ツカサは問う。正面から向き合い、ノドカへと。

 

「これは──思っているよりもずっと大きな事件だ」

 

 それはいつか友人にも告げた言葉と同じものだ。そして返事もまた──。

 

 彼女は真剣な表情で頷く。

 

「あんなのがたくさん街にいて、人を襲ってるなんて、放っておいちゃだめだよ。ツカサくんたちが闘うなら私も力になりたい」

 

 それはイオのように好奇心が強いものではなく、ツカサ寄りの危機感からくるものだ。どこか親近感を覚える。

 身近な者は憧れや夢としてこの事件を捉えている節がある。ツカサとはややベクトルの違ったものが多く、危機意識を持つ自分がおかしいのかとさえ思えたものだが、こうして同じ感覚の者がいるというのは安堵を覚えるものだ。

 

 同じ返答に同じ意志だが、いくらかの差異がある。

 

   *

 

 ワーム捜索を終えた彼らが訪れたのは例の研究所。この事件の鍵を握るであろう『デュエルターミナル』、その世界を産み出したという機械の中枢、筐体があるその場所だ。

 

 とはいえ、現状筐体にはデータは残っておらず、ただ見かけだけのガワが残っているだけである。

 かつて制作に携わった研究員が全力で復旧にあたっているらしいが、直すものがないというのだから成果は皆無である。

 

「よく来たね。あれから変わりはないかい?」

 

 隙の無い鋭い目線を向け、問い掛けるはデュエルターミナルを研究する者。ツカサたちにワーム捜索を依頼した張本人である。

 

「残念ながら。ワームについての進展は全くありませんね」

 

「そうか。君からワーム使いがワームそのものである、なんて聞いたときには、ターミナル現象も現実味を帯びてこれからどんどん加速していくものだとばかり思ったんだけどね」

 

 研究員、彼にワーム使いの正体を告げたあの日、彼は子供の様に目を輝かせ、そしてどこか狂気を以て口を綻ばせた。

 1つの仮想世界を造り上げた筐体、デュエルターミナルは彼の悲願であり、夢であり、憧れである。

 期待の分だけ落胆は大きく、彼はやや無気力に溜め息を吐く。

 

「せめて私に何か出来ることさえあれば、なんでもするんだがな。あいにく筐体のデータはなんにも残っちゃいない。正直お手上げだ……。

 そうそう、今日は伝えたいことがあると言っていたな。なんだろうか」

 

 研究員は顔を上げ、そしてツカサとイオの他にもう1人後ろにいる事に気付く。

 

「──彼女は?」

 

「彼女はノドカ。使用デッキは──

 

 ──『ガスタ』です」

 

 一瞬だけ、彼は停止し。そして理解したように目を見開いた。

 

「『ガスタ』! 本当か、君は『ガスタ』カテゴリーのデッキを使うのか!?」

 

「え、えっと……はい」

 

 やや食い気味の研究員に戸惑うノドカ。

 

「おっと失礼。私はこの研究所でデュエルターミナルという仮想世界について研究しているシンという者だ。デュエルターミナルについては2人から聞いているのか?」

 

「ええ、少し……」

 

「そうか。このことは口外しないという話だったが、まあいい」

 

 無言で顔逸らすツカサ。そしてイオは「あのおっさんシンっていうのか……」と研究者の名前を知らなかった事実をぼやく。

 

「ターミナル化は?」

 

「起こりました。一度彼女と僕とワームでタッグデュエルを行いましたが、そのときには大会のときを越える実体化が起こりました」

 

「そう言えば……数日前に外が騒がしかったな。まさかそれか」

 

 普段から研究室に籠もったままの白衣の男。自分の興味のみで生きており、彼は今やデュエルターミナルの事以外には関心がない。そのため彼は先日、ツカサとノドカが出会った日に起こった実体化に気付かずにいたのだ。

 実際近隣ではちょっとした騒ぎにもなっていたのだが、研究所で機械を見つめる彼の知ったことではない。

 彼こそ自宅警備員である。

 

「ははは。『ガスタ』! 鳥獣達と手を組み空を駆ける一族! 面白い、面白いよ。ワームにナチュル、ジェムナイトときてガスタか」

 

 私の仮説は間違っていない。

 研究員──シンは口角を釣り上げる。

 

「デュエルターミナルの導きは確かに存在する。ここまでくれば確信したと言っていい」

 

 かつて存在した架空の世界は一度滅んだが、今度はこの現実世界で再現されるのだと。機械の世界は力を持ち、この世界に干渉し顕現するのだと。

 

 彼は半ば病的なまでの執着で言う。

 

 機械の中に生まれた1つの世界。己の意志で生まれ己の意志で滅んだ1つの遠い世界を、彼は心から望み、求める。

 そのためでは比喩でなく、なんでもするだろう。

 

「さあノドカさんと言ったかな、もう少し詳しい話をしよう。着いてくるといい」

 

 そしてツカサもろとも筐体のある部屋へと連れていかれ、彼の語りに付き合わされるのだった。

 

   *

 

 話が全て終わったのは夕刻。

 辺りが茜色に染まるまではもう少し時間がある。

 

「す、すごい人だね。機械のために色んな事をして、私にまで依頼するなんて」

 

 研究員ことシンはノドカにも是非手伝って欲しいと願った。

 デュエルターミナルを求める彼にとって、関係する可能性を手放すなんて選択肢はなかった。

 ねじ曲がったような真っ直ぐな意志を以て彼は真摯にも願うのだ。

 

 元々ツカサたちの協力をしようとしていたノドカに断る理由はなく、戸惑いつつも承諾した。

 

「すげー人だよ、マジで。俺もデュエルターミナルとか機械の世界とか、モンスターの実体化とか聞いてすげーわくわくするけど、あの人は俺よりももっと深くわくわくしてて、人生丸ごと賭けてる感じするぜ」

 

 ちょっと引き気味のツカサとノドカに対し、イオはどこか羨望の眼差しを送っていた。

 同じく好奇心で動く者、通じるところがあるのだろうか。

 伝説に伝承、デュエルモンスターズ絡みの超常現象を夢見ていたイオ。機械の中の仮想世界が実体化するなんて現象は彼が望んだものそのものである。

 

「早く新しい情報を見つけて報告しないとな」

 

 理由はどうあれ、意欲的なのは良いことだ。

 

 ツカサにとっても、ワームは早く駆除したいところだ。

 

「でもあんまり無茶するなよ?」

 

「わかってるって。今日はもうワームは探さねーよ。そうだ、ノドカ! 時間があるならこれから決闘しようぜ!」

 

 超常にあこがれていてもその根幹は決闘。好奇心の矛先はノドカへ向けられる。

 

「私はちょっと。……ごめんね、色々あって疲れちゃった」

 

「うーん。まあ仕方ないか。じゃあツカサ、1戦()ろうぜ!」

 

「僕か……まあいいよ。調整もしたかったし丁度いい。それに……久々だしね」

 

 ──強い奴とやるのは。

 

 そうしてツカサは笑う。

 

 決闘が好きなのはツカサも同じだ。好きだから本気であり、プロを目指している。それに、ワーム関係で疎かになっていた鍛錬を取り戻す機会だ。

 

 とはいえツカサとイオではモンスターが実体化してしまう。

 2人が決闘を行うには広い場所と人の目が少ない必要があり、彼らが気軽に決闘できない原因でもある。

 モンスターが実体化するターミナル化現象。それはデュエルターミナルに関わるカテゴリー同士の共鳴により起こる現象である。

 

 

 場所を変え、2人向き合う。

 実力者同士の決闘に興味があるようで、ノドカが傍観の位置につく。

 

「よしやろうか。(デュエ)──」

 

 ツカサがデュエルディスクを構えたそのとき、視界の端、建物間の細い路地に何か──異物が過ぎ去る。

 

 それは明らかに人外のもの。この世ならざる異物。

 蟲の手足のような、異色のソレは。

 

 ツカサが普段から相手取り、目にしているモンスター、ワームであった。

 

「まてイオ、ワームだ」

 

「何!? ワームだって!? せっかくの決闘を邪魔しやがって。行こう、ツカサ」

 

 言い終わるより早く2人は駆け出す。

 普段からワーム敵視している2人は、ワームに関して敏感であり余程の事でない限り優先して迅速に排除すべきものだと認識している。

 

「えっ、ちょっと待ってよ!」

 

 遅れてノドカは男子陣を追う。

 

 路地裏、感覚を頼りにワームを追う。

 追いかけるのが遅かったのこともあり、ワームとの距離は大分開いてしまっているようで、ツカサが見えるワームはどれも曲がり角から覗く体躯の端々であった。

 かろうじて追えているだけの状態、ツカサは見逃すまいと駆ける。ワームは1体でも多く倒しておくべきなのだ。

 

 

 その最中、ツカサの中でふと疑問が過ぎる。

 何か、些細な、違和感。

 ツカサの日常にもはや当たり前になってしまったワーム。だからこそ見落としてしまいそうなことに。

 

 ツカサが視界の端に捉えたのは、建物と建物の間、路地裏へと消える寸前のワーム。

 緑がかった白い、歪な腕。そして、5本に満たない指。ワームの体躯の一部分である。

 

 それだけでワームと判断できたのは、普段からワームと闘うが故だろう。だが、そう判断できた事が異例──異常でもあることに。

 

 街に出没するワームという正体不明のモンスターは、人気の薄い暗がりに現れては決闘で人を襲う。被害者や極少数の目撃者がその異形の正体を知らないのは、決闘後に何らかの記憶障害が生じているか、その身にまとったローブで姿が見えないためだ。

 

 ──そう、ワームはローブを被っている。

 

 ワームを見慣れているツカサだからこそ、ワームの姿を認識するなり敵とし、追いかけた。だが、そのワームの姿が見えた事自体がおかしいのだ。

 

 ワームはローブで全身を隠しており、体外的に剥がされるまでその身を晒すことがないのだ。

 

 そして、もう1つ。

 ツカサの見たワームの一部分に合致するワームがいないのである。

 

 正確には、合致する低級ワームが。

 

 ワームの人型は下級ワームの集合体。下級及び最下級のワームが無理矢理人の形を為す歪な塊。

 その下級ワームの中にツカサの見たワームの一部は存在し得なかったのである。

 

 ツカサの頭の中に先ほど見たワームの一部分と全ワームの姿が浮かびあがる。

 

 特徴が当てはまったのは──

 

(ワーム・ノーブル……?)

 

 それはワームの中級モンスター。星は6、この街に出るワームも使用するモンスター。

 ワームとの決闘を知る彼らにとってもはや珍しいモンスターではない。

 

 ツカサが重要視するのはそのステータス、星の数、6。

 

 今まで出たワームはどれも下級最下級の形状に大きさも人型に満たないモンスターだった。だが今ツカサが見たものは、人の大きさであった。

 

 ワームというカテゴリー、モンスターは、下級、最下級のワーム同士で互いに取り込み、喰らい合い、その形態をより上へと変化させていく。意志すら薄い最下級から、そしてある程度の個の意志と力を備えた下級。

 それらが集まって出来ていた、為していたのが今までツカサたちが相手取っていたワームだ。

 

 そしてツカサが目にした、いわゆる上級のワーム。これが意味するのは──。

 

 

 1つ重大な考えに至ろうというときだった。

 

 角を曲がったツカサの目の前に、2人の男女が道を塞ぐように立っていた。

 

 1人は帽子を被ったどこか軟派な印象の少年。対して硬派な印象の、白い長髪の少女。

 

 

「罠使いのツカサに──ジェムナイト使いのイオだな。ちょっと俺たちと……決闘してくれないか?」

 

 

 帽子の少年はツカサへ、そして遅れてやってきた後ろのイオへ、軽い調子で言う。

 

 突然の決闘の誘い。ツカサにとってもワームの除去は最優先であるので、当然ながらそんな暇はないのだが──ワームを追う以外に頭を使っていたせいか、つい足を止めてしまった。

 

「そんな時間は……ちっ」

 

 ワームとの距離は離れており、辛うじて追えていた状態。これで確実にワームを見失ってしまったことになる。ツカサは苛立ちと共に舌を打つ。

 

「なんだこいつら」

 

 イオもまた思いがけない妨害に声を漏らす。

 

 

「──いいよ、やろうか」

 

 

 ツカサはそれを承諾する。

 

「ツカサ!?」

 

 それに驚きを見せたのはイオ。

 

「いいのか? 今は……」

 

「いいよ。どうせ見失った。……それに」

 

 ツカサにも思うところがあった。

 

 そもそも、普段ワームが逃げるような挙動を見せる事はなかった。偶然かもしれないが、それでも今回は異例の部分が多い。

 それを追って、その先に立ちふさがった決闘者。彼らが何か、関わりがあるように思えて仕方がなかった。

 

 帽子の少年は妖しく嗤い、白い長髪の少女は目を細める。

 

 斜陽が辺りを朱色く変える中、彼らはデュエルディスクを構えた。

 

 




「おい、決闘しろよ」キャンセラーが多い。

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