distant day/dream 作:ナチュルの苗木
──ワームそのものでした。
言い放ったツカサに対し、研究員は問う。
「それは、どういう意味だい?」
「そのままの意味です」
続けて語られた少年の談に、研究員は納得したように頷いた。
*
翌日。
ツカサが大会で優勝し、ワーム使いの決闘者を倒すように頼まれた、その翌日。
「よっしゃあ! ワーム使いを探すぞぉ!」
一度ワーム使いと戦ったということもあり、ツカサはイオと2人で街をパトロールすることになっていた。
やたらとテンションの高いイオ。
昨日も聞いたように、この非日常的な行為が彼を高ぶらせているのだろう。
「元気だな、イオは」
「当たり前だろ!? 俺はワクワクしてしょうがない。早くパトロールだ、ほら、街の平和を守るんだよ!」
ツカサは呆れたように笑う。
色々な事があった昨日、そこからの今日だ。大会の疲労や、突然の事態への気持ちの整理、それらの問題は彼にはどうやらないようだった。
(そういえばそういう奴だったっけ)
当日の時点で疲労の欠片も感じさせずにいたイオだ。
今日に疲労は勿論、緊張も不安もなく万全でいるのも納得はできる。
肉体的にも精神的にも優れた少年なのだ。
「ところで、ワームってどこにいたんだ?」
いつ、どこで、どんなときに。イオに詳細聞かれ、ツカサはその日を思い出す。
「そうだな……カードショップの帰り道だから、夕暮れ時。場所は比較的人通りが少ない路地だ。周りに人はいなかったな」
この襲撃事件の被害はどれも、ツカサの体験と同じような条件で起こっていた。
1人で人通りの少ないところを通りかかった際に襲撃に遭い、そのまま軽傷と軽い記憶の欠損の状態で意識を失って発見されているのだ。
時間に関してはバラつきがあるか。
「じゃあとりあえずその場所に行ってみようぜ!」
イオの希望でツカサは案内する。
そこは特筆すべき事もない普通の路地。民家や空き家に囲まれた路地だ。
「普通だな」
「普通だよ」
どこか失望感を漂わせるイオに、半眼で返すツカサ。
「強いて言えば薄暗い程度か……」
「本当に強いて言えばってレベルだけどな」
ほんの少し薄暗い程度の路地。日が暮れればここも街灯以外の灯りがほとんどない程にはなるが、それは別にここに限った話ではない。
この街の中心部は比較的発展が進んでおり、駅を始めとしてショッピングモールや商店街、学園や昨日の大会の会場や、ビルもいくらか建ち並ぶ、夜も明るい準都会だが、ツカサの家のある辺りに少し外れるとなんの変哲もない住宅街である。
街中でさえ暗がりはできるというのに、わざわざこの住宅街の暗がりに限定する事はないだろう。
むしろ事件は街中の方が多い傾向にある。
*
「ジェムナイトを使ってた理由か……」
ううむ、とイオは呻きながら難しい顔をする。
「なんとなく、だな。特に理由とかこだわりがあった訳じゃない。何かこう……惹かれて、使ってみて。気づいたらジェムナイトたちが相棒になってた。理由は無いな。ツカサもそうだろ?」
ジェムナイトを使う理由。それを聞いたツカサに、イオはそう返した。
「そうだな……。ああ。僕も気づけばナチュルを使ってたし、蟲惑魔も何かに惹かれて使い始めたな」
ツカサは頷く。
それはある種の運命のごとく。あらかじめ決められていたかのように隣にいたものだ。
「そう言えば、『カードが人を選んだ』、そういう言葉もあったね」
ふと思い出した言葉を口にする。
それはカードとの出会いに対してよく使われる言葉。どんなカードと出会うにも、どんなカードを使うにも、そこには必ず意味がある、というものだ。
「初めて聞いたときには疑ったものだけれど、今ならわかる気がするよ」
カードに対する想いを実感した今ならわかる。カードに対する想いを実感させられた、あの少女との決闘を経た今ならわかる。カードに想いを込めた、今だからこそ、わかる。
「ナチュルを手にしたのも──」
──運命だったに違いない。
「それに、大会での事もあるしな!」
どこか悟ったようにするツカサにイオが言う。
「俺がジェムナイトでツカサがナチュル。それだって、運命に導かれたものかもしれないぜ」
デュエルターミナルが現実世界と交わり始めたと語った研究員。
ナチュルとジェムナイト。
ツカサとイオ。
端末世界での事柄が、現実で似たような形で顕れたと言うのなら。それもまた、導かれたと言えるのではないか。
「そうかも、しれないな……」
ツカサはデッキを見やる。
納得しながらも、彼の中には謎が浮き沈みしていた。
──これが
そんな雑談も交えつつ、数十分ほど街中をパトロールと称して歩くのだが、
「うーん、何もないな」
イオは伸びをしながら言った。
この平和ボケしたような街には何も異常は無いのである。
「本当に事件なんて起こってるのかよ」
「疑うの早くないか?」
ほんの数十分で飽きたようなイオ。
事件の存在を疑い始める。
「実際に被害は出てるんだ。イオもテレビで見てるだろ? 病院に被害者が運ばれている」
「そうだけど、さ。それってどの位の頻度で起こってるんだっけ?」
「んー……テレビで発表されてるのかは知らないけど、1日あたり数人……多くても2、3人くらいじゃないか?」
「少ないな」
「これでも多いわ」
事件の被害者がこれより多かったらここまで平常運転ではいられないだろう。
1日に10人単位で襲われでもすればこの街からの避難令でも出るのかもしれない。
思えば、原因不明の被害者が出ているというのに平常運転なのもいささか警戒不足とも言えよう。
「あ! そうだよ!」
駅の中、数々のテナントの間を回っていた時。突然イオが声を上げた。
「事件の被害者ってみんな一人でいるときに襲われてるんだよな?」
確認するイオにツカサは頷いてみせる。
「という事は、2人で回ってたら出てこないんじゃねえの!?」
ここで明かされる衝撃の事実、と言わんばかりに騒ぐイオ。
少年は天然でやっているのか、わざとやっているのか判断が難しい。……おそらくは前者であるが。
「そうだな。一応被害者は皆一人でいたっていうのが推測だ」
被害者は皆1人で倒れているところを発見されてはいるが、そうだと決まったわけではない。
一応『事件』として客観的に見れば、これは被害者が1人でいたとは断言出来ないのだ。
可能性としては集団でいるところを襲い、気を失わせた後にバラバラに解放した場合だってある。
事件の渦中の記憶が無く、誰も過程を知らないというのは厄介だ。
それだけで可能性は大きく広がってしまう。
それに研究員の話では、異例として、襲撃者の決闘を見たという者もいる。
結局、ツカサたちは事件を何も知らないというのを痛感するだけだった。
それを説明しするとイオは難しい顔で腕を組んだ。
「なんだそれ。それじゃあ俺ら何も知らずに動き回ってるだけじゃねーか」
「そうだよ」
元々未知が多いのが前提の行動だ。未知だからこそパトロールという最低限の防衛策を任せられているのだ。
「……まあわかってたけどさ、でもいくらなんでも味気なさすぎないか? それじゃあワーム使いと戦うことすらないかもしれないじゃねーか」
俺のワクワクはどこに行った。そう落ち込むイオ。
「ワーム使いと、戦いたいか?」
「ああ。それがしたくてこうわくわくしてたのによぉ……」
ツカサの問いに、イオは答えた。
それからツカサは目を細め、
「なら少し付き合ってくれ。考えがある」
*
そこは細い路地。街の中の人通りが少ないスポット。
以前ここでも事件の被害は出ていた。
「ここか……?」
「ああ。人も来ないし、とりあえず。……絶対じゃないが、こういう状況が奴らの狙い目だと思う」
人目がなく、薄暗い。特筆するところは特にない路地だ。
「ここでイオが1人で待機。僕が物影に隠れる」
おお。ツカサの提案にイオが感嘆するように言う。
「単純だけど上手くいきそうな気がする」
イオ自身も単純に思えるツカサだった。
そして数時間が経った。
「来ないな……」
イオは1人、薄暗い路地に立ち尽くした。
日も傾き、路地には朱色の斜陽が差していた。
「おいツカサ、流石にもう来ないんじゃ……」
そんなイオを物影でツカサは見ている。
「おーい、ツカサぁ? 俺もう疲れたんだけど」
数時間立ったままのイオだった。特に何をしていた訳でもないが、それは退屈なもので精神的にも疲労が生じるだろう。
「ツカサー聞いてるー?」
ツカサにも思うところがあった。
予感というか、疑念というか──
ツカサといえ理由なしにイオを立ち呆けにさせたわけでもない。
直感的な何かが、訴えるように。微かに。
警戒心を、訴える。
そして──
「ツーカーサー……!?」
そしてそれは、現れた。
それはローブを目深に被った人影。男性と見られる体型に、そして纏う雰囲気、放つ圧力。
間違く、ワームを使う件の決闘者だ。
薄暗い周囲に紛れその風貌ははっきりと見えない。
だが確かに、以前ツカサが出会ったものと
「来たか……」
ツカサは物影から出る。そしてイオとの間に入り込むとデュエルディスクを構える。
相手は動じる素振りもなく、無言のままデュエルディスクを構えた。
「待てよ!」
そこでツカサの前に出たのはイオ。
「何自然に始めようとしてんだよ!?」
不満を表すイオ。
ここまで囮のような形で立ち呆けていた彼だ。その不満ももっともなところ。
「ツカサは1回戦ってるんだろ、ここは俺にやらせてくれ」
「……だけどイオ、これは遊びじゃ──」
言いかけて、ツカサはイオの顔を見て驚く。
そこには既にふざけたような要素はなく、緊迫した顔があった。
「俺だって決闘者だ。相手がただ者じゃないって事くらいわかる」
普段どこか天然で抜けたようなイオ。ややコメディチックな柔らかな雰囲気の少年。
だが今の彼は一転して真面目な表情。その空気に相応しい、重々しいものに変わっていた。どうやら彼もワーム使いの放つプレッシャーを感じとっているらしい。
イオの頬を汗が伝う。
「わかった。任せた」
「おう」
ツカサは友に託して身を引く。
「じゃあ始めようぜ。一度敗れても改心しねェ、お前の根性を叩き直してやる」
決闘が、始まった。
イオ LP4000 手札×5
場 無し
無し
??? LP4000 手札×5
場 無し
無し
「俺の先行! 俺はジェムレシスを召喚、効果でジェムナイト・エメラルを手札に。
魔法カード、ジェムナイト・フュージョン! フィールドの手札のジェムレシスとジェムナイト・エメラルを融合!
ダイヤに次ぎし白き拳。圧倒的破壊力で敵を打ち砕け! 融合召喚! ジェムナイト・ジルコニア!」
《ジェムナイト・ジルコニア》
融合モンスター
星8/地属性/岩石族/攻2900/守2500
「ジェムナイト」モンスター+岩石族モンスター
現れる巨大な甲冑。攻撃力2900の最上級モンスターが初ターンから呼び出される。
虚空から召喚された体躯は地面に着地すると、その頼もしい質量を主張するように振動を伝え、砂埃を上げる。
(やはり……)
その様を見たツカサは目を細めた。
「カードを1枚伏せてターンエンド。さあお前のターンだ!」
好調な滑り出しに余裕の表情のイオだが、すぐにそれは崩れる事となる。
決闘自体とは関係ない、別の要素によって。
『──私のターン、ドロー』
それは、機械的で、無機質で。感情が全く感じられない声。
──頭の中に流れ込む、脳に直接語りかけてくるかのような声。
「!? なんだ、これっ……」
突然の異常な要素にイオは目を見開く。
無理もない、普通に生活を送っていて、視覚と聴覚意外で言語を認識することなどほとんだどないのだから。ましてや脳へ直接流し込まれるなどなかなか体験できることではない。
『モンスターを1枚セット。カードを2枚伏せてターンエンド』
事務的口調で消極的に済まされるターン。
前回ツカサが戦った時と同じだった。
「イオ、これは普通の決闘じゃない」
困惑するイオを見かねたツカサは口を開いた。
「今のは何? あいつ、何をしたんだ……?」
「奴はテレパシーのように脳に直接語りかける事ができる。サイコデュエリストのそれに近い。そして──」
決闘者の特殊性。それも重要だが、ツカサが一番指摘したいのはそこではなかった。
「ジルコニアを見ろ。何かおかしくないか?」
ツカサはジェムナイト・ジルコニアを見る。
その巨体は目の前の敵を殲滅せんと意気を発し、確かな闘争本能を現にしている。
「おかしいって……別に、いつにも増して頼もしいような……いや、これは!」
ここでイオも気づく。
「──実体化してる!?」
それはツカサとイオの決闘で起こった現象だった。
モンスターがソリッドビジョンの再現し得る域を超えた動きを見せ、圧倒的存在感を放つ。
「ああ。昨日の研究者の話。あれが本当なら、デュエルターミナルに関係するジェムナイトとワーム、その2種が交戦する際、当然モンスターは実体化する!」
イオは言いようのない禍々しさを放つ決闘者を睨みつけた。
相手は不気味にも、何も反応を返してこない。
「ツカサ、どうすればいい?」
イオは未知に不安を抱き、ツカサに助言を求めた。
「奴との決闘はモンスターが実体化して、言葉が直接送り込まれてくるだけだ。それ以外は普通の決闘、いつも通りにやればいい」
「了解……!」
ツカサの言葉に頷くイオ。
「俺のターン、ドロー。俺は墓地のジェムナイト・フュージョンの効果でジェムナイト・エメラルを除外してジェムナイト・フュージョンを手札へ。
召喚僧サモンプリーストを召喚。召喚僧サモンプリーストの効果で守備表示に。そして手札のジェムナイト・フュージョンを墓地へ送って、デッキからジェムナイト・ルマリンを召喚」
《ジェムナイト・フュージョン》
通常魔法
(1):自分の手札・フィールドから、
「ジェムナイト」融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。
(2):このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地の「ジェムナイト」モンスター1体を除外して発動できる。
墓地のこのカードを手札に加える。
《召喚僧サモンプリースト》
効果モンスター
星4/闇属性/魔法使い族/攻 800/守1600
(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。
このカードを守備表示にする。
(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
このカードはリリースできない。
(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。
デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。
《ジェムナイト・ルマリン》
通常モンスター
星4/地属性/雷族/攻1600/守1800
イエロートルマリンの力で不思議なエナジーを創りだし、
戦力に変えて闘うぞ。
彼の刺激的な生き方に共感するジェムは多い。
「レベル4 召喚僧サモンプリーストと、レベル4 ジェムナイト・ルマリンでオーバーレイ!」
☆4 + ☆4 = ★4
「白き宝玉、その拳で脅威を打ち砕け! エクシーズ召喚、ジェムナイト・パール!」
《ジェムナイト・パール》
エクシーズモンスター
ランク4/地属性/岩石族/攻2600/守1900
レベル4モンスター×2
白玉の戦士は勇ましく拳を固めた。
「バトル!セットモンスターに攻撃!」
勢いよく攻撃宣言するイオだが、ジェムナイト・パールが動きだす前に2枚のカードが表になった。
『罠発動、W星雲隕石、和睦の使者』
《W星雲隕石》
通常罠
フィールド上に裏側表示で存在するモンスターを全て表側守備表示にする。
このターンのエンドフェイズ時に自分フィールド上に表側表示で存在する
爬虫類族・光属性のモンスターを全て裏側守備表示にし、
その枚数分だけ自分はデッキからカードをドローする。
その後、自分のデッキからレベル7以上の
爬虫類族・光属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
《和睦の使者》
通常罠
このターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になり、
自分のモンスターは戦闘では破壊されない。
W星雲隕石の効果でモンスターが表側守備表示になり、そのリバース効果を発動させる。
『ワーム・カルタロスのリバース効果発動。デッキよりワーム・ゼクスを手札に加える』
表になったワーム・カルタロス。数値的には戦闘破壊できるものだが、和睦の使者の効果で破壊はできない。
「……ターンエンド」
渋々、といった体でイオはターンを終了。
そしてW星雲隕石の恐るべき効果が発動する。
『ターンエンド時、W星雲隕石の効果発動』
ワーム・カルタロスは裏側表示に戻り、ワーム使いは1枚ドロー。そしてデッキから最上級モンスターを召喚できる権利を得る。
『私はデッキからワーム・キングを召喚』
《ワーム・キング》
効果モンスター
星8/光属性/爬虫類族/攻2700/守1100
このカードは「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を
リリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚できる。
また、自分フィールド上の「ワーム」と名のついた
爬虫類族モンスター1体をリリースする事で、
相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
ほぼノーコストで召喚されたのは、その名の通りワームの王、ワーム・キング。
ワーム・クイーンと対になるワームの最上級モンスター。
黄色い身体に4本の腕、下腹部には大きな口がついており、それを支える野太い足。
異形なカテゴリーであるワームを代表する最上級モンスターだ。
『私のターン、ドロー私はワーム・カルタロスを反転召喚。リバース効果でデッキからワーム・ルクイエを手札に加える』
相手のターン。再度セットされたワーム・カルタロスの効果が発動され、そして、次に行われるのは。
『ワーム・キングの効果発動。ワーム・カルタロスをリリース。ジェムナイト・ジルコニアを破壊』
2700という攻撃力以上に驚異的なワーム・キングの効果。
モンスター1体というコストは決して軽いものではないが、相手フィールドのカード1枚を破壊というのは単純に強力だ。
「ジルコニア!」
異形種の王を冠するモンスターは、その大口を開けると甲冑の戦士を飲み込んでしまった。
同じ体格のモンスターをも喰らい、狂気に叫ぶワームの王。
2900。ジェムナイト・ジルコニアは、ワーム・キングを上回る攻撃力だ。だがどうだろう。ワーム・キングの効果の前にこうも易々と破壊されてしまった。
このゲームはたった1枚のカードの効果で、戦闘力の差さえひっくり返してしまうのだ。
イオの顔に苦悶の色が差す。
『バトルフェイズ。ワーム・キングでジェムナイト・パールを攻撃』
黄色は白を飲み込んだ。無数の歯を気色悪く動かすその口で、白玉の戦士を頭から、徐々に、咀嚼していく。
イオ LP 4000 → 3900
数値で言えば僅か100のダメージ。
だがどうだろう。がら空きのイオのフィールド。
ダイヤに継ぐ攻撃力の猛者と、場合によっては奥の手ともなっていたイオのモンスターが1ターンで簡単に破壊されてしまった。信頼を寄せるモンスターが、だ。
精神面のダメージは、どうだろうか。
「……」
『ターンエンド』
無言のイオ。相手はターンを終了。
初めてワームと交えた際、ツカサはワームを『拍子抜け』としたものだが、それはツカサのデッキの相性が良かったからだったのかもしれない。まあ、除去デッキは立ち回り次第で大抵の相手に有利なものだが──除去の少ないビートダウンには辛いところがあるのだろうか。
固まったままのイオの顔を見やる。
そこには永きの相棒を捕食した魔物への恐怖が──なかった。
実体化し、気味悪さとおぞましさを遠慮なく放つワーム。それが信頼を置くモンスターを食い散らすのを目前にして、憶するのも仕方ないとしたツカサだが。
イオは引きつらせた顔の中に、どこか喜色を含んでいた。
どこか、笑っていた。
「すごいな、すごい。ワーム。ただの犯罪者だと思ってたけど、決闘は強い」
それは強者に合い見えた興奮。
彼の憧れた、非日常を彩る脅威。
彼はこの状況を、この決闘を楽しんでいた。
ツカサはそれに驚く。
ツカサは最初、恐怖を覚えたものだ。異形に対し、違和感に対し、状況に対し。
決闘者自身に、モンスターに、畏怖の気を抱いたものだ。
イオを心配していたツカサだが、しかし杞憂だったらしい。
決闘を楽しめる決闘者は、強い。心配はいらないだろう。
「俺のターン、ドロー。俺はジェムナイト・アレキサンドを召喚。そしてその効果でリリース。デッキからジェムナイト・クリスタを召喚」
それはツカサとの決勝戦でも見られたコンボ。レベル4の低級モンスターがレベル7の上級モンスターに姿を変える奇術。
だがしかし攻撃力は1800から2450に上がったのみ。
ワーム・キングの2700には届かないが、イオの表情はここで終わらない事を示していた。
「罠カード、廃石融合を発動!」
《廃石融合》
通常罠
(1):自分の墓地から、「ジェムナイト」融合モンスターカードによって決められた
融合素材モンスターを除外し、
その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズに破壊される。
「俺は墓地のジェムナイト・ジルコニアとジェムナイト・ルマリンで融合
雷纏し水晶石よ、その輝きで敵を消し去れ! 融合召喚! ジェムナイト・プリズムオーラ!」
《ジェムナイト・プリズムオーラ》
融合・効果モンスター
星7/地属性/雷族/攻2450/守1400
「ジェムナイト」モンスター+雷族モンスター
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚できる。
(1):1ターンに1度、手札から「ジェムナイト」カード1枚を墓地へ送り、
フィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。
その表側表示のカードを破壊する。
現れたのは、剣と盾を構える水晶の戦士。
件の決勝戦では最後の舞台を飾った戦士。
攻撃力は2450で、これまたワーム・キングには届かないものだが。
ジェムナイト・ジルコニアを破壊されたのと同じ。このゲームは、攻撃力だけでは決まらない。
以前は無念にも不発だったが──今回は、発揮される。
ジェムナイト・プリズムオーラの強力な効果が。
「俺は墓地のジェムナイト・パールを除外してジェムナイト・フュージョンを手札へ。それをコストにジェムナイト・プリズムオーラの効果を発動! ワーム・キングを破壊!」
騎士から放たれた雷撃は蟲を撃つ。
効果で破壊された、丸飲みにされたジェムナイト・ジルコニアの無念を晴らすように。
仕返しとばかりにジェムナイト・プリズムオーラの効果はワーム・キングを破壊した。
効果による破壊。ワーム・キングとジェムナイト・プリズムオーラは同じことをしたわけだが。コストを見ればジェムナイト・プリズムオーラの方が優れている──使いやすい──と言えるだろう。
ワーム・キングは自分フィールドのモンスターと引き換えに。
ジェムナイト・プリズムオーラは手札の『ジェムナイト』カードと。
場合によっては召喚権すら使いかねない前者だ。どちらが容易かは明らかだ。
それに。
仲間を犠牲にしなければ発動できない効果、そう考えればワームという種の残虐さが知れるだろう。
そう考えれば、ジェムナイトは結束力を持つモンスターに思える。
カードの効果がモンスターを表す。その良い例だった。
「今度こそ、バトルだ!
ジェムナイト・クリスタとジェムナイト・プリズムオーラでダイレクトアタック!」
2人の騎士は、悪を斬る正義の如く。
ローブの決闘者を下すのだった。
??? LP 4000 → 0
*
決闘が終わると同時。
イオはローブの主へと駆け寄った。そして、その腕を掴む。
「よし、これでもう逃がさねえぜ! ツカサの時には上手く逃げおおせたらしいが、これでもうお前は……?」
イオは疑問を抱いた。
腕を掴んだこの、硬く、冷たい感触に。
肌の表面で何かが動いているような、奇妙な動きに。
そしてそのローブのフード部分を捲る。
「何だよ……これ」
そこにあったのは、ワームそのものだった。
『──ワームそのものでした』
それは去り際、研究員に語ったツカサの言葉。
比喩でなく、例えでなく。
文字通りそのままの意味。
その人影は。頭の右半分はワーム・ルクイエの目が。左上をワーム・リンクスの胴が。口元を、ワーム・バルサスの口が。
パズルのように形を為していた。──いや、パズルと言うにはそれは異形すぎる。
あらかじめあった人の型に、無理矢理押し込んだような。
無差別襲撃事件の、その犯人は、人に非ざり。
遊戯王におけるワーム。その低級モンスターが、無数に集まり、圧縮、凝縮され、無理矢理
それもどうやら、個々の習性や感覚はそのままに。その型に留めただけのようで。
今もなお、ワームの一体一体が自由を求め、その身体を動かそうとしていた。
異形。異質にして異常。
常人では到底理解もできないグロテスクなそれが、ローブの下では蠢いていたのだった。
やがてそれは、黒い瘴気となって霧散してしまう。
初めから何もなかったかのように、跡形もなく。
いや、それは夢のように消え去ったわけでなく。そのローブを確かにあった悪夢として残していた。
「──二週間前、僕が戦ったときもそうだった」
恐怖の色を浮かべるイオに、ツカサは語る。
「あの研究員の言ってる事は多分正しい。デュエルターミナルの仮想世界が、現実に影響を及ぼしている。
この世界にはワームモンスターが実体として現れ、人々を襲っていた。実体化、つまりそれは決闘にも表れていて、だから、被害者が軽傷を負っていた」
ツカサは彼を真っ直ぐに見据え言う。
非日常に憧れた少年へ。伝承のような、物語に、いつか自分もと願った少年へ。
「これはイオが思ってるよりもずっと大きな事象だよ」
世界と世界を巻き込んだ、一つの壮大な物語なのだと。ツカサは言う。
──遠く、遠くに、一つの世界があった。
世界は生まれて、争い、そして終わりを迎えた。
──そして今。
この世界において、また、繰り返そうとしていた。