「きゃああああああああああ!!」
「うわぁ!!」
私は思わず、叫び声を上げてしまった。なんだか長い眠りから覚めたようで、起きてみたら目の前に悍ましい化物がいたのだ。
「う、宇宙人!? い、いや、来ないで!!」
その姿はよく漫画やアニメ、SFといった作品に出てくる宇宙人の姿に似ていた。人の体に歪んだ蛸にも似た生き物に酷似した頭部を持っていた。皮膚の色は死体の如き白に紫色がわずかに混ざっており、粘液に覆われているような異様な光沢を持つ。着用しているのは黒一色に銀の装飾が施された、体にぴったりと合った革の光沢を持つ服。そこには幾つものベルトがぶら下がっている。
あまりの醜悪さに吐き気を催してくる。衝撃的すぎて思考が追いつかないが、悪夢なら早く覚めて欲しいと思った。
「……ちょっと落ち着いてくれ。頼むから」
目の前の宇宙人は日本語で落ち着けと言ってきた。ひょっとして会話が通じるのだろうか? それとも言葉の綾というもので、『無駄ナ抵抗ハヨセ』ということだろうか?
「こ、来ないで!! こんな状況でどう落ち着けって言うの!! 私をどこかで人体実験するんですね?」
「い、いや、そんなことはしない!! 混乱する君の気持ちは察するが、君に一切の危害を加えることはない。だから、どうか落ち着いて欲しい」
……そう単純に信じられる訳ではないが、警戒を解かずに一先ずは話をしてみることにした。
「あ、あなたは……宇宙人ですか?」
恐る恐る聞いてみる。そう聞くと目の前の化物はどこか困ったような顔をしつつ答えた。
「……そうだ。私は地球を訪れていた宇宙人だ」
「……私をどうするつもりですか? 攫うんですか?」
そう聞くと目の前の化物はさらに、うんと困ったような顔をしつつ答えた。
「……どうもしない。ただ……君に生きていて欲しいと君の父親に頼まれたのだ」
「父さんが!? それは、どういう――」
私は急に思い出した。
ある寒い日の中、私は父に連れられ、サーカス劇を見ていた。ピエロは大きなボールの上で踊り、他の役者は綱を渡っていた。
劇の途中で大きな地盤沈下が起きた。建屋は大きく揺れ、様々な物が崩れ落ち、倒れた。その時、まだ私たちは運良く無事だった。揺れが収まり、父は私の手をとって、外へ出ようとした。だが、私は側に逃げ遅れた小さな子供がいたことに気付いた。私は父の手を振りほどき、子供の元へと駆けつけた。私が子供の手を取った瞬間、上の方から何か巨大な物が落ちてきて叩きつけられた。
――私が覚えているのはここまでだった。……あの時、私は死んだのだろうか? 恐怖で足が竦む。ならば、今存在している私は一体……
「大丈夫か?」
目の前の宇宙人は見かけによらず、優しい声で問いかけてきた。
「私は……死んだのですか?」
「……そうだ、そして、お前の父は全てを呪った。この理不尽な運命、助けられなかった自分……彼は全てを呪う一方で様々なものに願ったのだ。『娘を返して欲しい』と。当然、答える者などいない、死者は決して蘇らない」
私の父を思い、悲しみのあまりに涙が出る。私の母は、私が生まれた時に亡くなり、父の手一つで育てられた。私が亡くなれば、父は独りだ。一体どのような心境で暮らしていたのだろう。
「だが、彼の時間が経ち苦しい過去の呪縛が薄れつつあった頃、とある人物から一つの信託を受けたのだ。その者は未来を予知する者で、遠くない未来に奇跡が訪れるだろうと言った!! そして君の父は君の魂をこのタブラ・スマラグディナに託して君を蘇らせることに成功したのだ!!」
目の前の宇宙人は、まるで<
衝撃的な話だった。あまりに話が飛躍しすぎていて訳が分からないが、とにかく自分は死から蘇生したらしい。
「あの……父さんに会いたいんですけど……」
目の前の宇宙人は頭を抱え、さらに悩んでいるように見える。……さっきから悩んでいたり、素直に質問に答えてくれていたりと見かけによらず良い宇宙人(?)なのかもしれない。
「……すまない、会わせてあげたいのは山々なのだが、君を助けるために遥か遠い場所に来てしまったために私の力でも、もう二度と会うことはできないのだ」
「えっ? ここ自分のアパートですよね?」
「いや、違うのだ。この空間はかつて君の部屋を模して作られたものだ。ここは……地球からの次元を幾つも超えた、君たち地球人にとって魔法や超能力といったものが存在する非現実的な世界だ」
確かに、よく観察してみると似ているようで違っていた。部屋が真新しく整理されすぎているし、僅かな汚れや傷も見受けられない。私の部屋とは似ているようで別の場所……
「……そんな、会えないなんて……」
「……君の父さんは、君が蘇生したら自由に生きて欲しいと願っていた。だが自由に生きていくにも力が必要だ。私は君を蘇生させる上で様々な力を施した。それを今から説明しよう」
自分の外見は変わっていなかったが、中身は全く変わっていた。生前では考えられない凄まじい身体能力にスキルと言う様々な技術、更には魔法までも使えてしまうと言う。……まるでゲームのような話だった。……もしかして、今後、何かと戦闘することがあるのだろうか?
「あくまで、その力は護身用のためだ。何かを傷つけるための物ではない。君の父親が自由に生きて欲しいと言った以上、私は君の行動を咎めはしないが、君がその力で他者を無闇に傷つけていたのなら、私は悲しいし、きっと君の父親も悲しむだろう」
「急に何もかもが変わりすぎて実感が沸かないけれど……うん、あくまで護身用ですね。分かりました。それと……タブラ・スマラグディナさん、でしたか? 最後に聞きたいのですけどいいですか?」
「何でも聞きたまえ、答えられる範囲で答えよう。それと長い名前なのでタブラでいいし、私に敬語はいらないよ」
「……タブラさん、ここまでしてくれて本当にありがとう。でも、どうしてここまでしてくれるの?」
「君の父親には多大な恩があってね、彼が存在していなければ今の私は存在していなかった。今回の件でその恩に報いた。……それだけだ、だから私に感謝する必要はないよ。……そういえば、君の父親は一度死んでしまった者を蘇生させるのが正しいのかどうか不安がっていたんだが……、君はどうだ? 蘇生して良かったと思えたか?」
「……父さんに会えないのは残念だけど、また生きられるチャンスができたから、とても嬉しいわ!!」
きっと自分の身体能力が遥かに向上したからだろう、目の前の宇宙人が何かに安堵したかのように脱力したのが分かった。
「そうか、そう言ってくれるととても嬉しい。きっと君の父親も喜んでいるだろう。……それとこちらも聞きたいことがあるのだが、私の姿は怖いか?」
何と言えばいいのだろうか、はっきり言って目の前の宇宙人ものすごく気持ち悪いのだが、命の恩人に気持ち悪いとは言いにくい……が、嘘を吐くというのも失礼だ。いっそのことと思い正直に答えてみることにした。
「控え目に言って、怖いというより、気持ち悪い方が圧倒的に勝っているわ……最初見たときは吐き気が……」
そう言うと物凄くショックを受けているような様子を見せた。宇宙人がここまで感情豊かだと思わなかった。
「君もそう言うのか……かっこいいと思うのに……誰一人として理解してくれない……だが、君が言うのなら仕方がないか……」
タブラは残念そうな表情をして、目を瞑ると途端にぐにゃぐにゃと身体が溶け出していった。何が起きているのか分からず身構えるが、途端にタブラの姿は凛々しい魔術師風の知的な男性の姿へと変えた。
「……宇宙人はそうやって人間社会に密かに入り込んでいたのね……」
これはタブラの持つスキル<化身>によるものだった。種族レベルが0になる大幅弱体化のペナルティがあるが、見破られなければ人間と同じ姿を取れる。
「あ、うん、まぁ、そういうことだ。さて、そろそろ仲間たちの元へ行かなければいけない。そこで、お願いがあるのだが、今後はルベドと名乗って欲しいのと地球で暮らしていたことを秘密にして欲しい」
「ルベド……ね、分かったわ、秘密にする」
理由は分からないが、きっとその方が色々と都合がいいからなのだろう。自分にそう言い聞かせて納得した。
「よし、ではこの手を取ってもらえないか? 今から仲間たちの居城に戻る。……安心してくれ、私の仲間たちも人間ではないが皆優しい」
その言葉に安堵してタブラの手をとった。何故だろうか、相手は宇宙人だというのに、とても心が安らぐ気がする。どこか懐かしいような……そんな気さえする。私はこの宇宙人とは初対面のはずだが……
「よし、そのまま手を離さないでくれよ」
タブラの指に嵌めていた黒く燻っていた指輪が小さく輝き出した……が、何かが起きるのかと思ったが……何も起きない。
「……おかしい、指輪が機能しない……」
「……どうしたの?」
「本来ならば、この指輪の力で瞬時に別の場所へと転移するはずなのだが、何も起きないな……指輪の色合いも、まるで効力を失ってしまっているような……ちょっと待ってくれ、仲間にメッセージを送ってみる」
表情から見るにタブラは少しずつ、焦り始めていた。あれこれと試しているがうまくいっていないように感じた。
「指輪の力が機能しない、仲間たちに連絡が届かない。転移門すら開かない。……これは、どういうことだ!? まさか、閉じ込められた?」
「ここアパートだよね? そこの玄関から普通に出ればいいんじゃないの?」
「ここは、私が作成した閉鎖空間であって、外とは繋がりが――」
タブラは部屋を一度ざっと見渡すと、カーテンと窓の隙間から光が零れていることに気がついた。さらに、この空間の外から小さいが話し声も聞こえる。締めたカーテンを開け、窓の外を見ると――
そこはまぎれもなく外だった。昼時だろうか、いくつかの狭い畑と小さな家があった。
「馬鹿な、外だと? ここはナザリックの8階層のはずなのに。ここは農村か? 何故かは分らないが良かった。閉じ込められたわけではなかったのか……」
「タブラさんも今の現状がよく分からないの?」
「あぁ、これは予想外だった。本来であれば、別の場所へと行くはずだったのだが……」
私たちはさらに見渡す。……人がいた。その様子は明らかにこちらを見て驚いていた。
村に突然建屋が現れた。それは整った長方体をしており、見たこともない石のようなもので塗り固められていた。ある一面はガラス張りになっており、内側に布が被さっていて中は見えない。その反対面は青い扉になっていた。
畑を耕していた村人は鋤や鍬を、草を刈っていた村人は鎌を持って恐る恐る近づいた。
近づくと突然、内側の布が開かれた。中には魔術師風の男性と見慣れない格好した少女がいた。彼らはこちらの姿を確認すると、青い扉の方から出てきた。
「皆様方、ご迷惑をおかけしてすみません。私は錬金術師のエメラルド・タブレットと申します。そしてこちらは相方のルベド。この度は、転移実験に失敗してしまい、この場に転移してしまいました」
タブラは村人たちに偽名で挨拶をした。モモンガ曰く、何故か言語は通じるとのことだったが……
「……そ、そうですか」
村人たちは困惑していた様子だった。こちらだって困惑している。他のアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは一体どうなったのか、ナザリックはどうなったのか、なぜこんな場所に現れたのか……全く理解できない。
「お聞きしたいのですが、ここがどこなのか教えて頂けませんか?」
「ここはリ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテルの北にあるカルネ村といいます」
「リ・エスティーゼ王国? すみません、もう少し大まかに教えていただけませんか? 私のできる範囲でお礼をさせて頂きますので……」
「あぁ、構わないが……」
ここでタブラとルベドは様々なことを情報を得た。
まず、ここがカルネ村であるということ。周辺国にリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国があり、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国は毎年、定期的にいがみ合っているということ。使用されている通貨。近くにトブの大森林があり、ダークエルフの集落と森の賢王という魔獣がいるらしいということ。
また、タブラはアインズ・ウール・ゴウン、ナザリック、モモンガという言葉を聞いたことがあるかと聞いていたが村人たちは知らないようだった。
色々と疑問は残るが、暫くはここに住ませて貰うことになった。ドブの大森林、周辺国など気にはなるが、暫くここで様子を見ることにした。
村長たちと話すことがなくなると、転移したルベドのアパートで2人で話しをしていた。
「なんか、すごいことになっちゃったね」
「そうだな……何が何やら……暫くここで過すことにしよう。情報が少なすぎる」
「周辺国は? ちょっと行ってみるのもいいんじゃない?」
「駄目だ。ここら一帯では私のような異形種は人間を脅かす存在のようで、見破られた場合、大騒ぎになる。ここの村人の連中は騙せていても魔術師ギルドとやらに所属している連中は見破る可能性がある」
「森は? 少し見てみたい気があるけど……」
「エルフという人間を嫌う存在、森の賢王とかいう魔獣や巨人がいるらしいから止めておく。私も君もフォレスト・ワーカーやレンジャーと言った職業クラスについている訳ではない。行くとするなら、希に冒険者という森に行く連中が来るまで待機だ」
「そっか……そういえば、タブラさん、何で偽名を使ったの?」
「あぁ、もしかしたら私の敵がいるかも知れないと思ってな。今までの立場上、私の敵は非常に多かった。一応、警戒してのことだ。ただ、タブラ・スマラグディナとエメラルド・タブレットは別名であって同じ物だから別名と言った方が正しいかな」
「……そうなんだ」
「それにしても、ここは素晴らしいな。空気が汚れていなく、木や川といった大自然がこうも生きているとはな」
「うん、私も思った。空気がすごくおいしい。とても落ち着くわ……一回死んでるわけだし、私、実を言うと天国に来ちゃったとか?」
「縁起でもないこと言わないでくれ、君の父親が悲しむ」
「そうね、ごめんなさい」
結局、私は自分を父親として名乗ることはできなかった。少し……いや、正直、とても残念ではあるが、もはや仕方がないだろう。私は既に人間ですらないのだから、きっと私が父親だと明かしてもこの子を悲しませる、若しくは否定するだけだろう。というか、そんなことは全く持って些細なことでしかない。
この子が幸せに生きていてくれさえすれば、それでいい。
様々な物を見て、聞いて沢山のことを学んで欲しい。この子の幸福だけが私の全てだ。他は何もいらない。この子の幸福のためならば私は自分の命すら惜しいとは思わない。そもそも私はこの子とナザリックのために、多額の金を得るために現実世界の多くの人を犠牲にした咎人だ。自ら死のうとは思わないし、黙って殺される気もないが、殺され地獄に落ちようとも文句の言いようがない。私が幸せを享受して生きようとは微塵も思っていない。
ただ……もしこの子を不幸に陥れようとする輩が現れたとしたら……
きっと、私は躊躇することなく、全力で破壊し、永劫の苦悩と絶望を与えることだろう!! それが……例え……いかなる者であったとしても…………!!!!
「あぁ、そういえば……私の仲間の一人がよく自然について語っていたよ、彼の言い分では地球もこの世界のように大変美しいものだったそうだ」
「そうなんだ……ねぇ、タブラさん、私、今じゃなくていい!! いつか、この世界を見て回ってみたい!! きっとこの世界には美しいものがたくさんあるんだと思う!!」
「あぁ、そうだな、私も世界を回ってみたい。ただし、それは周りのことがある程度分かってからだ。多分、それほど問題はないと思うが、予想外のこともあるかもしれん」
二度と事故死などさせるものか!!!!
「うん!! りょーかい!!」
「それと、もう一つ念押ししとくが、間違いなく君の力は村人たちよりも遥かに強い。決して実力を出さないようにすること!! 同じ村人と同程度のステータスを装うんだ。力があると見られれば、次から次へと面倒なことに巻き込まれる」
「勿論、分かってるよ」
「いい子だ。それじゃ、そろそろ村長との約束通り、ここに滞在させて貰ってる代わりに村仕事の手伝いをしようか」
カルネ村の運命の歯車がこの2人の突然の来訪によって大きく変えていくことになるとは、まだ誰も予想だにしていなかった……