水面に映る月   作:金づち水兵

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伊勢に、改二・・・・・だと?
そして、氷祭りとは・・・いかに?


92話 ミッドウェー海戦 その2 ~新月の下~

地球の自転活動により太陽の加護を受けられなくなった、光のない世界。月の慈悲をも途絶える時期には何光年も離れた星たちのみが唯一の抵抗勢力として、闇に立ち向かう。ここには、自然を犠牲にして人工的に光を生み出す人間はいない。

 

そうなれば必然的に天空へ意識をむけてしまうわけだが、突然、水平線上に星が現れた。

 

海面上から規則的に放たれる発光信号。それは何度も何度も送信元の意思を伝えようと光の点滅を繰り返す。光速で指示された彼方には、意思を受け取る相手がいた。無作法に相手を浮かび上がらせた後、星は闇の中に隠居。ひとときの静寂を経て、先に動いたのは、相手だった。闇と同化し一目散に海上を駆けていた相手は顧みる姿勢すら見せず、無視。それどころか、取り巻きとは一線を画す容貌を宿す存在が鬱陶しそうに顎をつき出した瞬間、必死にコンタクトを取ろうとする送信元にクジラのような形をした禍々しい化け物が頭部を向ける。

 

送信元は大きくため息をつくと、再開した発光信号を止め、すばやく海面上から姿を消す。・・・・・と思いきやそのまま殺意を明確にして向かってくる化け物を射貫くと肩に乗っている砲身を向ける。

 

行動対行動。

 

その原則を叩きつける意思が物理的破壊力を伴って、放たれる。静寂に包まれていた海上に木霊する2回の轟音。それは同数の爆音と絶叫を響かせることとなった。

 

貧弱な武装の持ち主にしては大戦果。しかし、コンタクトが失敗した際の対応はこれ以上の戦果を要求していた。明確に忍び寄る死の気配に抗いながら、海中に潜る。

海上と異なり、無音と言えるほど静まり返った水の世界。同時に視界もゼロに等しいが、海中が主戦場の存在にとって、周囲の状況を把握する手段は聴覚だけで十分だった。

 

わずかに液体同士がせめぎ合う柔らかい摩擦に紛れて、分子の調和を乱しに乱す雑音が多数。それに向けて腕に抱えているこれもまた禍々しい物体から複数の魚雷を放つ。

 

魚雷の発射音と海中のあらゆる物から冷静さを奪い去る衝撃波。その波動を縫うように、先ほどの返礼がもたらされた。この世界のあらゆるものとは次元の異なる意思が標的を定めた。海中を静寂から喧騒に変えるオープニングはほぼ同時に奏でられた。体の全組織を締め付ける危機感を尊重し、攻撃を停止。限界深度まで重力に任せて潜っていく。

 

ピコーン・・・・。ピコーン・・・・・。

 

しかし、着水後自走を開始した存在に通常なら有効な対処法たる子供だましは通用しない。時間の経過に比例し、“死”が近づいてくる。

 

ピコーン・・・・。ピコーン・・・・・。

 

それでも、不敵に笑う少女は抗う。ここで果てる気など微塵もないのだから。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「長門さんたち大丈夫やろか・・・・・」

 

長門たちと別れて約30分。現在、みずづきたち連合水雷戦隊(連水戦)と布哇泊地機動部隊との距離は敵の進行速度から換算して約100km。長門たちの会敵はまだ30分近くかかると見られていた。連合水雷戦隊の任務は、夜襲を終えた長門たちが深海棲艦に追尾された場合、深海棲艦を撃退し、長門たちの撤退行動を支援すること。同時にこちらの予測を上回る速度で進行していた場合にいち早く機動部隊の接近を把握する哨戒活動的な目的もあったが、主任務はあくまで前者だ。

 

そのためどれだけ理由を作ろうとも、どれだけ警戒に神経を削ごうとも長門たちが夜襲を決行し、“撤退”の電文が来るまで連合水雷戦隊は暇な状態に陥っていた。敵が攻撃を仕掛けてくるかもしれない恐怖で神経をすり潰すよりはマシであろうが、思考に余力が生まれるため、どうしても不安に意識が深入りしてしまう。厄介にも、今回は不安感を増長する要因が多すぎた。

 

黒潮の呟きは或る意味、当然の帰結だった。

 

「だ、大丈夫だって黒潮。あんたも長門さんたちの化け物火力知ってるでしょ? 思う存分砲弾をばら撒いて、帰ってきてくれるって」

 

比較的に近くにいた陽炎が深夜とは思えない覇気をたたえて、妹を励ます。口調を聞くと陽炎の笑顔が浮かぶが、それは満面の笑みではなく苦笑だった。言葉の端々で震える声が陽炎も黒潮と同様の気持ちを抱えていることを暗示していた。

 

「いくら元海防軍の艦娘といっても、レーダーを使ってなかったら私たちとそう変わらない。ねぇ? みずづき? イー・・・・、なんていったっけ?」

「ESM。電波探知装置」

「う・・・・・・・・。わ、分かってるわよ! その、電波探知装置はまだはるづきのレーダー波を捉えていないんでしょ?」

 

初雪に指摘され、恥ずかしさで頬を膨らませているであろう陽炎が少しでも不安を払拭しようと尋ねてくる。手持ちの情報は彼女たちの不安を低減できる代物だった。

 

「うん。今のところESMで探知したレーダー波はなし。作戦は順調に進んでる」

 

滑舌を意識し、明瞭かつ比較的大きな声量で告げる。ESMは電子戦支援装置や電子戦支援対策装置ともいうのだが、電子戦を支援するために電波を探知・収集する装置なので、わかりやすくそれで通していた。陽炎、黒潮、初雪はおろか会話が聞こえる範囲にいた川内、白雪、深雪も安堵のため息を漏らす。レーダーによって周囲の捜索が行われていなければ、奇襲の確率は反撃による損害のリスクを許容できるほど高まる。逆にレーダーで捜索が行われていれば奇襲は不可能。作戦では万が一はるづきのレーダー波が探知された場合、無線封止を解除して長門たちに撤退を指示することになっていた。

 

「このまま作戦通りに行ってくれるといいんだけどね。それにしてもはるづきや戦艦級の攻撃に耐えられようにって長門さんたちを選抜した理由は分かるんだけど、この私が夜戦を前にして後方で待機なんて・・・・・ああ、もう! 体がうずいてうずいて仕方ないよ!」

『はぁ~~~~』

 

全員の説得でようやく収まった夜戦バカぶりが再発し頭髪をかきむしる川内が出現した瞬間、安堵とは正反対のため息が第三水雷戦隊を覆い尽くす。先ほども多大な体力を消費して「今回は仕方ないですよ」と説得したばかり。陽炎によると大隅の艦内でも幾度となく、夜戦バカの発動を抑え込んだらしい。それでもこれである。正直、第三水雷戦隊には厭戦気分が漂っていたが、「ねぇ? 陽炎もそう思うよね? 今から最大戦速で向かえばおこぼれにあずかれるんじゃない?」と突飛な行動を予感させる言葉を聞いてしまえば、そうはいかない。

 

「川内さん! だから、言いましたよね。今回の作戦は・・・・」

 

白雪を筆頭に駆逐艦たちが強い口調で説得攻勢を開始する。

 

「川内さんも相変わらずだねぇ~~~。まぁ、そっちの方が調子が狂わなくていいけどよ」

「なに一人だけ・・・達観してるの? ・・・・・深雪も来る」

「え・・・。なんで・・・・。・・・・・・マジかよ」

 

後頭部で腕を組み、口笛さえ吹きそうなほど余裕しゃくしゃくだった深雪が真顔の初雪に連行されていく。よくだだをこねる初雪を深雪が持ち前の明るさと強引さで引きずっていく光景を見ていたので、逆のパターンは珍しい。思わず、まじましと見つめてしまった。

 

本当ならみずづきも陽炎たちの輪に加わりたかったが、陽炎が尋ねてきたESM以外から収集された情報が加勢する余裕を完全に奪っていた。みずづきは現在、目ともいうべき重要な捜索機器であるFCS-3A 多機能レーダーを作動させていない。OPS-28航海レーダーも同様だ。この両者が眠りについただけでみずづきの情報収集能力は陽炎たちと遜色ないほど激減するが、それは対水上・対空に限った話。水中はこちらから音波を放つアクティブソナーを使用せずとも、放たれる音から情報を抽出するパッシブソナーがあるため、通常稼働時となんら変わらない収集能力を維持していた。

 

だから、それを捉えることができたのだ。

(爆発音・・・・・?)

数分ほど前、海中に垂らしていた曳航式ソナー、足底に備え付けられている艦首ソナーが共に爆発音らしきものを捉えた。発生源は北東方向。布哇泊地機動部隊が航行している方向、そして長門たち夜戦部隊が向かった方角だ。深度・距離共に遠方過ぎて算出できなかったが、音紋は明らかに人工的な爆発現象の際に見られる反応を示していた。

 

海中は気体の大気と異なり、塩分を含んだ海水で満たされており、しかも複雑で高低差が激しい海底面が接触しているため、音の伝わり方はその時々の水温、塩分濃度、潮流、海底の地形など様々な自然要因によって変化する。これは気温や水蒸気濃度、磁気の揺らぎで電磁波の直進距離が変動する大気中でも言えることだが、海中の場合はさらに変動が激しい。そのため、カタログスペックで明確な探知距離が明示されていても状況によってはそれより近い音も拾えない時もあれば、遥か先の音を拾えることもある。あきづき型特殊護衛艦に搭載されているOQQ-22バウ・ソナーとOQR-3戦術曳航ソナーシステムもその宿命には逆らえなかった。故に何度も辛酸を舐めさせられてきたわけだが、ごくたまに運が巡ってくることもある。

(偶然とは・・・・・思えないな)

ミッドウェー諸島周辺海域で爆発を引き起こせるほどの存在は瑞穂海軍のMI攻撃部隊と深海棲艦の布哇泊地機動部隊しか確認していない。夜戦部隊も布哇泊地機動部隊と同一の方向にいるが、現在の彼我の距離を考慮すると万が一攻撃を受けた場合、深海潜水艦が雷撃した時点でソナーに捉えられる。反応は爆発音のみ。魚雷や爆雷なら発射時や着水・潜航時に雑音が発生する。捉えられなかったということは相当の遠方か、そもそも原因が魚雷や爆雷ではないのか。

 

布哇泊地機動部隊がいると推測されているほどの遠方に。

 

(魚雷攻撃? それとも撃沈された船の水中爆発? にしては一回だけだったし・・・・・)

考えれば考えるほど、疑問が募る。やはり、今回の戦いも順調にはいかないようだ。

 

川内に詰め寄っている陽炎たちを一瞥して、みずづきは眼前の海を、長門たちと布哇泊地機動部隊がいるであろう方向を見つめる。

 

今すぐにでもこの情報を長門や百石に伝えたいが、現在無線封止中。連合水雷戦隊の旗艦は川内であるため、彼女に打ち明け、意見を覗うことも選択肢の1つだが、彼女の周囲には陽炎たちがいる。ここで彼女たちを追い払って内緒話を行えば、こちらへの不信感を植え付けるばかりかようやく沈静化した不安を誘発しかねない。このままだんまりを決め込む気はなかったが、直近の状況はみずづき1人で抱え込めと言っていた。

 

「とりあえず、対潜警戒を厳にするしかないか。はぁ~~」

 

思わずため息をついてしまった。

 

「一体、どうなってるの・・・・・・」

 

早速、ご登場なさった潜水艦の存在と不可解な事象。考察に疲れたみずづきは包帯に覆われた腹部を左手で撫でつつ、頭上で優雅に瞬く星に問いかけた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「一体、どうなっているんだ?」

 

まさか、みずづきも考えてもいないまい。一路、布哇泊地機動部隊の漸減に向かった長門も同じセリフを吐くことになろうとは。だが、それは当然のことだった。

 

なぜなら海上に設置された灯台の如く煌々と輝き、自分たちの位置を懇切丁寧にばらまいている布哇泊地機動部隊が水平線上にいたからだ。月がしばしの休息に勤しんでいる新月の夜だからこそ、炎は暗黒を土台にしてより一層存在感を放っていた。

 

その光景は長門に限らず、夜戦部隊の全員にある可能性を抱かせた。

 

「戦闘・・・・・?」

 

その可能性を鳥海が動揺しながら呟く。闇夜を照らす眼前の光景はこれまで幾度となく見てきた惨事だった。

 

「十中八九そうだろうな、ありゃ。にしても・・・・・・」

「ええ」

 

摩耶が匂わした疑問に榛名が相槌を打つ。それを横目で伺い、ようやく慣らした夜目を侵食していく松明を見ながら、金剛が殺意さえ感じるほど目つきを鋭くする。

 

「何がどうなってるデス・・・・」

 

やはり終着点はここである。既に全艦の射程圏内に入っている水平線上の現実は思考の斜め上を進んでいた。

 

「長門さん? 改めて確認ですけど、私たちが夜間における敵戦力の漸減を任されたんですよね?」

 

前方を進む榛名が視界を遮り、こちらの姿が見えなかったのか。比叡は体を少し横に倒すとそう尋ねてきた。その言葉には声として放出された意図以外の秘められた真意が存在していた。それを看破すると、即答する。

 

「ああ。私たちが囮という話は聞いていないし、現有戦力から考えても我々以外に敵へ殴り込める部隊はいない」

 

陽動作戦。敵が強大である以上、有効な選択肢の1つとなり得る戦術だがそれはいくら貧弱でも作戦実施に耐えうる十分な戦力があった時のみの打開策。今回は相手が相手だけに実施するとしても危険性が大きすぎる。

 

「そうですか・・・・・」

「秘書艦である長門がそう言ってるんデス。間違いないデショウ」

「仮にそういう作戦だったとしても、囮が到着する前に本隊が攻撃と言うのはいささかおかしな話です。夜戦が実質的に可能な連合水雷戦隊(連水戦)は追撃の撃退という不可欠な任務を帯びて待機中ですし、赤城さんたちでは夜戦は不可能です。この事態にMI攻撃部隊が関与しているとは考えにくいですね」

 

長門と同様に比叡の疑念を察知した金剛と鳥海は旗艦の発言を支持する。その言葉を聞いて「そうだよな~~」と唸っていた摩耶だったが、唐突に息を止めた。

 

「潜水艦?」

 

その呟きを偶然耳にした榛名はすぐさま、全員が聞き取れるほどの声量で長門に摩耶の閃きを伝えた。

 

「水上戦力の可能性がないのなら潜水艦はどうですか? 現在、当海域には呉鎮守府の潜水艦たちが展開していると伺っていますが?」

「確かにそうだ。しかし、当海域と言っても展開海域は布哇泊地から出撃してくる奴らを事前に捕捉するため、ミッドウェー諸島の東側だ。鎮守府が異なることから、なんとも言えないが潜水艦の展開はあくまで哨戒網の構築。本隊の支援ではない。作戦を忠実に実行する三雲提督の性格を考えるに、伊168たちが加勢してくれたとはとても思えん」

「では・・・・・・・・」

 

遠方の場違いな灯を受け、橙色に染めていた榛名の表情が困惑の色を深める。味方が関与した可能性は全て否定された。そうなれば、おのずと考えられる可能性は別次元のものしかなくなる。

 

「仲間割れ?」

 

比叡が漠然と呟いた可能性。誰も荒唐無稽とも思える結論に異議を唱えない。もうそれしか考えられないことは全員が理解していた。

 

そして、これは“絶対にない”と断言できるほど、あり得ない可能性ではない。事実、瑞穂近海では確認されていないが、諸外国においてこれまでにごく稀にではあるが深海棲艦の同士討ちが目撃されていた。深海棲艦も高度に組織化された戦闘集団であるため、人類側で例えると艦隊や方面軍のように、泊地に停泊している深海棲艦を1つの作戦基本単位として戦闘行動をとっていた。泊地にはそれぞれ姫や鬼級の深海棲艦が居座っており、これが指揮官的な役割を果たしていると推測されている。そのため、人間でも方針や考えの違いによって陸軍・海軍間や艦隊間、部隊間で軋轢が生まれるように、指揮する深海棲艦個体の方針の相違によって本来肩を並べて戦うはずの友軍同士で戦闘が起きているのだと考えられていた。

 

現状ではこれがもっとも高い可能性だ。

 

“布哇泊地の方針が気に入らない深海棲艦の存在”。

 

潜水艦は多種多様な深海棲艦の中でも最下位の個体、いわば一兵卒であるため、上には当然指揮官がいる。仮に推測が的中していた場合、敵に損害を与えた潜水艦は所属している深海棲艦部隊の氷山の一角だ。

 

「めんどくせぇことになったな」

「まぁ、そういうな。なにせ、誰がどのような意図をもって、敵を攻撃したのか推測の域を出ないが、揺るぎない事実が1つだけある」

 

警戒要因が増えたことに愚痴をこぼす摩耶。そんなある意味いつも通りの彼女に微笑みかけると、長門は勝ち気な笑顔を浮かべて、相変わらず混乱の渦中にいる敵を睨む。

 

「風はこちらに吹いている」

 

敵は攻撃を受けた損害があまりにも大きかったのか、精神的ショックが計り知れなかったのか、松明と化している駆逐級に照らされた影がどの個体か確認できる距離まで接近しても夜戦部隊の存在に気付かない。あのはるづきすら、重厚に構築された対潜警戒輪形陣の真ん中で空母棲姫と顔を突き合わせて、こちらには見向きもしていない。

 

勘が告げる以前の問題だ。夜戦部隊は今、正体不明の存在が行ってくれた攻撃のおかげで、絶好の機会を手にしていた。被弾した駆逐級が松明の役割を果たしているため、夜戦には考えられないほど視界も良好。22号対水上電探を使用せずとも、高命中率が期待できる環境が整っていた。

 

「敵艦隊との距離、45000。いまだ当艦隊は捕捉されていない模様。敵艦隊の速力は・・・・・・っ!? ほぼ0! 敵艦隊は被弾したためか、停船しています!」

「よしっ!!!」

 

金剛や摩耶の歓喜を押しのけて、思わず拳を握りしめてしまった。背中に苦笑が向けられる。気恥ずかしさを覚えるものの、鳥海の報告を受けた旗艦の決断を反芻するとざわついていた心が一気に静まり返っていく。波を立てずに湧き上がってくる闘志と決意を確認し、長門は寝かせに寝かせた号令を発した。

 

「全艦、左砲撃戦よーい! 弾種、徹甲!」

『っ・・・・・・・・・』

 

摩耶、鳥海、金剛、榛名、比叡は(いか)めしい表情をたたえながら無言でうなずくと、それぞれが持つ自慢の主砲、副砲の砲口を一糸乱れぬ動きで指向させていく。持ち主の愛情や整備員の精魂を無言のうちに示すピカピカに磨かれた砲身は鏡に迫るほどの明瞭さで、これから自身の威力を見せつける相手と世界を反射する。

 

その中にいる敵は愚かにも、いまだに右往左往していた。

 

しかし、情けをかける必要も意味もない。巨大さ故の重量によって、鈍重にも感じる速度で旋回する4門の41cm連装砲、仰角を合わせる2本の図太い砲身。だが、その遅さこそが見る者の軟弱な心をゆっくりと、しかし着実に押しつぶしていく迫力を持っていた。風切り音に紛れて聞こえていた、複数の機械的な駆動音や摩擦音が一斉に止む。

 

単縦陣で航行する全員の砲門は例外なく、布哇泊地機動部隊に殺意を向けていた。この状況では言葉による激励など無意味。部下たちがどれほどの神経と気合いを持って敵を睨んでいるのか、雰囲気だけで察せられなければ旗艦失格だ。はるづきの存在を知っても、戦意旺盛な部下たちの存在は実に頼もしい。長門は心の中で微笑むと、笑顔とは正反対の鬼気迫る表情で声を張り上げた。

 

「撃ち方はじめーーーーーー!!!!」

 

その瞬間、世界の様相は一変した。風切り音は炸薬の炸裂と瞬間的な空気の圧縮によって生じた轟音にかき消され、闇と遠方の淡い炎は気遣いも容赦もない突発的な閃光の前に一時的にせよ完全敗北し、鼻腔で踊っていた潮の香りは硝煙独特の刺激に撃ち消される。

 

いざ消えてしまうと名残惜しいものだが、この身体になんの利益もない感覚と刺激が戦場の醍醐味だ。

 

寸分違わず、一斉に撃ち出された灼熱の砲弾は放物線を描き、音速には及ばない高速で空気を切り裂いていく。だが、それはもうこちらの意思から独立した、別個の存在。いくら祈りを込めて眺めようとも、結果は変わらない。

 

「各艦、各個に撃ち方はじめ!!! 最優先目標は空母だが、無理に狙わなくていい!! 私たちの役割は敵戦力の漸減だ!!! それを肝に銘じろ!」

 

次発装填完了の合図と共により砲身の意思を砲弾に反映させるため、微調整。そのために目標に選んだ軽巡ツ級を睨みつけていると、その周囲に龍と見間違えるほどの大きな水柱が立ち上った。軽巡ツ級だけではない。布哇泊地機動部隊の各所に眼前とは比べ物にならないほど、それでも深海棲艦の姿を容易に隠すほど海水が自らの意思に反して巻き上げられていた。

 

「Shit!!! 全弾外れです!!!」

「こっちもだ! ちくしょうっ」

 

金剛や摩耶だけではない。その悔しさは全員共通のものだった。砲弾の着弾を示す水柱は全て、目標の周囲。命中弾は一発もなかった。そして、空気中を漂う水しぶきを蹴破って、数え切れないほどの砲弾が向かってくる。敵艦隊もこちらを捕捉した。

 

ワンサイドゲームは開幕で終了。ここからは被弾覚悟の、そして戦艦の本領が発揮される艦隊決戦だ。

 

「さすがは、深海棲艦の本拠地と名高い布哇泊地の部隊。対応の迅速性は素晴らしいです・・・・・・ね!」

 

苦笑交じりに皮肉を言いながら、榛名が4門の35.6cm連装砲を一斉射。妹に負けじと「全くその通り!」と比叡や金剛が続く。周囲に水柱が視界を遮るほど林立しようが、砲門の猛々しい咆哮は収まらない。

 

自身の41cm連装砲、金剛姉妹の35.6cm連装砲の炸裂に隠れがちだが、戦艦に次ぐ大火力を発揮可能な摩耶、鳥海の20.3cmも最大装填速度で限界ぎりぎりの火力投射を見せる。

 

戦艦への対抗意識か。埋没への危惧か。はたまた、任務達成への使命感か。様々な感情が渦巻いているであろう心の発露。それが摩耶と鳥海の努力を物理的な結果に変換した。

 

海水を無差別に巻き上げる喧騒とは異なる、衝撃波を伴った大気の振動が艤装を、身体を叩きつける。41cm連装砲を斉射する際の衝撃に比べればそよ風のようだが、強靭な皮膚は維持し続けている繊細な感覚でそれを捉えた。

 

「あら・・・・。当たった?」

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 一番やり!!!」

 

大破炎上する2群警戒部隊の軽巡ツ級に、激痛を発散するかのように絶叫する主力部隊の重巡リ級flagship。「あともうひと押し!!!」と摩耶が20.3cm連装砲の砲口を苦しんでいる重巡リ級flagshipに向けている点から考えて、前者は鳥海、後者は摩耶の戦果らしい。

 

だが、そのようなことどうでもいい。今、必要な事実は同じ艦隊の仲間が戦果を挙げたということ。戦艦としては重巡洋艦に先を越された事実もかなりの留意点だ。

 

「いやはや、お見事デース! デスガ、私は金剛型戦艦の一番艦! この子たちの威力、とくとご覧に入れマース!!」

 

周囲に相当の至近弾を受けているにもかかわらず、唇を舐める金剛。その闘志は直撃弾を受けても消えることはなかった。

 

金剛を鮮やかな爆炎が包み込む。

 

「っ!!」

「お姉さま!!!」

「金剛おねぇ様!!」

 

姉の消失を目の当たりにして、いくら悲劇を、地獄を垣間見てきた艦娘でも冷静でい続けることなどできない。妹2人の絶叫が耳をつんざく砲声や着水音に負けじと戦場に木霊する。

 

「二人とも、おおげさ・・・・デース!!!」

 

金剛を包み込んだ火薬の燃焼による黒煙が、無力と突きつけられるように至近で生じた衝撃波で文字通り吹き飛ばされる。戦意だけでなく怒りが込められた鉄槌は1群警戒部隊の重巡ネ級flagshipに猛進し、惜しくも右舷海面に着弾した。

 

「もう!! あと少しだったのにぃ!!!」

 

煤で汚れた顔を気にするそぶりも見せず、声で地団駄を踏む。遠方の敵と至近にいる姉の双方でしきりに視線を交互させていた比叡と榛名は35.6cm連装砲の唸りに紛れて、安堵のため息をこぼした。金剛の損傷は重巡ネ級flagshipの攻撃を受けた割には幸運なことに軽微で済んでいるようで、出血もなければ制服の破れもなかった。

 

しかし、その幸運がどれほど続くのか分からない。こちらが至近弾を量産する一方で、敵も時間を追うごとに至近弾を増加させてくる。

 

「っ!? とうとうやってきましたか・・・」

「鳥海!!!」

 

鳥海を挟むようにして、彼女を飲み込まんばかりに立ち上る水柱。海水が巻き上げられ、落水によって発生した局所的な大波に鳥海が(もてあそ)ばれる。深刻な表情で必死に艦隊から落伍しないよう舵を取るが、鳥海が冷や汗を浮かべているのも姉の摩耶が血相を変えているのもそれが原因ではない。

 

「ついに夾叉(きょうさ)されたか・・・・・・・」

 

わずかな切れ間を残して連続する轟音。その間を息絶え絶えになりながらもやってきた摩耶の絶叫から視界に収めずとも状況を把握できた。敵の砲声のタイミングから察するに鳥海を夾叉したのは2群警戒部隊の戦艦ル級flagship。その砲撃をまともに食らえば、鳥海とえども轟沈の可能性すら忍び寄ってくるほどの損害を受けることは明白。旗艦としての判断を思考しながら、2群主力部隊に向けて、散布域を広げつつ斉射。

 

「艦隊、増速!」

 

敵の照準を狂わすため、速力を上げる。反対にこちらも戦闘開始からここまで慣れ親しんできた速力を捨てるため照準を再調整する必要性が生まれるが、これに構っている場合ではない。

 

だが、いくら増速しようとも、いくら回避しようとも、かつてビッグ7と言われ基準排水量3万9120トンを誇った体躯では決して逃れられない、いやおそらくみずづきでしか逃れられない百発百中の痛撃がついに襲い掛かってきた。これには増速などただの子供だまし。

 

いきなり、全身が爆発に巻き込まれる。

 

「うっ!!」

「長門さん!」

「長門!」

「っち! ついにおでましだ!!!」

 

摩耶の言葉と爆炎に舐められる長門の姿が、夜戦部隊の緊迫感を桁違いに膨張させた。1人の人影が警戒部隊に守られている主力部隊から離脱し、一目散にこちらへ向かってくる。「砲」の概念を根底から突き崩したみずづきが持っている主砲と全く同一の単装砲を、不気味に微笑みながら容赦なく向けてくる、夜戦部隊各員とは比較にならないほどお粗末な武装で身を固めた少女が。

 

反射的に金剛たちが彼女へ照準を向けるわずかな時間に、2発の12.7cm砲弾が肌と艤装を熱し、全身の細胞を突発的に振動させる。工廠妖精自慢のレーダー警報装置は豪快に揺さぶられても爆睡していた。「おいおい、こんな時にいかれちまったのか!?」と摩耶が容赦なく警報装置を殴っている。ということは・・・・・・・・。

 

「くっそ! やっぱり、次元が違う!!」

 

摩耶と異なり明らかな恐怖は宿らないものの、同様に悪態をつきそうになる。はるづきはみずづきのよる逆探を警戒してか、この期に及んでもFSC-3A 多機能レーダーを作動させない。光学機器に頼っている。裏を返せば、夜間であろうが光学機器で十分対処可能という末恐ろしい現実が待っているが、現在最も重要な事実ははるづきの砲撃を妨害する手段がこちらには皆無ということ。だが、恐怖を誇張する要因にはなりえない。榛名や摩耶たちから聞いていた通り、いくら重装甲目標用の弾種とはいえ戦艦にとってはただ豆鉄砲。いちいち周囲を熱せられ、体を揺さぶられる小賢しさには辟易するが対艦ミサイルの使用できない近接砲撃戦ならそこまでの脅威でない。まして、相手は装甲をほぼ持っていない攻撃に特化した軍艦。こちらは被弾と撃ち合いが前提の、大艦巨砲主義の申し子。それがこちらには6隻もいる。これほどの戦力なら・・・あるいは。ただ、勝利の女神に最大限の助力を願うのはあくまでそれは彼女が1人、もしくは貧弱な護衛を引き連れている時のみ。夜戦部隊の敵は彼女だけではなかった。

 

彼女の戦果に感化されたのか、敵の砲火は激しさを増す一方。

 

鳥海は戦艦ル級flagshipの散布域から何とか脱したようだが、代わりに摩耶が至近弾を受け、一時的に砲撃が途絶える。対して長門ははるづきの攻撃を受け続けている。

(確か給弾ドラムの装填数は20発。ドラムの換装が行われる1分ほどは砲撃ができない・・・)

当方の奇襲によって大損害とはお世辞にも判断できないが、それなりの被害を敵艦隊に与えていた。鳥海がツ級を撃沈させたことにはじまり、摩耶が中破させた重巡リ級flagshipは榛名の追い打ちを受け、爆沈。金剛にかすり傷を負わせた重巡ネ級flagshipは怒り心頭の比叡から執拗に攻撃を受け、全身を炭化させ中破していた。そして・・・・。

 

「おい! 誰だ!? 空母ヲ級flagship、中破してるぞ!!!」

 

摩耶の歓喜が断続的に轟く砲声と爆音を押しのけて、周囲に拡散する。

 

「Wow!! ほんとデス!!!」

「誰? 榛名? 私、知らないよ?」

「いえ・・・・私も」

 

気付けば、苦し気に全身を体液で濡らしながらこちらを睨んでくる空母ヲ級flagshipがいたのだから、困惑も当然である。ただ、誰かのおかげで夜戦部隊の任務は撤収可能なほど達成された。

 

これほどの戦果なら、敵戦力の漸減は十分に達成されたといえる。空母棲姫や空母棲鬼は夜間航空攻撃能力を持つため、いつ砲撃戦が対空戦になるか分からない。現在のところ空母棲姫たちは航空戦力の温存を優先しているのか戦況を傍観しているだけ。今すぐにでも退避行動に移りたい。だが、はるづきの正確無比な攻勢の前に指示を出すことができない。金剛たちも砲撃と回避で手一杯でこちらに構う余裕がない。主砲で弾幕などという驚異的な連射速度を誇る主砲が沈黙するのは限られたタイミング。幸い、まだこの身は小破でとどまっている。砲撃を重ねるごとに、笑みが憎悪に代わっていくはるづきだが、逆にこちらは笑みを深くしていく。

 

「大艦巨砲主義なんていう、前世紀のおいぼれが!!!」

 

余程鬱憤が溜まっていたのだろう。罵声が聞こえてくる。彼女を苛立たせたこの分厚い装甲は耐久性以外の面においても、この身に幸運を与えてくれた。

 

唐突にはるづきの主砲が沈黙する。

 

「え・・・・あれ? なんで・・・どうして。あ・・・・・・」

 

みずづきと変わらない血の気を失っても可愛らしささえ感じる、キョトン顔。思わず、「興奮しすぎだ!」と満面の笑みで呟いてしまった。主人の不興を買うまいと必死に唸り声を上げて、給弾ドラムを換装するMk45 mod4 単装砲だがいくらこちらの主砲と比べて早いといえども、冷静沈着な思考の前には鈍重すぎる。

 

「っふ」

「ち・・・・・・・・ちくしょうぉぉぉぉぉ!!!!」

「全艦、進路反転! 最大戦速で当海域を離脱する! さっさと逃げるぞ!!」

『了解っ!!!』

 

戦果に固執する者も、主砲の瞬きに飲み込まれ冷静さを失った者もいない。全員、長門の命令に覇気を持って答えると、素早く踵を返し、脱兎のごとく逃げ去る。

 

給弾ドラムの換装後、まだまだMk45 mod4 単装砲の射程圏内に夜戦部隊はいたが、はるづきはただこちらを尋常ではない殺意を宿して睨むだけ。他の深海棲艦も彼女の姿勢に従うように砲撃を停止。

 

夜戦を経ても傷を負わせられなかった空母棲姫や空母棲鬼の夜間攻撃もなく、退避行動中の夜戦部隊に常時張りつめた緊張感を抱かせ続けた対艦ミサイルによる報復攻撃もなし。ましてや軽巡や駆逐艦で構成された即席の水雷戦隊が追撃をかけてくることもなかった。結局夜戦部隊は夜戦決行時の大きなリスクであった布哇泊地機動部隊の追撃を一切受けることなく、退避に成功。

 

連合水雷戦隊及び大隅より進出してきた赤城たちと合流後、直撃弾をうけた金剛をはじめ全艦の損傷が軽微であったことから、簡単な処置を施したのち直ちに艦隊を空母機動部隊と水上打撃艦隊に再編成。MI攻撃部隊司令部より下令された作戦にのっとり、作戦行動を開始した。

 

時は午前6時前。東の空が新たな一日の始まりを匂わせていた。




三○とのコラボに、深海棲艦艦隊に主計科物資が奪われるミニイベ。「艦これ」運営鎮守府はよほどの物資不足なのか・・・・。

大本営に逆らったかもしれない方々はわきに置いておいて、どうやら伊勢の改二が実装されるようです。長かった・・・・。もともとがすでに改二形態のような航空戦艦であるため、改二の姿がどのようになるのか・・・。

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