・・・・・・あれ、前からかな?
我がMI攻撃部隊は総力をもって、深海棲艦布哇泊地機動部隊を撃滅する。
司令室に現れたみずづきと第一機動艦隊の意思を受けたMI攻撃部隊総指揮官百石健作の決断。詳細は追って伝えるとしつつも、それの明確な方針は即座に全艦、全艦娘、全将兵に通達された。
みずづきの被弾を前にした沈黙から一転、米雪への雷撃を受けて大わらわとなったMI攻撃部隊。それが今や応急対処・対潜警戒から次作戦の準備へと全く別の達成目標に向けた慌ただしさに180度変わっていた。
指揮を任されている艦の状態を万全にしようと打ち合わせを重ねる艦長以下、艦の上層部。各艦との調整・連絡事項の伝達に走り回る横須賀鎮守府通信課員、各艦の船務科員。弾薬の補給・確認、火器の点検を暗闇の中でも順調に行う砲術科・水雷科員。どこも「暇」など微塵もない多忙さだが、地獄ではない。
「地獄のような」と形容されるほどの忙しさ。作戦の主体となる艦娘たちが身にまとう艤装の点検、整備、補給を一手に司る大隅の整備工場はMI攻撃部隊の中でも類を見ない、まさしく地獄のような忙しさに包まれている。ここは野球場かと指摘したくなるほどの怒号と喧騒、慌ただしさに浸食されつくしていた。
「整備も補給も装弾も全て終わってるんだろう!? だったら、最終点検と弾薬・装備の確認だ! 次の戦闘は大規模な航空戦が予想される! 三式弾を忘れるな!」
「二機艦の艤装は第二に置いてある! 能登組はそちらへ向かってくれ! おい! 都木! 案内してやれ!」
「了解!」
「目ぇかっぽじって、些細な傷も見逃すな! 万全な状態で艤装を渡し、彼女たちに活躍してもらってこそ、工廠員の誉となる! 分かったか!」
いつもの例にもれず、忘れ油や煤で全身を真っ黒に染まりながらも、檄を飛ばし、疾走し、無言で艤装や工作機器と向かい合い、書類片手に会議を重なる整備員たち。そこに階級による差は一切存在しない、責任者の大隈船務長に代わって陣頭指揮にあたっている漆原も一兵卒と同様の装いだ。
己が使命を全うとしている点は脳内を思考で埋め尽くした将兵に踏み潰されないよう気を遣いながら足元をテコテコと駆けていく妖精たちも同じ。そして整備工場に隣接する事務所に陣取り、配下の妖精たちに指示を出し、仲間と議論を重ねている赤城以下空母艦娘たちも同様であった。漆原を筆頭とする工廠員、艦娘たちには撃滅方針のみならず、撃滅作戦の大枠を伝えてある。彼ら・彼女らはその大枠にのっとって、勝利を掴むための準備を進めていた。
「加賀さんと瑞鶴さんの進捗状況は?」
「既に再編成は完了しました。現在、機体は弾薬・燃料の補給中。妖精たちは各中隊・小隊に分かれ、隊長妖精から戦術説明が行われています」
「私たちは今朝の戦いで先陣を切った影響で航空隊の損耗が激しくて、再編成しても戦力が心もとない。誰か融通が利く機体とか余ってないですか?」
「瑞鶴! わがまま言ってはいけません! みなさんも私たちと同じ状態なのよ」
「後輩の要望はできればかなえてあげたいけど・・・・・。無理、かな。蒼龍は?」
「もう! 飛龍! あなただって知ってるでしょ! 私だって、いくらサンド島担当だったって言っても、相手は中間棲姫を配置した布哇泊地の前哨基地。対空砲火で少なくない機体が撃ち落とされたの。他の子に回す余裕は・・・」
「その点については大丈夫。今回、私たち空母艦娘は再編成される空母機動艦隊で6人全員が集中運用されることになっているわ。艦隊ごとの個別運用ではないから、協力し合っていきましょう! あっ・・・提督と長門さん」
ガラス窓越しにこちら気付いた赤城が軽く会釈してくる。それによって、加賀たちも気付いたようで加賀と翔鶴は赤城と同じく会釈を、瑞鶴、蒼龍、飛龍は対照的にまるで艦娘同士で行うように手を振ってくる。傍らにいた長門が3人を「失礼だ」と視線で睨みつけようとしたため、咳払いで制止した。
「提督・・・・・」
「まぁ、いいじゃないか。いつものことでもあるわけだし」
そう言って、それぞれの性格が表れた彼女たちのあいさつに応えるため、軽く手を上げる。それを確認した赤城たちは再びお互いに顔を突き合わせて、打ち合わせを再開する。その表情は歴戦の正規空母たる風格を漂わせる凛々しさにあふれている。
「・・・・・・・さすがだな」
彼女たちの表情を見ると、つい心に浮かんだ感慨が口に出てしまう。敵はあのはるづきを擁する強力な機動部隊。みずづきがいようとも激戦が避けられない相手だ。怖気づいても罵声など浴びせられない状況だが、彼女たちは決して悲観的にならず勝利だけを見据えている。
「・・・・・・・・・・・」
長門もそのような彼女たちの様子に、そしてここに来るまでに見かけた、艦隊ごとに集まって話し合いを行う仲間たちの様子に思うところがあるのだろう。真剣な眼差しで赤城たちを見つめていた。
しかし、こちらが足を踏み出すと赤城たちから正面、整備工場内でありながら人気が少ない最奥に視線を向ける。ここにやって来たのは整備工場を視察することでも赤城たちを激励することでもない。正面に相も変わらず存在する、物品保管室。そこにいる、もはや人と認識しても構わないであろう人物に会うためだ。MI攻撃部隊の最高指揮官が艦娘たちのトップである秘書艦を連れて、このような大事な時勢にあえて訪れた目的。
それはこの先に生起するであろう戦いを超え、深海棲艦と人類との戦争そのものを左右しかねないほどの事柄を彼に聞くため。
「おや? どうされたんですか? またここにおいでになるとは?」
百石と長門の登場に困惑した様子を見せながら、モニターの電源が入った状態で悠々自適に椅子に座っていたショウ。先ほどは天井に隠れていたシャッターが存在意義を発揮していたため、やむなく脇にあった扉を開けた瞬間、彼と目があった。本来、皺が刻まれていなければならない顔には笑顔が浮かび、困惑を示しているのはわざとらしい首の動きと口調のみであった。
それを見て、誰が彼の言葉を鵜呑みにできるというのであろうか。
「はなから分かっていたくせによく言う。本当に君は人間と変わらないな」
「横須賀鎮守府司令長官ともあろうお方から皮肉という名のお褒めをいただけるとは、恐悦至極でございます」
心底嬉しそうに微笑みながら、頭を下げる。その動作を見てあからさまに脱力感を示しながら、長門が一際大きな音を立てて、扉を閉める。この瞬間、この部屋は数え切れない将兵と妖精たちが行き交う整備工場から隔絶され、3人しか存在しない閉鎖空間となった。
人一人の通過を前提に設計されていたとはいえ、面積と比較して多くの喧騒を届けていてくれた接続領域が封鎖されたためであろうか。艦内としては広い部類に入る物品保管室の空気が一変した。
「・・・・・・・・みずづきの様子は、どうですか?」
一変したのは空気だけではない。一見すると先ほどまでと同じ表情・口調と判断できるショウ。だが、彼も空気と同様に変貌を遂げていた。声のトーンはより一層低くなり、漂ってくる雰囲気に涼しさが混じる。
その変化もさることながら、彼の問い自体にある確信を抱いた。
「今、医務室で最終検査を受けている。出撃が決まったからな。日本には到底及ばないが我々が持ちうる手段を尽くして、彼女の背中を押しているところさ」
「・・・・そうですか」
「みずづきが無理を押して出撃すること・・・・・・・・・、分かっていたな?」
頬を掻くショウ。長門は何故それを・・・・・、ずっとここにいながら敵機動部隊撃滅作戦が控えていることやこれにみずづきが参加することを知っていると言いたげな表情をしていたが、百石は彼女ほどの動揺は覚えなかった。ここは見渡せばわかる通り、艤装や工作機械の部品、工具などが保管されている物品保管庫。みずづきの艤装が置かれているとはいえ艤装本体には施錠がなされているため、特段出入りの規制は行っていなかった。大方、敵機動部隊の存在など昼間に収集した情報とここへ入ってきた将兵や妖精の会話、表情を合算した結果だろう。
「そりゃ、まぁ・・・・。何年、あの子を影から見守ってきたと思ってるんですか? 彼女の性格は大体把握してます。お人好しで意思が固くて、自分の気持ちに気付かず、自分がお人好しであることすら気付かないほどの鈍感ちゃんであることは」
肩をすくめて、苦笑する。
「それに俺、一応AIですから」
「・・・では、私たちがここへ来た理由も把握していたりするのか?」
「ほうほう」とショウの発言に相槌を打ちながら、長門が柔らかさの中に強烈な鋭さを持った視線で彼を射貫く。暁たちあたりなら泣き出しそうな視線に動じるどころか笑みを深くしたショウはこう言った。
「ええ・・・・・・。深海棲艦のことについて、ですよね?」
彼の口ぶりや表情からから分かっていたことだが、できれば思考がお見通しという事実を証明してしまう推測は外れてほしかった。しかし、推測は正解。肌を刺激する緊張感に呼応して心拍数がゆっくりと着実に上昇していく。
「もっと、正確に言えば、日本世界の深海棲艦と瑞穂世界に存在する深海棲艦の関係性について」
「・・・・・・・ご名答だ。何もいうことはない」
全身の血管が先ほどより激しい収縮と弛緩を繰り返しているというのに、自然と笑みがこぼれてくる。機械に敗北する人間。つくづく、日本世界の恐ろしさと凄さを感じる。
「当たってて何よりです。しかし、これについて、俺からお伝えすることはもうないのでは?」
「どういうことだ?」
いくら時間を作ってここへ足を運んだと言っても、この身はMI攻撃部隊の指揮官。長門は艦娘部隊全てを掌握し、こちらの職務を補佐する秘書艦。現在の情勢では一分一秒が惜しいことに変わりはない。必死に時間を作った努力を否定するかのような突飛な発言。長門が真意をただす。
「具体的な理由は分かりませんが、あなた方は深海棲艦が日本世界の創造物であるのではないかという疑念を持たれてた。はるづきが現れる前から、そして俺があなた方の前に姿を見せる前から。・・・・・・よほどの証拠があったのでしょう?」
最後に強調された疑問符が自然に視線を長門へ向けさせる。そして、長門もこちらを振り向く。交錯する2つの視線。彼女もショウの要求を察知していた。
“どうしますか?”
そう無言で問いかけてくる。ここには3人以外誰もおらず、シャッターと扉が閉められた状態ではかなりの大声を上げなければ、外に漏れることはない。
いつの日か。横須賀鎮守府の執務室で長門に打ち明けた特定管理機密。これは百石であれば軍令部の許可なしに他者へ開示できない代物。そのため、開示の有無を悩む余地すら本来はない。だが目の前にいる人物は、この状況はいかなる法令も規則も想定していないイレギュラー。そして、今後の瑞穂とこの世界の命運を左右しかねないほどの情報を握っている。
特定管理機密の存在意義は端的に言えば、瑞穂の国益を保護し追求すること。
瑞穂の国益となる情報をより引き出すために特定管理機密を開示する行為は法治主義に犯された上層部とて認めざるを得ないだろう。それに彼は瑞穂世界ではSFや空想科学小説にしか見られない存在。日本世界では莫大な情報を内包し、光速で全世界のあらゆる場所に転送が可能なインターネットと呼ばれる光速通信網に接続し、多種多様な情報を集めていた。
日本世界の真実や深海棲艦の正体は明らかに特定管理機密相当の情報。彼の前に特定管理機密はただの言い訳だ。よって、百石は開示を決断した。
「ちょうど一年ほど前。多温諸島奪還作戦で奪還された大宮島にて信じられないものが発見された。あれは海岸だったか・・・。人間の女性のような骨格・容姿を持ちながら、白髪に、死体のような白い肌といった我々が散々戦ってきた人型深海棲艦と同じような特徴を持った死体。同島に上陸していた専門家の見分でそれは・・・・・戦艦タ級の上半身であることが判明した。瑞穂、いや少なくとも瑞穂政府が把握する世界初の事態に、誰もが専門家の誤認を疑った。だが、大宮島に設けられていた臨時研究所で徹底的な調査に掛けられても鑑定結果は、判明した事実は、所見と変わらなかった」
「具体的には?」
「骨格も、内臓の配列も同じ。皮膚には毛細血管はもちろんのこと汗腺や神経線維が張り巡らされ、頭髪と爪はケラチン。細胞の染色体数も21対で人間と変わらなかった。これ受け、上層部はそれまで戦闘から導き出した方針の転換を余儀なくされた。深海棲艦は人類とは異なる種ではなく、また人類から派生したものではなく、人類そのもの。だが、生物学的常識から考えて、人類があのような強大な力をこの身に宿すことなど考えられなかった。必然的に諸外国の動向を疑うわけになったわけだが、そこに一度抱いてしまえば払拭できないほどの疑念をばら撒くみずづきが現れた」
あの時の衝撃を思い出すと今でも、失笑が漏れる。
「人工説を嫌っていた私でも思ったよ。みずづきの世界なら、私たちと同じ人間でも深海棲艦が作れるのではないかと。深海棲艦が人の手によって生み出されたものではないかと。・・・・・・・・・結果的には正しかったわけだが」
「なるほど、そういうことがあったのですか。まぁ当然と言えば、当然ですね。なにせ、人間がもとになってるんですから」
意図的か、それとも無意識的か。平然と受け入れがたい真実を述べるショウ。長門の拳に力が入る所を見逃したりはしなかった。
この戦いは一体、何なのか。何のために我々は血反吐を吐いて戦ってきたのか。
瑞穂世界の人間でも、この真実を知れば全員が思うであろう。まして、自分たちの故郷がそれを作り、あまつさえ不作為とはいえ世界に解き放ち、野望の達成に利用していたと知った艦娘たち、長門の葛藤はこの身では計り知れない。
だが、今はそれに身を委ねる時ではない。出自以外にも聞かなければならないことは山ほどあった。その中でも特に重要な事項。
「深海棲艦が日本世界の創造物で、人間がもとになっていることは分かった。しかし、深海棲艦は日本世界のとどまらず、並行世界である瑞穂世界にも現れた。これは一体、どういうことなんだ?」
それはこれだ。
「確認しておくが、瑞穂世界の深海棲艦は日本世界で生み出された創造物、なんだろうな?」
日本世界の部分をショウにも分かるように強調する。艦娘たちが現れたように、みずづきが現れたように並行世界の壁は高名な物理学者が唱えるほど高く分厚いものではないことが、状況証拠で明らかとなった。ということは可能性の数だけ無数に存在すると言われる並行世界との間で、まだ瑞穂世界が認知していない並行世界との間でも存在の往来が可能である確率は高まる。
「俺やみずづきがいた日本以外の、またそもそも第二次世界大戦あたりから分岐し、日本世界と同じように深海棲艦の開発を行ってた並行世界のものである可能性も確かに存在します。しかし、俺はその可能性は低いと考えています」
「理由は?」
「みずづきが戦った深海棲艦は、細部は異なれど全て俺が持ってる識別表に掲載されてる、日本世界にも存在する深海棲艦でした。さすがに全く同一のものを作ってるとは考えづらいです。兵器はその世界の情勢やパワーバランス、歴史、科学技術の集合体ですからね。それに・・・・・・・・瑞穂世界には現在我々が認知している範囲では長門さんたちにしろ、みずづきにしろ、日本世界のものしか流入してません。両者とも何者の意思も介在してない偶然です。・・・・・・・・・・・・・・・それに」
これから更なる事実の暴露を感じさせる単語、そして雰囲気。これまでに語れた事実を腕組みしながら必死に考察している長門を横目に入れつつ、これまで幾度となくおこしてきた衝撃の大きさに端を発した思考停止を招かないよう身構える。しかし、その言葉は突然に我に返り「あっ」と自分の行為を諫めるような表情を最後に再び紡がれることはなかった。人工知能にしては詰めの甘い失態が言い知れぬ不安感を惹起する。
これは絶対に聞いておかなければならない。そう、冷静な思考が訴える。
「それに?」
続きを聞こうと言葉で彼に詰め寄る。しかし、彼の応対はなんとも後味の悪いものだった。
「いえ、なんでもありません。お気になさらず」
それでも食いつこうと声を上げかけたものの、それを遮ってしまったのは長門だった。
「つまり・・・・・・」
そう言って、ショウの語った事実から導き出される、自身が行った質問への回答を匂わす。長門も長門なりに頭を全力稼働して自身と百石の疑問を解消するために動いていた。それが分かっているため結果的にショウの肩を持ってしまったとしても、非難や叱責はできなかった。
この話はもう終わりと言わんばかりに、ショウは長門の催促を受けはっきりと断言した。
「瑞穂世界の深海棲艦は俺とみずづきがいた日本世界で作られたものです」
「そうか・・・・・・。では、なぜ、深海棲艦が瑞穂世界へ? 君は重々承知だろうが、あくまで被接触勢力は日本世界だ。それ以前において、我々は全くと言っていいほど、日本世界の存在など認知していなかった。こちらはとばっちりを食らった側だから、あくまで被害者であり、傍観者。偶然の一言で、片づけられる代物か?」
その問いへの反応は明らかにこれまでものと趣を異にしていた。ショウはふっと一瞬、微笑むと視線を俯け、そうですね・・・・・・そうですね」と寂し気に呟いた。それを見て、何も感じない、何も思わないほど百石は疲労していなかった。機先を制したのは長門だったが。
「・・・・・・・やはり、何か知っているな?」
「違います。ただ・・・」
続けられた言葉は、寸分の違いもなく人間のものだった。
「この世に、本当に神々がいるのなら、なんて答えるんだろうか。どのような顔をして答えるんだろうか。そう・・・・・・思いまして」
ここにきて初めて、ショウが押し黙る。それで分かってしまった。察してしまった。
深海棲艦が来た理由、この戦争の真の発端。すべてが神や天のみぞ知る・・・・・偶然なのだと。
長門の問いに対する回答は、内心の結論そのままだった。
「瑞穂世界におけるこの戦争は、深海棲艦が世界の壁を突き破ってこの世界にやってきたのは・・・・俺の持ちうる情報を総合しても偶然としか言えません。日本をはじめ、日本世界の各国は瑞穂世界の存在を認知していませんし、並行世界論も推測とSFネタの領域でしかありませんでした。ただ、明確な事実として、武装集団がオワフ島真珠湾基地内にあった研究所を襲撃したとき、実験施設の暴走・爆発に多くの深海棲艦が巻き込まれ、
「消滅」の部分がことさら強調される。当然、長門が食いついた。
「・・・死体や身体の一部は?」
ショウはゆっくりと首を横に振る。実験施設の暴走・爆発がどのようなものだったのかはわからない。ただ、研究施設を壊滅させ、厳重な「檻」の中にいたであろう深海棲艦が脱走したという発言を考慮すれば、爆発の規模は抽象的に想像できる。日本世界の超大国アメリカ。その連邦軍の敷地であろうと民間にも大規模な被害が出たはずだ。
「その実験施設とは、いったい・・・・。以前、君がいった発言を鵜呑みにするなら、高圧変電所や火薬工場などの類ではないだろう?」
「ええ、長官のおっしゃるとおりです。ただ、その疑問はこの私も抱いています」
「というと?」
長門が眉をひそめながら、ショウに鋭い視線を送る。その視線は「俺も全くといっていいほど、知らないんですよ」とショウが言った途端、角が取れ、威厳が四散した。
「ただ、それはおそらく深海棲艦と艦娘の、あの力の源泉、いや、生まれ故郷だったのだと、個人的には思ってます。どのような芸当かは、一般的な人間が把握できる現代科学では答えようがないですけど。その実験施設が爆発した際、全世界で時空震や空間の歪み、断裂域と呼ばれる次元の亀裂が観測されています。このことから俺は、一部の深海棲艦は、日本世界からは消滅したものの、本当に消滅したわけではないと思っています」
「爆発が何らかの形で世界の壁に穴をあけ、深海棲艦を吹き飛ばしてきた・・・・・と?」
長門の確認。それにショウは無言で、瞑目した。
「そうか・・・・・そうか・・・」
無意識のうちに嘆息が吐き出される。ここへ足を運び、解決したいと願っていた疑問。それに対する回答は、瑞穂世界からすれば神に等しい存在から得られた。しかし、解決の後に待っていたのは歓喜でも解放感でも爽快感でも達成感でもない。
ただのむなしさだった。
この気持ちの理由を長門が代弁してくれた。
「結局、瑞穂世界は日本のとばっちりを受けただだけだった、と・・・・」
「ええ。・・・・・そういうことになります」
罪悪感を背負いながら、ショウがこちらを向いてくる。彼は人間が作った人工知能。彼に一切の罪はない。人間であるみずづきに罪があるのかと言えば、それも違う。みずづきはそして日本世界に生まれ、生きてきた人々の大半は被害者だ。
それを言葉にして、彼に伝えてあげたかった。しかし、今は心の整理をつけるだけで精いっぱいだった。日本世界とは比較にできないがこの大戦によって瑞穂では約15万人、世界では約7600万人もの人々が犠牲となったのだ。正躬信雲少将以下、壊滅した第5艦隊乗組員。艦娘たちを、横須賀を、東京を守るために散っていった横須賀航空隊の戦闘機搭乗員たち。
彼らもそうだ。
そして、その数十倍の人々が家族を、家を、財産を失い、故郷を追われ、日常を奪われた。この世界に住まう全ての人々が史上初の大戦に怯え、未来に希望を見いだせなくなった。それを思うといくら理性が最適の行動を提案したところで、口が動かない。
「百石長官」
しばらく黙り込んだ彼なりの気遣いだろう。鼓膜が彼の言葉で振動した瞬間、そう思った。だが、それに続いた言葉で自分の推測が身勝手で独りよがりな産物であることを思い知らされた。
「俺が語った事実とおそらく印刷されるであろう文章を有効に活用して下さいね。この国と、この世界のために。俺は・・・・・・・・見届けることができませんから」
後退しつつあった体の熱気が一気に四散。それに代わり体の奥底から輪郭の掴めない重苦しい感情が沸き上がってくる。その原因は一瞬で看破できた。
「ショウ? お前は何を言っているんだ。見届けることなど・・」
「君は・・・・まさか」
先ほど見せた儚さが再びショウに現れたのだ。前回はただの可能性に過ぎなかったが、長門の言葉を遮ってでも行った確認に対する悲し気なほほ笑みが可能性を確信に昇華させた。
「え・・・・・。提督・・・」
長門もこちらと同じ結論を導き出したのだろう。恐る恐るといった様子でこちらに確認を求めてくる。それに頷いた。その瞬間、目にも止まらぬ速さで長門がショウに視線を合わせる。両者が向き合って数十秒。
ショウは優しく微笑みながら首を横に振った。
「ありがとうございます。でも、これが正しい選択なんですよ」
刹那、長門は悔しそうに俯いた。
「正しいなんて・・・・・」
「長門さんも百石長官も分かっているはずです。この俺がどれほどこの世界にとって危険な存在か」
それに対する反論は、出なかった。そう2人とも分かっていたのだ。
「俺はもう、本当に・・・・人が死ぬ原因にはなりたくなんです。・・・・・お気遣い、ありがとうございます」
笑顔でそう言った、ショウ。彼の目元が不自然に光っていることを百石と長門は見逃さなかった。しかし、両者には何もできることがない。
彼の選択を心では許容できなくとも、時には嫌悪さえ抱く合理的な思考が“仕方がない”と言っている状態では慰めの言葉も翻意を促す意思も全て薄汚れた嘘になってしまうから。
今話は箸休め的なお話として投稿させていただきました。がっつり重い話題を延々と話してる点はご容赦を。
先週は投稿をお休みしてすみませんでした。お詫びに2話連続投稿を!・・・と画策しましたが、見えざる神の手によって阻止されました。加えて・・・きりが悪かったんですよね。
来週からは第3章のクライマックス「ミッドウェー海戦編」に突入します。
木曜日投稿に向けて最善を尽くしますが、万一投稿できない場合はご連絡しますので、よろしくお願いします。