水面に映る月   作:金づち水兵

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よ、よみずいランド・・・・?


今話にはほんの少し猟奇的(?)なシーンが存在します。なので閲覧注意ほどではありませんが、一言お断りをいれさせていただきます。


85話 MI作戦 その4 ~つきつけ~

自分自身の存在以外、何もない「無」の世界。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚は機能不全を起こし、何も聞こえない、見えない、感じない。星が消え去り、暗黒に染まり切った宇宙空間に身一つで投げ出されたようだ。

 

ただ分かるのは自分がここにいるという事実のみ。

 

そんな情報量が局限された世界も永遠の産物ではない。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

無音から一転、人の声とおぼしき音がわずかに、そして数多く聞こえてくる。遥か彼方に思わず腕で目を保護してしまうほどまばゆい光球が出現。喧騒と表現できるほど増加したざわめきに比例して、光球は急接近。

 

逃げることも避けることも、ましてや抵抗することもできず、暗黒にただただ漂っていた身体は目にも止まらぬ速さで記憶に飲み込まれた。

 

 

――――――――

 

 

「ついにこの日が来たのでありますか・・・・・」

「計画は順調に推移しているようで安心した・・・・・・」

「・・・・・・・・。目標の生産効率も達成。ラインも正常に稼働。見たところ、出来栄えも上々。いや~~~、たまりませんな!」

 

妙に霞んだ視界。釈然としない意識。他人事のように聞こえる様々な音。重力から解放されたような浮遊感。これまでの人生で、つい最近まで数え切れないほど感じてきた感覚。

 

夢か。

 

ワックスが掛けられ、自分の身長より遥かに高い構造物丸出しの天井から、控えめに降ってくる淡い光を反射する床。薄緑色の液体に満たされた、教育施設にある実験器具の試験管を巨大化させたようなガラス構造物。それが秩序だって所狭しと並べられた空間。その間を、タブレット端末を手に真剣な眼差しで行き来する白衣をきた老若男女。目の前には海上国防軍の幹部常装第一種冬服を着て、白色のヘルメットを被った一段。両袖にあしらわれた階級章を見るに全員佐官。彼らはヘルメットを被らず、白衣と同じ色に堕落した頭髪を持つ初老の男の説明を受け、時折歓喜に沸きながらガラス構造物の中を比較的離れた位置から覗きこんでいる。

 

初めて見る光景。たちの悪いSF映画に迷い込んだような雰囲気。

 

夢。そう判断しても、無理はいない。しかし。

 

(なにこれ・・・・・・・・)

 

夢とは一線を画した世界が周囲全てに広がっていた。視界は色彩豊か。意識も明瞭。音は自身の耳で取られているという明確な存在感を主張し、重力に抗い2本の足で立っている。

 

起きている時と、現実とほとんど変わらない。唯一の相違点と言えば・・・・・。

 

自分の意思とは無関係に突然、視線が下に下がり、目の前にスケジュール帳のようなものが出現する。まるで印刷機を使用したかのようにきれいな書体を維持して整然と整列し、一面を埋め尽くす文字たち。自分が書く文字とは明らかに異なっている。

 

「はぁ・・・・・・・・・」

 

そして、唐突なため息。これも自分の意思とは無関係の行為だ。声も異なっている。

 

そう。完全に感覚は同調しているのに、体の自由が全く効かないのだ。

 

(どうなってんのよ、これ)

 

現在の技術水準でも実現不可能に違いない高度な拡張現実(VR)に投入された感覚。どれだけ自意識を反映させようとしても、届かない。

 

またもや、視線が勝手に動く。ことごとく試みが弾かれ、無力感に苛まれる中、みずづきは見てしまった。

 

(一体、なにがどうなって・・・・・・・・・って、なに・・・・なんなのよ・・・・これは)

 

数え切れないほど見える薄緑色の溶液をたたえたガラス構造物。その中に1つの空きもなく、顔からつま先まで死人のような白い肌を持ち、白髪をたなびかせる人類の敵が収められているところを。

 

そして。

 

(・・・・・・・っ!? ・・・・・・・・なんで)

 

2350万人を屍に変え、国土に阿鼻叫喚の地獄絵図を描き、自らが死に物狂いで戦っている敵を前に談笑している一段の中に。

 

(・・・・・・・・どうして、あなたがここにいるんですか?)

 

不可能だと分かっていながら、ずっと再び会う日を切なく願っていた唯一無二の人物がいるところを。

 

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知山、司令)

 

 

 

 

 

 

視界が、胃を暴走させる不快感に構うことなく無造作に歪曲する。

 

(うっ!!)

 

洗浄寸前のパレットのような様相を呈すると、時間を巻き戻しているように色彩が再構築。

 

眼前にあらたな世界が出現した。

 

胃を気合いで鎮め、融通が利かずただ見えるだけの視界から状況把握を行う。今いる空間は先ほどまでいた場所とは全く異なっていた。

 

床は絶えず靴に踏みつけられ続けてきたためか黒くくすみ、パソコンを乗せ、壁際に張り付けられている机に乗れば手が届きそうな天井。醜い構造物を隠すように頭上を覆っている白い天井板に埋め込まれている蛍光灯型LED照明は遠慮することなく、自身の能力を発揮。だが、やはりここも普通ではなかった。本来、壁で覆われているはずの真正面は全面がガラス張り。ここよりも遥かに明るいその向こう側には、手足をベルトで拘束され、白一色の壁に張り付けられている1人の少女がいた。黒髪に薄桃色の肌。褐色の瞳。少しやせ気味の華奢な体。ごく一般的な東洋系・・・・日本人の少女だ。右腕の手首から細い管が少女の右側にある白一色の箱に伸びている。同様の管はもう一本あり、病人服で覆われている箇所につなげているのか少女の股の中に消えていた。

 

ガラス越しにその少女を見つめる先ほどの一団。当然のように知山もいた。

 

(・・・・・・・・・・・・・・どういう状況なの?)

 

白衣を着た老若男女は一団の傍に控える者もいれば、操作者の顔面を不気味に照らす数多のパソコンと睨めっこをしている者もいれば、しきりに手持ちの資料にペンを走らせている者もいる。ただ、死に装束のような白く簡素な病人服に身を包んだ彼女に注目している点だけは変わらなかった。

 

少女に意識はあるようだが、全てを諦めてしまったのか微動だにしない。

 

(これじゃ・・・・まるで・・・・)

 

刺々しさを伴った嫌な予感が掛けぬける。心の中で言葉の続きを語ろうとした、その時。ざわついていた空間内が静まり返る。

 

「これより、検体D5013466の改造実験を開始します」

 

一団の隣に陣取り、先ほどの空間で説明を行っていた初老の研究者が発声。それに頷いた1人がパソコンを操作。

 

数秒後、少女と箱を繋いでいる管に水のような透明の液体が侵入。ゆっくりと少女の体内へ進撃を重ねていく。

 

「いや・・・・・いや、誰か・・・・お願い・・・。誰か、助けてよ。お願い・・・・・」

 

透明の液体が彼女の体内まであと一歩と迫った時、弱々しくもわずかな光に希望をかける切実な懇願が聞こえてきた。しかし、誰1人として無反応。知山も例外ではなく、だだ左手で太ももをさするだけだった。

 

「ぎぐっ!! あ・・・あっ!! い・・・や!! うが、ぎ・・・」

 

管を進んでいた液体が全て少女への侵入を果たし、管が再び空になった頃合い。少女は苦しそうに奇声を発しはじめ、ベルトで拘束されている手足を引きちぎらんばかりの勢いで暴れはじめた。凄まじい騒音が聞こえてくる。

 

それでも、誰1人無反応。

 

「体温の上昇を確認。現在、41.2度。なおも上昇中。熱による体組織の破壊、及び劣化確認されず」

「脳波、特定振幅数で推移。・・・・・っ!? DNAの変異確認!」

 

そこでようやく大勢の人間が反応を示した。

 

「ううう・・・・・・うううう・・・・・・・・・」

 

獲物を前にしたオオカミのように唸る少女。声は明らかに人間を逸脱していたが、それは声だけに留まらない。

 

(う・・・・・・そ・・・・・・)

 

何もかもが白に染まっていく。いや、変わっていく。日本人として当たり前の黒髪は真っ白に、薄桃色の肌からは血の気が消え、真っ青に。瞳孔が開ききり、視点が彷徨っている瞳は熱燃焼率を究極まで高めた炎のような青色に。

 

その姿は知っていた。

 

(し・・・・・・深海棲艦・・・・・・・)

 

一撃で現代文明が誇る最先端科学技術の申し子をただの鉄スクラップに貶め、世界各国の海軍にその名を轟かせた戦艦級。出会えば命はないとさえ言われたほどの化け物が、目の前に現れようとしていた。

 

「よし! よしっ!!! 今度こそ! 今度こそは!!」

 

だが、そのような代物を前に誰も恐怖に慄かないどころか、白衣を着た研究者の1人がガラスに張り付き、大声を上げる。

 

「ううううう・・・・・・・。う・・・ぐ、あ゛・・・・」

「ん? どうした?」

 

唸り声をやめ、再び不規則な奇声を発し始めた変わり果てた少女。空間の空気が止まる。

 

研究者が視線をパソコンと対峙している男たちに向けた瞬間、状況は一変した。

 

「あ゛。わたし・・・・は。に・・・がきふgrし・・・・。ぐが・・がはっ! あ、ああ」

「っ! 体温、上昇止まりました! 血液循環に異常! 体組織の急速崩壊が始まりました!」

「なんだと!」

 

血相を変え、警報音を響かせながら赤く点滅するパソコンの画面。一団に落胆が広がる。

 

その間にも少女は人間から離れていき、体中の血管を浮かび上がらせる。

 

「あ・・あ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛!!!!!!!」

 

自動でスピーカーが向こう側の音を遮断してしまうほどの大音響を轟かせたあと。

 

(うっ!!!!)

 

少女は全身の皮膚を突き破って噴出した血を周囲にまき散らして、絶命した。瞳が吹き飛んだ眼球がゆっくりと視神経を切断し、重力に従って鮮血に染まった床に落下。こちらへ転がってくる。

 

(・・・・・・・・・・・う・・うっ)

 

幸い、彼女から吹き出した血液が10mほど離れたガラスをも真っ赤に染め上げたため、少女の亡骸の全体像をこの目に入れる事態だけは避けられた。視線は全く動揺することなく少女の方を向いている。所々自慢の透明度を保っている箇所から垣間見える少女の損壊具合を鑑みるに、目に入れてはいけない状態のはずだ。

 

「はぁ~~~~。今回も失敗だったか・・・・」

 

1人の人間が筆舌に尽くしがたい残酷な最期を迎えたにもかかわらず、一団は少女の死に全く頓着せずただ肩を落とす。顔をしかめる者がいなければ、顔面を蒼白にする者もいない。少女の体内から飛び出してきた血が眼前のガラスを赤で染めようとも誰1人として驚くどころか、表情1つ変えなかった。

 

「やはり、人間から遺伝子改変で直接・・・を創造するのは難しいな。重巡で成功例が出たと聞いて期待していたが・・・・・・」

「生殖細胞から生成する従来手法と比較し、コストパフォーマンスに優れる分、そうそう簡単には進まないものですな」

 

ガラスとその向こう側から視線を外し、議論に耽り始める。その姿勢に底抜けの恐怖を感じた。誰も般若のような形相をしているわけではない。おぞましい雰囲気を醸し出しているわけではない。至って平然としている。

 

それが、常軌を逸したこの光景を目の当たりにしても平常心を抱いているその姿が恐ろしかった。

 

「っふ」

 

一団を蔑むような鼻息のあと、視線は一団の外輪にたたずむ1人の男を捉えた。なぜ、彼に着目したのかは分からない。

 

(・・・・・知山司令?)

 

いつもの優しい声を聞きたい欲求に駆られ、思わず呼びかけてしまった。表情が一切ない、能面のような真顔。艦娘部隊の上官であり、三等海佐でありながら喜怒哀楽が豊かで、いつもおきなみに表情をからかわれていた知山。真顔の時も確かにあった。しかし、感情が一切読み取れないあのような顔を見たことがなかった。まさしく、有事の軍人といった風体。

 

本当に彼なのか。

 

確信を得ながら、信じたくないと叫ぶ心の弱い部分がしきりに疑問を呈してくる。だが、みずづきはそれを否定せざるを得なかった。

 

視線が捉えている人物は、知山豊だと。

 

そして。

 

(・・・・・・・・・・くっ)

 

彼は自分に重大な隠し事をしていたと。

 

 

視界は再び、歪曲。しかし、一刻も早くここから離れたいと思っていたみずづきには、徐々にめちゃくちゃになっていく世界は救いだった。

 

 

 

~~~~~~~~~

 

 

「みず・・・・! 大丈夫か! ・・・・・・き!」

 

ぼやける視界。断片的にしか機能しない耳。霞がかかったかのように釈然としない意識。思考力も鈍っているのか、ただ現在の状況を甘受するしかない。まるで夢のよう。

 

「う・・・・・・・・」

 

しかし、徐々に回復してきた意識がそれを否定した。自分の意思で自分の声が出る。一気にまどろみからの急浮上が始まる。

 

「みずづき! おい、みずづき!」

「みずづきさん!」

「しっかりするネー!! みずづき!」

 

鼓膜に激震を走らせる鬼気迫った怒号。それがみずづきの意識を現実に釣り上げてくれた。体の前面に包容力抜群の温かみを感じる。海上に立っているはずなのに鼻腔には潮と明らかに異なる香りが立ち込めている。わずかに石鹸の匂いを残した、安心感を増長させる優しい香りが。

 

「みずづき!!」

 

耳元で生じた大音響に驚き、発生源に視線を向ける。

 

「摩耶・・・さん? 私・・・・・って」

 

そこで初めて現在の状況を把握した。摩耶の肩口に預けられた頭部に、抱き留められた体。みずづきは摩耶に体を預ける形でようやく海面に立っていた。傍から見れば摩耶に抱擁を促しているような姿勢だ。これは恥ずかしい。

 

「みずづき! 気が付いたのか! 良かったぁ~~~」

 

真っ赤に熟れたみずづきの顔面に気付くことなく、長く深い安堵のため息とともに摩耶は破顔する。すぐ目の前にまで接近し、こちらの顔を覗きこんでいた金剛や榛名も強張っていた表情を弛緩させた。

 

全く状況が分からない。なぜ、自分は摩耶に体を預けているのか。なぜ、金剛たちは血相を変えて心配していたのか。原因を探ろうと記憶に意識を沈めて。

 

「っ!?」

 

鈍い頭痛と共に混濁した意識に蓋をされていた全てを思い出した。残酷な事実を前に涙腺が決壊しそうになる。

 

「みずづきさん! 大丈夫ですか?」

 

大丈夫。そう言いたかった。そう言わなければこれ以上の余計な心配をかけることもわかっていた。しかし、何も言えなかった。

 

ガラス構造物に収められた深海棲艦。

通常兵器を扱うように議論を重ねる海防軍人に研究者。

体内の血液で一面を赤色に染め上げた少女。

 

それらが脳裏に瞬いて消えない。

 

 

そして、それよりもみずづきの心を(えぐ)ったもの。公私共に全幅の信頼を置き、この理不尽な世界を歩んでいく上で心の支柱となっていた知山が、それを知り、それを隠して、自分たちと接していたことが何よりも心を壊死寸前にまで追い込んだ。

 

「おい、みずづき? 本当に大丈夫か?」

 

榛名と顔を見合わせた摩耶が喉を震わせながら静かに声をかけてくる。それを聞いた上でなされた爆笑はみずづき以外全員の堪忍袋を破裂一歩手前まで膨張させた。

 

「くっ・・・。ふふ・・・、あはははは、く・・ははははははははははははははははははっ!!!!!」

「て、てっめぇ! 一体にみずづきに何をしやがったんだ! ああ!?」

「何もくそも、くっ・・・っふ・・・、あんたに抱かれている憐れなピエロに・・ふ・・・・ふふふ、あはは・・真実を・・ふふ・・・教えてあげた・・ふっ・だけじゃない・・・。私の・・・・ぶっ! 私の記憶を使って、・・・・・ああ、もうだめ! 腹痛い、腹痛いっ! ぎゃあ、はははははっ!」

 

はるづきの爆笑は留まるところを知らない。しまいには腹を抱えて前屈姿勢を取り始めた。

 

「あのクソ生意気な顔が今では半べそ。最高すぎる! その顔が見たかった! じゃあ・・見たかったものも見れたし、こいつの心を掻きむしることも叶ったし・・・・」

 

雲に時々遮られながらも日光がさんさんと降り注いでいるにもかかわらず、周囲の空気が凍り付いた。

 

「死んでよ」

『っ!?』

 

憎悪と殺意しか込められていない、死の宣告。駆逐級や重巡級のみならず、戦艦級や空母棲鬼、空母棲姫まで自前の砲門をこちらへ向けてくる。距離は潮風が駆け抜ける中、肉声で会話が成立するほどの至近。戦闘が勃発すれば、甚大な被害は避けられない。照準を先に合わせた敵が遥かに優位だ。

 

「総員! 撤退ネ! 最大戦速っ!!!」

『了解!』

 

暖機運転を続けていた主機たちが一斉かつ一気に稼働。吐き出された黒一色の煤煙をたなびかせながら、はるづきたちに背を向け、一路本隊を目指す。同時にその場に留まりながら苛烈な砲撃が開始された。

 

「速力を落とさない範囲で各個に応戦して下サイっ!! 当てなくイイネ! 牽制効果をはらめば上出来デス!」

 

轟音と爆炎が現出すると同時に金剛の号令が飛ぶ。艦隊の周辺に水柱が林立する直前、金剛型戦艦3隻、高雄型重巡洋艦1隻の各主砲から当たれば損害必至の砲弾が大気を押しのけて撃ちだされる。

 

2隻いる高雄型重巡洋艦の内、攻撃に参加している艦は鳥海。鳥海の姉である摩耶の主砲は静寂そのもの。決して被弾や故障で主砲が死んでいるわけではない。摩耶が金剛の命令を無視しているわけでもない。彼女には攻撃に参加できない理由があった。

 

「クッソ!! あいつら! はなからこれが目的だったのか! みずづき! みずづきって! どうしたんだよ!」

 

無意識のうちに摩耶と速力を合わせ、海面に視線を張り付けたみずづき。彼女は摩耶に肩を借りた状態で正面を向いたり、こちらを向いたり目まぐるしく前後を変えている金剛たちを追いかけている。摩耶はみずづきの身体を支えるので精一杯でとても攻撃を行う余裕はなかった。

 

「分からない・・・・・分からないよ・・・・」

 

摩耶に多大な迷惑をかけていることも、自分たちが攻撃を受けていることも分かっている。たが、それでも脳裏からあの光景が離れない。知山が手の届かない、後を追いかけてはいけない場所に遠ざかっていく幻影が瞬いて仕方がない。

 

「せっかくの機会だし、いいものを見せてもらったから、もう1ついいこと教えてあげる」

 

自分にこの混乱の原因を植え付けた張本人。はるづきの声が通信機から聞こえてくる。当たれば轟沈確実の砲弾が周囲に着弾し、海水が頭上から落ちてくるにもかかわらず、その意味深な声はなぜか明瞭だった。

 

「あんたの大好きな司令官があんたたちに見せていたのは偽りの姿。笑顔も怒りも悲しみも、み~~~~んな嘘!」

「嘘よ・・・・・」

 

信じたくなかった。消え入るよう声ではなく、怒号で否定したかった。しかし、着実に死んでいく心が否定と抵抗の意思を吸い取っていく。

 

「あいつの正体は深海棲艦を生み出し、世界を自分たちの意のままに操ろうと両手を血で真っ赤に染めてきた“救国委員会”の古参メンバー。人間の命なんてこれぽっちも思い入れのない、人間の業と世界の理不尽が生み出した怪物、その一柱。それがあんたの上官よ」

「信じない・・・・・私は・・・・・」

 

 

だが。

 

 

“みずづき、最後の命令だ。必ず生きて故郷に家族のもとに帰れ。絶対に死ぬんじゃないぞ・・”

 

“今までこんなむさ苦しい男の指示によくついてきてくれたな・・・。ありがとう。そんで約束守れなくてごめんな”

 

あの時の、激痛に苛まれているにもかかわらず、死がすぐそこまで迫っているにもかかわらず、こちらの身を案じる優しい声が。

 

“こんなきれいな涙を流す女の子が、んなことするはずないだろうに”

 

あの時の、一点の影もなく、爽やかで、なにもかも包み込んでくれそうな優しい笑顔が・・・・・・。

 

 

心に否定と抵抗の猛火を灯した。

 

「私は信じない。そんな嘘、あの人の全てを侮辱する言葉なんて許さないっ!!!!」

「ちょっ! ま・・・・みずづき!」

 

摩耶から身を離し、ジェットエンジンの流れを汲むガスタービン機関の利点を最大限発揮。一瞬で高速域へ到達。必死に制止する摩耶を無視しながら、小さくなった特徴的な影に寸分のブレなくMk45 mod4 単装砲を向ける。

 

「許さない。あんた、絶対に許さないっ!!!」

 

これほどの至近距離なら、音速越えの目標を撃ち落とせる艦載砲が外すことはまずありえない。対して、はるづきはみずづきと同じMk45 mod4 単装砲を向けるなり、取り巻きの深海棲艦に攻撃を命じるなど応戦体勢を示さない。ただ、立っているだけで特段の反応なく、言葉を続けた。まるで、みずづきの言動全てが何の価値もない悪足掻きに過ぎないと示すように。

 

「優しかったから、嘘だって? そりゃ、優しくするに決まってるじゃない。だって、あんたたちは、第二世代深海棲艦の開発実験に使用予定のモルモットで、知山豊は救国委員会供給第二課、研究所へモルモットを出荷することが至上命題の部署の幹部。あんたたちを夢で見た少女のような末路に追い込むために健全な身体の発育を促し精神を安定化させることが仕事だった。そのためには優しくすることが最も手っ取り早い方法だったんだから」

 

みずづきに猛火を灯した知山の言動。心の拠り所としてきた思い出。それが「別の理由でなされたもの」という消火剤は一瞬で燃えたぎっていた炎を鎮火させてしまった。自分自身の知っている知山は本当の知山ではない。先ほど得た事実が消火剤の威力を限界まで高めていた。

 

もはや声すら出ない。足元が轟音を立てて崩れ落ちていく感覚に襲われる。そこに、はるづきは最後の一撃を加えた。

 

「知山にとってあんたは出世と保身のための、ただのモルモット。あんたは自分たちを物としか見ていなかった人でなしに心を許し、あまつさえ特別な感情を抱いていたのよ?」

「あ・・・・あ・・・・ああ・・・・」

 

世界が真っ黒に染まっていく。全身からあらゆる力が抜けていく。

 

「みずづき! なにしてる! 回避行動を取れ!」

 

摩耶の絶叫を背中に受けても、周囲に深海棲艦が放った砲弾が落ちてきても、はるづきが意気揚々とMk45 mod4 単装砲をこちらに指向させる姿を見ても、足が動かなければ、動こうとも思わない。

 

心を覆っていたのは生命の営みを停止させかねない脱力感と喪失感、そして悲しみだけだった。

 

「さようなら。いい夢を。・・・・・ふふっ」

 

そして、今まで散々自分が演習で戦闘で、味方に敵に撃ちこんできた21世紀の賜物が自分に撃ちこまれた。

 

全身を駆け巡る激痛。口の中で暴れ、眼前に飛び散っていく生命維持に不可欠な赤い体液。強烈な生臭さと生ものが強引に燃焼させられている悪臭。激烈すぎて全ての音を無に帰す大音響と誰かの悲痛な叫び声。しかし、そんなものどうでもよかった。

 

「知や・・・・ま・・・し・・・れぇ・・」

 

保持の限界に達し、急速に光と感覚を失っていく意識の中、みずづきはただ脳裏で微笑んでいる大切な人物の幻影に損傷した手を伸ばす。

 

しかし、それが届くことはなかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ベラウ本島 東海岸 瑞穂軍前線基地

 

 

熱帯性の植物たちが所狭しと生い茂り、虫から鳥に至るまであらゆる生物たちの楽園であったろう、程よく減衰した海風を受ける場所。しかし、ここにはもう熱帯雨林はない。それどころか、かつての面影をしのぶことすらできないほど破壊され尽くした一面の焼け野原が広がっていた。炭化した木々を押しのけるように大地に空いた大小さまざまな無数の穴。有機物にしぶとくまとわりつき、炸裂音を伴いながらいまだにくすぶっている炎。そこから放たれる臭いは絶えず嗅覚を攻撃し、中には一瞬で胃の内容物を外界へ解き放つ威力を持ったものも存在していた。これまでに一体の何人の将兵たちがそれによって名誉を貶められたのかもはや分からない。位置関係上大海原でたっぷりと潮の香りを吸い込んだ潮風に期待したいところだが、あらゆる生命を殺戮し尽くした戦闘で生じた悪臭はいとも簡単に風を(けが)し、戦闘を行った張本人たちに現実を知らしめようと牙を剥く。

 

それは陸軍設営隊が死に物狂いで整地し、数え切れないほどのテントがひしめき、ひっきりなしに戦車・装甲車・輸送車両が駆け抜けていく瑞穂軍前線基地内においても変わらない。しかし、顔や制服を汗・垢・泥・血で汚した将兵たちには些細なこと。誰も違和感を覚えるのは最初だけであり嗅げば嗅ぐほど慣れ、悪臭が日常の構成要素になり果てていた。

 

瑞穂陸海軍約2万人の上陸開始から約1日半。深海棲艦守備隊の猛烈な抵抗を受けつつも、海空からの全面的火力支援という頼もしい援護を背に第3海上機動師団、第1・2・3特殊機動連隊、第2連合特別陸戦隊は沿岸部のジャングルとマングローブ林を灰燼に帰し、ベラウ本島内部に進軍。ジャングルを艦砲射撃や空爆で根こそぎ焼き払い、島内に張り巡らされた地下トンネルを1つずつ火炎放射器や29式戦車、29式水陸両用戦車の主砲で使用不能にする焦土戦を展開しながら、着実に島の奥深くへ前進している。

 

少なくない犠牲は生じた。12月21日のパラオ泊地中枢に対する攻撃では艦娘にも多数の大中破艦が発生している。しかしおおむね作戦は滞りなく、順調に推移している。

 

前線基地のほぼ中心に置かれた第3海上機動師団、第1・2・3特殊機動連隊、第2連合特別陸戦隊の合同司令部、ベラウ本島上陸作戦司令部の入る一際頑丈で立派なテントには悲痛な雰囲気など皆無。各部隊の伝令たちはここと各部隊司令部が入っている隣接しているテントの間を慌ただしく行き来し、参謀たちは前線部隊の戦闘状況を受け、作戦の立案や各部隊の調整に奔走。司令部付きの士官たちは中央の台に置かれたベラウ本島の地図、そしてYB作戦に於ける攻略目標をあますところなく表示する壁に貼り付けられた地図に次々と情報を掲示、また掲示を修正・更新していく。

 

既にヤップ島、ソンソール諸島、ヘレン環礁、オオトリ島の攻略は完了。ベラウ諸島南側各島、ウルシー泊地の攻略も作戦通りに進んでいた。それらと比較するとベラウ本島は苦戦を強いられている方だがこれはあくまで想定されたこと。「ベラウ」でまとめられる各島総面積の約7割を有する広大な島の攻略などそう簡単に進むはずがない。その点の理解は事前の会議や折衝で各部隊とも浸透していたため、特に焦燥感などは芽生えておらず、焦りによる弊害も生じていなかった。

 

「なんだと? それは・・・・事実なのか?」

 

だから、だ。第3海上機動師団司令官の不死川孝之助少将に副官の柳葉亨大尉からもたらされた緊急通報は寝耳に水、もしくは青天の霹靂だった。

 

「はい。東京から第1統合艦隊旗艦高千穂経由で各部隊の指揮官へ転送されている情報です。信憑性はほぼ間違いないかと・・・・」

 

少し歩けば「日陰」という名のテントの加護から外れ、南洋特有の労わりの欠片もない直射日光で焼かれかねない位置。情報漏洩を防ぐため人気の少ないここへ案内してきた柳葉は深刻な表情で事実関係を告げた。今回は参謀にすら伝達されていない。機密中の機密であることは内容だけでなく伝達経緯からも察することはできた。

 

「そうか・・・・・・」

「・・・・・・信じられませんか?」

 

ため息交じりの応答に本音が混じっていたようだ。柳葉が顔を凝視してくる。

 

「大隈発の東京・高千穂経由だ。事実なのだろう。しかし・・・・・あのみずづきが大破し、戦闘不能に陥ったなど・・・・・・解せない。全く解せない」

 

不死川も柳葉も海軍から直々に説明を受けた訳ではなかったが、みずづきの正体は断片的に陸軍上層部から伝えられていた。もちろん緘口令を敷かれた上で。

 

「通報はそれだけなのか?」

「はい。ただ、みずづきが大破し、戦闘不能に陥った、と」

「MI作戦の進捗状況やみずづきが大破した理由は?」

「全くもって含まれておりません」

「・・・・・解せない」

 

これではMI攻撃部隊がどのような状況にあるのか、最悪の事態しか導き出せない。つまり、みずづきをも大破させる敵の出現。もしくはみずづきが有する異次元の捜索・攻撃能力でも起死回生が不発に終わるほどの敵の狡猾な罠の可能性。2日前から一睡もせず、いくら「名字そのままだ」と言われる驚異の肉体を持とうとも疲労を感じていた身体が重くなる。

 

「小生もこれには疑問を・・・・信憑性についてではなく、通報そのものの性格に疑問を抱いております。通報の完結性から鑑みるにこれは第一報ではないかと」

「・・・そうだな。続報を待つしかないか」

 

作戦計画ではYB作戦、MI作戦どちらかで不測の事態が生じた場合、他作戦に深刻な悪影響が及ぶまたは予測される場合を除いて、計画通り進行させることが取り決められている。だから、現在のところYB作戦を行っているベラウ諸島周辺展開部隊には何の影響もない。ただ、順調に進んでいた作戦は大きな不安定要因を抱えることになった。

 

「柳葉、承知済みと察するが一切の口外を禁ずる。また、続報が入り次第いくら不可解・不自然であろうが一語一句正確に私のもとに届けてくれ」

「はっ!」

 

見事な敬礼を決めた柳葉に鼻が高くなるのを感じ、彼から正面の空に視線を向ける。

 

「・・・・・一雨来そうだな」

 

天高くそびえ立つ黒々とした積乱雲。セミがやかましい時季、故郷で見た夕立を降らせる雲とは規模も高度も異なる凶悪な雲の一団が見えた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

MI攻撃部隊 「大隅」 司令官室

 

 

艦娘たちの心情をそのまま投影したかのように、窓がなく空間の容積にしては小さい照明しか持たない司令公室は地球の重力が数倍にも増したかのような重苦しい空気に包まれていた。ここには主の百石、秘書艦の長門、参謀部長の緒方、医務部長の道満、各艦隊の旗艦、そして体のあちこちに軽微の傷を負い、病人服に身を包んでいた金剛以下5名がいた。

 

「道満部長、みずづきの容態は?」

 

血の気を失いつつも軍人の威厳をなんとか維持している百石が沈黙を破る。全員の視線を受けた道満忠重(みちみつ ただしげ)医務部長は一歩手前へ進み出て、手持ちの資料と百石を交互に見ながら説明を開始する。

 

「緊急手術後、麻酔の効果もあり容態は安定しています。現在、常時軍医1名、軍看護婦2名を配置し、容態の急変等緊急事態に対処可能な陣容を構築しています。みずづきの負傷具合についてですが・・・・・・」

 

数人が息を飲む。全身と艤装を血まみれにして、所々の皮膚を炭化させたみずづきを金剛たちが協力して大隅へと収容。医務部員たちが血相を変えて処置室へ搬送する一連の光景を全ての艦娘、ほとんどの横須賀鎮守府幹部が目撃していた。

 

「前方から砲撃が直撃したと思われ、下腹部の損傷が激しく、下腹部から胸部にかけて著しいやけどが認められます。また皮膚のみならず大腸・小腸・肝臓・膵臓が損傷。また胃・肺に出血が見られ、肋骨6本骨折」

 

具体的な損傷具合を聞いていると遠目で見た、赤一色のみずづきが甦ってくる。潮風に乗って自分のところにまで血生臭さが漂ってきた。胸に形容しがたい不快感が昇ってくる。そのような彼女を間近で見た金剛たちは一見すると平静を保っていたが、明らかに顔色は悪化していた。

 

「とっさに胴体を庇ったためか、右腕の損傷も著しいものがあります。手のひらはほぼ三度のやけど、尺骨(しゃっこつ)及び橈骨(とうこつ)が露出しており・・・・・」

「もういい」 

 

百石が片手を上げた。道満はそれによって自分の行為の意味を自覚し、即座に頭を下げた。

 

「・・・・ご不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ありません」

「いや、私が悪かった。道満部長に非はない。・・・・・・途中で言葉を遮ってしまったが、全治にはどれほどかかりそうか? 彼女は我々と同じ人間。彼女たちのようにけがの直りが早い訳でもない。負傷の程度からよほどの日数を要することは覚悟しているが」

「彼女が日本世界では国家存亡の重要戦力であったことから、おそらく療養期間を劇的に短縮する方法はあるのだと思います。しかし、我々にはその方法が分かりません。よって通常ならば、良くて全治3か月。リハビリ等も含めますと最低半年間は戦力足り得ないと判断します」

「半年間・・・・・・・」

 

絶句するように吹雪が呟く。だが、道満が奥歯に物が挟まったような言い方をしていることに全員が気付かないことはなかった。

 

「通常ならば?」

 

長門が怪訝そうに道満を見る。そこには虚偽は許さないと言う絶対的な迫力が備わっている。彼も隠そうとしていたわけでなく、長門の言葉に頷くとわずかに声を震わせながら衝撃の事実を報告した。

 

「彼女の傷はどういうわけか既に大方治癒しています」

『・・・・・・・は?』

「詳細な検査をしてみなければ確定的な判断は下せませんが、触診と視診そして驚異的な治癒速度から考察するに一週間以内には戦線に復帰できるのではないかと」

「ちょ・・は? それは一体どういうことですか?」

 

艦娘たちを代表して額に冷や汗を浮かべた赤城が道満に尋ねる。

 

「彼女は人間ですよ? そんなこと・・・・」

「では、病室にご案内いたしましょうか? 全てとはまだ言えませんが顔だけに限りますとやけども切り傷も全て完治しています。ベッドの上にはぐっすりと眠っているみずづきのきれいな顔がありますよ」

「そんな!?」

 

赤城が冷静さを忘れて驚愕する。みずづきが大隅に収容されて、まだ6時間も経っていない。赤城たち艦娘だったら、誰も驚きはしなかっただろう。艦娘たちは人間と隔絶した治癒能力を持つ。人間では生死を彷徨うような怪我でも早くて1日、長くても1週間で完治してしまう。人間に有効な医療行為を伴えば、さらに短縮化が可能な場合もある。しかし、みずづきは正真正銘の人間だ。たった6時間で軍医が全治3か月と判断したけがが完治一週間に修正されるほど治るなどあり得ないことだった。道満たちがけがの程度を見誤った可能性はない。百石もみずづきの外見から下手をすれば戦死の可能性もあると覚悟したほどだったのだ。

 

「私だって信じられないですよ。自分は人間ではない艦娘の手術に立ち会っているのだと錯覚してしまったほどです。先ほど我々は緊急手術を行ったと言いましたが、実のところ、我々はみずづきにまともな処置を施していません。勝手に血管と臓器、骨が再生。流出したはずの血液もいつのまにか輸血不要にまで回復していました。・・・・・おそろしいことに」

「彼女も艦娘たちと同じような治癒能力を持っていると?」

 

緒方が当然の疑問を呈する。

 

「それは・・・・・・ないと思うぜ」

 

動揺を隠せない摩耶が視線を泳がせながら、緒方の意見を否定する。それに榛名が続いた。

 

「みずづきさんは年を取らないとは語っていましたが、けががすぐ治るというようなことはこれまで一度も。もし緒方部長のおっしゃるとおりなら、みずづきさんのことです。何かしら報告があるものと」

「・・・・・・・では彼女は何者なんだ」

 

道満が苦し気に拳を握りしめる。そして、地に足を付けた揺るぎない決断を纏って、百石に向き直った。

 

「百石長官。我々は一度、彼女を調べなければならないと思います。彼女は我々が認知する人間とは異なるのかもしれません。彼女の認識に関係なく」

「道満部長、さすがにそれは・・・・」

 

道満を睨みつける艦娘たちの視線を代弁する。もちろん、それは百石と意を同じくしていた。

 

「彼女がいた世界は我々をあらゆる面で超越しています。あのはるづきとやらが言ったことが真実かどうか私には判断できません。しかし、真実であった場合、みずづきが人間である確証はどこにもありません。彼らは・・・・“神”の領域に達しているのですから」

 

はるづきが語った衝撃の事実。それは金剛たちを通じて、ここにいる者全員に共有されていた。それを思い出してしまったがために、百石は後の言葉が続かない。

 

 

 

 

 

深海棲艦は日本が作った。

 

 

 

 

 

それに高い信憑性を付与する情報を百石は知っていた。みずづきがこの世界に来た少し後から。

 

日本世界への不信増大が必至な情勢で、同じ人間だと思っていたみずづきの人間離れした能力の発覚は事態の深刻化につながりかねない。既にその萌芽は現れている。

 

 

百石が表層では平静を装いつつ、深層では頭を掻きむしっていたちょうどその時。

 

 

ゴンゴンっ!!!

 

 

切迫感があふれ出ているノックが行われ、こちらが返事する前に扉が乱暴に開かれた。

 

「申し訳ありません! 失礼致します!」

 

飛び込んできたのは桃色の看護服を着た、若い軍看護婦だった。どうしたと上司である道満が駆け寄る前に彼女は口を開いた。

 

「みずづきさんが目を覚ましました!!!」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

妙に軽い体と混濁する意識を抱え、みずづきはひらすら海上を進む。実体感のない雰囲気。絶対的な情報量が欠如している殺風景な空間。まるで夢の中にいるようだ。進んでいると、前方に白い軍服を着た人間の後ろ姿が目に飛び込む。

 

「司令官!!」

 

男の正体が分かった瞬間、みずづきの顔に大輪の花が咲く。1秒でも早く彼に追いつこうと、速力をあげる。だが、そこで強烈な既視感に襲われた。

 

「待って、ここって・・・・・」

 

男の背中から視線を外し、周囲360度を見渡す。どこまでも続く海上。空は青ではなく、白一色の雲に覆われているようにただ白い。

 

みずづきはここと同じ様相を呈する場所に一度だけ来たことがある。具体的な記憶はない。いつ、どのタイミングで訪れたことがあるのか曖昧だ。ただ、体が覚えていた。一通り世界を把握すると顔を真正面に向ける。

 

少し先に見知った背中があった。

 

「知山・・・・司令」

 

いつか来たとき、必死に追いかけたような気がする。今でも追いかけ、捕まえ、困り果てる彼の顔を拝みたいという欲求はある。しかし、とてもその欲求に従う気分にはなれなかった。

 

嫌いに、なったわけではない。ただ、怖い。彼が本当に自分たちをモルモット扱いしていたのだとしたら、自分たちのことを道端の石ことと同じようにしか捉えていなかったのだとしたら、追いついてもかけられる言葉と示される視線は想像がつく。

 

信じると言ってくれた言葉も、信念を聞いてすごいと褒めてくれた笑顔も、自分が死にかけにもかかわらず生きろと道を指し示してくれた命令も、これまで紡いできた数々の思い出も全て嘘偽りとただその場しのぎの方便だったと明確にされることが怖かった。

 

彼に否定されればみずづきはもう立てない。

 

「みずづき」

 

唐突に彼の声が聞こえた。いつも通りの声。頭でいろいろ考えていたはずなのにその声を聴くと自然に俯いていた顔が上がってしまった。

 

「っ!?」

 

距離がある位置にいたはずの彼はいつの間にか少し走れば手が届くすぐそばまで近寄っていた。そして、こちらが声をかける前に申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「すまない・・・。すまない・・・。本当にすまない・・・。本当にっ。・・・すまないっ!」

 

言葉が重なるにつれて嗚咽交じりになっていく謝罪。彼の瞳は明らかに潤んでいた。前は何も言えなかった気がする。しかし、今は違った。

 

「知山司令、お久しぶりです。・・・・・・・せっかくの再会なのに、どうしてそんなに謝られるんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・っ」

 

知山は口を噤む。言葉を止めただけと思ったら、こちらを見つめていた視線が明後日の方向に飛んだ。

 

「全部聞きました、はるづきから・・・・。ねぇ、司令官? あれは・・・あの子が言ったことは本当なんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

無反応。

 

「知山司令は深海棲艦の正体を昔から知ってたんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

無反応。

 

「深海棲艦の研究開発に深くかかわっていたんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

無反応。

 

「・・・・・・・っ」

 

そして、みずづきは。

 

「知山司令? 知山司令は私たちのこと・・・・」

 

最も聞きたくなかったことを問いかけた。

 

「モルモットと思ってい・・」

「断じて違うっ!!!!!!!!!!」

「っ!?」

 

無反応を貫いていた姿勢から一転、知山はこちらの言葉を遮って激情を爆発させた。そして、そこから知山の本音は自分が恐れていたものとは正反対の、自分が信じていたものであることが分かった。

 

「・・・・・・あ」

 

しまった。顔には面白いようにそれが刻まれていた。彼は自分のしでかしたことを認識すると両手の拳を握りしめ、唇を噛む。自分に対して怒りを抱いている様子だ。

 

「俺は・・・・・・なんて・・・・俺は・・・・・くっ!」

「知山司令?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

そんな彼があまり不憫で、見たくなくて声をかける。それに効果があったのだろうか。自身の怨嗟を断ち切ると知山は真剣な表情を向けてくる。

 

一番近くでいつも見ていた知山の顔だ。

 

「みずづき?」

「はい」

「すまない。君の質問には一切答えられない」

「どうして・・・・・・」

 

知山は自嘲気味に笑った。

 

「俺はどう言い繕っても、どう屁理屈を並べても・・・・・・・・・・・・取り返しのつかないことをした。そんな人間に・・・・・主観に基づいた意見を述べる資格は、権利はない」

 

それは罪悪感に塗装された、酷く悲しい響きを持っていた。

 

「だから、俺はお前の判断に、お前の結論に・・・・・・・・・全てを委ねる」

「え・・・・。知山司令、それはどういう・・・・」

「投げ出しと、無責任と思ってもらって構わない。だが、俺はお前の導き出した答えならすべてを受け入れる」

 

そういうと知山は微笑む。自嘲ではない。懐かしさが込み上げてくるその笑顔は以前当たり前に見ていた、みずづきへの信頼を示す笑顔だった。

 

「そして、お前ならお前自身が納得できる結論を下せると思う。俺のことは気にせず、自分のことだけを考えて・・・・・・・・・・真実と向き合ってくれ」

 

頭の上に現れた疑問符が臨界点を突破し、知山に発言の真意を問おうとする。しかし、それは何の前触れもなく突然やって来た異変に遮られてしまった。

 

海も空も空気も関係ない。空間全体が下から突き上げられるように振動する。

 

そして、知山の身体が薄れ始めた。

 

「司令! 知山司令!!!」

 

当初の恐怖はどこへやら。もっと一緒にいたいと、もっと話していたという心の叫びに従い、彼の方へ足を進める。しかし、どれだけ主機を回転させても、やはり一向に距離は縮まらない。自分の姿も幽霊のように透き通り、実体感を失いつつあることに気付いていたが、それはどうでもよかった。そうこうしている内に知山の姿が薄れてく。

 

「待ってください! 私は! 私は!!」

「みずづき? 最後に1つだけ伝えたいことがある」

 

その諭すような声にみずづきの足掻きが止まる。

 

「お前はただもんじゃない。自分の心を、自分の想いを信じるんだ。それによって築かれた道はきっと・・・・・・きっと・・・・輝きにつながっているはずだ」

 

そう言って、知山は笑顔をたたえたまま消滅。同時に心を襲う強烈な喪失感が全身を駆け巡る前にみずづき自身も世界から放逐された。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

わずかに周囲の状況が伝わってくる心地よいまどろみ。たった一日で心身双方に受けた傷を優しく包み、癒してくれる陽だまり。過酷な現実とは真逆の、穏やかな時の流れと優しい空気はいつまでも浸っていたいと思えるほどの安らぎを与えてくれる。

 

「う・・・・・・・んう・・・・・、いつっ!」

 

しかし、現実は容赦がない。下腹部と右手に走った激痛でまどろみと陽だまりは一息の内に四散。意識は急浮上し、本来あるべきところへ強制送還された。寝起き特有の苛立ちを抱えながら、ゆっくりと瞼を開く。ちっぽけな照明でようやく明るさを保っている配管だらけの天井。

 

「ここは・・・・・・どこ?」

 

その疑問を抱きながら体を起こそうとする。

 

「いったっ!!!!」

 

その瞬間、再び体全体、特に下腹部と右手に激痛が走った。理由が分からず、最も確認しやすい右手を見る。そこは包帯で覆われ、痛みという感覚が右手の存在を主張していた。

 

「あ・・・そっか・・・」

 

左手につながれている点滴の管をじっと見つめながら、みずづきは混濁していた記憶の整理がつき、全てを順序立てて思い出した。先ほどまで痛みなどなかったにもかかわらず、なぜか胸が痛みだした。

 

「私、負けちゃったんだ・・・・・・」

 

本当にすべてが思い出された。不意に一筋の涙が側頭部を通って流れ落ちた。

 

真実を知った衝撃からか。この世界で初めて負けた悔しさからか。負けたことによって百石たちに心労を強いてしまう申し訳なさからか。それとも知山に会えた嬉しさからか。はたまた再開できたにもかかわらず、すぐに引き裂かれてしまった悲しみからか。

 

自分では分からなかった。

 

「みずづきさん?」

 

鼻をすすっていると周囲を覆っていたカーテンが開かれ、20代後半と思える若い看護師が顔をのぞかせてきた。

 

「っ!? 目が覚めたんですね!!」

 

こちらを見て仰天した看護師は回れ右。カーテンの向こう側に控えていたもう1人の看護師と二言・三言やりとりを行った後、慌ただしく室内から存在感を消し去った。こちらが声をかける暇など全くなかった。

 

「あ・・あの・・っ!? ゲホッ! ゲホッ!」

 

他人にも聞こえるよう比較的大きな声を出そうとした瞬間、喉に違和感が走り咳が出る。咳がひとしきり収まった後、口の中に鉄の味が広がる。その味をみずづきは当然知っていた。

 

血の味だ。しかも明らかに量が多く、口内から出血したとは考えにくい。

 

「みずづきさん!? 大丈夫ですか!?」

 

開け放たれたままのカーテンから別の看護師が血相を変えて飛び込んできた。しかもほぼ同時に大きな音を立てながら扉らしきものがオープン。先ほどの看護師と医務部長の道満がゆっくりと早歩きで姿を見せた。

 

道満はみずづきの捉えると目を丸くし、顔から胴体、つま先までをくまなく観察する。いやらしい雰囲気ではなく、視診をしているのだろう。

 

「おはよう・・・・いや、もうこんばんは、か。調子はどうだい?」

 

強張った表情を弛緩させると道満は優し気に語り掛けてくる。その変化が今までなりを潜めていた不安を惹起させた

 

「えっと・・・・右手と腹部あたりがまだ少し痛みます。あと口の中に血が・・・・」

 

みずづきははるづきが放ったMk45 mod4 単装砲多目的榴弾を真正面から受けた。特殊護衛艦は現代の軍艦と同様の設計思想に基づいているため装甲は薄く、長門や金剛たちにとっては豆鉄砲の127mm砲でも一撃で戦闘不能に陥ってしまう。人間としては生死を彷徨うような重傷を負う。治療には日本でも最低数週間を要し、そして運が悪ければもう特殊護衛艦が務まらない。

 

自分の身体がどうなっているのか。

 

心臓が拍動するたびに駆けぬける鈍痛と口内に広がる血の味。それが身体の状態を伝えていたが、首から下が布団で隠れてしまっているため全容を把握できない。みずづきは唾ごと食道から昇って来たであろう血液を飲み下し、意を決して質問した。

 

「あの道満部長。私は・・・・・・」

「なに、心配することはない。既に傷は塞がっている。やけどもほぼ完治したようだし、一週間もすれば確実に前線には戻れるだろう」

「え?」

 

予想を遥かに超える朗報。ここは安堵したり歓喜に打ち震えたりする場面だろうが、みずづきはMk45 mod4 単装砲多目的榴弾の威力を知っている。そして、意識が途絶える前に感じた激痛や見た光景から自身が負ったけがが“全治一週間”程度のものではないことは分かっていた。

 

表情から驚愕を感じ取ったのだろう。ほほ笑みを消し、緊張感あふれる顔で道満は耳を疑うような事実を伝えた。

 

「君が私たちの元に来たとき、君は明らかに生死が危ぶまれるほどの重傷で、一命をとりとめられても全治3か月はかかるほどだった。しかし、君は勝手に治ったのだよ」

「はい?」

 

彼の元に控える看護師2人が瞳を震わせる。

 

「我々は治療初期段階での輸血と点滴、あとこの子たちによる洗体ほどしか手を施していない。・・・・・・・・・つくづく驚かされたよ」

「ちょっと、待ってくださいよ! え? 手術も何もせず、私自身の治癒能力であれほどのけががここまで治ったと?」

「そうだ」

 

道満はみずづきの目を射貫いてはっきりと断言した。みずづきは自身の身体を見る。いくら艦娘であろうとここまでの驚異的な治癒能力はない。確かに治癒能力自体は常人より艦娘の方が高い。しかしそれはあくまで出血の減少や軽い切り傷の回復など中度の負傷が重症化しないようにする防衛機能。はなから一刻を争う事態なら、その治癒能力自体が死んでしまう。それでも同じ程度のけがを負っても完治期間が短いことは事実だがそれは単に艦娘には再生医療を主とする日本の最先端技術を結集させた最高の医療が提供されるがための話。傷は手術でふさがなければならないし、損傷した臓器や皮膚は摘出か自身の細胞から生成した臓器・皮膚を摘出部分に移植しなければならない。

 

だから、みずづきの治癒能力は異常だった。

 

「まぁ、今は余計なことを考えず療養に専念することだ。君に会いたがっている輩もいることだし・・・・・」

 

そういうと道満は立ち上がり、カーテンの後ろに消えてゆく。

 

「大丈夫です。はい。・・はい。それではその通りに」

 

言葉が途絶えると同時に5人ほどの気配が室内に追加。ゆっくりとこちらに向かってきて、姿を現した。

 

「み、みずづき!」

「こんばんは。みずづきさん」

「よ! 一時はどうなるかと思ったけど、元気そうでなりよりだぜ」

「金剛さん! 榛名さん! 摩耶さん!」

 

感動に目を潤ませる金剛。優しく微笑む榛名。嬉しそうに破顔する摩耶。その後ろには安堵のため息をついている百石と漆原、そして漆原の肩に乗った黒髪の妖精がいた。

 

「みずづぎ・・・うう・・・。良かったデース!!! 本当に良かったデース!!」

 

鼻をすすりながら、目をひたすらにこする金剛。一瞬飛びつかれるかと思ったが、さすがに病人に過酷労働を強いるほど金剛も無神経ではないようだ。彼女の肩に榛名がそっと手を乗せる。あのあとどうやって大隅まで戻ったのか記憶はないが、おそらく金剛たちが運んでくれたのだろう。

 

「ご心配をおかけしてしまってすみません。私が不甲斐ないばっかりに・・・」

「気にすんなって。あの状況じゃ、誰だってみずづきを責めることなんてできない」

 

眩しいほどの笑顔が急速に萎んでいく。彼女たちもはるづきの言動の大部分を聞いていた。

 

深海棲艦の起源についての話も。

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

言葉が見つからない。これは摩耶たちも同じなのだろう。室内を沈黙が支配する。それを破ったのはしきりに百石や道満とアイコンタクトを取っていた漆原だった。

 

「みずづき? いろいろと大変なところ申し訳ないが、君には大至急整備工場へ来てもらいたい」

「え? 整備工場へですか?」

 

あまりの突飛さに、聞き返してしまった。彼はみずづきの驚愕に顔色1つ変えず、真剣な表情で「ああ」とただ頷く。金剛たちも同様で、ことの成り行きを傍観する姿勢だ。

 

「そこで君にぜひ会いたいという人物が待っている。いや・・人物というのかな」

「私に会いたい?」

「機は熟した。今日こそ、君が抱いている疑問の全てに応える日だ。・・・・・・そう、言っていたよ」

「っ!?」

 

自分が抱いている疑問。はるづきから告げられたタイミングを考えれば、確実に彼女が語った残酷な真実に関することだろう。しかし、瑞穂の、大隈の、整備工場にみずづきでも知らなかった真実を知っている人物がいるとは到底信じられない。あそこには艤装が置かれ、整備員しかない。

(ん?)

そこまで至って。

(待って・・・・)

みずづきは。

(艤装・・・・・・?)

あの日の会話を。彼の遺言とも言うべき言葉を。思い出した。

 

“みすづき? 君たちが装着している艤装には手に余るほどの機能がある。ただ、たくさんありすぎてほとんどの子はそれを十分に使いこなせていない”

 

“いいから…。それを十分に使いこなすんだ。もしこの先困難にぶつかったとき、それがきっと君の道しるべとなる………”

 

なぜだかは分からない。ただ、艤装に何かがある。その確信だけが芽生えた。

 

「どうやら行く気になってくれたようね」

 

そう黒髪の妖精が言うと道満がどこからともなく車いすを取ってくる。所々が木製だが基本構造は日本と大差ない。行く気になったとしてもドクターストップがかかるのではないかと思っていたが、どうやら既に根回しは済んでいるようだ。

 

「さすが、ですね。百石司令」

「お褒めに預かり光栄です」

 

言いたいことは言わずとも伝わったようだ。

 

車椅子がベッドの脇に据え付けられると金剛たちや看護師たちの手を借りながらゆっくりと車椅子に移動する。腹が痛みで抗議の声を上げてきたが、道満によれば傷は完全に塞がっており、激しい運動をしない限り傷が開いたり出血したりはしないとのこと。だから、痛みは無視した。点滴もちょうど内容量をみずづきの体内に全て流し込んだところなので撤去。

 

「それでは行こう」

 

百石に先導され、榛名に車椅子を押してもらい医務室から廊下に出る。

 

「赤城さんに、吹雪さん!」

 

そこには横須賀鎮守府艦娘艦隊の旗艦たち、赤城、吹雪、川内がいた。彼女たちは控えめに安堵のため息をつくと、百石を見る。そして、一行に加わった。

 

体感的には久しぶりの大隈。以前の慌ただしさが遠い過去のように現在は静まり返り、廊下を行き来する将兵も目に見えて少ない。それと整備工場へ至る古めかしいエレベーターがあったため、案外早く整備工場に着くことができたが、心には一抹の不安が宿る。

 

生命にかかわる切迫感はなく、時間との闘いを続けている整備工場のいつもと変わらない活気だけが、心身を温めてくれた。その中に見知った顔がいた。

 

「夕張さん・・・・」

 

みずづきを見て破顔した夕張は整備工場の最奥、すっかり汗まみれの整備員たちが遠くなってしまったとある空間の前にひっそりとたたずんでいた。夕張がいる廊下のような場所とその空間の間には扉もシャッターもない。ひとつながりの構造になっていた。

 

いつもの彼女なら「待ちくたびれました! 一体どれだけ時間がかかっているんですか!?」と予定通りであろうとも叱責してきそうだが、彼女はただ微笑むだけだった。

 

「こっちです」

 

それだけ言って、案内するように先陣を切る。空間内はあちこちに段ボール箱や木箱が山積みにされ、物置部屋の様相を呈していたが真正面の壁際一帯だけはきれいに整理整頓され、空いている場所に1つの机が置かれていた。

 

「これって・・・・・・・」

 

その机の上には2つのものが置かれていた。1つはこの世界には存在せず妖精たちが面白半分で作った液晶テレビ。もう1つは傷1つない自らの艤装だった。

 

なぜ、この2つがあるのか。

なぜ、損傷したはずの艤装が既に完全修復されているのか。

 

その疑問を口にしようとした瞬間。

 

 

 

「え? なに?」

 

唐突に液晶テレビが点灯。白を基調とした広大な地下室のような場所で椅子に腰かける1人の男性が映し出された。そして・・・・・・・・・・。

 

「やぁ、みずづき。はじめまして・・・かな」

 

何の警戒感もなく、戸惑いもなく親し気に話しかけてきた。

 




織り込まれた真実と運命。それがほどけ、新たに紡がれた先に生み出される未来は。

次回はかなり踏み込んだお話になるかと思います。「これ艦これの二次創作だよね?」と首をかしげられかねない事実関係などがありますが、あらかじめ宣言させていただきます。

何度も言ってますが、艦これの二次創作です!

というわけで、艦これのホットな話題を1つ。
いつの間にか、勃興していた瑞雲教。浸透圧にはもはや唖然とするほかありません。しまいい(2018年時点)には、航空戦艦の20分の1模型なるものの創造。まぁ、いいんですけどね(苦笑)。お祭りに数の上限はありません!!

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